【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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#83.魂の境界線

 静寂に覆われた不思議な空間の中でフィールはうつ伏せで倒れていた。

 暖かくもなければ冷たくもない、ふわふわとした柔らかい空気に包まれている感覚。

 その心地よさにずっと身を委ねていたいが、いつまでもそうしている訳にはいかないと思い直した直後、ようやく、自分の意識があってこうして思考していることに気が付いた。

 

「………ん…………」

 

 瞼を開け、ゆっくりとフィールは起き上がる。

 朧気な蒼瞳で視界に入る世界を見渡すが、誰も居らず、此処がまず何処なのかも定かでない。

 警戒心を持ちつつ、立ち上がった。

 フィールは身体のあちこちを触る。

 ホグワーツの制服の黒いローブの下には、スリザリンのシンボルカラーである緑と銀のレジメンタルのネクタイを真っ白なワイシャツの襟元に巻いていて、カーディガンを着ている。

 ちゃんと自分の身体だ。

 間違いない。

 

(よかった………)

 

 安心し、深く息を吐き出す。

 が、それも束の間。

 険しい顔付きで、改めて辺りを見回す。

 何があってもいいよう、慎重に前へ進む。

 雲の上を歩いているみたいな体感だった。

 初めて来たはずなのに、不思議とこの空気感が身体に馴染む楽さがある。

 全てが白色のベールで覆い隠されている、そんな気分をフィールは味わっていた。

 

「此処は一体………」

 

 意識が闇に沈む前―――。

 闇堕ちして光の陣営と対立する立場となった瞬間、自分を抹殺する計画を立てていたムーディとの取引で『死の呪文』を確かに喰らった。

 と言うことは、自分は死んだことになる。

 しかし………なんとなく死んだ気がしない。

 これはどういう意味だ………?

 と、その時だ。

 立ち止まったフィールの疑問をまるで答えるかのように、背後からの声が、困惑する彼女の耳を打った。

 

「―――此処は『魂の境界線』よ、フィール」

 

 フィールは勢いよく振り返る。

 そこには、ついさっきまで誰も居なかったはずの場所でフードを目深に被る、黒いローブを羽織った誰かが立っていた。

 顔を隠しているので性別は判別しないが、先程の声から推測するなら女性だと思われる。

 ………と言うより、格好からして女だとすぐに察するのと同時、眼を大きく見開かせた。

 名前はわからないので、『彼女』と言おう。

 『彼女』が羽織る漆黒のローブの下に着込む服装には、見覚えがあるなんてレベルじゃない。

 

 黒いスカートにストッキング、カーディガン。

 緩く結ぶ、グリーンとシルバーのネクタイ。

 

 そう―――その格好は、今フィールが着衣しているスリザリン生の制服そのものであった。

 

「アンタは誰なんだ………?」

 

 杖を前に構えながら、フィールは問う。

 見知らぬ人間と唐突に対面したため、本能的に臨戦態勢に入った。

 敵対的姿勢を見せるフィールに『彼女』は不機嫌になる雰囲気は一切見せず、それどころか、素顔を隠すフードが隠しきれていない口元の端を、微かに上げた。

 

「ふふっ………そういう所、昔から変わらないわね。ま、フィールらしいって言えば、フィールらしいけど」

 

 ………何故だろう。

 初対面なのに、初対面じゃないと思うのは。

 『彼女』を見ていると懐かしく感じるのは。

 フィールは、迷宮の途中で方向を見失い、出口を求めて何度も同じ所を巡っているような、そんな感じに陥った。

 

「………何が目的で、私の前に現れたんだ?」

 

 尚も油断大敵を言い聞かせ、問い合わせる。

 『彼女』は考え込むように無言となり―――数秒後、あらかじめ仕込んでいたのか、ローブの袖から杖を取り出した。

 杖の顕現に、フィールはサッと身構える。

 

「目的、ね………本当だったら、わたしの方から貴女に会いに行く予定だったんだけど、まさかこんな事態になるなんて予想外だから、どう答えればいいか困るわね。―――だけど、ちょうどいい機会だわ」

 

 『彼女』は細長い杖をスッと前に構え、

 

「フィール。わたしと一戦交えてみましょうか」

 

 と、黒髪の少女に勝負を持ち掛けた。

 その証明として、杖先を突き付けてくる。

 フィールは売られた勝負を買うかどうか逡巡したが、受けて立つ、と小さく頷いた。

 二人は戦闘態勢で真っ正面から向き合う。

 ファイティングポーズを取るフィールは『彼女』から滲み出る威圧感を肌で感受し、見えない圧力に圧されている感じを受けた。

 

 冷や汗が止まらない。

 緊張感が走り抜ける。

 

 『彼女』との戦闘はこれが初であるはずだ。

 なのに、このプレッシャーは………。

 弱気になる精神を奮い立たせるよう頭を振ったフィールは光の速さでその場から弾け飛ぶように飛び出し、先制攻撃を仕掛けた。

 間合いを詰める短時間の間、数多の魔法をマシンピストル並みの速度で発射する。

 だがしかし、フリーハンドの左腕を前に突き出した『彼女』の左手の掌から現れた銀色の盾が、色とりどりの光線を全て弾き飛ばした。

 弾かれた魔力の塊は、白い煙霧の空間を切り裂いて四方八方に飛び散り、消滅する。

 

 杖を持ち要らずの魔法使用。

 この時点で『彼女』がそこいらに居るような魔法使い魔女とは桁違いの実力者だと決定付けるには十分な証拠であった。

 疾走するフィールはより一層気を引き締める。

 そして手を伸ばせば触れるほどまで『彼女』に近付いたフィールは零距離から攻撃を仕掛けた。

 遠隔戦で有利なのは銃撃のように杖を振るっての魔法乱射だが、何もそれだけが魔法使いの戦術という訳ではない。

 

 接近戦で有利なのは剣撃による白刃戦だ。

 これはマグル界における武器を用いた対人戦闘で言える。

 魔法使いが使うアイテムと聞いて真っ先に思い浮かべられるのは、杖や箒といった、ファンタジーの世界で多く見られる物だろう。

 なので『剣』が魔法使いの武器というイメージはあまり沸かないのだが、その実意外と『剣』は魔法使いの道具として活用されている。

 

 国際機密保持法の施行前、魔法族がマグルと自由に交流が出来た時代には、杖以外の物で身を護るための他に、決闘でマグルを相手に魔法の杖を使うのはフェアではないということから、杖と共に剣も所持する魔法使いが多数居た。

 ホグワーツ魔法魔術学校の創設者の一人、ゴドリック・グリフィンドールがその例として挙げられるだろう。

 ゴドリックは剣の達人でもあり、当時の小鬼の王に依頼し『グリフィンドールの剣』を製作して貰った。現在その剣は、もう一つの彼の遺品・組分け帽子の中に隠されている。

 

 フィールは自身のアカシアの杖を『変身術』を使って敵を斬撃する鋭き刃へと変身させた。

 『変身術』ほど便利な魔法は然う然うない。

 物理法則を無視する所が何よりの強みだろう。

 腕を上げれば上げるほど、熟練者になればなるほど、物や人をありとあらゆる姿形に変えることが出来る。

 無論、杖を変身させることだって造作無い。

 携帯可能なサイズの黒青の杖は瞬く間に銀色特有の光沢を放つ長剣へと変化を遂げ、フィールは斬り掛かる。

 が―――『彼女』は並外れたスピードでフィールと同じく杖を剣に変身させて、応戦した。

 

(なにッ………!?)

 

 常人には真似出来ない速度で変えて見せたその腕前と、まさかの『彼女』も剣で抗戦してきたことから、思わずフィールは硬直する。

 が、すぐさま『彼女』に攻め掛かった。

 ガキンッ! と金属同士がぶつかり合う硬質な音が辺りに響き渡る。

 ガラ空きの部分を狙うが、その前に防がれてしまう。動きに無駄が無く、次にどう来るかを予測出来ている様子であった。

 

(ことごとく受け流される。まるで手練れの剣士みたいだ………)

 

 『彼女』の片手剣が振り上げられる。

 フィールは片手剣の軌道に合わせ、身体を半時計回りに回転。

 攻撃を回避するのと共に、その回転を利用して回転斬りのように反撃する。

 『彼女』はサッと腰を落として片手剣を斜めに両手で構える。受け流すつもりのようだ。

 

 ガキンッ!

 再び響き渡る、鋭い金属音。

 フィールの剣が『彼女』の剣の上を滑る。

 ダンッと地面を両足で踏ん張り、『彼女』はフィールの攻撃を受け流した。

 

「ちっ………!」

 

 悔しげに舌打ちし、バク転して後退する。

 『彼女』も後ろに下がり、体勢を立て直した。

 どちらとも中距離を保ったまま、互いに視線を離さない。

 手出しはせず、タイミングを見計らう二人はジリジリと一進一退する。

 

「アンタは何者なんだ?」

 

 束の間の静けさの中、フィールは続ける。

 

「どうして、私の前に現れたんだ………?」

 

 すると、『彼女』は静かに口を開いた。

 

「わたしが何者かは貴女が決める。貴女が此処で朽ち果てれば、わたしは殺人鬼とも死神とも言える存在になるわ。でも―――」

 

 『彼女』はフードの下に隠された瞳を、スッと細める。

 

 

 

「もし生き残ったら―――殺人鬼や死神とは、また違う存在になるでしょう」

 

 

 

 その動き、まさに刹那の急接近。

 フィールが身構えた瞬間には、時既に遅し。

 超高速の『姿くらまし』&『姿現し』のコンボで目前まで迫った『彼女』は、鈍い光を放つ刀身をフィールの首筋狙って薙いだ。

 

 

♦️

 

 

 フィールに魔法で意識を奪われたクシェルは、夢を見ていた。

 それは………幼き日に出会った小さな少女と突然別れた、あの日のこと。

 

 聖マンゴに来たクシェルは、フィールを探しに5階フロアの廊下を歩いていた。

 大抵は5階の空き部屋で遊ぶからだ。

 なので、フィールが居るとすれば此処の階なのだが………ここ最近、聖マンゴに来てる気配が無いのだ。

 母親に訊いても有耶無耶にされているクシェルはとにかく心配で、なんとなく今日も来ないとは思いつつも聖マンゴの建物内をあちこち探索した。

 クシェルは今日も一人歩き回り―――。

 『ヤヌス・シッキー病棟』という隔離病棟の通路にて、最近見なかったフィールを見つけた。

 

「あ、フィール………」

 

 クシェルは笑みを浮かべ、駆け足で近付く。

 が、近付くにつれて、怪訝な表情へと変化していった。

 なんだか、暗い雰囲気を身に纏っていたのだ。

 顔も下に伏せていて、どんな表情なのか、こちらからは計り知れない。

 

「フィール? どしたの?」

 

 クシェルはフィールの顔色を覗き込もうとしたが………その細い腕の何処からそんな力が沸いてるのかと疑うほど、強い力でドンッと突き飛ばされた。

 

「ちょっ、フィール! 急にどうし―――」

 

 早足で脇を通り過ぎたフィール。

 クシェルは突き飛ばされた衝動で体勢を崩し、久し振りに会うというのに、いきなりこんなことをしてきた彼女に訳を訊こうとしたが―――。

 

 立ち止まったフィールの後ろ姿を見て、何故か口を開けなかった。

 威風堂々と見せ付ける、他者を決して寄せ付けない………『孤高の雰囲気』。

 その空気を肌で感じ、直に当てられたクシェルはその場に留まる。

 

 ―――今までとは、何かが違う。

 直感でそう思うクシェルは、動けない。

 動きたくても、動けない。

 しばらくは、二人共立ち止まったまま、無言であったが………唐突に、フィールが足を前へ進めた。

 それを契機に、ハッとクシェルは金縛りが解けたようにフィールを追い掛けようとしたが。

 

「―――ついてこないで」

 

 そう言ってフィールは顔を上げ、振り返った。

 振り返ったその綺麗な顔は、悲しみの色の涙でぐちゃぐちゃだった。

 え………と、クシェルは眼を見張る。

 初めて見る、フィールの泣いた顔。

 これまで、一緒に遊んだ時に薄々滲み出ている淋しさや苦しさから、泣きたくなるのを必死に堪えているのをクシェルは察していた。

 でも、一度も自分の前で泣き顔を晒したことはなかった。

 けれど―――今、彼女は泣いている。

 クシェルは恐る恐るといった感じに、そっと口を開いた。

 

「なんで………泣いてるの?」

 

 それしか、クシェルは言えなかった。

 何故、涙を流しているのか。

 でも、フィールは答えなかった。

 顔を正面に戻し、再び歩む。

 クシェルは、なんて声を掛ければいいのかがわからず立ち竦み………ただただ、フィールが遠くへ行くのを眺めることしか出来なかった。

 あれから、どのくらいの時間が経過したのだろうか。

 数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。

 ようやく足を動かして、自分の傍から離れていったフィールを追い掛けた時には。

 

 

 もう、彼女は何処にも居なかった。

 

 

♦️

 

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 首元をターゲットに迫る、銀の刃。

 フィールは咄嗟にフリーハンドの左手の掌から防壁を出し、身を護った。

 バリアとブレードが激突し、二人の間で凄まじい衝撃波が生まれる。

 反動で数m吹き飛ばされたフィールは転がりながらすぐに立ち上がり、『彼女』の状態を確認する。

 

 そしてフィールは蒼眼を丸くした。

 そこにはなんと、狼が居たのだ。

 額に魔法陣みたいな紋章が刻まれている、紫色の双眸を持つ黒色の狼。

 先程吹っ飛んだ『彼女』は動物もどき(アニメーガス)でブラックウルフに変身したのだ。

 威嚇するよう、唸り声を上げて睨み付ける。

 

「………獣には、獣で対抗するのが戦法か」

 

 長剣を元の姿の杖に戻し、ヒップホルスターに仕舞う。

 そして、フィールも動物もどきになった。

 耳に人間の姿の時と同じイヤーカフが付けられていて、『彼女』同様、額に魔法陣みたいな紋章が刻まれている蒼眼の黒狼だ。

 

 今度は動物もどきで対峙である。

 2匹のウルフはゆっくりと間を詰めていく。

 どちらも、大きな動きはまだない。

 睨みを利かせ、相手を威圧する。

 

 周囲に漂う無言の圧迫感を先に打ち破ったのは―――フィールの方だ。

 獣だからこそ出来る、人間よりも遥かに速い速度で一気に『彼女』に飛び掛かる。

 鋭い牙が露となり、噛み付いた。

 ―――ように見えたが、『彼女』も襲い掛かってきたことから、相打ちとなる。

 身体と身体でぶつかり合い、押し合う。

 力は『彼女』の方が上なのか、少しずつフィールは押されていく。

 

(このままじゃヤバい………!)

 

 そう判断したフィールは一度退却した。

 後退したフィールを『彼女』は追撃しようとするが、フィールは高い魔力を一瞬だけ身体から全面放出し、退かせる。

 

 今がチャンスだ。

 咆哮を上げたフィールは雷速のスピードで飛び出し、『彼女』に食らい付いた。

 

♦️

 

 誰もがその光景に顔を背けた。

 ムーディが撃った『死の呪文』に………緑色の閃光に命中したフィールが床に倒れるのを。

 バタンッ………と、倒れる音がした。

 そちらに視線を走らせれば、指先すら動かず静かに横たわるフィールの姿。

 それを見たハリー達は、慟哭する。

 いくらなんでも………こんなのは酷すぎる。

 フィールを………この数年間、共にホグワーツの平和を救ってきた仲間を殺したムーディに、許せない気持ちで胸がいっぱいになる。

 

「……………ムーディ…………」

 

 怒りと悲しみに顔を歪ませるハリーは、ムーディをギッと睨む。

 

「なんで………なんで………なんで、フィールを殺したんだぁッ!!」

 

 身を捧げる代わりに自分や家族を護ることを決断したのはフィール自身だ。

 それでもハリーは、平然と彼女を殺害する行為が出来たムーディに対して憎しみを抱かずにはいられない。

 感情の沸点が低く、無鉄砲で猪突猛進な性格のハリーは、相手が千軍万馬の古強者であるにも関わらず、ムーディに向かって無謀にも突進した。

 溢れんばかりに溢れた涙を宙に撒き散らし、杖を構えて『失神呪文』を放つ。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 薄暗がりの中、真紅の光線が明るく照らす。

 ムーディはいとも簡単に失神の効果を帯びた魔法を撃ち落とすと、ハリーに向かって見えない波動を放つ。

 ハリーは軽々と吹っ飛ばされ、地面に落ちた。

 

 その時だ。

 パリンッ………と、スラックスのポケットの中で何かが割れる音がしたのは。

 半身を起こしたハリーは、まさか、と思いつつポケットに手を突っ込み―――粉々に砕け散った予言の水晶が、ポケットから手を引いたハリーの手中に握られていた。

 

 それを見て、ハリーは虚しさに飲まれる。

 あれだけ、死に物狂いで予言を狙っていた死喰い人の集団から手に渡らぬよう奮闘したのに、その最後はなんとも呆気ないものであった。

 力無く垂れ下がった彼の手から、バラバラときらびやかな破片が床に落ちた。

 ハリーを怪我させないために威力の無い周波にしたのだが、ムーディはもう少し手加減すればよかったと後悔する。

 

 今度は別の意味で静寂が訪れ―――。

 不意に、ハリーが額を押さえながら呻き声を上げた。

 同時、何処からか閃光がハリー目掛けて迸る。

 それをダンブルドアが防ぎ、眼を細めた。

 

「やはり、此処に来たようじゃな」

 

 闇の中から現れたのは、背の高い痩せた男。

 蒼白の顔に蛇のように平らな鼻、血液を連想させる、縦に細く切れている真っ赤な瞳孔。

 『生き残った男の子』ことハリー・ポッターの宿敵で最強の闇の魔法使い―――ヴォルデモートだ。

 ゆっくりとした歩調で近付いてくるヴォルデモートは、気絶しているルシウスやベラトリックスを冷めた眼差しで一瞥する。

 

「俺様に忠実な僕である死喰い人達は、たかが英雄気取りのハリー・ポッターに俺様の思惑を挫くことを許した挙げ句、予言の球一つを手にすることが出来ないとは………最初からこやつ等に任せるべきではなかったな」

 

 失望した、と言わんばかりに肩を竦める。

 そんな彼に、ダンブルドアは語り掛けた。

 

「今夜此処に現れたのは愚かじゃったな、トム。直に闇祓い達がやって来よう」

「その前に俺様は居なくなる。貴様を殺してな。だが、その前に―――」

 

 ヴォルデモートは、ハリーの顔を見た。

 途端、蛇に睨まれた蛙のように凍り付く。

 

「ハリー………お前は長きに渡り、俺様を苛立たせてきた。何ヵ月もの準備、苦労………それらが全て水の泡だ。最早これ以上何もお前に言うことはない―――アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 物凄い速さで『死の呪文』が駆け抜ける。

 ハリーは足がその場に縫い付けられたように全く動かせず、目前に迫る緑の光を眺めた。

 ダンブルドアが杖を振るって魔法使い像を動かし、ハリーの前に躍り出た黄金のそれは、殺戮呪文の魔法を受けて木っ端微塵となる。

 

「ほう………流石はダンブルドアだ。ハリー・ポッターの前に、貴様を先に殺すのが最優先事項かもしれん。………ん?」

 

 今更気が付いたのか、ヴォルデモートはぐったりと横たわる黒髪の少女に目線を向けた。

 

「………そうか。フィール・ベルンカステルは死んだのだな。少しばかり、彼女を俺様の腹心に置かせることが出来なかったのは残念だが、まあ仕方あるまい」

 

 未練が少なからず残るが、割愛しよう。

 区切りをつけたヴォルデモートは、宿敵をこの手で抹殺するためにも、まずは邪魔者を排除するのが優先的だと判断し―――イチイの杖を振るってダンブルドアのニワトコの杖と一戦を交えた。

 

♦️

 

 獣同士のバトルから、人に戻っての対人戦闘に切り替わった1対1の激しいコンバット。

 『彼女』が射出した魔法に、フィールはもんどり打って倒れた。着ている制服はボロボロでフィール自身、息も上がっている。

 

(……あれからどのくらい時間が経ったんだ?)

 

 もう何日もこうして打ち合ってるような気がする。フィールは体力の限界であった。

 

「この戦いで確信したことがあるわ。フィール、これはとてもキツい言い方になるけどね。………今の貴女の実力では、誰かを最後まで護り切ることなんて、出来やしないわよ」

 

 激戦の疲労から意識が遠退いていくフィールに掛けられたのは、胸に突き刺さる言葉だった。

 

「貴女は確かに強いわ。少なくとも、そこいらに居る魔法使いに比べたらね。だけど………今の貴女がわたしに立ち向かっているのは、ただの痩せ我慢と空威張り。大きな武器を力一杯振り回し、虚偽で固めた威風を振る舞って強者のフリをする完全無欠気取りの弱者そのものよ」

 

 『彼女』の厳しい言葉が、フィールの胸をナイフのように刺し貫く。

 悔しげに端正な顔を歪めるフィールは、上半身を起こした。

 

「貴女はそれを自覚している。でも、自覚しているだけであって、本当の意味で強者になろうとしない。そんなんじゃ、貴女は人生の何処かで大きな力を前に成す術なく立ち竦むしか出来ない、弱者以下の存在に成り下がるわ」

 

 遠くからこちらを見つめるフィールを、『彼女』はフードの下から見返す。

 

「フィール。貴女には、まだやるべきことが残っているはずよ。なのに、このままでいいの? 貴女はアラスターに殺されることでクシェルちゃん達を救ったように思ってるようだけど、もし本気でそう思い込んでいるのなら、貴女はこの世界で一番の大馬鹿者だわ」

 

 思わず、フィールはカチンときた。

 険しい顔付きになり、どういう意味だと、ジト眼で睨む。

 

「ねえ、フィール。今の時勢、ヴォルデモートが魔法界を恐怖と絶望に覆い、支配するってわかっているわよね? 暗黒の勢力が拡大していけばしていくほど、純血じゃない魔法使いやマグルはどんどん殺されていくわ。その殺戮対象には混血のクシェルちゃんも当然含まれているのよ? クシェルちゃんは親友なんでしょ? 親友である貴女があの娘を護らないでどうするの? クシェルちゃんだけじゃない。ハリー君、ロン君、ハーマイオニーちゃん………貴女の大切な人達が次々殺害されるかもしれないのに、見殺しにするっていうのかしら?」

 

 そう言われ、フィールはハッとする。

 そうだ………自分には、果たすべき使命がまだ残っている。

 クシェルやハリーを―――大切な人達を、命が尽き果てる最期まで護り通す。

 どうしてそれを理解していなかったのだろう。

 ムーディに抹殺されてクシェル達とサヨナラするのが、本当の意味で救ったことになど、これっぽっちもならない。

 ここに来てようやく、フィールは自分の存在意義を取り戻した。

 

「貴女が本気であの娘達を暗黒の勢力が支配する魔法界から救いたいと強く想うなら………その身を以て、力と心、どちらとも極限まで高めることよ。立ち上がりなさい!」

 

 フィールは身体の底から精魂を引き上げる。

 押し寄せてくる疲労感と脱力感に抗い、フィールは杖を片手にもう一度進撃した。

 これは稽古だ。鍛練されている。

 色とりどりの閃光が真っ白な空間を切り裂いて行き交う中、『彼女』はある呪文を詠唱した。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 それは………フィールが吸魂鬼(ディメンター)に対する憎悪から彼らを滅ぼすべく編み出したオリジナルスペル―――『破滅(アグレッシブ)守護霊』だ。

 『彼女』の杖から力強く狼が飛び出し、従来よりも凄まじい眩しさを放ちながら、フィールに向かって襲撃した。

 何故『彼女』がこの魔術を知っているかは疑問だが、今のフィールには関係無い。

 意識を研ぎ澄ませ、全身全霊を傾ける。

 そして―――今日初めて開発するオリジナルスペルを、声高らかに唱えた。

 

 

 

「―――アミュレット・パトローナム(守護霊よ護れ)!」

 

 

 

 その瞬間、二人の間で轟かせる轟音。

 同時刻に立ち昇った煙が互いの視界を遮り、相手がどうなったかを悟るのは不可能だ。

 不意に無風だったこの空間に風が吹き抜け、それまで立ち込めていた煙霧がたなびいて、先程の勝敗の結果が露になった。

 

 『彼女』の守護霊は何処にも見当たらない。

 消滅したと考えて間違いない。

 そして、眼前にて肩で息をしている少女の全身から溢れ出る銀の光が辺りを照らし、その光こそが、確かにダメージを受けるはずだった少女が無傷であることの証明であった。

 

「………やれば出来るじゃない」

 

 フードの下で『彼女』は満足げな表情になる。

 静けさの中、フィールは大きなことを成し遂げた達成感に胸が熱くなった。

 

 全身を優しく包む、銀色の衣。

 その正体は、あの狼の守護霊だ。

 守護霊が破壊的威力が秘められた魔術から、身を護ってくれたのだ。

 そう………まさしくこれは『破滅(アグレッシブ)守護霊』とはまた違うアレンジ魔法―――『破魔(ディフェンシブ)守護霊』だ。

 

(新しい力を………身に付けられた………)

 

 シルバーローブは徐々に輝きを失くし、フッと消滅する。

 同時、意識しないようにしてきた疲労感と脱力感に襲われ、フィールは身体を傾かせた。

 精魂を使い果たし、気だるさに見舞われる。

 意識が闇に沈む前―――またいきなり目の前に現れた『彼女』に優しく抱かれるのを、フィールは感じ取った。

 

♦️

 

 閑静な空気感が漂う、白色の世界。

 ふわふわとした、雲の上を歩いているような不思議な感覚が自然と身体に馴染むのが特徴的な空間である。

 

「…………ん………っ…………?」

 

 意識を失っていたフィールは目を覚ました。

 パチリと瞼を開け、虚ろな瞳で上を見る。

 それから、頭が何か柔らかいものに包まれ、髪を撫でられる感触を覚えた。

 素顔をフードで覆い隠している『彼女』が膝枕して見下ろしているのに気付き、そして自身の髪を梳くっているのを知る。

 戦闘不能になる前、敵対したはずの相手にするような行為ではないと、フィールは怪訝そうに思いつつ、『彼女』に髪を撫でられるのが、不思議と心地よくて気持ちよかった。

 

「………なに、してるのよ」

 

 思わず口調が昔の頃に逆戻りする。

 すると、『彼女』は何故か笑みを溢した。

 

「やっぱり、そっちの方がフィールらしいわよ。あんなぶっきらぼうな口調じゃなくて、前みたいに女の子っぽく喋りなさいよ、全く」

 

 やれやれと肩を竦めながらそう言う。

 益々フィールは訝しい面持ちとなり、ふと、疲れきっていた身体が完全に回復し傷も消えているのに気が付き、軽く驚いた。よく見れば、ボロボロだった制服も元通りになっている。

 

「貴女が寝ている間に、わたしが癒したのよ」

 

 フィールの疑問を先読みしたのか、『彼女』がそう答えた。

 

「ねえ………貴女は、一体誰なの………?」

 

 ゆっくりと起き上がり、少し距離を取ったフィールはそっと尋ねる。

 その質問に、『彼女』は悪戯っぽく笑った。

 

「さあ? 誰だと思う?」

 

 疑問系で試すように問う『彼女』。

 眼前に居る、自分と同じ外形をした『彼女』を沈黙を持って注視し―――フィールは、今まで見えなかったことが、パッと明るくライトを浴びたように、頭に浮かび上がった。

 

 色んなことが起きすぎて心の余裕を持てず、普段より冷静さが欠けていたことから、あまり意識していなかったのだが………『彼女』は、自分のことを「フィール」と名前をずっと呼び捨てにしていた。

 ということは………もしかして、『彼女』は自分をよく知っているということだろうか?

 そう思った時、耳の奥で『彼女』の声が鮮明にリピートされた。

 

 鈴を転がすような………でも、凛とした響きを持つ綺麗な声。昔の自分を見てきたみたいに語った口調………。

 そして―――慣れた手付きで髪を撫でて感じたあの感触。

 あれは………まるで―――

 

「ねえ………もしかして、貴女は―――」

 

 確認を取るように、フィールは問い掛けた。

 

 

 

「―――お母さんなの………?」

 

 

 

 恐る恐るといった感じに訊いたフィール。

 そんな彼女に微笑みかけた『彼女』は―――フードを外して、覆い隠していた素顔を見せた。

 幻を見るような驚きの表情で、フィールは露となったその顔を見つめる。

 

 雪のように白い肌とは相反する、闇で染め上げられたような長い黒髪に、神秘的な光を宿した紫色の瞳。

 自分と瓜二つの端正な面立ちが形作る柔らかな笑顔に、自然と安心感がもたらされる。

 

 紛れもない。

 この女性こそ、1985年に廃人、その2年後に死亡した―――

 

 

 

「久し振りね、フィール。やっと………やっと、貴女に会えて、本当に嬉しいわ」

 

 

 

 ―――クラミー・ベルンカステルが、優しげな笑みを讃えて娘のフィール・ベルンカステルの前に立っていた。




【ソードバトル】
杖によるバトルではなくまさかの剣。
ハリー・ポッターで出てくる剣と言えばグリフィンドールの剣のみ。そして剣が大活躍する場面と言えばバジリスク討伐とナギニ討伐くらいという約2回程度。
正直言うと剣の出番ほとんど皆無に等しかったので、ならせっかくだし「杖を剣に変えてデュエルバトルさせよう」とのことでこんな形になりました。
というか、1回やってみたかったんですよね、ハリー・ポッターでソードバトル。

【クシェルが見た夢】
これまで幾つかの#であった黒髪の少女(フィール)とクシェルがちっちゃい頃に別れた出来事。
とりあえず、これでクシェルSideは無事完了。
あとはフィールSideをハッキリさせればOK。

【動物もどきVS動物もどき】
前述の異色な戦術以外の異色な戦術。
原作での動物もどきも正直そこまで出てこなかったのでちょっとした戦闘方法の一つに取り入れてみました。
何故ここまで杖以外のコンバットにさせるかというと、正直言ってしまえば、いよいよ戦闘描写に限界がきたからです。詳しくは↓で。

【この作品の戦闘システムスタイル】
ザックリ纏めるとこんな感じ。

①杖を使っての魔法射撃
②死の呪文VS死の呪文
③悪霊の火VS守護霊の呪文

全体的な構造を見ると①が圧倒的多数。
②は2章と5章の計2回。③も同じ。
読者の皆様もいい加減似たような戦闘描写に飽きてきただろうし、作者自身「そろそろ違うバトルスタイルも取り入れてみよう」と思案しました。

ハリー・ポッターの戦いのほとんどは、狙いを定めてターゲットにヒットさせるという遠距離攻撃パターン。
なんと言うか、例えるならネット型のスポーツ(テニスやバドミントン)みたいに距離が離れたそれぞれの区域で対決するで、武道(剣道や柔道)みたいに互いが互いに激しくぶつかり合うことがありません。

それだとなんか味気無いなって感じます。
そういった理由から、原作のイメージを激しく崩壊させないよう原作にある魔法的手段を上手い具合に導入して(作者的には)↑↑2つを誕生させました。

例として表現すると『闇の魔術に対する防衛術』が『射撃』なら『変身術』は『剣撃』、『動物もどき』は『変身』です。
変身の具体例を言うならば、ドラゴンボールとかで言うスーパーサイヤ人? ですかね。

作者は剣や銃といった武器が好きです。
これから先、ちょくちょく登場するでしょう。

【予言球】
原作同様、結局壊れる。
ま、でもそうしないとヴォルヴォルさんが現れないので。自称闇の帝王のあのお方が登場しなきゃメタい話、物語が進みませんからね。

【アミュレット・パトローナム(破魔守護霊)】
『守護霊の呪文』をアレンジしたオリジナルスペル。守護霊が銀色の衣となって身に纏い、ありとあらゆるものから守護してくれる。最強レベルの防護魔法。

【『守護霊の呪文』のアレンジ②】
遂に来ました、『破滅守護霊』同様もう一つの守護霊アレンジ魔法! 3章後書きの伏線はこの#の為でございます。あれから滅茶苦茶時間が経過しましたが、覚えてますか?
ちなみに経緯はと言うと、

アグレッシブを編み出したんなら、その反対にディフェンシブも創ればいいじゃないか!

と言うことです。
守護霊に殺傷能力持たせたんなら、その反対に防衛能力持たせてもおかしくないですからね。
ある意味、これの為にアグレッシブ守護霊を生み出したと言っても過言ではなかったりです笑。

日本語訳にさせると《守護霊よ護れ》。
『破滅』と書いて『アグレッシブ』と呼ぶ的な感じにさせるための『~』と書いて『ディフェンシブ』と呼ぶの漢字2文字をどうしようか、本当に苦労しました。
苦悩の末、既出の『破滅』と統一感を出すべく最初の文字に『破』がつく守護関連の単語を捻り出し、最終的な結果は『破魔』に決定。

アミュレットは『保護・加護・御守り・魔除け』の意味を持っているので、それを知れば『破魔』にした理由にも納得かと思います。

【破滅守護霊VS破魔守護霊】
どちらも攻守共に最強レベルの威力を誇るオリジナルスペルですが、双方を衝突させた場合は術者の技量次第で勝敗が分かれます。
今回はフィールのディフェンシブが『彼女』のアグレッシブを上回りました。

【『彼女』の正体】
えー、もう大半の読者が予想されていたと思いますが、3章の途中で突如浮上した『彼女』の正体はなんとフィールの母親、クラミー・ベルンカステルでした。
と言うか思いっきりバレッバレでしたね。
クィディッチ決勝戦とかでクリミアがとっくの昔にアンサーとして「お母さん」と言ってたし。
4章であった先輩グリフィンドール生達との一件を書いた#の後書きでも一人称がひらがなで○○○とウルトラヒントを提示した通り、今回までずっと『彼女』と表記していたクラミーの一人称はひらがなで『わたし』です。
クラミー以外の女キャラは皆漢字で『私』ですので、区別はつくでしょう。
この話から読んで何のことだかちんぷんかんぷんな読者は3章の途中から読んでみるのを推奨します。サブタイトルを見ればすぐにお分かり頂けますよ。

【クラミーもアグレッシブ守護霊会得してる】
フィールが魂の境界線にやって来るまでの間に、クラミーはコツコツと鍛練を積み重ねたのでしょう。

【まとめ】
今回でようやく明確になった『彼女』=クラミーの真相が遂に解明。
詳細は次回で。
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