場所:ギルド受付
「――――はぁ」
「あれ、どうしたのエイナ?もうすぐ上がりなのにため息なんてついて。…それって『ダンジョン未帰還者リスト』?もー、そんな気の滅入る物進んで見なくても良いのに」
―――ダンジョン未帰還者リスト、文字通りダンジョンから帰ってこなかった人間を記録していくものであり、詰所での記録やヒアリング等をもとに作成している。これを把握していないとダンジョン内での犯罪・ギルド間抗争・等の前兆を察することが出来ず、最悪ファミリア同士の全面戦争や大事件の引き金になりかねないため、中立兼運営組織であるギルドにとって不可欠なものである。
「あ、ごめんね。気を遣わせちゃって。ただ、ちょっと気になることがあって…」
「え、どれどれ?うーん、案件の数とか内容とかは別に変じゃないと思うんだけど」
「そこじゃなくて、所属ファミリアの欄を見て?」
「ファミリア?うーんと、『ジード:ソーマファミリア』『アントン:ソーマファミリア』『ハッサン:ソーマファミリア』――――うわ、最近の項目殆どソーマファミリアの人ばっかじゃん!?」
勿論他にも脱落者は一定数存在する。しかし直近の資料ではソーマファミリアの数がダントツであり、さらにこのファミリアの仕組み的にも非常に違和感を感じる内容となっている。
「どういうこと?確かソーマファミリアが荒れてるのってお酒飲みたさと主神の管理がおざなりだからって神ロキから聞いたんだよね?」
「そう聞いたわ。彼らが求めているのは冒険でも名誉でもなく忘れられないお酒の味。当然お酒は生きてないと飲めないし、万全の体調を保っておかないと横から強奪される可能性もある。だからどれだけ無理をしても命と天秤にかけることは無く必ず無難な道を取るか他人を利用しようとしてた。いままで殆どこのリストに載る事なんてなかったのに、どうして急に?」
「そういえば、前から揉め事起こしてたけど最近はもう形振り構わないって感じだったね。しかも末端の冒険者だけでなく幹部の人達にも伝染してるみたい。ちょっとギルドからも監査の予定を組んだ方が良いかも。ちょっと聞いてくるね」
「ありがとう、お願いね。―――あれ、この日付って。確か私がベル君にサポーターの件で話した日からあまり変わらない……?」
場所:ロキファミリア ホーム
「なんや、エライ珍しい来客やな。酒にしか興味ない引き籠りが、ウチに『だが断る』とかいうて袖にしたモンまで土産に持参するとか、どういう風の吹き回しや?」
「……頼みをするのに手土産を持ってくるのは当然だろう?言われるでもなく俺にとって酒造り以外は全てが煩わしい些事だ。…とはいえ、それにすら支障が出てしまっては動かざるを得ん」
「それは穏やかではありませんね神ソーマ。オラリオの平穏が乱されるのは我々にとっても他人事ではありません、まずは話を聞かせてもらっても?」
―――所変わって、ここはロキファミリアのホーム『黄昏の館』。彼らは近く次の遠征が控えており、特に幹部達は物資の手配や他ファミリアとの連携等で慌ただしく行動している。なので本来なら来客の相手などしていられない所ではあるが、持ち込まれた内容とその相手に問題があったため、主神ロキと共に団長フィン、そして偶々暇をしていたアイズが同席していた。
「俺のファミリアについて、大体の事は知っているな?」
「ああ、ただ酒造りの・酒造りによる・酒造りの為だけに組織運営されてるっちゅう話はな。幹部や欲の皮突っ張った子供等はともかく、使い捨てられる子には正直同情するわ」
「そんなものは俺が関与することではない、あいつ等が勝手にしたことだ。それはともかく、ファミリアに最も資金を納めた上位数名に毎回
ソーマが一度話を区切り、全員へ目配せをする。ここまでの話に特段異常は見受けられず、予想の付いていた話でもあるため、ロキ達も視線で彼に続きを促す。
「…ところが、だ。ここ最近、今まで一度も上位に入ったこともない、精々上位者のお零れに与る為使い走りをさせられていた連中が、子飼いを含めて上位を独占するほどの貢献を上げ始めた。しかも以前までのボーダー額の倍近い金を積んで、だ」
その一言に全員が眉をしかめる。古今東西、急に羽振りが良くなる存在には往々にして犯罪が付いて回るものである。
「当然、これまで穏便に続いていた和を乱せばそれを排除しようとする奴が出てくる。現に団長のザニスが子飼いを使ったようだが見事に返り討ちにされたらしい。ファミリアの末席を汚していたような連中が自身よりレベルが上の敵対者を撃退したことからも、どうやら面倒な飼い主を得たことが予想される。
それはともかく、奴等が数回上位を独占してからはファミリアで辛うじて保たれていた秩序が完全に崩壊した。それまでのボーダーも決して低い額ではなかった。ところがそれですら神酒を得るには足りなくなってしまった。特にこれまで恒常的に神酒を煽っていた幹部達は禁断症状にも似た暴動を起こし、自身や手下にかなり無茶な金策を強行し始めた。そしてそれが原因でファミリアでの死者が急増し、酒のために他人は捧げられても自分までは捧げられない、付き合い切れないと考える末端の子らが幹部達と対立までし始めた。もはやファミリアは完全に統制を失ってしまっている有様だ」
「うわぁ…。ん?でもそれなら何でお前がここに出張ってくるんや?確かに怪しいのがおるいうんは分かったけど、そいつらが大層な上納金入れるんなら、酒しか興味ないお前には何も問題ないんとちゃうか?」
「それなら俺もここには来ていない。その渦中の連中は数回法外な上納金を入れた後は音沙汰なしだ。金脈が尽きたかと思われてもいるが確証が無い。だから上は無理な金策を続けようとするし、それに反発する下部との不和の所為で以前より遥かに上納金の額が減少している。正直、このまま赤字が続けば2年と保たずに経営が破たんするだろうな」
「そこまでかあ。ウチはソーマンとこの酒が飲めんようなるんは勘弁やから、報酬次第じゃ面倒みるんも吝かやないけど、フィンはどないや?」
「……今聞いた限りでは『キナ臭い』としか言えないね。犯罪の影が見え隠れしているから、解決は団としても僕個人としてもプラスイメージにつながる。『神酒』が飲めなくて困る人間は大勢いるから協力も得やすい。ただ、相手の得体が知れない以上安請け合いは出来ない。少なくとも、神酒を至上とするファミリアに籍を置いておいて神酒の断絶を意に介さない様な輩の相手は、ね」
「…?そんなに難しい話かな、フィン?」
「良いかいアイズ?小人というのは兎角人目というのを気にする。弱い自覚があるから強い人に睨まれるデメリットを熟知しているし、悪い噂を流されると口八丁も通じにくくなるし取引も成り立たなくなるからね。これまで殆ど注目されていなかった末席ということは、そこら辺のヘイトコントロールに関してはそれなりに上手くやっていた連中に思える。
ところが、だ。そんな連中がボーダーの崩壊なんて特大の不和をぶち上げた。幾ら後ろ盾を得たところで、横のつながりを御破算にするような行動は自殺行為といって言い。信頼を失った冒険者は脆い、何時後ろから刺されるか分かったモノじゃない。レベル1の弱小冒険者のすることじゃないね。
次に疑問が残るのは、どうしてその連中が『神酒』の魅力に抗えているかという点だ。噂話やロキの話から察するに、『神酒』の多幸感というのは凄まじいらしい。それこそ身持ちを崩したり非道に手を染める輩が後を絶たないくらいにね。それほどの美酒を味わっておきながら今は完全に沈黙している。普通なら恒常的に上納金を納めるか、新たな金策欲しさに積極的に動くかのどちらかだ。アイズ位精神力が高い人物ならまだ話は違うが。
最後に、あからさまにその連中は組織に揺さぶりをかけてきている。神ソーマも言っていたが、上納金のノルマは安定している。普通酒が飲みたいだけならそれに少し色を付けたくらいの額を納めるだろう。余剰分多く飲めるわけでもなし、必死で稼いだ金を捨てるようなこと、欲が深い冒険者がする事じゃない。しかもこの行動がファミリアに深刻な打撃を与え、運営に支障が出てしまっている。酒が飲みたくてファミリアに在籍している人間がする事じゃないね」
「…つまり、フィンが言いたいのはその人たちの立場や性格と、起こしている行動がチグハグだってこと?」
「ああ、それもチグハグなんてレベルじゃない。矛盾のオンパレードさ。人間は機械の様に動けるわけじゃないが、ここまで来ると
フィンのその言葉と真剣な表情を受け、ロキとアイズの顔つきも釣られるように引き締まる。この件は詰まらないファミリアの不祥事に留まらないかもしれない、と全員が認識を改めることにした。
「……まあええやろ。報酬その他はあとできっちり証文付きで書き付けさせるけど、取り敢えずウチ等も動いてみるわ。まあ、言うても『遠征』が間近やし、動くとすればその後やけど」
「…ああ、それで構わない。報酬については後日ザニスを連れてくる。酒の仕込みがあるからこれで失礼する」
「(フィン、どない思う?闇派閥が絡んでるか、それとも…)」
「(…まだ分からない。けど、その可能性も考慮に入れて動くべきだろう)」
場所:ヘスティアファミリア ホーム
日も完全に落ち切り、ヘスティアの家族が帰ってきた。新たにサポーターであるリリルカを受け入れた一行は、特に変わることなく朝から晩まで冒険に精を出し、その成果を主神であるヘスティアへとハインが報告していたのだが…。
「―――――と、いうわけでベル達が
「……うん。キミがきちんと安全を考えて冒険してくれたことはボクにも良く分かったよ。だけどひとつ良いかい?」
「何だ?」
――――ぼ、冒険は一日にしてならず…。あの人に追いつくためにも、休んでる暇なんて……、ごめん、やっぱり明日は休ませ………(ガクッ)
―――リリは、リリは今日という一日を決して忘れません。良い教訓になりました、人間死ぬ気でやれば不可能なんてないと。…それから、ハイン様の『実験』には二度とついて行ってはならないと…ッ!うぅ…(ガクッ)
「キミの後ろの死屍累々は一体どういうことだい!?あの冒険おバカのベル君が自主的に休むなんてどんな『実験』に付き合わせたのさ!」
「……モンスター1000匹狩猟耐久レース?」
「なんでキミが疑問形なんだい?というか何その拷問まがいの戦いは?」
「…一つはこの小人族に対するペナルティ兼証立て、だな。裏切りに対して何の対価も払わせないというのは後々入団してくる奴に示しがつかん。それに『ベルに尽くす』の言葉が口先だけじゃないと証明してもらう必要もあった」
「うーん、確かに行動で示した方が周囲にもあの子自身にとっても良いかもしれないけどね。…でもそれキミにとっては完全におまけでしょ?」
「流石に御見通しか。本命はこっちだ」
そう言ってハインが懐から取り出したのは一振りのバゼラート。そう、リリがベルにヘスティアナイフを使わせないために用意したあの一振りである。罪悪感と後ろめたさからか、将又訝しがられないようにするためか決して悪い出来ではなく、新米冒険者としてみればこれでも十分『装備にお金をかけている』といえる程度に性能も値段も張る。
とはいえ、流石にヘファイストスの逸品とは比べ物にならない。しかし、サブウェポンを持つのは冒険者にとっては当たり前であるので使わないのももったいない。とはいえそのままでは切り心地に差異があり過ぎてトラブルの元になる。という訳でひと手間加えることにしたのだ。
「…なるほど。で、それとモンスターを過剰に狩ることと何の関係が?」
「この細工には獲物に生き物の血を大量に吸わせる必要がある、しかも一日以内に。その上でヘスティアナイフとやらのように刻印を施せば出来上がりだ。で、完成品がこれ」
「…きみ、鍛冶とか道具作成のスキルなんて持ってたっけ?」
机にあるバゼラートを鞘から取り出したヘスティアは頭を抱えた。彼の『神話技能』による多少の補正・強化魔術か何かと思ってみたら、どう見てもそんな陳腐なものではない強力な魔力が施されていた。とてもではないがレベル1の冒険者がやって見せたとは言いだせない出来なのである。
「い、一応性能についても聞かせてくれるかい?とても強力な魔術が掛っているようだけど?」
「ふむ、便宜上『空鬼のバゼラート』とでも呼ぶことにしようか。空鬼とは次元や空間を転移できる化物なんだが、その力の片鱗を埋め込んでみた。こいつは切りつけた相手の強靭な部位、例えば耐性の高い皮膚や骨を『飛び越えて』肉や中身を切り裂くことが出来る。まあ早い話が防御力を無視して切りつけられるって話だ」
「――この間の白い本といい、アイテムスミスが板についてきたねえ……」
次から次へと増える頭痛の種に、ヘスティアは考えることを止め机に突伏し意識を手放した。バイトでくたびれた肉体にはこの内容は手に余る、取り敢えず明日考えよう、と。人はそれを先延ばしというのだが。
自分以外全て寝落ちするというカオスな状況に首を傾けながら、ハインは取り敢えず風邪をひかない様ミ=ゴにベッドへ連れて行かせることから始めるのだった。
―――こうしてヘスティアファミリアの夜は更けていく。大事な家族が『ナニヲシテイルノカ』知らないまま、表面上は平穏な日常が過ぎていくのであった……。
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