ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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 戦闘描写ありますが読みづらかったらすいません


アナザーファイル、1-10.5《血祭祭司と呼ばれる男》

 時刻は真夜中を差し掛かった頃だろうか……。

 人気の少ない廃工場地域を歩く男。

 ストレートキャップを目深く被り、少し長めに伸ばした金髪は後ろで一本に結われ歩く度に左右に揺れた。

 青を基調にしたジャケットには黄色い線が所々走った模様が施されており、下はカジュアルなジーパンを履いている。

 片手にコンビニのロゴが入った袋を携え、もう片方には肩に竹刀袋を提げていた。

 規則的な音色を鼻唄で奏でながら歩く姿を見るに少しご機嫌なのが窺える。

 だが、やはり如何にも治安の悪そうな場所にはあまりにも似合付かない情景でもあった。

 かつては栄えた工場地帯の名残はなく、潰れた廃工場をねぐらにする浮浪者やゴロツキの溜まり場でもあり、新月というのも手伝い不気味さが増していた。

 歩く人影の前に誰かが行く手を遮る。

「いい加減テメェにはウンザリするぜ、クソ野郎」

 その脂ぎった声は歩いて人物へ向けられていたものだった。

「またか? お前こそいい加減セリフのバリエーション増やしたらどうだ?」

 歩みを止めた男は面倒そうに声の主へと顔を向けた。

 予想した通り、派手な白いスーツに身を固め、中年の一歩手前といった男──デリックが目の前に立っている。

 【狂犬のデリック】というのが彼の二つ名で気に食わないやつには噛みついて回る生粋のトラブル・メイカーだ。

「テメエのせいで俺は【11議席】に入れなかったんだ、それだけじゃいざ知らず、なんでテメェみたいのが入れるんだよ!?」

 芋虫のように太い指で指してくるデリックを興味なさそうにあしらう男。

「知らねえよ、少なくともお前のような器の奴には向かねえよアレは」

 デリックがその返しが余程気に食わなかったのか、地団駄を踏みながら癇癪を起す。

「クソッタレめ! あの組織の恩恵に預かりたいと思ってるがどれだけいると思ってるんだ!?」

「……いや、俺は別に恩恵とか受けてねえし、仕事して報酬もらうだけだぞ? そもそもお前の何かをしてもらおうって精神が悪いんじゃねえか?」

 グッと痛いところを突かれたのか、言葉を詰まらせるがまた狂犬らしく喚き散らす。

「もうそんなこと知ったことじゃねえ!? とにかく今日がテメエの命日ってことだ!?」

 デリックが合図を送ると、男を取り囲むように建物の陰や瓦礫からびっしりと物騒な人影が出てきた。

 金を払えば殺しも厭わない、そういう連中が掃いては捨てるほどいるご時世なのだ。

「へへへ、俺の兵隊は20人だ。しかも全員軍隊から横流ししてもらったグリーズ・ガンを武装済みときたもんだ」

「……」

「どうだ、怖くて声も出ねえだろ! 今夜、この血塗れ横丁に新しい犠牲者の名前が刻まれるわけだ!!」

 チャキッと乾いた金属音は安全装置が外された音だ。

 ただでさえ静寂に包まれる時間帯だというのに、この一帯はそれに輪を掛けたように静寂さが支配をしている感覚に陥る。

 素人なら耐えかねて悲鳴を上げてしまいそうな強烈な緊張感。

「誰が犠牲者だって?」

 その静寂と緊張感を破ったのは場違いな男の言葉。

 20の銃口が向けられているとは思えない態度は正気を疑いたいレベルである。

「その余裕の態度が気に食わねえって言ってんだろうが!」

「うるせえな、ほら俺のアイス分けてやるからこれで頭冷やせよ」

「ほざけ、死ねや!」

 言うが早いかデリックは一気に引き金を引き絞る。

 ほぼ、同時に兵隊たちも引き金を引いた。

 銃弾の雨が殺到し、汚泥まみれの地面が茶色い霧を噴き上げ、男の姿はかき消されるようにその向こうへ見えなくなる。

 カートリッジ一つをフルオートであっという間に撃ち尽くしたデリックは満足げな笑みを浮かべた。

 同じく弾を撃ち尽くした兵隊たちも次々と銃口を下ろす。

 生身の身体がこの雨を耐えられるはずがないと勝利を確信。

 だが、硝煙と土煙の向こうから有り得ない返事が返ってきた。

「視界が確保できないくらいに銃ぶっ放す阿保がいるかよ」

 そして、光が疾った。

 デリックにとっては不愉快でしかない『ブォン』という独特な風切り音。 

「う、わわッ!」

 カートリッジを入れ替えようとした兵士が不自然な姿勢で吹き飛ばされた。

 その隣の兵士が悲鳴を上げながら銃を取り落とし、さらに数名がその場で崩れ落ちる。

「な、なにやってやがる! 給料分ぐらいは働きやがれ!?」

 デリックはグリーズ・ガンを投げ捨てると腰に吊ったモーゼルに手を伸ばす。

 弾倉を交換している時間はないと本能的に感じ取っていたのだ。

 焦りと恐怖が汗となり、デリックの背中を伝う。

 彼は今、目の前で起きている現象を理解しようとしていた。

 青い閃光が闇と茶色の霧を彩ると同時にデリックの兵隊たちは無様に叩き伏せられている。

 その度にブォン、ブォンとあの音が聞こえてきた。

 20名のうち既に半数以上がやられているが、相手の場所が知れない状況での同士討ちを恐れて満足に反撃が出来ない状況だ。

 デリックはがむしゃらに引き金を引く。

 不愉快な音の聞こえる方にただひたすらに銃口を向けた。

 汗の量が増え、額を流れ落ちる。

 目に染みてたまらなく痛い。

 だが、それでも汗を拭うことをせず撃ち続けたのは恐怖ゆえだ。

 この得体のしれない恐怖感──それに打ち勝ちたいために懲りずにデリックは彼に挑み続けているのだ。

 その時、汗で歪んだ視界の片隅で金色の影が躍る。

 見間違えるはずもなく、それは奴の金髪に違いなかった。

「見つけたぜぇ!!」

 恐怖は一瞬で歓喜に変わった。

 冷や汗が止まり、焦りが吹き飛ぶ。

 残弾を気にしつつ、続けて三回引き金を引いた。 髪が見えた位置から計算して頭、胸、腹の位置とセオリーに則ったものだ。

 モーゼルのカートリッジは空となり、後はチャンバー内にある一発だけを残すのみ。

 デリックは確かな手ごたえを感じていた。 これまでの努力が報われただと。

 それでも焦る気持ちを抑え静かに待った。 

 ゆるゆると風が次第に硝煙と霧を流していくのも銃口を下げることなく待つ。

 ジリジリと汗が乾く音が聞こえる気がしながらも猛烈な喉の渇きを出ない唾をかき集め誤魔化した。

 次第に晴れていく視界の中で倒れているのは未だに兵隊たちしか見つからない。

 奴の死体を見たら、冷えた麦酒でこの渇きを潤そうと決めると自然と頬の筋肉が持ち上がる、

 しかし、次の瞬間デリックの表情は一変した、同時に僅かに残った兵士は違った表情を浮かべた。

 男は五体満足傷らしい傷は負わずに生きていた。 違いと言えば銃撃する前にはなかった剣を持ち、帽子が取れその素顔が明るみになったくらいのものだ。

 生きていることに口をパクパクさせる依頼主を他所に兵隊の一人が叫ぶ。

「あ、アンタは【路路有楽 魑祀】!」

 その名前を聞いた途端、意識のある兵隊のほとんどがギョッとする。

 それは、このツウィッタウンの生ける伝説の名前であった。

 【ロジウラ チマツリ】。

 またの名を【殺刃鬼】、【血祭祭司】など物騒な二つ名で通っている人物なのだ。

 多くの兵士がその場から蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「……」

 その反応を見ても特に気にした様子もなく魑祀は落ちていた帽子を拾った。

「て、テメエもしかして避けたのか……その剣で!?」

「狙いは良かったぞ──流石、百戦錬磨ってところか?」

「うるせぇ!!」

 魑祀の皮肉に再び、闘志を燃え上がらせたデリックは反射的に銃口を跳ね上げる。

「まだ、弾は残ってんだぜ?」

「へえ、やるじゃねえか」

 興味なさげに答える態度を見て、デリックの表情に険しさが増す。

 怒りが恐怖を完全に抑えていた。

 狙うならここしかない────銃声と共に飛び出した弾丸は魑祀の眉間へ向かう、そこまでは把握できた。

 しかし、気づけば喉元に剣の切っ先が皮膚に食い込むか、食い込まないかの絶妙な力加減で押し付けられていたのだ。

「お前の負けだな、狂犬の───いや、負け犬のデリック」

 その言葉が聞こえると同時にパサッと魑祀の後ろで弾痕の開いた帽子が落ちたのが見えた。 

  

 

「へっくしょん!」

 ありきたりなクシャミの音を立てながら、デリックは夜の街を歩いていた。

 あのあと、帽子の弁償やアイスのファミリーサイズを奢らせられるなど散々だが、こうして首が繋がっているだけ儲けかもしれない。

「……負け犬、か」

 11議席という体制が出来てから商売がやりづらくなり迎合するか、潰されるか、撤退……色々な選択を迫られるようになった。

 デリックもその体制が出来るまではそこそこ楽に商売をし、一財産築いたのだ。

 しかし、時の流れとは残酷なもので金は減る一方で部下からも愛想を尽かされる始末。

「こりゃ、本当に名前が変わる日は近いなぁ」

 気分を紛らわすために行きつけの店への近道を通ろうとした時に何かの気配を感じた。

「誰だ!?」

 ホルスターへ手を伸ばすが生憎、あの後魑祀に銃は奪われたのを思い出す。

 誰でもいいから知り合いがいて欲しいとデリックは思った。

 情けない話、今ならあの【血祭祭司】でももろ手を挙げて喜んだに違いない。

 

 

 最後にデリックが見た光景は自分に振り下ろされた鋭い刃の切っ先であった。

 それが首筋に深々と食い込んだ瞬間、彼はすべての視界を奪われていた。

 そして、『何か』が次々と自分の身体に喰らいつき、喰いちぎり、咀嚼される感覚に襲われてもなお、その意識は決して途絶えることはなかった────。

 その日から狂犬のデリックを見たものは誰もいない。

 

 

 忘れてはならない、この町には謎と恐怖が潜んでいることを――――

 

 

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