【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
「ハーマイオニー!? どうしたんだ!?」
アーチがある『死の間』。
そこに、騎士団・DA・SSメンバー全員が飛び込んできた。
ベラトリックスの高笑いする嗤い声とハーマイオニーの悲鳴が聞こえてきたので、それらが同じ方向で発信されたことから、正確に場所を割り出せた。
そして到着するなり、全員がその場で固まった。
まず眼に飛び込んできたのは、思わず顔を背けて眼を瞑りたくなるほどの紅の風景。
茫然自失とする子供三人を庇い護るように身を挺したらしい黒髪の女性は、全身が血まみれの栗色の髪をした少女の肩にもたれ掛かっている。
たった今、人が殺される瞬間を眼に焼き付けられた少年少女は返り血を浴びた顔を、熱く透明な雫でぐちゃぐちゃにさせていた。
「え……、エミリー………」
ライアンは妹と同じ金色の―――虚な瞳で、事切れた彼女の名を呟く。
「なあ、嘘、だろ………? 死んでなんか、いないよな………?」
本当は、わかっている。
エミリーは死んだ。
年の離れた友達を護るために。
でも、信じられない。信じたくない。
ライアンは、精神が錯乱する感覚を覚えた。
「………………嘘だ………」
両手で頭を抱え、認めたくない現実を喚く。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、全部嘘だあぁあああああああああああああッ!!」
涙を流しながら叫ぶライアンの叫声に、応えられる者は誰もいなかった。
♦️
「…………………………………………」
叔父の絶叫を、その姪はどこか遠くのように聞いていた。
彼の喚声はまるで、喉の奥から絞り出すような悲痛な咆哮で……頭の中で反響する。
むせ返りそうになる血の匂いの中、突然、フィールの脳裏に記憶が甦った。
眼前の、おびただしい量の真っ赤な液体が周囲の場景を紅に染め上げる凄絶な光景。
殺したくて殺したくて堪らない、闇よりも濃く胸いっぱいに広がる殺意という感情。
これと似たような惨劇と情動を、自分はかつて何処かで体験したことはなかったか?
「………ッ!!」
直後、心臓が破裂したと錯覚する程の激痛が走った。
堪らず背後にあった固い壁に背を預け、喀血と共に激しく咳き込む。
口元を押さえる手が血に濡れ、眩暈がした。
力無く座り込み、弱々しく首を項垂れる。
「え? ちょっ、フィー、大丈夫!?」
目の前に居るはずのクシェルの声が、徐々に遠退いていく。
意識を失う前、薄目を開けたフィールは見た。
自分の叔母が友人達を護った紅い景色。
誰かのために自分の命を投げ出す行為。
それを蒼い瞳に映したフィールは―――封じられていた過去の記憶の扉が開かれたのを、身を以て感じる。
ようやく思い出した8年前の『あの日』の出来事に胸を抉られ、精神が切り刻まれる。
闇の底に意識が沈んでいくのを必死にもがきながら、ある人物に謝っても謝りきれない気持ちに飲み込まれる。
―――ああ、そうだ………そうだった。
―――私が…………あの人を…………。
―――
♦️
今から10年前の、1985年。
ジャックとクラミーの娘・フィールは、二人が悲惨な末路を辿った一部始終を見た故に幼い心に深く刻まれ、ショックのあまり自分の殻に閉じ籠ってしまった。
本格的に激変したのは、父の葬儀終了後。
ジャックの弟・アレックが、フィールに酷い発言を吐いた瞬間からだった。
「お前が死ねばよかったんだ…………!!」
頭の中でリフレインする自分を責めるアレックの言葉に、フィールは心が軋み歪んでいく錯覚に陥った。
そんな彼女に、叔父は気が済むまで暴行を加えようと近付いてくる。
フィールは、動けなかった。
身体が硬直し、動かし方を忘れてしまった。
そうして、アレックが蹴り飛ばそうとした、その時―――。
「貴方! そんなことしようとしないで!」
女性の焦った声が耳を打ち、割り込んできた。
長い灰色の髪が特徴的な、一人の女性。
シュテラ・クールライト。
アレックの妻で、フィールの叔母だ。
シュテラはアレックに抱きつき、彼のそれ以上の行動を制する。
「退け、シュテラ! 俺はそいつをぶっ飛ばさないと気が済まない!」
「フィールを傷付けたところで、お義兄さんが帰ってくる訳じゃないでしょう!? そんなことをしたら、お義兄さんが悲しむだけよ!」
シュテラの必死の言葉に………アレックはギリギリと歯軋りしながら、フィールを睨む。
怯えた眼差しの色でこちらを見上げる、蒼色の両眼を捉えてまた癪に障り………不満な気持ちを抑え込むように舌打ちすると、アレックは墓場を走り去っていく。
「フィール、大丈夫?」
夫の姿が見えなくなると、シュテラは起き上がれない様子のフィールと目線を合わせて、そっと声を掛ける。
アレックの鋭くギラつかせた瞳とは違う、優しくて穏やかな群青色の瞳。
しかし、大人に対して少なからずの恐怖を植え付けられたフィールは何も答えず、慌てて起き上がると無言のまま逃げるように走り出した。
「待ちなさい、フィール!」
待てと言われて待てるはずがなかった。
これ以上、心が傷付けば、もう二度と立ち直れなくなってしまう………。
おぼつかない足取りを無理矢理動かし、とにかく背を向けて走り続けた。
それなのに、次の瞬間には、フィールは後ろから抱きすくめられるかのように捕まっていた。
「待ちなさい。………あの人が言ったことなんて気にしなくていいのよ。あの人は、怒りで我を忘れてあんなことを言ってしまっただけだから」
「その言葉は、嘘じゃない! 私が死ねばよかったって、心底思って私に言った!」
金切り声に近い声で、フィールは言う。
今のフィールにとって、慰めの言葉などその場しのぎの嘘の優しさにしか感じられなかった。
「もう私なんかに構うな! 優しくするな! 私のことなんか、なんとも思ってないクセに、そんな素振りをされるなんてゴメンだ!」
その日、初めて流した涙で顔を歪ませ。
乱暴にシュテラの腕を振り払うと、行く当てもなくフィールは何処かへ疾走した。
クールライト家と確執が生じてから、フィールはアレックとシュテラと会うのを避けていた。
顔も見たくないし、声も聞きたくない。
それはあちらだってそうだろうと思ったし、何よりもフィール自身が会いたくなかった。
♦️
悲劇が起きてから、1年が経過した。
慚愧の念に駆られ、独りで無茶ぶりをするようになったフィールは、双子の姉・ラシェルと違って交友関係を築くのを激しく毛嫌いした。
ラシェルは妹を常に気に掛けた。
でもフィールは姉を突き放した。
そこで、フィールの興味を惹いてみようと、ラシェルはホグワーツから入学許可証が来るまでの期間中はマグルの学校に通学し、その日にどんなことがあったのかを話してみた。
しかし、他人とのコミュニケーションを嫌悪していたフィールはその話を中断させて、ただひたすら魔法使いとしての腕を磨くべく、鍛練にほとんどの時間を割いた。
けれど―――。
「フィール、最近笑うようになったね。何かいいことあったの?」
ソファーに座って魔法書を速読する妹へ、だんだん前みたいな笑みを浮かべるようになったと、ラシェルは言った。
フィールはプイッと顔を逸らす。
「………別に」
「素直じゃないねえ、フィールは。………クシェルって女の子と遊んでるんでしょ? 今度は逆にフィールの話を聞きたいな。教えてよ」
「話すことなんて、ないけど?」
「いいじゃん別に。ほら、言って言って」
「……………仕方ないな」
パタンと本を閉じ、フィールは隣に座った双子の姉にここ最近クシェルという同い年の子と聖マンゴで遊んでいる時の出来事を話し始めた。
ラシェルはニコニコしながら聞いている。
なんだか、自分とは正反対にちゃんと話を聞くので、フィールは今まで姉の話を遮ってきたことが申し訳なく感じてきた。
粗方話し終わると、フィールは俯く。
「? フィール、どしたの?」
「…………………お姉ちゃん」
言いにくそうな表情で視線を合わせては外したりする妹に首を傾げるラシェル。
フィールはバツの悪そうな顔を維持した状態でラシェルの紫瞳を見据えると、
「………その、ごめん。今まで、お姉ちゃんが話してる最中で中断させたりして………」
ラシェルはフィールからの謝罪の言葉に軽く眼を見張ったが、少しして、微笑みかけた。
「ううん、気にしないで。またフィールの話、聞かせて?」
「うん………これからは、私も最後まで聞く。だから、今度また話して」
「わかったよ」
ラシェルは頷くと、フィールに抱きついた。
フィールは突然ハグされて対応出来ず、勢いそのままにラシェルから全体重を掛けられ、ソファーに押し倒される。
「ちょっ、お姉ちゃん………?」
「少し、こうさせて」
ラシェルはフィールの髪に顔を埋める。
甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、胸の奥に漠然とした懐かしさを呼び起こす。
それから、スリスリと頬擦りを始めた。
「い、いきなり何するの………!」
「ん~、相変わらず柔らかくて気持ちいい」
すっかり上機嫌な様子で、ラシェルはフィールの柔らかい頬に自分のそれを擦り付け、スキンシップで愛情表現をわかりやすく示す。
「は、早く離れて………!」
「え~、ヤ~だ。今日は離さない。この1年間、フィールはずーっと独りで、私達とは一緒に居なかったんだから」
そう言うと、ラシェルは頬から顔を離し、髪と瞳の色以外は瓜二つの妹を上から見下ろす形で、亡き父親と同じ蒼色の両眼を見据える。
「私達、淋しかったんだよ? 家族と一緒に居るのが大好きだったフィールが、急に私達のことを突き放して………いつも近くに居たのに、遠くの存在のように思った」
そう訴え掛けるラシェルから逃げるように、フィールは顔を逸らす。
そんなフィールを見て、ラシェルは意を決したように綺麗な顔を歪ませた。
「辛くて苦しいなら、私のことも頼ってよ。私達は血の繋がった双子なんだよ? フィールが辛いって思ったら私だって辛いし、苦しいって思ったら私だって苦しい。………フィールがこれ以上独りで我慢するって言うなら、私だって同じように我慢するよ」
「………ッ」
聞き捨てならない台詞に、重苦しい気持ちを面持ちに表したまま、フィールは姉と真っ正面から向き合う。
こちらを覗く、神秘的な光を宿した、紫瞳。
それは………紛れもなく母と同じであった。
「私、前にも言ったでしょ? フィールが助けを求めているなら、私はどんなことをしてでも助けるって。そう、約束………」
「わかった、わかったから………もういいよ、お姉ちゃん」
フィールは両手を伸ばし、姉の頬を包む。
ぬくもりが手のひらを通じて伝わって来た。
「………フィール?」
「………約束するよ。もしも………お姉ちゃんが助けを求めていたら、私もどんなことをしてでも助けるって」
揺るぎの無い決意を秘めた瞳で約束を交わす。
「うん………約束だよ」
ラシェルはコクリと頷き―――そっと唇を寄せて、一瞬だけフィールの頬に押し当てた。
♦️
互いの間にあった、見えない巨大な壁。
それが取り払われてから、フィールは少しずつ笑顔を浮かべるようになった。
父親と母親が生きてた頃に見せていた、一人の女の子としての穏やかな微笑みを。
その影響は性格にも現れ、以前と比べて口調が柔らかくなることが多くなり、魔法の練習も過度なレベルで行わなくなった。
常に絶えなかった生傷が少なくなっていき、本来の整った顔立ちや容姿を見られるようになってから、それまで気味悪がっていた癒者達の間で陰ながら人気が高まっていくほどであった。
………もしも。
もしもこのまま成長していたら、今から約10年後の人物とは、また違う人柄であったのかもしれない。
ちゃんと、自分自身は誰かに愛されていると。
『フィール・ベルンカステル』として、一人の人間として、愛情を注いでくれていると。
そう………思ってくれたかもしれないのに。
世界というものは………天運というものは、あるいは宿命というものは、非情なもので。
過去に傷付き過ぎた彼女の心に、再び亀裂を生じるような未来が待ち構えているなんて、果たして誰がそんなことを想像しただろうか?
一度は壊れ掛けた、少女の幼い心。
完全なまでに心を壊すのに、生半可な情けなどこの残酷な世界には一切不要だ。
どこまでも不条理に、そして無慈悲に。
今度こそ、絶望と無情の底へ引き摺り込む。
だから、再び冷酷非道な腕を振り下ろす。
悲劇は突然、前触れもなく始まった。
ならば―――運命と言う大きな力の前に成す術なく立ち竦むしかない彼女に兆しを見せる必要なんて、これっぽっちも無いのだ。
♦️
それは、今から8年前の1987年。
ジャックとクラミーがそれぞれ死亡、廃人となってから2年が経過した年月に、災厄はまた舞い降りる。
その日の夜、フィールはクリミアと共にベルンカステル城でラシェルの帰りを待っていた。
ラシェルは現在通っているマグルの学校のクラスメイトの誕生日会に誘われ、今日は夕刻から居なくなった。
暗くなる前には帰ってくる、と言ってたはずなのに帰宅する気配がないので、フィールとクリミアはだんだんと不審がるようになった。
「クリミア。いくらなんでも遅くないか?」
「ええ………そうね」
現時刻を見てみると、8時を上回っていた。
ラシェルが言ってた帰宅時刻は7時30分。
かれこれ30分以上の時間が過ぎている。
………まさか、ラシェルの身に何かが起きたのではないだろうか?
「あ、雨………」
フィールが窓を見ながらそう呟いたので、その視線の先を辿ってみれば、ポツポツと音を立てながら雨の雫が窓に張り付いていた。
やがて雨音が大きくなり、窓を打ち付ける強風の音も聞こえてきて、瞬く間に嵐となった。
「………………」
「………………」
不意に訪れる、奇妙な静寂。
言葉を交わさずとも、二人は同感だった。
やはり、何かがおかしい。
こんな天候になっても尚、ラシェルが帰って来ないなんて………。
「………ッ!」
その直後、フィールは心臓が高鳴った。
ドクドクと、早鐘を打つように早まる鼓動。
胸の奥で鳴り止まない、不吉な予感を報せる警報にフィールは荒々しく立ち上がった。
「フィール? どうしたの?」
「クリミア、私、お姉ちゃんを探してくる!」
「え?」
「お姉ちゃんの身に何かが起きた………それを報せる胸騒ぎがする!」
早口で言い切ったフィールはリビングを飛び出して『姿くらまし』をする。クリミアはしばし唖然としたが、2年前と似たような出来事に「まさか………」と思いつつ、ライアン達にも伝えておこうと大鷲の守護霊を呼び出して伝言を託すと、フィールの後を追い掛けて『姿くらまし』した。
♦️
嵐の中をフィールは休まず走り続けた。
その後をクリミアは必死に追い掛けた。
疾走する度に、絶えず打ち鳴らす警鐘が徐々に大きくなる。
―――どうか、無事でいて。
そう天に強く祈っても………天は願いを聞き入れてくれるどころか、裏切るものだった。
二人がある場所に着いた時には。
黒い物体が何かに食らい付いていて。
その光景を見たフィールが『守護霊の呪文』を唱えて遥か彼方まで追い払った時には。
もう、全てが遅かった。
♦️
「………………フィー、ル…………」
「………………………………………」
降り注ぐ冷たい雨が、視界を歪める。
人気の無い、マグルの世界の一角で。
数人の子供達が、虚ろな瞳をして力無く座り込んでいた。
その子供達は全員、フィールとクリミアが写真で見たことがある顔触ればかりであった。
そんな中、二人の視線は一箇所に集中してる。
先程まで………吸魂鬼が貪っていた場所で。
吸魂鬼が居なくなったことで顕現とする、現実を受け入れたくない光景が広がっていた。
クリミアの絶望に染まった声を無視して、おぼつかない足取りでフィールは突き進んだ。
彼女の目の前には、魂を喰われて廃人となった銀髪の女の子。
母親と同じ神秘的な光を宿していた紫色の瞳に生気の色は見えない。
ただただ、光を失った眼でこちらを見ていた。
「………お………ねえ………ちゃん………」
震える手は、何に触れようとしているのか。
また、あの………冷たくなった誰かの肌に触れようとするのか。
頭も心も魂も、全てがごちゃごちゃになり、自分のことすらわからなくなる。
……………そして。
フィールは細い両腕でラシェルを………母と同じ末路を辿った双子の姉を抱き締めた。
体温が、一切感じられない。
代わりに、恐ろしいくらいの冷たさが身体の芯まで染み込んだ。
フィールは視線を姉の手元に落とす。
凍えた皮膚の感触がする右手には、一本の杖が握られていた。
恐らくは、突如として襲来してきた吸魂鬼から友を護るべく孤軍奮闘したのだろう。
しかし………まだまだ幼い子供である彼女では忌々しい性質を持ち合わせている闇の生物に太刀打ち出来ず、敗北の証として、そして極上のエサとして、魂を吸われたに違いない。
「ラシェ……、ル………?」
と、そこへ。
クリミアからの伝言を通じて二人の魔力を感知して此処にやって来たライアンとエミリーが、信じられない面持ちでその場に固まった。
「一体………どういうことなの………?」
眼前には、ラシェルの他にも廃人となった少年少女が存在するのだから、今此処に来たばかりのエミリーが混乱するのも無理はない。
いや………仮に早く来ていても、混乱したに違いない。
何故ならば、フィールとクリミアが到着した時には既にこのような有り様だったのだから。
「こ………、これはベルンカステル家の者達ではないか! 此処で一体何をして………?」
声がした方向を見てみると、そこには何故か英国魔法省に勤務しているコーネリウス・ファッジとドローレス・アンブリッジが立っていた。
「アンタ達こそ、何故此処に来た………?」
質問には答えず、ライアンは質問し返す。
ファッジは口を噤んだが、やがて意を決したように静かに口を開いた。
「私は、部下のアンブリッジから吸魂鬼が何処かへ行方を眩ましたと報告を受けたのだ。なので彼女の後についてきたのだが………このような事態になるとは、非常に残念な思いだよ」
「あら? そうかしら。私はとっても喜ばしい事態だと思うわよ」
アンブリッジの聞き捨てならない台詞に、フィール達は一斉に眼を剥いた。
ガマガエルみたいな顔に浮かべている邪悪な笑みを見ていると、何処と無くこれが単なる事故ではなく故意に行われたものだと予感させる。
「魔法族の血が一滴も流れていない穢らわしいマグルの愚民が数人も排除された上に、そんな人達と関わる血を裏切る者の魔法界からの追放。コーネリウス、貴方にとっても、これは喜ばしいことだと思わないかしら?」
「それは………うん、確かにその通りかと」
「でしょう? それに………私からすると、ベルンカステル家の人間は皆邪魔者なのよ。『例のあの人』とやらから魔法界を救った英雄として崇められているエルシー・ベルンカステルの血縁者らしいけれど………ハッキリ言うと、エルシー・ベルンカステルの行為は無駄としか言い様がないと思えるわ。だって、助けた人間の中にはマグルや混血も混じってるもの。そんな人間なんて、放っといてさっさと殺されればよかったのよ」
アンブリッジはベルンカステル家出身の者達がすぐ目前に居るのにも関わらず、ネチネチと本音をぶちまける。
ライアンとエミリーは最期までヴォルデモートに立ち向かって幾人ものの人々を救ってきた救世主の母親を貶されて、青筋を立てる。
今すぐにでも原形を留められないほどこの女を殴って殴って殴り飛ばしたい衝動に駆られ、ライアンとエミリーは歯軋りした。
次の瞬間。
アンブリッジの口から、衝撃的な発言が飛び出してきた。
「だから、私は2年前、嬉々として引き受けた依頼があったわ。―――ルシウス・マルフォイからの、吸魂鬼派遣依頼をね」
世界の時間が止まった気がした。
今、アンブリッジが言った発言の意味を上手く飲み込めなかった。
2年前の………吸魂鬼派遣依頼?
依頼主はルシウス・マルフォイ?
………まさか―――
「そう………2年前、邪魔者のクラミー・ベルンカステルを廃人にして欲しいというルシウスの希望を、私が叶えてあげたのよ。結果、クラミー・ベルンカステルが廃人となって魔法省から消えた暁には、凄く喜んでいたわ。無論、彼だけじゃない。私にとってもそれは、大きなメリットだったわ」
人ならざる狂笑でゲラゲラと嗤い声を上げるアンブリッジは、わからないのだろうか?
クラミー・ベルンカステルの血縁者が一昨年の悲劇の起点を聞いて、どんな気持ちなのかを。
そして………何故、被害者となった母親の娘の前でどの面下げて話し掛けられるのかが。
「………………………ふざけるな…………」
ゾクリと背筋が凍る、低音過ぎる声音。
思わず激しい怒りを忘れてビクッとしたライアン達は、恐る恐る振り返る。
いつの間にか、フィールが杖を握り締めて立っていた。
彼女の中で、抑えきれない感情が溢れる。
母を奪った元凶を知った怒りや吸魂鬼を派遣した張本人が自分の視界に入っている怒りがごちゃごちゃになり………遂に、自制心と言う名のブレーキがぶっ壊れたフィールは、溢れ出す感情の赴くままに喉を震わせて咆哮を上げた。
「ふざけんなよ、この屑共があああぁああぁああぁぁぁぁぁああああああッ!!」
血の涙を流しながら叫んだ瞬間。
魔法を自分の意志で制御出来なくなったフィールの身体から、光輝く魔力の筋が放出した。
♦️
初めて見るゲリラ豪雨の風景を、ベイカー家にある自室の窓から覗くクシェルは翠の眼を大きく見張った。
「こんな酷い雨、初めて見た………」
ザアザアと窓を打ち付ける雨音と吹き荒れる風音が非常に鬱陶しい。
クシェルは観察するのを止め、ベッドに身を投げ出してゴロンと横になる。
そうして、何をする訳でもなく天井を見るとはなしに眺めていたら………身体が宙に跳ね上がるほどの大地震が突如発生した。
「うわあっ!?」
同時、何処かで落雷するような音も響き渡る。
ボスッ、とベッドに身体が沈んだクシェルは何事かとベッドから飛び上がった。
「な、何が起きたの!?」
クシェルはビックリしてフリーズする。
そこへ、父のイーサンと母のライリーが血相変えて部屋に飛び込んできた。
「クシェル、大丈夫か!?」
「怪我とかしてない!?」
「う、うん………大丈夫」
とりあえずは、両親が来てくれたことでクシェルは落ち着きを取り戻す。
ライリーは無傷のクシェルを見て即座に胸を撫で下ろすと、ギュッと抱き締めた。
イーサンも安堵の息を吐きつつ、窓の外へ眼を向ける。
「一体何が起きたんだ? ………此処から距離はそう遠くない。俺はちょっと様子を見てくる。ライリー、クシェルを頼んだぞ」
「ええ………気を付けなさいよ」
イーサンは頷くと、『姿くらまし』をして先程捉えた光の筋が迸った方角へと、豪雨の中を駆け抜けた。
そして………―――。
イーサンが辿り着いた先で見たものは。
親友の忘れ形見の娘が放った閃光が、ある女性の胸を刺し貫いた光景だった。
♦️
フィール・ベルンカステルは壊れた。
最悪の母を失う原因となった事を知って。
血の涙を流して、彼女は杖を振るい続けた。
幾多にも渡る魔法で吸魂鬼を派遣したアンブリッジとそんな彼女と同意見を持つファッジを蹂躙し、命乞いする二人を散々に痛め付けた。
殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロス!
コイツらを! 殺す! 母を奪ったヤツを! 知っても尚ヘラヘラ笑うヤツを! そしてコイツらを片付けたらルシウス・マルフォイを殺しに行く! 全ての元凶を! この手でッ!!
「誰が許すものかァ! 殺してやる! 何もかも全部ぶっ壊してやるッ!!」
鬼気迫るフィールの叫び声に、クリミアやライアンは呆然とその場に留まるしか術がない。
殺意を剥き出しにした犬歯。
燐炎のように燃える蒼い瞳。
それらが今のフィールの変貌ぶりを物語るには十分な要素であった。
小さな身体から放たれる魔力の全てが敵を討伐する刃へと変換される。
フィールは杖を大きく振り上げ、詠唱した。
「
ありとあらゆるモノを破滅へと導くフィールが編み出したアレンジ魔法『アグレッシブ守護霊』の銀色の狼が二人に襲い掛かり、過剰攻撃を繰り広げる。
しかし、それを発動するのと同時、フィールの身体がおかしくなった。
「………ッ!!」
堪らず、口元を押さえ、咳き込む。
咳き込む度に、吐き出される血が彼女の白い手と淡い唇を濡らした。
『アグレッシブ守護霊』は最強レベルの退魔魔法であるが、その代償は凄まじい。
術者の身体を内側から破壊し、死ぬ間際まで連れて行くほどの莫大な魔力と気力を消費する。
無論、幼い身体がそんなものを耐えられるはずがなく、フィールは攻撃の手を止めた。
その瞬間、何処からか女性の声がした。
「フィール! もう止めてちょうだい!」
現れたのは、シュテラ・クールライトだった。
意外な人物の登場に、フィールのみならずこの場に居た者全員が驚愕する。
シュテラは冷静に一瞬にして状況を把握するとフィールを見ながら必死に呼び掛けた。
「お願い! 私の話を聞いて!」
が、フィールは耳を傾けない。
傾ける気すらない。
血に濡れた口元を拭うと、どす黒い感情を宿した瞳を維持したまま、ショックで気を失っているアンブリッジを見据える。
「煩いッ! 邪魔をするなッ!!」
振り上げたフィールの杖先から、光が走る。
そして、勢いそのままに、殺戮対象のアンブリッジ目掛けて杖を振り下ろし、鋭い光の刃のような閃光を投擲した。
なのに―――。
「ダメ………!」
次の瞬間、信じられない光景が広がった。
どういう訳か、シュテラが身を挺してアンブリッジを庇ったのだ。
その証明として………シュテラの胸に、フィールが撃った光の筋が突き刺さっていた。
「ッ!!? シュテラ叔母さん!?」
それを見て、ようやくフィールは我に返る。
誰もが愕然とする中、彼女はこれ以上ないくらい両眼を大きく見張った。
「フィー……、ル………―――」
涙が一筋、白い頬を伝い―――。
閃光が消えて、シュテラは崩れ落ちた。
そう、シュテラ・クールライトは、死んだ。
姪のフィール・ベルンカステルに殺されて。
【ベルンカステル家の悲劇②】
はい、ということで今回のサブタイトルから見てもわかる通り、今回の過去編③はフィールが『殺人鬼』となった瞬間の回です。
多数の読者が既に予想してたと思われますが、フィールは叔父のアレックの妻・シュテラを殺害してしまいました。ですが、ライアン達が言ってる通り、これはなんと言うか事故ですね。フィールだって殺したくてシュテラを殺した訳ではないので。
ざっと説明すると『ラシェル(と友達数人)が廃人となった&シュテラ死亡』。
とりあえず、こんな感じに覚えればおkです。
【クラミーへの吸魂鬼派遣】
依頼主はルシウス・マルフォイ。
派遣した張本人はアンブリッジ。
ライアン達がやたらルシウスとかに警戒心持ってたのって実はこういう理由があったからです。
じゃあなんでフィールが知ってる様子なかったのかって言ったら………まあ、大体予測つきますね。
【アンブリッジ&ファッジ】
どちらもかなりの純血主義思想家。
マグルの人間と血を裏切る者が排除されて狂喜乱舞してもおかしくないだろう。
結果、オリ主にボコボコにされるので死亡フラグはめっちゃ立ってたんですけどね。
ま、どうせコイツらは後でログアウトの予定なので、これは死刑執行日が先送りにされたと思ってください(-)_(-)。