【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
さて、5章もいよいよラスト目前です。
まさかここまで続けられるとは………執筆始めた頃は夢にも思いませんでした。
「お母さん? お母さんなんだよね? これ、夢じゃ、ないんだよね………?」
「当たり前じゃない。ほら、おいで」
『彼女』―――否、クラミーは淡く微笑む。
フィールは駆け出し、クラミーに抱きついた。
気付けば、両眼から溢れんばかりの涙が溢れており、自身の頬と母の胸元を熱い雫で汚した。
「お母さん……ッ! 会いたかった……ッ! 本当に……、会いたかった……ッ……! お母さんに会って………ずっと………ずっと………謝りたかった………ッ………」
「もう………貴女が謝る必要なんて無いわよ」
「だけど………あの時………、私が『助けて』って言ったせいでお母さんは………。もう、あれから何年も経って、今更だけど………本当に、ごめん……なさい………」
途切れ途切れになりながらも、フィールはクラミーを見上げ、謝罪する。
この11年間1日たりとも頭から離れず、心の中で永遠と居座っていた自責の念が、形はどうであれ、念願であった本人への謝罪が出来たことでちょっとは晴れた。
だが、忘れてはいけない。
謝ったところで、何にもならない。
それはただ、謝ったという事実が自分の気持ちを少し軽くしてるだけで。
フィールは母に嫌われるのを覚悟する。
もうまともに顔を見ることも出来なくなり、顔を伏せてしまう。
しかし、そんな娘をクラミーは優しく抱き締めた。
「何言ってるのよ。あの時、吸魂鬼に魂を吸われそうになった貴女を身を挺して助けたのを悔やんだことなんて、これっぽっちも無いわ。逆にあの時に貴女を助けられなかった方が、わたしにとって一番の後悔となり得たことよ」
クラミーは笑みを絶やさず、髪を撫でる。
慣れた手付きで母親譲りの黒髪を梳くわれ、落ち着きを取り戻すと共に、知らぬ間に張り詰めていた全身の緊張が解けていくのを感じた。
「相変わらず、そういう所は変わらないわね」
「………煩い」
髪を撫でられる感触と顔面に感じる柔らかい感触が心地よくて、眠気に襲われる。
このままずっとクラミーに疲れきった身を任せていたいが、フィールは首を振り、自ら離れて母を見上げた。
「お母さん………此処は何処なの? さっき、お母さんは『此処は魂の境界線よ』って言ってたけど―――」
疑問符を浮かべながらそう尋ねると、クラミーは穏やかな表情から一変、真剣な瞳になってフィールの瞳を見つめた。
「そうね………貴女は失くしていた記憶を取り戻した。………今なら、全てを話してもいいかもしれないわね」
クラミーはフィールの手を取り、「さ、行くわよ」と歩き出す。
フィールは慌てて、自分で歩みを進めた。
改めて感じ取る、雲の上を歩いているような、不思議な体感。
歩く度に身体に馴染む楽さが増し、『服従の呪文』を掛けられた時ととても似ているがどこか違う、思わず身も心も委ねたくなる安心感に包まれる。
「11年前、わたしはルシウス・マルフォイの命を受けたドローレス・アンブリッジが派遣した吸魂鬼に魂を喰われ、廃人となり、そしてその2年後に死亡した。……これが貴女達の認識よね?」
コクリ、とフィールは頷く。
クラミーは危うく魂を喰われそうになったフィールを庇い、死よりも惨い姿に変えられた。
それから約2年間、聖マンゴに入院し―――本来であれば新たなる吸魂鬼に成り果てると言うにも関わらず、何故だかは知らないが、人の姿を保ったまま息を引き取った。
これは確かな事実だ。間違いない。
しかし―――その現実の裏側に、真実というものは隠されていたのだ。
「実はね………わたし、ほんの少しだけど、身体に魂が残ってたのよ。全部の魂を喰われる前にジャックが追い払ってくれたおかげでね。人として生きるには不十分だけれど、新たな吸魂鬼に成り果てない程度の残滓が。………でも、魂の大半を吸われて極僅かな魂の存在になったわたしは、自分の身体に残留していても最早無意味だった」
吸魂鬼とは、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を周りの空気から貪り尽くす生物。
そして徹底的に破滅させたい者に実行するのが『
これを受けた者は記憶を失くし空っぽの抜け殻となり、呼吸するだけの存在となる。無論、こうなった者に回復の見込みは無い。
が、幸か不幸か、クラミー自身の意識は魂の残滓の中で辛うじて生き続けていた。普通であれば感情さえも失われるものだが、クラミーは失われていなかったのだ。
けれども、微かな意識があったところでどうにか出来る状態ではなかった。魂の半分以上を失い同時に魔力も奪われたクラミーは、自身の身体であり魂の器である肉体に、もう一度生命活動の息吹を吹き込むことが出来ない。
加えて、魂を肉体から切り離すまでの余力も無かった。仮にあったとしても、霊魂の端くれのような存在では成す術が見当たらない。
だから―――
「生きる屍のわたしは魔力も扱えなかったせいでただただ器の意味を成さなくなった肉体に、大人しく留まることしか出来なかった。………だけどある日、微量だけれども、魂を与えられた。それにより、わたしは肉体から魂を切り離すことが可能となったのよ。吸魂鬼に成り果てる前に、ね」
霊魂は、肉体とは別に精神的実体として存在するもの。肉体から離れたり、死後も存続することが可能と考えられている、身体とは別の非物質的な存在。人間が生きている間はその体内にあって生命や精神の原動力となっている。
クラミーは魔法を扱える魔女だ。
当然、魔力も精神に兼ね備えている。
精神に宿っていた魔力のほとんども吸魂鬼に吸い取られたが、少量の魔力は、魂の残滓と共に有り続けた。
「魂を与えられたって………誰からなんだ?」
それまで黙って聞いていたフィールが問う。
するとクラミーは立ち止まり、フィールから手を離して彼女の前に来た。
じっと見下ろす、紫色の眼を持つ母。
フィールは困惑した表情で見上げた。
そんな娘へ、クラミーは静かに口を開く。
「………まだわからないの?」
「え? 何が?」
「わたしに魂を分け与えてくれた張本人は―――今、わたしの目の前に居るのよ」
………今、目の前に居る?
現在、クラミーの目前に立っているのは………自分だけ、である。
フィールは信じられないという顔になった。
自分が? 母に魂を分け与えた? でも、一体いつ? 何処で? どういったやり方で?
「もうわかるでしょう? ―――フィール、貴女がわたしに魂の一部を分けてくれたのよ」
「私が………? お母さんに魂を………?」
「極一部だけどね。………でも、その極一部の魂によって、わたしは束縛から救い出された。これは紛れもない事実よ」
「だ、だけど………いつ? どうやって? 私はお母さんに魂を分け与えたんだ………?」
フィール本人は、全くの覚えがない。
魂を差し出したという行為にもさっぱりだ。
益々訳がわからないという面持ちになる彼女にクラミーは軽く笑む。
「………?」
何故か微笑むクラミーに小首を傾げる。
そんなフィールの頬を優しく包み………コツンと自分の額をフィールのそれに合わせる。
「9年前、ラシェルが廃人になって―――」
クラミーの唇が、そっと寄せられる。
「―――吸魂鬼になった後………フィール、わたしにこうしたでしょ?」
「………ぁ…………」
驚きに染まった声が隙間から漏れる時には、クラミーの唇がフィールのそれと重なり………唇に下りた感触に、フィールは理解した。
♦️
双子の姉・ラシェルを奪われた憎しみから我を失い、誤ってシュテラを殺害した後―――フィールは再び自分の殻に閉じ籠ってしまった。
せっかく両親を失ったショックから立ち直ってきたのに………今度は前以上に心に深い傷を負うのと同時、罪の意識と恐怖に苛まれた。
事故であれ、手を血で染めてしまったのだ。
その現実が、フィールを極限まで苦しめた。
自身の半身である姉さえも失い、暴力を受けそうになったところを必死に庇ってくれた叔母を殺してしまい。
挙げ句の果てに死んだ叔母を追い掛けて叔父が自殺し………自室の床で膝を抱え、次々と襲われる悪夢にフィールは精神を切り刻まれた。
心を最も深く抉ってくるのは、やはり自分が犯してしまった殺人の出来事だ。
フィールだって殺したくて殺した訳ではない。
でも、殺してしまったことは事実だ。
これだけは絶対に覆せないし誤魔化せない。
それをわかっているからこそ、尚更フィールは胸を抉られた。そうして、フィールの心は徐々にひび割れていく。
クリミアやライアンがどんなに慰めても、フィールは偽りの励ましにしか思えなかった。
それから数週間が経過し、心が弱りきったフィールは茫然自失とした状態でありながら、聖マンゴに訪問していた。
5階のフロアの通路をふらふらと歩き………病室のドアを開けて、フィールは中に入った。
薄暗い、ひっそりとした部屋。
その壁際に、黒髪の女性が座り込んでいる。
2年前に吸魂鬼に魂を喰われた母親だ。
おぼつかない足取りでクラミーの元まで歩いたフィールは母の膝の上に座った。
その顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。
「お母さん………ごめんなさい………お姉ちゃんは………お姉ちゃんは……………」
母の額に自分のそれをくっ付け、凍えた皮膚の感触を肌で感じ、生気を失った紫色の瞳を歪んだ視界の中で捉えながら、涙声で告白した。
「―――吸魂鬼に………なった……よ………」
吸魂鬼に魂を吸われた者は、個人差はあれども新たなる魂の捕食者へ変貌を遂げる。
数週間前、吸魂鬼に襲われたラシェルは人の原形を留めていない、おぞましい姿へと豹変してしまった。
まさかこんなにも早くに吸魂鬼になってしまうとは誰もが予想外で………特にフィールは心に強い衝撃を受けた。
「……………フィールちゃん」
背後から聞こえた、女性の声。
振り向かずともわかる―――両親の親友の一人であったライリーだ。
「………ずっと来てなかったら、心配したわよ」
「………………」
返事は、無い。
どう声を掛けようか悩んだが、思いきって口を開いた。
「………フィールちゃん、貴女が自分を責める必要はないわ。故意で叔母さんを殺った訳ではないでしょう? だから―――」
「ライリーさん」
ライリーの慰めの言葉をフィールは遮った。
色んな感情がごちゃ混ぜになり、自分が今どんな気持ちなのかすらわからない。
「………ライリーさん。貴女は学生時代の頃から私のお母さんと親友だったんですよね」
「え………、ええ…………そうよ………」
唐突にそんなことを言ってきたフィールへ、ライリーは戸惑う。
だが、フィールは構わず続けた。
「私のお母さんは………貴女と出会った時から強かったんですか………?」
「……………ええ。貴女のお母さんは、昔からそうだったわ。個人的な意見になるけど………私の知る限り、一番強かった魔法使いは誰かと訊かれたら、真っ先に貴女のお母さんが浮かび上がるくらい………強かったわよ」
未だに困惑は残るが、出来るだけ平静を保ってライリーは答えた。
「………そう、ですか………やっぱり、お母さんは凄いな………私とは正反対に………」
達観したような、この世界に諦めを抱いたような声音。
白い頬を溢れ出る涙で濡らしながら、フィールは言った。
「………私………お母さんくらい強かったら、お姉ちゃんを救えたのかな………ううん、それより前にお母さんを助けられたら、まずこんな出来事は起きなかった………」
「フィールちゃん………?」
「………ライリーさん。私の存在って、どうして誰かを苦しませるんでしょうか」
「え……………?」
「だって、そうでしょう? お母さんは私が『助けて』って言ったばかりに身を挺して廃人になった。お父さんだって殺されそうになった私を庇って………殺された。両親のおかげで私は生かされたけど、それを嬉しく思わない人だっていた」
叔父のアレックは自分のことを嫌悪していた。
何故なら………自分のせいで兄を失ったから。
「あの時、庇う相手が私じゃなくてお母さんだったら、今頃は誰も死なないで済んだのかなって思う。だって、お母さんは誰からも慕われ、尊敬され、そして必要とされていた」
だからこそ、母の遺志を引き継ごうとベルンカステル家の当主になる道を選んだ。
………だけど―――
「周りの人達は、お母さんみたいに気高く美しい人が当主と言う立場に君臨するのを望んでいる。本当はこんな不完全な私じゃなく、完璧な当主であったお母さんを必要としている」
だから―――と。
フィールは、涙ながらこう言った。
「
この日、フィールは自分自身を捨てた。
「―――悲劇は突然、前触れもなく始まった」
フィールはクラミーの頬を包み、そっと唇を寄せる。
「―――だから、この手で全てを終わらせる」
そして約束の証として、口付けを落とした。
ぬくもりはなく、冷たい感触が唇に下りる。
やがて顔を離したフィールは細い腕でクラミーを抱き締め、スッと立ち上がり、ライリーの前まで歩く。
「………ライリーさん」
涙でぐちゃぐちゃの泣き顔を晒し、母の親友を見上げたフィールは、
「………最後に………こうさせてください」
トンッ、とライリーの胸に顔を埋めた。
止めどもなく溢れる涙が、彼女の胸元を濡らしていく。
耳と頬を伝って聞こえてくる心臓の鼓動を、こうして感じた時があった。
それももう遥か遠い日のように思える。
いつもフィールを落ち着かせてくれる、穏やかで優しい香りも今は悲しい。
フィールはそっとライリーの胸を押しやると、ポツリと一言呟いた。
「私、強くなります。お母さんみたいに―――いや、お母さん以上に」
泣き止んだその顔は、まるで別人のように全ての表情が消えている。
引き留めようと伸ばしたライリーの手を振り払う。
「……………フィールちゃん」
言葉の先を遮るよう、病室の扉へと向かう。
「すいません、今まで迷惑掛けて。でも………もう二度と誰にも迷惑掛けないようにします。これ以上『重荷』となるような真似は………数世紀の歴史を誇るベルンカステル家の双肩を担う者として、万死に値しますから」
そう告げると、背を見せたまま歩き出す。
ライリーが再びフィールの名を呼ぶが、フィールはもうライリーを振り返ることはなかった。
静まり返る、冷たい空気感のある部屋。
親友の忘れ形見の娘を引き留められなかったライリーは、ゆっくりと後ろに振り返る。
力無く座り込む黒髪の旧友が瞳に映った。
「……………クラミー…………」
ライリーはクラミーを抱き締めた。
………ぬくもりが一切感じられない。
ひんやりした感触が身体の芯まで染み込む。
今まで泣かないように我慢していたのだが、この時ばかりは耐え難くて………涙腺が緩み、ライリーは泣き出してしまった。
「本当に…………ごめんね………………」
今ほど、誰かの失われたぬくもりを取り戻したいと思ったことはない。
こうしてクラミーを抱き締めていたフィールの気持ちが、今なら痛いほどわかる気がした。
………それから数日が経過し、いつの間にか、クラミーの死亡が確認された。
報せが届いた全員が唖然とし、主治癒のライリーが原因調査しても何も掴めなかったので、どういうことかと不審に思うのと同時、心に受けたショックも大きかった。
………その直後だっただろうか。
自分自身を封じるために………心を閉ざしたフィールが、1987年に起きた悲劇の記憶を失くし、
フィールが一部記憶喪失になり、クリミア達は更に愕然とし………散々話し合って悩み苦しんだ結果、彼女が全てを思い出すまでは何も触れないようにしようと、暗黙のルールとして皆は胸の内側に仕舞った。
♦️
「あの時………貴女がわたしにキスした際、霊魂が分断していた貴女の霊魂の一部が、身体の中に残っていたわたしの魂と融合したのよ」
吸魂鬼が口元から獲物魂を吸い取るように。
唇に口付けを落とした行為が、シュテラを殺害したことで結果的に引き裂かれていたフィールの魂の欠片が、辛うじて残留していたクラミーの魂に引っ掛かったのだ。
顔を離したクラミーの顔を、フィールは驚きに溢れた表情で見つめる。
「だからわたしは、貴女の身体に乗り移ることも貴女の精神状態を察することも、魂を通じて出来た。………でも、前者が可能なのは、貴女の心が弱っている状態のみ。血の繋がった母子だから、長期間憑依してなくても、すぐに馴染むのだけれど………弱ってない状態で貴女の身体に入ったらわたしの意識は抑え込まれてしまうのよ」
極一部の魂が融合したとはいえ、割合で言うなればフィールの方が圧倒的だ。半数にも満たない魂の端くれの存在であるクラミーが敵うはずがない。
しかし、必ずしも不可能という訳ではない。
フィール本人の魂―――いわば本体が衰耗している間は、一時的にクラミーの意識が勝る。
だからこそ、3年前………吸魂鬼の影響を受けたり辛い記憶がフラッシュバックして精神が急激に弱ったフィールの身体に入っても、クラミーの意識は浮上したまま憑依していたのだ。
「でも………私、お母さんに身体を支配されていた時の記憶が無いよ………?」
「それは―――クリミアの力で、記憶を消して貰ったのよ」
フラッシュバックでフィールが2日間の昏睡状態から目覚めた夜―――天文台の塔でクリミアと対面し、彼女に全ての事情を伝えたのだ。
話を聞き終えたクリミアは愕然としていたが、彼女は信じてくれた。
そして翌朝―――フィールの代わりにホグワーツを過ごし、グリフィンドール生との一件等の記憶をクリミアの力を借りて消去させた。
その記憶は、『憂いの篩』同様の記憶や想いを保存、再現出来る不思議な力の持ち主のクリミアが現在持っている。
フィールに全ての事実を話したら、クリミアに頼んで消去していた記憶を返戻して貰おうと思ったからだ。
「クリミアが………?」
「ええ。貴女にこうして伝えるよりも前に、あの娘にこのことを告白してたのよ」
クラミーから次々と突き付けられる衝撃的な事実に頭の整理が追いつかなかったが………短時間でなんとか理解したフィールは、ふと、気になったことを尋ねる。
「ちょっと待って………じゃあ、お母さんは私の身体に入る前は何処に居たの………?」
「さあ? 何処だと思う?」
質問には答えず、疑問系で返答してきた。
フィールは頭をフル回転させ………そんな彼女に、クラミーはヒントを与える。
「此処に居る貴女は、現世に戻ることも死後の世界に進むことも出来ない、ゴーストの端くれであるわたしと一つに融け合っている、本体から分断された魂の欠片。だから、普通であれば『死の呪文』に当たったら死んでるはずの貴女は死んでいないのよ。死んではいないけれど、『死の呪文』を受けたことにより、貴女の魂の断片は強制的に生死の狭間へ流れ着いた。その生死の狭間が『魂の境界線』よ。そして代わりに貴女が身に付けている『ある物』が、『死の呪文』を受けた貴女の身代わりとなってくれたからよ」
そこまで聞いて、フィールは「まさか………」と服の下からある物を取り出す。
真ん中に青い石が嵌め込まれ、魔法陣の模様が描かれている銀色のロケット。
そのロケットには、亀裂が入っていた。
フィールは眼を見張り、クラミーを見る。
「………もしかして―――?」
「ええ、その通りよ。―――貴女から魂を分け与えられた後、わたしは自分の肉体との繋がりを断ち切った。そして宿ったのよ。あの時自分が首から下げていた、そのロケットに。フィールなら、きっと形見として大切にしてくれるだろうと思ってね」
クラミーが吸魂鬼に成り果てることなく、人の姿を保ったまま死亡した訳が判明した。
血の分けた娘であるフィールから魂を与えられて僅かながらも力を取り戻したクラミーは、魂と肉体との繋がりを自ら切断し生命活動を停止するのと引き換えに、ロケットに宿ったのだ。
それから先は、クラミーの思惑通りだ。
原因不明の死を迎え、皆は困惑しつつも葬儀に取り掛かり―――フィールは母の形見のロケットとイヤーカフを身に付けることにした。
まさかそのロケットには、母親の魂が宿っているとは知らずに………。
「『死の呪文』がそのロケットに当たり、中に宿っていたわたしの魂と貴女の魂の欠片が同じ空間へと飛ばされた。彼方に居る貴女は半死半生の状態よ。意識は、此方に流れてきてね」
此処に来てからというものの、訳がわからないことが多すぎて困るのだが、とにかく、これらが意味するのはつまり―――。
「私は………死んでいない?」
半死半生ということは、自分はまだ生存しているという意味だ。
クラミーはフッと笑い、頭を撫でる。
「一応は、そういう意味になるわ」
笑顔を浮かべる母を見上げていたフィールは、ふと、あることに気付いた。
自分の魂を引き裂く行為―――分霊箱とも呼ばれる、魔法界で最も邪悪な魔法と言われる禁断の闇魔術・ホークラックス。
分霊箱の作り方が殺人による犯罪行為だ。
フィールがクラミーに魂を分け与えられたのが人を殺したことによる魂の分断である。
そのことに今更ながら気が付き、フィールは重い表情となった。
「フィール?」
「………あのさ、お母さん」
「なに?」
「………お母さん、言ってたよね。私の身体に乗り移ることも、精神状態を察することも出来るって。………それって、私の記憶を見ることも出来るってこと?」
「………ええ、その通りよ」
フィールの言わんとすることを察したのか、クラミーは長い睫毛に縁取られた瞳を伏せる。
「ってことは、私がシュテラ叔母さんを殺したのも―――」
「勿論、知ってるわよ」
「………やっぱり、か」
トンッ、とクラミーの胸に額を当て、眼を閉じて深く息をつく。
そしたら、クラミーが背中をさすりながら、こう言ってきた。
「貴女の記憶を見てわかったんだけど………アンブリッジを庇ったシュテラを、貴女は誤って殺してしまったのよね?」
「…………うん」
肯定の首肯を見せるフィール。
クラミーは両肩を掴み、顔を上げさせた。
「確かに、人を殺したっていう事実は変わらないし、それは言い逃れ出来ない罪よ。だけど、貴女は決して意図的にシュテラを殺した訳ではない。そのことは、ちゃんとわかってちょうだい」
「…………お母さん」
揺れる瞳で、フィールは母へ問い掛けた。
「シュテラ叔母さんは………なんで、あの女を庇ったりなんかしたんだ………?」
クラミーが知ってる訳ないのはわかってる。
それでも、問わずにはいられなかった。
あの時―――どうして、いきなりやって来たシュテラはアンブリッジを庇護したのか。
神秘部での戦闘中に記憶を取り戻して以来、永遠と疑問だったことだ。
何故なのか、と。
その質問に、フィールの予想を越して、クラミーはこう言った。
「それは本人に訊いてみたらどう?」
「え………? 本人にって―――」
クラミーは目線をフィールの背後に向ける。
フィールは首を傾げたが、不意に後ろで人の気配が生まれた。
母以外の誰かが居ると知り、ドクリ、と心臓の鼓動が早まりつつ、恐る恐るといった感じに振り返る。
本日何度目かわからない驚愕に絶句した。
長い灰色の髪に優しく穏やかな群青の瞳。
自分がこの手を汚す原因となった―――シュテラ・クールライトが、目元を和らげてそこに立っていた。
【クラミーの真相】
クラミーはフィールを庇って吸魂鬼に魂を吸われて廃人となりましたが、実は全て吸い尽くされる前にジャックが吸魂鬼を追い払ってくれたので、ちょっとだけ魂の残滓が残留し、クラミー自身の意識も存続。
ですが魂の大半は喰われたので生命活動の原動力が失われてしまい、器である身体に留まっていても辛うじて生命活動を繋ぎ止めてるだけで何も出来ませんでした。
同時に魔力も大半喪失したので肉体から極僅かな魂を切り離す余力も皆無です。仮にあったとしても、どうしようもありません。
まさに成す術が一切なく、いつか吸魂鬼に成り果てるのを覚悟しなければならないの現状が、あることによって大幅に覆されます。
それが本文でもあった通りです。
フィールがクラミーに約束を交わした際にキスしたあの行為が、フィールすら意図せずに自身の魂の一部をクラミーに与えたのです。
要はホークラックスと同じ原理です。
ホークラックスを作るには殺人をして魂を切り裂く必要があり、実際フィールはシュテラを殺害したので魂が分割されています。
吸魂鬼が『吸魂鬼の接吻』で口元から獲物の魂を吸うとは裏腹に、フィールは分断されていた極一部の魂を身体の中に残っていたクラミーの魂へ送り込んだという訳です。
その結果、残存していた自身の魂とフィールの魂と結合したクラミーは失われていた力を取り戻しました。
血の分けた母子なので、クラミーはフィールの身体(器とも言える)にすんなりと乗り移ることが出来るし、自身の魂に付着しているフィールの魂を通じて、フィール本人の精神状態や夢の内容を察することも出来ます。
これらはハリー・ポッターとヴォルデモートの分霊箱関連とかなり似ていますね。
ヴォルデモートの破壊された魂の一部がハリーの魂に引っ掛かったことでハリーは蛇語を話す能力が与えられ、そして互いに心を垣間見ることが可能となりましたし。
さて、話を戻します。
本文でもあった通り、クラミーは自身の肉体との繋がりを断ち切って、自分の持ち主で現在フィールが形見として身に付けているロケットに魂を宿りました(肉体から魂を切り離したことで完全に生命活動が停止したので、フィール達からするとクラミーが原因不明の死を迎えたってことになるのです)。
何故ならば、フィールの身体に入ったらクラミーの意識は必然と抑え込まれてしまうからです。
クラミーはフィールから魂が与えられたことでとりあえず魔力はある程度復活しましたが、それでも割合で表すと8:2的な感じなので、永遠と意識を保った状態ではいられません。
ましてや本体であるフィール本人の身体に戻れば、それこそクラミーの意識はノックアウトされます。
外には追い出されないで意識が底に沈んだとしても、意識が覚醒するのに時間が掛かるでしょう。長時間も身体の底に抑圧されたら、尚更。
でもそれは、普段通りの精神状態であるフィールだったらの話。
3章でクラミーはロケットからフィールの身体に憑依しそのまま自由に動かせたのは、フィールの心がめっちゃダウンしたからです。
吸魂鬼の影響が人一倍酷く、人一倍精神面の裏側が脆いフィールは心が弱りやすい。なのでその間だけは、クラミーの意識が勝ります。クラミーの魂と結合しているフィールの魂も、本体がノックアウトしてるならば同じくノックアウトに。そういう場合のみ、クラミーはフィールの身体に入っても意識を圧迫してくるプレッシャーがないので支配出来るって訳です。
【魂の境界線】
クラミーは現世に戻ることも死後の世界に進むことも出来ない状態なので生死の世界を彷徨ってるのも同然。
そしてクラミーはナギニ同様『死の呪文』を初めとするほぼ全ての魔法を無効化するという特性を兼ね備えてます。
ですから、そんな彼女の魂と一部の魂が付着しているフィールは『死の呪文』を受けても死にません。
死にはしませんが、死後の世界へと誘う『死の呪文』を受けたことにより、強制的に魂の欠片が生死の狭間(クラミーが存在する世界)へと飛ばされました。
それが『魂の境界線』です。
もっとわかりやすく言えば、死の秘宝でハリーがヴォルデモートに死の呪いを受けたことにより、半死半生となって生死の境目へとやって来たことと似ていますね。
実際フィールも半死半生でしたし。
【銀色のロケット】
身代わりとなったのが、あのロケット。
ムーディが撃った死の呪いはクラミーの魂が宿ってたロケットに直撃したので、結果的にフィールを死に至らしめるのではなく、『魂の境界線』へと誘ったのです。
ま、ただしそのせいでロケットにヒビが入ったのでフィールからすると母親の形見に亀裂を入れる行為をしたムーディに激おこプンプン丸ですけどね。
と言うか、そもそも不死鳥の騎士団と軋轢が生まれてしまった以上6章以降どうするんだ………。
【3章で起きていた記憶はどうした?】
クラミーがフィールの身体に憑依している時に起きたあの一件はクリミアが消しました。
消したと言うより、フィールの頭の中からその記憶を取り出してクリミアが保管しているが正しいですね。
ま、後で記憶を返戻するので、その時初めてフィールはオリバー達への印象が変わるでしょう。
【フィールSide】
クシェルと別れる前の出来事が本文であった通り。
これで無事にフィールSideも回収です。
【まとめ】
今回で物語の要が発覚。
ほぼほぼ独自解釈ですが、どうか納得してくれたら幸いです。
それと、恐らく次回が5章のラストになります。