【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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前回の続き。

★遂にPV10万突破(*´ω`*)!


#75.惨事の爪痕

 パリンッ………!

 と、リビング内にガラスが割れる音が響く。

 全員が一斉に音の発信地に視線を走らせた。

 そこには、右手に持っていたグラスをフローリングに落としてじっと手のひらを見つめている銀髪の少女が立っている。

 

「………ッ」

「ラシェル、大丈夫?」

 

 従姉のシレンが気遣って声を掛ける。

 

「………ごめん、なんか、手の力抜けた」

「疲れが溜まってるんじゃないか? 父さん、ラシェルとクリミアをそろそろ―――」

 

 が、ルークが言い切る前に。

 ラシェルは双子の妹に何かが起きたという警告音を鳴らす胸騒ぎに、大声で叫んだ。

 

「ライアン叔父さん! すぐにフィールの所に向かって!」

「え?」

「フィールに………身の危険が迫ってる! そんな予感がする!」

 

 ラシェルの必死な叫びに、ライアンは妻のセシリアと妹のエミリーと顔を見合わせる。

 彼女は冗談でそんな発言は絶対にしない。

 つまり、今の言葉は本当の可能性が高い。

 ラシェルとフィールは双子の姉妹だ。

 双子だからこそ、わかるものがある。

 

「セシリア、子供達を頼むぞ!」

「私と兄さんで探してくるわ!」

「わかったわ、気を付けるのよ!」

 

 ラシェル達を妻に託したライアンは、妹と共にフィールの居場所を探知して―――二人でそこに向かった。

 

♦️

 

 フランスから『姿現し』した二人は、雲が少し切れて半分ほど露になっている満月の月光を頼りに、駆け足で辿っていく。

 目当ての人物の気がどんどん弱くなっていくので走りつつも焦燥に駆られ、どうか間に合って欲しいと思いながらラシェルに言われた通りフィールを探し―――。

 到着するなり、二人はその場で固まった。

 

「………は…………?」

「………え…………?」

 

 ―――一体なんなんだ、この風景は………?

 微かな月下の元で戦慄する二人は、その存在感を黒雲から漏れ出る月明かりによってうっすら照らされる者達の風姿に眼を疑った。

 一人は血まみれで一人は横たわり………そしてあと一人は、魂が抜けたみたいに覇気がない。

 静かに横たわる黒髪の女性と力無く座り込んでいる少女の全身には、後者にもたれ掛かっている銀髪の男性のものだと思われる返り血をべったり浴びている。その周囲は鉄の匂いが充満し、辺り一面血の海と化していた。

 

 あまりにも酷すぎる光景に、ライアンとエミリーは口元を押さえて顔を背ける。

 痛々しい姿を本当はこの眼に焼き付けられたくなんかない。だけど、ほったらかしにしていたら駄目だ。

 ライアンは腹を括り、走り出した。

 遅れてエミリーもその場から駆け出す。

 いち早く辿り着いたライアンは未だに大量出血しているジャックを止血し、傷口を完全に塞ぐ。

 

「フィール! 一体何があったんだ!?」

 

 出せる限りの声で血を全身に浴びている姪にライアンは呼び掛けるが、彼女は反応しない。今度はエミリーが両肩に手を置き、呼び覚ますように揺すった。

 

「私達のこと、わかる!? 貴女の叔母のエミリーと、叔父のライアンよ!」

 

 エミリーも精一杯声を張り上げるが、いっこうに口は開かず、心此処に在らず、という言葉がピッタリだった。

 駄目だ………放心状態になるだけのショックを受けたのか、全く返答しない!

 何度も何度も絶望した瞳で上の空の姪っ子を揺すり、声を枯らしてでも呼び続けるを永遠と繰り返していたら―――フッと瞼をおろし、叔母の腕の中に倒れ込んだ。

 エミリーは気を失ったフィールを受け止め、意識が無いのを確認すると、兄と共に姉の親友が勤務している聖マンゴ魔法疾患傷害病院へ連れていこうと『付き添い姿くらまし』をして、その場から姿を消した。

 

♦️

 

 聖マンゴ魔法疾患傷害病院。

 そこでは癒者(ヒーラー)と呼ばれる、マグル界で言うなれば医者(ドクター)が勤務している魔法界の総合病院。

 その聖マンゴにはクラミーとジャックの親友の一人、ライリー・ベイカーが勤めている。ベルンカステル夫妻はよく聖マンゴに出向くので、他の癒者とも面識があった。

 そのため、クラミーの弟・ライアンと妹・エミリーが切迫感ある様子でダイレクトに『姿現し』してやって来たことに、近くに居た知り合いの癒者はビックリしてしまった。

 

「お、おい、一体何があったんだ!?」

 

 その癒者はライリーの同僚であった。

 彼は二人が此処まで搬送してきたベルンカステル夫妻とその子供に異常があると一目で察し、眼を丸くする。

 ライアンとエミリーは震えた声で事情を説明し―――まだ残っていた癒者に彼らを託すと、その癒者はライリーの元まで奔走した。

 

 休憩時間中だったライリーは、同僚から話を聞き及ぶとすぐに駆け付けた。

 ライリーが来る前にベルンカステル邸で待機しているセシリアに状況説明したライアンからの報せに、彼女は聖マンゴまでクリミアとラシェルを連れてやって来た。

 ジャックとクラミーがどうなったのかを伝えるのは心苦しかったが、誤魔化すのもはぐらかすのも無意味な行為なので、ライアンとエミリーがベルンカステル邸で全て話すからフィールをよろしくお願いしますと、深々とライリーに頭を下げ、聖マンゴを後にした。

 

「………………」

 

 誰も居なくなった静かな病室で。

 ライリーは一人、深くため息をついた。

 苦しげな表情で、ベッドの方を見る。

 そこには、ぐったりと眼を閉じて、時折魘されている様子が垣間見られるフィールが横たわっていた。

 その姿が痛々しく、ライリーは胸を締め付けられる。

 昨日までの、家族と共に過ごして幸せな気持ちでいっぱいだったフィールが、次に目を覚ました時―――どれだけの影響が及ばされているのか、それを考えるだけでライリーは先行く未来に暗い翳が差した気がした。

 

♦️

 

 日常に感じられなくなった日常。

 それは永遠に続くだろうと誰もが思った。

 昏睡状態だったフィールが一時的に意識を取り戻し、彼女の伝言を聞いたライリーの証言を機にあの日の出来事をメモリアル家の少女の先行的な能力を借りて、その眼に焼き付けられた。

 見終えた人達は、言葉に出来ないほどの殺意と困惑に駆られた。

 死喰い人の奇襲と吸魂鬼の襲来による、残酷な悲劇。

 あの夜の一部始終を見た者達は心にポッカリと穴が空いたような喪失感に見舞われ、何かを始めようとする気力が沸かなくなるほど強い衝撃を受けた。

 

 ………その中でも、フィールが特に酷かった。

 聖マンゴから退院した後―――心に深い傷を負った彼女は自分の殻に閉じ籠り、誰とも口を利かなくなってしまったのだ。

 ラシェルやクリミア、ライアンが何度もフィールに話し掛けるが、心此処に在らずという言葉がピッタリなほど、彼女は魂が抜けたみたいに茫然自失としている。

 常に眼の焦点が合わず、歩く時なんかはふらふらしていて、壁に衝突しないかヒヤヒヤするほとだ。

 突然の惨劇で両親を失ってしまった直後だから気持ちの整理がついていないのだろう。二人のことが大好きだったために、その反動は凄まじかった。

 

♦️

 

 本格的にフィールが激変し、深い確執と爪痕が生まれたのは、父のジャック・ベルンカステル葬儀終了後だ。

 

「お前のせいで、兄さんは………!」

 

 静寂に包まれていた墓場に響く、男の声。

 静まり返った空気を切り裂くように叫んだ声の主は、終始父の葬式で泣いていた小さな女の子をドンッと突き飛ばし、キッと鋭い双眸で見下ろした。

 

 彼の名は、アレック・クールライト。

 ジャックの弟で、純血の名家の資産家・クールライト家の次男だ。

 アレックは今、烈火の如く怒っていた。

 自慢の兄の死因―――それは、姪の存在。

 娘を護ろうとした親の愛が、その尊い命の糸を若くして切らすことになった。

 だから、フィールのせいでジャックは死んだと怒りで我を忘れているアレックは、沸々と沸き上がるどす黒い感情に身を任せ、身体の底から声を絞り出す。

 

「お前が………お前が………!」

 

 怯えたように見上げる、姪っ子の蒼い瞳。

 その瞳は、亡き兄とそっくりで―――尚更癪に障ったアレックは、あらんかぎりの声で悲痛の叫びを訴えた。

 

 

 

「お前が死ねばよかったんだ………!!」

 

 

 

 血の繋がりがある叔父からの暴言。

 そのあまりにも酷すぎる発言は、まだまだ幼いフィールの傷付いた心に更に亀裂を深く刻み込むには、十分過ぎるほどの威力だった。

 

(私が………死ねば………よかった………?)

 

 アレックに責められた言葉が頭の中で残響となってリフレインされる。

 

 お前が死ねばよかったんだお前ガシネバよかったんだオマエがシネバよかったんだオマエガシネバヨカッタンダ………―――。

 

「いや……止めて……もう止めて………」

 

 フィールは頭を抱える。

 今まで、姪として可愛がってくれた叔父からのそのような発言に、亀裂が入っていた精神が余計に切り裂かれていく錯覚に陥った。

 家族を奪われたショックと憎しみを胸の内側で渦巻かせていたフィールの中で………精神的な限界を迎えた彼女はナニかが弾け飛んだ。

 

♦️

 

 ジャックの埋葬が終了した翌日。

 帰宅後、いつも通り部屋に籠ったフィールを励まそうとラシェルが扉前まで赴いた。

 

「フィール、元気出してよ。フィールがそんなんじゃ、私達も落ち込んじゃうよ!」

 

 元気をなくした妹を励ましたい姉心から、声を張り上げて、彼女の耳に届いて欲しいと扉越しから願う。

 すると―――ゆっくりと扉が開いた。

 ラシェルは、自分の願いが届いたと思い、表情を綻ばせる。

 だが、その割りには、瞳が冷たかった。

 

「フィール、皆で一緒に朝食を食べよ―――」

 

 ラシェルは腕を掴んでリビングまで連れ出そうとしたが、その手をフィールが乱暴に振り払って睨み付けた。

 

「私に触るな。早く退け」

「え………………」

「朝食を摂るなんて暇があるなら、魔法の練習をする方がマシだ」

 

 ―――目の前に居るのは、本当にフィールなのだろうか?

 言葉遣いから雰囲気まで、まるで誰かと入れ替わったみたいに別人である。

 愕然とする姉を尻目に、フィールは数多の呪文や呪いが記載された蔵書を読破し知識と技能を身に付けるべく、ベルンカステル城に設備されている大図書館へと向かった。

 

 

「ラシェル、フィールはどうした?」

 

 リビングに居たライアンは、フィールを連れてこようとしたラシェルが一人だけで戻ってきたので、首を傾げる。

 ラシェルは力無さげに、ソファーに座った。

 

「……………………」

「………ラシェル?」

 

 姪の様子がおかしいと察したエミリーが声を掛けるが、ラシェルは呆然としたままだ。

 ラシェルは、先程のフィールが自分を突き放した際に発した言葉が頭から離れなかった。

 

 ―――私に触るな。早く退け。

 ―――朝食を摂るなんて暇があるなら、魔法の練習をする方がマシだ。

 

 齢5歳の少女とは思えない、鋭い口調。

 ラシェルは、フィールがフィールでないように感じ取って、双子の妹との距離が急激に遠くなったと、虚な瞳で叔母達を見上げた。

 

♦️

 

 クラミーが廃人となり、その主治癒はライリーが担当した。ライリーによると、今のところ異常は見当たらないので、容態に関する問題よりも次期当主について多少揉めた。

 ベルンカステル三人姉弟の長男のライアンが「僕が当主になる」と提案したのだが………そこでなんとフィールが反対し、「私が当主になる」と言った。

 

 当然、ライアンやエミリーは大反対した。

 まだ幼い姪っ子が一族の最上位の立場に君臨するなど不可能に近いし、心の傷も癒えてない彼女がそんな堅苦しいポジションで更なる苦痛など味わって欲しくなかったからだ。

 でも、既にフィールには決心を固めた人間特有の頑なさと揺る気のない想いを秘めていて、どんなに説得されても首を横に振らなかった。

 

 クラミーは、大好きな家族にはそれぞれ好きなことをして自由に生きて欲しいという願いから当主になる役目を自ら引き受けた。

 フィールは、その気高い遺志を娘である自分が受け継ごうというのと、全ては自身のせいで引き起こしてしまった悲劇だからそれに見合う償いを払うと、幼い子供とはとても思えない決然とした姿勢を示した。

 

 ライアン達は、信じられない気持ちだった。

 自分の殻に閉じ籠りつつも当主という立場の責任感を抱き、笑顔を全く浮かべず、どんなに苦しくとも決して弱音を吐かない彼女を見ていると、家族に甘えん坊な性格だったフィールとは一ミリたりとも思えなかった。

 

 フィールの豹変ぶりに驚愕したのはベルンカステル一家だけでなく、関係者のライリーも同じ気持ちで………自分の娘と同い年かと、親友の忘れ形見を見る度に何回も疑うようになった。

 今までとまるで違いすぎる眼光や雰囲気に、本当にあのフィールなのか、それさえもわからなくなったくらいにガラリと豹変したからだ。

 それだけじゃなく、フィールは度々身体の至る部分で怪我を負うようになった。

 

 その理由は、過度な魔法の鍛練が原因だ。

 幼い身体には到底耐えきれないほどの魔力を行使し、限界まで追い詰める。そんなレッスンを力尽きてぶっ倒れるまで長々と繰り返しているようで、傷痕がハッキリと目立っていた。

 しかし、どんなに練習しても強大な力を中々上手くコントロール出来なくて、フィールは独り訓練部屋で泣き、床にひれ伏せ、自分の無能さを嘆いた。

 

 常に生傷が絶えず、むしろどんどん酷くなっていくフィールに何人かの癒者は不気味に感じて自然と嫌そうな表情を浮かべ、そのような気味の悪い少女には極力近寄りたくなった様子を誰が見てもわかるくらい表面上でも示した。

 が、前々から精神が歪になって全ての感情を捨てられるようになったフィール本人は他人からの恐怖と軽蔑が入り交じった眼差しや遠くからのヒソヒソ話などモロともせず、廃人となって聖マンゴで入院しているクラミーの病室まで見舞いに出向いた際には、冷たく冷えた母親を細い腕で抱き締める。

 ある意味その時だけが、当時のフィールが見せた淋しさや苦しさといった負の感情が露になる瞬間でもあったと、癒者の中で唯一彼女を陰から見守ってきたライリーは思った。

 

 フィールの恐ろしいほどまでの様変わりに誰もが衝撃を受け、どうしてあんなにも変わってしまったのだろうと毎日疑問が渦巻き―――普段通り接すれば彼女も元通りになるかも知れないと、大層な期待は出来ぬ小さな希望にすがって実行してみたが、やはりというか、フィールが満面の笑顔を浮かべることはなかった。

 ライリーは、異常なくらい肌が白くて華奢な肉体であるフィールに食事はどうしてるのかと尋ねてみるが、彼女は口を割らなかった。そのため、代わりにライアン達に訊いてみると、どうやら料理をほとんど口にしなくなったことが発覚した。

 そんなのは馬鹿げていると、事の事情を知ったライリーは怒った。

 

 5歳と言えば、栄養や食事を疎かにするなんて言語道断という年頃だ。

 自らそれを拒否するとは何事か。

 ライリーはとにかく何でもいいから食べさせようとカフェテリアに誘い―――数十回目の誘いでようやくフィールは折れてくれた。

 そうして、二人でカフェテリアに行き、メニューを注文する。料理が運ばれてくるまでの間にライリーは他愛もない話題を振ってフィールを笑わせようとするが、彼女は笑ってくれなかった。

 抱懐している感情は無表情の顔からは計り知れず、機械のような無機質な印象がある。

 それでも、血色は食事前に比べれば断然マシになったので、ライリーはホッとした。

 

「フィールちゃん。ちょっとは気持ちが楽になった?」

 

 近くにあった椅子に座らせてライリーはフィールと目線を合わせ、そう訊く。

 フィールは会釈した。

 その仕草はすなわち「はい」という意味なのでライリーは優しげな笑みを浮かべる。

 

「それならよかったわ」

 

 ライリーはフィールの頭を撫でる。

 と、その時だ。

 

「ねえ、あの娘じゃない? ほら、黒髪の」

「ああ、ちょくちょく此処に来る不気味な女の子でしょ? ライリーったらよく近付けるわよね。あんな娘と一緒に居て恥ずかしくないのかしら」

 

 謎の深手が四六時中全身に残存するフィールに嫌悪感を持つ癒者二人が、わざと聞こえるように悪意に満ちた言葉を言い合う。

 ライリーは同僚達の悪質な行為に腹が立ち、一発文句を言ってこようと視線を走らせると、フィールが手を払い除けてきた。

 

「………もう帰ります。今日はありがとうございました」

 

 小声で礼を言ったフィールは立ち上がった。

 これ以上自分が此処に居て、何にも関係のないライリーに迷惑を掛けられないと、ふらつく身体に鞭を入れて、帰ろうとする。

 が、ライリーは軽くフィールの肩を押して再び座らせると、怒りを滲ませた表情を維持した状態で同僚二人の元まで歩いた。

 

「貴女達。それ以上あの娘の陰口を言ったら許さないわよ。私達は癒者よ。人の苦しみをしっかりと受け止め、親身に寄り添い支えてあげるのが、何よりも大切にするべきことなんじゃないのかしら?」

 

 ライリーの強い瞳と語気に気圧されたのか。

 二人はバツの悪そうな顔でチラリとフィールを見ると、そそくさに立ち去った。

 全身の緊張を解いたライリーは、フィールの所まで戻る。すると、先程に続いて珍しく彼女が口を開いた。

 

「………ライリーさん」

「ん? なにかしら?」

「もう、私なんかに構うな」

「え………?」

「私のせいで、ライリーさんに迷惑が掛かってしまう。だから、ほっといてくれ」

 

 フィールは冷たい声音で言うと、椅子から腰を浮かしてライリーに背を向ける。

 しかし、ライリーはフィールの腕を掴み、引き戻した。

 

「フィールちゃん。私は迷惑だなんて少しも思わないわよ。あの人達が何と言おうと、私はフィールちゃんの味方だから」

「そんなの、建前の言葉でどうにでもなる。私を庇うなんて真似は二度とするな」

 

 バッサリと一刀両断したフィールは乱暴に振り払うと、肩越しから振り返ろうともせずに、さっさと歩いていく。

 しかし―――。

 

「………ッ」

 

 ギュッ、と後ろから抱かれる感覚を覚えた。

 顔のすぐ横で、ライリーの息遣いを感じる。

 ふわりと、ライムグリーンのローブから漂う爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 不思議とその香りは心を落ち着かせ、そして癒してくれた。

 

「悪いけどね………それは約束出来ないわ。貴女がどれだけ私を冷たく突き放しても、私が貴女を突き放すなんて真似は、死んでもやらないから」

 

 抱き締める腕に力を入れ、ライリーは言う。

 一瞬にして涙腺が脆くなったフィールは、このままでは泣いてしまうと直感し、自分を押さえ付ける腕から逃れようとするが、ライリーがそれを許さなかった。

 

「泣きたかったら存分に泣きなさい。これまで、泣きたくなるのを我慢してきたのでしょう。泣き止むまで待ってあげるから、今は全部吐き出しなさい」

 

 意識なのか無意識なのか。

 フィールはそっと、振り返る。

 そこには、金色の瞳でこちらを覗くライリーの顔があった。

 ライアンとエミリーと同じ色だけれど、その瞳に滲む優しさは、紛れもなくライリーだけが持つもので。

 

「う、あ………うぐっ………ああぁぁぁ………」

 

 気付いた時には、涙を流してライリーの胸に飛び込んでいた。

 フィールはライリーの胸に泣き顔を埋める。

 熱い雫が、自身の頬も彼女の胸元も濡らす。

 清潔感のある優しい香りに傷付いた心の癒しを求めるように、フィールはライリーの胸に甘えて泣き続けた。

 ライリーは敢えて何も言わず、左手でフィールの頭を抱え、もう片方の手で最低限の嗚咽を堪えて震える彼女の背中を優しく撫でた。




【ライアン達Side】
ラシェルの胸騒ぎを元に急行。
聖マンゴでのやり取りは4章の通り。

【豹変したフィール】
他人との触れ合いを嫌ったのも、ぶっきらぼうな口調になったのも、時折見せる乱暴な一面も、全ては家族を奪われたショックと憎しみと血縁者からの暴言によって、それまでの人柄をガラリと変えるトリガーとなった。

【フィールが自ら当主になった訳】
母親の遺志を受け継ぐの他に、自分の存在がきっかけで悲劇が生み出されたからそれ相応の償いを払うという理由もあったから。

【ライリーの性格は】
娘のクシェルだけじゃなく、フィールにも多大なる影響力を与えていた。

【更新遅れてすいません】
リアルが忙しくて中々更新出来ずすいません。その他に次に投稿する作品の書き溜め作業もしてるというのもあって執筆が遅延。年明けまでにはなんとか1弾完結を目指して頑張ります。

【まとめ】
今回は短編集スタイルでの前回の続編。
次回は違う人物Side(○○○○)でお送りする過去編②の出来事の回。

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