――――ある男の話をしよう。彼はいわゆる、どこにでもいる凡庸な少年だった。出自・経歴・才能全てに特筆したものが何もない、本当に何処にでもいるような子供だった。
そして彼は何処にでもあるようなありふれた悲劇に見舞われる。その始まりは、彼の住んでいた村出身のある冒険者が帰ってきた事であった。その男は理想と現実のギャップに心が折れ、劣等感から素行不良を起こしファミリアに暇を出されたのである。しかし、彼の熱心にファミリアに貢献してきた過去を哀れんだ主神が彼から『神の恩恵』を剥奪しなかったことが悲劇の幕開けとなった。
里帰りと相成った彼は村の守護が主な仕事となった、彼は最初の頃は初心に帰って故郷に貢献していたが、直に全能感と慢心に溺れていった。オラリオとその他では何もかもが違いすぎる。男は元『レベル2』の冒険者であり、唯の辺境では敵なしだった。村の自警団が20人がかりでやっとの魔物を瞬殺できる彼は次第に挫折に歪んだ本性を露にしていった。
何処にでもある片田舎、隣りの村まで行くのに半日近くかかるほど交通の便が悪く、町の役人が税の取立てにくるのも年に1,2回のこの場所に圧倒的な力を持つ存在が悪意をもってそれを振りかざせばどうなるかは火を見るより明らかである。視察に来た役人も男が持ち込んだオラリオで行われている栽培技術や獣害が減少したことによりかなり増えた税収に目がくらみ、彼の悪行を黙認した。
そして、その悪意の標的となったのが少年の一家であった。彼には姉が一人おり、その女性は彼や両親に似ず美人であった。しかも悪いことに『村一番の』と上についてくるほどだったため、元冒険者は欲望のままに彼女を毒牙に掛けた。それだけでは飽き足らず逆らった父親を紙屑のように引き裂き、残された少年と母親に『罪人』の烙印を押し、村人たちに暴力を振るわせ村八分にするよう強制した。初めは強要され仕方なくと行われた理不尽だったが、日々冒険者に課せられる重労働へのはけ口として、そして男に命令されて仕方なくという言い訳が常にあったこともあり、次第に自ずから理不尽を行使するようになった。
転機が訪れたのは男が帰ってから数年後、母親が衰弱死し自暴自棄となった姉が男に歯向かい殺されたのだ。男は少年の所へと訪れ、香典変わりだと言って今まで阿漕に稼いだ金貨の袋詰めを目の前に投げ置いていった。勿論善意など欠片もない。男と同じく悪意にどっぷり浸かった村の連中が後ろ盾が何もない少年が金貨を手にして何もしないはずが無く、立て続けに女子供を殺して変に反発されるのを嫌った元冒険者が彼らを使って少年を消そうと企んだのである。
しかしそれらは実行されることは無かった。近頃魔物退治をさぼっていたため数を増やした魔物たちが群れを成して村へと襲い掛かったのである。勿論多少数を増やした程度ではレベル2の元冒険者の敵ではなく村に被害はなかったが、この騒動に紛れて少年は村から姿を消した。
はぐれた魔物に襲われる危険も顧みず、少年はただひたすらにある方角へと走り続けた。道中も男が寄越した金には一切手を付けず、草の根を噛んで飢えをしのぎとうとう少年の目的地、迷宮都市オラリオへと辿り着いた。
彼は検問を抜け、道に迷いながらもギルドへと到着し息をつく間もなく依頼を申請した。勿論内容は『レベル2の元冒険者の始末』である。報酬は25万ヴァリス、これは元冒険者が投げ置いた金貨の全額である。少年からすれば目に入れるのも不愉快な品だが、自分を始末するための撒餌で破滅するのは男の末路としてはらしいと思ったからだ。
一流冒険者を動かすには少ないが、受付には延々と村での参上を事細かに説明しておき、手配書にも反映してもらった。お涙頂戴のエピソードに擽られれば儲けものであり、何より外では敵なしでもオラリオでレベル2は下から数えたほうが早い雑魚である。しかも格下ばかり相手にしている天狗を片付けるだけで25万ヴァリスが入るなら十分割の良い仕事であり、直に受け手が付くだろうと少年は考えていた。
―――しかし彼は失念していた。自分たち家族を地獄に落とした男はこの街から這い出てきた人物であり、この街は信念を持った冒険者と同じ数だけ屑も揃った『弱肉強食の街』であるということを。
依頼を申請し終えた少年は妙な胸騒ぎに駆られ、また報酬に全額指定したために宿代にすら事欠いていたこともあり、街の外で木々に隠れるようにして夜を明かした。そして朝早くにもう一度ギルドへと戻ってみると、目を疑うような事態が起こっていた。
――――――昨日確かに申請した筈の依頼がどこにも見当たらないのである。
直に受付へと飛んでいき確認を取ると、昨日受け付けた人物が現れた。話によると申請には少し時間が懸るとか何とか、何時どのくらいに出来るのかという言質は一切取らせず、のらりくらりと話を躱されてしまう。
受付の対応に苛立つ少年であったが、ふと感じた視線に後ろを向くと、大凡の事態を察した、いや察してしまった。
・・・そこには、朝早くだというのに酒をかっ喰らっている人相の悪い集団が居た。だが、唯飲んだくれているわけではなく、時折此方の挙動を観察するような鋭い視線を隠しもせずに投げてくる。その目線が村で散々見たことのある物と同じであったために察した、恐らくこの男と受付の人物はグルなのだと。
昨日今日オラリオへとやってきて、しかも街に知己がいるわけでもない大金を持った子供など、カモが葱を背負ってさらに全身に調味料と香料を刷り込んでいるのも同然だ。そんな奴がガラの悪い連中に絡まれて姿を消したとしても、誰も気にも留めはしない。恐らく自分が此処を出ようとしたところを、酒に酔ったふりをして絡んで引き摺って行こうと企んでいるのだろう。
とりあえず受付から離れ、近くのテーブルへと足を運ぶ。頭をフル回転させるが碌な妙案も思い浮かばない。ここでじっとしていても、直に痺れを切らしてこちらに来るだろう。辛気臭い顔の所為で酒が不味くなっただの、さっきの喧騒が耳障りだっただの、幾らでも理由はつけられる。
どうすれば良いのか・・・、直先に待つギロチンに戦々恐々としている所に神の手が差しのべられた。尤も。その神とは善神でも悪神でもなく―――――邪神の手なのだが。
「―――おや、ようやっと面白い人間を見つけたよ。どいつもこいつも、靴を舐めれば力が得られると本気で考えてる小物か、それか神どころか運命にすら愛されてるようなつまんない奴しかいなかったのに」
いきなり耳元で囁かれた声に飛び跳ねる少年だったが、声を掛けた目も潰れそうな美青年は気にした風でもなく向かいの椅子へと座ると、続けて懐から紙束を出してこう囁いた。
「―――どんな願いも、対価と引き換えに叶えられる力を用意してあげる。その代わり、僕と契約して冒険者になってよ!」
Side ???
―――へっ、ようやく店を出やがった。危うくビールが腹に溜まって取り逃がすかと思ったぜ。途中で神らしき男が出てきたときは獲物を取られたかとビビっちまったが、ギルドから出て直ぐに二手に分かれたところ見ると、どうやら知り合いとかじゃないらしいな。
念のため部下を使って泳がせてみたが、情報通りコネは特になさそうだな。それじゃあ鴨葱を料理するかと思ったら、あの餓鬼何を考えたか人通りがほとんどない路地裏に行きやがった。こりゃ連れ去る手間が省けたなと、さっそく部下を嗾ける。後はその場で始末するなり、身包み剥いでダンジョンに捨ててくるだけで12万ヴァリスが手に入る。最早ガキの顔も忘れて、これからくり出す酒場のメニューに思いを馳せていた。
――――今飛び込んだ部下がバラバラになって戻ってくるまでは。
意味が分からない。あいつらはレベル2だぞ?昨日今日来たガキに何が出来る!焦りながら現場に踏み込めば、そこにいたのはさっきガキと話してた神らしき男と・・・・それから、見たこともない悍ましい化物だった。バジリスク?いや、特徴が違う、何よりアイツは空を飛べな――――ヒィッ!?隣にいた奴の胴体が千切れ飛んだ、あいつは防具にはとびきり金を掛けてたはずなのに、まるで紙みたいに・・あ、今度は2人、その次は4人喰われちまった・・・・。も、もう此処に残ってるのは・・・・・ッ!?
い、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだどうして俺がこんな目にうぎゃあああぁああッ!!?腕が、腕が腕が腕がうでがうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでどうしてれべる3のおれのやりがきかないたいたいたいたいたいたいたいたいたすけてだれかだれかだれかあああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・い・・や・・・しに・・・・・く・・・・・・ぃ・・・・・・。
Side out
―――一枚羽のクサリヘビによる狩りは数分と絶たず終わり、辺りは再び静寂に戻る。凄惨な虐殺は外界から遮断されたかのように一切の横槍を受けず、それを引き起こした青年も、一部始終を見届けた少年もまるで詰まらない劇を見せられたかのような表情を崩さないでいた。
「・・・とまあ、今見せたのがこれから君が得る力のほんの一端だ。勿論これから君がどれだけ無様に転げ回ってくれるかにもよるがね。さて、君は今現時点で何も持っていない、何もかも奪われてその上なけなしの『自分』さえ叩き売りして分不相応な力に手を伸ばす。そこまでして何が欲しい?何になりたい?・・・・何を台無しにしたい?」
唯々嘲笑を顔に乗せながら問いかける青年に、少年はこれから冒涜的な『ナニカ』に穢されようとも微塵も変わることが無いであろう濁りきった瞳を向けて一言こう言った。
――――家畜でなく、塵でもなく、餌としてでもなく・・・・ただ
その一言を聞いた瞬間、青年はこれ以上は無いという極上の美酒を飲んだかのように、喜悦に顔を歪ませた。そして噛み締めるように身を震わせると再び嘲笑を浴びせかける。
「ふ、あははははッ!!よりにもよってその願いを、最もその力から遠いそれを恋い焦がれるのかい、君は!!!ああ、素晴らしい。長い時間面白そうな人間を探し続けて、いい加減飽きてきたところに本当に良い拾い物をしたよ。せいぜい面白可笑しく、神の庭を穢す様を見せてくれ」
そういって青年は再びギルドで見せた紙束を寄越した。受け取った青年は中に目を通したが、そこに描かれていたのは途轍もないほど難解なある数学の方程式であった。当然凡庸な少年に読めるはずのない代物であったが、その方程式の傍に書き殴られた解説らしき文字に目をやった瞬間、縫い止められるように目がその解説から話せなくなった。その解説すら何を書いているのかわからないはずなのに、直接脳髄に刻み付けられるように、わからないことが分かっていく。そういう風に造り替えられているかのような感覚を思えながら、気付けばその全てを読破していた。
「これで良し、と。自力で解いてないから塗りつぶされてないけど、君は僕と同期することになったわけだ。おめでとう、晴れて君は僕の眷属だ。あ、といっても他の土着の神共みたいな家族ごっこは鳥肌立つから勘弁してね。『改宗』は既に承認してるから、早いところ都合の良い奴を見繕ってくれ」
言うだけ言ってその場を後にした一瞬だけの主神に辛うじて返事をした後、とうとう疲労に耐えきれず少年―――ハイン・グレイズはその場に崩れ落ちた。
この物語は夢見る少年が苦難の果てに栄光を掴む冒険譚ではなく、神の寵愛を受けた勝利者による英雄譚でもない。何処にでもいるはずの少年が、暇を持て余した邪神に偶々見初められたために始まった三文芝居である。しかしその寸劇は平坦にあらず、凡庸であるが故に英雄以上の非難と妬みを買い、異端であるが故に排斥の声は止むことを知らない。
―――そして神が、疎む存在を滅ぼすために最も多用する手段とは何か?太古の昔から使い古された手垢のついた特効薬、即ち英雄を嗾けるだけで事足りるのだと。例えその二人が死線を越えた友であろうとも、堆く積まれた怨嗟の声は聞き咎めることなどしないのだから・・・・・。
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