【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
「………フィー?」
いつの間にか、歩みを止めていたフィールに気が付いたクシェルは後ろに振り返った。
振り返って見ると、フィールがある部屋の扉に掛かっているプレートをどこか遠い眼で凝視していたので、何を見ているのだろうかと、クシェルは元来た道を引き返す。
そして、フィールの隣に来て、友人の目線の先に視線を走らせたクシェルは翠色の両眼を僅かに見張った。
そこには、こう書かれていた。
「『
そう………プレートに記されていたのは、フィールの母親の名前であったのだ。
「………私のお母さんの名前。この部屋に、廃人となったお母さんは移送された。………今でもこのプレートが掛けられていたのは、初めて知ったけど」
哀しみを含んだ声音で、母親が廃人と化して聖マンゴに入院してたとは知らないであろうクシェルへフィールは教えた。
本当は、クシェルはクラミーがどんな末路を辿ったのかを断片的に知っていて、フィールから詳細を聞くまではそのことをおくびにも出していないだけなのだが………。
そんなことは露知らずのフィールはまるで何かに誘われるような仕草で病室の扉を開けて、静かに部屋の中に入った。
そこは、患者を寝かせるベッド以外の家具はあまり置かれていない質素な室内である。
灯りはついていないのでとても暗く、開いた扉から差し出す光によって、うっすらと部屋の中を照らすくらいだった。
部屋の突き当たりの壁際まで歩いたフィールは見下ろす形で顔を伏せた。
母親が息を引き取る前―――フィールは度々見舞いに此処までやって来た。クラミーが死亡した後は、もう訪問する必要がなくなった聖マンゴには一度も来なかったのだが………。
「………フィー―――」
クシェルは、決意した。
今までは、悪いと思って訊いてこなかった、フィールの過去を知ろうと。
本当の意味で、彼女を受け止めようと。
そのためには、過去を知る必要性がある。
そう思ったクシェルは意を決し、フィールに話し掛けようとしたが………。
―――? どしたの?
―――なんで………泣いてるの?
ハッ、と開きかけた口をクシェルは噤んだ。
今………何故か、不意に頭の中で響いた、自分自身の声。
それは、胸の奥に漠然とした懐かしさを呼び起こした。
クシェルは、フィールの背中を見つめる。
今となっては見慣れた長い黒髪の後ろ姿。
だが………その背を見続けている内に、クシェルはこれまでハッキリとはしなかった記憶を鮮明に思い出した。
♦️
元気よくピョンピョンはねた明るい茶髪は母親譲りで、明るい翠色の瞳は父親譲りだ。
身に纏うアクティブ感溢れる雰囲気も活発的な性格の父親とそっくりな少女―――クシェル・ベイカーは、両親が激務の関係で家には誰も居ないことが多々あって、普通の家庭の子供よりも孤独感を味わっていた。
遊んでくれる時は確かにあるが、それでも回数は少ないし、急な仕事で家を出るのもしばしば。
そういう場合、クシェルは決まって元気に送り出すが、その笑顔の裏ではまた独りになるのかと悲しさや淋しさを募らせた。
クィディッチが大好きなファンで、クィディッチ関連の本やグッズは部屋にズラリと並べられているほどのマニアだから、暇な時はそれらで時間を潰したりして気を紛らわそうとするが、淋しい想いは晴らせなかった。
「………退屈だなぁ」
今年で6歳を迎えるクシェルは、さっきからベッドの上でゴロゴロと何をする訳でもなく寝転がっていた。
部屋を見回せば、クィディッチに関係があるアイテムに囲まれていて、眺めるだけでも楽しいのだが、遊び盛りの年頃なので、見るよりも動きたかった。
リビングに降りても、両親はまだ居ない。
というより、何故だか知らないが母親のライリーが去年の今頃からほぼ毎日聖マンゴに赴くようになったので、クシェルは尚更遊ぶ回数が激減したことへの不満を持っていた。
「あー、暇だぁ………」
(箒に乗るのも、お父さんかお母さんが居る時じゃないと乗っちゃダメって言われてるし、何にもやることないじゃん………)
つい先日、無断飛行したのがバレた際、母親にこっぴどく怒られてしまった。
他の家庭なら、クシェルくらいの年齢でも別段咎められない一家もあるのだが、ベイカー夫妻は魔法界においての重労働な仕事に勤務にしているので、家を留守にするのが多い。
そのため、万が一クシェルが怪我をしても、それを治してくれる人がいないのだ。一人娘なだけに、ライリーとイーサンはちょっと過保護な所がある。
来年までは保護者付きというのが条件だ。
次に無断飛行したら、1ヶ月間おやつ抜きだと言い渡され、クシェルは渋々約束を守ることにした。
とはいえ、箒に乗ること以外で大幅に時間を潰せるものがあるかと言えばそうでもなく………クシェルは、とにかく遊びたい精神が有り余っていた。
ある日のことだった。
「遊び相手になって欲しい?」
母親のライリーから、そう頼まれた。
話を詳しく聞くと、自分と同い年の女の子がフレンドリーな性格のお姉さんと違って他人と友好関係を築こうとしないため、その娘の遊び相手になって、ちょっとでも友情や絆を育むことの大切さを知って貰いたいとのことだ。
「ちょっと冷たい感じはするけど………でも、根は良い子だから、お願い出来る?」
「うん、任せて!」
クシェルは大きく首を縦に振る。
今まで、誰かと一緒に遊んだことがなかったクシェルは同い年の女の子と遊べると聞いて、嬉しく思った。
まだ会ったことはないけれど、その娘とどんなことをして遊ぼうかを考えていたら、その日の夜は考え疲れてすぐに眠った。
♦️
英国魔法界の総合病院・聖マンゴ。
今一番の人気癒者として慕われているライリーと魔法省きっての超エリートでイケメンの闇祓いの夫・イーサンの一人娘であるクシェルは、大人達から大いに可愛がられた。
クシェルは数多くの大人に囲まれて多少緊張感は持ちつつ、父親似の明るい笑顔を浮かべ、激務で疲労が蓄積しやすい癒師達にとっては、可愛らしいクシェルは癒しの存在としてちょっとしたマスコット的扱いだった。
さて、それはさておき―――。
「私とイーサンの娘、クシェルよ」
と、ライリーは黒髪の少女―――フィール・ベルンカステルに自分の娘クシェルを紹介したが、彼女はクシェルの顔を見ようともせず、ただ聞き流しているような様子だった。
「クシェルとフィールちゃんは同い年だし、親近感が沸くかもしれな―――」
「ライリーさん、いいですからそんなの」
微かに苛立ちを込めたトーンで遮り、フィールは二人に背を向けてすたすたと歩いた。
フィールはいつも通り、母親のクラミーの見舞いに聖マンゴを訪れた。見舞いも終わり、魔法の訓練をするべくベルンカステル城に帰宅しようとしたら、ライリーに引き留められた。
一体何かと思えば、そんなことかと、フィールは余計な時間を食われてイライラする。
ライリーはまさかの対応に戸惑ったが、クシェルは気にした様子もなく、フィールの背中を追い掛け、その肩に手を置いた。
「待ってよ、私、まだ貴女の名前を聞いていない―――」
「教える必要なんてないと思うけど?」
肩越しから睨んできた、鋭い蒼眼。
普通の人ならその眼が怖く、肩を強張らせるものだが、生憎クシェルには通じない。
頬を膨らませ、口を尖らせる。
「なんでさ。私、貴女と仲良くなりたいのに」
拗ねた口調で言い返したクシェル。
まさかそのような返事をしてくるとは予想外だったのか、フィールは面食らった顔になる。
が、それもほんの一瞬だけで。
不機嫌な面持ちを作り、無言で肩に置かれた手を乱暴に振り払うと、素っ気なく歩いた。
―――これでもう追ってこない。
そんなフィールの計算は、儚く消え去った。
「………ッ」
左腕をグッと掴まれ、フィールは思わず立ち止まってしまった。
無理矢理にでも何処かへ行くのを止めたクシェルは両腕に力を込める。
抜け出そうにも、ガッチリホールドされて敵わなかった。
「………離せ」
「ヤダ。離さない」
「………離せ」
「名前教えてくれるまで、ダ~メ」
頑なに引き離そうとしないクシェルの強引さにフィールは「ああ………本当にライリーさんの娘なんだな」と初対面であるにも関わらず、正真正銘の親子だと確信が持てた。
数秒後、抵抗の意思を見せなくなったフィールはため息と共に顔を背ける。
そして、か細い声で自身の名を教えた。
「………ル。………私の名前は、フィール」
それを聞いて、クシェルはニッコリ笑う。
「私、クシェル。クシェルって呼んで。よろしくね、フィール」
満面の笑顔で自己紹介するクシェル。
その光景を見て、少し遠く離れた場所から、
「我が子ながら、恐ろしいくらいのブレない精神力ね………」
とライリーは呆気に取られた。
結局、押しの強いクシェルに最終的に折れたフィールは、彼女と一緒に遊ぶこととなったのだが―――フィールは相変わらず無口無表情で何を考えているのかわからず、クシェルは彼女の興味を引こうと奮闘するが、表情を一切変えなければ、自己紹介以降口を開かない。
(笑わないなぁ………)
仕事の邪魔にはならないよう、だけど緊急時発生の場合を見据えて、二人はライリーが所属している『呪文性損傷』の5階フロアの空き部屋に居た。フィールはベッドに腰掛け、どこからか呪文関連の本を手にして、真剣な顔で速読している。
クシェルは首を捻り、どうしようか思案した。
(お母さんが言ってた通り、確かにちょっと冷たい感じがするけど………)
考えても仕方ない。
まず最初は無表情を崩させようと、頭を絞ったクシェルはある方法が思い付き、本から視線を外さないフィールの背後に回る。
「………?」
背中から気配を感じ、ようやく顔を上げたフィールはチラッと振り返ろうとしたが、それよりも早く、クシェルは手を伸ばし―――。
「………っ!?」
「笑ってよ~、フィール~」
薄い服越しから、脇腹をくすぐった。
突然くすぐられたフィールは対応も身構えも出来ず………。
「や、ちょっ………! 何して………!?」
手の力が抜け、手元から本が落ちる。
バサッと音を立てて床に落ちたそれを拾うよりもフィールは、いきなりこちょこちょしてきたクシェルを押し退けるのに精一杯だった。
しかし、年齢と変わらなくとも、その力の差は大幅にあった。一般人よりも細い肉体のフィールにはクシェルを後退させられず………されるがままに身体を弄られる他ない。
ベッドに寝転がるフィールの上になって逃げる隙間を与えないクシェルは、彼女が笑うまで無慈悲なくらいにくすぐり続けた。
「んぅ、くっ………あっははははは! 待って、もう止めて!」
やがてクシェルは、それまで耐えていたフィールが目尻に涙を溜め、堪らず笑い声を上げたことで手を止めた。
「な~んだ、ちゃんと笑えるじゃん」
乗っかかっていたクシェルはフィールから離れる。フィールは荒く息をつき、熱が籠って赤面する顔を枕に埋めた。
「はぁ………はぁ………もう、なに、して………くるのよ………」
「だって~、笑った顔見たかったし」
フィールは呼吸を整え、クールダウンする。
目元を右手の甲で覆い、蒼眼を閉じた。
………いつ以来だろう。こんな風に、誰かに笑わされるなんて。
前までは両親が傍に居て笑顔にしてくれた。
だが、居なくなった途端、いつしか笑顔というものを忘れるようになり………この1年間、微笑んだ回数すら皆無に等しい。
「………………」
手を退けられ、顔が露になる。
ゆっくりと眼を開けてみれば、キラキラと輝く翠瞳が暗い蒼瞳に反射した。自然とその光輝に見入る自分自身に気付く。
「フィール、遊ぼ?」
「………………うん」
上半身を起こし、フィールは床に落とした本を拾い上げ、サイドテーブルに置いたところでハッとする。
何故、了承したのだろうか。
いつもなら冷たくあしらったはずだ。
だけど………クシェルに「遊ぼ」と言われ、心のどこかで嬉しさが広がる。
フィールは「たまには付き合うか………」とクシェルのペースに合わせてみることにした。
今日の勤務時間を終えたライリーは、室外からそっと中を覗いてフィールの傾向を探った。
見てみると、意外にもフィールがクシェルとちゃんと遊んでいたため、ひとまずはホッと胸を撫で下ろす。
「クシェル、フィールちゃん、入るわよ」
タイミングを見計らい、ライリーはドアをノックして部屋の中に入った。
「お母さん、お疲れ」
「ええ、ありがとう。………フィールちゃん。今日は楽しかった?」
フィールと目線を合わせ、確認を取る。
ライリーの金瞳を真っ直ぐに見返しながら、フィールは「はい」と会釈した。
「それなら、よかったわ」
くしゃくしゃと頭を撫でたライリーは「よくやったわ」とクシェルにウィンクする。
フィールは「………もう帰ります」と病室を後にした。
「クシェル。フィールちゃんと遊んでみて、どうだった?」
二人きりになったので、ライリーは娘に今日初めて会った女の子はどうだったかを尋ねる。
クシェルは素直に自分の感想を伝えた。
「最初は冷たい感じが印象的だったけど、一緒に遊んで楽しかったよ」
「そう………それなら安心したわ」
ライリーは、とりあえずこれで少しでも気持ちが楽に出来ればいいと願いつつ、クシェルの頭を優しく撫でた。
♦️
フィールと出会ってから、クシェルは次に何をして遊ぼうかを考えるのが楽しくなり、いつの間にか孤独心は何処かへ吹き飛んでいた。
「フィール、最近笑うの多くなったね」
「………別に」
プイッとフィールは顔を逸らす。
クシェルは笑いながら、本に眼を落とす。
現在二人は、一緒に魔法の練習をしていた。
ようやく強大な魔力を上手くコントロール出来るようになったフィールはベーシックな戦闘呪文『武装解除呪文』『失神・麻痺呪文』『全身金縛り呪文』『妨害呪文』『盾の呪文』等を完璧にマスターし、遂には高位魔法『守護霊の呪文』も習得するほどの急成長を果たした。
クシェルはフィールがいつも読んでいた本の中身を見て、「私にも教えて」と言い、こうして二人で魔法の訓練をしているのだ。場所柄を配慮すればあまり派手にはやれないのだが、そこはフィールが習得したエネルギー吸収のバリアを室内に張ることでカバー可能である。
休憩時間にしようと、フィールとクシェルはサイドテーブルに杖と魔法書を置いて、ベッドに座った。
手を休めたフィールは、そろそろ『守護霊の呪文』に新たなる要素をプラスするという常識はずれの業を編み出そうと思考し―――ふと、クシェルがこちらを見ているのに気付いた。
「………なに、クシェル」
「いや………あのさ、フィール。一個だけ、気になってたこと、訊いてもいい?」
「気になってたこと?」
「うん。………なんでフィールは、いつも傷だらけなの?」
「………ッ」
クシェルの問いに、フィールは顔を歪める。
そう………フィールは常に全身に傷を負い、ボロボロであった。
その訳は、聖マンゴへの訪問前後でベルンカステル城で度を越したレッスンを繰り返しているからだ。
如何に力を制御出来るようになろうと、まだ日は浅い。気を抜いた拍子に暴走して身体に影響を及ぼすのを減少するには、もっと扱い方を学ばなければなかった。
「私ね………貴女を見る度にいつも心配だよ。遊ぶのは楽しいし、こうして一緒に魔法を学ぶのも面白い。………でも、ケガをしているのを見ると何があったのか、心配する」
いつになく真顔になったクシェルは、フィールの眼を見据えた。今のフィールに生傷は何処にも無い。それは、プロの癒者である母親から伝授された『治癒呪文』とクシェル自身の治癒系魔法の凄腕から、つい先程フィールのケガを治したからだ。
「だからさ………絶対、無茶ぶりはしないでよ」
「………………」
何も言わず、フィールはそっぽを向く。
クシェルの言いたいことはわかったが、それで魔法の鍛練をこれから先止める理由になど、ならない。
しかし、クシェルが言ってくれた言葉に、彼女には余計な心配はさせたくないと、心に迷いが生じる。
フィールはクシェルにどう答えればいいのかわからなくて、口を閉じてしまった。
♦️
すっかり人気者となったクシェルは一度聖マンゴに来ると、やはりと言うかなんと言うかで沢山の人々に可愛がられた。
「お父さんやお母さんに似て優秀な娘になるわね」とライリーの同期の癒者は皆そう言う。自分の両親が皆から尊敬されて、クシェルは温かい気持ちになった。
「………………」
ライリーは娘が人気者なのが嬉しい反面、フィールには気を配っていた。これで少しは習練するという思考から逸れていくかと思えばそうでもなく、むしろ全身の傷痕が以前よりも濃くハッキリと目立つようになったのだ。
このままでは、本当に身体を壊しかねない。
一体どう説得すれば納得してくれるだろうかとライリーはため息をついた。
「―――! お母さん!」
「! ………なにかしら?」
クシェルの呼び声に意識が覚醒したライリーは見上げる娘を見下ろした。
「フィールは? 今日、来ないの?」
「今日は………どうかしら。あの娘が来るのは不定期だから、定まらないわね」
フィールは度々聖マンゴに訪れる。
その理由は、廃人の母親の見舞いのためだ。
ライリーはクラミーの主治癒なのと、いつもボロボロな親友の娘フィールが心配で、此処に来る際は決まって顔を合わせるようにしてた。
「………そっか」
クシェルが残念そうに呟いた、その時。
「………フィールちゃん!?」
母の驚愕に染まった声が頭から上がったと思った矢先、ライリーが駆け出した。
通路の先には―――酷く傷付いた様子のフィールが居て、重傷の足を引き摺りながら歩いていたのだ。
クシェルも翠眼を大きく見開かせ、ライリーの後に続いて走り出す。
「ちょっ………また無茶したのね!」
これが初めてではないライリーはふらっと倒れかけたフィールを受け止めて叱咤し、クシェルを見る。
「何処か空いている病室でフィールちゃんを手当てするわ。貴女は誰かと一緒に居なさい」
「え………待ってよ! 私も行く!」
フィールを抱き上げて歩く母の後についていこうとする娘に、ライリーは刹那苦悩する。
腕の中の少女は、恐らく此処に来る前にこれまで以上に厳しいトレーニングを積み重ねて無理をしたのだろう。こんなにも酷い重傷は、久方ぶりである。
なので一度厳しく叱責しようと思い、クシェルには席を外して貰いたかったのだが………。
「………手当ての邪魔はしないのと、静かにするっていうなら、来なさい」
と言うと、クシェルはコクリと頷き、ライリーはすぐに病室へと連れていく。
着ている服はボロボロで、綺麗な顔にも負傷した痕がある。フィールをそっとベッドに寝かせたライリーは魔法を用いて傷付いた全身を治療すると、魔法薬を飲ませて安静にさせた。
「これでよし………」
「お母さん。フィール、大丈夫だよね?」
顔色が悪く、呼吸も弱い黒髪の少女を見てクシェルは涙眼でライリーが羽織っているローブの裾を掴みながら呟く。ライリーは「大丈夫よ」と安心させるように笑む。
「手でも握ってあげて。貴女が呼び掛ければ、目を覚ますかもしれないわ」
「………うん」
クシェルは手を伸ばし、フィールの不健康なくらい色白な手を取ってギュッと握り、翠色の眼を細めた。
雰囲気が大人びているせいで忘れがちだが、フィールは自分と同じまだ6歳なのだ。
なのに、なんでこんなにも酷い容態なのかと考えていると。
「………ん…………」
フィールが目を覚ました。
半身を起こし、頭を振る。
「フィール………!」
「………クシェ………ル………?」
朧気な瞳でクシェルの顔を捉えていると、
「気分はどうかしら?」
ライリーが目線を合わせて訊いてきた。
バツの悪そうな顔で俯きつつ、フィールは「大丈夫です」と答える。
「また、無理したわね? 私、前にも言わなかった? 過度な魔法の行使は身体を壊すって」
小さな両肩に手を置き、グッと力を込める。
フィールは少しだけ顔を上げた。
「健康管理を甘くして上手くなれると思う? そんな中途半端な状態じゃ、上達なんてしないし余計に負担を掛けるだけよ。しばらくは魔法を使うのを止めなさい」
が、フィールは首を横に振った。
「休んでる暇なんて、ない。強くならないと、私はダメだから」
「誰がそんなことを言ったの? 『自分の身体を壊すのと引き換えに強くなれ』って」
「………………」
回答出来ず、沈黙するフィール。
誰かに言われた訳ではない。
これは、自分自身で決めたことだ。
自分のせいで、両親はあんな目に遭った。
………そして、自分以上に、深い心の傷を負った人だっている。
だから………あんな暴言を吐かれた。
………最初は、流石に堪えた。
でも………だんだんと、ああ言われたのが当たり前なように思えて………。
「………私の中では、どうしても、強迫観念が晴れない。払拭するためにも、やり続ける」
「駄目よ。数日間は激しい練習はしないこと。最近は特に悪化してるわ。私が診療するから、その期間中は此処に毎日通うようにしなさい」
「私、別に―――」
「言うこと聞かないと、怒るわよ!」
ライリーの一声にフィールはビクッとする。
クシェルも母親の怒鳴り声にビックリした。
「食事は摂らない、全身は傷だらけ………何度言っても、度を越した練習を続ける。そんな毎日を送ったら、どうなると思う? 最悪の場合、死ぬかもしれないのよ」
「………だったら」
フィールはライリーを突き放した。
「私のことなんて、構わないでください」
完全回復してない身体に鞭を入れ、フィールはベッドから降りて、唖然とするライリーに背を向ける。
あっ、としたライリーは慌てて引き戻そうとするが、それより早くクシェルが動いていた。
「………ッ」
ギュッ、と後ろから抱かれる感覚に、覚えがあるフィールは立ち止まる。
顔のすぐ横で息遣いを感じ、その人の体温が全身を包むように広がる。
ふさふさと頬をくすぐる茶髪から漂う、冷たい心を溶かすような甘い香り。
清潔感ある爽やかな、それでいて心を癒してくれたライリーのとはまた違い、閉じたはずの心にスルリと入り込んでくる気分になった。
「あのさ………『構わないで』とか、そんなこと言わないでよ。貴女がそんな風に言ったら、私が今まで貴女にアプローチしてきたこと、全部意味なくなっちゃうでしょ」
両腕に力を入れ、続けて言う。
クシェルの言葉が、フィールの心の、一番脆くて感傷的になりやすい部分に突き刺さる。
「だからさ………一度、ちゃんとお母さんに診て貰って。そしたら、また一緒に遊ぼ」
「………………」
意識なのか無意識なのか。
フィールは優しく抱き締めるクシェルの手に自分のそれを添え、一度重ね合わせると、何も言わないで彼女から離れ、病室を出ていった。
【フィールとクシェルの初対面】
実は#3での組分け時ではなかった。
サブタイトルの『碧』は「あお」と「みどり」どちらの読み方もあるので、一方でも両方でも意味合いは取れるはず。
【ブレない精神力を持つクシェル】
やっぱりライリーさんの娘だった。
【一緒にマジックレッスン】
クシェルの戦闘能力が物語当初から高かった起点。
【まとめ】
今回は過去編②のクシェフィルの出会い回。
次回はクリスマス休暇終了してホグワーツへレッツゴーとなる回の予定。いよいよ神秘部での戦いがすぐ側まで待ち受けている………果たしてどうなるやら。