【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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※これから先の物語、原作キャラとオリキャラの恋愛的な要素が含まれます。そういった描写が苦手、嫌悪感を覚える方はご注意ください。


#52.ディキ・ディキ(恋のシグナル)

「フィー!? 大丈夫!?」

 

 静まり返った、スリザリン女子用の大浴場。

 そこに、クシェルが飛び込んできた。

 部屋を退室して談話室に来た瞬間、シャワールームがある方向から悲鳴が聞こえてきたので、急いでそちらに向かって扉を開けてみると、フィールが倒れていた。

 クシェルはビショビショに制服が濡れることを厭わないで、フィールの側へ駆け寄る。シャワーヘッドから降り注いでいるのがお湯ではなく冷水だったので、慌てて蛇口を閉じた。

 

「フィー! しっかりして! フィー!」

 

 クシェルはぐったりと眼を閉じて苦しそうに喘ぐフィールを脱衣室まで運び、大判のバスタオルを今年習う『呼び寄せ呪文』で引き寄せ、それにフィールの身体を包ませる。

 彼女の白い頬に触れてみれば、凍えた皮膚の感触が肌を通じて伝わってくる。クシェルはとにかくフィールの冷えきった身体を温めようと、『暖房呪文』を全身に掛けた。体温は上昇しているが、顔色は悪いままだ。

 クシェルは先程濡れた茶髪から水滴が滴り落ちるのを指先で払い除け、これからどうしよう、と思考を巡らせた。

 今から誰かを呼ぶのは、決して遅くない。

 けど………ちょっと目を離した隙に、フィールの容態が悪化してしまったら、それでもしも、二度と目を覚まさなくなったら、とクシェルは最悪な考えが脳裏を過り、身体が固まってしまった。

 

(どうしよう………どうすればいいの………?)

 

 クシェルは眼を閉じ、必死に考える。

 一体どう動けば、フィールを救えるか。

 その答えを導き出そうとした、その瞬間。

 

「貴女達、一体どうしたの!?」

 

 脱衣室の入り口から、女性の声が上がった。

 ハッとして顔を上げてみると、そこには、黒髪に青紫色の瞳の持ち主―――今年、スリザリンの最高学年になった先輩、アリア・ヴァイオレットが立っていた。

 

「アリア先輩………!」

 

 クシェルは思わず涙ぐみ、アリアは切羽詰まった表情ですぐに走り寄って来た。

 

「一体、何があったの?」

 

 アリアは出来るだけ落ち着いて尋ねてみる。

 

「談話室に来たらフィーの悲鳴が聞こえてきて、それで来てみたら―――」

「倒れてたフィールを見つけて、此処まで運んで来たってことね」

 

 大方状況を察したアリアが言い、クシェルは頷く。アリアはクシェルの青ざめた顔を見て、「落ち着きなさい」と背中をさする。

 

「とりあえず、フィールをこのままにしてる訳にはいかないわ。クシェル、貴女はフィールの着替えを持ってきてくれるかしら? 私がこの娘を見ておくから、服を着させたら、医務室まで連れて行きましょ」

「は、はい………」

 

 クシェルは急いで立ち上がり、自分達の部屋へ駆け込む。それからフィールの服を幾つか抱えて脱衣室に戻る最中、

 

(アリア先輩はやっぱり流石だな………)

 

 と、憂えるだけで結局は何も動けなかった自分とは違うアリアとの格差に、クシェルは沈んだ顔になった。

 

 その後、2人はフィールに服を着させて彼女を医務室まで運んだ。

 校医のマダム・ポンフリーが彼女の容態を診て命に別状はないと言い、あとを引き受けると伝えたら、クシェルとアリアはホッと胸を撫で下ろした。

 

「ひとまずは安心したわ………」

「そうですね………」

 

 寮に帰る途中、二人は安堵の息を吐く。

 が、次の瞬間には険しい顔付きになった。

 

「これで一件落着、と言いたいけど………なんとなく、私はこういったことがまた起きそうな気がするわ。そうならない為にも、私達であの娘を見守りましょ」

「はい」

「………とにかく、なんで倒れたのかは、フィールが目を覚ましてから訊きましょ。まあ、あのフィールが答えてくれるとは思わないけど………去年に続いて、今年も倒れたわ。流石にこれ以上続いたら、以前と同じことが起きるのは眼に見えているし」

「………そうですね」

「クシェル。貴女は出来るだけ、フィールの傍に居てあげなさい。貴女が一番、フィールの近くに居るから、きっと彼女も救われるはずよ」

 

 アリアは励ますようにクシェルの肩を叩くが、クシェルの表情は冴えない。

 弱々しく、項垂れた。

 そんな後輩へ、アリアは静かに言う。

 

「………前にもこんなことあったわね」

 

 昨年度、ホグズミード村行きの知らせの日。

 クシェルは、フィールと初めて大喧嘩した。

 当時の状況と現在の状況は相違点があるが、共通点も少なからずあった。

 

「ホント、フィールって謎よね。無口無表情で多くを語らない。感情表現に乏しい、年下とは思えないくらい、大人びていて強い娘………でも、魔法の腕は強い反面、精神面はとても弱く、なんでも独りで抱え込もうとする………」

 

 アリアは天井を見上げて譫言のように呟く。

 

「………なんと言うか、そんなに具体的じゃないけど………フィールは『誰かに頼る』ことへ、本能的な恐怖を抱いている感じがするわ」

「え………?」

 

 アリアの口からいきなり話の趣旨が変わり、クシェルは眼をパチパチする。

 

「………なんで、そう思うんですか?」

「私の直感的な考え方だけどね。さっき私が言った言葉とは、少し矛盾が孕んでるけど………フィールは私達が思っているほど、本当は強くないと思うの。彼女は強い人で在ろうと………誰かにとって救い主で在ろうと、自分の心も身体も犠牲にしてまで無理をする。そのためには、弱音を吐かない。弱さを見せない。誰かに頼ったら、その人を不安にさせてしまう………そんな風にあの娘は思ってるんじゃないかって思うようになったわ」

 

 クシェルはそれを聞き、顔を伏せた。

 ………やっぱり、アリアの方がフィールのことをよくわかっている。

 自分達よりも、遥かに。

 フィールの心の闇を、感じ取っている。

 

「………ごめんなさい、今のは忘れて」

 

 アリアは自嘲的に目元を和らげ、クシェルの元気よくピョンピョンはねてる茶髪をくしゃくしゃと撫でた。クシェルは何も言わず、力無さげに見上げて笑った。

 

 スリザリン寮に戻り、クシェルは学年別のアリアと別れる。

 パタン、と扉を開け閉めし、ノロノロと緩慢な足取りでベッドへ行き―――

 

「………あっ」

 

 床に落ちている、ある物に気付いた。

 それは、フィールの緑のネクタイだ。

 フィールが部屋から出ていった後―――クシェルは彼女の拾い損ねていたネクタイを拾い上げ、それから少しして、不意に手の力が抜けて落としてしまった。

 ………去年、同じことがあった。

 授業中、唐突に手の力が抜けて、杖を落としてしまった。そして、マクゴナガルの口からフィールの名が出た瞬間、胸のざわめきの終着点に辿り着き、寮に戻って―――脱衣室で喀血して倒れていたフィールを発見した。

 そのため、既視感に胸がざわつき、部屋を退室して談話室に来た瞬間………フィールの絶叫が同じ場所から聞こえてきた時には、心臓が跳ね上がった。

 

「………フィー」

 

 此処には居ない友人の名を呟き、クシェルはまたネクタイを拾い上げ―――まるで、二度と手放さないようにと、クシェルは胸にそっと抱き締めた。

 

♦️

 

 翌朝、クシェルは一人で大広間に来た。

 フィールは医務室に居るので、現在どうしてるかはわからない。

 昨日の晩、スリザリン寮で何が起きたのかはクシェルとアリアしか知らないのだから。

 

「クシェル、フィールはどうしたのよ?」

 

 黒い髪にグレーの瞳を持つノーブルな同僚同輩の女学生、ダフネ・グリーングラスがクシェルの隣に座って訊いてきた。

 クシェルは返答に戸惑った。

 フィールが昨夜倒れた、と正直に教えてもよいのだろうかと悩んでいると、

 

「………って、噂をすれば、来たわね」

 

 フィールが歩いて来るのが見えたらしく、ダフネはグレーの瞳を細める。クシェルはフィールの姿を認めるが否や、ガタッと椅子から立ち上がって脇目も振らずに駆け―――少しふらふらな状態で歩いてきた彼女を、ギュッと強くハグした。

 

「え、わ、ちょっ………」

「はぁ………よかったぁ………心配したよ」

 

 行き交う人達の不思議そうな視線など気にも留めず、クシェルはフィールを抱き締める。

 

「昨日、急に悲鳴が聞こえてきたんだから、ビックリした………」

 

 フィールの背中をさすりながら、クシェルは言う。彼女に多大なる心配と迷惑を掛けてしまった自分にフィールは暗い顔になり、謝りたい気持ちでいっぱいだが、そうすると「気にしないで」と気遣わせてしまうので、口に出せないでいた。

 肌で感じる、友人のぬくもり。

 それを心に噛み締めつつ、どう言えば一番いいのかが、わからなかった。

 

「………………」

 

 そんな光景を、遠目からアリアは見ていた。

 ひとまず、フィールが何日も寝込むような事態にはならなくてホッと安心したが………。

 

「アリア?」

「そんな所に突っ立って、どうかしたの?」

 

 後ろに振り返れば、カナリア・イエローのネクタイを締めた友人二人―――クリミア・メモリアルとソフィア・アクロイドが居た。

 

「ああ………おはよう、クリミア、ソフィア」

「ええ、おはよう、アリア」

「おはよう。それで、なんでそんな所に?」

 

 ソフィアはアリアが見ていた方向を一瞥後、彼女を見る。アリアは少し悩んだが、二人―――特にクリミアには隠し事するのは止めようと、有耶無耶にせず、ちゃんと伝えることにした。

 

「………実はさ―――」

 

 アリアは昨夜の出来事を二人に説明した。

 クリミアとソフィアは、険しい顔付きになる。

 

「…………そう、だったの………」

「………とにかく、眼の届く範囲でフィールの様子を見るようにするわ。また何かあったら、すぐに言うから」

「ええ………お願い、アリア」

 

 違う寮に所属してる関係上、寮内での様子見は同じ寮に所属しているアリアに任せる他ない。

 大広間へ歩くアリアの背を見つめながら、クリミアは心配な表情を浮かべた。

 そんな彼女の背を、ソフィアは撫でる。

 

「クリミア、きっと大丈夫よ。貴女がそんなんでどうするのよ」

「………そうよね」

「何か起きたら、私も力を貸すから。ほら、まずは朝食を食べに行きましょ」

 

 ソフィアからの頼もしい言葉に、クリミアは少し元気を取り戻して、小さく頷いた。

 

♦️

 

 今年の『魔法生物飼育学』はとにかくマジで逃げ出したい。

 そう思わざるを得ない授業だった。

 

 禁じられた森のはずれに建つハグリッドの小屋に近づくにつれ、奇妙なガラガラという音と時折小さな爆発音のような音が響いてきたのだからもうその時点でUターンしたかった。

 いや、最早その時点で無断欠席した方がよかったと激しく後悔したのは、恐らく全員だろう。

 ハグリッドの足元には木箱が数個、蓋を開けて置いてたため、その中を見たグリフィンドール女生徒、ラベンダー・ブラウンが「ギャーッ!」と悲鳴を上げて飛び退いた。

 その「ギャーッ!」の一言が今回の死ぬほど嬉しくないプロジェクトの魔法生物―――尻尾爆発スクリュートの全てを表している、とハリーは思い、珍しくフィールも同意だった。

 

 殻を剥かれた奇形の伊勢エビのような姿で、酷く青白いヌメヌメした胴体からは、勝手気ままな場所に脚が突き出し、頭らしい頭が何処にあるのか見えない。

 それだけでも生理的嫌悪感を催すのに、それが一箱におよそ100匹ほどいるのだから、拷問としか言い様がない。体長約15~16㎝で、重なり合って這い回り、闇雲に箱の内側にぶつかっていた。腐った魚のような強烈な異臭を発し、時々尻尾らしい所から火花が飛び、パンと小さな音を上げて、その度に数㎝ほど前進している。

 

「フィー……私、この授業止めたい………」

「今すぐにでも此処から全速力で逃げたい」

 

 涙声のクシェルへ、フィールが珍しく逃走本能全開で早口返答する。そして、クシェルのローブの裾を掴んだ。

 

「………なんかいつもと逆だね」

「流石に気持ち悪い生物は無理」

 

 間髪入れずに答え、ホグワーツ城を見る。

 フィールがそこまでするくらいなのだから、これはかなり酷い。

 

「クシェル」

「なに?」

「『爆破呪文』撃ってもいいか?」

「いや流石にそれはダメでしょ」

「…………だよな」

 

 いっそのこと木っ端微塵にしたい。

 本気でそのことばかり考えていたら、いつの間にか授業は終わり、全員がこう思った。

 ―――なんかどっと疲れた………と。

 

♦️

 

 その日の夜。

 フィールとクシェルは玄関ホールに着くと、夕食を待つ生徒で溢れ、行列が出来ていた。

 二人はハリー達三人と遭遇し、彼らと共に列の後ろに並んだ途端、背後で大声が聞こえた。

 

「ウィーズリー! おーい、ウィーズリー!」

 

 五人が振り返ると、フィールとクシェルの同僚同輩の男子生徒、ドラコ・マルフォイとその取り巻きクラッブとゴイルが歓喜に満ちた表情で立っていた。

 

「なんだ?」

 

 ロンはぶっきらぼうに返した。

 

「君の父親が新聞に載ってるぞ、ウィーズリー!」

 

 マルフォイは『日刊預言者新聞』をヒラヒラ振り、玄関ホールに居る皆に聞こえるように大声で言った。

 マルフォイが語った内容は、特派員のリータ・スキーターとかいう新聞記者の記載、掲載による魔法省のトラブルや彼自身のウィーズリー夫妻への侮辱だった。

 皆はロンを見つめており、彼は怒りで震えていた。マルフォイがハリーに話題を振った際、ロンがマルフォイに飛び掛かりそうになったのを、ハーマイオニーとクシェルが慌ててローブの後ろを掴み、ガッチリ抑える。

 なので、代わりにハリーが仕返しとばかりにマルフォイへ皮肉の言葉で言い返すと、彼は青白い顔に赤みが差した。

 

「僕の母上を侮辱するな、ポッター!」

「それなら、その減らず口を閉じとけ」

 

 そう言って、ハリーは背を向けた。

 マルフォイは頭に血が上がった表情でローブに手を突っ込み、杖を抜き出す。

 フィールは咄嗟にハリーの腕を掴んで自分側に引き寄せ、後ろに回す。

 そして電光石火のスピードでヒップホルスターから杖を抜き出すと、マルフォイが呪いを撃つよりも早く『武装解除呪文』を手元に撃ち込んで杖を奪い取った。

 同時、マルフォイの背後に一筋の閃光が走り、彼に命中すると………白いケナガイタチになっていた。

 

「若造、そんなことをするな!」

 

 ホールに怒号が響き渡る。

 フィールが眼を凝らしてみると、ムーディが大理石の階段をコツッ、コツッと下りてくるところだった。杖を上げ、真っ直ぐに純白のケナガイタチに突き付けている。ケナガイタチは恐怖にブルブル震えていた。

 

「敵が後ろを見せた時に襲うヤツは気に食わん。鼻持ちならない、臆病で、下劣な行為だ―――二度と―――こんな―――ことは―――するな!」

 

 ムーディはイタチ・マルフォイを跳ね回しながら、一語一語を打ち込む。

 と、そこへ。

 

「ムーディ先生! な、何をなさっているのですか?」

 

 腕いっぱいに本を抱えて大理石の階段を下りてくるマクゴナガルの声がした。ムーディは落ち着いた声で、平然と回答する。

 

「教育だ」

「教―――ムーディ、それは生徒なのですか?」

「さよう!」

「そんな!」

 

 マクゴナガルの腕から大量の本がボロボロ溢れ落ち、彼女は階段を駆け下りながら杖を取り出すと、杖を一回振るってマルフォイを元の姿に戻した。マルフォイは怯えた顔で後ずさる。

 

「ムーディ、本校では懲罰に変身術を使うことは絶対ありません! ダンブルドア校長がそう貴方にお話ししたはずです!」

「ふむ、そんな話をしたかもしれんな。しかし、わしの考えでは一発厳しいショックで―――」

「ムーディ! 本校では居残り罰則、または寮監に話をします!」

「それでは、そうするとしよう」

 

 ムーディはマルフォイの腕を掴み、地下牢へと連れていく。が、一度後ろを向き、フィールの顔をじっと見つめた。

 

「…………………」

 

 対し、フィールも警戒の眼差しでムーディを見返す。なんとなく、フィールはムーディへ違和感を覚えた。自然と、ハリー達を庇う姿勢で対峙する。ムーディは何故かフッと笑うと、今度こそマルフォイを連れて地下牢へ向かった。

 

(ムーディ先生は元・闇祓い(オーラー)だ。なのに………さっきのはまるで―――)

「フィール? どうしたんだい?」

 

 さっきから怖い顔のフィールにハリーがおずおずと声を掛ける。その声にフィールはハッとし、「なんでもない」と言うと、クシェルと共にスリザリン寮のテーブルへ歩いていった。

 

♦️

 

 その日の夕食も食べ終わり、寮の道へ戻ろうと歩いていると、フィールは後ろから誰かに肩を叩かれた。

 ゆっくり振り返ってみると、そこには、一人の男子生徒が立っていた。

 ネクタイの色からして、ハッフルパフ生だ。

 クシェルは「え?」と彼を見上げ、チラリとフィールの顔を見る。

 ハッフルパフのクィディッチ寮代表選手でシーカー兼キャプテンを務め、女の子からの人気も高いずば抜けたハンサム。

 今年6年生になった男子監督生―――セドリック・ディゴリーであった。

 

「久し振り、フィール」

「ああ、そうだな、セドリック。………それで、何か私に用でもあるのか?」

 

 知ってはいたけど初対面のクシェルとは違い、何やらフィールは知り合ってる様子でセドリックと話した。

 

「その、さっきは大丈夫だったかい? ムーディ先生が撃った呪文に当たらなかった?」

「いや、大丈夫だけど………まさか、わざわざそれを確かめに?」

「ちょっと心配だったからね。でも、無事ならよかったよ」

 

 セドリックは優しげな笑みを浮かべた。

 フィールは彼の優しさに微笑み掛ける。

 それを見て、彼はふと、ある出来事が鮮明に脳裏の片隅を過った。

 

♦️

 

 それは、3年前の学年末試験の勉強期間中のことだ。

 スリザリンの同級生から朝昼晩勉強を見てくれと泣いて頼まれるフィールは、まともな睡眠時間を取れず軽度の不眠症に陥っていた。

 試験内容に関しては既に完璧にこなせるので、今更予習復習をする必要性はない。今の彼女に必要なのは、仮眠だった。

 

 現在、夕食前の時間帯。

 フィールは誰も居ない図書室に居た。

 此処は彼女にとって静かに過ごせる憩いの場の一つだ。そのため、フィールは久方ぶりに訪れる穏やかな時間帯に、テーブルに頬杖ついて眼を閉じていた。

 

(さて………そろそろ寮に戻ろうかな)

 

 フィールが居る図書室の一角とは別の場所。

 そこに、セドリックは居た。

 彼は勉強のための本を借りに図書室に来て、少し此処で他の本を読んでいた。

 読んでいた本を元の位置に戻し借りた本を抱えて図書室を出ようと踵を返した、その時。

 

「………ん?」

 

 セドリックは、図書室の一角に黒髪の少女が寝ているのを発見した。なんとなく気になり、足音を立てないで歩み寄る。

 

(あれ、この娘………フィール・ベルンカステルじゃないか)

 

 まだ話したことはないが、当然ながら、セドリックはフィールのことを知っている。

 ―――蛇寮の名に相応しい、冷血な美少女。

 そう、ハッフルパフの方では噂されている。

 しかし、セドリックはフィールの寝顔を見て、冷たそうな人には見えないなと思いながら、さてどうしようかと思考する。

 

(このままほっとくのもなぁ………)

 

 と、セドリックは抱えてる本をテーブルに置いて、フィールの隣に座った。そして、彼女を起こさないように頭を自分の肩に乗せる。これで少しは寝やすくなったかなと思いつつ、目の前に広げられている本を見た。

 それは、呪文集の分厚い魔法本だった。

 ページに書かれている内容を見てみると、レベル的には1年生が習うようなものではない。

 まだ1年生なのに、とセドリックは眼を見張った。もしかしたら、彼女はかなりの努力家なのだろうか。そうだったとしたら、今までの人物印象が大きく変わる。

 

(感心するなぁ………)

 

 セドリックはそっと、フィールを見た。

 普段、遠くから見ても大人びていた女の子だとは思っていたが、寝顔は年相応であった。

 なんと言うか、あどけなさが全面的に滲み出ている。

 

「………………」

 

 ………何故だろう。

 フィールの寝顔を見つめてる度に、鼓動が早鐘のように早まり、激しく波打つのは。

 間近で漂う彼女の甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる度に、その黒髪に触れたくなるのは。

 年齢相応の幼気と年齢不相応の色気。

 それをすぐ傍で感じ取り、セドリックは自分が抱き始めている感情に戸惑った。

 と、その時―――

 

「………ん…………」

 

 ゆっくりと瞼が開かれ、ブルーの瞳が、セドリックのグレーの瞳を朧気に捉えた。

 

「ふぁぁ………こんな所で寝るとか………ん?」

 

 フィールは、今の状況を知ってフリーズする。

 何故か、自分は見知らぬ男子生徒の肩で―――ついさっきまで眠っていた。

 

(………ッ!?)

 

 流石のフィールでも恥ずかしくなり、雪のように白い頬が僅かに紅潮して、彼から勢いよく離れる。その様子に、セドリックも流石にマズかったかなとあたふたした。

 長椅子の端に移動したフィールは深呼吸してクールダウンし………セドリックに問い掛けた。

 

「…………アンタ、誰だ?」

「あ、そうだったね。僕はハッフルパフ3年のセドリック・ディゴリー。君は―――」

「フィール・ベルンカステル。スリザリンの1年」

 

 と、二人は距離を取って自己紹介する。

 しばらくは気まずい雰囲気が流れる中―――それを破ったのは、意外にもフィールからであった。

 

「………ディゴリー先輩―――」

「あ、僕のことはセドリックでいいよ。敬語も使わないで、普通に話して」

「……そう。なら、私のこともフィールでいい。それで―――」

 

 フィールはセドリックの眼を見据える。

 

「………なんで、あんなことをしたんだ? 見ず知らずの人間に」

「その………君が寝ているのを見つけて、頬杖ついてる状態じゃ寝づらいかなって」

「………別に。ほったらかしにしていてよかったのに」

 

 フィールは冷たい眼光になり、フッと息を深く吐く。セドリックは口を噤んでいたが、やがて口を開いた。

 

「ごめんね、初対面の男がこんなことして」

「………まあ、流石に驚いたけど…………」

 

 フィールはセドリックを向き合った。

 

「でも、まあ………肩貸してくれて、ありがと」

 

 クールで無表情に近い、だけど、口元の端が微かに上げられている、柔らかい微笑み。

 セドリックは、滅多に見ることが出来ないフィールの笑みに見とれ―――また胸が高鳴った。

 

 その後、セドリックはまだちゃんと話をしてこなかったフィールと会話を交えることにした。

 会話を通して、セドリックはフィールがスリザリン生にしては稀少な純血主義者、マグル差別者ではないこと、彼女の趣味などを知ることが出来た。

 他の人達が知らないような彼女の一面を知れてセドリックはどこか他人との優越感を覚える。

 自分だけが、他の男が知らない彼女の一面を知っている。

 そう考えた自分に、セドリックは混乱した。

 今まで、そんなこと一度も思ったりなどしなかった。

 それはつまり、彼女のことをもっと知りたい、他の男には取られたくないということだ。

 セドリックは、自分の気持ちが本当かどうか、向き合ってみることにした。

 

 図書室を退館して大広間の入り口付近でフィールと別れ、穴熊寮へ向かう。

 今日はなんだか、どの料理もいつもより美味しく感じられた。

 

「セドリック、今日は凄い上機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」

 

 と、同級生の男子が鋭く突っ込んできた。

 セドリックは「なんでもないよ」と適当に誤魔化し、空のゴブレットにある飲み物を注いだ。

 

「ん? それ、カクテルか? 珍しいな」

「まあ、たまには飲んでみようかなって」

 

 セドリックは指先で、カクテルを注いだゴブレットを弄り―――ゆっくりと口元に傾けた。

 先程注いだカクテルの名は、ディキ・ディキ。

 アップル・ブランデー(カルバドス)、アイリッシュ・ミスト、グレープフルーツ・ジュースをシェイクしてグラスに注げば完成である。

 

 

 

 カクテル言葉は―――『恋のシグナル』。

 

 

 




【アリア】
クリミアやライリーといったフィールの過去を熟知してるキャラを除けばフィールの胸の内側を一番わかっている先輩お姉さん。
実はオリ主の親友キャラじゃないオリキャラがオリ主の心の闇を察してるキャラというポジションも考えて作られたのが先輩アリア。
作者的な感想→なんてどストライクなんだ。

【尻尾爆発スクリュート】
フィールさん滅茶苦茶逃走本能全開。
彼女も年頃の女の子だし仕方ない。

【偽者ムーディ】
何やらフィールに興味津々。

【セドリック・ディゴリー】
遂に来ましたセドリック(映画版ルックス)。実はフィールとは3年前から知り合ってたという。
そして……まさか誰も居ない夜の図書室で初っぱなからあんなことが1章の裏側で起きてたとは。

【ディキ・ディキ:恋のシグナル】
①アップル・ブランデー(カルバドス):40ml(4/6)
②アイリッシュ・ミスト:10ml(1/6)
③グレープフルーツ・ジュース:10ml(1/6)

作り方:①~③をシェイクしてグラスに注げば完成。
タイプ:ショート
ベース:アップル・ブランデー(カルバドス)
アルコール度数:(27.6度)32.5度
テイスト:中口、やや甘口~辛口
色:茶、透明、薄茶色
由来:南の島(フィリピン)、ウビアン島の王様の名前から
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