【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
8月に突入し、フィールとクリミアはフランスのベルンカステル邸に来ていた。
ベルンカステル邸はペンションかホテルかと言っても過言ではないほどの立派な洋館で、周囲と調和が取れた落ち着いた印象が特徴的である。瀟酒という形容が相応しい外観だけれど、細かい意匠を観察すれば、とても優美なデザインで建てられたのがよくわかる。
フィールとクリミアは、ライアンの妻・セシリアが作ってくれたクッキーと紅茶を口に運び、彼らと共に他愛もない話で華を咲かせていたのだが―――。
「フィール、今日は随分大人しいじゃない。どうかしたの?」
と、此処にちょくちょく遊びに来るエミリーがフィールへ声を掛けた。
これは何も、エミリーだけが気になっていた訳ではない。
実は、ライアン達も密かに気にしていた。
フィールは必要なこと以外はあまり喋らないし、口数も少ないのはわかっている。
だが、今日はやけに静かなのだ。
一言も口を開かず、黙々と口にする姿は普段となんら変わらない。
しかし、どこか………雰囲気が、違う。
「………別に。普通だろ」
煩わしそうに、フィールは口を開いた。
とりあえずは、反応を示し、話してくれたことにホッとするが、やっぱり、何か、変だ。
フィールは椅子から立ち上がり、広いリビングの方へと歩いて背を見せる。
全員が思わずそちらに眼を走らせると、
「ライアン叔父さん、エミリー叔母さん。貴方達って私の母と過ごしてきたんだよな、昔」
「………ああ」
「………ええ」
ライアンとエミリーは短く返事しながらも、まさかフィールがそんなことを言ってくるとは予想外だったので、内心少し驚いていた。
「あのさ………なんで、母を捕まえておかなかったんだ?」
「え………フィール、急に何言って………」
フィールの突然の言葉に、皆は戸惑う。
「そうすれば、私が生まれてくることはなかったのに」
やはり、様子がおかしい。今まで一度も母親、すなわちクラミーのことをこんな風に話題にしたことがないのに………。
「クラミー姉さんは、君のことを『生まれなければよかった』なんて、そんなこと、思う人じゃない」
「………答えになってないな」
「フィール………? 一体どうしたの?」
エミリーはフィールに近付き、彼女の両肩に両手を置いて、その顔を見つめた。
自分の金の瞳には、姉とそっくりな顔が反射している。
「その顔を近付けるなよ、吐き気がする」
とてもフィールとは思えない発言に愕然としたエミリーを、彼女はドンと突き飛ばした。
エミリーは尻餅はつかなかったものの、突然突き飛ばされて、後退りする。
「なんでだ、なんでなんだ。廃人となった母の代わりはその母と顔がそっくりな血縁者………どうして、血の繋がりがある人間のせいで、私は苦しまなきゃいけないんだ…………」
吐き捨てるように呟く姪の発言。
エミリーは愕然としてしまった。
「エミリー叔母さん………いや、エミリーの顔を見てると、死んだ母の顔が思い出される………私にとっては、まさに拷問だな」
「なあ………フィール。君はそんなことを言うような娘じゃないだろ!? 何故、そんなことを言ってくるんだ!?」
再びフィールが吐き捨てるように酷い言葉を呟いた直後、我慢の限界を迎えたライアンが怒鳴った。
ビリビリと響き渡るその声にルークとシレンはビクッとし、セシリアは「怒鳴りすぎよ」とライアンを窘める。
エミリーもライアンの肩に手を置いて激怒する兄を落ち着かせようと努力しつつ、その本音は彼と同じだった。
「兄さん、落ち着いて。……フィール。なんで、そんな酷いことを言うの? 貴女は―――」
「はぁ……煩い。煩すぎる………アンタだって、私がいなければ、姉のクラミーがあんな末路を歩む必要はなかったと、今まで一ミリたりとも思わなかったことなんて、ないだろ?」
「それは………」
エミリーは何かを言おうとしたが―――途中で口を噤んだ。
それを見て、フィールはハッと嗤った。
「図星だな?」
フィールは深くため息を吐き………ヒップホルスターから杖を抜き出し、電光石火の速さの杖さばきで『失神呪文』を無言で唱えた。
ライアンは、倒れた妻子の近くに膝をつく。
「セシリア! ルーク、シレン―――」
「
ライアンが言い切る前に、今度は詠唱有りで高威力の闇の魔術に属する『斬撃呪文』を冷たい声で唱える。眼にも止まらぬ速さで白い光の筋は駆け抜け、ライアンの右肩を深く切り裂いた。
彼の右肩から傷口の波紋が浮かび、紅い血液が噴き出す。ライアンは肩を押さえ、突発的に襲ってきたフィールを苦悶の表情で見上げる。
「フィール………何故、こんなことを………?」
闇で染め上げたような長い黒髪に冷たい光を宿した蒼の瞳を持つ少女は、紅い液体を右肩からダラダラと流す黒髪金眼の男を冷ややかな眼差しで見下ろしていた。
ライアンは倒れているエミリーやセシリア、ルーク、シレン、そして、クリミアを庇うように、なんとか立ち上がり、血で濡れた手で杖を前に構える。
「さあ? なんで、だろうねえ?」
歪んだ笑みを浮かべるフィールは『武装解除呪文』をライアンの手元に撃ち込み、いとも簡単に杖を取り上げる。彼は丸腰になってしまったが、怯む様子はない。
「そんな無防備な状態で、私を殺せるとは思ってないよな?」
ライアンに向かってフィールは自身の杖先を向け、青色の光を放った。
その一筋の光は、ライアンに直撃する。
彼の身体から大量の血が噴き出された。
「がはっ………!」
ライアンは呻き声を上げ、耐えきれず、血溜まりが出来た床の上に寝転がった。
フィールは冷笑のまま、ゆっくり近付く。
辺りは一面、紅の場景で染まっていた。
自分の足元には、辛い表情で仰ぎ見る叔父。
左手には、血で濡れた細長い彼の杖。
それをクルクルと弄びながら、言葉を紡ぐ。
「私の血縁関係者もそうでない周りも人間も、皆嫌いだ。大嫌いだ。その中でも、父の弟のアイツが一番気に食わなかった………。アイツはあの時の私の苦しさも悔しさも何も知らないクセに『お前が死ねばよかった』と言ってきて………でも、今はお前が一番嫌いだ。
憎しみの言葉を淡々と口にするフィールの表情は、普段と変わらない。しかし、それが逆に凄みを増して、ライアンは驚愕に眼を見張る。
「なに………馬鹿なこと………僕は…………ルークと……シレンと………同じ………くらい……君のことも………愛してる…………」
一言一言を告げるように、声を絞り出す。
そんな彼の必死さも、彼女には届かない。
「………ルークとシレンと同じくらい、か。やっぱり、そういうことじゃないか。私はただの、血の繋がりがあるからこその、息子と娘のオマケ。私をただ一人の人間として………フィール・ベルンカステルとして愛してくれる人は、もうこの世に居ない…………」
淋しそうな、それでいて、憎しみが滲んでいるような声で、フィールは続ける。
「お前らは満面の笑顔を私に向けてくる。でも、その仮面の下はどうだ? 本当は今すぐにでも殺したいのを抑えているんじゃないのか? 全て、私のせいで壊れた。私のせいで、母も父も、目の前から消えた………」
いつの間にか、涙が溢れていた。
それは、ただの涙ではない。
熱くて紅い………血の、涙。
フィールは声を震わせ、鋭く睨み下ろす。
抑えきれない感情が胸の内側で膨れ上がり、
「―――私がいらないなら……私が邪魔なら……邪魔だって言えよ!」
今まで隠してきた葛藤をぶつけるように、フィールは大声で泣き叫んだ。
♦️
「…………ッ!」
自分の叫び声で、フィールは目を覚ました。
ガバッ、と勢いよく跳ね起き、指に掛かっていた本も跳ね上がった。
だが、それに構わず、フィールは身体のあちこちに触れる。
自分の身体で、自分の意思がある………。
フィールは安堵の息を吐き、額に滲み出た冷や汗を拭い、再び身体を後方に倒した。
「はぁ………はぁ………ッ………」
気持ち悪さに、胸に手を当てる。
嫌な夢だったと、ぼんやりだが、脳裏に浮かぶ血に染まった光景に眼を閉じた。
その時、自分の両頬を、熱い雫が伝っているのに気付く。
「………私、泣いてたのか………」
その証拠に、枕が濡れている。
フィールは目元を腕で覆い、息苦しさから呼吸を整えようとした。
が、その前に、コンコン、と扉をノックする音が響いた。
「フィール? 起きてる?」
声の主は―――クリミアだ。
フィールは気だるい身体に鞭を入れ、ふらふらと立ち上がると、扉へ出向き、少しだけ開いた。
「………ああ、起きてるよ。なに?」
「セシリア叔母さんが、おやつの時間にしようって」
「……………わかった」
「フィール? なんか、顔色悪いわよ?」
「! ………いや。寝起きだから、まだ少しボーッとしてるだけ。顔洗ったら行くから、先行ってて」
フィールは早口でそう言うと、パタン、と扉を閉めた。躊躇っている様子があるのか、クリミアはその場から動かなかったが………動く気配がし、足音が遠ざかったら、フィールは額に手を当てる。
「………ぁぁ」
フィールは、少しずつ思い出した。
ライアンとセシリアに「ベルンカステル邸に泊まりにおいで」と言われて、それでクリミアと此処に来て………昼食を食べた後、ベッドで本を読んでいたが、次第に、お腹いっぱいになって睡魔が押し寄せてきたから、眠ってしまった。
ふと、壁に掛けられている時計を見てみると、針は午後3時を少し過ぎていた。
「………このままでは……ダメ……しっかり……しないと………」
フィールは首を振り、此処に設備されている洗面台に行って冷水で顔を洗う。タオルで顔に纏わりつく冷たい雫を拭き、部屋を出た。
階段を下り、リビングに来てみると―――あの惨劇が起きるの前の光景が、そこにはあった。
「………ッ!」
脳内で、鮮明にあの風景が浮上する。
心が壊れた自分が皆へ毒を吐き、奇襲攻撃し、冷たい眼で冷たく見下ろした………あの、血の海と化した、此処のリビングが―――。
「フィール?」
口元を押さえ、顔面蒼白したフィールを心配したのだろう。
エミリーが心配そうな表情で、フィールへ寄ろうとしたが………。
「ごめん………私、部屋で休んでる………!」
フィールは踵を返し、今来た階段を上った。
エミリー達の声を背に、フィールは部屋の扉を荒々しく開け、バタンッ! と閉め、鍵を掛ける。
室内に入り、フィールは広い部屋の奥へ走り、隅に座り込んで頭を抱えた。
(違う………違う違う違う違う違う違う違う!)
狂ったように心の中で同じ言葉を何度も叫び、フィールは必死に感情を抑圧させようと、首を横にブンブン振る。
その時、扉をガチャガチャ、と開けようとする音が響いた。
「フィール! どうしたの!?」
エミリーの声がした。エミリーだけでなく、セシリアやライアンも声を張り上げる。だが、フィールは何も答えることなく、ただただ圧し寄せてきたプレッシャーに、成す術もなく頭を抱えることしか出来なかった。
フィールは鍵を掛けて入れないようにしたが、そこは魔法で対処可能だ。
鍵が掛かった扉を開く呪文『アロホモーラ』をライアンが唱え、彼らが中に入ってきた。
彼らは入室して早々、部屋の隅で座り込んでいるフィールを認めると、すぐさま駆け寄り、彼女の側に膝をついた。
「フィール、大丈夫か!?」
ライアンはフィールの両肩に両手を置いた。
フィールはそれに、ビクッと身体を震わせる。
今、顔を上げたら………夢の時みたいに、あんな酷いことを言ってしまいそうで。
顔を上げるのが、怖かった。
「落ち着いて、ライアン。フィールの様子がおかしいわ」
セシリアがライアンの腕を掴みながら言い、彼は心配げな表情で頷く。
「フィール、俺達がわかるか?」
従兄のルークが声を掛けてみるが、従妹は無言で顔を伏せたままだ。
「何か、嫌な夢を見た?」
今度は従姉のシレンがそう訊くと、彼女は僅かにピクッと反応した。
どうやら、シレンの問いが正解のようだ。
「何の夢を見たの?」
「……………………」
言えなかった。言えるはずがなかった。
自分自身が、皆を傷付けた夢を見たなんて。
「………………………」
皆はフィールが口を開くのを待つが、次第に、今聞き出しても逆効果だと思うようになり、クリミアは、
「気持ちを整えて、言える状態になったら、私達に話しなさい。いいわね?」
と、フィールの頭をくしゃりとやると、ライアン達に目配せする。彼らは後ろ髪引かれる思いだったが、クリミアの判断に従おうと、彼らは立ち上がり、部屋を出ていった。
パタン………と、扉を開け閉めする物静かな音と共に、静寂もまた、訪れる。
世界中から自分の存在を否定されたような、そんな感覚に陥ったフィールは、痛心する。
「……違う………あの人達は私を………いらないとか………邪魔者とか………そんなこと……思うような人達じゃない…………」
自分が抱える不安を打ち消すように、譫言のように呟くフィール。
言葉にした途端、ついさっきまで夢の中で自身が言ってた言葉通りなのだと思ってのに、なんて自分勝手なのだろうと思った。
大丈夫だと思ったところで何にも変わらない。
それはただ、大丈夫だという希望的観測な想いが、自分の重苦しい気持ちを少し軽くしてくれるだけで。
「もう………イヤ…………」
これ以上は、精神が耐えられない。
フィールは圧迫してきた不安や苦しみが胸の内からどっと溢れ………一筋の涙を流した。
♦️
1階のリビングルーム。
そこに、彼女達は居た。
ライアンとエミリーは落ち着けなさげに扉方向に視線を向け、セシリアはクッキーを載せた皿と紅茶を淹れたティーカップをテーブルに揃え、ルークとシレンは憂い顔で天井を見上げ、クリミアはソファーで考え事に耽る。
微妙な空気が流れる中………沈黙を先に破ったのは、ルークであった。
「なあ、クリミア………フィールがあんなにも怯えてた様子って、これまでにもあったのか?」
ルークは、自分達よりもずっとフィールのことを知っているクリミアに、そう訊いた。
クリミアは少し考えるような表情を見せ―――フッと息を吐く。
「いいえ。でも………夢で魘されてたのを見たことはあるわ」
「夢………?」
「………去年のことよ」
クリミアは、去年あった出来事を話した。
「いつもならリビングに来るはずの時間帯にフィールが来なくてね。最初は寝過ごしてるのかと思ったんだけど、10分以上待っても来る気配がなかったから心配になって部屋に行ってみたのよ。………その時、フィールは魘されてた。だから、慌てて起こしたんだけど………あの時の寝言に、少し心配になったわ」
「寝言………?」
シレンが首を傾げると―――憂思を帯びた面持ちで、クリミアは言った。
「『いや……止めて……もう止めて………』って。そう言ってたわ」
室内に、再び重い空気がのし掛かる。
クリミアを除いた人達は、唇を強く噛み締めて何かを耐えている様子だった。
「………そうか」
と、ルークは短く返事をし、座り直す。
シレンも顔を伏せ、口を噤む。
「とにかく、まずはフィールが落ち着くのを待ちましょう」
セシリアが気まずいムードを払拭するようにそう言い、五人は頷いた。
♦️
あれから、約4時間が経過した。
「ねえ、フィール、全然来なくない?」
もうすぐ夕食の時間になるというのに、上の階からは物音一つさえも聞こえてこない。
シレンは憂色を滲ませた顔で天井を見上げる。
彼女の呟きに、ルーク達も上を見上げた。
「シレン。フィールを呼んで来てくれるかしら」
セシリアがそう言い、シレンは椅子から立ち上がって2階へと向かった。
フィールの部屋の前に来て、ノックする。
「フィール。そろそろ夕食の時間よ」
シレンはそう呼び掛けるが、返事は無し。
もう一度ノックしてみても、反応がなかったため、シレンは「入るわよ」と言ってから、ドアノブに手を掛けて回した。
部屋の中は、真っ暗だった。
シレンは灯りはつけず、カーテンの隙間から僅かに入ってくる月明かりを頼りに歩く。
自分達が退室した後に移動したのか、フィールは部屋の隅ではなく、ベッドで横たわっていた。
「………………」
シレンはフィールを起こそうとして、止めた。
よく見てみると、夢の世界に居るはずの従妹の寝顔は険しく、その頬には、大粒の涙の跡があったからだ。
「もう………まだ子供なのに、重たい物背負ったって顔して…………」
オッドアイの両眼を細め、シレンはフィールの目尻に手を伸ばし、指先でそっと涙の粒を払う。
それから、フィールに薄手の毛布を被せ、暗闇と同化する長い黒髪を撫でると、シレンは無言で部屋を退室した。
リビングルームに戻ると、皆は首を傾げた。
「シレン? フィールはどうした?」
「部屋で寝てた。………泣き疲れたんだと思う」
「え………フィール、泣いてたのか?」
ルークは瞠目し、シレンに訊き返した。
「………頬に、泣いてた跡があったから」
それだけ言って、シレンは椅子に座った。
ルークは白い天井を仰ぎ見、小声で呟く。
「あのフィールが泣くなんて、余程のことだぞ」
「ええ……だから、私もビックリしたわ………」
金髪オッドアイの双子の兄妹は憂患した。
従妹がホグワーツでは頼れる強者として友人や下級生から慕われているというのは、クリミアから聞き及んでいたため、尚更驚かずにはいられないのだ。
「………………」
クリミアは長い睫毛に縁取られた瞳を細める。
その雰囲気は、まるで理由を知っているような様子であった。
「………クリミア。もしかして、わかるのか?」
「! ………いえ、わからないわ。………とにかく、フィールが寝てるっていうなら、明日までそっとしておきましょう」
クリミアにしては珍しく歯切れの悪い口調だったが、ルークはそれ以上詮索はせず、また、他の人達もそれ以上は追及しなかった。
♦️
真夜中の午前1時頃。
黒髪の少女の部屋に、誰かが扉をゆっくり開けてひっそりと入った。
背は高くスラッとしており、瞳の色は神秘的な光を宿した紫だ。そして、その人影は室内全体に『遮音呪文』を掛け、扉に鍵を掛けた。強力な魔法を施したため、『アロホモーラ』でもロック解除は出来ない。
その人影の目線の先には、一つの人影。
ベッドで寝ていたはずの―――フィールだ。
「………貴女と会うのは、去年のクリスマス休暇前以来ね」
「ええ………そうね、クリミア」
フィール―――否、『彼女』は元気無さげに返事し、クリミアと向き合った。
「………なんて、呑気に再会を楽しめる状況じゃないわよね。………フィール、一体、どんな夢を見てあんな風に怖がってたの………?」
「それは、貴女が持つ『メモリアル家の力』で確かめるといいわ」
『彼女』は、夢の内容を感受している。
敢えてそれは教えず、自分の眼で確認しろ、と言い渡した。
クリミアは頷き………『彼女』に近付き、自分の額に『彼女』のそれを合わせ、眼を閉じた。
眼を閉じるのと同時に、『力』を発動する。
クリミアの脳内には、豹変したフィールが自分達に毒を吐き、奇襲攻撃を仕掛け、ライアンに大怪我を負わせる姿と、血の涙を流しながら泣き叫ぶ姿が映像化して流れていた。
「そういう………ことだったの………」
眼を開けたクリミアは、絶句した。
何故、フィールが顔を上げようとしなかったのかも、リビングに来て早々蒼白したのかも、その謎が、今、解けた。
「………クリミア」
『彼女』は間近にあるクリミアの紫瞳を見つめ、その頬を両手で包み、哀しげな笑みを浮かべた。
「フィールは貴女達が思っているほど強くない。魔法の腕はどんなに強くても、心はね。……今はまだ、わたしはフィールと会うことは出来ない。でも、いずれは『魂の境界線』で全てを話す日が来るわ。だから……その刻まで、フィールの傍に居て支えてあげて」
クリミアは『彼女』の言葉にしっかりと首を縦に振って頷いた。
「ええ、勿論よ。約束するわ」
「ありがとう、クリミア。そして―――わたしは貴女達のことをいつまでも愛してるわ。それだけは忘れないで。………またいつか会いましょう」
『彼女』は満足そうにそう言い―――クリミアは淡い微笑みを浮かべ、優しげな眼差しは、一瞬だけ紫色に光った蒼瞳をハッキリと捉えた。
【やって来ました! フランス!】
なんて、呑気なこと言ってる場合じゃあない!
フィール、どうしたんだーーーッ!!!?
【安心してください】
前半のあれは夢ですよ。
【『彼女』、再び現れる】
3章以来のクリミアと再会。
【メモリアル家の力】
詳細は次回。
【魂の境界線】
後々の伏線。