【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 作:Survivor
新学期が始まり一夜明けた翌日。
大広間で食事を摂った後、生徒達はその場に留まり、副校長のミネルバ・マクゴナガルが教職員テーブルから降り立つのを待機した。
6年生になったハリー達に時間割を配る作業は他学年よりも複雑だ。マクゴナガルがまず最初にそれぞれが希望する
ハーマイオニーとフィールはすぐに全ての授業の継続を許されたため、二人は1時間目に古代文字ルーン学が行われるクラスへ一緒に向かった。
ハリー同様、行き交う生徒達はフィールをジロジロ見たりヒソヒソ話をするので、隣で歩くハーマイオニーは気の毒に思う。
「そういやさ、ハーマイオニー」
「ん? なにかしら?」
「昨日のコンパートメントでアンタ達が来る前、4年生くらいと思う女子生徒………確か、ロミルダ・ベインだっけな。そいつが、ハリーと私は付き合ってるのか的なこと訊いてきたんだけど、実際そう見えるのか?」
視界の片隅にロミルダ・ベインとその友人数人が映ったことから、昨日のことを思い出したフィールはハーマイオニーにそう尋ねる。確かハリーはロミルダを『後輩』と言っていた。と言うことは、彼女はグリフィンドール生なのだろう。グリフィンドール生の彼女から見ても自分とハリーが交際しているように感じるとは、実は思っている以上にハリーとの距離が近いのだろうか?
なんとなく疑問に思ったフィールの質問に、ハーマイオニーは少し考え込む表情になったが、首を軽く捻ってから、こう答えた。
「う~ん………貴女と彼とは友達だから、今の私には本当に仲の良い友達としか思わないけど、周りはそういう風には見えないのかもね。前に『ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルは付き合ってるんじゃないのか?』って噂していたのを聞いたことがあるし。ま、グリフィンドール生とスリザリン生が恋人になる訳が無いって、噂はすぐに消えたけど」
なんて話をしていたら、一番乗りで教室に辿り着いた。まだ誰も来ていなかったので、二人は扉から離れた一番奥の席に座り、そのまま会話を続行する。
「ふーん。ま、私自身ハリーのことは恋愛対象として見てないから安心しろ。アイツは私にとって『戦友』の言葉がピッタリなヤツだからな」
「えっ!? あ、貴女何言って………」
「惚けんな。前に自分で『ハリーのことが好き』って言ってたの、忘れたとは言わせないぞ」
「………―――ッ」
赤面したハーマイオニーは額に手をやる。
羞恥で紅潮した顔だけでなく全身さえも紅くなっているのが見なくとも体温でわかるくらい、熱で覆われている。
そう、この反応から見てわかる通り、ハーマイオニーはハリーのことに好意を持っている。『友達』としてではなく、『一人の男』として。友情の好きではなく、恋愛の好きで。
しかし、ハーマイオニーは自分の本当の気持ちをハリーには打ち明けていない。打ち明ければ、今の関係が壊れてしまいそうで怖いのだ。
ハリーとはとても長い付き合いになる。
その長い付き合いの中でハーマイオニーは、いつの間にか気持ちが大きく変わっていった。
最初は『自分と初めて友達になった一人』と言う認識だったが、ハリーと触れ合う内に彼の色んな一面や優しさ、勇敢さを見るようになってからは、次第に心に変化が訪れ………別の意味で好きになった。
………だから、余計に怖い。
告白してハリーに拒絶されるのが。
「友達のままでいたい」と拒否されるのが。
長ければ長いほど、仲良くなればなるほど、一度関係が崩れたら完全に修復するのには時間が掛かるだろうし、最悪の場合、一生直らない可能性だって十分に有り得る。
そのため、ハリーのように猪突猛進で無鉄砲になれないハーマイオニーは勇気を出せなかった。
そう思うと、ハリーが輝いて見える。
そして………それが何よりも彼の好きな理由なのかもしれないと、賢いハーマイオニーはそう考えていた。
1年の時からずっと「世話の焼ける人だ」「ロンと一緒に何をするかわかったものじゃない」と困った気持ちで思っていた。けれど、一見すると生意気さが眼につく彼の、自分を曲げない意志の強さや、逆境でも必要とあればプライドのみならず全てを擲つほどの純粋な正義感を眼にするようになってからは、頼もしく感じることが多くあって―――それで、自分の中で彼に対する意識が少しずつ変わってきた。
それから、何かと落ち着きの無いハリーの面倒を見ることがちっとも苦じゃないばかりか、世話を焼いていることが自分の喜びだと感じていることに気付いて、「ああ、私はこの人のことが好きなんだ」と思うようになっていったのだ。
「………ねえ、フィール。貴女は私がハリーを好きなの、どう思う?」
「どうって………」
「だって私は、貴女みたいに美人じゃないし、ジニーみたいに可愛くもない。今は友達だから隣に居ても大丈夫だけど、もし………本当にもし、仮にもハリーと付き合って恋人になったら………向き合うどころか、隣を歩くことさえ、不釣り合いなんじゃないのかしら」
ハーマイオニーがハリーに告白する勇気が無い理由の中に、自分に自信を持てないのも含まれている。
自分は彼に相応しくない。
もっと別の人が彼の恋人にはピッタリだ。
だからこそハーマイオニーは、自分と同じくハリーに恋心を抱いているジニーに「他の人と交際してもう少し自分らしくしていたら、ハリーは気付いてくれるかもしれない」と実質恋敵であるはずの彼女にアドバイスを送った。
その結果、昔はあんなにもハリーの前では真っ赤になり満足に話も出来なかったジニーは見違えるほど、今ではすっかりハリーの前でも自然に話が出来るようになり、自分らしさを引き出せるようになった。
ハリーと楽しく話すジニーを見て微笑ましく思う反面、妹みたいに可愛がっている彼女の恋を手放しで応援出来ない自分がいるのもまた事実で、ハーマイオニーは胸が痛かった。
時折自分の行為を振り返っては、思い悩む。
果たして自分のしたことは正しかったのだろうか? あの時、アドバイスしなければ今頃はこんな気持ちにならずに済んだのではないだろうか?
そんな苦悩に苛まれ俯くハーマイオニーに掛けられたのは、慰めの言葉ではなかった。
「話を聞いて思ったんだが………ハーマイオニーは結構周りの眼を気にするタイプなんだな」
どこか軽蔑の色が滲む、フィールの声音。
ハーマイオニーは顔を上げた。
こちらを見据えるフィールの両眼には、酷く冷たい光が宿っている。
「フィールは違うの………?」
「周りの意見なんてどうだっていいだろ。私を除く人間全員が共通で同じヤツを好きって夢中になっても、私が好きと思わなければ興味無い。逆に世界中の人間が私の好きな人を否定しても、私が本気で好きならそれでいい。恋愛ってのはそういうもんじゃないか?」
ポカーン、とハーマイオニーは唖然とする。
恋愛には一切の興味や関心を示さないような硬派な雰囲気を身に纏っているフィールがこのような発言をするとは、意外過ぎたからだ。
「私達人間は、一度誰かを好きになったら他の何も関係なくなるのが本能だ。あらゆるしがらみを考えて諦めるようなら、それは本当の恋じゃないぞ。自分の好きな人は他人が決めるものでも、ましてやその想いを他人に否定される義理も無い。アンタが己の意志でアイツを好きならば、胸張って堂々と好きでいろ。これは、アンタが主人公の
「ちょっ、ちょっと待って。ここで話を中断させるのは貴女にメチャクチャ悪いのはわかってるけど、ツッコませてちょうだい」
ハーマイオニーは褐色の眼をカッと剥き、ガッとフィールの両肩に両手を置き、そしてグッと顔を近付け、矢継ぎ早にお得意の無呼吸でクエスチョンした。
「貴女本当にフィール!? フィール・ベルンカステルなの!? ポリジュース薬飲んだ偽者じゃないでしょうね!?」
「今なんかスゴいデジャブ感じたけど敢えてスルーするわ」
ちなみにポリジュース薬とは、まあざっくり言うと自分以外の誰かに変身出来る魔法薬だ。見た目はネバネバした濃厚な液体で、効力はきっかり1時間。効果が薄れる前に薬を飲み続ければ長時間に亘って変身していられる。その例が一昨年約1年間程ムーディに成り済ました死喰い人のバーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。
調合に必要な材料はクサカゲロウ、ヒル、満月草、ニワヤナギ、二角獣の角の粉末、毒ツル蛇の皮の千切り、そして変身したい相手の一部だ。
此処での調合法は、図書室の禁書の棚に在る『最も強力な薬』で知識を得られる。
実はハーマイオニーは2年時、もしもスリザリン生のフィールとクシェルと友達でなかった場合には、このポリジュース薬を用いてスリザリンの談話室に忍び込んで秘密の部屋に関する情報を入手すると言う、とんでもない一案も講じていた。
何故そのような『もしも』の手段が頭に入っていたのか。
その訳は、当時二人とはギスギスした人間関係だったロンにある。
あの時、三人は最初『スリザリンの継承者』はドラコ・マルフォイではないかと推測した。管理人のアーガス・フィルチの飼い猫ミセス・ノリスが石化したのを誰よりも喜んだし、彼の家は代々続くスリザリンの家系だ。彼等が『継承者』の疑惑を掛けるのも無理は無い。結果的にマルフォイは完全な白だったが………それを断定したのは、フィールとクシェルだ。
二人はマルフォイと同じスリザリンの生徒。
ロンと違い既に彼女らと仲の良かったハリーとハーマイオニーは、まずは二人に自分達の推測を話して判断を仰いで貰おうと、警戒心丸出しのロンを振り切って、図書室で話した。
その後、二人と別れた後―――ロンにこう言われたのだ。
「君達はアイツらの話を信用してるらしいけど、もしもアイツらと知り合ってなかったら、どうするつもりだったんだ?」
その問いに、ハーマイオニーはこう答えた。
「………ポリジュース薬を使う方法があったわ」
しかし、この手段は出来れば使いたくなかったので、ハーマイオニーはホッとしていた。
そりゃそうだろう。ただでさえ他寮の生徒に化けるだけでも校則違反なのに、それに加えて談話室に忍び込むなど、一歩間違えれば………否、バリバリ犯罪だ。バレたら最後、三人は問答無用で退学処分を下されていただろう。
と言うか、絶対に看破されていたに違いない。
何せフィールの鋭い洞察力はハンパじゃない。
疲労が極限状態になった時こそ物事を見抜く力が鈍くなるとは言え、そうでなければ、ほぼ確実に見破られる。
もし、マルフォイと何ら変わらず彼女らと犬猿の仲だったら………そう思うと、ゾッとする。
「そんなに驚くことか?」
「当たり前よ! だって貴女、恋愛なんて興味無さそうな顔してるじゃない。………だから、貴女もちゃんと年相応の女の子だったんだって、今とても安心してるわ」
「………ハーマイオニー、アンタ、覚えておけ」
今度は反対に赤面される側になったフィールはハーマイオニーを睨む。
話題が恋愛絡みだった為か、不意にフィールの頭の隅にある青年の顔が過った。色恋沙汰で暴力を振るわれ、味方が誰も居なかった状況で助けに来てくれた―――『彼』の顔が。
(………当たり前と言えば当たり前だけど、思いの外、今でも勇気を出して告白してくれたアイツには感謝と謝罪の気持ちが混在してるんだな、私は)
昨年度、天文台の塔で夜の密会をした日―――告白の返事は『NO』と言った。
既に心に決めた人がいる事もそうだが、仮にそうでなくても『彼』と付き合い、そのことが魔法省や闇の陣営に知れ渡ったら『彼』の身に危険が迫るからだ。
現状で『彼』を護り切れる保証は無い。
万が一『彼』が危機に陥り、救済が手遅れになったら、自分だけでなくその他大勢の友人や家族が悲しむ。加えて、襲われる主因となった自身は非難の集中放火を浴びる羽目になるだろう。
父の葬儀終了後、「お前が死ねばよかった」と叔父に責められた、あの時のように………。
それはゴメンだった。これ以上、理不尽に誰かから責められたくなんか無い。
自分だって、あんなことを起こしたくて一緒に居た訳じゃないのに………。
過去の苦い経験を思い返してタメ息を吐いたフィールは気持ちを切り替えてそれまでの態度を一変させ、真顔で真っ直ぐにハーマイオニーの眼を見つめる。
「話が脱線したが………もう二度と『自分は好きな人とは不釣り合い』とかそんな事言うなよ。アンタは変な所で無欲だからな。こういうのは欲張った者勝ちだ。もっと自分の幸せを考えろ、自分の幸せを」
「………ええ、わかったわ。その言葉、肝に銘じるわ。でも―――そう言う貴女の方こそ、もっと自分の幸せを考えてちょうだい。貴女は自分じゃない誰かの為に頑張って自分の幸せを蔑ろにするんだから。今まで苦境に立たされてきた分、貴女には幸せになる権利があるはずよ。魔法界のために尽くすのはいいことだけど、貴女は自分を大切にしな過ぎよ」
その言葉に、昨晩のクシェルの声が脳裏に響き渡った。
『誰かのために生きる人生はもう止めて。貴女は十分誰かのために人生を捧げてきた。世のため人のため頑張ってきた分、自分の幸せを考えて』
「………似たようなこと、昨夜クシェルにも言われた。『誰かのために生きる人生はもう止めて』って。………言っとくけど、これらは全部自分のためだ。私自身、生まれ育った故郷の魔法界が好きだし、ハーマイオニー達と出会って心が救われたし」
「でもそれで魔法界の人々が救われてるのよね。そういうのが心の何処かで嬉しかったりするんじゃないのかしら?」
「まあ………そうなのかもな。魔法界の為に戦い、魔法界の全ての為に尽くし。だからこそ近い将来訪れるだろう第二次魔法戦争が終戦したら、私の全てを受け止めてくれる人と―――クシェルと共にこの世界を生きたいと言う気持ちも少なからずあるのかもな」
フィールがそう言った直後、生徒達が教室にゾロゾロと入ってきた。皆は一足早く此処に来て向かい合って会話していたらしい二人に好奇の眼差しを送る。
「話は一旦止めるか」
「そうね」
会話を中断した二人は席に座り直す。
それから数分後、古代文字ルーン学の教師がやって来て初のNEWTレベルの授業が開始した。
♦️
1時間後、『古代ルーン文字学』の授業を終えたフィールとハーマイオニーは器用に人波を縫って進み、4階の『闇の魔術に対する防衛術』のクラスに向かった。辿り着いた時にはまだ教室のドアは閉扉されていたので、二人とその他の生徒達は外で待機する。
後に二人の友人―――ハリー、ロン、クシェルがやって来て、数分後、両開きのカーテンのようなねっとりした黒髪で縁取られた土気色の顔で廊下に出てきた担当教官のスネイプが入室を許可したのをきっかけに、教室の外で待機していた生徒達は静かに足を踏み入れた。
教室の内装は、既にスネイプらしい個性を嫌味なくらい表現していた。窓にはカーテンが引かれていつもより陰気で、蝋燭で灯りを取っている。
壁に掛けられた新しい絵の多くは、身の毛も弥立つ怪我や奇妙にネジ曲がった身体の部分を晒して、痛み苦しむ人の姿だった。薄暗い室内で凄惨な絵画を否応なしに眼に焼き付けられながら、生徒達は無言で席に着く。
「「「「「………………………………」」」」」
大勢の生徒同様、無言で着席した五人の少年少女は四方八方何処を見回しても血みどろで生々しい絵画に囲まれたにも関わらず、萎縮する様子は見られない。周囲の面々は吐き気を催す絵図に血の気が引いていくが、疾うに地獄絵図を『仮想現実』などではなく『現実』で見てきた彼等はサバイバルに対する心構えは勿論のこと、それに伴って面構えも全く違った。
「闇の魔術は多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うと言うことは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。首を一つ切り落としても別の首が、しかも前より獰猛で賢い首が生えてくる。諸君の戦いの相手は固定出来ず、変化し、破壊不可能なものだ」
闇の魔術を蔑視してはならないと警告する一方で、甘美で誘惑的な力に盲目してるようにも感じ取れるスネイプの声風は、まるで邪悪な呪文や呪いの熱に浮かされているみたいだった。闇の魔術に対抗するための防衛術を伝授する立場なのにそのような口調で語るのはどうかしてると、教室に居る生徒の多数は意見が一致する。
が、その一方で彼の言葉はあながち間違いではないと、闇の魔術の恐ろしさや魅力を知る者は一面性に否定も肯定もしなかった。
「諸君の防衛術はそれ故、諸君が破ろうとする相手の術と同じく、柔軟にして創意的でなければならぬ。これらの絵は術に掛かった者達がどうなるかを正しく表現している。例えば、『磔の呪文』の苦しみ。『吸魂鬼の接吻』の感覚。『亡者』の攻撃を挑発した者」
スネイプは、『明らかに苦痛に悲鳴を上げている魔女』『壁にぐったりと寄り掛かり、虚ろな眼をして蹲る魔法使い』『地上に血だらけの塊』の3つの絵を指差す。
ハリーとフィールは過去に『磔の呪文』を経験している上に、後者は幼い頃に母親が『吸魂鬼の接吻』を受けて廃人となった死よりも惨い姿を目の当たりにしているので、特に二人は胸の内側に名状し難い感情が沸き上がってきた。
「それじゃ、『亡者』が目撃されたんですか? 間違いないんですか? 『あの人』がそれを使っているんですか?」
「『闇の帝王』は過去に『亡者』を使った。となれば、再びそれを使うかも知れぬと想定するのが賢明と言うものだ」
グリフィンドールの女生徒、パーバティ・パチルが甲高い声で質問してきたのを、スネイプは低音の声で返答した。元・死喰い人の彼がそう答えるってことは、本当だったのだろう。
「さて………諸君は我輩の見るところ、無言呪文の使用に関してはずぶの素人だ。無言呪文の利点は何か、答えられる者は?」
ハーマイオニーとフィールの手が、サッと同時に挙がる。スネイプは室内を一度見渡して二人以外に回答出来る者は居ないと確認すると、自分が受け持つ寮生でお気に入りのフィールを指名しようとした―――と、大方の生徒が予想したが、それは大いに覆された。
「ふむ………ではミス・グレンジャー、答えたまえ」
えっ!? あのスネイプが当てただと!?
この日、とても稀なことに、常時いがみ合うグリフィンドール生とスリザリン生の心の叫びが見事シンクロした瞬間であった。
指名されたハーマイオニーですら「!?」と眼を大きく見開いて、スリザリン贔屓の教師の性悪そうな顔を凝視する。
誰もが開いた口が塞がらないと言う状況に陥った中、不機嫌なスネイプの低い声が嫌に響く。
「自ら挙手したと言うのに答えられぬのかね? 君も例に漏れずの目立ちたがり屋だな。グリフィンドール10点減―――」
「えっ!? あ、いや、待ってください! 答えられます!」
このままでは減点されると、ハッと一時的な自失状態から回復したハーマイオニーは慌ててスネイプの言葉を遮る。未だに心臓がバクバク鳴っているのを胸に手を当てて焦る気持ちを鎮めたハーマイオニーは、出来るだけ平静に無言呪文の詳細を述べた。
「無言呪文は、こちらがどんな魔法を掛けようとしているかについて、敵対者に何の警告も発しないことで、それが一瞬の先手を取ると言う利点になります。………ですが、無言呪文を成功させるには集中力と
「ほう………。『基本呪文集・6学年用』と一字一句違わぬ丸写しの答えだ、と言いたいところだが、最後の説明は我輩が補足を加える前に答えたか。どうやら、少々評価を改める必要があるらしい」
だが、とスネイプはぶっきらぼうに続けた。
「我輩が指名した後、君はすぐに答えなかった。よって点は与えん。減点されなかっただけ、運が良かったと思え」
前言撤回、やっぱりコイツはスネイプだ。
減点はしないがだからと言って1点でも加点を与える訳でも無い彼に、ちょっとは依怙贔屓しなくなったと思った自分が馬鹿だったと、グリフィンドール生は揃って憤慨するが、唯一ハーマイオニーだけはホッと胸を撫で下ろす。
その後スネイプは、二人一組になって一人が無言で呪いを掛けたのを相手も同じく無言でそれを跳ね返す練習をさせた。が、しばらくすると当然の誤魔化しが始まり、声に出して呪文を唱える代わりに、こっそり囁くだけの生徒が続出した。
学生で無言呪文の成功者は限り無く少ない。
お互い一言も発せず呪文を反射し返すフィールとハーマイオニーのペア以外で成功させたのは、下級生の頃より前者の厳しい指導の元、腕を磨いてきたクシェルとダフネのペアだ。
数十分後、スネイプは不正行為として囁き声で詠唱する大半の生徒を冷めた瞳で見回しながら「そこまで」とストップを掛ける。ピタッと挙動を止め、こちらに眼を向けた彼等にスネイプはやれやれと軽く肩を竦め、嘆息した。
「何とも悲劇的だ。辛くもこの学科のOWL合格点を取ったにも関わらず、諸君のほとんどが無言呪文を使用出来ないとは実に嘆かわしい限りだ。………だが、その一方で無言呪文を完璧に体得してる者達が居るようだ」
スネイプは視線をフィールとハーマイオニーのペアに走らせる。黒い瞳に帯びている眼差しは、どこか期待の色が滲んでいた。
「ミス・ベルンカステル、ミス・グレンジャー。今から君達には、無言呪文による決闘を交えて貰おうではないか。即座に理論を実践に移せる君達のことだ。集中力と精神力に欠如しているこやつ等にはこの上無い模範となるだろう」
首席のフィールと次席のハーマイオニー。
これは事実上、6学年、あるいはホグワーツ全体を見ても最強VS最強のデュエルバトルだ。互いに常軌を逸し、学年のレベルを大きく上回る実力者である彼女らに決闘を申し込んだところで、一般の生徒は決して敵わないだろう。
勉強熱心で才知溢れる二人の追随は、そう簡単には許せない。加えて夏季の長期休暇中、頭でっかちだったハーマイオニーは柔軟な思考力や不慮の事態に対する対応力が鍛えられた。それまで理論先行型だった彼女の著しい成長には、一番の指導者だったライアンもとても喜んだ。
さて、それはさておき。
スネイプの口から出た夢のカードにクラス皆の視線は集中し、ワアッと盛り上がる。スリザリン最優秀生徒のフィールとグリフィンドール最優秀生徒のハーマイオニーの対決、どちらが勝つか、同期の意見は真っ二つに分かれた。
「マジかよ………遂に夢のカードが!」
「ねえ、どっちが勝つと思う?」
「う~ん………やっぱり、学年トップのベルンカステルさんかな? 2年生の時点でスネイプ先生と互角に戦ってたし、
冷静に物事を考えられる生徒の多くは、実技理論両面において非の打ち所が無い学年首席、2年前の親善試合では成人魔法使いを凌いでホグワーツの代表選手に選定されたと言う輝かしい実績から、フィールの勝利を予測する。が、ハリーやロン、ネビルといった一部を除いてスリザリンの彼女を毛嫌いするグリフィンドールの連中と数人の他寮生はハーマイオニーを応援した。ちなみに両者と不仲のドラコ・マルフォイやパンジー・パーキンソン、反対に友好のハリーやクシェルはどっち付かずの状態だ。
「おいおい、お前らの眼は節穴か? 俺達のハーマイオニーがあんなヤツなんかに負ける訳ないだろ!」
「頑張ってグレンジャーさん! 首席気取りのベルンカステルなんかに絶対負けないで!」
「ちょっとばかり腕が立つからって思い上がるベルンカステルに一泡吹かしてやれ!」
開戦前の盛況真っ只中、興奮極まって大ノリになったハーマイオニー派は此処にスリザリン生やスネイプが居ることを一時的に忘れ、ハーマイオニーに精一杯の声援を送る。言葉の端々に聞き捨てならないセリフが混じってたので、スネイプを初めとする一部のスリザリン生やフィール派は一気に不愉快になり、眉を顰めた。
不穏なオーラを敏感に察知したハーマイオニーは「後でどうなっても知らないわよ………」と達観してどこか遠い眼になりつつ、邪魔になるローブを脱ぎ、ハリーに預ける。フィールもクシェルに黒い塊のそれを預け、襟元を両手で整える。
教室の中央で、ショルダーホルスターから杖を抜き出したハーマイオニーとヒップホルスターから杖を手に取ったフィールは対峙した。他の生徒達は邪魔にならない場所に移動する。
「ルールは至って簡単。これから君達は無言呪文のみで『決闘』と言う名の『模擬戦闘』を行って貰う。我輩が止めと言うまではノンストップで続行させるつもりだ。心して取り組め。戦闘開始のタイミングは君達に任せるとしよう」
スネイプの説明を受け、了解、とフィールとハーマイオニーは彼に向かって小さく頷く。
そして二人はそれぞれ杖を構え、真っ正面から真っ直ぐ向き合い―――ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、先手を打ったのはフィールだった。
杖を握る側の腕をゆっくりと振り上げ、静かにスッと振り下ろす。
これはお綺麗な『スポーツ』でも『決闘』でもない。『実戦』を想定した『真剣勝負』だ。どのタイミングで襲撃してくるか、どんな形で攻勢を仕掛けてくるか、完璧に割り出すのはほぼ不可能―――なハズだ。
この、あからさまに緩慢な動作………これでは敵に事前告知してるのも同然だ。ハーマイオニーは訝しみつつ、来る先制攻撃に備えて対抗しようとするが、閃光が飛んで来るでも何かが起きた訳でも無い様子に、少し肩透かしを食らった。
(え………?)
内心でハーマイオニーが首を傾げた、その時。
フィールの足元の床から、氷柱のように鋭く尖った硬い石の刃が次々と生え、物凄い速さでハーマイオニーへと向かっていった。
「ッ!?」
慌てて横っ飛びに飛んで攻撃を避けたハーマイオニーが先程立っていた場所で、石巌の刃は生えなくなる。逃げるのが一瞬でも遅れていたら、身体にグッサリと風穴を開けられていただろう。如何にも硬質そうで鋭利なそれに一瞬肝を冷やしたハーマイオニーは油断なく身構え、今度はこちらから攻めに入った。
ブドウの杖から閃光が高速で迸る。
眩しい光を帯びた光線はフィールの胸を狙って真っ直ぐ飛んだ。
が、こちらに一直線に走ってくる一条の光をフィールは同じく光速で『プロテゴ』で防いだ。
弾かれた魔力の塊は分裂し、静観するギャラリーの方へ飛んで行く。
だが―――寸前で銀色の盾が現れ、彼等の眼前でそれは弾き飛ばされた。
跳ね返った閃光は銅像のような石造りの団塊にモロに当たり、砕け散る。
砕けた破片があちこちに散乱し、やがて全体がボロボロと崩壊していった。
今のはハーマイオニーが展開したバリアだ。
間一髪危機を免れた彼等は安心感と共に急速な脱力感に見舞われ、何人かは腰を抜かして顔面蒼白する。
「出だしから常識外れの恐ろしい戦法ね」
「とか言って、あまり恐ろしいとは感じてないクセに」
ニヤリと口角を上げてアカシアの杖を振るい、錐のように鋭い空気の塊がハーマイオニー目掛けて放たれる。
「ええ………まあね!」
空気の揺らぎで空間が微かに歪んで見えるだけの軌道を読んでハーマイオニーが難なく躱すと、背後の壁に深い穴が空いた。壁の修復は事後処理で構わないだろう。回避と同時にハーマイオニーは杖を一振りする。空気の刃が回転する輪になってフィールに襲い掛かるが、しかしフィールは重力を無視したかのような動きでふわりと浮き上がると、机を蹴って天井近くまで飛び上がってハーマイオニーの攻撃を避けた。
ハーマイオニーは追撃を掛けるが、フィールは空中で身体を捻って躱すと、バイバイ、と言うように手を軽く振り、着地地点にいつの間にか開いていた真っ黒な穴の中へ姿を消した。
「えっ………!?」
ハーマイオニーは褐色の眼を剥き、ギャラリーも思わず我が眼を疑って手で擦る。一瞬でフィールが行方を眩ましたので、誰もが愕然とした、その直後だ。
ハーマイオニーの後方、ギャラリーの前方にフィールが現れたのは。今のは5年前に開発した空間転移系の魔法『バンデルン・エスパシオ』だ。
場所が場所なだけにゲートの存在に誰も気が付かなかったのである。
瞬間的に目の前に出現したフィールに『空間移動』のことを知らない生徒は驚きの声を上げ、その声にハーマイオニーは急いで振り向く。
フィールは余裕綽々な笑みを浮かべ、ストンとスツールに腰掛けて足を組んでいた。驚愕に凍り付かせるハーマイオニーの顔を見て、面白そうに黒と青が混合した杖をクルクルと弄ぶ。
「さっきのヤツ、そこそこのスピードで撃ったのに避けられたか。成長したな、アンタも」
優しさすら感じるその眼差しは、まるで子供の成長を嬉しく思う母親のそれだった。しかし、瞬く間に穏やかな感じは消え失せ、実力を試すかのようにスッと蒼眼が細められる。
立ち上がったフィールは杖を一回転させ、スツールを蹴っ飛ばす。飛来してきたスツールをハーマイオニーは衝突寸前で防御し、足元に落ちたそれに意識が逸れた刹那、フィールは先程砕破された砕片を変身術で次々と鋭い剣に変化させ、更にその刀身に様々な魔法属性を宿らせる。
炎、氷、雷、水、風、土、光、闇………多種多様な力を銀の刃に帯びた数本の剣は、餓えた獣が目前の新鮮で美味な獲物を求めて飛び掛かるかのように、一斉にハーマイオニーに襲い掛かった。
初見で未知なるオリジナルスペルに気が動転していたハーマイオニーは瞬時に気を持ち直し、後ろに大きく飛び退いて距離を取ると、息をスッと吸ってイメージした。
視界に入る物全てを排除するのに相応しい形状―――武器の柄の先に伸びる刃を想像し、一か八かの賭けに出たハーマイオニーは咄嗟に『アクシオ』でスツールを呼び寄せる。
そして椅子を変身術で全く別のある物―――大鎌に変身させ、横に杖を思いっきり薙いだ。
途端、湾曲した刃は大量の剣を全て破壊する。
刀刃に魔法が纏っていたからこそ破壊可能だったので、きらびやかな破片が砕け散っていくのを見送りながら肩で息をしていたハーマイオニーは笑みを作った。悔しげにフィールは舌打ちする。
「ちっ………これも失敗したか」
「ハアハア………貴女の攻撃を防げるなんて、私もビックリしてるわよ………流石に今のはかなり焦ったわ」
グッと杖を握る手に力を込め、杖先を向ける。
無数の水滴が勢いよく飛び出し、それを凍結させて氷の弾丸を射出した。しかし、ハーマイオニーの撃った攻撃は、フィールが冷静に火炎放射してあっさりと対処してしまう。
氷塊を溶解した後、フィールは『マキシマ』で強化した『フリペンド』を数発撃つ。威力が増したオフェンス用の閃光はハーマイオニーの胸を狙って空中を走った。
迫る光線に咄嗟にハーマイオニーが空中で杖を回すと渦を巻く銀の盾が現れ、その中心にレーザーが激突する。が、そのレーザーはすぐに盾に吸い込まれ―――見覚えのあるフィールは僅かに眼を見張った。
「その技………」
術者の力量次第ではどんな魔法や攻撃(『死の呪文』除く)でも全て吸収出来る『盾の呪文』のアレンジ―――『プロテゴ・レスピラシオン』は故人の叔母が編み出したオリジナルスペルだ。それをハーマイオニーが身に付けていたとは、今知ったので少々ビックリしてしまった。
「驚いた。まさかそれをアンタが会得してたなんてな」
「生前、あの人が………エミリーさんが、私に教えてくれたのよ」
フィールにだけ聞こえる声でハーマイオニーは囁くと、気合いを込め、先程受容したエネルギーを倍返しした。『衝撃吸収バリア』の特質の知識を得てるフィールは慌てず身を捻ってサッと避ける。
「あの日以来、私はずっと考えていた。私には一体何が足りなかったのか、どうすれば誰も失わずに済んだか」
一旦杖を振り下ろし、ハーマイオニーは静かに語り始める。その声音にフィールも攻撃の手を止め、黙ってハーマイオニーの話を聞いた。
「ほら、私ってよく『出しゃばりで鼻持ちならない性格だ』って言われるじゃない? 5年前のハロウィーンに『悪夢みたいなヤツさ』とロンに陰口叩かれた時は、流石に堪えてトイレで泣いてたんだけど………クシェルに指摘された後、私は自分の性格を見つめ直した」
肩越しにチラリと、ちょっとバツの悪そうな顔のロンと眼をぱちくりするクシェルを振り返る。
「それでようやく、私は周りの意見を聞かないで自分の意見ばかり押し通そうとする嫌な女だって気付いた。あんな性格じゃ、友達なんて出来るはずがないし、クラスで浮いた存在になっても仕方なかったと今では痛感するわ。誰からも嫌われ、独りだった私は私をパーティーに連れ戻そうとしたクシェルをトロールの襲撃に巻き込んでしまった。あの時、私は何も出来ず悲鳴を上げることしか出来なかったのに、クシェルは私を護ろうと上から覆い被さった。本来であれば、私だけが襲われていたのに………自分の命が大事な状況で、クシェルは私の身代わりになろうとした。最後は、危険も顧みず助けに来てくれた貴女にどちらも救われたけどね」
5年が経過した今も、ふと思い返せば身震いしてしまうハロウィーンのトラウマ。脳内に浮かび上がった最悪のシチュエーションに、ハーマイオニーは頭を振ってビジョンを打ち消す。
「それからかしら。密かにライバル心を燃やしていた貴女に憧れを抱いたのは。並外れた魔法の腕前だけじゃなく、危機に陥った人間が助けられる状況であれば迷わず身を挺する心の強さにもね。………でも私は、貴女みたいに強い人にはなれなかった。正直、これまでの私は心の何処かで誰かに護られることを享受していた。『どんなに危機的状況でも、助かると信じて願えば、必ず救世主が来てくれる。5年前のハロウィーンの時みたいに』と。………だけどそれは大きな間違いだったって、神秘部の戦いで思い知らされた。自分と自分の大切な人を護るために身に付けたはずの力が最も必要だった場面の果てに、私は大切な人を一人失った」
脳裏を過る、血と涙でぐちゃぐちゃになった女性の顔。自分の命を投じてでも自分達を生かした彼女の死は、絶対に無駄にしてはならない。苛烈な戦いを辛くも生き延びた自分達に、どんなに過酷で残酷な世界であろうとも、それでも足掻いて「生きろ」と告げたエミリーの死は、忘れてはならない。
「だから私はこの数ヵ月間、追い掛けた。自分より大きな敵にも怯まず立ち向かう勇気やそのために必要な強さ、突撃を敢行する決断力を全て兼ね備えている貴女を。あの人の分までこの世界を生き抜けと、絶望の中であっても私達を見捨てず何度でも救いの手を差し伸べてくれた貴女を目標にして、私は強さを追い求めた」
ハリーのように天性の閃きと行動力がある訳でも、ロンのようにムードメーカー的存在になれる訳でも、クシェルのように自然と人の心を癒すことが出来る訳でもない。
これらはその人が持って生まれた性質だ。
物事を合理的・論理的に捉えがちな自分の性では、どれだけ求めても完璧に得ることは到底無理だと思われる。と言うか、不可能に等しい。
となれば、限り無く自分と近い経験を経て今のような人物へと豹変したフィールが、やはり一番のゴールとなるだろう。
フィールは護られてばかりで大好きな家族を救えなかった自分自身を激しく嫌い、強くなることを決めた。そんな彼女の気持ちを今のハーマイオニーは、痛いほどよくわかっていた。
「もう二度と、あんな思いはしたくない。今度はちゃんと本当の意味で、自分と、自分が大切だと思う人達を護り切る力を手に入れたい。私にそのことを教えてくれた、貴女みたいに。―――それが私が出した答えよ」
ハーマイオニーは再び杖を構え直す。
神秘部の出来事を知らない生徒は急にハーマイオニーが何かを語り出したかと思いきや、何のことだがさっぱりわからず、ちんぷんかんぷんなので、傍から見てもわかるくらい顔に疑問符を浮かべている。反対に知っているハリー達の胸は彼女の言葉にグッときて、魂を揺さぶられた。
聞き終えたフィールはポッカーンとしている。
なんだか、自分の知らないところでよく知っているはずの友人が見違えるほど精神的にも人間的にも成長を遂げていたので、思わず唖然としてしまった。自分をゴールにしていた、的な発言にも混乱の拍車を掛ける。
だが、それはほんの数秒間だけで。
一度ゆっくりと眼を閉じ、息を吸って吐いたのと同時に瞼が開かれた時には、キリッとした表情に瞬く間に戻った。
「随分変わったな、ハーマイオニー。まるで別人みたいだぞ。あの人も、きっとアンタの成長を嬉しく思ってるだろう」
「………それなら、嬉しい限りね」
フィールが杖を構えてきたので、ハーマイオニーも身構える。そろそろ、模擬戦闘再開だ。
視線を逸らさず、互いに互いの眼を見据える。
再度訪れる、静かで重い、緊張感漂う空気。
ピリピリと張り詰めたその空気を、二人は不意に切り裂いた。
「はっ!」
「せやぁっ!」
学生の基準を無視してブッ飛んだ実力の持ち主であるフィールとハーマイオニーの閃光が中央で衝突し、魔力の波動が周辺に広まった。二人が杖を薙げば光は糸のようにプツンと切れ、そこからまた普通の生徒では到底敵わない、二人だからこそ可能な激闘へと持ち込んだ。
数多の魔法が絶え間無く行き交う度、予想外の戦略でアッと驚かされる度、時間経過と共に白熱の真っ向勝負に教室の中のボルテージは上がりに上がって最高潮に達していく。
互角に渡り合うフィールとハーマイオニー。
だが、徐々に二人は体力の差が開いてきた。
元々の身体能力にも左右されるが、どちらかと言えばハーマイオニーは運動が苦手で、箒に乗るのも不得意だ。対してフィールはピンチヒッターでシーカーを務める以上に高い運動神経を持っている。加えて幼少期から練習に打ち込んできたので、大人顔負けの体力があるのだ。
体感的には1時間以上ぶっ続けで戦闘を行っている気がするハーマイオニーと違い、このくらいの戦闘はとっくの昔に通り過ぎているフィールは身体の疲れを感じない。蓄積していく疲労によってだんだんと息が荒くなっていくハーマイオニーに、フィールは挑発的に問い掛ける。
「どうした? もう息切れか?」
「ハア、ハア………ま、まだ行けるわよ!」
「そうか? 私からすると、体力の限界が近いと感じるけどな。これくらいで体力を激しく消耗するようじゃ、いざ実戦になったら10分も持たずに息の根を止められるぞ」
容赦無く畳み掛けるフィールは、決してハーマイオニーを馬鹿にしてるのではない。現実を把握した上で闇の陣営に立ち向かおうとする決意に満ちた、今自分の目の前に居る少女に掛けるべき言葉は情けなどではなく厳しさだと思うからこその挑発だった。
「どうする? ここで降参するか?」
「降参、なんて………する訳、ないでしょ! 私は最後まで………絶対に諦めないわ!」
「………やっぱり、な。ハーマイオニーなら、そう言うと思った」
齢16歳のハーマイオニーの魂の叫びに満足げに頷いたフィールは、高位呪文に数えられる『守護霊の呪文』を創り出した。
力強く飛び出してくる、有体守護霊の狼。
銀色に光輝くウルフはフィールが放射した激しく燃え盛る火炎をその逞しい身に吸収し、凄まじい熱波を纏う。灼熱の巨大な狼は熱気を発しながら、紅い輝きを四方に放つ。
堂々たる体躯の炎の狼は術者のフィールに寄り添い、まるで今か今かと号令が来るのを待ち望んでいるかのように、鋭い牙を見せながら、鋭い目付きで敵と見なしたハーマイオニーを睨む。
「さあ、ハーマイオニー。アンタの体力と時間の関係上、恐らくはこれが最後となる応酬だ。わかってるとは思うが、この特殊な守護霊はちょっとやそっとじゃ撃破出来ないぞ。この難局を、アンタはどう突破する?」
狼の頭を撫でながら、フィールは挑戦者に尋ねる形でハーマイオニーに選択を迫らせる。
ハーマイオニーは必死に頭を回転させる。
この離れ業は生半可な攻撃では打ち破れない。
どんなに強力な『フリペンド』や『ステューピファイ』でも貫通されるだろう。
ならば、対抗出来る手段は一つしかない。
目には目を。
歯には歯を。
特異の守護霊には―――特異の守護霊だ。
一か八かの賭けに出たハーマイオニーは額に滲んだ汗を拭い、守護霊を呼び出す。
銀白色の霞が形を取った動物はカワウソだ。
疲労困憊のハーマイオニーは歯を食い縛り、渾身の力でフィールの炎に対抗出来るだけの洪水を生み出し………なんとフィール同様、即席で守護霊に魔法属性を吸収させてみせた。
その瞬間、今日一番の強い衝撃がクラスに走った。
普段から口数が少なく動揺を表に出さないスネイプも、疲労の極致に達している状態でハーマイオニーがやってのけた偉業に信じられないと言う表情で彼女の顔と青く輝くカワウソを見比べた。
炎の狼と水のカワウソ。
2体の守護霊はそれぞれ敵と認識して相手を威嚇し………フィールの「襲い掛かれ」と言う命を受けた狼が大きく開いた口から咆哮を上げたのを契機に、正反対の属性を宿らせる狼とカワウソは大きな身体と小さな身体を中央でドンッと激突させた。
両者一歩も譲らずの守護霊同士の押し合い。
一見すると対等に渡り合っているような構図だが、その実ハーマイオニーの方が圧倒的に力負けしていた。
(ヤバい………このままじゃ押される………こうなったら………!)
フリーハンドの左手を添え、ありったけの魔力をかき集め、集束したそれを守護霊に送り込む。
圧倒的な力の格差にジリジリと少しずつ後退していたカワウソはパワーが飛躍的にアップし、僅かだがウルフを退かせた。強烈な一撃を受けた狼は一瞬仰け反ったが、カワウソに噛み付いて押し返そうとする。
「ここまで来て、やられっぱなしでは終わらせない!!」
両足で踏ん張り、懸命に渾身の力を注ぎ込む。
彼女の不屈の精神力は守護霊にも伝わり、カワウソは自分より大柄のウルフに歯向かった。
二人の魔女の守護霊のぶつかり合いで衝撃波が生まれ、その影響で地面が揺れ動く。突然の地震に生徒達はまたもや悲鳴や騒ぎ声を上げた。
「まさか、これだけ粘れるくらい強くなってたなんてな………!」
今日は本当にビックリ仰天の連発である。
流石のフィールも驚きと焦りを隠せない。
ただでさえ守護霊に何かしらの属性を即座に吸収させただけでも驚異的だったのに、ここまで足掻いてみせるとは………。
本当に………目覚ましい成長を遂げたなと、フィールは心の中で、もうこの世には居ない亡き叔母へメッセージを送る。
(エミリー叔母さん、見てるか? ハーマイオニーは本当に強くなったよ………私は今、友人として誇らしく思う。………人間ってこんなにも強くなれるんだな。なんだか感動したよ)
この言葉が天に届いているのを願いながら、気持ちを切り替えたフィールは紅蓮の狼に火炎魔法をプラスさせる。
すると―――大量の水蒸気を伴った爆発を起こして、中心に居た守護霊2体は残像を残しながら消滅した。それと同時、震動も文字通り鳴りを静める。
ハーマイオニーはそのまま地面に膝をついた。
疲労感がどっと襲い掛かり、肩で息をする。
離すまいと杖はしっかり握られているが、立ち上がる気力は残されていない。
と、その時―――
「そこまでだ。二人共、よくやった」
スネイプの低い声が静かに振り下ろされた。
その短い一言から察するに、どうやら模擬戦闘はここで終了のようだ。終わりを迎えた二人は途端に緊張の糸が切れ、フィールは杖をヒップホルスターに仕舞うと、ハーマイオニーの元へ駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ええ………なんとか」
フィールの手を借りて立ち上がったハーマイオニーはフラフラな状態だ。見ればかなり発汗しており、倦怠感に見舞われる身体をフィールに預けている。支えて貰わなければ立てないハーマイオニーと、その彼女を支えるフィールへスネイプは声を掛けた。
「ご苦労。我輩も、まさか生徒の君達があれだけの戦いを見せてくれるとは予想外であった。君達の交戦はこやつ等のいい手本となっただろう。さて、諸君は今しがたまでベルンカステルとグレンジャーが実践してくれた無言呪文による応酬について書き出すのだ。ああ、君達は終業のチャイムが鳴るまで休んでいてよろしい」
未だ興奮冷めぬギャラリーに向かって肩越しに指示を出すと、スネイプは二人に歩み寄り、そして彼女達にだけ聞こえる声で、
「―――スリザリンとグリフィンドールにそれぞれ20点だ」
と、加点を与えた。
いつも贔屓しているスリザリンはともかく、スネイプがグリフィンドールに加算したのは恐らくこれが初だ。
半ば朦朧とする意識の中………ハーマイオニーは「え?」と今の言葉は聞き間違えなのではと、これ以上ないくらいに眼を大きく見開かせ、疲労を押して口を開こうとする前に、スネイプは漆黒のマントを翻して離れて行った。
【サバイバルを心得てる五人】
もう5年も数々の修羅場を潜り抜けてきたんだ。本章の時点でリアルでガチな戦いに対し真っ新な生徒とは心構えも面構えも違うから、あんなのは今更な通過儀礼に過ぎない。
【スネイプ】
原作と違って本章からはちょっとマシな人物に。
理由は多分先輩のクラミーに、
クラミー「ジェームズやシリウスとの因縁からグリフィンドールを憎むのはよくわかるけど、教師である以上はもう少し大人の余裕を覚えなさい」
とか画面外で窘められたからですね、きっと。
これがもしクラミーじゃなかったら、スネイプは原作と何ら変わらなかったでしょう。
【フィールVSハーマイオニー】
首席VS次席の夢のカード。
そしてフィールが同級生とバトルするのは何気にこれが初。二人共既に学生の基準を軽々とオーバーしてるチート同士なので、書いてて楽しかったですね。
【変身術万能説】
変身術ほどチートの域で超便利な魔法は無い。
【ハーマイオニー】
エミリーの死を経験して覚醒した模様。
空間転移した以外はフィールの飛び抜けた戦略にもあまり動揺しなかったので、予期せぬ事態への対応力は皆さんビックリするほどアップした。
【炎の狼VS水のカワウソ】
4章でもそうでしたが、守護霊に魔法属性を宿らせるなんてケース自体、今まであっただろうか? 少なくとも作者は知らない。
【グリフィンドールに加点】
ハーマイオニーの目覚ましい成長に評価を改め、獅子寮に得点プラス。
【まとめ】
と言うことで、今回はハーマイオニーメイン回でした。親しい人物との死別を経験してこれだけの変化をもたらすとは、読者もちょっとビックリなんじゃないでしょうか? 最後まで根性見せたハーマイオニーの成長はスネイプさえも認めるほど。見せてやれ底力をハーマイオニーは見事演出してくれました。
次回は魔法薬学編。