【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
ハリーの名前が呼ばれてから後をクシェル視点でプレイバック。
※9/13、サブタイトル変更
「ハリー・ポッター!」
1991年、9月1日。
その日は、ホグワーツ魔法魔術学校の在校生達からすれば前の学年から進級する年であり、新入生達からすればその魔法学校の新たな生徒として入学する年だ。
新1年生達を4つある寮へそれぞれ組分けする手段は、組分け帽子という意思ある帽子がその人の素質や才能を覗いて判断する。無論、個人の感情を尊重してくれるため、どの寮に行くかは自分自身で決めることは出来る。
そして、現在―――魔法界の英雄として敬意を払われている
(へえ、あの人がハリー・ポッター………意外と普通の男の子って感じだなぁ………)
元気よくピョンピョンはねたショートカットの茶髪にキラキラ輝く翠の瞳の中性的な容姿の少女―――クシェル・ベイカーは、組分け帽子を被った黒髪緑眼の少年を観察していた。
魔法界をあの
(身体は結構細いし、身の周りのことが不安だらけって雰囲気………もしかして、幸せな生活を送ってきた訳じゃないのかな………)
「グリフィンドール!」
数分後、組分け帽子は高らかにハリー・ポッターが進む寮を宣言し、グリフィンドール生は今日一番の大爆発を見せた。ハリーは嬉しそうな表情で獅子寮テーブルへ走り、同じ顔をした赤毛の少年―――フレッドとジョージは「ポッターを取ったぞ!」と復唱している。
(流石、ハリー・ポッター………人気のレベルが一段凄いなぁ………)
クシェルは煩いくらいの喧騒に苦笑し、魔法界の伝説の人物の次は誰なのかと正面に向き合ったら、
「フィール・ベルンカステル!」
と、タイミングよく名前が告げられた。
名を呼ばれた本人だと思われる、ソワソワして落ち着きがなかった新入生達で唯一落ち着いていた黒髪の少女が椅子へ歩いていき、組分け帽子を手にすると、普通に座った。
(………え?)
クシェルは、言葉を失った。
全校生徒達も静まり返った。
さらさらちょっと癖毛の長い黒髪。
年齢的には随分と高い身長で痩身。
塩の狼のような、蒼色の鋭い双眸。
雰囲気は大人びているが、誰が見ても認めるほどの整った顔立ちが浮かべる表情は無感動で、その瞳に宿っている光はまるで見るもの全てを見下ろすかのように冷たい。
それだけ………新入生とは思えぬ、威風堂々としたフィール・ベルンカステルに、大広間に居たホグワーツ生達は彼女の名が呼ばれ、その彼女の後ろ姿を見た時から、衝撃を喰らった。
だけど―――クシェルは、他の人達とは、少し違った。
黒髪蒼眼の少女………フィールの後ろ姿を見た瞬間、不意に思い出したのだ。
記憶にはあるものの、もう接点は無くて、今では顔もあまり思い出せない………数年前に出会った、一人の少女の後ろ姿が。
―――ついてこないで。
最後に………そう言って、振り返った顔。
振り返ったその綺麗な顔は、悲しみの色の涙でぐちゃぐちゃだった。
そうして、なんて声を掛ければいいかわからず立ち竦んでいる間にも、その少女は遠くへと行ってしまった…………。
(………なんで、急に思い出したんだろ………)
何故今になって、朧気に浮かび上がったのかとクシェルは首を捻るが、どんなに考えても答えは提示されなかったため、引っ掛かりを残したまま渋々諦めることにした。
そして、それから数分後―――
「スリザリン!」
組分け帽子は声高らかに叫んだが、先程、拍手喝采で温かく歓迎されたハリー・ポッターとは真逆に大広間は水を打ったような静けさに包まれていた。
あまりに違い過ぎる対応にもフィールは表情一つ変える事無くスリザリン生が集うテーブルへと向かう。
それを見送りつつ、クシェルは翠眼を細めた。
何故だろう。
フィールを見ていると、これから先の学校生活で彼女が孤立しそうな気がするのは。
彼女が発する『孤高の雰囲気』に自然と呑まれているからだろうか………?
その後、今年の新入生の寮別が終わり、歓迎会パーティーの時間に突入する。
フィールと同じスリザリンに所属したクシェルは、クィディッチチームのキャプテンを務めるマーカス・フリントが友人達との会話に混じったのを確認してから、彼女の他人へ無関心そうな空気に強引にでも侵入するかのように、肩をトントンと叩き、その蒼眼が刹那合ったら、弾んだ声音で名乗った。
「―――私、クシェル・ベイカー。クシェルって呼んで」
♦️
停止していた思考が再起動したクシェルは、慌てて談話室へ来てみると、スリザリン生達が友人と談笑したり、トランプやチェス、読書など趣味に興じている光景は広がっているものの、そこにフィールの姿は何処にも見当たらなかった。
暖炉近くのテーブルで友人のダフネ・グリーングラスと同級生の女の子がチェスに興じていたため、クシェルは二人に尋ねてみた。
「ねえ二人共。フィーを見なかった?」
「フィールなら談話室出ていったわよ?」
「うん。何かちょっと怖い顔してたけど」
二人の口振りから、どうやらフィールは外出しているらしい。
「………そっか」
「? クシェル、どうかしたの?」
「あ、いや……えと……その……」
いつも明快に話すクシェルにしては、歯切れが悪い。
と、そこへ、
「もしかして、フィールとケンカしたの?」
談話室の扉を横目に、後ろから3歳年上のアリア・ヴァイオレットが鋭く突っ込んできた。
「ケンカ、というよりは、なんというか………」
クシェルはどう答えればいいかに悩み、上手く言葉に出来ないことから俯いてしまう。が、アリアが「何があったのか、教えてくれるかな?」と目線を合わせて優しく尋ねてくれたおかげで、クシェルは近くの椅子に座って、1から話した。
最近フィールが元気無く、おまけに夕食を抜かして身体が痩せ細っていくため、何が理由でそんなことをしているのかと質問し―――その過程でフィールが部屋から出ていってしまった、と。
「そういうこと、ねえ………」
ダフネはやや呆れ気味に、談話室の入り口に眼を向ける。
「意外とフィールも短気よね。全く、何処に行ったのやら………談話室から外出したってことは、今は一人にしてってサインじゃないのかしら?」
ダフネの言葉に、クシェルは眼を見張った。
アリアはダフネの言葉に賛成なのか、クシェルを見て、こう言う。
「フィール、今、精神的に色々辛いのかもね。ボガートの授業以来、元気ないんでしょ? 多分、辛い記憶が呼び覚まされて、心に強い衝撃を喰らったのかもね。あの娘は貴女にそのことを話して心配掛けたくないから、それを黙っていようとする気持ちと、誰にも言えない苦しみのジレンマに陥ってると思うわ。心の余裕が持てないだけに、割り切るのが難しいのよ」
無言で小さく頷きながら、クシェルはアリアの方がフィールのことをわかっているような気がして、少し複雑な気分になった。
アリアがフィールを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、
(こうしてみると、私、本当にフィーのこと、わかってないんだ………)
同い年で尚且つ1年生の時からずっと一緒に居るはずなのに、年上のアリアが自分よりもずっとフィールの気持ちを理解しているのが、なんだか悔しかった。
そこは、やはり大人の余裕的なものがあるからなのだろうが………アリアもまた、他人よりずっとクールな性格だから、似たような性格のフィールをちゃんと見て、理解してあげられるのかもしれない。
根本的なタイプが正反対なだけに、クシェルは沈んだ顔になる。
「ミステリアスな友人を持つと大変ね、貴女も」
落ち込むクシェルの元気よくピョコンとはねてる茶髪を、アリアはくしゃくしゃと雑に撫でる。
「フィールは自分に素直じゃないだけで、本当は傍にいてくれる貴女の存在が嬉しいはずよ。だから、そんな顔しないの」
アリアはアリアなりに、クシェルを励まそうと元気付けたのだが………クシェルの顔は、変わらず昏い翳が差したままだった。
先輩からの励ましは嬉しいし、救われた。
だけど………それと同時に、脳裏を過る。
―――アンタに、何がわかる?
部屋を出る前の、意味ありげな冷笑と言葉。
クシェルはそれが頭の中でループし、胸の中がごちゃごちゃになった。
フィールの心は、掴めない。
触れようとすれば、払われ。
近寄れば、遠ざかっていく。
「………………」
クシェルは何も言わず、代わりに力無さげに笑ってみせた。アリアは何かマズいことを言ってしまったかと、表情を曇らせる。
「ま、とにかくまずはフィールが戻って来るのを待ちましょ。誰しも人とケンカすれば、一人になって頭を冷やしたくなるものよ。私なんて、昔はしょっちゅう親とケンカしたわ。確か3回程は我慢の限界を迎えて、勢いそのままに家を飛び出したこともあったし」
重苦しい空気を払拭するように、ダフネが昔を思い返してやれやれと肩を竦めながら、苦笑混じりにそう言った。
貴族の出所の名に相応しい上品なお嬢様で家出するというイメージがないクシェルは眼を丸くしてビックリしたが、アリアは共感するように「あー………」と低い天井を仰ぐ。
「わかるわ、その気持ち。私もちっちゃい頃はちょくちょく姉とケンカしたわ。家出も一度や二度じゃない。感情の赴くままに行く当てもなくどっかでブラブラ散歩しては、公園に行ってブランコに座りながら夜空を眺めたり………今となっては笑い話だけど、当時は本気で家に帰りたくないって思ったわ」
「わかります。ホント、イヤになりますよね。家に帰れば親からの叱責が待ってるって思うと、帰ろうにも帰れないし………」
「どのみち行く当てがないから、帰宅する他なかったけどね。ま、それでお互い冷静になれて仲直りしたこともあったけど、何回かは余計に関係が拗れて、しばらく口を利かなかったってことも沢山あったわ」
と、誰かと大喧嘩した経験が豊富な二人はそれぞれ昔の出来事を語って共感し合うが、そのような経験をしたことがまだないクシェルは、尚更シュンとしてしまった。
♦️
誰も居ない談話室のソファーで、クシェルは友人の帰りを待っていた。
もう他の皆は就寝しようと各自部屋に戻ったため、今此処に居るのはクシェルだけだ。
此処に居るのは、外出してきたフィールがまだ帰ってきてないため、彼女が戻ってくるのをじっと待機していたのだ。
そうして、どのくらい経過しただろうか。
やっとのことで、フィールが姿を現した。
彼女は誰も居ない談話室で一人居るクシェルの姿を認めると僅かに瞠目したが、一瞥後、すたすたとスルーして歩いていく。
「………フィー、来るの遅かったね」
「ああ、そうだな。なんで此処に居るんだ?」
「フィーが中々来ないなって思ったから―――」
「―――説教の続きをしようと?」
言い切ってもいないのに露骨に遮り、冷笑を孕んだ声音でそう発言したフィールにクシェルはカッと頭に血が上がった。思わず平手打ちしそうになったが、必死に抑圧させ、声に重みを乗せて静かに返答する。
「………違うよ。心配したからだよ」
「………ああ、そう」
フィールは肩を竦めながら、もう用はないと言わんばかりに歩みを進めた。クシェルはフィールの嫌味な態度に拳をギリギリと握り締めながら後を追い掛け、部屋へ入室してパタンと扉を閉めたら、
「何処に行ってたの?」
と、フィールへ詰め寄ったが、
「別に何処でもいいだろ。少し頭を冷やしたかっただけだ。こうして戻って来たんだし、文句ないだろ」
素っ気なくフィールは答えた。
悪びれるどころか逆に開き直ったようなフィールの態度に、クシェルは怒りを爆発させた。
「なにさ、その態度! 人が心配してるのに、感じ悪いよ!」
クシェルがそう叫ぶと、
「誰も私の心配なんてする必要ない」
と、低く抑えた感じでフィールは呟いた。
「―――っ!!」
クシェルは遂に堪忍袋の緒が切れ、
「フィー、いい加減にしてっ!!」
バチンッ! と、その頬を平手打ちした。
「………ッ!?」
流石のフィールでも、突発的な………それも、平手打ちなんてことをされ、ぶたれた左頬を押さえながら、クシェルを見た。
「フィー、貴女、なんで………なんで、そんなにも自暴的なの!? 私がフィーのことを心配しないなんてすると思った!? そんな風に思われていたなんて、私、スッゴく悲しいよ! そうやって独りだけでなんでも抱えないで、少しくらい、私を頼ってよ!」
ビリビリと、部屋の隅々にまで響き渡る声。
ここまでクシェルが声を張り上げるとは意外すぎるのと彼女の凄まじい剣幕に気圧されて、フィールは身体と精神どちらもフリーズした。
だが………クシェルが言ってくれたことに、フィールは胸がじんわりとあたたかくなった。
そして、その反面で揺れる心のぐらつきに苛立ちを覚える。
(………だから、嫌なのに……………)
クシェルの心は、まさに『光』そのものだ。
どんな物事にぶち当たってもめげることなく突破口を見つけ当て、最後まで全うしようとする正義感と責任感がある。
そんなクシェルを、フィールは尊敬していた。
彼女の性格こそ、周囲の人達から羨望の眼差しを浴び、あらゆる人々を本筋へと導く力も可能性も秘めている。
そして、何よりもこんな自分に、友情と言うものの大切さを教えてくれた。
…………だからこそ、嫌だった。
『
―――抱いてはいけない。
―――背負っては駄目だ。
また、大切なものを失った時………周りからよって集って責められ、居場所を失い、弱った心がひび割れ、だんだんと壊れていき、ただただ辛い想いをするのは自分なのだと。
そんな無駄な気持ちを持つことになるくらいなら、いっそのこと、抱かなければいい。
孤高の精神のまま孤独の世界を生きれば、余計な感情も想いも抱懐する必要がない。
好きも嫌いも、捨ててしまいたい。
独りだけの時間が流れてしまえば。
それ以外は………もう、いらない。
「…………………………」
フィールは突如、他人をひれ伏せる重圧を身体の奥底から解放し、対象物のクシェルを鋭く縛り付けた。
いきなりそんな不穏なオーラを直に当て付けられたクシェルは思わずビクッと震わせ、フィールの蒼い双眸に睨まれたら、背筋に悪寒が走った。
恐ろしいくらいに尖った、屈服させてくる気迫に宿され、見え隠れしている、底のない沼のような暗闇に囚われた瞳。
そんなフィールの瞳を見ていると、その闇の中に吸い込まれそうな錯覚に陥った。
だがそれも、フィールが部屋のドアへ向かうのを見れば急速に現実に意識が引き戻され、ハッとして慌ててさっきみたいなことにはならないよう、手を握って引き留めた。
「離せ」
「待って、もう貴女をほっとけは―――」
「離せ、という意味がわからないのか?」
フィールは、クシェルを突き飛ばした。
突き飛ばされたクシェルは尻餅をつき、冷たく見下ろすフィールを見上げた。
「………私に関わってくるな。鬱陶しい」
吐き捨てるように言った、残酷な発言。
クシェルは、愕然とした。
フィールの言ったことが、わからなかった。
いや………わかりたく、なかった。
関わって………くるな?
鬱陶しい………?
私が今までしてきたことは、煩わしかったの?
「―――じゃあ、もういいよ! フィーのことなんて知らない! だいっきらい!」
クシェルは立ち上がり、泣き叫んだ。
いつもの勝ち気な瞳を涙で濡らして、フィールへ訴えるように、可愛い顔を歪ませた。
けど、フィールはなんとも思っていないみたいな表情を崩すこともなければ傷付いた様子を見せることもなく、平然とドアを開け、
「私も嫌いだ、アンタのことなんて」
お前、と言うのは控えたが、アンタ、とクシェルを名前では言わず、フィールは本当に部屋を出ていった。
クシェルは肩で息をしてフィールが再び退室していくのを見送っていたが………次第に、自分のやらかしたことに気付いた彼女は、荒々しくその場から飛び出し、談話室に来たが、既にフィールの姿は見当たらなかった。
クシェルは、しばらくそこから動くことが出来なかった。
もしかしたら、フィールが戻って来てくれるのではないかと思って。
そう思って、待ち続けても。
フィールは、戻って来なかった。
おぼつかない足取りで、扉前まで来る。
朝の時みたいに、開けて、捜しに行けばいい。
でも………それ以上、手が動かせなかった。
クシェルは、涙を、溢れんばかりに流し―――嗚咽を堪えて、扉の表面に背を預けて、止めどもなく流れる熱い雫に、傷付いた心を任せた。
スリザリン寮の、外側扉前。
そこに、壁にもたれ掛かりながら座り込み、嗚咽を堪えて左腕で溢れ出す涙を覆い隠す、夜の闇に溶け込むような少女が居た。
場所は違えど、互いに後悔の念に駆られている少女二人。
二人の少女は、熱い涙で見える世界を支配されつつ、喉がカラカラで震えて声に出せない、同じ想いを、知らぬ間に伝えて合っていた。
―――ごめんね…………。
【クシェルSideからのスタート】
多分この後も何度か出てくると思う。
【何故か家出トークで共感するアリアとダフネ】
実際に親とかキョウダイとかとケンカして家出するなんて人っているんでしょうかね?
と言うかこの二人がスゴいな………。
【クシェル、まさかのフィールへ平手打ち!】
作者の私ですら何故か「ええっ!? 嘘だろ!?」とビックリな展開。