Side ハイン
・・・・・頭痛い、二重の意味で。昨日回収した『玉虫色』が予想以上に育っていたことに浮かれて、自分が持ってる瓶に何が入っているかも忘れて思い切り呷ってしまった。記憶が飛ぶような代物じゃないが、気分が大きくなってつい無駄な事をしてしまった。不快な害虫を払うのはともかく、ベルが妙に気にかけてる猫人擬きに銭を返してやるなどらしくない。
それはともかく、二日連続で迷宮潜りが休みになるのは初めてだ。ベルの奴は朝早くから弁当箱を返しに『豊饒の女主人』に行ったらしいが、俺はもうしばらく惰眠を貪らせてもらおう。ヘスティアも仕事に行って留守だし、久しぶりにゆっくりしよう。
―――結局今日は丸一日グータラしていた。夕方になってようやく起こされたが、普段と違って騒々しい叫び声が目覚ましだった。何事かとリビングに出てみると、目の前には異常なほど貴重な資材で作られた白紙の本が一冊。ヘスティアによると、ヘファイストスの一級品にも勝るほど値の張る逸品『魔導書だったもの』だとか。
二人は弁償だの無かった事にするだの揉み合っていたが、そんなことよりもう少し危機感というか、警戒心を持ってほしい。『怪物祭』で起きた、シルバーバックの不自然なほど執拗な追跡及び戦闘から続けてこの事態。誰かは知らんが、ベルに対して明確な意図をもって働き掛けている可能性が極めて高い。
偶然超が付く貴重品が懇意にしている酒場に置きっぱなしにされ、偶々そんな品が捜索もされずに放置されており、図らずもうっかり者の女給さんがベルに読ませた、と。出来過ぎにも程があるだろう。利益を齎すからと言って、悪意の不存在を証明するわけじゃないんだからもっと穿った見方をすべきだろうに。
――結局、ベルが『豊饒の女主人』へ謝罪しに向かうということで落ち着いたらしいが、俺も同行することになった。コラそこ、俺が乗り気なことに揃って胡乱な目をするんじゃない。あれだけ上質なアーティファクトが手に入りそうなら多少の骨折り位するさ。高々術式が白紙になっただけだろう?寧ろ俺からすれば『魔導書』よりも無着色の聖遺物の方がよほど価値がある。
――翌日
いかん、つい遅くまで制作作業に没頭してしまった。『蜂蜜酒』に『玉虫色』、それから『製本』。最近物作りが趣味になりつつあるな、どれも人目に出せないものばかりなのが偶に傷だが……。
そんな訳で、今日は三日ぶりの迷宮潜りだというのに盛大に遅刻をやらかしてしまった。しかしなんであいつ起こさなかったんだ?そういえば夜中に扉が開く音が聞こえたような……まさかな、覚えたての魔法を試したくて安全策も取らず迷宮に潜ったなんてあるはずが無いよな。
まだ眠気で思考が定まらないが、どうにかいつもの集合場所に着くと、ベルが見るからに小物そうな蠅に纏わりつかれていたのでつい反射ではたいてしまった。が、あいつから小言が飛んでこなかった辺り、本当にどうしようもない奴らしいな。
見事にすっ飛んで行った蠅が何か喚いていたのでもう一発吹き飛ばして視界から消すと、何故か猫人擬きが藪の中からはい出てきた。ベルは特に突っ込まずに話しかけに行くが、途中参加の俺はどういう状況下とんとわからん。興味もないし、さっさと先に行ったからどうでも良いが。
Side out
―――その日の晩。いつも通り食事を済ませ、ここ最近増え始めたファミリアの貯蓄の活用案について思案していたハインは、聞こえてきたノックに考えを打ち切りで迎えた。相手は彼らの主神ヘスティアであり、表情がいつもより暗い。悩みごとというより、これから起こりうることへの不安が見て取れた。
「……ボクがキミに何の話がしたいか、分かっているだろう?」
「ああ、ベルが最近懐かせているあの猫人擬きの事だろう?」
「……もう少し言い方を気にしてほしいけどそれは後だ。ボクは未だにキミが沈黙を保っていることが不思議で仕方ないんだよね。実害が起きてから動くほど大人しくないだろ、キミ」
ヘスティアが心配しているのは、ベルよりもむしろハインの方だ。そのサポーターとやらが何を企んでいるかは知らないが、どんな策を弄しても彼がベルをみすみす死なせるなど有り得ない。
だが彼がベルより遥かに苛烈な人間であり、それを叶えるだけの力を持っていることも良く知っている。『怪物祭』の時に見せたあの蟹のような使い魔、あれが三下だと宣う彼の本気は未知数で、それ故万一のことがあればどう決着を付けようとしているのかを知らなければならないのだ。
「話の渦中にいるアイツより心配されてることについてはさて置いて。そうだな、アンタの言うとおり静観してはいるが見逃すつもりは更々ない。かといっていつも通りのやり方をしてみろ、ベルの事だから『女の子だから』とかいう訳の分からん理由で立ち塞がるのが目に見えてる。だからあの猫人擬きの沙汰についてはあいつに任せる」
「…?良く分からないな、それじゃあ君の動く余地が無いじゃないか。もう一度聞くけど静観するつもりはないんだろう?」
「ない。だが責めを負うべき人間は幾らでもいるだろう?俺も自分で見てわかったが、あの猫人擬きはどうやら自分から進んで人の懐を探ってるわけではないらしい。言い方を変えれば俺達を食い物にしろと唆されたとも言える。俺が落とし前を付けさせるのはそいつらの方だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?それは駄目だ、そこまでしたらもう冒険者同士の諍いじゃすまない、ファミリア間の抗争になる!そんなことになったら―――」
「安心しろ、派手に動くにはまだまだ俺達は小さすぎる。そのくらいは弁えてる、ちゃんと穏便に済ませるさ。だが泣き寝入りはもっと悪手だぞ?連中にベルの甘さを散々見られてる。それなりの手を打たないとそれこそ集られ続ける」
そう言われればヘスティアも閉口せざるを得ない。ベルの優しさは欲望渦巻くこの街では甘さでしかなく、何時か彼の首を絞めるのではないかという懸念はヘスティアにもある。そしてそういう手合いを黙らせるにはハインの様な敵対者に容赦のない人間が適役だということも。
「…はあ、わかった。確かにこの件はボクにもベル君にも荷が重い。正直キミが傍に居てくれるのは本当に心強い。だけど約束してほしいんだ」
「わかってる。何度も言われなくてもファミリアに迷惑が掛らない様上手く―――」
「違う!!そうじゃなくて……キミにはボク達以外の人ともっと繋がりを持ってほしい。ベル君からそのサポーターとのやり取りを聞いたけど、今のままじゃキミが大切にしている『願い』まで取り落としてしまいそうで不安なんだよ」
―――ヘスティアの言ったことがよほど意外だったのか、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をするハイン。それは今まで見たこともないほど年相応の表情だったが、それはヘスティアの不安を和らげるどころか、却って強くするものだった。
―――翌日
ベル達一行はリリルカの提案もあり、今まで一度も降りたことのない11階層へと向かう事になった。一人ならともかく、適正として不足ない前衛と後衛がそろっている以上おかしな話ではない。特に反対もなく彼らは目的地へと向かっていった。
ただしいつもと違うことは他にもある。ベルの武器についてだ。最近ヘスティア・ナイフの性能が却ってベルの動きを悪くしているのではないかとリリルカに指摘され、それに関してはハインも同意見であった。
彼らにとっての適正モンスターと、本来このナイフの使用が想定されるモンスターのレベルが違い過ぎ、レベル1のベルならもっと苦戦しなければならないはずのモンスターも一撃で蹴散らしてしまう。それが彼我の戦力差を錯覚させてしまい、足元を掬われる状況が度々見受けられた。
そのため一度初心に戻ってみようということで、リリルカが用意したバゼラートで戦うことにした。勿論これもこの階層を挑むには十分な代物であり、ベルは道中のモンスターとの戦闘で着実に調整を行うことが出来た。
そうして無邪気にバゼラートの使い勝手を自分に述べるベルを見ながら、リリルカは罪悪感に苛まれながらも内心口元が吊り上っていた。ベルもハインも予備の吊革を持ってきていなかったため、ヘスティア・ナイフは現在リリルカが預かっていた。これまで御行儀よくサポーターを務め、ベルの勘の鋭さと疑うことを知らない精神によって未遂に終わったこともありベルは一切躊躇することなくナイフを預けたのだ。
唯一ハインがどう口出ししてくるかが不安であったが、特に何の障害にもならなかった。これで後は行方を晦ませるだけ。流石に二人を前にナイフをかすめ取るのはリリルカのステイタス的に不可能であったため、どうやって自身にナイフを預けてもらうか苦心し幾つも計画を立てていた。だが最初の案で転がり込んできたので拍子抜けしてしまったくらいだ。
―――そして目的の11階層に到達したとき、リリルカは最後の計画を実行に移した。人目に付かない様こっそり魔物を引き寄せるアイテムを複数地面に落としていた。それを嗅ぎ付けたオークが前から、後方には蝙蝠型のモンスターが飛来し理想的に二人の注意を惹きつけた。
後は足音一つ立てずに大急ぎでこの階層から離脱する。本当は最後に一言声を、できれば謝罪をしたかったのだが魔法が使えるハインが居るのに棒立ちなど死にたがりも良い所だ。断念して一心不乱にダンジョンを駆け抜けていった。
―――しかし彼女の計画は唐突に頓挫してしまう。彼女自身に問題はなかった、しかし冒険者相手に初めて感じた罪悪感で勘が鈍ったのだろう。彼女は失念していた、自分が彼らを獲物にしたように、自分を獲物だと思っている人間が居たことを。そしてそいつらのしつこさと残忍さも。
嬲られる苦痛を耐えている間に状況がどんどん変化していく。自分を嵌めたと高笑いする男もまた三人の冒険者の獲物であり、キラーアントを利用され断末魔の叫びをあげることとなった。そしてリリルカもまた、全財産の鍵を騙し取られ、キラーアントの群れへと投げ込まれた。
「(やっぱり、リリの最期なんてこんなものですよね……。悔しい、寂しい。けど、これは報いなんでしょうね。ベル様みたいな御人好しを騙した報い。本人にその気が無くても、助けてくれた恩を仇で返した報い。……あれ?どうしてこいつらはゆっくり近づいてくるんでしょう?どうせ殺すなら一息にやってくれたら良いのに)」
―――絶体絶命での感想ではないだろうが、彼女の疑問は当然のことだ。モンスターは相手の状態に関わらず、人間を見つければ脇目を振らず襲い掛かる。現に先程の冒険者は僅かの暇もなく餌食となったのだから。
「(まるで真綿で首を絞めるような…、どうしてリリは報いを受けて、あいつ等は大きな顔をして逃げ果せるのだろう。リリと同じ目に遭うというならどんな苦痛も喜んで受けるのに。でもどうせ死ぬのであれば、ベル様にあの時誤っておけばよかったなあ。本当に―――『ファイアボルトォッ!!』―――え?」
聞こえるはずのない声を聴いた。リリルカは状況についていけなかった。信じられなかった、の方が正しいか。もう一人の姿が無い所を見るに、ハインにはオークの相手を任せて大急ぎで引き返してきたのだろう。それは分かる、だが何故戻ってきたのかが分からない。
ナイフのため?それならキラーアントが居なくなってからの方がよっぽど都合が良い。剰え魔法を行使し自分の危険も顧みず飛び込んでくるなどどうかしている。
答えの出ない疑問に延々と囚われている間に、全てが終わっていた。もうどこにもモンスターの姿はなく、目の前に少年がやってきても、その顔には自分への心配しか映っておらず、とうとうリリルカは思いの丈をぶちまけてしまう。
どれだけ口汚い言葉を投げかけても、自分がしてきた仕打ちを暴露しても。ベルは弾劾するどころか、一番言って欲しかった言葉を口にした。『じゃあ―――リリだから、かな』その言葉に耐えられず、リリルカは謝罪の言葉を述べながら暫くの間泣き叫んでいた……。
―――それから暫くして、安定の無傷で合流したハインと共に三人は地上へと帰っていた。ハインのみかなり後方で殿を務めていたが、気を利かせてくれていると判断した二人は特に疑問を持たなかった。…勿論そんなことは無いのだが、世の中知らない方が幸せなことは幾らでもある。
『―――――――ッ』
「…ご苦労。『蟲』には任せられなかったからな。『ソレ』は好きにして良い。研究するなり捨てるなりな。まあそいつらもそのままで生きているよりはこの方が世の中の為だろうしな。結果的には俺達に猫人擬きを嗾けたようなものだからな、何をされても自業自得ってことで。精々便利屋として使わせてもらおう」
―――本当に幸運だったろう。もし近くに居れば気付いてしまった筈だ。ハインの後ろに最早馴染となった甲殻の化物が控えていることを。
その化物が3つの『缶』を抱えていることを。
その缶から『声』のような何かを感じることを。
『イヤダ ヤメテ ドウシテ オレガワルカッタ タスケテ ユルシテ ユルシテ イヤダ イキタイ タスケテ コンナノ タスケテ タスケテ タスケテ ユルシテ ゴメンナサイイヤダイヤダイヤイアイヤイヤイヤイヤイヤ――――
――――コロシテ』
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