具体的に言うとロックなのに掛けても54にならなさそうな話。
「――ねぇ、ロックってなに?」
高校への通学路の途中、不意にヘッドホンを外した彼女がそんなことを言い出した。
彼女の名前は多田李衣菜。幼い頃からの友人で同い年、家も近所のいわゆる“幼馴染み”だ。そんな間柄だから彼女のことはよく知っている。李衣菜は最近ロック系バンドにハマっているのだ。
「あー、そのヘッドホンの曲……Queenの?」
今だってほら、外したヘッドホンからわずかに聞こえてくるぞ。……だが、俺は知っているぞ李衣菜。お前は典型的な『形から入る』タイプであると。
「え、く、クイーン? ああー! そうそうあの
「あぁ、うん。全く違う」
――そう、にわかだった。
ロックな音楽が好き。つまりライブハウスの箱の中で、顔も知らない連中らと一緒に歌って騒いで楽しくなる……そういうのだよね。曲を聴いて熱くなることだよね。まぁ違うかもしれないけどそれに近しいものだって俺は思ってる。
でもさぁ、Queenは知っとこうよ李衣菜。
「ま、まぁ勉強中だからそこらへんは。多目に見てよ、ねっ?」
大丈夫なのだろうか。多分大丈夫じゃないな。
別にコイツがロック好きとか言ってにわか知識をひけらかすことはどうでもいいんだけど。それ以前にQueenを知らないのが衝撃すぎる。
「……で、ロックがどうしたんだ」
「いや、理央ならそういうの詳しいかな〜って思って」
「お前まさか、俺がギターやってるからって安易な考えで聞いてるんじゃないだろうな」
「え!? なんで分かったの?」
驚く李衣菜。マジかよにわかかお前。あ、にわかだったか。
「安直すぎるぞ……これならインターネットで調べたって同じだろ」
「いやいや! 理央は昔からギターやってんじゃん! 近くにそんな人がいるのに聞かないわけにはいかないでしょ」
グイッと顔を近づけて言う李衣菜。ああ近い近い……。なんかずるい奴だなぁと思う。そりゃあまあ人に聴かせられるくらいには出来る自信はあるよ。でもそれでも、『ロック』がなんなのかって問いに答えられるようなら、俺はとっくにロックスターだ。
「――『固定概念を破壊する音楽。転じて、やりたいように自分を表現する音楽』」
「それがロック?」
「本に書いてあったことそのまんま読み上げただけ」
「えぇ……? それってどうなの?」
「うん? 聞き返すなんてロックじゃないよなぁ?」
冗談半分でそう言ったら、李衣菜が頬を膨らませて右肩にパンチしてきた。
「ちょ、痛い痛い」
「結局ロックがなんなのかわかんないし、適当な事は言わないでよ理央」
怒られた。
「まぁ確かに今は適当に言いすぎたけど……とりあえず、自分で考えたらどうだ」
「考えるって、ロックを?」
李衣菜が首を傾げて訊いてくる。
「そうそう。俺にもわかんないし、結局教えられるような事じゃないってことだ。てなわけだから、探してみろよ。あとそれに……」
「それに?」
上から目線でものを言える立場では無いが、ロックの先輩としてロックを探し始めた幼馴染に一言。
「自分で考えてみて、これだって思えるものがあったなら……それは多分ロックだ」
我ながらクサイ台詞だ。でも、ロックってこういうものだって信じている。さて、それを聞いた李衣菜の様子はというと。
「自分が思ったらそれがロック……か」
なにかを決めた様に足を止めて、俺をジッと見ていた。
「私、決めたよ」
「……え、何が?」
「――私、アイドルになるよ」
「……………え?」
◇◆
『アイドルをやってみませんか?』
そう街中でスカウトされたのがつい一昨日。返事はちょっと待ってほしいとその場は名刺だけもらって帰ったそうだが、それからずっと迷いっぱなしだったらしい。
「アイドルね。李衣菜が、アイドル……」
『理央の話聞いて思ったんだ。迷ってたら始まんない、そんなくらいならやってみようって。ねぇ、これって最高にロックな決断じゃない?』
楽しそうに言う李衣菜。その顔に後悔なんか少しだって無かった。
アイツはやれるんだろうか。確かに李衣菜は可愛いさ。ロックロック言う姿はほんとにもう微笑ましいくらいに。
だけど、芸能界はそんなに甘くない。
もし鳴かず飛ばずのままで終わったらどうしようとか、アイツは考えなかったんだろうか。……いいや考えたに違いない。考えた上で『やってみよう』と思ったんだ。なんだアイツ、すごいロックじゃないか。
「これは俺も……負けてらんないかな」
壁に立てかけてあったエレキギターを手に取り、シールドとアンプをつないで準備をする。チューニングも手早く済まし、この前覚えたあの曲のワンフレーズを弾いてみる。
ワンツー、ワンツー。ここで運指を変えてワンツー。これをギターを始めてから十年間毎日やっている。おかげでギターはライブハウスでソロライブが出来るくらいには上達した。
李衣菜は前に進み出した。なら俺だって止まれない。目指してみようじゃないかよ、ロックスターってやつを。
――そして、星が流れる様に時は過ぎていった。
李衣菜はトップアイドルに順調に近づきつつあった。CDデビューに地上波出演、同じ事務所のアイドルたちとのユニットでのライブ。デビューからわずか半年で、彼女は人気アイドルと呼ぶにふさわしい支持を、ファンを得た。
俺だってやれることをやった。
いくつかのギターコンテストで優勝した。死にモノ狂いで練習して、何度も何枚もピックをへし折ってきた。やがてプロの目に留まって話がトントン拍子で進んで、デビューだって目に見えるところまで来ていた。
「私も理央に負けてらんないや」と李衣菜に言われて、「こっちこそ負けないぞ」と互いに話したばかりだった。
――それなのに。
夢ってのは案外簡単に潰れてくれる。
悪い夢でも見ているのだろうか。だったら今すぐ覚めてほしい。こんな趣味の悪い夢は初めてだった。
突然、トラックが突っ込んできた。それも赤信号を無視して。運転手の不注意だったら許せなかったが、心筋梗塞だっていうから何ともやり切れない。
病院に運ばれてからすぐに手術が始まった。終わったのは0時を回った頃で、手術室から出てきた俺は、包帯ぐるぐる巻きのミイラみたいだったって後から聞いた。
……そんな自分の滑稽な姿よりも印象に残ったのは。
――粉々に砕けていた俺のギターケースと、その中身の方だった。
「……………」
ぼんやりと、病室の窓から外を見る。備え付けのテレビを見るのにも飽きてしまった。今日は李衣菜が出る番組があったらしいが、それも見なかった。見る気がしなかった。
後遺症が残るらしい。それも確実に。それを知った時の落胆と言ったら、言葉には到底できそうにない。デビューの話はもちろん消滅。そりゃそうだ。商品価値の無いギタリスト雇ってなんになるって言うんだ。
こうして、俺のロックスターを目指す夢は呆気なく幕を閉じた。
◇◆
事故から一週間が過ぎた。ある日病室でベッドに横たわる俺に会いに来たのは、今や雲の上のトップアイドル、多田李衣菜だった。
「り、理央……!」
「おう。久しぶりだな、李衣菜」
「それよりも……聞いたよ。腕のこと」
「ああ。そうか。それなら説明はいらないか」
その後に続いた言葉は、自分でも驚くくらい冷たい声音で放たれた。
「……まぁ、そういうことだよ。もう俺にやれることなんてないし、これで俺のロックは終わったってことだ」
本心からの言葉だった。どうすればいいかがわからない。自分そのものと言っても過言ではない存在であったギターを亡くしてしまった。これじゃあロックなんて――
「ふざけないでよ!」
「……え?」
そんな俺に激情を見せたのは李衣菜だった。冗談なんかじゃなくて、今まで見たことがない本気の感情だった。
「何言ってんの……? ロックは終わった? もうできることなんてないって?
――ふざけてるよそんなの! 諦めるなんてロックじゃない! そんな理央なんてロックじゃない!」
「……お前に、何がわかるって言うんだ」
“ロックじゃない。”そう言われて、何故か無性に腹が立って来た。冷めきった心は急に熱くなる。何か言わなきゃ気が済まない。
「俺だって! 諦めたくなんかなかった! でも運が悪かったって思うしか無いんだよ! この……碌にバンドも知らないにわかロッカーめ!」
「そうだよにわかだよ私は! でも断言できる。今の私は、理央より――お前なんかよりも絶対ロックだって!」
「――なっ」
凄く眩しい。ついこの前まで、となりにいたはずの彼女が。もう随分と遠くに行ってしまったんだろうか。何にも手元になくなって初めて気づいた。
これが距離なんだ。遠く遠く離れてしまった、並んでいたはずの彼女との距離なんだ。
「私さ、ロックの意味わかったんだよ。今日はそれを伝えるために来たんだけど……やっぱり辞めた」
「お前は……見つけたんだな、自分のロックを」
あの時俺が一丁前に語ったロックの定義。それを彼女は、見つけたんだろうか。
「それでも」と李衣菜は続ける。
「知りたいなら今日の夜九時。近所のライブハウスに来てよ」
「……李衣菜」
「――私、待ってるから」
そう言って、李衣菜は病室から去っていった。
彼女が見つけたロック。不完全であやふやで、にわかロッカー以外の何者でも無かった李衣菜のロック。それは、俺には到底想像できないものだ。目を見開けない程に輝いているんだ。
「……気持ち悪い」
右の腕が疼く。痺れが引かない右手が恨めしい。なんで。なんで。なんで。とても苦しい。そして悔しい。どうしてこんなにも李衣菜の言葉が胸につっかえて取れないのだろう。
――それはきっと、自分の心に目を背けているから。
答えはわかっていた。彼女のロック、知ってしまったら、もう俺は起き上がれなくなるほどに折れてしまうかもしれない。
でも、知りたい。だけど、聴きたい。
――彼女の見つけたロックを。
午後九時。わざわざ外出許可をもらって松葉杖とギプスと三角巾でガチガチの右手を引きずって、しばらく足を運ぶ気にもならなかったライブハウスのドアを開ける。そこにはよく見た光景が――ストロボ一杯に照らされたステージの上に立つ誰かが見えた。
「来たんだ、理央」
「……あぁ」
「正直、逃げるんじゃないかと思ってたよ」
李衣菜はステージの上に、マイクスタンドを一つ構えてたった一人で立っていた。彼女は普段着だった。テレビで見るような華やかな『アイドル』の衣装でなく、ギラギラとして攻撃的な『ロック』の衣装でもなく。
普段よく見るような、胸に『ROCK is Mind』なんて書かれた、にわか丸出しの服を着てた。
「うるさいな。にわかがロックどうとか言ってたから笑ってやろうと思って来たんだよ」
嘘だ。本当は怖かった。来てしまえば、彼女と俺の差が明白になるだけだから。……でも、そんなことも見透かしたかのように、李衣菜は言った。
「フーンだ。笑うのは私のロックを見た後にしてよっ」
そうして、沈黙がライブハウスを埋める。信じられない感覚だ。ライブハウスがこんなに静まることがあるなんて。
そんな沈黙の中、俺と李衣菜は視線を合わせて離さなかった。
「ねぇ、理央」
先に切り出したのは李衣菜だった。
「……なんだよ」
「私さ、あれから色々考えたんだ」
あれからというのは、きっとアイドルになってから。俺が知らない、彼女の歩いた道のこと。
「いろんな仲間たちと歌って踊って、アイドルってすごいって思わされて……私もそう思わせるようになりたいと思って……まだ他にもあるよ!」
李衣菜は、嬉しそうに今までやってきたアイドルのことを語り出す。
「みくと歌って、お互いのことを認めあったり。なつきちとロックの話して、私もそうなりたいって憧れたり……!」
「…………」
「でもね、」と李衣菜は言う。
「……嫌なことだってあったんだ。仲間とケンカしたりして、アイドル辞めたくなった時もあった」
「でも、辞めてない」
「だからこそいまの私は……いま、多田李衣菜はこのステージに一人で立ってる」
李衣菜は強くなっていた。アイドルになって、ロックを追い続けて、いろんな楽しいことや辛いこと、酸いも苦いも味わったのだろう。
そして、そんな一人のアイドルが、俺のよく知る一人の『多田李衣菜』の姿でステージの上に立っている。
「ねぇ、理央」
なぁ。これは夢なのかな。
李衣菜。お前は夢の果てを見たのか?
「私はね、このステージの上に立って伝えたいことがあるんだ……他ならないキミに」
「俺?」
李衣菜がポケットからリモコンを取り出してボタンを押す。すると、後ろのスピーカーから伴奏が流れてくる。――聞き間違いはしない。イントロでわかる。『twilight sky』だ。李衣菜の持ち曲。
「――見ててよ。私のロック」
李衣菜は流れ続ける伴奏に合わせて歌い出した。ひとりステージの上、ほかに誰もいないステージの上で、ひとりで。よく聞けば声は震えている。なんでだよ、気負うことはないはずだろ。観客なんか俺ひとりなんだから。
「『繋がって、離れる。連なって、重なる。心を追いかけていく』」
……目が合った。力強い李衣菜の眼差し。そこでようやく気づく。震えた声も、眼差しも、全部全部“ひとり”のため。ただひとり――俺に伝えようとしてる。
「回りくどいことするな……李衣菜」
さっきから胸が痛い。でもさっきとは違う痛み。悔しさとか苦しさとかじゃない、冷めた心を叩き起こしてくるような、心の熱からくる痛み。
目頭が熱くなっていくに連れて、曲は大サビ前にまで進む。
「ギターソロ、カモンっ!!」
「あっ………」
そこで、壊れた。
抑えてたものが全て流れ出ていく。
ギターソロ、弾いてるのは誰なんだ。知らない誰かのギターが軽快にかき鳴っている。
……違うだろう。そこでギターを弾くのは俺だったはずだろう。李衣菜に呼ばれてギターソロを弾くのは、俺じゃないのかよ。
やっぱり悔しかったんだ。終わっただなんて嘘だったんだ。……諦め切れてなんか、全然なかったんだ。
ギプスの中の右腕が、左手が握り拳を作る。そうか、悔しいんだ。やっと自分の感情と向き合えた。
「『巧く歌うんじゃなくて、心を込めて歌うよ』」
ギターソロが終わる。ここからは大サビ。李衣菜の声も、最後の盛り上がりに備えて小さくなる――と思ったら、声は依然震えたまま。
「『世界でたった一人の、キミに伝わりますように』」
……まるで、この歌詞に全てを込めるかのように。
李衣菜は指をさした。アイドルではない普通の少女、『多田李衣菜』は、この歌詞のこの場面で俺の方を指差した。
「は、はは……」
これが答えか、李衣菜。これがお前のロックってやつか。
李衣菜の曲は、最後の一節で終わる。
「『|I love you because you are you《私は貴方を愛してる。だって、あなたはあなただから。》』」
あなたはあなただから。
そんな李衣菜の歌が、ひび割れた傷口に染み込むように、優しく響いていた。
******
曲が終わった。そうして再び場に静寂が訪れる。
「これで私の言いたかったことは全部。……ま、ほとんど歌っただけだけどね」
ステージの上で、恥ずかしそうに李衣菜は笑う。
「なんだよお前、照れるくらいならこんなことすんなよ……」
「えっ、ちょっと理央? まさか泣いてる?」
「うるせぇ……」
李衣菜がステージから見下ろす中で、不覚にも泣き顔を晒してしまった。しかも理由まで彼女のせいなんだから全く恥だ。
「あーもう。なんか色々とバカバカしくなっちまったわ」
「へ? ――ってうわっ!」
李衣菜が呆けた声を出すから、驚かせようとステージの上まで飛んでみせる。かなりの高さがあったので、李衣菜はさぞ驚いたことだろう。
「理央! 実はもう怪我治ってるでしょ!」
「それは全然まだなんだよね」
実のところ松葉杖は保険で付いているだけだが、腕については全然回復はまだだ。まあ、治ったところで元どおりとも行かないし。それにしても、一つ気になることがある。
「『君に伝わりますように』ってところ、なんで指差したんだよ?」
「へぇっ!? いや、あれはファンサービスと言いますか……」
「ふーん?」
あからさまに李衣菜は慌てる。なんとか誤魔化す言葉を考えているようだが、うまくいかないようだ。
そうして、言い訳を諦めて、顔をうつむかせて、しばらくすると李衣菜はこんなことを言い出した。
「……びこーず、ゆーあーゆー」
「?」
舌足らずな英語。歌った時とは大違いなその歌詞を、李衣菜は声に出した。
「“あなたはあなただから”って歌詞。私の言いたかったこと全部それなんだ」
「……わかってたさ。それくらい」
最も、それを気づかされた時点でだが。
「……ギターソロ、一度弾いてほしかった」
もどかしい気持ちになる。けど、出来ないことはできないんだ。
「ごめんな。でも……」
言葉を続ける。彼女には気づかせてもらったから、ちゃんと言うことは言わなきゃいけない。
「それを『悔しい』って思えた。なんでできないんだって思わされた。……俺はまだ、ロックを諦めきれてないって気付かされたんだよ。李衣菜」
「うん。それならよかった」
李衣菜は笑う。わざわざそれだけを言うためにライブハウスを貸し切りにするなんて、本当にロックなやつだ。……でも、今日はそれに救われた。
「俺ももう少し、自分のロックを探してみるかな」
「……うん、そしたらさ、いつか――」
李衣菜が笑う。つられて俺も笑う。
「比べあおうよ。どっちのロックがよりロックかをさ」
定員六十人ほどの小さなライブハウス。そこに今日は、ロックを探す少年とロックを目指す少女がいた。
二人は笑い、夜を明かす。
二人だけのライブハウスは、黄昏を超えても、まだ輝いたままだった。
ロックって結局なに?
→「自分が信じたもの」だとここでは解釈してます。
「びこーず(ry」について
→個人的に『あなたはあなただから』と言う訳が好きです。ところで李衣菜は「あいらびゅー」については一言も言及してない。なぜ……?
オリ主について
→幼馴染みに刺激を受けて夢を本気で追い出して、やっと形になった頃に全てを奪われる薄幸ロッカー。でも李衣菜の言葉を忘れない限り、ロッカーであることに変わりはない。