人間のペットやってます 作:きゅーけつぎいいい!
──随分前に世界は崩壊した、らしい。
何やらヤバそうなウイルスが世界中に蔓延して、人口は三分の一まで減少。海は汚染され、森は朽ち、美しかった景色はもう取り戻すことができないらしく。同時に『ヨハネの四騎士』なんて呼ばれる怪物が現れて地上を闊歩しているそうな。
終末、というやつだろうか。
「〜♪」
そうは言っても世界が滅ぶ前から、十数年間地下に閉じこもってる俺からすると正直実感が湧かない。何なら鼻歌を歌う余裕すらある。
危機感がないと言えばそれまでだけれど、滅んだ世界を見ていないのだから滅んだ様子が想像出来ないのも仕方がないだろう。
人口は減少したらしいけれど、事実俺の周りには沢山の人間がいるし勿論息をしている。ヨハネの四騎士なる怪物はこの地下では見たこともないのだ。
確かに人間は何時も辛気臭い顔をしているけれど、彼らは破滅前から割とこんな感じだった気がする。
地上にいた頃から、知り合いには『お気楽すぎる』と言われたものだけど、彼らのように年がら年中暗い表情をしているのもどうかと思うのだ。笑っていた方がよっぽど楽しいのに。
なんて考えらながらフンフン歌っていると、何やら視線を感じる。
「──」
監視役の人間が恐る恐るといった様子で俺のことをちらりと見ていたので、顔を上げて早速にっこりと笑ってみせた。これがお手本だ。どうか君もこの笑顔を知人に伝えて、世界中を笑顔にしてほしい。
「っ、な、なに笑ってんだよ気持ち悪ぃ!」
フラれてしまった。俺の笑顔が爽やかすぎて眩しかったのかな。
何故だか怯えたような彼は
カランカラン、と安っぽい陶器が落ちて割れる。ついでに中に入っていた俺の食料もぶちまけられた。 入口付近に零れたそれは俺の場所からじゃどう考えても届かない。彼は飢えの辛さをしらないのだろうか。
「・・・あー」
四肢には抜かりなく鎖付きの枷がついているから、俺が行動出来る範囲は限られているのだ。
だけどこれを逃したらいつ次の食料が与えられるか分からないし、空腹もかなり限界まで近づいている。
仕方ないので鎖を出来る限り伸ばして、上体を倒して伏せる形で何とか食事にありついた。品も行儀もプライドもない犬食いだけれど、まあ結果生きていればそれでいいかなと思う。
俺は此処に監禁される前は貴族と呼ばれる地位についていたし、昔の知り合いが今の俺を見たらきっと驚くに違いない。
「ふぅ」
ぶちまけられた赤い液体に舌を這わせて飲み込んで、一息ついた。腹いっぱいにはなっていないけど、これ以上はないのだから我慢するしかない。腹八分目が良いというし。この量じゃ腹三分目もいっていないけど。
「・・・今日も平和だ」
───拝啓、吸血鬼諸君。
可愛い女の子にノコノコついてって人間に捕えられた史上最も愚かな吸血鬼の俺は、今日も今日とて人間に飼われてます。
血は少ないし、地面が硬いし、実験動物にされるし、何故か人間は俺に敵意むき出しだけど、それなりに楽しくやってますので、していないと思うけど心配なさらず。
*
日本帝鬼軍の地下、その最も深い場所に『ソレ』は監禁されている。
両手足に呪術が施された枷をつけ、同様に頑丈な檻の中でいつだって機嫌良さそうな笑みを顔に貼り付けている『ソレ』は人間ではなかった。
暗闇の中でも輝きを失わないプラチナブロンドの髪に、処女雪を思わせるような白い肌。妖しく光る真紅の瞳と、絹糸のような髪から覗く僅かに尖った耳。そして恐ろしいほど整った儚げな美貌。その全てが彼が『吸血鬼』である証だった。
人間社会を壊し、今も多くの人間を家畜として飼っている血を吸う化け物『吸血鬼』。人類を畜生同然に扱う吸血鬼を、
だけれど、実はそれ自体はそんなに珍しい事でもない。事実、彼以外にも地下には数匹実験体として吸血鬼が飼われている。鬼呪装備という吸血鬼を呪い殺す力を手に入れた人類が、下位の吸血鬼を捕えられることはそれほど難しくなかった。
吸血鬼の弱点を調べるため、吸血鬼を鬼にするため、拷問して情報を吐かせるため。用途はいくらでもあった。何せ人類は吸血鬼に圧倒的に劣っている。必要なのは情報だった。
そうして捕えられた吸血鬼の殆どが、その過程で命を落とす。生きていたとしても、醜い鬼になり果てて処分されるのだ。
──だというのに。
「お前、まだ生きてんのかよ。マジでゴキブリ並の生命力だな」
この牢獄に監禁されている吸血鬼は、十年以上何食わぬ顔で生きていた。どんな拷問にも実験にも特別堪えた様子もなく、血を絶たせても他の吸血鬼と同じように鬼になることも無かった。そのうち遂に人間の方が折れて彼はここで監禁されるだけになった。
少し前まで食事中だったのか、口元に残った赤い跡を舐めとって吸血鬼はいつもと同じように花が咲いたように笑う。
「ひどい言い草だ。そんな君に朗報だけれど、実は割と俺も死にかけだよ。後百年くらいしたら無事に死ぬんじゃないかな。葬儀の時には君たちみんなが悲しみの涙を流してくれると凄く嬉しい」
「百年もしたら俺が死んでるな」
「おや。じゃあ君の葬儀で俺が悲しみの涙を流してあげよう」
赤い双眸を細めて笑う吸血鬼を、黒髪の青年──日本帝鬼軍の中佐『一瀬グレン』は鼻で笑った。
日が差さない地下は薄暗い。
肌寒さを感じたグレンは両手をポケットに突っ込んで、目の前の吸血鬼を上から下までゆっくりと観察する。両腕を壁に縫い付けられたような姿で胡坐をかく吸血鬼は、グレンの目からはとても死にかけには見えなかった。
「で、今日は何か吐く気になったか?」
「別に、かなぁ。だいたい、いつも言っているけれど、俺が持ってる吸血鬼の情報なんて君たちが知っているようなものばかりだよ」
「じゃあ自分のことを話せよ。お前の位階は?こんな馬鹿みたいな回復力して、まさか下位の吸血鬼だなんて言うつもりないだろうな?」
「・・・逆に聞くけど、君たちはそれを知ってどうするんだい。悪いけれど、今の俺は全盛期の四分の一の力もないから位階を教えてもそれに見合う実力は持ってないよ」
本当に残っているのは回復力だけなんだ、吸血鬼は肩をすくめてみせた。飄々としてつかみどころがない吸血鬼をグレンは鋭く見据えて、
「だが、上位始祖であることは確かだな」
「あ。やっぱり高貴さがにじみ出ちゃってる?」
「抜かせ」
上位始祖かどうかは置いておいたとして、少なくとも数字を与えられた始祖であることは確実だと踏んでいた。しかしそうすると、どうしてみすみす捕えられたのかが分からない。
考えられる可能性は一つで。その可能性が、この吸血鬼を生かしている理由だった。グレンはそれをはっきりさせるために、この地下にやってきた。この吸血鬼に、会いに来た。
「お前の生死を決める質問だ。慎重に答えろよ」
腰に差していた闇色の刀を抜いて、抜き身の刀でグレンは真っ直ぐに目の前の吸血鬼を指した。
「お前は、吸血鬼と人間。どっちの味方だ?」
「──」
正面から射抜くような眼差しを向けられて、吸血鬼は目を丸くさせた。ううん、と唸って腕を組もうとして・・・その腕が拘束されていることに気がつく。こうして拘束されている時点で人間からの友好な態度は期待出来ないけれど、だからと言って吸血鬼は人間が嫌いな訳じゃなかった。
「難しい質問だなぁ。俺は
ひとしきり悩んで吸血鬼はゆっくりと口を開いた。返答次第でここでこの吸血鬼を殺すつもりだったし、恐らくそれは吸血鬼も分かっている。
「別に味方ということもないけれど、どちらか言うなら君たち人間に生きていてほしいと、俺はそう思う。人間は俺のことが嫌いみたいだけれど、俺はこれで結構君たちが好きだからね。圧倒的な力の差にも関わらず吸血鬼に対抗しようとする姿は愛らしいとすら思うし、何より君たちの目はとても綺麗だ」
それは吸血鬼にはないものだから、と吸血鬼はいつも以上に饒舌に語った。長い間生きていると薄れてしまう光が、人間はとても綺麗に輝いていると。
上機嫌に語り終えた吸血鬼を前にグレンは一つ頷いた。これで聞きたいことは聞けた。この吸血鬼の身の振り方はある程度想像出来る。
「───日本帝鬼軍に力をかせ。そうしたら、お前を外に出してやる」
歯車が、少しずつ、狂い始める。