陽はとっくに沈んだ夜の下で広がる歓楽街。
有機照明で模した赤や桃色、紫のネオンが灯る。
通りでは人々が行き交い、欲望に輝く男たちを呼び込む声が重なる。
店先には半裸の女性が客を誘っていた。
そんな中、冴えない青年がたまたまガラの悪い三人組にぶつかり、恐喝されるなんて日常茶飯事だ。
「す、すいません!」
通りではなく、一目が付かない路地に連れられ壁に押さえつけられる黒髪の青年。
三人組の中で一番の浅黒い巨漢が胸倉を掴み、身長差で青年で足元が浮いていた。
眼鏡を掛け、ダボダボのパーカーに細身で大人しそうな印象、怯えた様子が余計に加虐心を掻き立てるのだろう。
「あぁん!? すいませんで済んだらよぉ、警察はいらねえんだよぉ!」
サングラスを掛けた男が唾を飛ばしながら、怒鳴り声を上げる。
「つーかさぁ、警察とか機能してねえだろ?」
青年の荷物を漁る金髪の男がそう言うと、三人組はどっと笑いだした。
まるで意味が分かってない青年に巨漢が問う。
「お前、まさか11議席のこと知らねえのか?」
「11……議席……?」
青年の反応で三人が顔を見合わせると、また笑い出した。
「お前、俺らが誰だか知らねえのか?」
「あの議席、七席の”ウォッチマン”の配下なんだぜ」
「ボスに連れて行けばお前なんか瞬殺、わかるか? 死ぬんだぜ?」
青年は念を押すようにもう一度聞く。
「ほ、本当にそんな凄い人の部下何です……か?」
「あぁん、だからそういって──」
ストンと青年は何事もなかったかのように着地する。 直後、上腕から切断された二本の腕も地面に落ちた。
「あ、ああああああ!! なんじゃこりゃぁああ!!!」
消失された腕を見ながら巨漢は絶叫。 そして、青年の左の貫手が走り、揃えられた五指は右目から脳へと貫通。
引き抜くと膝から崩れ落ちた巨漢から血が噴き出した。
「は? え?」
状況を呑み込めない二人は青年と絶命した巨漢を見比べる。
「あぁ、本当にこの作戦は面倒だわ……だが、効率を思えば……そうだな、『黒月』には悪いけど手っ取り早い……」
ブツブツ呟いたかと思えば青年に異変。
細身の肉体は四肢の筋肉が一房増えたように全身が膨らみ、猫背だった背筋が伸びた。
黒髪は赤髪に変わり、徐々に長さが伸びていく。
その様子をゴロツキの二人は黙って見るしかなかった。
そして、変化が終わると先程とは全くの別人が立っているのだ。
男は深く息を吸い込むと。
「はぁあああ! 久々の『表』! 娑婆の空気は美味いなぁ」
うっとりしたように路地から吹き抜ける夜空を見上げる。
「な、何なんだよ! オメエはよぉ!!」
訳も分からず叫ぶ金髪に、赤髪の男は少し考え込むと、近づきながら答えた。
「確かに、俺は『誰か』と聞かれれば答えに困るな……俺は俺であって、アイツらはアイツらだ」
つまり──と言葉を切る赤髪。
「お前は死んでいいぞ」
その答えと共に右足の蹴りが金髪の頭を捉える。
どれほどの脚力があればそうなるのか、頭蓋は割れ、血液と脳獎が壁を濡らし、顔面はグチャグチャで首は皮一枚で繋がっていた。
無論、即死である。
「ひっひぃいいい!」
尻餅をついて後ずさるサングラス。 あまりの恐怖で失禁し、水溜りが出来上がっている。
「あ、いっけねぇ。 難しいこと聞くから反射的に殺っちまったな……まあ、一人生きてる結果オーライだよな」
歩いてくる赤髪から遠ざかろうとするも身体が動かず、震えるばかりだ。
「おいおい、そんなにビビるなよ。 『黒月』を虐めといてそれはねえだろ……いや、そういう作戦だったけどな」
ついに眼前まで迫ったそれに為す術もなく、半泣きで固まるサングラスに腰を屈め、優し気な声音で赤髪は語り掛ける。
「まあ、水に流そうぜ。 俺は『朱雀』っていうんだけどよ、良ければお前のボスの所まで案内してくれねえ?」
サングラスは朱雀の目的を察したが、震える身体を必死に動かし首を横に振った。
「お、ボスは裏切れねえってか? 意外にやるねえ!」
ニコニコ笑うが目は笑ってない。
「ち、ち違う! お俺たちは勝手にッさ傘下を名乗ってただけだ……本当に知らねえ」
そう、案内しないのではない。 できないのだ。
「ふぅん、そっか……ところでさ。怪人【獣憑き】って知ってるか?」
知らない単語にサングラスは首をブンブン振って必死に否定する。
「そっか」
その瞬間、朱雀の顔が男に近づいたと思ったら男の顔に激痛が走った。
あまりの痛さと、何が起きたかわからないという混乱に顔を押さえてのたうち回る。
パリンとサングラスが砕ける音とクチャクチャと何かを咀嚼する音。
「うへえ、やっぱまずい!」
口の周りは赤く染まり、ペッと吐き出したのは顔の肉片と皮だった。
「ああ、ちなみに知らないのも無理はねえから教えとくと俺が──俺たちが怪人【獣憑き】で、広まらない理由は不要に正体知ってるやつを殺してるからなんだよ」
絶叫をまき散らす男にはそれどころではないらしく、半月の軌跡が喉元を切り裂いた。
それはナイフによる一閃で、持ち主はいつ間にか現れた人影だ。
「まったくぅ、困りますよぉ。 私がいつも気を使って記事を書いてるというのにぃ……」
「あー、すまん」
人影は全身をコートで身を包み、手先には手袋。
目深くハンチング帽を被って、口元にはマスクで覆っており、露出という露出を避けている奇妙な人物だ。
「すいません、『今の』貴方は鳥頭でしたね」
この人物は怪人に関しての記事を書く記者で名を【如愚侘 手記狩】という。
明らかなペンネームだが、気にしたことはない。 何せ本名など些細な事なのだから。
「はいはい、それじゃ他の奴に変わろうか?」
「いえいえぇ、本日は別件で近くを通りかかっただけですのでぇ……ではぁ」
そういうと如愚侘は瞬く間に姿を消した。 まるでそこに居なかったかのように……。
ちなみに三人の死体もいつの間にか消えていたのだが、記者に言われたように朱雀は気にした様子なく膝を曲げた。
そして、勢いよく足のバネを開放すると驚異的な跳躍力で近場のビルを昇っていく。
ビルの屋上から夜の街を照らす人工の光を見て、朱雀は息を吐く。
獣憑きと呼ばれる彼らは誰が本名なのか、誰が本当の自分なのかはわからない。
それでもこの闇夜に呑まれるような錯覚に陥っても大丈夫なのだろう。
確かに、一人ではあるが、独りではない。
そう言えるだけの確信も自信もある。
難しいことを考えるのは他の奴に任せよう。
赤髪を手早く束ねると、彼はまた夜の街へ飛び込んでいくのだった。