【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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前回は飛行訓練オンリーで書けなかった回。


#6.真夜中の決闘

 飛行訓練の授業終了後、フィールは一人4階のバルコニーに来ていた。

 硬い床の上にゴロンと寝転がり、日向ぼっこをしている彼女の黒髪が、時折爽やかな風がこの場に吹き抜ける度に優しく揺れる。

 フィールは魔法書を顔の上に載せ、顔を隠していた。本の下にある綺麗な顔には、暗い翳が差している。

 

「なんだよ、皆して………。私、何か間違えたことしたのか………?」

 

 授業中に皆から受けた扱いを思い返し、フィールは無意識の内から愚痴を溢す。

 あの時―――フライングしたネビルを命懸けで救出したのに、同僚のスリザリン生には蔑みの眼を向けられ、他寮のグリフィンドール生には罵られた。

 ………感謝しろとは言わない。

 だが、危うく命を落としかけた人間を助けたのに何故責められるのだろうかと、疑問に思ってしまうのは仕方無かった。

 人命救助した自分は咎められ、地面スレスレにガラス玉をキャッチしたハリー・ポッターは誉め称えられる。

 ハリーがグリフィンドール生から称賛の言葉を送られていた光景が頭に浮かび、フィールはイメージを打ち消すようにもんどり打つ。

 バサッ、と音を立てて、素顔が露になった。

 蒼眼を閉じ、重いため息を吐き出す。

 ホグワーツに来てから、かれこれ2週間ほどが経過した。

 フィールは自分の気持ちを見つめ直す。

 

(せっかくホグワーツに入学したってのに、全然楽しくも面白くもない………)

 

 今はあまり思い出せないが、いつだったか両親から母校の想い出話を聞いた時があった。

 二人共、ホグワーツでの学校生活は最高に楽しかったと、瞳をキラキラ輝かせながら語っていたから、ホグワーツに入学するのを期待していたのに………実際に自分が置かれた現実は、青春とは程遠い惨めなものだ。

 なんだか裏切られた気がして、不満顔になる。

 心に、ポッカリと大きな穴が空いた気分だ。

 フィールは晴れた空を仰ぎ見る。

 綿菓子のような雲が疎らに浮かぶ空には、サンサンと太陽が輝いていて。

 その眩しさから逃れるみたいに、フィールは左腕で目元を再び覆い隠した。

 このまま明日まで寝過ごしてしまおうかと、ちょっとばかりそう考えた矢先。

 

「―――くそっ、ポッターのヤツ………僕を踏み台にしてシーカーになって………!」

 

 聞き慣れた男子生徒の怒気を孕んだ声が耳に入り、フィールは「ん?」と重く沈んでいた意識が急速に引き上げられた。

 見なくともわかる、ドラコ・マルフォイだ。

 角度の関係上、彼方からは此方の姿は見えていないようで、取り巻き二人に打ち明ける彼の繰り事を望んでもいないのに全部聞く羽目となった。

 聞こえてきた内容はやはりと言うかなんと言うか、自分を踏み台にして栄光を掴み取った宿敵ハリー・ポッターへ対する妬ましさや悔しさといった吐露である。

 フィールが言った時は戯れ言だと喚いて認めようとしなかったクセして、結局は認めざるを得なかったらしい。

 自尊心が高いマルフォイにとっては、死にも値するほどの屈辱的なのだろう。

 マルフォイは付近に同僚同輩が居るのに気付かないまま、ある計画を口にした。

 

「そうだ………今夜、外出禁止の時間帯にアイツらが寮から抜け出している所を、フィルチに発見させるよう仕向けてやるか。フィルチなら嬉々として退学にさせるだろうな。うん、それがいい。僕はなんて頭が良いんだ」

 

 自分で自分のことを頭脳明晰と自画自賛するマルフォイは、明日の朝にはホグワーツの何処にもハリー・ポッターが居ない光景を想像したのか、取り巻きと共に高笑いする。

 

「魔法使いの決闘、と言えばウィーズリーはポッターの介添人になるだろう。そしたら………僕はクラッブを指定するか。場所はそうだな。此処の階にあるトロフィー室にするか。彼処ならいつでも鍵が開いている。ふふっ、これでアイツらも終わりだな。皆からちやほやされているポッターが明日の朝には退学になったと大広間中で話題となったら周りのヤツらがどんな反応をするか、それを想像しただけでも明日の朝が楽しみになるよ」

 

 マルフォイの策略は完璧だ。

 真夜中に寮から無断外出していたのを見回りの教師や監督生に目撃されたら、寮の得点が激減されるのは当たり前である。

 が、目撃者がアーガス・フィルチとなれば、話は大きく変わる。

 フィルチは生徒の校則違反を見付けて処罰することに生き甲斐を見出だしている根性悪の管理人だ。彼はホグワーツの構造を熟知していて、常にこの城内を徘徊している。

 そして彼と同じく根性悪の飼い猫、ミセス・ノリスもホグワーツを見回っている。

 ミセス・ノリスもこれまた厄介で。

 校則違反の生徒が居たら、即座に御主人様に言い付けに行くのだ。

 生徒達はこの猫が大嫌いで、一度蹴飛ばしてやりたいと強く思うくらいである。

 あの一人と一匹に発見される前に全速力で何処かへ逃げ出さなければ、一巻の終わりだ。

 もしも捕まったら最後。

 根元から性格がひん曲がっているフィルチは何がなんでも退学処分にさせようと、報告をでっち上げるだろう。

 魔法界の英雄、ハリー・ポッターをホグワーツから追い出すとなれば尚更だ。

 

 ………と、ここまで推量したマルフォイであるが、彼の誤算を一つ挙げるとすれば、周囲に誰も居ないのを確認しなかったことだろう。

 彼の計略は全て、同じ寮に所属しているフィールがバッチリ聴取してしまったのだから。

 

「………………」

 

 マルフォイはハリー達を『魔法使いの決闘』と言う建前論で嵌めようとしている。

 決行日は今夜。場所は4階のトロフィー室。

 告げ口する相手はゲス野郎のフィルチ。

 

 簡単かつ簡潔に事を纏めたフィールは、さてどうするかと、聞いてしまった以上は見過ごしたら後味が悪いなと、本能的な衝動に駆られた。

 

♦️

 

 生徒が寝静まる真夜中の11半。

 ハリーとロンは、グリフィンドール寮塔の男子部屋を足音立てぬようこっそり退室した。

 その理由は、マルフォイ一味と真夜中の決闘をするためだ。

 

 夕食時、マクゴナガルに連れられてグラウンドを離れてから何があったか、ハリーはロンに全て話して聞かせた。

 フィールの予想はどストライクで命中し、マクゴナガルはハリーをクィディッチの代表選手にさせようと、グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテン、オリバー・ウッドに彼が如何に新たなシーカーに相応しいかを伝え―――オリバーは夢が一挙に実現したと歓喜し、快く承諾。

 規則を曲げられないかどうかはマクゴナガル自らがダンブルドアに話すとのことで、ハリーは100年ぶりの最年少の寮代表選手となった。

 そのことを聞いたロンは驚異に感動し、ハリーがオリバーとの約束事で誰にも言わないでと釘を刺した後、ビーターを務めるウィーズリーツインズ―――フレッドとジョージがやって来た。

 彼等も交えて軽く会話を交わし、二人が消えた直後に、マルフォイと取り巻きが現れた。

 マルフォイは、自分をスプリングボードにして華やかな名誉を得たハリーに挑発的な発言をかまし、ハリーが冷ややかに反論した後に、昼間練った作戦を実行。

 今夜、トロフィー室で決闘しようとハリーに持ち掛け―――売られた喧嘩は買ってやると、横からロンが口を挟んだこともあってハリーは了承。

 

 現在ハリーはロンと共に、一発マルフォイを打ち負かしてやろうと寝間着の上にガウンを引っ掛け杖を片手に、塔の螺旋階段を下ってグリフィンドールの談話室に下りてきた。

 時間が時間なだけにシンと静まり返っている。

 暖炉にはまだ僅かに残り火が燃えており、肘掛け椅子が弓形の黒い影に見えた。そうして出口の肖像画の穴に入ろうとした時、一番近くの椅子から少女の声がした。

 

「ハリー、まさか貴方がこんなことするとは思わなかったわ」

 

 ランプの灯りが点く。

 明るいそれに照らされた人物は、紛れもなくハーマイオニー・グレンジャーであった。ハーマイオニーはピンクのガウンを着てしかめっ面をしている。

 夕食時に散々お節介を焼かれたのを思い出したのか、堪らずロンは声を荒げた。

 

「また君か! さっさとベッドに戻れよ!」

「本当は、貴方のお兄さんのパーシーに言おうかと思ったのよ。あの人は監督生だから、絶対に止めさせるわ」

 

 ハリーはここまでお節介なのがこの世に居るなんて信じられないという気持ちになりつつ、ロンに「行くぞ」と声を掛け、グリフィンドール談話室の出入口を守っている『太った婦人(レディ)の肖像画』を押し開け、その穴を乗り越えた。

 それでもハーマイオニーは身を引かない。

 ロンに続いて肖像画の穴を乗り越えると、ガミガミ怒った。

 

「自分のことばっかり気にしてるようだけど、グリフィンドールがどうなってもいいの? 私はスリザリンに寮杯を取られるなんてイヤよ。せっかく私が変身呪文を知ってたおかげで稼いだ点数を貴方達が御破算にするんだわ」

「あっちへ行けよ!」

「………いいわ。私、ちゃんと忠告しましたからね。明日、帰る汽車の中で私の言ったことを思い出して後悔するでしょう」

 

 呆れて物を言えなくなったハーマイオニーは中に入ろうと後ろを振り向く。が、肖像画の主が居なかった。太った婦人(レディ)は夜の散歩で、ハーマイオニーはグリフィンドール塔から締め出されてしまったのだ。

 

「どうしてくれるのよ!」

「知ったことか」

 

 けたたましい声で問い詰めてきたハーマイオニーはロンは一蹴する。

 

「僕達はもう行くよ。バイバイ」

 

 だが、まだハーマイオニーは粘る。

 

「私も一緒に行くわ」

「ダメだ。来るなよ」

「此処に突っ立ってフィルチに捕まるのを待ってろっていうの? もし見つかったら、私、本当のことを言うわ。私は貴方達を止めようとしたって。貴方達、私の証人になるのよ」

「君、相当の神経してるぜ………」

 

 大声でロンは唸る。ハリーが短く言った。

 

「二人共静かにして。何か聞こえる」

「―――ミセス・ノリスか?」

 

 ロンは首を傾げながら、暗闇を透かし見る。

 ミセス・ノリスではない。ネビルだった。

 就寝時間になっても何故ネビルが部屋に居なかったのか、ハリーとロンはその訳を察した。

 ネビルは床に丸まってグッスリと眠っていたが―――三人が忍び寄ると、目を覚まして安堵の表情を浮かべた。

 

「ああ、よかった! 見付けてくれて。もう何時間も此処に居るんだよ。ベッドに行こうとしたら合言葉を忘れちゃって―――」

「―――小さい声で話してくれよ、ネビル。合言葉は『豚の鼻』だ。でも今は役に立たない。太った婦人(レディ)がどっかに行ったんだ」

 

 ロンが小声でネビルの注意を呼び掛けた後、ハリーは急かした。

 

「ネビル、僕達はこれから行く所があるんだ。また後でね」

 

 すると、ネビルは慌てて立ち上がった。

 

「そんな、置いてかないで! 此処に一人で待つのはイヤだよ。『血みどろ男爵』がもう二度も此処を通ったんだ」

 

 今にも泣き出しそうな勢いのネビルに、ハリーとロンは困った顔を見合わせる。

 二人はやがてため息を吐き………ネビルも連れて行くかとのことで、結果的にこの四人でトロフィー室に向かうことにした。

 四人は高窓から漏れ出る月明かりを頼りにしながら、目的地を目指して素早く移動する。

 

「もう少しでトロフィー室だ」

 

 と、小声で呟いたハリーは4階への階段を上がろうとした、次の瞬間。

 

「―――おい、止めとけ。行ってもムダだぞ」

 

 暗がりの中から声が聞こえ、階段を駆け上がろうとした彼等を呼び止めた。

 四人はビクッとし、危うく大声を上げそうになった。が、なんとか堪え………煩いくらいにバクバク高鳴る鼓動を抑えるよう胸に手を当て、一斉に声がした方向を見る。

 ローブを羽織ったシルエットが立っていた。

 暗闇のせいで、全体像はハッキリしない。

 だが、さっきの声は四人がよく知っている少女のそれだった。

 まさか、と思い、眼を凝らす。

 すると、ご丁寧にも彼女の方から近寄って来てくれた。

 そうして、ほのかな月明かりに照らされて顕現としたシルエットの正体は―――

 

「―――フィール………!?」

 

 スリザリン所属の同級生、フィール・ベルンカステルであった。

 フィールはハリー達とは違って寝間着ではなく制服を着込んでいる。まるで最初から自分達が此処に来るのを知ってたような様子だ。

 

「な、なんで君が此処に………?」

 

 ハリーが恐る恐るといった感じに問うと、

 

「マルフォイに言われた通り、アンタ達がトロフィー室に向かうだろうと予測したんだけど………グレンジャーはともかく、ロングボトムも居ることに関しては流石に予想外だな」

 

 所々含まれている聞き捨てならないワードに、四人は眼を丸くする。ハリーはフィールに問い詰めた。

 

「どういうことなんだ………?」

「話せば長くなるけど―――」

 

 階上を見上げながら、フィールは説明した。

 

「マルフォイはポッターとウィーズリーを嵌めるために、真夜中にアンタらが寮から無断外出している所をフィルチに目撃されるよう、前もって計画して仕向けたんだ。アイツはトロフィー室に誰かが来ることを既にフィルチに告げ口している。さっき見てきたけど、本当に居たぞ。勿論、あの猫もだ」

 

 フィールから告げられる、驚愕の事実。

 それを聞いたハーマイオニーは、相手がスリザリン生なのを忘れて「やっぱり!」と眼を見張るハリーとロンを睨み付けた。

 

「私が最初から言った通りじゃない! 生徒同士の決闘なんてそんな幼稚な真似事、校庭とかでやれば済む話よ。なのにマルフォイはトロフィー室で、しかも真夜中にやろうと言ったわ。冷静に考えれば、違和感を感じるでしょ!」

 

 ハーマイオニーがキーキー喚くが、ハリーは無視してフィールを真っ直ぐ見返す。

 

「なんでフィールは、僕達がマルフォイ達と決闘するって約束したのを知ってるんだ?」

「飛行訓練が終わった後、マルフォイがそう言ってたのを偶然聞いたんだ。放っといたら面倒事になりそうだから、出来れば早く伝えたかったんだけど………」

 

 チラリとフィールは視線を走らせる。

 その目線の先が隣に居るロンだったので、ハリーは「ああ………」と彼女の心情を察した。

 マルフォイほどではないが、ロンはフィールのことも『スリザリン生』というだけで激しく毛嫌いしている。

 だから、伝えようにも伝えづらかったのだ。

 

「とにかく………悪いことは言わない。早くグリフィンドール寮に帰宅しろ。トロフィー室の隣の部屋で、フィルチはスタンバっているぞ。監督生でもない1年の私達がこんな時間帯にアイツに見つかったらどうなるかなんて、言わなくてもわかるだろ?」

 

 即刻、問答無用で退学処分にされるぞ。

 強い眼差しでそう伝えてくるフィールに、ハリーはゴクリと唾を飲み込む。

 フィールと遭遇したことで一回は頭から吹っ飛んでいた危惧の念を思い出し、知らず知らずの内に冷や汗が背筋を伝った。

 理性と私情の間で揺れ動くハリーは、半信半疑の瞳で真否を見極めようと、フィールの両眼をじっと見つめる。

 レンズ越しからこちらを見据えるその蒼い瞳の奥を窺い知ることは不可能に等しい。

 でも、何と無くだけどこれだけは理解出来た。

 フィールは嘘をついていない。

 どうしてそう思えるかは謎だが………彼女がこうして自分達の目の前に立っていることが、何よりの証拠だろう。

 薄々、マルフォイは自分達を嵌めようとしているんじゃないかと、頭の奥底で警報は鳴っていたのだが………マルフォイを打ち負かすチャンスを逃してはならないという気持ちが、疑心を薄れさせた。

 しかし、現在こうして助言者としてフィールが現れたのを考えると―――一度は忘れた警戒心がどんどん強まっていく。

 苦悩の末、ハリーは一つの結論を出した。

 

「………ロン、早く寮に帰ろう。今だったら、太った婦人(レディ)も帰って来てるだろうし」

 

 ハーマイオニーの手前、マルフォイは初めから来る気なんかなかった、とは言いたくなかったのでこういう言い回しになってしまったが、ハリーはフィールの言葉を信じることにした。

 けれど、それでじゃあそうするかとすんなり頷かないのがロンで。

 ロンは信じられないという面持ちで踵を返そうとしたハリーの腕を掴み、眼を剥いた。

 

「ハリー、君はスリザリン生が言った言葉を信じるのか!? 冗談だろ!」

 

 怒鳴り散らすロンの顔をハリーは見る。

 

「ロン。もし、フィールが僕達を退学にさせようって魂胆なら、僕達の前に居る訳ないだろ? それに………フィールが、手下が居なきゃ何も出来ないようなマルフォイと手を組むような人間に見える?」

 

 ハリーは出来るだけ穏便に済ませようと心掛けてそう言ったのだが………思い込みが激しいロンは、

 

「騙されるなハリー! スリザリン生特有の奸智に長けているコイツは、僕達がトロフィー室に来ないよう仕向けて、明日マルフォイ達やスリザリン生達と一緒に嘲笑の的にしようと、前もって口裏を合わせしたんだ!」

 

 と、親友の努力を台無しにした。

 せっかく丸く収めようと頑張ったのに………全てをぶち壊しにされたハリーは、暗い顔を浮かべて重いため息をついた。

 

「ハリー、こんなヤツが言うことなんか信じようとするな。今頃マルフォイは、トロフィー室の隅っこで今か今かと待機してるぞ。コイツはバカだよな。こんな筒抜けた企てを、僕らが気付かないと思うなんて」

 

 ………どうやらロンは、フィールが嘘偽りの内容をハリー達に吹き込み、トロフィー室で待っているマルフォイが明日の朝、臆病風に吹かれて決闘するという約束を破ったんだと、自分達をいびるネタ作りの為に二人が協同していると勘違いしているみたいだ。

 ハリーは暴走するロンを止めようとしたが、それよりも早く、ロンが階段を駆け上がってしまった。

 

「ロン、待ってくれ!」

 

 ハリーは慌ててロンの後を追い、ハーマイオニーとネビルは二人に続いて階段を上がる。

 

「あのバカ………!」

 

 舌打ちしたフィールはこのままではマジでヤバいと、4階に続く階段を駆け上る。

 運動神経抜群なフィールはすぐに追い付いた。

 トロフィー室が見えてやる気満々の様子のロンの肩に手を置く。

 

「ウィーズリー、お前、退学になりたいのか? 今のお前の間違った判断が、友達さえも道連れにしようとしてるってまだわからないのか?」

 

 大声を出さないよう努めて小声で説得させるフィールだが………これまた人の気持ちを理解せずぶっ壊すのがロンで。

 

「煩いッ! マルフォイの腰巾着の君に指図される義理なんてないぞッ!」

 

 ムダに馬鹿デカイ声で反発したロン。

 ハリー、ハーマイオニー、ネビルはほぼ同時にサッと青ざめ―――思わず絶句したフィールはハッとして廊下の先に眼を凝らした。

 ほのかなランプの灯りを、遠目から捉える。

 光と影が生み出した二つのシルエットは、まさにフィルチとミセス・ノリスであった。

 遅れてハリーもそれを認め、声を張り上げる。

 

「逃げろ!」

 

 五人は回廊を疾走した。

 フィルチが逃走する自分達の背中を凝視しているかもしれないという考えは、一切頭に思い浮かばせないようにする。そんなことをしたら、きっと恐怖で走れなくなると懸念したからだ。

 全速力でドアを通り、次から次へと長い廊下を駆け抜け、今何処に居るのか、何処に向かっているのか、全然わからなかったが………とにかく、フィルチには絶対に捕まりたくない一心で走り続けた。

 タペストリーの裂け目から隠れた抜け道を発見し、五人は物凄い速さでそこを抜ける。出てきた所は『妖精の魔法』の教室の近くだった。

 

「トロフィー室からは大分離れている………フィルチを巻いたと思うよ」

 

 冷たい壁に寄り掛かりながら、ハリーは息を弾ませる。ネビルは身体を二つ折りにして激しく咳き込んでいた。

 

「おい、ウィーズリー。だから言っただろ、フィルチが居るって」

 

 非難めいた眼差しでフィールはロンを睨む。

 ロンはそばかすのある顔を歪ませ、聞こえてないフリをしてそっぽを向いた。

 その直後だ。

 ガチャガチャとドアの取っ手が鳴り、教室から何かが飛び出してきた。

 オレンジ色のネクタイを締め、鈴飾りのついた帽子を被った小男―――ポルターガイストのピーブスだ。

 ピーブスは校則違反者の五人を見下ろしながら歓声を上げる。

 

「お願いだ、黙ってくれ、ピーブス。じゃないと僕達退学になっちゃう………」

「真夜中にフラフラしているのかい? 1年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、フィルチに捕まるぞ」

「黙ってくれたら捕まらずに済むよ。お願いだ、ピーブス」

「いいや、フィルチに言おう。君達の為になることだしね」

 

 ピーブスの眼は意地悪く光っていた。

 まるでマルフォイみたいである。

 

「退いてくれよ!」

 

 とロンが怒鳴ってピーブスを払い除けようとしたが、これが大間違いだった。

 

「―――生徒がベッドから抜け出したッ! 妖精の魔法教室の近くに居るぞッ!」

 

 ピーブスは大声で叫んだ。

 今日は厄日だわと思いながら、五人はピーブスの下をすり抜け、全力で逃げ出す。

 しかし、現実は何とも非情なもので。

 廊下の突き当たりでドアにぶち当たった。

 しかも、鍵が掛かっている。

 

「もうダメだ! 一巻の終わりだ!」

 

 ロンがそう呻く。

 皆でドアを押すが、ピクリとも動かない。

 フィールは今更後悔するロンに対して、内心舌打ちの連続だった。

 足音が聞こえてくる。

 ピーブスの声を聞き付け、フィルチが此方まで近付いて来ているのだ。

 ふと、フィールは辺りを見回した。

 此処は4階右側の廊下だった気がする。

 あれ………確かこの階の廊下は―――

 

「ちょっと退いて………アロホモーラ(開け)!」

 

 ハリーの杖を引ったくり、押し殺したような声でハーマイオニーが『開錠呪文』を唱えた。

 カチッと鍵が開き、ドアがパッと開く。

 同じくして、思考をフル回転させて結論を出したフィールが此処が何の廊下であるかを思い出し慌てて四人を止めようとした。

 が、フィールが阻止するよりも早く―――彼女はハリーに腕を引っ張られ、強引に巻き込まれてしまった。

 五人は折り重なって雪崩れ込み、ハリーが急いでドアを閉める。フィールを除く皆は息を殺して聞き耳を立てた。

 ピーブスとフィルチの声が扉越しに聞こえ、しばらく二人の会話が行き交い―――ピーブスがヒューッと消える音と、フィルチが怒り狂って悪態をつく声が耳に入った。

 

「フィルチはこのドアに鍵が掛かってると思ってる。もうオーケーだ―――」

「何がオーケーだバカ野郎。むしろアウトだ」

 

 ホッと安堵の息を吐いたハリーは言い切る前にフィールに遮られる。

 

「え? な、なんで―――」

 

 ハリーは振り返った。他の三人もだ。

 そして彼等は一瞬で理解してしまった。

 何故、この部屋―――否、廊下が立ち入り禁止なのかを。

 五人が真正面に見たのは、床から天井まで空間全部を埋め尽くす巨大な三頭の犬。

 血走った3つの眼が、四方八方にピクピクしている3つの鼻が、口から剥き出す3つの牙が、五人の少年少女の瞳に反射している。

 その6つの眼はフィール達をじっと見ていた。

 彼女らが急に現れたから、不意を突かれて戸惑っていたのだろう。

 しかし、その戸惑いは吹っ切れたらしい。

 三頭犬―――ケルベロスは、落雷したかのような唸り声を上げる。

 此処は………『禁じられた廊下』だったのだ。

 

「早くドアを開けろ! 喰われるぞ!」

 

 茫然自失とするハリー達を護るように、一歩前へ出たフィールが鋭い声を発する。

 その声に突き動かされたハリーは急いでドアの取っ手に手を掛け、勢いそのままに押した。

 さっきとは反対方向に四人は倒れ込む。

 最後に廊下を出たフィールは素早くバタンッとドアを閉め、

 

「寮に帰るまでは気を抜くなよ、フィルチがまたいつ戻って来るかわからないぞ。今は帰還することだけを考えろ、またな」

 

 と早口で呼び掛ける。

 ハリーだけコクコクと頷き返し………それから四人は一心不乱で、さっき来た廊下を弾け飛ぶようにして疾駆した。

 その背中を見送ったフィールは、別の場所を探しに行ったらしいフィルチに注意を呼び掛けた自分が捕まったらシャレにならないなと、心の余裕を持つ為にもそんな呑気なことを考え―――未だに動悸が激しい胸に手を当てて深呼吸すると、地下牢目指して駆け抜けた。

 

♦️

 

 スリザリン寮に帰宅したフィールは、疲れきった顔をしていた。

 今日1日でHPが0になった気分だ。

 疲労が滲んだ表情のまま、フィールはふらつく身体に鞭を入れながらコツコツと階段を下りていき、弱々しくソファーに座る。

 生徒が寝静まる真夜中の時間帯であるので当たり前のことではあるが、談話室にはひとっこ一人居なかった。

 ソファーに身を委ねるフィールは瞼を閉じ、この眼に焼き付けられた場景を振り返る。

 

(4階にある『禁じられた廊下』………彼処には三頭犬のケルベロスが居た。………ケルベロスの足元には、恐らく―――)

「―――そこに居るのは1年生かしら?」

 

 思考の海に沈み掛けたフィールは、突然降り掛かった声にビックリする。

 階上を見上げると、女子監督生のジェマ・ファーレイが此方を見下ろしていた。

 

「あら? もしかして、フィール? 貴女がこんな時間に談話室に居るなんて、珍しいわね」

「………ッ」

 

 しまった、とフィールは下唇を噛み締める。

 そういえば、今夜のホグワーツ徘徊の当番はジェマであったと、彼女が現れるこの時まで、すっかり忘れていた。

 どうやって言い訳しようか考えている間にも、ジェマは階段を下り来て、向かい側にあるソファーに腰掛けた。

 

「ようやく仕事が終わったわ………。監督生の役目とはいえ、睡眠時間が削られるから、あまり好きじゃないのよね。ま、下級生の模範生に選ばれた以上は仕方ないんだけど」

 

 ジェマは柔らかく笑む。

 フィールは微笑しようとするが、疲れのせいか口元を上げる余力がなかった。

 そんな後輩へ、ジェマはふと真顔になる。

 

「………貴女、さっきまで校内を歩き回っていたでしょ。制服と髪が若干乱れているし、心なしか少し息が荒い気がするわ」

 

 ギクッ、とフィールは内心ヒヤヒヤする。

 ついさっきまで校内を走り回っていたのだ。

 自分では意識してなくとも、激しい動きをすれば自然と髪や制服は乱れるし、息も上がる。

 就寝時なのに何故そうなっているか。

 これは誰もが怪訝に思うことである。

 だが、フィールは反射的に首を横に振った。

 

「私は別に………」

「なら、なんで制服のままなの? 他の皆は寝間着に着替えて寝ているのに、どうして貴女は制服で此処に居るのかしら?」

 

 深入りしてくるジェマに、フィールは黙る。

 ハリー達一行と共に、偶然だが立ち入り禁止の4階の禁じられた廊下に行ってた、なんてバカ正直に答えられるだろうか。

 返答に困っていると、ジェマは一息つく。

 

「………まあ、詮索しても仕方ないし、今日のところは見逃してあげるわ。それに、貴女以外にも無断外出するスリザリン生は沢山居るもの。これで貴女も仲間入りね」

 

 フィールは顔を上げ―――目元を和らげているジェマの顔が眼に入った。

 しかし、それも束の間。

 ジェマは険しい顔付きになる。

 

「貴女が談話室に居る回数ってほとんどないし、話したこともまだなかったわね。せっかくだから、ちょっと話をしましょ」

 

 ジェマはソファーに座り直すと、静かに口を開いた。

 

「詳しいことは知らないんだけど………貴女が飛行訓練の授業中に、フライングしたグリフィンドール生の男の子を助けたのって、本当なの?」

 

 ジェマの問いに、フィールは小さく頷く。

 

「………そう」

 

 真偽を確認したジェマは眼を細める。

 フィールは口を開かず、無言だった。

 沈黙を貫くフィールへジェマは言う。

 

「フィール。貴女の行動は偉いと思うわ。地上でのハプニングならまだしも、空中で起きたハプニングなんて、然う然う解決出来るものではないんだから。………でもね」

 

 ハア、と深くため息を吐いたジェマは、なんだか言いにくそうな面持ちだ。

 

「私達はスリザリン。3つの寮とは決裂し、嫌われる存在。だから………たとえ貴女がどんなに正しい行いをしたとしても、スリザリンじゃない別の寮の生徒が行えば大勢が集って誉め称えるような事をしても、誰も認めてくれないわ。むしろ利益を図った行動だと思い込んで陰口を叩き、陰湿なイジメをする。そしてスリザリン生は蔑みの眼を向けるわ。何故ならば、仲の良くない寮生を助けた同僚に軽蔑の感情を抱くから」

 

 ジェマの言葉が、フィールの胸を刺し貫く。

 昼間の出来事が脳裏を過り、俯いた。

 

「いくら貴女が他寮の生徒の為に命懸けで必死に頑張ったって、結局は憎まれるだけよ。なのに、どうして助けたの?」

 

 何故、ホグワーツ生全員から憎まれるだけなのに危険を顧みず救いの手を差し伸べたのか。

 そう訊いてきた先輩にフィールは、

 

「あの時は………意味とかそんなもの関係無しにただ目の前で誰かが死にそうになったのを、見過ごせなかっただけだ」

 

 人が死ぬ瞬間なんて、見たくなかった。

 そう言ったフィールに、ジェマは口を噤む。

 互いに沈黙を守り静かな空間が二人を包み込んでいたが―――不意に、ジェマがソファーから立ち上がった。

 

「貴女の気持ちはよくわかった。………だけど、悪いことは言わないわ」

 

 ジェマはフィールの肩に手を置き、

 

「グリフィンドールに所属する生徒を助けるような真似は、もう止めなさい。入学式の日に言ったでしょう? グリフィンドールとスリザリンは、私達が思っている以上にもしかしたら似ているかもしれない。だからと言って、馴れ合う訳じゃないと。………スリザリン程じゃないけど、グリフィンドールは私達をやっつけることが好きよ。下手したら、貴女は卒業するまでその対象となってしまうわ。………グリフィンドール生を助けるなんて、ムダな行為なのよ」

 

 と助言して、女子部屋へと歩いた。

 談話室に取り残されたフィールは、ジェマに言われた言葉が耳の奥でリピートされる。

 

 ―――グリフィンドールに所属する生徒を助けるような真似は、もう止めなさい。

 ―――グリフィンドール生を助けるなんて、ムダな行為なのよ。

 

 ジェマの言っていることは一理ある、と思う。

 でも、心の何処かはそれを否定する。

 理屈ではわかっているけれど―――。

 

 ―――なあ、お前………あの時、どうしてネビルを助けた? お前はスリザリン生だろ!?

 

「………ッ」

 

 頭の中で響き渡る、自分を咎める鋭い声。

 それに続く様、罵声してきたグリフィンドール生達の責める言葉が脳内を侵食してくる。

 やけに鮮明で、延々と反響し―――。

 フィールは思わず、こめかみを押さえた。

 追い払うように弛く首を振るが、尚も自分を責め立てる発言が木霊する。

 傷付いた心が更にボロボロになっていき、ズタズタに切り裂かれるのを感じながら、フィールはソファーに力無くゴロンと横たわった。

 ゆっくりと瞼を閉じていく。

 グリフィンドール生の愉悦の顔やスリザリン生の蔑みの瞳が暗闇の中から浮かび上がった。

 ………胸を締め付けるこの痛みは、一体どうやれば和らぐのだろうか。

 どれだけ自問しても、答えは出てこない。

 心労の極致に立たされているフィールは、膝を抱えて苦痛に歪む顔を埋める。

 もう、何が正しくて何が間違ってるのか、頭が混乱している彼女は訳がわからなかった。




【マルフォイのプラン】
実際グリフィンドールのテーブルであんなにスラスラと偽りの内容を伝えられたのって、向かう前にフォイフォイはフォイフォイなりに計画練ってたんじゃね? と個人的に思ったからあんな感じに。
逆にその場で咄嗟に一言も噛まず物事を言えたら凄いと思う。ま、頭の回転が早い人ならやれなくもなさそうですけどね。

【ハリー・ポッターSideの人物評価】
ロン→親友だけどちょっと短気なところがある
ハーマイオニー→お節介なヤツで正直鬱陶しい
フィール→スリザリン生だけど信用してみよう

オリ主のフィールは敵対してるマルフォイと同じ寮の寮生なのに、原作と比較するとハリーが冷静で物分かりがいいように感じるのは何故だろうか。
ま、そういう風に意識してるので仕方ないですけどね。この作品のハリーはスリザリン嫌いと公認のロンよりも結構大人です。

【禁じられた廊下】
話の流れでフィールもこの時点でなんで禁じられた廊下なのか知っちゃいました。そしてフラッフィーの足元にある隠し扉の存在も。

【ジェマ・ファーレイ】
前回は名前だけ出てきた女子監督生。
フィールが今後ジェマと関わらせても問題無いような流れはとりあえず出来たかな?
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