【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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#50.ラピスラズリの水平線

 海洋国イギリスの海沿いに建築されているマリンブルーカラーの外壁のモダンな邸宅。

 海を一望するには持ってこいの場所に建てられているそれに気にする者は誰一人としていない。道行く人達はまるで見えていないように真上からの太陽の日差しが強い道中を淡々と歩き、遠目から観察したりもしない。

 何故ならば、その邸宅と周辺は魔法使いが所有地として利用する場であり、マグル避けの魔法が強力に掛けられている。その他にも色々安全策を施しているので、例え魔法使いであろうと位置探知は不可能だ。

 その別荘の持ち主の知人を除いて―――。

 

「エミリー叔母さん。相変わらず此処の海景色の眺めはいいな」

 

 黒髪蒼眼の少女は、展望デッキに配置されている椅子に座りながら、何処までも果てしなく広がる青い海と曇り一つない晴天が生み出す水平線の彼方を黒髪金眼の女性と共に眺めていた。

 此処は、ベルンカステル家の前々当主、エルシー・ベルンカステルが夫のオスカー・ベルンカステルの誕生日だか結婚記念日の贈り物にと建築した別荘なのだが、彼が亡くなり彼女も亡くなった後は利用する機会が少なくなり、長年放置されてきた。

 しかし、その二人の次女が一人暮らしをするため、そして亡き両親の形見をずっと残すことで想い出を守ろうと決めたことから、現在は所有者として日々を生活している。なので、どちらかと言えば、別荘よりも自宅と言った方がいいかもしれない。

 今はあのクィディッチ・ワールドカップ決勝戦が終戦してから5日後の、8月27日。

 5日前に闇の印や死喰い人(デスイーター)騒動が発生し、最後の最後で奪われた楽しい想い出の埋め合わせも兼ねて、2日前に、此処ら一角の所有権を握るエミリーが、遊興と寝泊まりの両方を兼ね備えたこの場を提供した。

 

「ええ。私も此処から見える景色は好きよ」

「夜になるともっと綺麗?」

「そうね。月夜の日は、海面が月明かりに照らされて星空のように綺麗よ」

「へえ………見てみたいな」

「フィール、エミリー叔母さん」

 

 後ろから透き通った声が二人の耳を打ち、振り返ると、まるで晴天の空色を凝縮させたような色のストレートヘアの女性が、三本のグラスを載せたトレーを慎重に運んできた。

 夏でも涼めそうな青く碧いガラスの丸テーブルに手に持ってるそれを置き、白い椅子に座る二人へグラスを手渡した。

 グラスに入ってるカクテルは、ロングアイランドアイスティー。

 紅茶を一滴も使わないでアイスティーの味わいと色を出した魔法のカクテルとしてアメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドで生まれた伝説のカクテル。やや甘口だが、度数は決して低いとは言えないので、飲み過ぎには注意を払わなければならない。アイスティーのような爽やかな味わいは、夏にオススメでピッタリな爽快カクテルだろう。ちなみにカクテル言葉は『希望』である。

 

「クリミア、ありがとう」

 

 黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、義姉のクリミア・メモリアルに礼を言うとグラスを傾けた。

 

「流石だな」

「美味しいわね」

 

 フィールと、フィールの叔母・エミリーは満足げな笑みを浮かべ、クリミアははにかむように微笑む。

 此処に居る三人は静かで穏やかな時間を過ごしているが、時折砂浜がある下方から、楽しげな声が混じって聞こえてくる。皆、残り少ない夏休みを満喫してるそうだ。

 今回は、この間ブライトンで海水浴しに行ったメンバーに加え、フィールの友人、クシェル・ベイカーの両親、イーサンとライリーが連休を貰ったために保護者組として参加した。

 二人も久々の休暇を娘やその友人、学生時代の後輩達と楽しんでいるみたいだ。気心知れた知人以外の他人は一切居ない海辺で遊べることもあって、ライアンとシリウスはまたビーチバレーで勝負してるらしく、二人を応援する声が上がっていく。

 

「少し早いけど、昼食のBBQの準備に取り掛かりましょうか」

 

 カクテルが入ったグラスをテーブルに置いたエミリーが立ち上がり、フィールとクリミアもそうしようと、立ち上がって彼女の後をついていく。

 道具全般は前もって外に出しておいたので、杖を振るって海辺で遊んでる彼らとは少し離れた距離の砂浜まで、バーベキューコンロや数十分前に仕込み終えた食材類を『浮遊呪文』で運ぶ。

 現役ホグワーツ生七人に加え、ホグワーツ出身の大人六人という大人数のため、コンロは3台あり、色とりどりの新鮮な野菜も予めタレに漬け込ませた肉も大量にある。

 設置したコンロの炭に向かってピンポン球ほどの大きさの火の玉を着弾させ、ポウッと音を立てて炭全体に火がついた。

 網の上に肉や野菜を並べ、次々と芳ばしい煙を上げ始めた頃に、思う存分遊んできたライアン達がやって来た。

 

「おっ、上手そうな匂いがするな」

 

 ライアンは瞳をキラキラさせ、他の皆もお腹が空いてることから、ワクワク顔になる。そうして、コンロの周りに全員揃ったところで、各自取り皿に肉や野菜を取って、それを頬張った。

 

「うまっ! 海の近くでバーベキューとか、最高だな」

「ああ。これなら毎日やっても悪くない」

 

 ビーチバレーの勝負で体力を消費してきたライアンとシリウスは肉の争奪戦をし、エミリーとルーピンは額に手を当てて、やれやれと苦笑いする。ハリー達も友人同士ワイワイしながら食べ、場は賑やかになっていった。

 しかし、フィールはその輪に入らず、アウトドアチェアに座り、黙々と食べている。

 そんなフィールを気にして、クシェルは彼女の隣に来て声を掛けた。

 

「フィーは皆の所に行かないの?」

「………ずっと立ってると疲れる」

「そっか。そういえば、此処って未成年魔法使いでも魔法使えるんだね」

「外部と完全に遮断されてるからな。魔法省でも位置探知は出来ない」

「……フィー。もしかして、夏休み中は―――」

「魔法の練習してるよ」

 

 クシェルが言おうとした言葉の続きを、フィールが繋げた。

 

「やっぱりね。………後で練習してもいい?」

「別にいいだろうけど………でも、今は訓練とかの話題は忘れろって大人達は言うと思うし、私も今日は休息と思って楽しんでる」

(楽しんでる、と言ってる割りに表情はそんな変わらないなぁ………)

 

 とクシェルは心の中で苦笑いしたが、フィールがそう言うのも珍しいので、軽く一驚し、明日特訓しよっかな、とクシェルは続けて内心でそう思い、海の方から吹いてきた潮風の匂いに、顔をそちらに向けた。

 

♦️

 

 昼食のバーベキューの後片付けを終え、フィールはエミリーとクリミアと共に昼食前に居た展望デッキに行き、遊び盛りな年頃のハリーやクシェル達は、エミリーを除いた大人組とはしゃぎながら波打ち際へ向かった。

 

「フィール。クシェルちゃん達と遊ばないの?」

「そう言ってるエミリー叔母さんは遊ばなくていいのか?」

「兄さんやシリウスが遊び相手になってるから、今日は大丈夫だと思ってね。夏休みが終わる前には、私もあの子達と遊ぶつもりよ」

 

 グラスにまだ少し残っていたロングアイランドアイスティーを飲み干したエミリーは、フィールを見た。

 

「いつの間にか、貴女の周りは友達で賑やかになったわね。数年前の貴女だったら、とてもじゃないけど信じられないもの」

 

 フィールは齢5歳の時に両親を失い、そのショックから自分の殻に閉じ籠って誰とも話をしなくなった。徐々に立ち直っていく内にフィールはそれまでのような性格がガラリと激変し、今みたいな人柄になったのだ。

 彼女の今昔を知る者は、必ずこう言う。

 

 ―――本当に、フィールなんだろうか?

 

 それだけ、彼女はあまりにも変わりすぎた。

 昔は底抜けに可愛く、他人には母親みたいなクールな雰囲気を見せつつも背伸びしてる印象が微笑ましかった―――と言うのがまさにピッタリの子供だった。

 なのに………母親と父親を奪われた後、フィールは他人とのコミュニケーションを嫌い、どんなに話し掛けても冷たくあしらう、無愛想で無関心な、5歳の少女とは到底思えない、闇と氷を身に纏ったような、冷たい性格へと歪んでしまった。

 

「別に………馴れ合いは嫌いだ。それは判断力を鈍らせる」

 

 スッと冷たい眼光になったフィールは、椅子から立ち上がって、別荘の中へ消えてった。

 エミリーとクリミアは顔を見合わせる。

 

「………クリミア。フィールって、クシェルちゃんやハリー君と居る時もあんな感じ?」

「………いや。あの子達と居る時、フィールは楽しそうにしてるわよ。表情はそんなに変わらないけど、雰囲気は微妙に違うから」

 

 クリミアは紫の眼を細め、エミリーを見る。

 

「このまま、何事もなく過ごせればいいわね」

「………ええ、そうね」

 

 クリミアの言わんとしてることを、エミリーはわかっている。故に、彼女は短く返事した。

 

 一方、フィールはそれぞれ割り当てられた個室のベッドに身を任せていた。フィールの部屋は品のいい白い家具でまとめてあって、夏の時期に相応しいブルーのカーテンが掛かっている。

 

「………馴れ合いは嫌い………か…………」

 

 その言葉とは裏腹に、自分は友人達と―――特にクシェルとは、過剰過ぎるほど仲良くしているじゃないかと、フィールは自嘲する。

 めげずにアプローチしてくる彼女へ自分で「鬱陶しい」と言っておきながら、いざ関わってこなくなると調子が狂い、孤独感に心が圧される。

 ………もう、潔く認めるべきだろうか。

 私は手放したくないものを抱いてしまったと。

 

「………ああ、もう…………」

 

 カーテンの隙間から差し込んでくる太陽がやけに眩しくて、フィールは薄手の毛布を引き上げて頭から被った。

 

♦️

 

 その日の夕食は、エミリーとライリーがパスタを作ってくれた。

 二人が料理してる間にクリミアがテーブルに食器などを並べたりなどして準備を手伝っていると、

 

「クリミア。動きっぱなしで申し訳ないんだけど皆を呼んでくれるかしら」

「ええ、わかったわ」

 

 クリミアはエミリーに言われた通り、昼間遊び疲れて部屋で休憩している皆を呼びに階段を上がった。少しして、ライアン達が1階のダイニングに来て賑やかに夕食を囲み、途中でフィールがやって来た。

 

「明日、どうする?」

「そうね………特に用事は無いわね」

 

 大人組は全員明日は1日中暇なので、子供組に意見を聞いてみる。ハリー達は特に無いらしいのだが、フィールは魔法の練習をするとのことだ。

 

「フィール。此処に居る間だけでも、休日だと思って休まないの?」

「身体動かさないと、なんか落ち着かない」

 

 その返答に、エミリー達は微苦笑する。

 そんな彼女達へハーマイオニーがふと、

 

「あの……まだ聞いたことなかったんですけど、エミリーさん方が学生時代の時って、どんな感じだったんですか?」

「どんな感じ、ねえ………ここは、ライリーさんとイーサンに聞いてみましょ」

 

 メンバーの中で最年長のクシェルの両親へ、全員の視線が集中する。二人は顔を見合わせ、少し考える表情になった。

 

「ん~、何を言えばいいんだ?」

「個人の感想を言えばいいんじゃない?」

「そうだな。まず………シリウスは悪戯大好きなヤンチャ坊主で、まともで優等生だったリーマスは窘めるのに必死だったな」

「ライアンとエミリーは二人は容姿端麗、成績優秀なことからホグワーツ生にモテモテだったわ。兄妹揃って超美形、ってね」

 

 シリウスとルーピンはイーサンからのコメントに笑い話としてひとしきり笑い、ライアンとエミリーは兄妹揃って照れ笑いし、それに釣られるようハーマイオニー達も笑うが………二人の少年少女は、大人しかった。

 それに気付いたライリーは、その二人―――ハリーとフィールの様子をチラリと窺うと、二人共既に夕食を食べ終わっており、食後のオレンジジュースを黙って飲んでいた。

 心なしか、ハリーとフィールの表情は暗い。

 しかし、それを悟られて空気を壊さないようにしているのが微かに滲み出ていた。

 

 ライリーはなんとなく察した。

 シリウスとルーピンは、ハリーの父親・ジェームズと親友同士で、母親のリリーとも同僚同輩の仲であった。ライアンとエミリーは、フィールの母親・クラミーの弟妹。父親・ジャックは後の義兄となった。

 ………そしてその四人は、この世に居ない。

 境遇は異なるが、それぞれ悲惨な死を遂げた。

 ハリーとフィールは、亡き両親との深い関係を持つ者達を通して、心が沈んだのだろう。

 加えて言えば、イーサンとライリーは此処に居るメンバーだけコメントしたため、二人からすれば、敢えて自分達の両親のことについては触れないように言ったと捉えられても仕方ない。

 そのことに少し罪悪感を感じたライリーは、腕を組んでいたフィールと眼が合った。

 が、それはほんの一瞬だけで、彼女は何事もなかったようにパッと視線を逸らし、ライリーもまた、何も言わなかった。

 

 サロンに移動したフィール達は、ライリーとイーサンが差し入れで買ってきたロンドンで今大人気の高級ケーキと紅茶のダージリンティーを楽しんでいると、ライリーがエミリーに声を掛けた。

 

「エミリー。あのピアノ使ってもいいかしら?」

 

 サロンには、白いグランドピアノが置かれている。アレはマグル界で売られてる物で、魔法などは一切掛かっていない。

 

「構わないわよ」

 

 エミリーからの許可を得ると、ライリーは早速蓋を開け、ぽろん、と鍵盤を軽く叩いて響きを確かめた。

 

「調律はちゃんとやってるみたいね」

「ライリーさん、ピアノ弾けるんですか?」

 

 ジニーは驚いた表情で訊いた。

 聖マンゴで癒者(ヒーラー)として勤務している彼女がマグル界の芸術性を表現するピアノ演奏が出来るのかと、衝撃を喰らってるようだ。

 

「私の父親がマグル生まれだったから、多少はね。学生時代の今頃、暇な時はピアノ弾いたりとかして時間潰したこともあったわ。クシェルが生まれる前には、私がピアノを弾き、イーサンが歌うってこともたまにね」

「今はどっちも仕事で忙しいから、しばらくやってないけどな。ライリー、せっかくだし、一曲やるか」

「いいわよ。連休を楽しませてくれる皆へちょっとしたプレゼントとして、ね」

 

 バイエルの簡単な曲でライリーの指ならしが一通り終わったライリーがピアノを弾き、歌手としての実力はプロ級のイーサンが側に立ち、二人で歌うという形で、ささやかなミニライブが始まった。

 軽快なメロディーで流れたその曲は、詞も爽やかで、夏らしい清涼感溢れる歌だった。ピアノの伴奏がつくと、聴いている人達は二人の歌声とピアノに聴き惚れる。

 二人が歌い終えると、わあっ、と拍手と歓声が沸き起こった。

 

「凄い素敵だったわ」

「クシェルのパパとママ、スゴいな」

 

 ハーマイオニーとロンが感嘆の声を上げ、シリウスとルーピンも二人の先輩を誉めた。

 

「二人共、とても上手だったな」

「アンコールして欲しいくらいだ」

 

 ライリーはハリーとフィールをそっと見ると、二人は柔らかな顔で拍手していた。

 ついさっきまで浮かべていた暗い表情はすっかり消えてたため、気分転換になったかなと思いながら、まだ鳴り止まぬ拍手の中で、ライリーは自分の席に戻った。

 

♦️

 

 その夜も、ハリーは寝付けなかった。

 マグノリア・クレセント通りとは違って、海沿いの別荘地では眠りを妨げる騒音は、ほとんどない。

 だけど、睡魔がやって来ることはなかった。

 色んな思いを抱えたまま、何度も寝返りを打っていたハリーは、上着を一枚羽織って部屋をそっと抜け出した。

 真夜中だから、別荘の中はすっかり寝静まっている。誰にも気付かれないよう静かに玄関のドアを開けて外に出ると、コーストの夜気がハリーを包んだ。

 星明かりを頼りにハリーは階段を下りていき、波打ち際まで来ると、歩みを止めた。

 途端、冷たい波が打ち寄せてきて、暗い砂浜を濡らし、ハリーの足元も濡らす。

 

 彼の目の前には、ラピスラズリの水平線。

 金銀に煌めく無数の星々と明るい白い月が特徴的な夜空が、ゆらゆら揺れる群青色の海面に映し出され、まさにウルトラマリンブルーのスカイラインを見事なまでに生み出す。

 しかし、そんな美しい海景色も、今のハリーの瞳には虚に反射しているだけで………。

 その時、ハリーの後ろから声がした。

 

「こんな時間に、一人で展望かい?」

 

 振り返ると、ライアンが立っていた。

 

「ライアンさん………」

 

 ハリーが軽く眼を見張ると、ライアンは彼の方へ歩み寄り、隣に立って、水平線を眺める。

 

「此処ら辺は都市と違って静かだな。夜更かしはあまり感心しないが、こんな光景を見られるならたまには悪くない」

「………………」

 

 黙っていると、ハリーの胸中を見透かしたようにライアンは続けた。

 

「ハリー君。君とこうして一体一で話すのは、これが初めてになるかな? 何か、悩み事とかを抱えてないかい?」

「え………」

「僕でよければ、話し相手になるよ」

 

 ライアンが笑い掛けながらそう言うと、ハリーは緑の眼を細め………遠く彼方にある視水平線を見つめながら、やがて、静かに口を開いた。

 

「………僕、こんなにも楽しい夏休みを過ごせたのは、とても嬉しいです。ハーマイオニーやロンと一緒に笑い合ったり、シリウスやルーピン先生と遊んだり………ブライトンに連れてってくれたライアンさんや、この別荘を提供してくれたエミリーさんには、本当に感謝です。………フィールの叔父さん叔母さんは、僕の叔父さん叔母さんと全く違うんだなって、痛感しました」

 

 どこか嫉妬混じりの表情で、ハリーは語る。

 フィールとは、『両親がいない』『母方の叔父と叔母に面倒を見て貰ってる』という共通点がある。

 だが、後者がまるで違いすぎるのだ。

 親戚であるはずなのに、ダーズリー家の人達は甥の自分には残酷に扱ってきて、逆に息子の従兄には溢れんばかりの愛情を注ぐ。

 嫌になるほどそれを見てきたから、ハリーは、自分とは違う扱いのフィールが羨ましく、同時にジェラシーも感じていた。

 

「そうか。………そのことは、フィールから聞き及んでいる。君の叔母夫妻の虐待的な扱いは許せるものではないと思った。姪を持つ叔父だから、尚更ね」

 

 ライアンはハリーの頭を、くしゃくしゃと雑に撫でる。

 

「悩み事があるなら、いつでも言いなさい。これまで、弱音吐かないように独りで無理してきたんだろう? 全部聞くから、それで少しでも気持ちを軽くすればいい」

 

 ハリーは思わず涙ぐみ………優しげな金瞳で見下ろすライアンを見上げ、コクリと頷いた。

 

♦️

 

 一方―――。

 別荘の中の一室で、ライリーは目を覚ました。

 サイドテーブルに置いてある魔法時計を確認してみれば、まだ真夜中だった。

 軽く目元を擦り、リビングで水を飲もうかと、静かに部屋を出た。

 時間帯の関係上、別荘内は寝静まっている。

 気配を隠しながら階段を下りていくと、リビングのソファーで誰かが座っているのが見えた。

 背を向けているからわかりづらかったが、次第に暗闇に眼が慣れてきて、そのシルエットがハッキリとし、やっとわかった。

 

「フィールちゃん?」

 

 ライリーが呼ぶと、その人影が振り返った。

 長い黒髪に蒼色の瞳の少女。

 寝間着に薄手のカーディガンを羽織ったフィールであった。

 

「ライリーさん………」

「眠れないの?」

「………なんとなく起きました」

「奇遇ね。私もよ。温かい飲み物、飲む?」

「あ、はい」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 食器棚からマグカップを2個取り出すと、ミルクパンを火にかけて二人分のホットミルクを手早く作り、フィールに手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 フィールはマグカップを受け取り、それに口をつけた。ライリーも口をつけ、ホットミルクを飲む。ハチミツでほんのり味付けしてあって、優しい温かさが身に染み込んだ。

 二人の間で会話はなく、しばらく沈黙が流れていたが………それを破ったのは、意外にもフィールからであった。

 

「クシェル、ライリーさんにそっくりですね」

「そうかしら? どちらと言えば、父親のイーサン似よ?」

「虹彩とか雰囲気とかは確かに………でも、性格はライリーさんそっくりだなって」

「例えばどんな所?」

「友達思いで優しい。治癒関連のことは人一倍技量が高い。何より、どんなに冷たくあしらってもめげずにアプローチしてくる所ですね」

「もう、フィールちゃんは………。クシェルはいつも貴女の話をしているわ。『他人から見れば冷たい人って思われがちだけど、その実周りをちゃんと見てる』って。あと、『最近はよく友達と笑うようになった』ってね」

「………そうですか」

 

 そこで一旦会話が途切れ、再び沈黙が流れる。

 次に破ったのは、ライリーだった。

 

「フィールちゃん。何か、ライアンやエミリーにも言いづらいことって、ある?」

「え………」

「『フィーは悩みとかを全然話してくれない。でもそれは、無理して隠してるんじゃないか』ってクシェルが心配してたのよ」

「………………」

「私でよければ、何でも聞くわよ」

 

 フィールは唇を引き結び、心労した。

 自身が抱える苦しみを話してもいいのだろうかと苦悩したが、やがて、静かに口を開いた。

 

「……去年、吸魂鬼(ディメンター)がホグワーツ特急の汽車を抜き打ち調査しました。その時は、私とクリミアが全て追い払ったけど………その後が、辛い日々の連続だった」

 

 まだ飲み掛けのマグカップをテーブルに置き、端正な顔を歪ませながら、フィールは昨年の自分の葛藤を語り始めた。ライリーもマグカップを置き、いつになく真剣な表情で、続きを黙って聞く。

 

「翌日………父が殺された時の夢を見ました。それだけじゃなく、真似妖怪(ボガート)の授業では、私が恐れるものとして『あの人』に変身して………精神的に耐えられなくて、とにかく学校生活がイヤでイヤで………堪らなかった」

 

 当時を思い返し、フィールは俯く。

 

「………ピンチヒッターとして、シーカーになったクィディッチ戦。スニッチを見つけて、ハリーと競いながら飛んでいたら、100体以上の吸魂鬼が乱入してきて、彼と共に、上空まで避難したけど………吸魂鬼の顔が間近に迫って、9年前の記憶が鮮明に甦った」

 

 頭を抱え、フィールは絞り出すように紡ぐ。

 

「……………恐ろしかった。あの時、目の前に迫った、吸魂鬼のおぞましい顔と冷たすぎる冷気。私の方へ腕を伸ばし、頬に触れた際の、ぬくもりを一切感じられない冷たい感触が、今でも私の肌と身体の芯に絡み付いて、忘れようにも忘れられない…………」

 

 ずっと独りだけで抱え込んできた、心の闇。

 形はどうであれ、大人に打ち明けたのは、これが初めてかもしれない。

 

「………お母さんは、私を庇って吸魂鬼に魂を吸われて廃人に………お父さんも、私を庇って殺された………いつも、私は思います。あの時、私が強かったら……私さえいなければ、両親は被害に遭うことはなかったんじゃないかって―――」

「フィールちゃん」

 

 少し強めの語気で、ライリーが遮ってきた。

 顔を少し上げると、目の前には、いつの間にかライリーの怒ったような顔が見据えてきた。

 

「……昔と変わらないわね、その悪癖は。それ以上自分の存在を否定的に言ったら怒るわよ」

「………………」

「貴女のご両親は………クラミーとジャックはフィールちゃんを愛してたからこそ、最後の最後まで抗い続けたのよ。そして、娘の貴女を護るという目的を果たした。満足に思いこそすれ、貴女を責めるなんて考え方は、一ミリたりともないわ。逆に、貴女がそんな風に思ってしまったら、二人の誇りを傷付けてしまうわよ」

 

 ライリーはフィールを諭すように言った。

 彼女の涙腺が、脆くなっていく。

 

「……そんなの……そんなこと……思えるんだったら……こんな思いは………しませんよ………」

 

 フィールはライリーの胸に顔を埋めた。

 止めどもなく溢れるフィールの涙が、ライリーの胸元を濡らす。

 数年前、まだ母が聖マンゴに入院してた頃、こうしてこの人の胸元を汚した日があった。

 それを思い出しながら、彼女は嗚咽を堪えて泣き続ける。

 清潔感のある優しい香りに心の傷の癒しを求めるよう、感情の赴くままに白い頬を熱い雫で化粧した。

 ライリーは何も言わず、黒髪を優しく撫でる。

 フィールの涙を見たことがある彼女は今は泣き止むまで待とうと、甘い香りが漂う彼女の頭をそっと抱いた。

 

♦️

 

「………………」

 

 リビングに居るフィールとライリーからは死角になっている階段の段。

 そこに、壁に背を預けている人影が在った。

 前者の親友で後者の娘の―――クシェルだ。

 クシェルは、1階のリビングで水を飲もうかと部屋を出て、階段を下りていたら………親友と母親が話しているのが聞こえた。

 盗み聞きは行儀悪いと思ったが、会話の邪魔をしてはいけないという気持ちもあり、タイミングを見計らおうと気配を殺したまま聞いている内に、衝撃的な事実を知ってしまった。

 今まで、誰にも家族に関する話題を話したがらなかったフィールの両親のことを、断片的にだが、事情を察してしまったのだ。

 

(………そういうことだったんだ………)

 

 クシェルは、何故フィールが、ハリーと同じく吸魂鬼からの影響力が酷いのかも、若くして『守護霊の呪文』を習得しているのかも―――全ては吸魂鬼に母親を奪われたからなのだと悟った。

 

「………ッ」

 

 クシェルは前髪をくしゃりとする。

 偶然知ってしまった、友人の辛い過去。

 彼女は、フィールがどんな気持ちで長い年月を―――昨年、ホグワーツ周辺を母親の仇である吸魂鬼が警護していた日々を過ごしてきたのかと、それを考えるだけで、胸が痛んだ。




【やって来ました! 別荘!】
城あって邸宅あって今度は別荘。日本有数の高級別荘地軽井沢もビックリなレベル。
ベルンカステル家どんだけセレブなんだ………。

【ベイカー夫妻】
イーサンはソング、ライリーはピアノ。
この二人、その気になれば魔法界の音楽団にもなれんじゃ………?

【クシェル】
盗み聞きして断片的に察する。
今後、どうするんでしょうね。

【まとめ】
今回は新学期開始前の最後のまったり休暇。
この次からはいよいよ皆様待望のあの対抗試合。
さて、選手は誰になるのやら………。
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