【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
いよいよ今日から、ホグワーツ魔法魔術学校で魔法に関する授業がスタートする。
地下牢に在る、蛇寮の女子部屋一室。
そこで、黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは朝早くから起きて、寝間着から制服に着替えていた。
黒のストッキング、黒のスカートを履き、白いワイシャツと灰色のセーターを着て、緑と銀のレジメンタルのネクタイを締める。フィールは別に視力は悪くないのだが、魔法を掛けた青のだて眼鏡を掛けた。
「そうだ、いつものロケットを忘れないようにしないと」
真ん中に青い石が嵌められ、魔法陣の模様が描かれている銀色のロケット。それを首からぶら下げ、ヒップホルスターに杖を仕舞っていると、クシェルが目を覚ました。
「ふぁぁぁ………あれ? おはよう、フィール。起きるの早くない?」
「そうか? 別に普通だと思うけど」
顔を合わせず返事をし、最後に黒のローブを羽織って部屋を出ようとすると、
「あ、待ってよ~! 私も行く~!」
置いてきぼりが嫌なのか、一人でスタスタと部屋を出ようとしたフィールにクシェルは頬を膨らませる。クシェルはベッドから降り、壁に掛けてあった制服とローブを手にすると、早々に寝間着から制服に着替え、引き留められたことにため息ついて壁に背を預けて渋々待っていたフィールの元まで小走りで行く。
「お待たせ~!」
「………………」
明るい笑顔をクシェルは向けるが、向けられている本人は何も言わず、スタスタと一人で歩いていく。
「あ、ちょっと待ってよ! なんで一人ですぐ行こうとするの!?」
「………一人がいい」
他人とのコミュニケーションを嫌う性格故の冷たい振る舞いだが、クシェルは気にしなかった。
「なんでさ!? せっかく友達と一緒に行ける方が私は楽しいのに!」
数秒間、フィールは思考放棄。
………今、この人はなんて言った?
それだけが、今の彼女の脳内をぐるぐる無限ループしていた。
「………………」
結論の出ない思考は捨てようと、無視して一人で部屋を退室しようとしたが、咄嗟に腕を掴まれた。
「ほら、一緒に行こ!」
超笑顔で左腕を引っ張り、朝食のために大広間へ向かう。その間、クシェルはフィールの腕をずっと掴んだままだった。
「………離せ」
「ヤダ。離したら一人で行くじゃん」
「………私は一人がいい」
「私は二人の方がいいの」
フィールのつれない返事にクシェルはさらっと返し、ローブ越しから細い腕を掴み、広い廊下を歩く。
まるで飼い主が飼い犬に散歩されているみたいな風景に、同じように朝食を食べに行こうとしている生徒達は不思議そうに、でもどこか微笑ましそうにしながら、横を通り過ぎる。
「………………」
もうどうにでもなれと、フィールは諦めてクシェルのペースに合わせた。大広間の扉前まで来ると、クシェルはやっと手を離してくれた。
「はい、行くよ」
「………………」
手を離したクシェルは、此処まで来たら流石のフィールも共に来るだろうという計算だったが、それは瞬く間に砕け散る。
フィールは無口でスッと横を通り、たんたんとした足取りでテーブルに行くため、クシェルは慌てて振り返った。
「ちょっ、待ってよ!」
「ちっ………なんだよ」
肩越しから、だて眼鏡のレンズを通して見てきたフィールの眼が怖く、それを見た生徒達は、少し肩を強張らせた。だが、クシェルだけは怖じ気付くことなく、不満げな表情をし、
「せっかく友達になりたいのに、なんでさ!? もっと、一緒に行動しようよ!」
「断る。いらない、そんなもの」
友達になろう、というクシェルの言葉を無慈悲なまでにバッサリ一刀両断するフィールの物言いに生徒達は更に肩を強張らせ、何人かは思わず顔を背けた。
「じゃあ、フィールが『いらない』って思わなくなるまで話し掛けるからね!」
一体何が、この少女を突き動かすのだろうか。
断る、と友達拒否されたのにも関わらずアプローチ宣言をしてきたクシェルに、フィールのみならず、一部始終を見ていた人達も揃って呆気に取られる。
「………………勝手にしろ」
どうせ、友達になってもすぐに終わるだろうと判断したフィールは早く離れて欲しいなと、一言でそれを了承すると、アプローチOKされて嬉しいのか、クシェルはパアッと顔を輝かせ、両手を取ってブンブンと振った。
「やった! じゃあ遠慮なく一緒に行動するからね!」
「…………………………」
誰が見ても笑顔の中の笑顔を浮かべる、翠眼のボーイッシュガール。
戸惑いと困惑を隠しきれないまま、フィールは両腕を振られるがままでいた。
それを遠目から見守っていた桃色髪の少女と水色髪の少女は顔を見合わせ、微笑んだ。
「フィール、よかったわね」
「ええ。ちゃんとやっていけるかは少し心配だけど、きっと大丈夫ね」
―――あの茶髪翠眼の少女なら、黒髪蒼眼の少女の氷の心を溶かすことが出来る。
ソフィアとクリミアは、同じ想いを口に出さずとも抱懐していた。
♦️
ホグワーツの授業初日は、遅刻率が圧倒的に高い。その原因は、とにかく校内のギミックがバラエティー満載だからだ。
142の階段があり、広い巨大な階段、狭いガタガタの階段、金曜日にはいつもと違う所へ繋がる階段、真ん中辺りで毎回1段消えてしまうので忘れずにジャンプしなければいけない階段など、覚えるのが大変である。
階段に限らず、扉も多種多様だ。
丁寧にお願いしないと開かないものや、正確に一定の場所を擽らないと開かない扉、扉のように見えるが実は硬い壁が扉のフリをしているもの、その反対に壁のフリをしている扉など、強者揃いである。
肖像画の人物もしょっちゅう訪問し合っているので目印としては役立たないし、廊下に置かれている胸像や甲冑も台の上でブツブツ独り言を言ったり人が来ると振り返ったりするので、かなり不気味だ。
それに―――ポルターガイストのビープスが生徒達に悪戯してきたりするので、それもまた遅刻する原因の一つだった。
初日の授業が行われる教室に向かっていたフィールとクシェルも悪戯対象のターゲットになり、ビープスが水風船を投擲してきた。
「ひゃっ! 冷たっ………!」
水風船はクシェルにモロ直撃。
ビープスは見事ヒットさせるのに成功し、愉快そうに笑っていた。クシェルは身体に纏わりつく冷水にブルブル震え、ビープスは続けてフィールに投げたが、彼女は当たる前にヒラリと回避。それが悔しいのか、もう一つ投げたが、それも躱される。ビープスは悔しそうにし、残りの水風船を無駄遣いするよりは確実に使おうとのことで、再びクシェルをロックオン。
残余のウォーターバルーンを全部投げ、反応がワンテンポ遅れたクシェルは成す術もなく立ち竦み―――目前でそれは破裂し、水が一気に噴き出したが、まるで見えない壁があるかのように、一切濡れはしなかった。
「え………!?」
クシェルは驚愕の声を上げ、ビープスも訳がわからないという顔だ。
何故、クシェルに当たる寸前で全て破裂したのか。
その訳は、フィールにある。
ビープスの視線が隣に居たクシェルに動いたのでまた彼女を対象にしたのだと瞬時に察し、無言呪文で透明な盾を張っていたのだ。盾の防壁は普通だと半透明だが、術者の技術次第では無色にするのも可能である。
フィールはビープスに睨みを利かせ、退散するよう無言の圧力を掛ける。ビープスは悪戯失敗の要因がフィールだと知ると「覚えておけ」と捨て台詞を吐き捨てて立ち去った。
「………ああ、そうだった」
フィールは未だに唖然としているクシェルがびっしょりなのを見ると、彼女の制服やローブに浸透している冷水を払い、冷えた肌を加温した。クシェルは、冷たい水でびしょびしょだったのがすぐに乾いたことに驚いている。
「ったく、アイツのせいで余計な時間食ったな。もう寒くないか?」
イライラとした言葉を呟いていたフィールの口からいきなり心配した言葉が出たのでクシェルは驚到したが、
「うん、大丈夫。ありがと!」
ニッコリと笑い掛け、礼をした。
「………なら、いい」
フィールはローブを翻し、クシェルに背を向ける。クシェルはフィールの隣に並び、チラリとだて眼鏡を掛けている横顔を見つめた。
(なんだろ………意外と優しい………のかな?)
「………なんだよ?」
視線に気付いたフィールは、横目でクシェルを見て問い掛けた。
「ううん、なんでもない」
クシェルは笑って首を振り、フィールは特に気にも留めず、前を向いた。
♦️
記念すべき1日目の授業を全て終えたフィールは、クシェルに左腕を引っ張られてスリザリン寮に帰宅した。
どうしても、「二人の方が楽しい」と言い張るクシェルが単独行動するのを許さず、半ば強引に引き留めるからだ。
「だって、せっかく同室になったんだよ? もっとフィールと話したいし、一緒に居たい」
何度文句を言っても、返事はこれだ。
フィールは若干疲れ気味な顔である。
細長くて天井が低く、荒削りの石造りで築造された談話室に設置されているソファーにクシェルは腰掛け、フィールも座らせた。
周囲にはまだ数人の生徒しか帰ってなく、彼等も椅子やソファーに座って寛いでいた。
「私、ずっとホグワーツに入学するの楽しみにしてたんだ。今日は四六時中ワクワクしっぱなしだったよ。フィールは?」
「私は別に………普通だな」
オリジナルスペルの開発という、未知の領域まで若くして足を踏み入れているフィールからすると、授業で習う内容等は他の生徒と違って、別段心踊らされるものではない。どちらかと言うと、退屈しのぎに近いものだ。
提げていたショルダーバッグを下ろし、一息ついたフィールは、さてどうしようかと考え込もうとした矢先。
「ねえ、ほら、あの娘じゃない? 茶髪の女の子の隣に居る」
「誰のこと?」
「フィール・ベルンカステルよ」
「ベルンカステル? ………ああ、『例のあの人』に真っ先に反抗したっていうエルシー・ベルンカステルの孫ね」
「アイツの顔見たか?」
「ちゃんとはまだ見られてないわ。まあ、昨日は角度と距離の関係で仕方ないんだけど………今は青の眼鏡を掛けているわね」
「そうなのか?」
談話室に戻ってきた上級生の囁き合う声が耳に入った。彼等はまじまじと、昨日の組分けで一躍脚光を浴びたフィールを見つめる。
ハリー・ポッターの時みたいに好奇の眼を向ける者も居れば、蔑みの眼差しを送る者も居た。
それは、同級生も同じで―――。
「なんで君はスリザリンに入ったんだ?」
いつの間にか談話室に来ていたドラコ・マルフォイの疑問系の声は、自然と皆の耳に届いた。
マルフォイはソファーに座るフィールの前まで歩き、立ち止まる。
フィールはマルフォイを見上げ、肩を竦めた。
「私がどの寮に入ろうが、別にアンタには関係ないだろ」
「いいや、関係あるね。君がスリザリンに来たことで、この寮は更に泥を塗られたんだ。僕としては、君が居なければこれからの学校生活を有意義に過ごせたと思うよ」
マルフォイの発言に、何人かの生徒が頷く。
スリザリンは、将来の死喰い人候補が集う寮と言っても過言ではない。事実、死喰い人の大半がスリザリン出身者だ。
稀にグリフィンドールやレイブンクローからも闇の道に属した者を輩出することはあるが、それでも多数を占めるのはスリザリンだ。
だからこそ、魔法使いはその事実に気付かないし、知ったとしてもそれを認めようとしない。
『騎士道』とは相反する『狡猾』を重視するのがスリザリンの理念。
故に、伝承から相反する行為をした今は亡き女性は典型的なスリザリン生、あるいはスリザリン出身者にとって、憎んで然るべき存在だ。
そしてその故人こそが、フィールの祖母エルシー・ベルンカステルである。
数世紀の歴史を誇る名家で純血主義を高らかに掲げ、高い身体能力と戦闘技術を兼ね備えた魔法使い・魔女を幾人も輩出してきた『戦闘一族』の家訓に真っ向から背反し、スリザリン出身でありながら闇の道とは異なる道を突き進みその信念を貫き通した魔女。
エルシーが遺した『血筋や家柄が魔法使いの善し悪しを選ぶのではない。魔法を扱う人間の心こそが、魔法使いの善し悪しを定める』と言う言葉は、それを母から聞いたフィールの胸に今も尚深く刻まれている。
「君はスリザリンの恥だ。君の存在は、スリザリンにとって害でしかない」
マルフォイの言葉に賛同する者は、彼と同じ軽蔑の眼差しでフィールを遠目から見つめる。
すると、クシェルがソファーから立ち上がり、キッとマルフォイを睨み付けた。
「あのさ。それ以上フィールのことを悪く言ったら、私が許さないよ。友達を悪く言われて、黙ってなんかいられないから」
クシェルがそう言うと、マルフォイは馬鹿にするように笑い、
「へえ、君、そいつの肩を持つのかい? これは驚いたな。確か君は、クシェル・ベイカーだったね。クシェル、悪いことは言わないよ。異端者のベルンカステルを庇うような真似は止めといた方がいい。友達はよく考えて選ぶんだ」
と言ったが、クシェルは首を横に振った。
「自分の友達は他人が決めるんじゃなくて、私自身で決めるから、結構だよ。私はアンタみたいに誰かを侮辱するような人とは仲良くなんかなりたくないし、なろうとも思わない」
………随分バッサリ言うヤツだな。
と思ったのは、何もフィールだけでない。
この場に居た者全員が呆気に取られた。
「………ああ、そうかい。君もベルンカステルと同じ人間なのか。なら、君とも反りが合わなそうだな。失礼するよ」
ホグワーツ特急でのフィールとの絡みを思い出したマルフォイはこれ以上関わっても不愉快になるだけだと思い、フィールとクシェルを一瞥後、取り巻きを連れて男子部屋へと帰った。
すっかり重苦しくなった場の空気に耐え兼ねたのか、談話室に居る彼等はその原因の一人であるフィールを蔑視する。
そしたら、唐突にフィールはソファーから立ち上がり、ショルダーバッグを手にした。
「フィール? どしたの?」
音の気配を察したクシェルが首を傾げると、
「どうしたも何もない。談話室から出ていく」
有無を言わさぬ口調で言い放ったフィールは、談話室の出入口に向かって歩き出した。
どうやら、本当に出ていく気らしい。
クシェルは慌てて彼女の腕を取った。
「ちょっ、待っ―――」
だが、フィールは乱暴にクシェルの手を振り払い、早足で階段を駆け上がる。
そうして外に出ようとした時―――4年の男女グループが戻ってきた。その中には、アリアも混じっている。
「………フィール?」
アリアは俯きがちにフィールが寮から出ていこうとしたのを見て声を掛けようとしたが、それよりも早く、フィールは出ていった。
「なあ………今の、1年生の娘じゃないか?」
「言われてみればそうね………ホグワーツを探険しに行ったんじゃない?」
「でもよ、アイツ一人だけで大丈夫か? 此処のギミックは俺らでも一苦労するってのに」
「大丈夫じゃない? それに、大変だと思ったら諦めてすぐ戻って来るわよ、きっと」
入れ違いになった4年生の面々は口々にそう言うが、談話室の空気がなんだか重々しいのを感じ取ったアリアは、何か別の理由があって外出したんだろうと考えた。
案の定、自分達が来る前に談話室に居た生徒達はこちらを見上げている。皆は何故かバツの悪そうな顔になり、そそくさに自室へと足を運び始めた。
「? なんだ、皆して。俺達、何かしたか?」
来たばかりで事情を知らない男子生徒が首を捻り、他の人達も揃って疑問顔になる。
アリアは階段を下り、唯一此処に残っているクシェルに話し掛けた。
「クシェル。私達が来る前に、何かあったの?」
だが、クシェルは何も答えず、ただ首を横に振り………踵を返して、部屋へと向かった。
誰も自分達には一切教えてくれないのだから、益々アリア達は訳がわからないという表情を深め―――その場に突っ立った。
♦️
スリザリン寮を出て行ったフィールは、1階に上がって壁に背を預けて腕組みしていた。周りには誰も居らず、静かだ。
(………私の存在は、スリザリンにとって害でしかない………か)
ふと、頭にマルフォイの言葉がちらつき、それを振り払うように首を振る。
弱気になってはいけない。
弱気になれば、相手の思うツボだ。
壁に背を預けるフィールは眼を閉じる。
―――血筋や家柄が魔法使いの善し悪しを選ぶのではない。魔法を扱う人間の心こそが、魔法使いの善し悪しを定める。
これは、祖母が自分達に遺した言葉だ。
祖母は自分の信念を貫き通した。
ならば、彼女の孫である自分が信念を貫き通せないはずがない。
自分に言い聞かせるよう、胸に手を当てて復唱したフィールは眼を開け―――図書室に行って自主学習でもしようと、腕組みを崩し、その場から立ち去った。
♦️
学校生活のスタートを切り、入学後初めての金曜日。
同じスリザリンに所属しているというのに、フィールは皆から遠巻きにされる存在で、逆にクシェルは人気者になりつつあった。
生徒達の間では、何故フレンドリーな性格で誰とも分け隔てなく接するクシェルは、クールで無愛想なフィールと共に行動するのかと、二人を見掛ける度に謎が謎を呼んで困惑を隠し切れていない。
それでも性格はともかく成績は優秀で全教科完璧にこなすので、何とも言えないという人が多かった。
「なんかもう、大変だね」
「………ああ、そうだな」
朝食時間のスリザリンテーブル。
クシェルはフィールの隣に座り、クロワッサンを頬張りながら声を掛ける。
入学してから1週間が経過し、フィールはスリザリン内でかなりの人数に軽視されていた。
その訳は、『純血主義者ではない』からだ。
基本的にスリザリンは純血の生徒が大半を占めマグル生まれを見下す傾向があり、反純血主義者を軽蔑する人も少なくはない。
フィールは少数派の反純血主義者だ。
そのため、『
そういうことがあるため、フィールは放課後、他生徒同様に談話室に行って寛いだりはせず、一人でフラフラと何処かに行く。
集団の中に居るのは苦手というのもあるが、何よりも蔑視してくる人達に睨まれるのが居心地悪いので、そんな場所にわざわざ居るくらいなら、誰も居ない場所で宿題をしたり隠れて訓練しようと、人通りが少ない7階の空き部屋を探索し、そこを利用している。
だが、やはり空き部屋だと気を遣わなければならないのが面倒だから、いずれ安全且つ自由に活動が行える場所を探しに行こう。
確か、ホグワーツ城には『必要の部屋』という便利な部屋があったはずだ。
そんなことをつらつら考えていたフィールは一旦割愛し、それから、チラリと隣に居るクシェルを見た。
クシェルは明るく社交的なので、既にトップクラスで人気者となっている。
何故、全く正反対な自分に呆れることなく話し掛けてくるのか、疑問の一筋であった。
すると、視線に気付いたクシェルがフィールの方を見たが、咄嗟に視線を逸らしてコーンスープを一気に飲み干す。
「今、眼合ったのに視線逸らすなんて―――フィーって、実は人見知り?」
「………?」
なんだか、ちょっとした違和感を感じた。
いつもの、弾んだ声で発した言葉。
それに、今回はなにかが普段と違うような気がした。
「………………
延々とクシェルが言った言葉を脳内リピートしていたら、やっとその違和感がわかった。
呼び名が『フィール』から『フィー』に変わっていたのだ。
「うん! 『フィール』よりも『フィー』の方が親しみあるなぁって。それでいい?」
どんな時でも絶やさぬ笑顔で了承を求めてきたクシェルに、フィールは本当に戸惑うばかりだった。今まで生きてきた人生の中で他人に呼び名で呼ばれることなど一度もなかったため、フィールは入学してから調子を狂わされっぱなしである。
「………………勝手にしろ」
どうせ、この人にはどれだけ冷たくあしらっても風のように受け流される。なら、もう勝手にさせるのが早いかもしれない。
クシェルは何がそんなに嬉しいのか、「やった!」とはしゃいだように笑い、
「嬉しいよ! じゃあこれからはフィーって言うね! それじゃフィー、早く行こうよ!」
すっかりウキウキなクシェルはフィールの腕を掴むと今日一番手の授業、魔法薬学の教室へと走り、フィールもそれに釣られて走った。
♦️
魔法薬学の教室は地下牢に在る。
スリザリン生は比較的寮と近い場所にある教室なので迷うことなく向かい、その後ろから合同のグリフィンドール生がやって来た。
地下牢だからなのかそれとも担当がスリザリンの寮監だからなのか、見るからに暗然な雰囲気が漂う教室だ。壁にはガラス瓶がズラリと並び、その中にはアルコール漬けの様々な生物が浮いている。魔法薬学担当のセブルス・スネイプは生徒の出席を取っていき、ハリーの前まで来ると表情が変わった。
「ああ、左様。ハリー・ポッター………我らが新しい―――スターだね」
その台詞にスリザリン生数人はニヤニヤして、ハリーを冷やかす。その後出席を取り終えたスネイプはこちらに眼を向ける生徒を見渡した。フィールの顔を見た時、少しだけ表情を和らげたのは気のせいだろうか。
「この授業では、魔法薬調剤の微妙な科学と厳密な芸術を学ぶ」
スネイプが口を開いた瞬間、一気にクラスはシンと静まり返った。変身術の担当教師マクゴナガルと同じように、この先生には逆らったり口答えしてはいけないと、一瞬で確信した。
「この授業では杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力………諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。尤も、我輩がこれまでに教えてきたウスノロ達より、諸君がまだマシであればの話であるがね」
スネイプは魔法薬学について少し長い演説を語り、皆は静かに話を聞いた。スネイプの威圧感に圧倒され、馬鹿やるような真似をするヤツは誰一人居なかった。黒髪のスリザリン女生徒は身体はスネイプに向けているが手は動かしている。時折視線を羊皮紙に落としつつ、スネイプの説明をちゃんと聞いてメモっていた。
演説を終えたのと同時スネイプは、
「ポッター!」
と大声で呼んだため、突然の声にハリーはビクッとした。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
ハリーは隣に居たロンと顔を見合わせるが、さっぱりわからない、と言う表情だ。それもそのはず、この内容は6年生になってから習う薬だ。彼に限らず、他の人達が答えられるはずがない。手を挙げているが見向きもされずスルーされているハーマイオニーや、1年生に上級生で習うものを尋ねる教師にため息ついているフィールといった数少ない予習者を除いて、だが。
「チッチッチッ………有名なだけではどうにもならないらしいな」
嬉しそうな声音でスネイプはハリーを小馬鹿にし、次の質問を投げ掛けた。
「ではポッター、もう一つ訊こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら何処を探すかね?」
「………わかりません」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったのかね?」
スネイプはせせら笑い、ハーマイオニーは高く手を挙げる。マルフォイ達は爆笑しているが自分達に質問が来て答えられなかったらその方が爆笑ものだなと、フィールは口には出さないで心の中でそう思っていた。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」
「わかりません。ハーマイオニーが知っていると思いますから、彼女に質問してみてはどうでしょうか?」
ハリーは苛立ったように意見するが、この場合挑発行為に乗った者の方が負けだ。衝撃を吸収する空気のようにさらりと爽やかに受け流せるようにならなければ、後々痛い目に遭うのは自分なのだから。
スネイプは最早立って挙手していたハーマイオニーを鋭く睨み、
「座りなさい」
と低音で威厳ある声を発した。
流石のハーマイオニーもその迫力には気圧されたのか、素直に着席する。
スネイプは落胆したようなため息をつくと、今度はスリザリン生―――フィールに眼を向けて質問した。
「さて、ハリー・ポッターはこの様だが、お前はどうだ? フィール・ベルンカステル?」
手を挙げていないのに、クエスチョンしてきたか。
そう思い、フィールは小さく息をつく。
恐らくスネイプは、羊皮紙に何やら書いていたのを見て、彼女なら上級生レベルでも難なく答えられると思ったのだろう。
実際は、確かにその通りだ。
全て答えることは可能だ。
そこで、フィールはこう考える。
既に7年生で学ぶ知識を持っているのなら、それを授業で活かさないのは宝の持ち腐れだし長年勉強してきたのだから、バンバン点数を稼ぐのも悪くはない、と。
退屈な日々を過ごすのはつまらない。
楽しむなら、それなりに楽しもうではないか。
フィールは、リクエストに応じてアンサーを披露した。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギ、それにプラス、刻んだカノコソウの根、催眠豆の汁を混ぜると『生ける屍の水薬』という非常に強力な眠り薬になります。気を付けなければならないのは、成分が強すぎると一生眠り続けることになること。ベゾアール石は山羊の胃から入手出来る石で、大抵の毒薬に対して解毒剤として使用可能。ただし入手するのは困難。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で別名アコナイトと言いますが、トリカブト、と言えばわかるでしょう」
教室内に、静寂が訪れる。
皆―――ハーマイオニー以外―――、もしも質問されたら答えることが不可能だったのを、サラサラ答えてみせたフィールに喫驚していのだ。誰もがポカーン、としている中、スネイプはやはり、と上機嫌な笑みを浮かべ、フィールを称賛した。
「素晴らしい、どれも完璧な答えだ、ベルンカステル。スリザリンに15点」
スネイプがスリザリンに加点し、それを機にスリザリン生は「ナイスだ、ベルンカステル!」と今回ばかりはフィールに敬意の眼差しを送った。
反対にグリフィンドール生はフィールを睨み付けているが、本人はそんな視線などどこ吹く風というように、澄ました顔を崩さない。
「ところで諸君、何故今のをノートに書き取らんのかね?」
スネイプのその言葉で教室には一斉に羊皮紙と羽ペンを取り出す音が響く。既に書き込んでいたフィールはやることがないなと思い、暇潰しにオリジナルスペルの開発について黙考するため、だが授業が行われている場所柄、何もしていなかったら減点されるかもしれないと危惧し、教科書を取り出して、再確認しているフリをした。
(次はどの分野にしよう………ディフェンスもいいし、オフェンスもいいけど………日常的にも役立ちそうな呪文にしようかな………)
一方のスネイプは、
(やはりそうだ………ベルンカステルは優秀な生徒だな。流石はクラミーの娘だ)
スネイプは、フィールの母親を知っている。
クラミーは1歳年上の同寮の先輩であった。
学年首席の優等生で、容姿端麗。一度だけ、ピンチヒッターとしてクィディッチの重大ポジション・シーカーになり、見事優勝を果たした。
性格だって、悪くなかった。
クールで大人びていて、正義感が強くて。
あのハリー・ポッターの父親で傲慢なヤツだったジェームズ・ポッターや彼の仲間に理由もないのに攻撃された時は、いつも助けてくれた。
………だからだろうか。
一見すると冷たそうだけど、なんだかんだで優しいフィールを見ていると、クラミーと…………ジャック・クールライトと重なって見えるのは。
クラミーはグリフィンドール生だった男子生徒―――ジャックと交際した。そしてその彼は、敵対しているスリザリン生だった自分を差別しないで接してくれたし、クラミー同様、後輩のジェームズ達を窘めてくれたのだから、同じグリフィンドール生でこの差はなんだろうと何度も思った。
だが、二人は数年前、他界してしまった。
そのことは、スネイプも知っている。
学生時代の恩人だった二人が亡くなったのを知った時、密かに想いを寄せていた女性で憎き男と結婚した―――リリー・エバンズが殺された以外で、誰かに対する悲しみを抱いた。
それだけ、あの二人のことが先輩として、そして友として好きだったのだろうか。
(………クラミー、ジャック。君達の子供は、本当に優秀だぞ。ちゃんと見守っているか?)
亡き先輩二人に求める返事。
それが返ってくるのは絶対にないのだが、それでも、スネイプは心で問い掛けた。
―――その問いが、二人に届いていることを祈りながら。
その後スネイプは二人一組のペアを作らせ、おできを治す簡単な薬を調合させた。フィールはクシェルとペアになり、どちらとも実技は得意なことからクラスで一番最初に、それも完璧で正確な薬を完成させた。
二人の調合スピードと出来の良さにスネイプは更に5点プラス。ハーマイオニーからは殺気混じりの眼を送られた。授業の途中、グリフィンドール生のネビルが調合に失敗して大鍋を溶かし、液体を被ってしまった。
身体中におできが出来て医務室に連れて行かれたのを見届けた後、隣で作業していたハリーに「何故近くに居たのに注意しなかった?」と1点減点し、魔法薬学の授業は終わった。
♦️
金曜日の午後は授業が無い。
なので、フィールはブラブラ散歩していた。
他の生徒達は各自の談話室に帰宅して寛いでいるだろうが、生憎フィールは寛げない。むしろ気分を害する。
今日も夕食時間帯まではスリザリン寮以外の場所で暇を潰そうと思い、歩みを進めようとした時だ。
「あれ? フィール?」
声がした方向に、フィールは顔を向ける。
そこには、何処かへ行こうとしていたらしいハリーとロンが立っていた。前者はともかく、後者は敵意ある眼で見据えている。
「ああ………アンタらか」
「久しぶりだね。元気にしてた?」
元気にしているとは言えないのだが、バカ正直に答えると理由を教えなきゃいけなくなるのでフィールは「まあな」と言葉を濁す。
「………これから何処かへ行くのか?」
「うん。ハグリッドの小屋に遊びにね。あ、そうだ。暇なら、フィールも一緒に来る?」
ハリーがそう提案した、その直後だ。
「おい、ハリー! コイツはマルフォイと同じ寮に入ったスリザリン生だぞ? スリザリン生と一緒に居たら、僕達何言われるかわからないじゃないか!」
ロンは声を荒げ、ハリーに反対する。
ハリーは困った顔になった。
「た、確かにそうだけど………でも、フィールは―――」
「スリザリンに入ったヤツは、皆マルフォイみたいに純血主義でマグル差別者の集まりだ。コイツだってそうかもしれないんだぞ!」
………なら、スリザリン出身者でありながら闇の帝王に歯向かった自分の祖母は、ロンにとって嫌なヤツというのだろうか?
そう疑問に思ったフィールだが、口には出さなかった。それを言うと場がややこしくなるだろうし、ロンが反発して更に騒ぎ立てると懸念したからだ。
ハリーも同じことを思ったのか、何か言おうとしていた口を噤んだ。
気まずい空気が流れる廊下。
沈黙が流れる中でそれを先に破ったのは、フィールであった。
「私、この後用事あるから、遠慮しておく。だから、早くハグリッドの所へ行ってこい。ハグリッドも、アンタが来るのを待ってると思うぞ」
「あ、うん………そうだね」
咄嗟に取り繕ってくれたフィールの努力を無駄にする訳にはいかないと、ハリーは慌ててぎこちない笑みを浮かべる。
フィールは自分を睨むロンの眼差しに軽く肩を竦め………二人は彼女の脇を通り過ぎた。
ハリーとロンが城を出ていくのを肩越しに見送ったフィールは何処に行っても自分は嫌われ者だと、重いため息をつき、前髪を掻き上げ、くしゃりとやった。
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「ハリー、もうアイツとは関わろうとしない方がいいぞ。皆も言ってるだろ? ベルンカステルは嫌われ者だって。君はホグワーツで一番の人気者なんだ。あんなヤツと一緒に居たら、君は皆から嫌われるぞ」
ハグリッドの小屋に向かう道中、延々とロンはハリーに言い聞かせるように語っていた。ハリーは少し疲れた表情になる。
確かに、マルフォイみたいに純血主義でマグル差別の思想に傾く生徒は、全員スリザリンに所属していると聞いてはいるが………。
ハリーは、フィールは他のスリザリン生とは違うと思っていた。
それは、ホグワーツ入学前に彼女と話をしたというのもあるのだが―――それとはまた別の理由が、ハリーにはあった。
(やっぱり、僕、フィールと何処かで会った気がする………)
これは、初対面の時からずっと心に引っ掛かっていたことだ。
ハッキリとはしないが、心の何処かで覚えている。
そんな気がして、気になって仕方ない。
その時、ふと、ハリーは脳裏の片隅にある女の子の顔が過った。
狼を思わせるウルフカットを施した黒髪に、獣っぽい蒼色の瞳。整った面立ちは、どこか精悍な印象を受け―――
「ハグリッドの小屋が見えてきたよ、ハリー」
頭の中で思い浮かんだイメージが形作ろうとしていたハリーであったが、ロンの呑気な声でバラバラに崩れ去っていき―――今はハグリッドと会うことを楽しもうと、気持ちを切り替えて頭の外に追いやった。
【ベルンカステル家】
数世紀の歴史を誇る純血の名家で『戦闘一族』。
本文でもありましたが、実はベルンカステル家は例に漏れずの純血主義やマグル差別の思想に傾向しかつては闇の魔法使いさえも輩出してきた一族でもあります。
ですがそれに背反したのがエルシーさんで、エルシーさんの『血筋や家柄が魔法使いの善し悪しを選ぶのではない。魔法を扱う人間の心こそが、魔法使いの善し悪しを定める』という遺言は、子供達や孫にちゃんと引き継がれているんです。
これで「純血主義やマグル差別思想じゃないのに何故スリザリン所属のヤツがやたら居るんだ?」と疑問に思っていた読者も納得してくれたら幸いです。
エルシーさんは原作で言うところの、ブラック家出身だけどグリフィンドールに組分けされたシリウスみたいなヤツですね。