【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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不死鳥の騎士団編ラスト。


#85.夢からの目醒め

「シュテラ………叔母さん………」

「大きくなったわね、フィール。ちっちゃい頃とは比べ物にならないわ。月日が経つのは早いものね」

 

 殺害した張本人を前にしているのに、シュテラは笑みを見せている。

 フィールは呆気に取られてしまった。

 

「な、なんで此処に………?」

 

 すると、肩に手を置いたクラミーが答えた。

 

「わたし達が居るのは生死の狭間。生者の魂は来れないけど、死者の魂は来れるのよ」

 

 仮死状態のフィールは、生と死の境目に立っている。今の彼女は精神的実体として此処に居るため、既に肉体を喪失して魂が切り離れたシュテラは自らの意思でやって来れるという意味だ。

 フィールは唖然と突っ立っていたが、やがて自分がするべきことを思い出し、ハッと慌ててシュテラの前に立つ。

 以前は見上げていたのだが、身長が高くなった今では背丈がちょうどピッタリである。

 

「シュテラ叔母さん………謝って許されることじゃないけど………言わせて。本当に………ごめんなさい………」

 

 深々と頭を下げ、フィールは謝罪した。

 ………わかっている。

 これで許して貰える訳がないことくらい。

 一度しかない人生を台無しにされて、何とも思わない人間は存在しない。

 嫌われるなんて言葉は軽すぎるほど、憎しみの言葉を受けるのを全面的に覚悟した。

 しかし―――。

 

「こっちを見て、フィール」

 

 フィールの手を優しく取り、シュテラは言葉を続けた。

 

「貴女が私に謝る必要なんてないわ。むしろ、私の方が貴女に謝らなければならないもの」

 

 フィールは驚き、眼を丸くした。

 予想だにしなかった言葉に、茫然とシュテラの綺麗な顔を見つめる。

 

「なん、で………謝る……、の………?」

 

 何故、シュテラが謝罪してくるのか。

 詫びるのは、こちらの方なのに―――。

 訳がわからないという表情で凝視する姪に、シュテラはゆっくりと眼を閉じる。

 再び開いた時、美貌は苦しげに歪んでいた。

 

「………あんなことになるのなら、初めから私があの人を止めておけばよかった。………あの時私にあの人を止める勇気があれば、誰も悲しむ必要なんて、なかった………」

 

 下唇を噛み締め、ある事実を告げなければならないプレッシャーが鉛のように重くのし掛かってくる。

 でも、此処で真実を伝えなければ、自分は一生成仏出来ないままだろう。

 

 だから、意を決して告白する。

 恐らくは分岐点であった、誰にも知られていない8年前に起きた悲劇の禍根を。

 

 

 

「―――9年前………貴女のお姉ちゃんのラシェルの魂を葬り去るようアンブリッジに頼み、悲劇を生み出したのは………私の夫の、アレックなのよ」

 

 

 

♦️

 

 

 

 それは、二度目の惨劇が起きる前のこと。

 ある日の深夜、魔法界有数の純血で資産家のクールライト家現当主アレックの妻・シュテラは夫が自身の書斎で誰かと対談しているのを、偶然耳にした。

 喉が渇いて水を飲みにリビングに降りていたシュテラは、ドアの隙間から漏れ出る照明と会話に足を止める。

 盗み聞きは行儀悪いとは思うが、微かに聞こえたある人物の名に、なんとなく、嫌な予感が警報として胸を打ち鳴らしたのだ。

 

 聞こえてきた人物の名は、ラシェル。

 2年前、アレックが兄の葬儀終了後に暴言を吐いたフィールの双子の姉だ。

 兄を失う原因となったとフィールを激しく忌み嫌っているアレックがその彼女の姉の名前を出すなど………何か理由があるのだろうか。

 シュテラは足音を立てぬよう気配を殺して静かに近付き、意識を研ぎ澄ませて室内の会話を盗聴する。

 

『アレック………本当にそれでいいのかしら? 私にとっては、確かに喜ばしいけれど』

 

 問い掛ける口調で話し掛けた声は、女だ。

 しかも、シュテラも知っている女である。

 魔法省勤めの役人―――ドローレス・アンブリッジだったのだ。

 

『ああ、それで構わないさ』

 

 アレックは決意を固めたトーンであった。

 

『本当であればアイツをこの手で殺してやりたいが、そんな手緩い行為では俺の気が済まない。アイツには、それ相応の報いを受けて貰うのが当然だ。………もう一度言うぞ』

 

 一体何を話しているのだろうかと思い、首を傾げた直後だ。

 2年前、唯一の肉親だった兄を失った悲しみと憎しみで心が壊れた夫の、衝撃的な依頼が聞こえたのは。

 

 

 

『吸魂鬼を派遣してラシェル・ベルンカステルの魂を葬ってくれ。そうすれば、俺から兄を奪ったアイツに同等の報復が出来る』

 

 

 

 シュテラは思わず「なんですって!?」と大声で叫びそうになり、慌てて自分の口元を両手で押さえた。

 吸魂鬼を派遣してくれ?

 同等の報復が出来る?

 一体………私の夫は何を考えているの!?

 

(嘘でしょ………? どうして、そんな………)

 

 断片的に話を聞いただけなので、本気か冗談かは判別しづらい。

 しかし………アレックが嘘を言うような性格ではないのは、学生時代の頃から長年付き合っていたシュテラがよく知っている。

 ………アレックは、本気なのだ。

 本気で、血の繋がった姪っ子を廃人にさせて欲しいと頼んでいる。

 

(アレック………)

 

 シュテラは壁に背を預け、力無く座り込む。

 いつから夫は、あんな残忍な考えを持つようになったのだろうか。

 数年前までは………何処にでも居るような、優しくて頼もしい旦那だったのに。

 兄のジャックが死んでから、ガラリと変わってしまった。

 それまで見せていた太陽のように明るく眩しい笑顔も、自分を見つめる優しい瞳も、全てが儚い幻想みたいに消え失せた。

 

 夫はいつもむっつりしていて、この2年間、微笑みすら見たことがない。仕事から帰ってくれば書斎に籠り、妻であるはずの自分にさえ、見向きもしなくなった。

 大事な家族と二度と会えなくなったショックで自分の殻に閉じ籠り、徐々に立ち直っていく反動で激しく豹変したアレック。

 最初は、仕方ないと思っていたけど………いくらなんでも、それは最低過ぎる。

 フィールだって、辛い気持ちなのは同じだ。

 アレックだけが、苦しい思いを抱いている訳では決してない。

 ………だけど、それ以上に最低なのは。

 

 

 ―――この時夫を止めようとしなかった、自分自身だ。

 

 

♦️

 

 

「…………………………」

 

 話を聞き終えたフィールは、無言であった。

 叔父が………あの日、自分に「お前が死ねばよかった」と暴言を吐いたアレックが、双子の姉を奪ったのだ。

 絶望に満ちた顔で、膝から崩れ落ちる。

 溢れんばかりに、両眼から涙が溢れた。

 そんなフィールを、シュテラは抱き締める。

 

「フィール………本当に………ごめんなさい。あの話を聞いた時、アレックに反対しておけば……こんなことには………きっとならなかったのに」

 

 気付けば、シュテラも涙していた。

 盗み聞きした夜の日から、シュテラは手遅れになる前に吸魂鬼派遣の依頼を取り下げるようアレックに申し出たかった。

 だけど………怖くて、出来なかった。

 ジャックの葬儀が終わった日、屋敷に帰宅したシュテラは墓場で姪っ子に向かって叫んだ酷すぎる物言いに対し、アレックに抗議した。

 そしたら………アレックが凄まじい形相で殴ってきたのだ。

 

 お前は黙ってろ。

 俺は当たり前のことを言ったまでだ。

 

 自分を正当化させるアレックは、妻のシュテラに暴行を振るった。

 止めて、という言葉が聞こえないと言わんばかりに殴って蹴って………やがて疲れたら、何事もなかったかのように自室に戻る。

 

 その日から、シュテラは夫に対して恐怖心を持った。前までの優しかった夫の面影は何処にもなく、会うことさえ恐ろしかった。

 だけれど………アレックを突き放そうとしなかったのは、心の何処かで、まだ彼には良心があると信じたかったからだ。

 

 愚か者の愚考だった。

 有り得ない妄想だった。

 でも―――

 

 ―――それでも、希望を捨てられなかった。

 

 しかし、現実というものは非情で残酷で。

 とうとう、恐れていたことが起こった。

 嵐の夜―――アンブリッジがマグル界のとある場所に吸魂鬼を派遣した。

 それを知ったシュテラはすぐさま向かった。

 どうか間に合って欲しい、と願いながら、豪雨の中を走り続けた。

 

 そして………目的地の方向から、巨大な閃光が遠雷のような音を轟かせながら、激しい雨が降り注ぐ雨空へ天高く上がった光景が、視界に飛び込んできた。

 

 シュテラは立ち止まり、眼を見張る。

 アレは見間違いないなんかじゃない。

 それに………魔法を扱える魔女だからこそわかる、とてつもない威力を秘めた魔力の気配を感知した。

 まさか………。

 最悪な想像が頭にちらつき、首を振ってイメージを打ち消したシュテラは駆け出した。

 目的地が見えてくるにつれ、魔力の気配がどんどん高まっていく。

 

 シュテラは遠目から見えた場景に絶句した。

 自分が来るよりも前に、ベルンカステル家の人達が居たのだ。

 これには流石にビックリしたが………それ以上に仰天するものがあった。

 鬼気迫る叫び声を上げながら杖を振るう黒髪の少女の姿を認めたからだ。

 黒髪の男女と水色髪の少女は茫然自失としていて、幼い子供とは到底思えないほどの鬼神のような形相でありとあらゆる魔法や呪いを撃っている黒髪の少女を、金縛りにあったみたいに黙って見つめている。

 暗闇の中で鋭くギラつかせた蒼い瞳には殺意が宿っていて、その迫力は遠巻きから見ている自分でも足がガクガク震えるほどであった。

 

 だが、シュテラは動いた。

 こうなったのは、全て自分の責任だ。

 ならば、何としてでもフィールを止めなければならない。

 危険を承知に疾駆したシュテラは自分が出せる最大限の声でフィールに呼び掛け―――今更真相を伝えたところで許して貰える訳がないのはわかっているが、どうか話を聞いて欲しいと彼女へ訴えた。

 

 けれど、フィールからすれば邪魔者であった。

 母親を奪ったヤツに対する殺意で理性を支配されたフィールは、感情の赴くままに気絶しているアンブリッジに向かって魔法の刃を投擲し―――本能的に、シュテラは飛び出した。

 

 途端、胸から全身に駆け抜けた激痛を感じる。

 視線を胸元に落としてみれば、忌々しいくらいに美しい光輝を放つ刃が突き刺さっていた。

 自分の名前を叫ぶフィールの声が耳を打つ。

 シュテラは掠れた声で彼女の名を呟き………意識が真っ黒に染まり、闇の底へと沈んだ。

 

「私は愚かだった………愚か者以外の何者でもなかった。もしかしたら、あの人が思い直してくれるかもしれないって、ありもしない妄想にいつまでもすがって………結局は、こうして貴女達を苦しめてしまった。だからね、フィール」

 

 フィールを抱き締めていたシュテラは彼女の肩を掴み、真っ正面から向き合う。

 

「おかしな女だって思うかもしれないけど、私は貴女の手で殺されてよかって思うわ。これは、わかっていながら見て見ぬフリをして生活してきた罪人である私に、当然の報いとして鉄槌を下されたんだなって」

 

 フィールは眼を丸くする。

 シュテラの言ったことが信じられないという表情だった。

 そんな彼女へ、シュテラは言葉を続ける。

 

「………現世で貴女に謝れなかったの、死んでからもずっと後悔してた。でも、こうして謝ることが出来て私はこれ以上ないくらいに嬉しいわ。許されないのはわかっている。だけど、それで構わないわ。貴女に謝罪出来ただけで、私は満足だから」

 

 シュテラの謝罪の言葉がフィールの心に響く。

 フィールは叔母を責めるなんて思考は、これっぽっちもなかった。

 

「そんな、の……シュテラ叔母さんが……謝ることじゃないから………私………貴女を殺したのを忘れて………のうのうと生きて………本当に……ごめん………なさい………」

「いいのよ。フィール、貴女は優しい娘ね。謝らないといけないのは、私の方なのに………」

 

 境遇は違えど自責の念に駆られてた者同士、やりきれない思いが胸中で渦巻いていた。

 それは一生消えないものだと思っていたが、形はどうであれ、互いの心に纏わりついていた後悔という枷が解消されたのだ。

 それだけで、二人は十分であった。

 

「それにね………貴女が私を殺したら、アレックは私を追い掛けて自殺した。あの人が死亡したことで、クールライト家の血筋は途絶えてしまったし、散々私を放っといてそれは自分勝手な行動だけど………」

 

 でも、と。

 シュテラは自身の推測を口にする。

 

「あの人があのまま現世に生き続けていたら、更に悲劇は生み出されたと思う。だから、これでよかったのよ。………あの人は現世に残ることを選ばなかったから、今頃は死後の世界に居るでしょう。………私はあの人を追うわ。そして今度こそ勇気を出す」

 

 泣き止んだシュテラは、フィールの瞳を見つめた。

 かつて夫が持っていた、あの蒼い瞳。

 一瞬、アレックの顔が脳裏を過る。

 シュテラは眼を細め、コツン、とフィールの額に自分のそれをくっ付けた。

 

「フィールはお母さんと一緒に彼方へ戻るの?」

「うん………私には、まだやるべきことがある。それを果たし終えて命が尽きたら………また、貴女に会いに行くから」

「そう………わかったわ。待ってるわよ」

 

 コクリ、とフィールは頷く。

 シュテラは眼を閉じ―――唇をそっと寄せた。

 

「―――私の魔力を、貴女に託すわ」

 

 ぬくもりに包まれた感触が唇に下りる。

 身体の奥に暖かい力が満ちていくのを感じた。

 

 

 

「―――恐れず進みなさい、我が娘よ」

 

 

 

 唇を離すのと同時に呟いたその言葉を胸に。

 フィールは―――長い夢から醒めた。

 

♦️

 

 現在、アーチがある部屋は戦場と化していた。

 今世紀最高の魔法使い・ダンブルドアと今世紀最悪の魔法使い・ヴォルデモートの魔法界における最強二人の激しい戦いが繰り広げられ、その重圧感は桁違いであった。

 普段は温厚なダンブルドアだが、一度敵を前にすると鬼のような形相となり、身体中から強烈なエネルギーを発散させながら素早い杖捌きで強力な魔術を発し、ヴォルデモートを窮地に追い詰めていく。

 

 二人以外の者は沈黙を持って見守っていた。

 たった一人で闇の帝王を追い込むダンブルドアに加勢する必要性はない。むしろ自分達の陣営の勝機を逃す邪魔者となるのがオチだ。

 ならば自分達は邪魔にならぬよう遠くから観戦するのが正解であると、暗黙の了解として、誰も一切手出しはしなかった。

 

 そんな中………『甦生呪文』で意識を取り戻したクシェルは母親の腕の中で、一人絶望に満ちた表情を浮かべていた。

 彼女の視線の先には、静かに横たわるフィールの姿。

 気絶する前―――フィールが自身に『失神呪文』を撃ち込んできたまでは覚えているが、その後の記憶は無い。

 だが、今フィールがどうなっているのかは、母親に言われなくても………なんとなく、理解していた。

 フィールは、自分や家族を護るためにムーディに殺される選択肢を選んだ。

 だから………自分から遠く離れたあんな場所で倒れている。

 

 頭ではわかっている。

 でも、心がついていかない。

 否、ついていきたくない。

 信じたく、なかった。

 フィールが………自分の傍から離れて行ったなんて。

 信じられる、はずがなかった。

 

 戦況はダンブルドアが優勢だ。

 このまま上手く進めば、勝てるだろう。

 だが、ダンブルドアにはわかっていた。

 ヴォルデモートは殺せない。

 勝負事では勝てても、討伐は出来ないのだ。

 何故ならば―――ヴォルデモートは分霊箱を作成していると思われるからだ。

 

 ヴォルデモートの闇の魔術の実験を行った時の報告やトム・リドルの日記などから、ダンブルドアは限り無く不死に近い闇の魔術・ホークラックスを作っていると考えていた。

 確信はまだないが、恐らくそうだ。

 それを証明するのは、まずこの戦いを終えてからにしよう。

 此処で敗者となってしまえば、何もかも終わってしまうのだから。

 

 どちらかと言えば不利な状況下に陥っているヴォルデモートだが、彼は決して怯まない。

 闇の帝王の名は伊達じゃないのだ。

 そして闇の帝王は奸智にも長けている。

 ヴォルデモートは深い闇の魔術『悪霊の火』を発動、猛烈な熱波を放つ巨大な蛇―――バジリスクの構成をした業火が噴き出し、薄暗い神秘部を明るく照らす。

 アレに生身の人間が包まれれば、呆気なく命は燃え尽きてしまうだろう。運良く死ななかったとしても、身体に負った火傷は一生ものの傷痕となって癒えることはない。

 ヴォルデモートはニヤリと醜悪に蛇のような顔を歪め、チラリと視線をある人物へ走らせる。

 

「! いかん!」

 

 ダンブルドアはすぐに察した。

 ヴォルデモートの視線の先には―――ぐったりと地面に横たわるフィールが居る。

 炎の大蛇は彼女目掛けて突進した。

 既に命の糸は切れているとはいえ、こんな形で彼女を見捨てるのはあまりにも冷酷だ。

 ダンブルドアは瞬時に障壁を張ろうとするが、意識が一瞬逸れた彼に向かってヴォルデモートが発射した色とりどりの閃光が飛んでくる。

 それを電光石火のスピードで撃ち落とすが、もう間に合わない。

 

「フィール!」

「フィー!」

 

 ハリーは駆けながら手を伸ばし、クシェルは弾け飛ぶように立ち上がる。

 まさに、炎が事切れた友人を飲み込んだ。

 その時―――

 

 

 

「―――アミュレット・パトローナム(守護霊よ護れ)!」

 

 

 

 凛とした響きを持つ少女の声が、確かに炎の中から聞こえた。

 大蛇が華奢な身体の女の子を飲み込んだと思った瞬間、その全身が銀色の光に包まれ―――炎が焼失した直後に眼に飛び込んできた有り得ない光景に、この場に居た全員が信じられないという面持ちになった。

 

 細い身を包むスリザリン寮生の制服の上で美しい輝きを発する銀色の衣を纏った、黒髪蒼眼の少女。

 そう………その、まさかだ。

 信じがたいことに、『死の呪文』をモロに喰らって死んだはずのフィール・ベルンカステルが、細長い杖を構えながら悠然と立ち上がっていたのだ。

 

「何故だ………何故、お前は生きている!? 死んだはずでは………!?」

 

 紅い眼を剥きながら、ヴォルデモートは声を荒げる。

 光の陣営、特にムーディは驚愕の表情で厳つい顔を凍り付かせていた。

 

「さあな、確かに一回死んで人じゃなくなったのかもな」

 

 フィールはとりあえず適当な言葉で誤魔化し、独特な臨戦態勢を見せる。

 その姿勢に―――見覚えがありすぎるライリーとイーサンは、それぞれ金眼と翠眼を大きく見開かせ、同時に叫んだ。

 

「「クラミー………!?」」

 

 生前のクラミーが取っていた、ファンティングポーズ。

 何故その姿勢をフィールが知っている!?

 と、二人が驚いていると、彼女がこちらを見てきた。

 刹那、蒼瞳が紫色に光った気がした。

 それを捉えたクリミアはポツリと一言呟く。

 

「まさか………お母さんと会ってきたの?」

 

 小さな呟きは、光の速さで『姿くらまし』&『姿現し』のコンボでヴォルデモートとの距離を詰めたフィールの攻撃で掻き消される。

 ヴォルデモートは咄嗟にその場で回転して姿を眩まし、彼が居た場所で、爆発音が盛大に辺りに響き渡った。

 

「ちっ………避けられたか」

 

 舌打ちするのと同じくして、フィールは大きく杖を振り上げる。

 ワンテンポ遅れたが、ヴォルデモートも杖を天に掲げた。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

 

 二人の杖先から力強く飛び出してくる、銀色の狼と炎の大蛇。

 3年前に秘密の部屋で交戦した際と同じ、『守護霊の呪文』と『悪霊の火』の一騎討ちだ。

 唯一違うと言えば、前者の呪文が前回と少しだけ異なる点だろう。

 何故ならそれは従来型の守護霊ではない。

 力量次第でありとあらゆる物を破滅へと導く、最高レベルの退魔魔法なのだから。

 深い闇の魔術に属する『悪霊の火』と真っ正面から衝突したが、モロともせず、それどころか消滅させてしまった。

 

「なに………ッ!?」

 

 予想外過ぎる、『悪霊の火』の貫通。

 思わず一瞬だけ身体が硬直してしまったヴォルデモートはハッと動くが、時既に遅し。

 銀白色に光輝く巨大な狼に突進され、直撃される1秒前に防壁を張ったヴォルデモートは尻餅こそつかなかったが、大きく後ろに退いた。

 両足で踏ん張り、ギッと鋭い目付きでフィールを睨み付ける。

 

 が、彼女の姿は何処にもなかった。

 何処だ!? と思った直後に後ろから感じた人の気配に反射的に勢いよく振り返る。

 振り返ったヴォルデモートの眼に真っ先に入ったのは翼竜の形をした火炎であった。

 先程自分が放射した『悪霊の火』である。

 迫り来る火炎に対抗しようとするが、その前にファイアドラゴンがヴォルデモートの肉体を被覆した。

 

 その光景に分霊箱のことを知らないハリー達は思わず歓喜の声を上げるが………ダンブルドアやフィールは、至って表情を変えない。

 案の定、確かに闇の炎に包まれたはずのヴォルデモートは無傷であり、真紅の双眼でフィールを見据えていた。

 

「やっぱり、か………これで確証が持てた。根本的な物を潰さないと、お前を完全には倒せないらしいな」

 

 冷静に呟くフィールとは裏腹に、ハリー達は愕然としている。

 ヴォルデモートは忌々しそうに歯軋りしながらフィールを凝視した。

 

「………説明しろ。何故お前は生きている?」

「お前に答える義理なんてないと思うけど?」

 

 何事もなかったかのように問い掛けるヴォルデモートにさらっと言い返した、次の瞬間。

 

「こ、これは一体何事だ………!?」

 

 慌てたような男の声が、緊迫感溢れる死の間に反響した。

 全員がそちらを見れば、闇祓いを多数引き連れてきた魔法省馬鹿大臣、コーネリウス・ファッジが瞠目しながら立っていた。

 

「あ………な………ま、まさか………」

 

 幻でも見るような顔で、ファッジは黒いローブを羽織った長身の男に視線を一点集中させる。片側の壁に並んだ暖炉の全てに火が燃え、エメラルド色の炎が床を照らす。瞬く間に多数の魔法使い魔女で溢れたアトリウムは、大きな衝撃を受けたという空気感に覆われた。

 

 ヴォルデモートは舌打ちする。

 分霊箱の存在をほぼ決定的にしてしまった上に今まで信じてこなかった魔法省勤務の魔法使い達に自身の顕在が完全にバレてしまった。

 このまま此処に留まってる理由はない。

 最後にヴォルデモートはフィールの方を見た。

 

「………いつかお前の秘密を暴いてやるぞ」

 

 捨て台詞を吐き捨てたヴォルデモートは最も優秀な手駒の一人・ベラトリックスに触れ、『付き添い姿くらまし』で魔法省を後にした。

 

「ッ………、はぁ………はぁ………ぁぁ………」

 

 ヴォルデモートが居なくなるのを見届けたフィールは途端にとてつもない疲労感と脱力感に心身共に見舞われ、全身を包んでいた銀色の衣が消滅した後、フラッと身体を傾けた。

 同時刻、クシェルが全力で駆け出す。

 フィールが床に倒れる前に、クシェルはギュッと彼女を抱き締めた。

 背中に両腕を回し、両膝をつく。

 本物のフィールだ。間違いない。

 ぬくもりに溺れるクシェルは、その場で思い付いた勢いでフィールの胸に耳を当てる。

 ………規則的な心音が、頬と耳とを伝わって聞こえてきた。

 彼女がちゃんと生きている証拠を肌で感じ、クシェルは思わず涙ぐむ。

 

「フィー………フィー………!」

 

 胸に埋めていた顔を離し、気を失っているフィールを見上げたクシェルは、わあっと泣き出してしまった。

 明るい翠眼から熱い雫が溢れ、白い頬を濡らしていく。

 腕に力を込め、強く強く抱き締める。

 まるで、二度と大切な物を手放さないように。

 

 二人の周囲に駆け寄ってきたハリー達は、黒髪の少女をまじまじと網膜に焼き付けていた。

 あの時………ムーディが撃った死の呪いを受けたフィールが床に倒れたのを、この眼で見た。

 なのに………フィールは、生きていた。

 短時間ではあったが、ヴォルデモートと一戦交えた。

 未だに頭は混乱しているが、それが彼女が生存している何よりの証明だ。

 

 今度は別の意味で涙が流れる。

 ハリーはクシェルの横にしゃがみこみ、フィールの手を取った。

 握った彼女の手は、冷たくも温かかった。

 

「一体これはどういう意味なのだ………?」

 

 ムーディは義眼と普通の眼の両方で、確かに自分が手に掛けたはずの少女を遠目から眺める。

 すると、そんな彼の側へダンブルドアが歩み寄った。

 

「アラスター。フィールを殺そうと考えたりはせんでくれ。あの娘には、素性を知っても尚友であり続けようとする仲間が傍に居る。それをわしらが台無しにしてはならんのだ」

 

 ダンブルドアにやんわりと諭されたムーディは渋顔であったが………程無くして、杖を一突きしてフッと一息つく。

 

「………そうだな。アイツを殺すのは、止めにしよう。どうやらわしは、誤解してたようだ」

 

 フィールを殺すことが魔法界を救う第一歩になどならない。

 今更ながらそれに気が付いたムーディは、彼女やその関係者に対する申し訳無さで、今の胸中はいっぱいだった。

 

♦️

 

 神秘部での激戦を終え、ホグワーツに帰還したホグワーツ生組は医務室で校医のマダム・ポンフリーに応急措置を施して貰い、全員が必ず1日入院することが言い渡された。

 皆それほど大怪我は負ってないが、多少の傷は負った。特に精神的ダメージを受けたハーマイオニーとウィーズリー兄妹は毛布に包まって震えている。

 

 ………無理もない。

 人が死んだ瞬間を眼に焼き付けられたのだ。

 10代半ばの少年少女にとってその光景は、心に深い傷となって刻まれたに違いない。

 心が落ち着くまではそっとしておけ、とダンブルドアは皆に命じ、ハリー達は素直に頷いた。

 

「寝起き後に呼び出してすまんの。調子はどうかね?」

「今は大分大丈夫です」

 

 現在、目を覚ましたフィールは校長室のソファーに腰掛けていた。

 意識を取り戻した時にはホグワーツの医務室に居て、無事に帰還したのだと安堵した後にダンブルドアから校長室に来るよう呼び出され、ハリーとは入れ違いで校長室に訪れていた。

 

「そうか。………さて―――」

 

 校長室に立て掛けられている肖像画の歴代校長達には視認、聴取されぬよう強力な魔法を施しているのを確認したダンブルドアは、いつになく真剣な顔付きとなった。

 自然とフィールも真面目な表情に変わる。

 

「まず、わしは君に謝らなければならない。否、謝って許容されることではないのは十分承知しておる。じゃが、言わせて欲しい。………本当にすまなかった」

 

 ダンブルドアは深く頭を垂れ、謝罪する。

 しかし、フィールは首を振った。

 

「顔を上げてください。もう私は気にしてませんから」

 

 そう言われ、ダンブルドアは顔を上げる。

 

「ありがとう。そう言って貰えるのは嬉しいことじゃ」

 

 若干目元を和らげたダンブルドアであっが、すぐにキリッとした表情へ戻す。

 

「では、早速本題に入るが………単刀直入に言うなれば、君を此処に呼んだのには理由がある。その理由がどんなのかは………君ならば、もうわかっておるじゃろう?」

「ええ、勿論。―――『死の呪文』を受けたにも関わらず、何故生きているか、でしょう?」

 

 ハリー・ポッターのような例外を除いて免れたことは一度もない、『死の呪文』の回避。

 彼は母親の護りの魔法の効果があったからこそ死の呪いから逃れることが出来たが、フィールにはそんな経緯を辿っていない。

 だからこそ、ダンブルドアは気になっていた。

 彼女はどうやって免れたのか、と。

 

「そうじゃ。もう一度率直に言わせて欲しい。君は何故、『死の呪文』を受けても尚生きておるのじゃ?」

「ああ、ちょっと待っててください」

 

 フィールは心で呼び掛ける。

 自身の身体の底で眠っている、母の魂に。

 少しして、クラミーが意思疎通してきた。

 

(貴女からのコンタクトが来たってことは、無事にホグワーツに戻って来れたのね。で、校長室に貴女が居るってことは―――)

(うん。校長に呼び出されて、今は色々説明するためにお母さんを呼んだ)

(わかったわ。それじゃ………実体化するわ。フィール、ちょっとだけ我慢してちょうだい)

 

 フィールが小さく頷いたその直後。

 彼女の胸元から、銀色に輝く光が飛び出す。

 驚きに青眼を見張るダンブルドアの前で―――クラミーは実体化した。

 フィールとの合意の基、彼女が精神をコントロールし、精神力が維持されている間だけはこうして実体化することが可能となったのだ。

 とは言えこれはフィールの脳にかなりの負担が掛かるので、極力は有体守護霊の中に入って姿を取るか、一時的に彼女の身体を利用するかの方がベストなのだが………。

 説明するとなれば、こちらの方が相手もわかりやすいし理解するのも早いだろうと、敢えてこの手段にしたのだ。

 

「お、お主はまさか―――」

《お久し振りです、ダンブルドア校長。フィールの母、クラミー・ベルンカステルです》

 

 クラミーは優雅に一礼し、口角を上げる。

 瞳に驚愕を帯びたダンブルドアは固まった。

 そんな彼へ、二人は説明する。

 

 11年前に吸魂鬼に魂を喰われたが極僅かだけ身体に残留していたこと、それから2年後にフィールから魂を分け与えられたこと、肉体との繋がりを自ら断ちロケットに宿ったこと、魂の境界線のこと等………始まりから現在に至るまでの詳しい経緯を話した。

 

 衝撃的な内容にダンブルドアは考え込む表情で二人を見たり来たりしていたが………粗方頭の整理が追い付いたのか、一息ついた。

 

「なるほど………君が今もこうして生きている理由はよくわかった。じゃが………引き裂かれた魂の一部を分け与えたとはまるで―――」

「―――まるでホークラックスみたい、と?」

 

 フィールの口から飛び出してきたその単語に、ダンブルドアの顔に険しさが浮かぶ。

 

「フィールよ、君はその魔術の詳細を知っておるのか?」

「城にあった闇の魔術に関する本で、中身は」

 

 追及を一言でかわしたフィールは、今度は逆にダンブルドアへ尋ねた。

 

「ホークラックスで思い出したのですが………校長も、ヴォルデモートが長年生存している真髄はホークラックスにあると推測してますね?」

 

 その問いにダンブルドアは小さく首肯する。

 フィールは間を置いてから、再度口を開く。

 

「ヴォルデモートは『悪霊の火』に全身が飲まれたのに、身体の何処にも大火傷を負っていなければ無傷で平然としていた。………これらから考えるにアイツは分霊箱を作成しているのでしょう。それも複数」

「………そうじゃな。わしもそう憶測を立てておる」

《ダンブルドア校長。その内1つは、既に破壊されていますよね? 3年前、ジニーちゃんを操り秘密の部屋を開いた元凶………トム・リドルの日記が》

「うむ。分霊箱でもあったあの日記はフィールが破壊してくれた。わしの推測が正しければ、ヤツは6つの分霊箱を作り―――」

《本人すら気付いていない、7つ目の分霊箱を作成している―――と言いたいのでしょう?》

 

 ダンブルドアが繋げようとした言葉の先は、クラミーによって紡がれる。

 彼は口を噤んだ。

 ………彼女の言う通りなのだ。

 もしも………この考えが正しければ、ヴォルデモート本人すら意図せず作ってしまった分霊箱が1つ存在しているのだ。

 しかしそれは、フィールの手前、とても言いづらかった。

 いや………勘が鋭い彼女のことだから、薄々感付いてるかもしれないが。

 それでも、心に迷いが生じた。

 そんなダンブルドアの苦悩を知ってか知らずかフィールがチラリと見てきたが、何も言わず、ソファーに座り直す。

 

「ま、とにかく………分霊箱が存在する以上、それら全てを破壊しない限り、アイツを倒せないのには変わりない。近い内に騎士団のメンバーで分霊箱に関する情報を収集し、全ての分霊箱撲滅を目指すか」

《そうね。ヴォルデモートを討伐するにはそれしか方法は無いし………ということで、ダンブルドア校長。その時はわたしが分霊箱の位置探知をするので、現状が落ち着いたら、騎士団と話し合いをしましょう》

「分霊箱の位置探知じゃと………っ?」

《ダンブルドア校長。わたしは分霊箱とより近い状態なのですよ? 強力な魔力の痕跡を顕著に残す分霊箱を探索するのには、これ以上ないくらい最適じゃないですか》

 

 分霊箱(ホークラックス)は不死性を獲得するために自身の魂の欠片を閉じ込めるための強力な物体だ。それがあれば例え肉体を喪失したとしても、魂をこの世に結び付けることが出来る。

 そしてまさにクラミーはそれに近い状態だ。

 分霊箱に近い特徴を具現化させているような彼女の存在感は、現状を考えればこれ以上ないくらいの最適な人材である。

 

「そうじゃな………ではクラミー。君が持つその力を、今こそ我々に貸しておくれ」

《ええ、勿論です。………それでは校長。残った話はまた今度にして貰えますか? フィールもそろそろ限界ですし、これらのことを教えなければいけない人達は大勢居ますので》

「うむ、そうするとしよう。フィールよ、今日はゆっくり休みなさい」

「………そうします。では、私はこれで」

 

 見ればフィールの顔には疲労が滲んでいる。

 クラミーは小さな光の球となってフィールの胸元にスッと入ると、彼女はソファーから立ち上がって校長室を後にした。

 

♦️

 

 神秘部での血戦から数日が経過した。

 『名前を呼んではいけないあの人復活』という魔法省が発表したイギリス魔法界全土を恐怖と絶望で震撼させるニュースに、今までヴォルデモートの復活を認めてこなかった世間は一転して真実へと肯定した。

 

 この発表以降、今まで散々誹謗中傷され精神異常者扱いされてきたハリーやダンブルドア、フィールは酷い掌返しもいい加減にしろと言わんばかりの英雄(ヒーロー)扱いだ。魔法省が認めたことで、『日刊予言者新聞』の報道内容もガラリと変わっているのもまた拍車を掛けている。

 

 魔法省はハリーとフィールに『例のあの人』に対抗するべく協力して欲しいと要請したが、ダンブルドアがそれら全てを断固拒否し、二人に近付くことさえ絶対禁止した。

 ハリーとフィールの二人も「自分達は利用されたくない」と拒絶したが、魔法省はこれからもしつこく擦り寄ってくるだろう。

 

 その場合は、ダンブルドア達が庇護する。

 毎年大きな試練に遭遇し、どの生徒よりも多くの重荷を背負い、もがき苦しむ二人に更なる苦痛を与えたくなど、彼らにはなかった。

 

♦️

 

 学年末パーティーを迎える数日前。

 数人の少年少女達は、8階の必要の部屋に集合していた。内装は暖かな印象を与える談話室で皆はゆったりとしたソファーに座っている。

 集合目的は、魔法の訓練でもなんでもない。

 もっと別の大きな理由があった。

 

「ごめんな、せっかく授業が終わったってのに、のんびりする時間を潰して」

「ううん、気にしないで」

 

 バツの悪い顔で謝るフィールに、クシェルが首を横に振る。神秘部にて死喰い人の集団と一戦を交えたハリー達はクシェルの言葉に賛同し、小さく頷く。

 

「そうか、ありがと。………さて」

 

 それまでの表情から一変。

 いつになくフィールはキリッと真剣な顔付きになり、ハリー達も自然と聞く姿勢を取った。

 

「アンタ達に、わざわざ此処に来て貰ったのには理由がある。既に知ってるだろうが………前に約束した通り、全てを話すよ。昔あった私の過去の出来事と、つい先日まで忘れていた………失くしていた記憶を」

 

 状況が状況なだけに、神秘部から生還してきた後、フィールはハリー達に詳しい話をする機会を作れず、中途半端な物事しか知らない彼等に別の混乱を与えたままにしてしまった。

 だが、それでも彼等は「落ち着いたらでいいから全てを話して」と、今日この日までいつもと何ら変わらなく普通に接してくれた。

 

 だからこそ、話さなくてはならない。

 いや………話してもいいかもしれない、と言う方が正しいかもしれない。

 何故ならば―――。

 この人達なら、きっと。

 真実を知ったとしても、自分のことを受け止めてくれると。

 そう………信じられるからだ。

 

 フィールは一度眼を閉じ、深呼吸する。

 そしてゆっくりと吐き出し―――静かな口調で語り始めた。

 

「私の両親はもうこの世に居ないってのは、前々から皆も知ってるだろ? 勿論、両親は生きてたよ。でもそれは、物事ついた頃の5歳の途中までだった。11年前、私は義姉のクリミアの他に、血の繋がった三人の家族―――父のジャックと母のクラミーと………双子の姉、ラシェルと過ごしてた」

 

 双子の姉、と衝撃的な言葉を聞き、初耳であったハリー達は眼を剥く。尤も、クシェルはそんなに驚いてはいなかったが。

 

「とても幸せな家庭だった。両親からは愛情を溢れんばかりに注がれ、何一つ不自由なく暮らしてきた。たとえ裕福でなくとも、賑やかで互いの距離が近かった環境に置かれていた私は、それだけで幸福感を感じていたと思う。………あの時、私は純粋に、いつまでも、このままで家族と一緒に過ごせると信じて疑わなかった。だけど現実は違った」

 

 真面目そうな顔から徐々に苦痛の色が滲んできたフィールは、視線を落とす。

 

「ある日の夜、お姉ちゃんはクリミアと一緒にフランスに遊びに行ってて、私は両親と共に散歩に出掛けていた。月が綺麗な夜だった。両親と笑い合って楽しかった。………そして、そろそろ家に帰ろうとした時―――私達は、生き残りの死喰い人に奇襲された」

 

 あの日―――死喰い人の集団に不意打ちで襲撃されたのが、悲劇の始まりだった。

 

「死喰い人は、私を殺すのが目的だった。皆も知ってるだろうけど、私の一族・ベルンカステル家は数十年前から闇の陣営側にとって殺戮と脅威の対象だ。だから………無知で無力な幼い子供であった私を葬り去ろうと襲ってきた」

 

 自分で自分のことを『無知で無力な子供』と口にしたフィールは、今度は屈辱と悔しさに母親譲りの整った顔を歪めていく。

 

「あの時、私は本当に怖かった。不気味な仮面をつけ、野望に満ちた眼差しでこちらを見る死喰い人を間近で見て………5年間の人生の中で初めて『恐怖』と言う感情を抱いた。でも、それ以上に怖かった経験がこの後に起きた」

 

 フィールは両手で顔を覆い、一つ息を吐いて再度口を開く。

 

「父は単身で死喰い人の集団と戦い、母は私を抱いて走った。私は母の胸にしがみつき………不意に、言い様のない悪寒ともう二度と幸せな気分にはなれないんじゃないかという不快感が押し寄せてきた。それが―――ルシウス・マルフォイからの『クラミー・ベルンカステルを廃人にして欲しい』と依頼を受けた、ドローレス・アンブリッジが派遣してきた吸魂鬼だった」

 

 クシェル達はハッと息を呑む。

 神秘部でもルシウス本人がそう言ってたのを思い出し、皆は改めてルシウスとアンブリッジの冷酷非道な行いに激しい怒りを露にした。

 特にハリーはワナワナと全身を震わせている。

 つい最近、8月2日の夏休み中にハリーをホグワーツ退学にさせようとリトル・ウィンジングに吸魂鬼を送り込んだ張本人が、かのアンブリッジだったと発覚したのだ。

 尚更ハリーは憤りを抱かずにはいられない。

 心の拠り所であり居場所でもあるホグワーツから自分を追放しようとしたアンブリッジが、大切な友人の母親を間接的に奪ったのだ。しかもその依頼主が大嫌いなマルフォイ家の人間となれば、倍腹が立つのも仕方ない。

 

「突然、私の身体は宙を舞い、地面に叩き付けられ………振り返ってみたら、吸魂鬼がお母さんの魂を吸っている光景が眼に飛び込んできた。私は『お母さんを助けなきゃ!』って思って無我夢中になって駆け出し―――今度は吸魂鬼が私の顔のすぐ側まで迫って、頬に触れてきた」

 

 その時の場景が浮かび上がり、フィールは頭を抱える。

 

「………………恐ろしかった。あの時、頬に触れられた冷たい感触………。目の前に迫った吸魂鬼のおぞましい顔が、今も頭から離れない」

 

 そして今でも忘れられない。

 忌々しく、この手で殺したい………親の仇が。

 

「魂を吸い取られる恐怖に私は屈して、思わず泣きながら『助けて』って懇願し………お母さんは最後の力を振り絞って、私を突き飛ばして吸魂鬼から庇った。だけど………そのせいでお母さんは廃人になり―――助けに来てくれたお父さんも、吸魂鬼を追い払ってくれた後、撃退したと思ってた死喰い人に………血まみれになりながら、私を庇って殺された」

 

 それを聞き、皆は怒りで真っ赤になっていた顔を蒼白させる。ハーマイオニーなんかは、口元を押さえて唇を震わせていた。

 

「私は頭が真っ白になって………気付いた時にはクシェルのお母さんが勤務している聖マンゴに運ばれてた」

 

 聖マンゴから退院した後―――絶望に打ちひしがれていたフィールに待ち受けていたのは、過酷な運命だった。

 父の葬儀終了直後、父方の叔父・アレックに「お前が死ねばよかった」と言われ。

 6歳の頃にクシェルと出会ったことがきっかけで徐々に立ち直っていったのに、その1年後に自身の半身である双子の姉を母の時のように吸魂鬼によって失い。

 そして………アンブリッジから告げられた真実に怒り狂い、報復しようとした過程で―――

 

「―――私は………突然現れた叔母のシュテラを誤って殺してしまった」

 

 シュテラがやって来た理由は、ラシェルの魂を葬るようアンブリッジに頼んだのは、唯一の肉親だった兄をフィールのせいで奪われたと怒った夫のアレックだと、事件の裏側を伝えようとしたからだった。

 でも、それを伝えられないまま、この世を去り―――9年前の悲劇の元凶・アレックは今まで妻に暴行を振るってきたのを激しく後悔し、死んだ妻の後を追って自ら命を絶った。

 当時、事件の裏側を知る由もなかったフィールは自分の叔母に手を掛けてしまった罪に押し潰され………全てを受け止めきれず、何もかも手放して、自分を"閉ざすため"に胸の奥底に封じた結果、一部の記憶を失くしてしまった。

 

 全てを話し終えても、誰も口を開かなかった。

 皆は何かを堪えるように口を開いては、閉じてを繰り返す。

 断片的にしか知らなかった事の真相を知り、彼等は色んな感情がごちゃ混ぜになって、怒っているのか悲しんでいるのか、それすらわからなかった。

 フィールは確かに罪を犯した。

 故意ではなくとも、人の命を奪ってしまった殺人鬼だ。

 だが………自分達が彼女と同じ立場に立たされた時、果たして今と同じことが言えるだろうか?

 大切な家族を奪われ、ボロボロに傷付いた心を更にズタズタに切り裂くような出来事に直面して、それを憎まずには、たとえどんなに優しい人間であろうとも決していられないだろう。

 フィールの心を想うと、尚更胸を強く締め付けられた。

 

「………あれ? ちょっと待って。フィールはどうして、叔父さんがアンブリッジに吸魂鬼を送り込むよう頼んだってことや、そのことを伝えようとして叔母さんが現れたって、知ってるんだ?」

 

 ハリーの疑問の呟きに、フィールは胸に手を当てる。

 

「直接話してくれたんだ、本人が」

「本人って………まさか、シュテラさんが?」

「ああ、そうだ。………実は、この話には続きがあるんだ。まだダンブルドアにしか話してないことだけど、アンタ達には知っておいた方がいいと思うから、それも話す」

 

 フィールは、ダンブルドアに話した時と同じ内容を語り出す。

 母のクラミーの魂はまだほんの僅かに残留し、2年後に娘のフィールから魂を分け与えられ、肉体との繋がりを断ち切る代わりにロケットに宿って見守っていたこと。ムーディから『死の呪文』を受けて、強制的に生死の狭間・魂の境界線に送還されたこと。そこでシュテラとも出会い、彼女に真実を告げられ、そして互いに互いの後悔や罪の意識を打ち明けて、和解したこと………。

 

 次々と明かされていく衝撃的な内容にハリー達は頭の整理が追い付かず、茫然とした。

 皆は無言でフィールを見つめていたが………。

 

「フィール」

 

 やがてハリーは、おもむろにフィールの右手を握った。

 

「よく話してくれたね、ありがとう。まだ少し驚いてるけど………僕は、フィールの傍から離れない。たとえ、他の人達が君のことを避けたとしても………僕は居なくならないから」

 

 今にも泣き出しそうな顔をしてるクセに、ハリーは泣かず、そして力強くそう言った。クシェルもハーマイオニーも、ロンもジニーも、ネビルもルーナもセドリックも、ハリーの手の甲に自らの手を重ねたり、優しく頭を抱いたり、背中を優しく撫でたりする。

 

「………皆、ありがとな」

 

 フィールは思わず涙ぐむ。

 自分の全てを受け止めてくれた彼等に、胸がいっぱいになった。

 フッと眼を閉じ、身も心も委ねる。

 大切な友人達のぬくもりを肌で感じるフィールは心の中で固く決意した。

 

 この人達は、絶対に死なせはしない。

 たとえ―――。

 魔法界全土を敵に回したとしても。

 

 

 ―――彼等は、私が命に賭してでも護り抜く。

 

 




【ラシェルを廃人にするよう依頼した張本人】
アレック・クールライト。
そして妻に暴力振るっておきながら死んだら後追いして自殺するというコイツほど身勝手なクズ野郎はいないと言うクズな人間を演じてくれました。
実は最初の予定では生かしておいてフィールと一戦交えるという手もあったが没となりました。
あくまでも本当の意味で決着をつける相手はただ一人(1体?)だけでいいのです。
ということで、結局のところアレックの登場場面は回想だけでした。

【フィール、シュテラと和解する】
これで全てが吹っ切れた、と願いたい。

【別れの言葉】
実際は戸籍上の姪だけど娘と言ったのは、エミリーみたいに娘みたいに思ってたというのと、子供が欲しかったからそう言わせました。

【《~》】
クラミーの会話文。
ただしテレパシーの場合は(~)に。

【6章以降のクラミーの居場所】
フィールの身体の奥底or銀のロケット。
前まではロケットに宿ってなきゃいけない状況でしたが、フィールが事の事情を知ったのでその必要性は一応なくなりました。ま、時と場合によってはロケットに宿ったりして移転しそうですけどね。
なので次章からは普通にレギュラー化するでしょう。
フィールの精神力が維持されている間は実体化出来るようになりましたし、しかも有体守護霊の中に入ったらそれでも実体化出来ます。
フィールの身体の奥底に居る間は基本的に「(。-ω-)zzz」と眠ってますが、完全に意識が途絶えてる訳ではないので意思疎通は可能だし、しかもフィールの意思次第で自由に魂の境界線に行けます。
今後は魂の境界線でクラミーと訓練を積むでしょう。

【フィールの過去全て知ったハリー達】
それでも傍から離れないと誓った。
フィールはいい仲間に恵まれましたね。

【不死鳥の騎士団編終了】
これまた前作に引き続き#数最多となった5章、なんとか終了出来ました。
遂に本章にて、フィールの過去、そして『彼女』の正体が全て明らかとなりました。幼い頃、まだ両親と双子の姉が傍に居た時は何処にでも居るような女の子だったのに、ある日を境に激しく豹変し………母親を奪った元凶を知って壊れてしまい、最終的に叔母を殺してしまったと言う、衝撃的な事実が隠されてました。

第2の悲劇の元凶は、間違いなくアレックでしょう。そしてフィールの性格を歪めたトリガーもまた、コイツが原因です。
ただ、実はの話、アレックのおかげでもあるんですよね、フィールが強くなったのは。
無論、道徳的な意味合いで言うなれば外道そのもの。自分が引き起こした事件の末で妻を亡くしたので、あんなことしなければよかったのになと、自業自得です。
ですが、アレックがあの事件を生み出さなかったら、フィールはクラミーと会うことも、クラミーがディメンターに変貌するのを阻止出来たのも、全て無理だったんですよね。
もう一度母親と会いたかったクリミアとフィールはそれぞれ異なる形ではありますが、それでもクラミーと対面することが出来、この上なく嬉しかったでしょう。そうすることが可能だったのも、間接的にアレックが関与したから。

物事と言うのは単純なようで複雑なもので。
視点を変えてみると、色んな見方が出てきます。
正しい答えは、恐らく見つからないでしょう。
でもそれでいいんです。
物語の結末が星の数ほどあるように。
そこに至るまでの過程が星の数ほどあるように。
数多くの考察が星の数ほどあれば、結論もまた星の数ほどあるって訳です。

さて、次回からは『謎のプリンス』編。
第6章へ続きます。また見てね、バイバイ。
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