【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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前回から1日が経過。


#7.ジレンマ

 翌朝。

 ハリーとロンが酷く疲れた様子で、でも上機嫌でまだホグワーツに留まっているのを見て、マルフォイは自分の眼を疑った。

 トロフィー室に誰か(ハリーとロン)が来ることは告げ口したのに何故………と訳がわからないという表情で何度も眼を擦る。

 そんなマルフォイは想像もつかないだろう。

 珍しく知恵を絞って企てた策略が、ある同級生にバッチリ知られていたなど。そしてその彼女がハリー達に助言者として真夜中に寮から外出したなど、そこまで頭が回らないマルフォイには予想外の答えにまで辿り着けるはずがない。

 昨夜、よく眠れなかったフィールは疲れが取れなくて凄まじい眠気に襲われていた。それに、顔色も若干悪い。

 が、周囲にはバレないよう無表情を守り通す。

 必要なこと以外はあまり喋らないタイプなのでこういう場合はかなり好都合だ。

 と言うか、仮に気付いてたとしてもスルーしたに違いない。

 何故ならば、さっきから同級生達は冷たい瞳で遠巻きにヒソヒソと陰口を叩いている。

 その訳は、やはり昨日の飛行訓練の授業中にネビルを助けたことが主な理由だろう。

 

 なんだか、前よりも視線がずっと冷たくなっているように感じるのは気のせいだろうか。

 フィールはため息をつき、席を立つ。

 居心地が悪すぎて、食欲が沸かない。

 朝食は1日の栄養源なので欠かすのは良くないと自覚しているが、こんなギスギスした空気中で食事したいとは思わない。

 居たたまれなくなったフィールは早々に大広間を出ていった。スリザリン生と、フィールの後ろ姿を捉えたグリフィンドール生の軽蔑の目線や笑い声を背中からビシバシ浴びる。

 フィールはなるべく意識しないように歩みを続け………誰も居ない場所に来た彼女は、壁に背を預けて弱々しく項垂れた。

 

(皆、あんな眼で見られたら嫌な思いになるはずなのに………)

 

 他人から蔑視されるのは嫌でも、他人を蔑視する方は簡単に出来てしまうことの恐ろしさを、フィールは改めて感じていた。

 フィールは高い天井を仰ぎ見る。

 気持ちが重く暗く沈んでいるせいか、端正な面立ちをしているその顔は苦悶に満ちていた。

 

♦️

 

 午前中の授業が終わり、生徒達は昼食を摂りに大広間に来ていた。が、その中にフィールの姿は何処にも居ない。

 クシェルは、朝から様子が変だったフィールの心情を何と無く察していた。けれど、敢えて口には出さないでいた。そうすると、フィールが暗い気持ちになると懸念したからだ。

 

「ベイカー、ベルンカステルはどうしたんだ? お前達、いつも一緒に居るじゃないか」

 

 頭上から、低音の声が下ろされる。

 椅子に座ってボーッとしていたクシェルがハッとして見上げるよりも前に、その声の主は彼女の隣に座った。

 スリザリンのクィディッチチームのキャプテンを務める5年の男子生徒、マーカス・フリントだ。

 彼は厳つい顔付きにはそぐわない心配そうな表情を浮かべ、クシェルに問い掛ける。

 

「昨日からずっと気になってたんだが………お前と同じ1年のヤツら、ベルンカステルを露骨に避けてる感じがするぞ。何故なんだ?」

 

 見ていないようでいて、きちんとマーカスは見ていたのだ。

 飛行訓練を楽しみにしていた1年生達が昨昼の授業を終えて談話室に帰宅した時、何故か皆は雰囲気が刺々しかった。

 気になった一人の先輩が何があったのかと訊いてみたが、誰も答えず………重苦しいムードを払拭しようと、また別の先輩が他愛もない話題を振ってみたのだが、和やかな雰囲気にはならず、ピリピリした空気を放ちながら1年生達が部屋へと戻っていったのを、彼らが来る前に寮に帰っていた先輩陣は密かに気にしていた。

 

「………………」

「言いにくいのは無論承知だが………何があったのか教えてくれないか? 俺はお前の同級生が何故ベルンカステルを避けるかは知らないが、お前なら理由を知ってるだろ?」

 

 マーカスの問いにクシェルは俯く。

 しばし無言の時間が流れ―――。

 クシェルはマーカスにこう尋ねた。

 

「あの、マーカス先輩。私、貴方に一つだけ確かめたいことがあります」

「なんだ?」

「マーカス先輩はフィーのこと、どう思ってるんですか?」

 

 予想だにしなかった質問に、マーカスは困惑する。

 

「どうって………ベイカー、なんでそんなことを訊いてくるんだ?」

「だって………同級生だけじゃなく、先輩にもフィーを憎む人達は沢山いる。そんな人に、昨日あった出来事を話したら、尚更フィーに対して嫌悪感を抱く。そう思ったからです」

 

 他人と反りが合わない。

 これは学校や社会、何処に行っても必ずあることだし避けては通れぬ道なので仕方ない。

 だが、それとはまた違うのだ。

 クシェルにとって、フィールは大切な友達。

 たとえフィールがそうとは思ってなくても、クシェルからすればそんなものはどうでもいい。

 だから………ただでさえ、フィールに対し嫌厭の情を抱いているスリザリン生に、彼女がグリフィンドール生を救済したと話したら。

 フィールは今以上に忌み嫌われ、孤立する。

 自分のせいで友達を傷付けるのは嫌だ。

 そう思うからこそ、クシェルは確認した。

 先輩に対しさっきの物言いはちょっと無礼な気もするが、遠回りな言い方は嫌いだし、そっちの方が逆にもっと失礼だろう。

 クシェルは強い瞳でマーカスの眼を見た。

 彼の灰色の両眼が、翠色の瞳に反射する。

 マーカスはじっとクシェルの眼を見返し、程無くして、ガシガシとクシェルの元気よくピョンピョンはねてる茶髪を、浅黒い大きな手で掻き乱した。

 

「ベイカーの言いたいことは大体わかった。だがな………まさか、俺がそんな野郎に見えてたなんて、流石の俺でも傷付いたぞ」

「す、すいません………」

「ま、それだけアイツのことを大切にしてるってわかったから、今回は特別にチャラにしてやる。それと………前々から言おうと思ってたんだが、俺に先輩はつけなくていいぞ。敬語も必要ないから、タメ口で構わん」

 

 マーカスは鷹揚に笑う。

 だが、それも束の間。

 彼はいつになく真剣な表情へと一変する。

 

「話が脱線したが………確か、俺がベルンカステルをどんな風に思ってるかだったな。そうだな。俺個人の感想としては、ベルンカステルは案外繊細な性格の持ち主、だな」

「繊細………ですか」

 

 意外な返答にクシェルは意表を突かれる。

 マーカスはコクリと頷いた。

 

「ああ。ベイカーも時々、ベルンカステルって結構傷付きやすいヤツだと思わないか? 先週の授業が始まった初日、ベルンカステルは談話室から出ていったそうじゃないか。多数の人間に悪口言われたら、そりゃ誰でもそこから出ていきたいと思う。だけど、ベルンカステルは一般人よりもセンチメンタルだな」

 

 それと、とマーカスは言葉を紡ぐ。

 

「皆はよく感情表現が乏しいって言ってるけど、そんなこと無いと思うぞ。割りとアイツは喜怒哀楽がハッキリしてる。なんと言うか、アイツの場合は顔じゃなくて行動に表れるタイプだな。気分が落ち込んだら、一人フラフラと何処かへ行くところなんかがまさにそうだ」

 

 そこまで言ったマーカスは一息つく。

 それから再び口を開いた。

 

「とまあ、こんな感じに俺は感想を言ったけど、ベイカーが本当に聞きたいのは、こういうヤツじゃないだろ?」

 

 先程のマーカスの言葉はフィールの性格がどういうものであるかの個人的な意見であり、クシェルが彼の口から直接聞きたい内容とはまた異なる。

 クシェルは素直に首を縦に振った。

 首肯を見せた後輩に、マーカスは言う。

 

「俺達はスリザリンに所属する者であり、同じ蛇寮に所属する者は血の繋がっていない家族も同然だ。それは同い年のヤツらだけでなく、年下のお前やベルンカステルも例外ではない」

 

 クシェルは眼を見張ってしまった。

 マーカスがクィディッチに熱いという人物なのは周知の事実なのだが、そんな彼がまさかこのようなことを言うとは予想外だった。

 驚きを露にする後輩に先輩は軽く肩を竦める。

 

「何をそんなに驚いているんだ? 家族を大切にし、家族を心配するのは当たり前だ。そうすることの何が悪い? 確かにお前からすると、ベルンカステルのことを毛嫌いする者の存在感が強いせいで俺の言葉の信用度は薄いかもしれん。だが、俺が言ったことは紛れもなく本心だ」

 

 語っていく内に語気が強まったマーカス。

 クシェルはその重みを感じ取り、思考する。

 マーカスの深意を窺い知るためか、じっと彼の顔を見上げた。

 黙ったままマーカスを見つめ………念を押すように、クシェルはこう言った。

 

「………わかった。私、マーカスのことを信じて話すよ。でも………もしも、嘘をついたり裏切ったりしたら、私は貴方を許さないから」

 

 マーカスは真顔を崩さないで首を縦に振る。

 クシェルは昨日の出来事を簡単に話した。

 飛行訓練の授業中にグリフィンドール生のネビルがフライングしたこと、高所から墜落しそうになったところをフィールが危険と隣り合わせの状況下で救済したこと、そして恐らくそれが原因で皆は避けていること………。

 

「なるほど、な………」

 

 事の事情を知ったマーカスは途端に重苦しいため息を一気に吐いた。

 

「だから1年のヤツらはやたらとベルンカステルを避けていたのか。………ったく、そんな理由で級友を忌避するとは幼稚だな」

 

 昼食を友人達と談笑しながら口に運び、ワイワイ賑わいを見せる成り立てほやほやの1年生集団を横目に、マーカスは険しい顔になる。

 

「助けた相手がスリザリン生であれ、同級生を助けて貰ったんだ。連中は礼の一つくらい言ったらどうなんだ。ったく、そんなんだから周囲から『傲慢』と言われていることに気付かないなど、馬鹿以外の何物でもない」

 

 いや、割りと貴方も人のことをあーだこーだ言える立場じゃないと思うんだけど。

 と内心で鋭く突っ込んだクシェルは、敢えてスルーすることにした。

 

「それはそうと………ベイカー、ベルンカステルがずば抜けた操縦技術を披露したとは本当なんだな?」

「え? あ、うん、そうだけど」

 

 確認を終えたマーカスは、次の瞬間パアッと明るい笑みを浮かべた。まるで希望の光が見えた人間が浮かべるそれである。

 

「シューティングスターという不良品の箒を、ベルンカステルは乗りこなした。それは中々スゴいことだぞ。あの箒は本当に事故率が高くてな。授業中にアレから墜落する者が、俺らが1年の時でもかなり多かったんだ。そんな骨董品の箒でベルンカステルは人命救助に成功した。それも、壁に激突する寸前ギリギリの距離まで飛行してからの宙返りだ」

 

 マーカスはウズウズする気持ちを抑えられず、興奮気味な様子に強みが増幅する。

 

「俺の勘ではあるが………単に身体能力が高いだけでなく、ベルンカステルは箒を扱う才能に長けていると思うぞ。悪質な物から良質な物まで、その箒の性能や特徴をよく理解している。そんなベルンカステルだからこそ、緊急時が発生したその場で冷静に対処出来たんだ」

 

 流石はクィディッチチームのキャプテン。

 選手としての逸材を見出だす頭脳はある。

 

「それだけの身体能力があるって言うなら、ベルンカステルは最新鋭の箒であっても完璧に使いこなせるだろう。並外れた反射神経、危険を顧みない度胸、そしてあの体格………これだけのシーカーとして必要な素質が全て備わったヤツは、2年に限らず7年まで見通しても居ないだろう。キャプテンの俺が断言する。ベルンカステルは優秀なシーカーになるぞ。恐らくは、歴代でも類を見ないほどの逸材だ」

 

 だが、と。

 笑みから残念そうな表情に早変わりする。

 

「どうやら、グリフィンドールの方でも天性のシーカー気質を持った人間がいるみたいだけどな。しかも、そいつは最年少選手になるかもしれないって言うんだろ? あの厳格な副校長が規則をねじ曲げてまで入れさせようとするとは、全く、職権乱用もいいところだな」

 

 イライラと呟くマーカスの言葉に、クシェルは珍しく同感であった。

 

「とにかく………ベルンカステルがシーカーになったら俺達はきっと最強のチームになるだろう。ベイカー、お前の方からもベルンカステルにシーカーになることを考えてくれって伝えてくれないか? 俺もアイツを勧誘する。せっかくの栄光を掴めるチャンスなんだ。恵まれた才能を持っているのに、それを活かそうとしないのは宝の持ち腐れだ」

 

 どうやら、マーカスはフィールにシーカーになるのを期待しているらしい。クシェルはフィールがクィディッチチームの花形を務める光景を想像し、口元を緩ませる。

 

「っと………話し込んだら、こんな時間になったな。よしベイカー、昼食を食べるぞ! まずはモリモリ食って、元の活力を取り戻すぞ!」

「うん!」

 

 時間の流れを忘れて長時間会話を交わしたマーカスとクシェルは暗い気持ちを吹き飛ばして、昼食を摂り始める。

 昼食時間が終了しても、フィールは大広間に来なかった。

 

♦️

 

 マーカスとクシェルが談話してた一方で。

 フィールは昨日と同じバルコニーに居た。

 大広間なんかで昼食を摂りたい気分ではなく、此処で身を潜めようと気配を殺していた。

 今日は金曜日。

 金曜の授業は半日なので、午後は無い。

 

「あー………お腹空いたな………」

 

 朝は何も口にしていなかったので、流石にお腹が空いてきた。だからと言って、大広間になんかは行きたくない。

 どうやって空腹を満たそうかと考えたフィールは、

 

「………これでも飲むか」

 

 と、杖を仕舞っている側とは反対側のヒップホルスターに装着しているポーチから赤い缶を取り出す。

 マグル界ではよく見掛けるコーラだ。

 プルタブを開け、口をつける。

 キンキンに冷えていて美味しく、シュワシュワが口内で広がる。

 手摺に肘をつけ、コーラを飲むフィールはふと赤い缶に眼をやった。

 

「………コーラ、か」

 

 蒼い眼を細め、じっと見つめる。

 たかが炭酸飲料の物なのに、懐かしさが胸の奥で呼び覚まされたのは何故だろう。

 そう疑問に感じたフィールの頭に、ある少年の輪郭が浮かび上がった。

 クシャクシャな黒髪に明るい緑の瞳。

 ダブダブな服に身を包んだ痩身で………うろ覚えだが、確か―――

 

「………ちっ」

 

 フィールは舌打ちして、肩越しに振り返る。

 せっかくイメージが形作ろうとしていたのに、遠くの方から聞こえてきた生徒達の声や喧騒によって崩れ去ってしまった。

 フィールはため息と共に首を振り、残り少ないコーラを一気に飲み干した。

 

♦️

 

 バルコニーから出たフィールは、フラフラと一人散歩していた最中に、クシェルと出会った。クシェルはフィールの姿に眼を止めると、早足に近付いてくる。

 

「見付けた、フィー」

 

 クシェルはフィールを見付けるが否や、彼女の左腕を掴み、壁際まで引っ張る。

 

「………なんだよ、こんな所まで連れてきて」

「フィーに渡したい物があるんだよ」

 

 クシェルは巻いたティッシュの中から、ある物をフィールに差し出す。

 それは、クロワッサンだった。

 

「フィー、昼食一口も食べてないでしょ? だから、持ってきたんだよ」

「ああ………ありがと」

 

 フィールはクシェルからクロワッサンを受け取ると、ムシャムシャと食べる。

 そうして噛み砕いたクロワッサンを喉に通すと、タイミングを見計らったクシェルが「そういえばさ」と切り出した。

 

「昼食の時、昨日のことを話したら、マーカス、『ベルンカステルは優秀なシーカーになるぞ』って言ってたよ。でね、是非ともシーカーになることを考えてくれって」

 

 クシェルの言葉にフィールは眼を見張る。

 だが、それは瞬く間に消え失せ、睨んだ。

 

「………昨日のことを話したのか」

「うん。………マーカスは、同じ寮に所属するスリザリン生は家族も同然って思っていて、私やフィーのこともそう思っているみたいだよ」

「ふーん………」

 

 信用していない顔のフィールは、まるで興味が無いと言わんばかりの態度でローブを翻し、背を見せる。

 でも、クシェルは食い下がった。

 

「………あのさ」

 

 サッとフィールの前に回り込んだクシェルは、

 

「辛かったり苦しかったりしたら、私やマーカスを頼ってよ?」

 

 と、静かな口調でフィールに言った。

 

「………ッ」

 

 フィールの蒼瞳が微かに揺れる。

 クシェルには見られないよう、下を向いた。

 一瞬、心がぐらりと揺らぐのを感じ、俯く。

 けれど―――。

 

「何言ってんだ。別に私は、辛いとか苦しいとか全然思っていない。それはアンタの杞憂だ」

 

 顔を上げ、皮肉気な言い方をするフィール。

 しかし………その発言とは裏腹に、彼女の心は傷だらけでボロボロ、そしてズタズタに引き裂かれていた。

 自分じゃない誰かが行えば、誰もが人一倍正義感に溢れていると崇拝するような素晴らしい行為であっても………スリザリン生である自分に待ち受けているのは、罵声と軽蔑だ。

 その事を思い出し、端正な顔を歪める。

 不意に、ジェマの言葉が脳裏を過った。

 何故、憎まれるだけなのに必死で頑張るのか、と。

 その時フィールは、意味とかそんなもの関係無しにただ助けたかっただけだと答えた。

 が………ジレンマに陥ったフィールは、本当はスリザリン生の自分がグリフィンドール生を助ける義理はあったのかと、ふとした拍子にそんな疑問を持ってしまった。

 

「………―――ッ」

 

 疑問を抱いた後に、フィールは絶句する。

 自分が抱いた思いに、ショックを受けた。

 思わず、その場で身体が固まる。

 

「フィー? どしたの?」

 

 フィールの様子がおかしいのを察したクシェルは顔色を覗き込もうとしたが、

 

「………なんでもない」

 

 と、衝撃を胸の奥底に抑え込むのも兼ねて、ローブを翻して歩き出した。

 まだ何か言いたげな表情ではあったが、場所が場所なだけにクシェルは此処とは別の所で話をしようと、歩き始めた彼女の隣に並んだ。

 横目でそっと、クシェルはフィールを見た。

 だて眼鏡と長めの前髪で素顔の半分が隠されているので、気付くか気付かないかの微妙なラインではあるが、彼女の顔が苦し気に歪んでいるのをクシェルは読み取る。

 クシェルは声を掛けようとしたが、寸前で喉の奥に引っ込めた。

 きっとフィールは答えないだろうし、無理に訊こうとすると余計心を閉ざしてしまう可能性があると思ったからだ。

 いつもなら冷たくあしらわれても気にせず明快に話し掛けるクシェルでも、この時ばかりは流石に控えるべきだと自重する。

 そうして、互いに無言のまま歩き―――行く当ても無く無駄に長い廊下を歩き続けていたら、前方の廊下が何やら騒がしいのを二人は遠くから捉えた。

 

「? なんだ?」

 

 二人は眼を凝らす。

 マルフォイと取り巻き二人が、意地の悪い笑みを浮かべながらネビルをいびっていた。ネビルは今にも泣きそうになっている顔を下に伏せ、下唇をギュッと噛んでいる。

 大方、ハリー・ポッター(とロン・ウィーズリー)を退学にさせられなかった腹いせとして、気が弱くて言い返せないネビルを標的にしたのだろう。

 フィールは止めに行こうと一歩踏み出した。

 だが―――

 

嫌われ者(スリザリン生)の自分がグリフィンドール生を助ける義理はあるのか?』

 

 頭の中で、そう問い掛ける自分の声が響く。

 ピタリとフィールは足が止まった。

 動かしたい意思とは裏腹に身体が動かない。

 

『助けたところで誰がそれを感謝する? 誰がそれを認めてくれる? 別の寮に所属する生徒を助けたって、自分で自分の首を絞めるだけだ。そうだろ?』

 

(それは………そうだけど………)

 

 今、此処で虐めているのを止めなかったら。

 自分は見て見ぬフリをしたことになる。

 そんなのは………何も、変わらない。

 人を虐めて悦に浸るアイツらと同類だ。

 直接的でなくとも、イジメそのものだ。

 

「―――おい、マルフォイ。止めろよ」

 

 だから、フィールはネビルとマルフォイ達の間に割り込んだ。

 俯いていたネビルはハッと顔を上げ、驚きと喜びが入り交じった表情で、フィールの背中を見つめる。

 反対に、マルフォイは顔をしかめた。

 

「また君か。全く………本当に、何故君みたいな人間がスリザリンに入ったのかを疑うよ」

「その話はもういいだろ。イジメの現場を見て黙ってろって言う方が無理な話だ。イジメなんて無意味な行為は、もう止めろ」

 

 強い眼差しと口調で圧を掛けるフィール。

 マルフォイはその気迫に気圧され………忌々しそうな表情で舌打ちすると、何事も無かったかのような顔を取り繕って取り巻きを連れて立ち去った。

 直後、フィールは全身の緊張を解く。

 

「………大丈夫か?」

 

 振り向くのと同時にネビルに尋ねると、まさかそう問われるとは思ってもいなかった彼は、アタフタと挙動不審になった。

 

「あ、えと………」

 

 か細い声で言葉を紡ごうとした、その時。

 

「ネビル、どうしたんだ!?」

 

 フィールが来た方向から、大声が響く。

 そちらを見てみると、ハリーとロンが焦った様子で駆け寄ってきた。

 

「なんで泣きそうな顔なんだ? ………まさか、コイツに何か言われたのか?」

 

 コイツ、と目線で問い掛けるロンは、フィールに敵意を剥き出しにする。ロンが自分を悪者と誤認識したのをいち早く察したフィールは、困った面持ちになった。

 

「待ってくれ、私は―――」

「君の言い分なんて、これっぽっちも聞きたくない。早くネビルから離れろ!」

「だから、違うって―――」

「煩い! 正義の味方ぶったスリザリン生め、もう二度と僕らに関わろうとするな!」

 

 有無を言わぬ物腰で言い放ったロン。

 フィールは呆気に取られ………スリザリン嫌いのコイツには何を言っても無駄だと、またいつまでも粘れば余計反発するだろうと、静かに背を向けて歩き去った。

 

「あ………、待って………!」

 

 ネビルは掠れた声でフィールを呼び止める。

 が、その小さい声は、曲がり角を早足で曲がったフィールの耳には届かなかった。

 

『だから言っただろ? 他寮の生徒を助けたって自分で自分の首を絞めるだけだ、と。私はスリザリン生だ。あんなのはそのまま放っとけばよかったんだよ』

 

 他人の眼が無くなった途端―――また、自分自身の声が脳内で反響した。

 フィールはハッとし、立ち止まる。

 

(放っとけばよかったって………)

 

 否定しようとするが、尚も頭の声は続く。

 

『だってそうだろ? 虐められているのを目撃して阻止したところで、その矛先が今度は自分に移り変わるのがオチだ。それに………別の寮生からは遠巻きにされるのがスリザリン生だ。ほったらかしにしたって、咎められることは無い。むしろ助けたら、さっきみたいになる』

 

 さっきみたい。

 その言葉に、フィールは心を苛まれる。

 

『これに懲りたら、もう人助けなんてムダな行為は止めることだ。ジェマも言ってただろ? どんなに正しい行いをしたって、誰も認めてくれないし、結局は憎まれる。………高い自己防衛能力を備えているのがスリザリンの特色だ。ならば自分のことを第一にしたって、何も問題は無い。他人なんて無視しろ。自分は誰かの救世主になんかなれない。ただただ、他人の栄光の踏み台にされるだけだ』

 

(そんな………そんなの、は………………)

 

 フィールは立ち竦む。

 ダメだ………もう、何が正しくて何が間違っているのか、わからなくなってきた。

 脳裏で、色んな人達の言葉が行き交う。

 ありとあらゆる言葉が脳内を侵食していき、それに耐えられなくなって、フィールは冷や汗が伝ったこめかみを押さえた。

 身体がふらつき、硬い壁に激突する。

 ズルズルと、その場にしゃがみこんだ。

 吐き気に襲われ、今度は口元を押さえる。

 

「うっ………ぁ………」

 

 気分の悪さに眩暈がする。

 グラグラと視界が歪み………全身の力が急速に抜けて倒れそうになった、次の瞬間。

 

「フィー………!?」

 

 フィールの後を追って来たクシェルが、慌てて側に駆け寄り、廊下に頭を打ち付ける寸前で抱き留めてくれた。

 

「ちょっ、どうしたの、大丈夫!?」

「ク………、シェル………」

 

 苦し気な息を吐きつつ、上を見上げる。

 キラキラと輝く翠の瞳を、霧が掛かったみたいな視野の中でハッキリと捉えた。

 

「………ごめん………ちょっと、眩暈した」

「ちょっと、じゃないでしょ! そんな状態になるくらいなのに、ふざけたこと言わないでよ!」

 

 しかし、焦りの色を滲ませるクシェルに、深呼吸して幾分か気分が楽になったフィールは何て事無さげに言う。

 

「別にアンタが私を心配する必要は無いだろ。言っただろ、ちょっと眩暈しただけだって」

 

 フィールはフラフラと立ち上がる。

 倦怠感に見舞われる身体に鞭を入れ………クシェルの非難めいた声をどこか遠くのように聞きながら、フィールは重い足取りを進めた。

 自分の身に起きた異変に不安を募らせながら。




【マーカス・フリント】
同僚に対しては家族同然に大切にする好青年。
映画や原作ではクィディッチでのキャプテンでありながらラフプレーをするので嫌なヤツの印象が強いですが、この作品では割りと良いヤツです。

【フィールの感情表現の仕方】
マーカス曰く、顔ではなく行動に表れるタイプ。
フィールのことを喜怒哀楽がハッキリしてると言ったのは何気にマーカスが初じゃないか?

【ホグワーツは週休2日制】
月曜~金曜(金曜は半日)が平日。
土日(と祝日)が休日。

とWikipediaにあった。

【ネビル】
毎度の如くフォイフォイにいびられる。

【『~』のフィール】
ジレンマに陥ってしまい、一方の考え方を持つフィールの声が脳内で反響。ダークな心の顕れでもある。

【勘違いするロン】
一度誤認識するとそのまま押し通そうとするのは人間特有の心理。

【体調不良となったフィール】
精神的ダメージがでかすぎて身体に影響が及ぼされた。
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