【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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謎の人物が登場する回。


#39.『彼女』の目覚め

 目を開けてみれば、薄暗がりの部屋―――ホグワーツ城内の4階にある医務室の中に居た。

 明るい時は真っ白な印象なのだが、今は夜明け前なのか、カーテンの隙間からほんのりと月明かりが差し込み、部屋の様子が浮かび上がってくる程度だ。

 目を覚ました少女は闇を吸い込んだような深い黒の長髪に、冷たさと暗さに囚われているみたいな蒼の双眸を持っている。

 半身を起こして見回してみると、周りはカーテンに囲まれていた。プライバシーを守るためだろう。

 

(確かフィールと………ハリー君だったかしら。吸魂鬼(ディメンター)に襲われて、気を失ったのよね)

 

 黒髪の少女は、普段なら決して言わないだろう語尾で心の中で言いつつ、胸に手を当てる。

 服の下に下げられている、固い物。

 それを取り下げ、少女は見つめた。

 

(………ごめんなさい、今だけは………貴女の身体を貸して)

 

 カーテンが掛かっているせいで見えないが、隣のベッドには、1週間の入院を言い渡されて寝ているハリー・ポッターが居る。

 あの後―――ハリーは目を覚ましたが、フィールは吸魂鬼の影響力が身体的にも精神的にも酷く及ぼされ、まだ目を覚ましていない状態なのだ。

 今、起きているのを見られて夜が明けた時に話し掛けられたら、フィールは何のことかさっぱりわからず、相手もまた「え?」と混乱の渦を招いてしまうし、それ以前に現在は外出禁止の時間帯だ。どのみち見付かる訳にはいかない。

 だから、少女―――否、『彼女』はサイドテーブルにある杖を手にし、ロケットを服の下に戻すと『目くらましの術』を掛け、一切の音を立てず、医務室を出ていった。

 

 『彼女』がやって来たのは、ホグワーツ城で最も高い場所に位置する天文台の塔。

 『目くらましの術』を解いて、『彼女』は月夜を仰いだ。

 満月の夜ではないが、こうして月見するのもいい。

 だが、『彼女』は綺麗な夜景を見上げているにも関わらず、心中は穏やかではなかった。

 

「………ごめんなさい。いつもわたしは貴女の傍に居るのに、何もしてあげられなくて………」

 

 誰に対して発したのか、それがわかるのは、ただ一人だけの、『彼女』の言葉。

 視線をそれまで仰いでいた果てしなく拡がる暁闇の大空から、遠くの方向へ移す。

 

 遠くに見えるのは―――黒く蠢く物体。

 そう………吸魂鬼の群れだ。

 生徒を襲ってはいけないとダンブルドアから命じられていたのに、それを無視したのだから、これで吸魂鬼は魔法省に勤務する者達でも完璧に彼らを規制するのは無理なのだと発覚したため、魔法省の落ち度が明るみになった。

 

「………ラシェル………」

 

 『彼女』の頭の中で、6年前に言われた言葉が聞こえてきた。

 

 ―――お母さん………ごめんなさい………お姉ちゃんは………お姉ちゃんは……………。

 

 娘から涙声で告げられた、信じたくない事実。

 『彼女』は憂いを帯びた瞳で―――静かに言った。

 

「―――待っていなさい、ラシェル。貴女を助けられるのは、まだ先だけど…………時が来たら、絶対にわたしは貴女を救うから」

 

 夜風が黒い髪を靡かせる。

 『彼女』は強い決意を胸に秘めながら、踵を返し、霧のようにその場から姿を消した。

 

 

 

 ―――『彼女』の蒼瞳が、一瞬だけ紫色に光った。

 

 

 

♦️

 

 

 

 重い瞼を開けてみれば、まず真っ白な天井が眼に入る。それが医務室の天井であると、目を覚ましたフィールは気付くのに少し時間が掛かったが、数秒後、ガバッと勢いよく跳ね起きた。

 

「………そうだ、私…………」

 

 フィールは額に手を当てながら、自分の身に何が起きたのかを思い出した。

 嵐の中の、クィディッチ初戦………。

 スニッチを見付け、掴まえようと手を伸ばしていたら突然吸魂鬼の群れが乱入してきて、やむを得ず上空まで逃げ、その過程で空から落下してしまった。

 落下した際には既に意識は無くなっていたから生憎その後の記憶はない。なので、誰かから直接訊かなければならない。

 

「目を覚ましたましたか?」

 

 思考の海に沈もうとしていたフィールは、カーテンを開けて姿を現したマダム・ポンフリーの声によって、阻止される。

 

「あ、はい………あの、クィディッチの日から、どのくらい経ったんですか?」

「昨日の今日ですよ。ちなみに、今は午後です」

 

 それを聞いて、フィールはホッとした。

 何日も寝込んでいた訳ではないと知り、少し安心したのだ。

 マダム・ポンフリーは薬と水が入ったゴブレットを渡した。フィールは真っ黒な薬の色を見て「それ劇毒ですか?」と思わず口走りそうになったが、慌てて喉の奥へ引っ込める。

 正直飲みたくはなかったが、フィールは気合いでどす黒い色の薬を飲み干した。案の定、滅茶苦茶苦かったため、顔をしかめる。

 マダム・ポンフリーはフィールの手首に指を当てて脈を取り、念のため今日一晩は入院させると彼女へ言い渡したら、その場を後にした。

 

「フィール、起きたんだね」

 

 突然、横から聞き慣れた少年の声が聞こえたためフィールはビクッとしたが、すぐに平常心を保つとカーテンを引いた。そこには、同じくカーテンを引いてベッドの上で座っている寝間着姿のハリーが笑いかけていた。

 

「ああ……私、ハリーよりも遅く起きたんだな」

「お寝坊さんだね、フィールは」

 

 気持ちが暗く沈んでいると思われるフィールを少しでも元気にさせたいと思ったのだろう。ハリーはからかうような口調でそう言いつつも、明るいグリーンの瞳は安堵と心配が入り交じった感情が読み取れた。

 

「お寝坊さんで悪かったな。ま、事実だけど」

 

 フィールはムキにはならず、微笑し、ハリーも笑った。

 

「ところで、クィディッチ戦はどうしたんだ?」

「吸魂鬼が乱入したから、グリフィンドールVSスリザリンはイースター休暇明けに再戦するって言ってたよ」

「そうか………」

「………でも、僕、次の試合に出れるかどうか、わかんないんだ」

「は? なんでだ?」

 

 ハリーは哀しそうな表情で事情を説明した。

 なんでも、乗り手を失って何処かへ飛んでいったハリーの箒・ニンバス2000の行き先が学校の校庭に生えられている『暴れ柳』で、そのせいで結果的に木っ端微塵になったとか。ちなみに、フィールの箒・ファイアボルトはレイブンクローの談話室に突っ込んでいたらしいけど、修復可能みたいだ。

 

「箒に掛けていた魔法の効果、持続してたみたいだな」

「魔法?」

「ああ、魔法。言葉足らずで誤解されないように一応付け足しとくけど、決してルール違反に触れるような類いのヤツじゃないからな。ただ、地面に墜落しても簡単には破壊されないような強化魔法を掛けていただけだ」

「へえ………今度、僕のにも掛けて欲しいな」

「ああ、別に構わないよ」

 

 二人はそんな会話を交わし終え、知り合いの人達が見舞い品として置いていってくれたお菓子などを食べ、しばらくはくだらない話題で雑談していたら、外の通路側から複数の足音が聞こえてきた。速度からして、駆けていることがわかる。二人が扉に眼を向けるのと同時、扉が開かれ、姿を現したのは、見慣れた友人達の姿であった。

 一人は赤毛の少年、一人は栗色髪の少女、そしてもう一人は茶髪の少女。

 紛れもない。

 ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、クシェル・ベイカーであった。

 三人の内、翠色の瞳の少女は真っ先に蒼色の瞳を持つ友人の元へと駆け付け―――ギュッと優しくも強く、抱き締めてきた。

 

「…………クシェル………」

「はぁ~………よかったぁ、心配したよ」

 

 形振り構わずハグしてきたクシェルへ、フィールは背中に腕を回して抱き締め返した。

 

「昨日、目を覚ます気配がなかったから、ヒヤヒヤした。………身体はもう大丈夫?」

「ああ………明日、退院することは許された」

「でも、明日は部屋でゆっくり休んで、明後日から授業に出た方がいいよ」

 

 クシェルにそう言われたフィールは「わかった」と首を小さく振る。それから、タイミングを見計らっていたハーマイオニーと、意外や意外、ロンも声を掛けてきた。

 

「フィール、何日も寝込むことにはならなくて、よかったわ」

「………大丈夫か?」

「まあな………って、珍しいな。アンタの方から話し掛けるなんて」

 

 基本的にスリザリン生であるならば誰であろうと敵意を持ち、昨年度は杖を突き付けてきたロンが自ら声を掛けるなんて、一昨年の賢者の石の場所まで辿り着くまでのトラップの一つだったチェス・ゲーム以来だ。

 

「ほら、ロン。フィールとクシェルに言いたいことあるんでしょ? 言いなさいよ、早く」

「そう急かすなよ………」

 

 ロンは気まずそうな表情をフィールとクシェルに飛ばしながらも、二人に向き合い………頭を下げてきた。当然の如く、二人はそれぞれ蒼眼と翠眼を大きく見張った。

 

「その………………今まで、悪かった」

「………どういう風の吹き回しだ? あれだけ、私達を毛嫌いしてたクセに………」

 

 フィールがあからさまに怪訝な顔になりながら呟くと、頭を垂れているロンに代わって、ハーマイオニーが口を開いた。

 

「ロンったら、結構前から貴女達に対して敵意は持ってなかったみたいなんだけど………ほら、彼って素直じゃなくてね。中々、謝罪したり本音を打ち明けることが出来なかったらしいのよ」

 

 ハーマイオニーの口振りからして、どうやら彼女もつい最近知った事実らしい。恐らく彼は、ハーマイオニーに相談を持ち掛けた際に伝えたのだろう。

 フィールとクシェルは、未だに眼を大きく見開かせて驚いていたが―――激しく嫌っていた相手に対し、面と向かって謝るのは誰でも出来ることではないと、彼の行動で示した誠心誠意を受け入れることにした。

 

「………わかった。ウィーズリーじゃなくて、ロンでいいか?」

 

 ロンは伏せていた顔を上げた。

 

「ハッキリ言って、まだ驚いてるけど………私はハーマイオニーの言葉とロンの謝罪を信じることにする」

「………そうだね。冗談で、二人がこんなことはしないだろうし。………私、クシェル。クシェル・ベイカー。よろしくね、ロン」

「私、フィール・ベルンカステル。ま、知ってるだろうけど」

「………僕、ロン・ウィーズリー。よろしくな、クシェル、フィール」

 

 そうして、三人が改めて自己紹介するとロンはフィールとクシェルとそれぞれ、敵対心を無くしたと言う証明の握手を交わした。

 それを見ていたハーマイオニーとハリーは、よかった、と顔を見合わせて微笑んだ。

 さて、ほのぼのしていた時間も束の間。

 いつになく、五人の顔は真剣なものになる。

 

「ダンブルドアは本気で怒ってたわ。あんなに怒っていらっしゃったのは見たことない」

「当たり前だ。吸魂鬼は校内に侵入するのを禁止されていたんだから、いくらシリウス・ブラックが見付からなくて餓えてたとはいえ、それが生徒を襲っていい道理にはならない。………そういえば、なんで私達は無傷なんだ?」

「クシェルとダンブルドアが、杖から銀色の何かを出して吸魂鬼を追い払ってくれたのよ」

「あ、これのこと?」

 

 クシェルは杖を抜くと、

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 と唱え、杖先から銀色のユニコーンが飛び出してきた。

 

「うわっ!? なんだそれ!?」

 

 ロンは喫驚の声を上げ、ハーマイオニーとハリーも驚き入っていたが、フィールはそんなに驚いてはいなかった。

 

「クシェル、出せるようになったんだな」

「昨日初めて成功したけどね」

 

 しなやかな身体のユニコーンの頭を撫でながらクシェルが説明し、ハリーはフィールに訊いた。

 

「フィール、それは一体何なの?」

 

 フィールは三人へ、『守護霊の呪文』について丁寧に教えた。

 

「これは『守護霊の呪文』と言う吸魂鬼を唯一撃退可能な魔法だ。スタートは盾の形から始まり、レベルアップすれば動物や魔法生物の形になって最大限の威力を発揮する。そして、熟練者になれば伝言を託せる」

「………これを覚えたら、僕も吸魂鬼から身を護れる?」

「ああ。ただし、覚えるとなればそれ相応の覚悟と根性が必要となる。生半可な意志では到底習得出来ないし、『守護霊の呪文』は防衛術最難関魔法の一つだ。クシェルや私も苦戦したし」

 

 ハリーはそれを聞いて、顔を伏せた。

 学年首席と5番を収めている二人ですら悪戦苦闘した高位魔法を今すぐには身に付けられないと知り、自信を無くしたようだ。

 そんなハリーへ、フィールがこう言ってみる。

 

「………ルーピン先生に訓練を依頼してみたらどうだ? あの人は防衛術の先生だし、多分『守護霊の呪文』も知っているだろ」

「そうね。ルーピン先生は優秀よ。きっと『守護霊の呪文』に関する知識を持っていると思うわ。ハリー、フィールの言う通り、先生に相談してみましょ?」

「もしも訓練することが決まったら、私も出来る限りはサポートする。だから、安心しろ」

 

 友人二人からの言葉と励ましに、ハリーは少し元気を取り戻したのか、コクリと頷いた。

 

♦️

 

 クィディッチ戦から、2日が経過した。

 現在、スリザリン寮に完備されている女子用の大浴場で、一人の少女が熱いシャワーを浴びていた。

 昨日は念のためもう1日入院し、今日の午前中は医務室で絶対安静していたフィールは、午後になって軽食を摂ったらスリザリン寮へと戻ってシャワーを浴びようと、此処に来た。

 現在は午後の授業中なので、浴場はおろか、談話室にはひとっこ一人居なかった。

 

(…………お母さん………)

 

 一昨日、吸魂鬼の忌々しい性質によってフラッシュバックした、8年前の出来事。

 今までは、あまり触れないようにしていたのだが………鮮明に記憶が甦って、さっきからずっと頭の中で映像化して流れていた。

 母に抱かれ、隙間から見える、父の背中。

 母の荒い息遣いと確実に迫り来る黒い影。

 身体が投げ飛ばされ、床に叩き付けられ、振り返った自分の眼に飛び込んできた………残酷な光景―――

 

「………ッ!」

 

 フィールは目の前に設備されていた鏡の表面に額を当て、苦しげな息を吐いた。

 

「はぁ………はぁ………ッ………」

 

 思い返す度に、胸が深く抉られる気分になる。

 記憶が頭の奥に巣食って離れなくなり、延々と脳裏を過ったままになってしまいそうだと、フィールは蛇口を捻ってお湯を止め、部屋で横になって忘れようと、急いで退室した。

 身体の雫をタオルで拭い、濡れた髪はタオルドライだけで済ませると、下着を着け、ストッキングとスカートを履いてワイシャツを着、ボタンを掛けようとしたが………その最中、また、鮮明に記憶がフラッシュバックした。

 今度は、新学期が始まった翌日、夜明け前に目を覚ました要因でもある、悪夢の内容…………。

 

 

 

「―――クラミー!」

 

 自身の分身たる有体守護霊の獅子で、愛する妻の魂を吸っていた黒い生物を遥か彼方へと追い払ったジャックは、先程までの戦いの疲れから肩で大きく息をしていた。

 

「―――お父さん………!」

 

 ジャックの娘―――フィールは、ボロボロの格好の父の姿を認めると、泣き叫びつつ、吸魂鬼が撃退された瞬間、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていった母の側へ駆け寄り、その身体を揺さぶった。

 

「―――お母さん! お母さん!」

 

 どれだけ呼び掛けても、母のクラミーは、反応しない。生気が失われた紫の瞳で、冷たく横たわっている。

 ジャックは二人の元へと駆け寄ろうと疾走し、もう少しで辿り着くだろうという距離になったら―――

 

「―――ぐあっ………!」

 

 突然、呻き声を上げ………身体から、大量の血が噴き出して、危うく地面に倒れそうになった。

 

「―――お父さん………!?」

 

 フィールは、急に鮮血が父の身体から迸って驚いた声を上げ………父の背後に眼を凝らす。

 ジャックは膝をつき、苦しそうな声を漏らしながらもフィール同様、肩越しから、誰が撃ってきたのかと視線を走らせ―――二人は、同じ蒼色の両眼を大きく見張った。

 そこに立っていたのは、黒色のローブを纏った魔法使い。

 つい先程襲撃してきた連中の一人だ。

 ジャックは忌々しそうに舌打ちする。

 フィールは未だに訳がわからず、ただただ鉄の匂いが充満していくその場で硬直していたが、不気味な仮面をつけたヤツが父を殺そうとした、という事実に頭が追い付くと、やっとのことでフリーズしていた身体を動かせるようになり、フィールは眼に涙を光らせて決死の頼みで、膝をついてる父と殺そうとしている男の前に飛び出し、懇願した。

 

「―――お父さんを殺さないで………!」

 

 けど、そんな少女の哀願は届かなくて。

 男は鋭い声を発して細長い杖を振るい、その杖先から、黒く禍々しい、槍のように尖った光が走り、それはフィールの左胸を背中まで刺し貫いた―――ように見えたが。

 

「―――ッ!」

 

 ジャックが最後の力を振り絞って、身を挺してフィールを引き寄せ、庇い護る。

 その直後、ジャックは背中から閃光に刺し貫かれた。

 

「あ…………お、お父さん………………」

「………ッ」

 

 片腕でフィールを強く抱き締め、もう片方の腕は後ろに向けて魔法を撃つ。

 その光は、魔法使いの胸に直撃した。

 呻き声を上げ、身体をよろめかせる。

 むせ返りそうになる、血の匂いの中。

 おびただしい量の血飛沫を上げ、紅に染め上がる場景。

 顔と頬から伝わって聞こえてくる、早鐘を打つように早まる鼓動。

 幼い身体に纏わりつく血液が、身を包む服を紅く赤く血濡らせ―――つと消えた、命の糸が切れた瞬間………父は、もたれ掛かるように、力無く崩れ去っていった。

 

 

 

「………ッ、あああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああッ!!」

 

 父が死んだ瞬間の記憶が鮮明にフラッシュバックしてしまったフィールは、堪らず絶叫した。

 彼女の悲鳴が部屋の隅々まで虚しく響き渡る。

 

「ぁぁ………はぁ………はぁ………げほっ………かはっ…………」

 

 絶叫後―――フィールは精神の限界を迎え、数回喀血し………身体を支えられず、ふらりと、その場に崩れ去り、小さな血溜まりが出来た冷たい床に倒れた。

 

♦️

 

 ―――カコーン………。コロコロ………。

 

「ちょっ、クシェル? 大丈夫?」

 

 午後の変身術の授業中。

 クシェルは右手に握り締めていた杖を床に落としてしまい、近くに居たダフネが心配そうに声を掛けた。皆も、突然部屋に響く乾いた音に何事かと音の発信源に顔を向ける。

 

「ご、ごめん………なんか、手が………」

 

 クシェルは急に力が抜けた手をじっと見つめる。

 なんだろう………今、とても胸騒ぎがした。

 ハッキリとは言えないが、とにかく、嫌な予感が、クシェルの中で警鐘を鳴らす。

 

「大丈夫ですか? ミス・ベイカー」

 

 頭上から、副校長のミネルバ・マクゴナガルの声が振り掛かる。クシェルはハッと顔を上げ、心配そうに見下ろすマクゴナガルの顔を見た。

 

「その、すいません………」

「どうしたのですか? いつもの貴女らしくないですよ。ご友人のミス・ベルンカステルが居ないとはいえ―――」

 

 クシェルはマクゴナガルの口から出た人物の名に―――自分の中で絶えず鳴っている警鐘の終着点に辿り着いた。

 

(―――フィー………!)

「すいません、マクゴナガル先生!」

 

 クシェルは床に転がる自身の杖を拾い上げると脇目も振らずに荒々しく教室を出ていき、地下牢のスリザリン寮へと疾走した。

 

「ミス・ベイカー! 戻りなさい!」

 

 マクゴナガルは突如教室を退室したクシェルに慌てて教室を出て呼び掛けるが、既に彼女の背中は小さくなっていた。

 

「あなた方は今日学んだ事をレポートに纏めておくように! 終業のチャイムまでに終わらなかった者は次回までの課題とします!」

 

 マクゴナガルはざわめきが起きた教室に向かって声を張り上げると、クシェルの後を追い掛けることにした。

 クシェルが何の意味もなく教室を出ていくなんて、有り得ない。

 それに、あの余裕がなさそうな様子………どう考えても、何か訳がある。

 マクゴナガルはそう思い、クシェルが駆ける足音を頼りに、彼女を追跡した。

 

 やがてクシェルは、スリザリン寮に到着した。

 クシェルは合言葉を言ってすぐさま中へ入ろうとしたが、『身体強化魔法(スキル)』の『俊足』を用いて加速してきたマクゴナガルがやって来て、肩に手を置いてきた。

 

「ミス・ベイカー、一体どうしたのですか!?」

「わかりません、ただ、胸騒ぎがするんです!」

 

 クシェルは振り返らずにそう返し、中へ入ってまずは談話室に来た。談話室を見渡してみても見付からない。自分達の部屋に居るのかと、女子部屋に行き、部屋の中を覗いてみたが、フィールの姿もなければ、居たような形跡もない。

 ベッドを触ってみても、冷えきっているし、毛布も一糸乱れていないことから、退院した後に此処で寝て休んだ訳でもないということを意味している。

 となれば、残る場所は―――女子用の大浴場。

 クシェルは扉を勢いよく閉めると、扉前で混乱しているマクゴナガルを押し退けて、脱衣室へと向かった。

 すると、そこに居たのは―――

 

「フィー………!?」

 

 白い肌は普段よりも白く、唇は真っ赤な血で濡れ、白いワイシャツにも点々と紅い血が付着している………華奢な身体をくの字に曲げて倒れているフィールの姿があった。

 

「ミス・ベルンカステル!?」

 

 マクゴナガルは倒れているフィールを見て、クシェルの胸騒ぎが的中したのかと思っている間にも、クシェルは彼女の側に寄って、膝をついた。

 

「フィー! しっかりして! フィー!」

 

 仰向けにさせたフィールはぐったりと眼を閉じていて、苦しそうに呼吸しているのが、とても痛々しい姿だった。

 

「はぁ………はぁ……ク……シェ……ル………」

 

 フィールは、聞き慣れた友人の声が耳に届いて僅かに眼を開けた。

 

「一体何があったの!?」

 

 だが、それに答えられる気力は最早無かった。

 

「……ご………めん………ク……シェ…………」

 

 朦朧とするフィールは、クシェルの名を最後までは言えず………クシェルの悲痛の叫びをどこか遠くのように聞きながら、一度喀血すると、辛うじて繋ぎ止めていた意識を、手放した。




【夜明け前に起きた『彼女』】
後々の伏線です。

【やっとロン、二人へ警戒心無くす】
3章になってやっとですね。ま、2章の時に嫌悪してたナルシスト野郎を華麗に蹴飛ばしましたからね。それもあって、フィールさんへの好感度かなり上がってたと思われます。でも、スリザリン嫌いのロンが別人みたいだなと思うと、ちょっと不安ですけどね。
ま、なにはともあれ、久々のまったりタイムでした(*´ω`*)。

【昨日に引き続き、記憶がフラッシュバック】
『悪夢』で少し出していた過去の出来事の前後が明らかとなる。

【癒者の娘のクシェル、鋭い感を見せる】
実際クシェルが戻って来なかったら、スリザリン生全員がパニックになってしまいますね。クシェル、よくやったぞ!
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