【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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※今回ちょっとアンチ・ヘイト要素あります。苦手な方はブラウザバックを推奨します。


#93.ウソつき

 汽車に残ったフィールが行方不明となったハリーを発見し、ホグワーツへ向かう前―――。

 先にホグワーツ特急を下車したハーマイオニーとロンは、ホグズミード駅とホグワーツ城の間を運行する『馬なしの馬車』が在る所まで他の生徒達の波に乗りながら二人で歩いていた。

 チラリとハーマイオニーは肩越しに振り返る。

 遅れてやって来るだろうフィール(とハリー)のことが少し気掛かりだが、彼女ならきっと大丈夫だろうと思うようにし、不安を拭い去るよう小さく頭を振ったハーマイオニーは、険阻な道のりを歩行するのに集中する。

 やがて馬車道に辿り着いた二人は、天馬の一種で有翼の馬の姿をした爬虫類のような生き物が馬車に繋がられている光景を目の当たりにして、ピタッと立ち止まった。

 巨大な黒い馬の胴体には肉が全く無く、黒い皮が骨にピッタリ張り付き、骨の一本一本がハッキリと見えている。ドラゴンのような頭に瞳の無い白く濁った眼、黒く長い尾、背中の隆起した部分から翼が生えているこの魔法生物は死を見たことがある者だけにしか見えない『セストラル』だ。

 

 ハーマイオニーとロンは息を呑む。

 去年の『魔法生物飼育学』の授業でセストラルを学んだ時、その姿が見えた生徒はフィール、ネビル、セオドール・ノットの三人だけだった。

 当時は単なる好奇心から、「自分も見えたらいいのに」と一部の人間しか視認出来なかったセストラル特有の性質にぼやいていたが………いざ見えるようになると、形容し難い感情が沸々と沸き上がってくる。

 これもひとえに()()()()()()からだろう。

 人が生と別れを告げた瞬間を。

 命の灯火が消えるその一瞬を。

 この眼に焼き付けられたから………今、こうしてセストラルの姿が見えている。

 不可視から可視に変化した二人は、死を見たことがあると言うのはどういう意味なのか、それを否応なしに考えさせられる場面に直面した。

 

「………ハーマイオニー、君は見えてるかい?」

「ええ………勿論、よ」

「確か、コイツの名前………セストラルだっけ。去年まで見えてなかったはずのセストラルが見えるってことは―――」

「そういうことよ、ロン。私達は『見た』から、セストラルが見えるのよ。………命の炎が燃え尽きた、誰かの『死』を」

 

 言外でエミリーのことを指しているのだろう。

 遠い眼になったハーマイオニーは手を伸ばす。

 セストラルの姿を認められるようになったためか、身体に触れるようにもなっていた。

 ドラゴンのような頭を撫でていたハーマイオニーは、思わずといった感じにポツリと呟いた。

 

「………エミリーさん……………」

 

 すると………その呟きが聞こえたのか、セストラルが顔を動かし、こちらをじっと見てきた。

 死者特有の濁った瞳のような、生気を感じられない白い眼。

 輝きを失った眼差しで見つめられ、ハーマイオニーは言葉を失う。まるで今の自分の胸中を見透かされているような、全部筒抜けのような、そんな錯覚に陥り、絶句してしまった。

 

「ハーマイオニー? 大丈夫か?」

 

 硬直化したハーマイオニーを見たロンは心配そうに顔色を覗く。ロンの声でハッと我に返ったハーマイオニーは慌てて首を振った。

 

「大丈夫よ、ちょっとボーッとしてただけ。そんなことより、早く乗りましょう。じゃないといつまで経ってもホグワーツに向かわないし、他の皆に迷惑掛かっちゃうわ」

 

 妙に明るい笑顔を浮かべて促したハーマイオニーにロンはブルーの眼を細める。彼女は辛い気持ちになったのを悟られないよう、仮面のように笑顔を貼り付けて誤魔化したに違いない。

 が、あの一件以来、精神的にも人間的にも成長を果たしたロンはハーマイオニーの気持ちを配慮し、「そうか」と敢えて何も言わず、馬車に乗り込んだ。

 

♦️

 

 毎年恒例の新入生歓迎会パーティーが終了し、お馴染みの新任教師発表や注意喚起も終えた後、その場は解散となった。各自の寮へ続く廊下を歩きながら、ホグワーツ生達は先程の仰天ニュースにざわざわとざわめきが未だ収まらない。むしろ波紋は広がっていくばかりだ。

 かつてホグワーツで『魔法薬学』の教鞭を取っていたホラス・スラグホーンが復職し、それに合わせて『闇の魔術に対する防衛術』担当がスリザリンの寮監セブルス・スネイプに変更するのを前から知っていたフィールだけは別段驚かなかったが………。

 新任のスラグホーンはともかく、今年いっぱいのスネイプの担当教科にホグワーツ生、特にハリーはこの日一番の衝撃を受けた。以前からスネイプが防衛術の担当を志願していたのは前々から周知の事実だったのだが、今までダンブルドアがそれを聞き入れたことはなかった。

 それがどういう訳か、今年になりスネイプの悲願が遂に実現してしまったのだ。ハリーは一番好きな教科が一番嫌いな教科にならないか、胸中は不安と心配と憎悪が渦巻いていた。

 教師関連の話以外では、この夏に城の防衛魔法や警戒措置が強化されて夜間外出禁止令が下されたり、生徒一人一人が安全を心掛けるよう呼び掛けられた。闇祓いのトンクスやサベッジ、プラウドフット、ドーリッシュが今年ホグワーツの警備に当たっているのをダンブルドアは口にしなかったので、フィールは他の生徒達に要らぬ心労を掛けないために敢えて言わなかったのかと思うようにした。

 

「ねえ、フィー………久し振りに会ってみたら、なんか窶れてない?」

 

 地下牢に位置するスリザリン寮の女子部屋。

 新入生に合言葉等を教えて監督生の仕事から解放されたクシェル・ベイカーは、久方ぶりに再会するルームメイトのフィールの姿を見て、怪訝な表情で眼を細めた。

 フィールの端正な顔には、隠しきれない疲労が滲んでいる。ついさっきまでスリザリン生の注目の的だったフィールは自分に突き刺さる強烈な視線に、色々なストレスが溜まっていたことと相まって我慢の限界だった。

 

「………別に」

 

 ローブとカーディガンを脱ぎ、ワイシャツ姿になったフィールはネクタイを緩ませながら、疲れた顔を隠すようにプイッと背ける。あからさまに隠し通そうとする仕草にクシェルは、別の話題を口にした。

 

「夏休みの大半、フィーはハリーを匿うロンの家で彼のガーディアンを務めてたらしいね」

「………ああ、そうだよ」

「いつだったか、ハーマイオニーが倒れたってお母さんから聞いたんだけどさ………洞察力が鋭いフィーがハーマイオニーの体調不良を見抜けなかったのって、本当は不注意じゃなく、心身共にバテてたからじゃないの?」

 

 クシェルの言葉にフィールはギクッとする。

 認めたくはなかったが、図星だったからだ。

 本来のフィールであれば、ほぼ毎晩悪夢に魘されていたハーマイオニーの異変を誰よりも早く察知していただろう。そうすれば、あのようなハプニングは未然に防げてたはず。

 なのに、フィールがハーマイオニーが限界を迎えて倒れるまで気付けなかったのは………過労で非常に疲弊していたからだ。蓄積した疲労が極致に達していたフィールは、多事多端故のイライラやストレスからピリピリしていたメンバーの何人かに「もっと気を付けろ」と組織内で最もハリーやその友人と近しいことから、こっぴどく叱責されたことがあった。

 

 顔色が悪かったことさえ完璧には気が付かなかったフィールは、自分がもっと気を配っておけばよかったと後悔していたので、咎められても仕方ないと捉えていたが………実際はダウン寸前まで彼女も追いやられていたのだ。

 ハリーの護衛に隠れ穴の警備、いつ奇襲してくるかわからない闇の陣営への警戒心と緊張感。

 ハリーの同級生で戦闘に長けていると言う理由から押し付け同然で騎士団の役割を任されたフィールは、友人が意識を失って倒れたのを側に居ながら察知出来なかった失態もあり、とにかく色んな意味で眠れぬ日々が続いて夏季休暇はまともな休息をほとんど取れなかった。

 

「…………………………」

「無言は肯定と見なすよ。フィー、言い方は悪いけど、貴女は洗脳されてるように私は感じる」

「は? 洗脳?」

「騎士団の人達、何でもかんでもフィーに任せっきりにしてるのに、フィーは文句の一つも言わなければ、理不尽に怒られても素直に謝る。あの人達はそうやって、フィーの優しさに付け込んで無茶ぶりさせたり、感情の捌け口にしてんだよ? いくら嫌なことばかりでムシャクシャしてるからって、フィーに八つ当たりするのはおかしいじゃん」

「クシェル。言っとくけど私は洗脳されてない。騎士団の一員として強制はされてる訳だけど、私個人の気持ちは強制でも何でもないぞ」

 

 フィールはクシェルを安心させるようそう言ったのだが、クシェルは厳しい顔のまま、首を横に振った。

 

「わからないの? それが洗脳されてるってことに。フィーは無意識・無自覚な娘だからね。自分では気付かないのも無理かな」

「いや、だから………」

「フィーは奴隷として操られている。待ってて、すぐに私が軟禁状態から救ってあげるから」

「私は操られてなんかいない。私は自分の意志でアイツらの傍に居る。校長から『必要最低限ハリーを見守って欲しい』とは頼まれたけど、元より私はそうするつもりだ。それに、夏季休暇を普通に過ごせなかった分、学校生活を此処では一般の生徒と変わらず送って欲しいと言われたし」

「…………………………」

「クシェル、一体どうしたんだ? アンタ、こんなこと言うようなヤツじゃないだろ?」

 

 フィールは語気を強くしてクシェルに問う。

 しかし、クシェルは肩を軽く竦めただけでフィールの問いには答えず、どこか冷めた眼差しで逆に質問し返した。

 

「あのさ、フィー………フィーはいつから、ダンブルドアの言いなりになるようになったの?」

「え………?」

 

 今、彼女はダンブルドアを呼び捨てにした?

 その事にフィールはビックリしてしまった。

 どの教師も呼び捨てにせず、必ず『先生』を付けるクシェルが敬略称するなど、今まで一度もなかった。フィールやハリーは、時折敬称を略するのだが………。

 

「神秘部でムーディはフィーを本気で殺そうとしたってのに、ダンブルドアは一切手出ししなかった。むしろフィーの抹殺を頭に入れた上でこの数年間貴女に接してきた。………それってつまり、端からダンブルドアはフィーを見捨てようとしてたって意味だよ? なんで、そんな人間の命令を従順に従うの?」

 

 耳に入る声は聞き慣れた少女のそれなのに、その声の持つ響きはフィールの知らない冷たさを孕んでいた。

 クシェルの顔を見たフィールは両眼を見張る。

 声だけでなく、顔付きも変わっていたからだ。

 優しい雰囲気は一切無く、いつもキラキラ輝いている翠の瞳には剣呑な光が宿っている。

 

「笑っちゃうよね。『自他共に認める天才で20世紀で最も偉大な魔法使い』? 『闇の帝王が唯一恐れる人物』? 仲間が生徒を殺害しようとしたのを阻止するどころか、傍観して見殺しにするようなただの最低なヤツが、どうして周りからは『頼もしい賢者』なんかと呼ばれるんだろうね。私には意味不明としか言い様がないよ」

 

 生徒一人を命の危機から救おうとしないで、何が偉大な魔法使いだ。何が賢者だ。

 密かにフィールの命を狙っていたのに、ヴォルデモートの魔の手から保護するとか、ふざけたこと抜かしやがって。

 心配する素振りだけで闇の陣営に対する戦力としてしか見ていなかったとか、彼女を監視下に置くために形だけ騎士団に引き入れたとか、あの一件以来、クシェルの頭の中はそういう考えで満たされていた。

 

「騎士団に入団を許可する前から、フィーを見捨てるつもりだったクセに、ダンブルドアは悪びれず、平然とハリーの護衛を頼む。私からするとふざけんなって思うよ。『スネイプ先生がスリザリンを依怙贔屓するなら、自分はグリフィンドールを依怙贔屓する』のとは訳が違う。ダンブルドアは貴女の全てを蔑ろにした。人生も、生命も、人権も。『例のあの人』を倒せるハリー・ポッターさえ生かせれば、フィール・ベルンカステルは死んでも構わない。そういう考え方だったんだろうね、きっと」

 

 目の前に居るのは本当に本物のクシェルなのだろうか? 誰かがポリジュース薬でも飲んで自分の前に立っているのではないだろうか?

 眼前の彼女に疑惑の眼を向けた、その時。

 クシェルが、ゆっくりと歩み寄って来た。

 ジリジリと近付いてくるクシェルに、フィールは金縛りにあったかのように動けなくなる。背筋が凍り、全身に緊張が駆け抜けた。本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らすが、フィールはその場に縫い付けられたように足を動かせない。

 徐々に距離を詰めてくるクシェルへ、動けなくなったフィールはなんとか声を絞り出す。

 

「クシェル………アンタ、本当にクシェルか?」

「何を言ってるの? フィー、私は本物だよ?」

 

 クシェルは、何当たり前なことを訊くんだ? と言いたげな面持ちで不思議そうに小首を傾げる。

 

「だったら、なんで………」

「私は事実を言ってるだけ。今の言葉に嘘は一つも混じってないでしょ?」

 

 そう言ってクシェルは―――フリーズするフィールの脇を通り過ぎた。極上の獲物を前にした獣のような瞳で接近してきたので、何もされなかったフィールは少し肩透かしを食らう。

 

「え………?」

 

 しかし、すぐにそれが間違いであることを思い知る羽目になった。

 正面からは手出しせず、普通に横を通過したクシェルは後ろからフィールの黒髪を梳くい取り、

 

「ウソつき」

 

 と、狙った獲物を絡め取るよう、力一杯抱き締めた。

 

「ッ!?」

 

 ドキッ、とフィールは胸が高鳴る。

 忘れ去った頃にバックハグされ、パニックに落ち掛けた。

 

「もう二度と、私から離れないでってあの時言ったのに………フィーは一度、私の傍から離れようとしたよね?」

 

 背中越しに、クシェルが厳しさを込めて訊いてきた。

 

「ムーディに殺されるの、受け入れたよね?」

「あ、あの時は………」

 

 更に問い詰めてきたクシェルの顔を見られず、フィールは眼を伏せる。口調は静かだけれど、決して言い逃れ出来ない響きを持っていた。

 

「うん、そう仕向けたのはムーディだよ。フィーを追い詰めて、私も争いに巻き込んで、フィーが死んだら私………いや、魔法界の住民は自分と言う新たな脅威に怯えることはないと、そう思い込ませた………」

 

 白い肌とは対照的の黒い髪をクシェルは弄る。

 

「んぅ………」

 

 クシェルに指先で髪を弄られる度、フィールはゾクゾクする感覚が身体を走り抜けた。

 

「ホント、ダンブルドアやムーディってクズな人間だよね………フィーが死ねば魔法界の人々は助かるとか、そんなの。何人死ねば何人助かるなんて、数で救える命を数えるとか、そういう馬鹿げた結論に至った連中の思考回路がどうなってるのか、一回覗いてみたいよ」

 

 ダンブルドアや不死鳥の騎士団へ毒を吐き、ギュッとフィールを抱き締める両腕に力を込めながら、淡々とクシェルは言葉を紡ぐ。

 

「フィーはよくやったよ。自分を犠牲にしてまで誰かの救世主で在ろうとしたフィーを、私は見てきた。………もう、他人のために頑張るのは御仕舞いにしようよ。もっと自由に生きようよ。フィーはずっと、檻に閉じ込められて生きてきたんだから」

「私は、ただ………」

「相手が大人だからって簡単に服従しないでよ。騎士団のメンバーになってまで優等生でいる必要はないでしょ? そんなに辛そうな顔をするってことは、本心はこういうしがらみから少しでも逃れたいからじゃないの?」

 

 クシェルにそう言われ、「え………」とフィールは絶句する。

 自分では全く自覚が無いのだが、どうやら、苦悶の顔をしているらしい。

 今度こそフィールは混乱に陥った。

 そんなことを考えた記憶はない。わからない。

 クシェルの言いたいこともなんとなくわかる。

 わかるけれど、わかりたくない気もして………頭がぐちゃぐちゃになる。

 自分がハリーのガーディアンを務めていたのは何も騎士団の任務が全てじゃない。ちゃんと自分の意志で選んだことでもある。

 しかしクシェルはそれを『洗脳されている』と否定した。彼等はその優しさに付け込んで、ハリーの護衛を全部押し付けたり感情の捌け口にしてる、と。

 

『もっと気を付けろ。お前が一番ポッター達の近くに居ながら何やってたんだ』

『あの娘が元気になって何よりだが………わかるだろ? 俺達は忙しいんだ。頼むからこれ以上面倒事は増やさないでくれよ』

『ダンブルドアやムーディだってお前を信頼してんだ。また同じことをやらかしたら面目失うぞ』

 

 何処かで、自分を責める声が聞こえてくる。

 倒れたハーマイオニーの身はある程度案じながら、疲労が蓄積していくフィールには心配する言葉を一つも掛けない、叱って『当たり前』のように責め立てた………大人達の非難の声が。

 あの時フィールは、怒鳴られても嫌な顔一つせず素直に「すいません」と謝罪した。

 現状でハリーを護りつつ、一般市民の安全を少しでも確保するべく危険を承知で奔走する彼等に比べたら、自分のやってることなんてまだ楽な方だと、事前に阻止出来なかったのをハーマイオニーに対してもその他の関係者対しても申し訳なかったから………反省して、謝った。

 が―――本当は薄々感付いていた。

 彼等は自分をストレス解消相手にしていたことに。

 自分達が多忙な大人で言い返さないことをいいことに、自身が八つ当たりの対象として見られていたのを、微かにニヤニヤ笑っていたのを見た時から………ストレスのやり場を見付けて楽しんでいるような感じもすると、なんとなく、察していた。

 

「黙って………」

 

 胸の奥底から沸き上げてくるどす黒い感情を抑圧するよう、フィールはか細い声で呟く。認めたくはないが、クシェルの言葉は一理ある。

 でも、だからと言ってすんなりと受け止めてしまえば………尚更混乱して、率直の気持ちが何なのか、わからなくなってしまいそうで―――怖かった。

 

「そう言うってことは、苦しいんだね?」

「違っ………」

「フィー、あの人達に裏切られたのを知った時、どんな気持ちだった? 少しもショック受けなかった?」

「………ッ」

 

 ………何も言えなかった。

 クシェルの厳しい言葉が、フィールの心の、一番脆くて傷付きやすい場所に突き刺さる。

 何とも思わなかったと言えば嘘になるし、一度も傷付かなかった訳が無い。去年の今頃、幾度となく不死鳥の騎士団の結束力やヴォルデモートを初めとする闇の魔法使い・魔女に対する対抗心をフィールは見てきた。

 それ故に、残酷な秘密を持たれていたことに疎外感やショックを感じた。仲間に迎えられたはずなのに、いつかは殺す気でいた………。

 初めから疑いの眼差しで見られていたのならショックは少ないが、一度受け入れたと思っていた相手だと、裏切られた感じは大きかった。

 

「お願い………もう言わないで………」

 

 堪らず、フィールは両手で耳を塞いだ。必死になって首を振る。もう、聞きたくない。

 

「昔の話を蒸し返さないで………あの人達とは和解したし、もう解決したんだから………」

 

 しかし、クシェルは止めなかった。

 

「だったら、なんで泣いてるの?」

 

 いつの間にか、フィールは泣いていた。

 蒼い眼から涙が溢れ、頬を伝っている。

 何故涙が込み上げてきたのか、本人にもわからない。

 ただ、溢れた涙が顔をぐちゃぐちゃにさせた。

 

「フィーは『過ぎたことは悔やんでも仕方ないし私自身もう気にしてない』って言うけどさ………本当はあまり意識しないようにしてるだけで、辛くて苦しい気持ちを無意識の内に圧し殺してるんじゃないの?」

 

 解決したなら話を振り返すのは止めようと言った一方で、自分のボロボロに傷付いた心と向き合うことから逃げた。

 そういう話題は自分にとっても嬉しくないからだが………とにかく、色んなものを理由にして逃げたかった。

 

「そうやって何でも自分の気持ちを封じ込めるからいけないんだよ。貴女は誰かの従者でもなければ奴隷でもない。虚偽の自分を装い苦闘するのは今日でサヨナラして、ありのままの自分に戻ろうよ」

 

 騎士団やガーディアンと言う堅苦しい物事との関わりを全て断ち切り、ただ普通に友達と笑い合って学校生活を送れるなら、今すぐにでもそうしたい。いっそのこと、戦いから逃げたい。

 だがそれは紛れもなく、ヴォルデモートからハリーやクシェルを護り抜くと誓った仲間達、そして何よりも自分自身への裏切り行為そのものであった。

 フィールの心が感情と使命の間で揺れる。

 と―――不意に髪を掻き上げられ、露となった白い首筋に口付けを落とされた。

 

「んっ………」

 

 不意打ちで首筋にキスされたフィールはビクッと身体を震わせ、擽ったそうに身をくねらせる。

 首・首筋へのキスは『執着』の意味。

 離したくない、と意思表示してきたクシェルにフィールは肩越しに振り返った。

 

「クシェ、ル………急に……何するのよ………」

「? 別にいいでしょ、こうした形で貴女のファーストキスは奪ったりしないから」

「そうじゃなくて………なんでいきなり、こんなこと………」

「フィー、前に私に言ったでしょ? 『もしも、私が貴女の傍から離れようとしたら、無理矢理でも、私を捕まえて』って」

 

 去年のクリスマス。

 聖マンゴ魔法疾患傷害病院のヤヌス・シッキー病棟で曖昧だった記憶を完全に思い出した時、フィールはクシェルにそう言った。

 

「だから、離さない。無理矢理でも貴女を捕まえなきゃ………貴女はずっと、束縛された世界の中で生きなきゃならなくなる」

 

 クシェルが今のフィールの有り様に触れなければ、余計な混乱を招くこともなかったし、終わり無き戦いに終止符が打たれるまで、さも当たり前のようにハリーやクシェルのガーディアンを全うしたかもしれない。

 しかし、それを踏まえた上でクシェルが否定的な意見を述べて今の生き様に疑問を持たせなければ、フィールはいつまでもダンブルドアの支配下に置かれた世界で生き続けなければなかったとも言える。

 第三者の立場であるクシェルはどちらが望ましいとも言い切れない状況に葛藤し、こうしてフィールを頑なに捉えて離さなかった。

 

「離して………」

「ダメ、離さない」

「私は大丈夫だから………私は平気だから………ほっといてよ」

 

 フィールがクシェルを突き放そうとしてそう言った直後。クシェルは回していた腕を離したかと思いきや、フィールの腕を掴んでベッドに放り投げた。突き飛ばされたフィールは、バランスを崩してベッドに身体が沈む。フィールが半身を起こそうとする前に、クシェルは彼女の上に乗っかった。

 

「ほっといて、とか言わないでよ! フィー、一人で難しいなら私が協力するから! 言ったでしょ? もう、人のために頑張るのは止めて自分のために生きてよ!」

 

 フィールが逃げないよう押し倒したクシェルは頭を持ってぐいっと押さえ込み、額をコツンと合わせる。フィールはジタバタ抵抗するが、この長期休暇でかなり窶れたせいか、それとも倦怠感に襲われたせいか、押し退けられない。

 ふと、眼を瞑ってクシェルの顔を見ないようにしていたフィールは頬に何かが滴り落ちたのをきっかけに恐る恐る眼を開け、愕然とした。どういう訳か、クシェルさえも涙していたのだ。彼女の翠の瞳からは涙が溢れ、その透明で熱い雫はフィールの白い頬を濡らす。

 

「せっかく、フィーは私達に過去を打ち明けて素顔を見せてくれたのに………これ以上、虚偽の自分を振る舞う必要が何処にあるの? 貴女は闇の陣営に対抗する『兵器』でも騎士団に尽くす『奉仕者』でも何でもない。『普通の女の子』として生活する権利があるはずなのに………こんなことおかしいでしょ! なんで誰もフィーを護ろうとしないの! こんなの、強制的に戦線に投げ込んで何もせず帰りを待つのとおんなじだよ! 今の時勢、生き残れるかどうかも怪しいのに………どうして誰も、フィーのことは気に掛けてくれないの!」

 

 大声で言い切ったクシェルは息を荒くする。

 自分の中に出来た強烈な感情を上手く処理出来ず、とにかく感情の赴くままに叫んだため、呼吸を整えるのに時間が掛かってしまった。

 

「…………………………」

 

 クシェルの泣き顔を見つめながら、フィールは顔を歪ませる。泣きたくないのに、泣いてしまう自分に嫌気が差し―――クシェルをも泣かせてしまった自分に腹立たしく思った、次の瞬間。

 コンコン、とドアをノックする音が、奇妙な静寂に包まれた室内に響いた。

 

「「………!!」」

 

 ハッと二人は泣くのを忘れてドアを見る。

 その直後、扉越しに声が聞こえてきた。

 

『フィール、クシェル、起きてるかしら?』

 

 声の主はダフネ・グリーングラスだった。

 クシェルとフィールは「ヤバい!」と同時に危機感に駆られる。

 この状況を見られたらマズい! 特にダフネには!

 だが、あたふたする二人に現実は非情だった。

 

『? 居ないのかしら、入るわよー』

((いやいやいやいや、なんで入ってくんのこんな時にダフネのバカァ!))

 

 ドアノブが回されるのが遠目に見え、心の中で見事シンクロした二人はサッと顔面蒼白し、思考が停止してしまう。

 が、先に思考が再起動したのはフィールだ。

 急いで起き上がったフィールはクシェルと体勢逆転すると、バサッと彼女の姿を外からは見えないよう毛布を覆い被せてすっぽり隠し、自身もベッドの中に潜り込み、最後に涙を拭って如何にも今から寝るところですを演出する。

 それと同じくして、ダフネがドアを開けて部屋に入ってきた。どうかバレませんようにと、フィールは緊張感が高まる。

 

「あら? 寝るところだったの?」

「あ、ああ、そうだ」

「そう………でも制服着たままじゃない。と言うかクシェルはどうしたのよ?」

「着替えんのはなんかめんどうだから、このまま寝ちゃおうかなって。クシェルは………浴室行って軽くシャワー浴びてくるってさ」

「何よ今の間は。………まあ、いいわ」

「ところで、何の用だ?」

「いや、なんだか貴女が心配になって、居ても立っても居られず様子見に来ただけよ。ごめんなさいね、お邪魔して」

「ああ、そういうこと。心配してくれてありがとな。別に迷惑とは思ってない。ただ………勝手に入るのは止めてくれよ」

「善処はするわ。それじゃ、私は帰るわね。明日も早いから、寝坊しないようにしなさいよ」

「ダフネも寝坊して芸術的な寝癖のまんま授業に出席しないようにな」

「何よ失礼ね。貴女じゃあるまい」

「私は寝坊したことすらないっつーの」

「そうだったわね。じゃ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 フィールとダフネの会話を耳にしながら、毛布に包んで隠れてるクシェルは色んな意味でドキドキが止まらない。フィールと身体が零距離で密着してるため、彼女の匂いが、心臓の音が、今まで以上に凄く感じる。フィールもフィールで緊張してるためか、心臓の鼓動が早まっているのが容易にわかった。

 やがて、パタンと扉が閉まる音がし、ダフネが退室したのが確認出来る。

 

「はああぁぁぁぁ…………めっちゃ危なかった」

 

 ダフネが出ていくのを見届けたフィールは大きく息を吸って吐く。

 どうにかバレずに済んだとホッと安堵の息を吐いたが、それも束の間。

 毛布の中で、ギュッと身体を抱き締められる感触がして、ドキッと胸が高鳴った。クシェルが胸に顔を埋め、ハグしてきたからだ。

 

(フィーの匂い………心臓の音………凄く安心する………)

「ちょっ、クシェル………」

 

 ぬくもりを肌で感じて安心感を得るクシェルの耳に、フィールの声が微かに入る。豊かな胸に埋めていた顔を離し、そっと見てみると、フィールの恥ずかしそうに頬を紅潮させた顔が眼に飛び込んできた。

 

「恥ずかしいから、急にやるのは止めなさい」

「何言ってるのさ、今更でしょ、そんなこと」

 

 フィールの言葉を即座に一蹴し、毛布からひょっこり顔を出したクシェルはギュッと抱く。

 

「………今日は此処で寝てもいい?」

「………貴女のことだから、断ってもどうせ出て行かないでしょ」

 

 もう好きにして、とフィールは眼を瞑る。

 クシェルは「じゃあ、遠慮無く」とフィールの胸を枕にして、瞼を閉じる。いつの間にか、二人共涙は止まっていた。

 

「………フィー」

「ん? なに?」

 

 程無くして名前を呼ばれ、薄目を開けたフィールにクシェルは小声で呟く。

 

「………誰かのために生きる人生はもう止めて。貴女は十分誰かのために全てを捧げてきた。世のため人のため頑張ってきた分、自分の幸せを考えて」

 

 そう言って、クシェルは再び眼を閉じる。

 これまでのクシェルの言葉が頭の中でリフレインし、フィールは心が不安定に揺れ動く。

 それから彼女は心を安定した状態に戻すべく、仕返しとばかりにギュッと腕を回して静かに瞼を下ろした。




【セストラルが見えるハーマイオニー達】
これで(原作での)彼女らの望みは叶った。

【ロン】
親しい人物の死を目の前で見たのがきっかけで、彼は原作よりずっと早く内面的な成長を遂げました。

【クシェル】
久々に登場して早々アンチ・ヘイト全開。
そりゃまあ当たり前ですけどね。

【フィールの弱味】
洞察力鋭いけど精彩欠いたら鈍くなる。
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