ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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アナザーファイル、2-3.5『夜の商店街』上

 

  月明かりが照らす商店街には人の気配は少なかった。

 それは夜だからというわけではなく、殆どの店は跡を継ぐものが離れたり、最近出来たショッピングモールや若者受けする建物が増えたことも起因するかもしれない。

 その場所に訪れる者は昔から馴染みのある者か帰路への近道に利用する者くらいだろう。

 しかし、そこを通る一人の少年は何とも風変りであった。

 髪は全体が白髪で若干伸ばされた揉み上げは黒で染まり、服も無地の白シャツの下に見えた半袖は白地に所々黒い稲妻のような模様。

 顔立ちは整っておりだが、身長はやや小柄で学生といった印象でその片手には紙袋が握られていた。

 しかし、そんな彼は昔から商店街に通っているようにも見えず、近道として利用してるには歩みは遅く、時々足を止めている。

「……ったく、携帯くらいには出ろよ」

 溜息と共に吐き出された愚痴の後に、ガシガシと頭を掻く。

 どうやら、誰かを探しているらしく、面倒臭さが全身から滲み出ていた。

 焦りはないが、急いでいるのようで歩みは早めた瞬間。

「おい、そこのお前」

 背後から突然掛けられた声にビクッと少年が跳ねる。

 振り向けば、竹刀袋を肩にストレートキャップを目深く被った男が立っていた。

「あー、俺のことですか?」

「ああ」

 短い肯定には会話続けることへの拒否感。

「えっと……俺って何か気に食わないことしました?」

 少年の顔には恐怖感などはないが、自然と身体は身構えてしまう。

 その様子を見て、男は訂正を入れた。

「いや、ここいらはもうじき危険になる……帰るならとっとと帰れってことだ」

 それだけ言うと男は踵を返す。

「……んだよ、それ」

 少年は男の忠告染みた口調を鼻で笑った。

「俺だって好きでこんな所来ねえよ」

 愚痴を言いながら少年はまた何かの捜索へ戻った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 商店街の付近に待機している車内で男は煙草を一服していた。

 彼は日常的に喫煙はするが、その一本はまた違う意味を含んでいる。

 その仕事前に吸うそれは下手をすれば、もう二度と会うことが出来ない恋人への接吻のような心境で行われていたのだ。

 精神を安定させ、高める……功績を求めるよりも生き残ることへ渇望こそが今日まで男を生かしている。

 これはそういった儀式なのだ。

 携帯端末の着信音と振動で男は煙草を灰皿で揉み消すと、通話を開始する。

 相手は今回組むことになった者からだった。

「大方、見回りはしたが住民や近辺の人間はいなかったぞ」

「そうか……悪いな、使いパシリみたい扱いして」

 通話先の声が笑う。

「アンタこそ元々は管轄外だったのに災難だよな」

「……言うな、少なくとも後半は俺の意思だ。 アイツの──2ndと言い争ってもメリットが無いしな」

 同意と肯定の声が短く返ってくる。

 その後、互いに報告を終え通話切ると男は運転席に身体を預けた。

「……本当に、なんで俺はこんなことしてるんだろうな」

 仕事前に高めた精神は直前になるとやはり気持ちのほうが落ち込んでくる。

 出勤前の憂鬱さと、もしもの時の恐怖が全身に駆け巡りブルッと震えたが、これも儀式の一環だ。

 死というものを意識し、畏れることこそに本来のこの儀式。

 怖いがそれを制御し、活かし、そして自身を生かす……それがプロだというのが男の持論だ。

 助手席に置いてあったそれを男は手に取り、慣れた手つきで頭に被せる。

 車のバックミラーには男の顔ではなく、兎の顔が映り込んでいた。

「よし……いくか……」

 重い身体を意思が制御し、ドアを開けて地に足を着けた時には身体の重さも消失。

 その時から男は11議席の第6席、ラビット=ビットになるのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 通話を終えた路路有楽 魑祀はふぅと息を吐く。

 見上げた瞳は夜空に輝く月を捉えた。

 そのまま瞼を閉じ、彼なりの精神統一。

 数秒の沈黙の後に再び開かれた瞳はもう月は映っていなかった。

 これから行われるであろう戦いへ矛先は向かっている。

 本来なら2nd──狂咲 定二と行われるはずの仕事は6thと代わっていたが関係はないと思考は破棄していた。

 相手は怪人【辻斬り】と予想され、2ndであろうが、6thであろうが援護止まりであることには変わりないのだから……。

 高速で振り下ろされた竹刀袋には殺意と闘気に溢れている。

 そこには【血祭祭司】と呼ばれる者が立っていた。

 そうして、予定通りの時刻となり、魑祀(ちまつり)は人気が消えた商店街を歩く。

 狙う標的は情報通りなら怪人”辻斬り”……夜な夜な人を斬るというわかりやすいものだ。

 犠牲者の数は比較的少数。 正確にはこの怪人の犯行と断定できる人数ということでだが。

 議席メンバーにも向き不向きは当然ある。

 現在、その10番目の席に座る路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)は言わば『実動』という分類に入っており、本人もそれを望んでいたし、実戦こそが自身を活かす場だと自覚していたのだ。

 そんな彼の足取りは一定で、迷いはなく、路地へ入ってみると、ビルとビルの間に出来た渓谷の闇に月の光が照らしていた。

 入り組んだ迷路を思わせる道をある程度進んだところで、今までにない気配を察知。

 そこへ向かうほどその気配も濃度を増す。

 自然と歩みが速くなった。

 最後には疾走とも思えた彼の足が止まったのは、視界が開けた瞬間だ。

 路地を抜けた先には、少しばかりの空き地とそこに鎮座する古びた雑貨ビルが見えた。

 魑祀が懐から取り出した端末で待機していたラビットへ位置情報を伝えた時に前方から気配。

 顔を上げれば、ビルの入り口に人影が立っていた。

「へえ……」

 その声の主は顔に白い虎を催した面を被る少年。 その服の白黒模様や気配に覚えがあり、直ぐに思い出した。

「お前、商店街を歩いてた奴だよな?」

「……さあ、何のことで?」

(とぼ)けるな。 お前はあれだ、気配とか足音気にして消しすぎたんだよ。 癖か知らんがあんな場所でやるもんじゃない、嫌でも堅気じゃねえってわかるぞ」

 皮肉なことに少年の見た目とは似合わない技量が返って自身の首を絞めた事実を魑祀は告げた。

「なるほど、それで? 俺とやるのか?」

 武術の心得でもあるのか、構える少年。

 背中に揺れていた竹刀袋を手に持ち直す魑祀。

 剣士の姿がいよいよ近づき、少年の中で緊張感がピークに達しようとした瞬間。

 その姿が自身の横を通り過ぎるのを見て、唖然。

 殺意も害意もなく、横切った魑祀に声を荒げる。

「おい、俺は無視かよ!?」

 立ち止まることなく、背中越しで青年は答える。

「標的……用ある奴以外は相手しないようにしてんだよ。 それに相手が欲しいなら俺より適任がもうすぐ到着するだろうしな」

 そのまま、魑祀の背中がビルの中で消えて行くのを見て、その場に腰を下ろした少年は……一人呟く。

「あぁ、いったな……いや、そこまではバレてないと思うが……あ? 馬鹿か? お前の速度が上がりきる前に俺らの首が跳ぶんだよ!?」

 ある程度呟いていると満足したのか、脱力感を滲ませた溜息を吐く。

「まあ、フォックスが相手なら大丈夫だとは思うがよぉ……あのインテリ、変なところで恰好つけるからなぁ。 教授から預かった品は届けてるから、なんとかなるとは────ん?」

 ぞろぞろと聞こえてくる足音に耳を澄ませる。

 どれも殺気立って仕方ないという気配も乗せてきていた。

「はあ、人間平和的に話し合いで解決! っての無理なのかね? ……無理? ああ、知ってた」

 立ち上がった少年は気を引き締め、路地を見据える。

その瞳には獣が宿っていた。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 魑祀(ちまつり)は古びた五階建てのビル進む。

 階段は所々崩れている部分もあり、昇るためには迂回しなければならない部分もあったが、大した足止めを食らう事なく順調に階を上がっていく。

 その歩みが遅くなったのは四階の階段を上がり切る前だろうか。

 確かな気配が感じ取った魑祀は一段一段と噛みしめるように昇ると、四階と階段を仕切る扉もなく、開放された室内の様子を確認。

 放置されて幾分かの時間が流れていた室内には乾いた空気と剥き出しのコンクリートが包み込んでいた。

 清潔さは当然皆無の埃と瓦礫と不要となったのか置かれている鉄材に角材が鎮座しており、所々に落ちている食料品の包装紙などのゴミが散乱。

 誰かがしばらく住んでいた形跡が見られるような空間の中で、異質な人物が出迎える。

 糊がパリッと張った藍色のスーツに革靴、身体つきから男とわかるその顔には東洋の狐を模した白い仮面が覆っており、キチンと整えられた黒髪が仮面の後ろに流れていた。

 その片手には鞘に収まった日本刀が握られており、前述の特徴と相まって相当な危険人物にしか見えない。

「随分と素敵な住まいだな」

 魑祀の皮肉に無反応の男は狐面を通して来訪者を見据えていた。

 緊迫した空気の中、魑祀はまだ軽口を続ける。

(ちまた)じゃ、そこそこ名前が流れるようにはなったみたいだが、それが返って仇になったみたいだな」

「……」

 薄暗い闇の中で白い面が揺れていた。

 僅かな震えの正体は(わら)い声。

「くだらない」

 嗤い終えた後に掃き捨てた言葉が、男の第一声であった。

「そちらは11議席の、第十席……”血祭祭司(ちまつりさいし)”とお見受けしたつもりであったが……どうやら、人違いだっだようだ」

「あ?」

 男の含みある発言に一歩踏み出す魑祀。

「私が聞いた人物は、かつてあの”剣聖”に師事を受けた誇りを持つ者と聞き及んでいたが、これは……」

 値踏みするような視線が魑祀の頭頂から爪先の先まで這う。

「貴様があの【越湖 聖華(こしのうみ せいか)】の弟子とはきっと何かの間違いなのだろう」

 その名前が出た途端に魑祀の影が男に肉薄。

 いつの間にか剥ぎ取られた竹刀袋からは両刃の剣が顔を出していた。

 振り下ろされた凶刃を迎え撃ったのは、男が抜き放った白々とした僅かに湾曲した刃。

「わかったか? 舌戦(ぜつせん)とは、挑発とはこうやるものだ」

 拮抗した刃のぶつかり合いの中、魑祀は叫ぶ。

「テメエ、あのババアのことを知っているのか!?」

 いつもの冷静さはどこへやらと言わんばかりの荒げた声音と共に、刃の間に火花が散る。

 その勢いを受けきれず左へ逃げた男に、魑祀の追撃。

 円弧を描いた刃の軌跡の下に男は潜っていた。

 地を這うように放たれた下段からの突きを、半身ほど捩りそれを回避。

 床を蹴って後ろへ退避した魑祀へと斬撃が舞う。

 空中で幾度か金属がぶつかる音が響き渡った。

 その一瞬で合計三回の斬撃を放つの狐面男も異常だが、それらの軌道を正確に見抜いて刃で同等の速度で打ち返した魑祀もまた異常である。

「それで、確かあの(おうな)のことを知っているか、だったか?」

 今度こそ距離を広がった二人の牽制領域には言葉のやり取りが生まれた。

「ああ、そうだ」

「知っているさ。 少なくとも”ここ(ツウィッタウン)”で剣を嗜んでいた者なら嫌でも耳に入ったはずだ」

「…………」

「忌まわしい”七人殺し”……当時剣客集う【鬼笠会(きりゅうかい)】、十人の長たちが一晩で七人も殺されたのだ。 たった一人に、なぁ!」

 言葉を乗せて、男が斬撃を描く。

 それに魑祀も応えながら、言葉を紡いだ。

「それ、が! あのババアって、ことかよ!」

 向かってくる刃が肯定の意と解釈。

 刃の嵐となっている両者の間に紛れたコンクリート片らが粉微塵となる。

 加速していく刃の応酬は既に数十のものに達し、火花と金属音が散っていく。

 横へと走る二人の間には両刃の剣と日本刀が生み出す二条の銀光が窓から差し込む月光を反射。

 互いの剣先が上方に上昇と同時に動く。

 狐面男の革靴が一歩踏み込み、凄まじい速度の刃が放たれた。

 重々しい金属音。 渾身の振り下ろしを魑祀は自身の得物で受け止める。

「ほう、意外にやるようだな」

 男の声には、感情の揺らぎはない。

「だが、まだ予想の範疇(はんちゅう)内だ。 大したことはない」

 あくまで、その声音は平坦な事実を述べる冷静な分析だ。

 対して、魑祀の顔には苦痛の表情。

 先程の剣戟でいつの間にか斬りつけられた左肩には薄く血が滲んているのが見えた。

「……ああ、そのよう、だなっ!」

 魑祀は踏ん張りを利かせていた片足を瞬時に開放し、そのまま腹部を蹴り上げた。

 男が衝撃に仮面の中で苦悶の息を漏らした瞬間、その隙をついて魑祀は距離を置くために後方へ跳んだ。

「今ので斬りかかれば良かったものを」

「良く言う。 明らかに誘っていただろうが」

 魑祀は肩の具合を確認。

 稼働範囲や、戦闘には支障はないと判断し、行動へ移す。

「確かに俺の実力はババアや、シンにはまだ敵わねえかもしれん……だからこそ俺は強くなりたい。 いや、ならなきゃいけない」

 先程まで握っていた両刃の剣を右手、左手と交互に持ち替えてみせる。

「……諦めろ。 お前はここで死ぬ。 今まで運が良かったのやもしれん……様々な意味で」

「うるせえ、お前には聞きたいことがあるんだ。 ……首だけになっても話してもらうぞ、怪人さんよ」

 ピタリと、剣を持ち替えていた動きを止める。

「さぁて、ここからは皆には内緒だぞ、と」

 その時、魑祀は自身の得物を真上に掲げた。

 警戒した狐面の男はその様子を注視。

 変化は剣に起こった。 切っ先から中央に亀裂が走り、それは刃だけでなく、鍔に柄にも達していた。

 遂には左右に分かれてしまい、そこには二本の片刃の剣が現れる。

 この光景を見て、苦し紛れや血迷ったと思い、魑祀を茶化す者は定期的にいた。

 だが、現在対峙している者は違う。

 この状態になってから、魑祀の雰囲気がガラリと変わったのは明白であったからだ。  

 改めて引き締まっていく空気の中で、静寂。

 

 その沈黙を破ったのは二本の剣を交差させて構えた剣士であった。

 

 

「流派【双条流星剣(そうじょうりゅうせいけん)】、路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)────推して参る!!」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 それは路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)と、狐面の男が戦う前の30分程前に遡る。

 

 

 

 

 商店街近くの打ち捨てられた雑貨ビル。

 その四階には一人の男が立っていた。

 藍色の小奇麗なスーツと、キッチリと整った七三分けの黒髪の下には東洋系中年の蒼白したやつれ顔が浮かんでいた。

 その右手には白の狐面を掴み、左手には鞘に収まる日本刀が握られているが、その下には赤い水溜りが構築されていた。

 割れた窓ガラスを通して、光で溢れる街並みへ目を向けている……だが、その視線はもっと遠くの何かを見ているようだった。

「よぉ、元気か」

 声を掛けてもワザとらしく歩いて来ても反応を示さない男に、苛立った足音で近づくのは少年の影。

「おい、無視するなよ【フォックス】!!」

 白と黒の模様の服と髪が隣で揺れていた。

 隣で喚く少年を見ることなく、男は面を被る。

 窓から離れる歩みに、自然と少年も合わせた。

「何の用だ、【ビースト】」

 少年の方は見ずに話しかける男の声に疲労感が滲んでいた。

「用も何も俺は教授から”これ”を渡すよう頼まれてたんだよ」 

 少年が掲げたそれは紙袋で、中に入っているものがカチャカチャと音を立てる。

 そこで初めて男の視線が横へ流れた。

「……【ライダー】はどうした?」

「さぁな、追いかけっこじゃね?」

 あくまで呑気な口調で答える彼に説教でもしようと思うが、男の震えた右手は紙袋を引っ手繰(ひったく)る。

 中身を確認すると同時に、中にあった錠剤とアンプル剤を取り出す。

 顔から狐面を剥ぐと、それぞれの封を開封。

 口に放り込んだ錠剤を奥歯で噛み砕き、親指で折ったガラス容器の中身を口に流し込み嚥下。

 喉が隆起し、それぞれが食道を下っていくのを実感すると変化。

 心臓が高鳴り、全身が熱を帯び、視界が揺れる。

 思わず片膝をついて、両手で自らの肩を掴んで痙攣。

 喉から震えた声が溢れ、瞳孔は定まっていない。

 そういった症状を間近で見ながら少年は動じた様子はなかった。

 むしろ、見逃しがないように観察をしているようにも思える視線である。

 そうして、しばらくたち男の様子が収まった。

 ぎこちない左手が取り落とした刀を拾い、それを杖代わりに立ち上がる。

 無論、少年が手助けしようとするもそれを拒否する男の視線を尊重。

 笑う膝で何とか立ち上がった男は近くのコンクリート柱に背を預けた。

「へえ、結構マシになってんじゃん」

「…………」

「一回目は、意識トんでの心肺停止。 二回目は失禁込みの──」

「黙れ」

 脂汗で濡れた男の顔。

 しかし、その顔には色気が戻り、生者のものであった。

「ま、それを実感してるのは当の本人だよな。 おめでとう…………あー、オブライエン?」

「その名で呼ぶな。 活動中であることと、加えてそれは本名ではないという意味で」

「だいたい、お前の名前って死ぬほど呼びづらいんだけど、ホントに本名か?」

「貴様とて大概だろ。 獣憑きが」

「あ? 今の俺には”白虎(びゃっこ)”って名前があるんだが?」

 男が鼻で笑う。

「私は貴様らの中でもお前が一番嫌いだからな。 名を呼びたくないから代名詞で充分だ」

 理由を考えて導き出した答えに白虎は舌打ち。

「…………ああ、そういうことね。 ガキかよ」

 その言葉を流して、咳き込む男────尾武雷(おたけみかづち)(ほむら)…………オブライエンは再び面を付けた。

 同時に、少年の肩がピクリと跳ねる。

「客人か?」

 オブライエンの問いに、白虎は苦笑いで肯定。

「ああ、結構面倒な奴だな」

「議席か?」

「御名答。 この感じだと玄武をやったDQN野郎じゃねえ……消去法で、”6”、”8”、”10”……ってところか」

 その答えにグッと身体を立たせるオブライエン。

「無理するなよ、まだ時間はある……逃げるか?」

「笑止。 向かってくる以上殺しておくのが後々の為だ」

「あ、そ」

 白虎は両手を頭の後ろに組んで歩き出す。

「貴様は邪魔だ、去れ」

「笑える。 さっきまで死にかけだったくせによ」

 少年の高い声で呵々(かか)と笑って、部屋の出口で止まる。

「まあ、あれだな。 ちょいと暇潰しでもやってくるわ」

 背中越しでそう語る少年にオブライエンは呟く。

「…………これは独り言だが、仮に貴様でも面倒と思う奴なら、相手せずこちらに回せ」

「そうだなぁ。 ま、【怪人同盟】の(よし)みだ、面白いのは譲ってやるかな。 せいぜい愉しめよ……あ、今のは独り言だからな!」

 白虎の影が部屋を飛び出して階段を駆け下りる音を聞きながら、男の筋肉が僅かに弛緩。

 再び、柱に背を預けたオブライエンは瞼を閉ざし、呟いた。

 

「私らしくない? いや、たまにはこういうのも乙というものさ……ああ、そうだね……まだいけそうにないけど……悪いね」

 

 優しい声音が声帯を震わせた。

 誰に対して言ったのかわからず、彼はそのままゆっくり意識を手放していく……。  

 

 ◇◆◇

 

 

 二つの影が月に照らされたビルの上を駆けていた。

 一つは半裸とでも思える程に肌を露出させている薄着の女で、大昔に極東の地で活躍していた”(しのび)”を彷彿をとさせ、後ろに流れる長い黒髪の額には八方に広がる図形を模した飾りが留められていた。

 もう一つは男で、首から下は外套を羽織り、時折腰に革製のホルスターを巻き付けているのが見えた。 頭にはテンガロンハットを載せているその姿はまさに西部劇に出てくるカウボーイである。

「少し遅くないですか?」

 並走する男に声を掛ける女の声は見た目より高かった。

「は? 何言ってんだ、俺様まだ本気じゃねえし!」

 明らかに少し息が上がっているカウボーイの答えにくノ一は、溜息で返す。

 二人が向かっているのは……商店街近くを指し示した場所であった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 魑祀たちが戦闘を開始してすぐ……雑貨ビルに到着したのは奇妙な集団であった。

 4名ほどの集まりで、(みな)が頭には人の顔でなく動物の頭が乗っかっており、その視線のどれもが入口へ向けられている。

「どうした? まだ行かねえのか?」

 そう声を上げたのは豚の面を被る小太りの男。

 最近チームに参入した【ミスター・ポルコ】だ。

 その手には火器が握られており、目は血に飢えたような光を灯している。

「そう慌てなさんな。 俺たちはリーダー様の命令に従わなきゃならんからな」

 制止したのは首から上に間抜けな馬の顔を生やした男の声で、肩には採掘用のスコップを担いでいる【ホール・ホース】。

「しかしだな、俺は久々に怪人どもを狩れるって聞いてワクワクしてんだぜ!」

「くだらんな」

 ポルコの言葉を灰色狼のマスクが否定する。

 上着には腕を通さず肩で羽織り、腕を組んだ人物は【ヴォルフ・スミス】。 

「あ? 牙を抜かれたイヌッコロがなんか言ったか?」

「万年発情して見境ない豚よりはマシっていうのは話したか?」

「おいおいやめろって! 喧嘩なんてしたらボスの胃が今度こそ死んじゃうぞ!?」

 二人の間を割って入ったその人物は、長身のヴォルフと比べても頭一つは高い2メートルあろう近い場所から発声されたものは高音で柔らかさを持った女の声だ。

 上下赤色のスウェットジャージの上からでもわかるガッチリとした体型と顔を覆う熊のマスクだけでは、恐らく性別を当てるのは無理なのではないか? と思わせる彼女の名前は【メッドヴェージ】。

「なあ、喧嘩はやめようぜ!!」

 声音はともかく見下ろされいる威圧感に圧倒されてか、ポルコが口を閉ざすとヴォルフはその場から離れる。 

「はっ! なんだよ、お前スッカリ丸くなっちゃって、兎に尻でも貸したか?」

 ケラケラと笑うホール・ホースの声に、ヴォルフは無言の圧力。

「はいはい、あれでしょ。 掘られたことは掘り返すな……みたいな!」

 だはは、と一人爆笑する彼を見向きもせず、ヴォルフは視線はただ誰もいないビルの入り口を捉える。

 それはまるで怪物の口を彷彿させるものがあり、ジリジリと緊張感が首から上に昇ってくることを感じていた。

「お、やっと到着か」

 ホール・ホースの声に従って、ヴォルフを含む全員が路地の方へ向きなおれば、その場の全員と同様に動物マスクを被り、スーツを着こなす人物が立っていた。

 闇に浮かび上がる白い兎の面が落ち着いた足取りで近づいてくる。

「状況はどうなっている?」

 冷静的に分析するような兎の声音に返答したのは、ヴォルフだ。

「アンタの指示通り俺たちの部下は辺りの様子を探らせてるところだ」

「そうか、何か連絡はあったか?」

「定時報告は厳守させているが……アンタが遅れてきたのに関係あるのか?」

 ヴォルフの問いに兎の男……ラビット=ビットは言葉を濁した。

「あー、それでボス。 アタシらはどうすればいいんだ?」

 メッドヴェージの言葉に触発されてか、ポルコがラビットに詰め寄る。

「おいおい、大将さんよ! どうして怪人(えもの)を10席の若造に譲ったんだよ!? 相手の手の内わかんねえなら、下っ端を使えば────」

 それ以上ポルコが言葉を紡ごうとするのを誰かが止めようとしたかもしれない……だが、それよりも先に発砲音が鳴り響く。

 銃口からは硝煙が吐き出されている輪胴拳銃を構えているのはラビットで、その弾痕は空き地の壁に形成され、軌道の間にあった豚マスクの耳が削られていた。

 銃を取り出すどころか、発砲までの一連の動作も見えなかったポルコは思わず尻餅をつく。

「俺は昔言われたよ。 ”部下を上手く利用(つかう)のが有能で、犠牲を出すのも勇気のうち”なんだってな」

 銃をクルクルと指先で回転させるラビットは言葉を続ける。

「だけどな、俺は思うよ。 部下を生きて返してこそのプロじゃねえのかって……部下が犠牲になる前提の作戦も出来ないのが無能で臆病者って意味になるなら俺は喜んでそれになるつもりだ」

 尻餅をついたポルコに視線の高さを合わせる。

 ガンスピンを止めた銃口を豚の鼻に押し付けた。

「いいか、俺の……【ラビッ党】の傘下に入ったんならお前の部下は俺の部下でもあるんだ……無下に扱うなよ?」

 ポルコもそれなりの修羅場を潜って来たつもりだが、目の前にいる人物を心底恐ろしく思えた。

 恐らくだが、先程の弾丸は本来なら自分の脳天を貫いてた……はずだ。

 それがどういうわけか銃口が直前でずれたように見えた。

 少なくとも怒らせない方がいい人物と再認識したポルコはゆっくり首を縦に振り、肯定の意を示す。

 霧散していく殺意と共に銃口が鼻から離れて行った。

 それを見守るメッドヴェージはホッと胸を撫で下ろし、ホール・ホースは肩を竦める。

 ヴォルフは何も言わず立っていると奇妙な音を聞き取った。

 パチ……パチ……と生気の籠っていない何かを打ち付ける音。

 それが生気の籠っていない拍手と気付いたのは発信源を見たからだ。

 その人物はビルの入り口にもたれ掛かり、東洋の龍を形どった面を被りながらも気だるげなそうな雰囲気は隠せていなかった。。

 全身至る所に活気が行き渡っていないのか、だらりと垂れた色素の薄い青髪をうっとおしそうに撫で上げる。

 服装は髪色より濃い青の生地で、龍が舞う模様が描かれている長袖の中華服を着ていた。

「誰だ……アンタ?」

 拍手を止めた男はヴォルフに答えた。

「立ち聞きしたようで悪いが、銃声が聞こえたので目が覚めてしまった……ので様子を見に来た」

「だってよ。 ボス、謝ったほうがええんでない?」

 ホール・ホースの茶化しを無視して、全員が戦闘態勢。

「待て、私に争う気はない。 少なくとも警告も兼ねて門番を業務に起こされただけだからな」

 マスクで隠されながらも、全員の表情には怪訝なものが浮かんでいるだろう。

「私は必要以上の労働を嫌う。 君たちがそれ以上近づかなければ私は何もしない」

「信用できる要素が見当たらないな?」

「その問いは当然だ。 しかし、私をここに引き留めることが君らの目的に最も理想的であるとは思われるが?」

「…………」

「対象を討伐するまでの援護が目的とするなら……今ここで私を足止めし、上階での戦いへと介入させないのが適切のはずだ。 そして、私は君たちがそれ以上こちらに近づかなければ動かないと約束しよう。 ほら、そうすれば私は立っているだけ、君たちも無駄に痛い目をしなくて済む……理想的だ」

 話終わって疲れたのか、再び壁にもたれ掛かる男。

「どうする、ボス?」

 メッドヴェージの疑問はメンバーの意思を代弁していた。

「……悔しいが、奴の言っていることにも一理ある」

 ラビットの声音はあくまで冷静さを保っている……が、それもどこまで持つかはわからない。

「構わん、俺はアンタがやると言えばいつでも行くぞ」

 ヴォルフの言葉に、メッドヴェージの巨体が大きく頷き、ポルコも手に収まる銃を抱え直した。

「はあ、オタクら熱いねぇ。 ある意味”ホッと”するよ」

 ホール・ホースはくだらないギャグを呟きながら、スコップを肩から下して、柄を掴んで素振りを始めた。

 ラビットは自身のリボルバーの装弾数を確認し、瞬く間に再装填(リロード)すると入口に立つ男を見据える。

「お前らの覚悟はわかった。 だが、現状……奴に対する情報がない以上悪戯に部下の命を危険に晒せないってのは理解してくれ」

 一歩、ラビットは前に踏み出した。

「だから、俺が少しでも情報を集めることにする」

「…………賢い方とも思っていたんだが、計算違いか」

「そうか、悪かったな」

「いや……対して宛てにはしていなかった」

「そうか」

 同時に2回乾いた音が響き、弾丸は男の立っていた場所に着弾するも、その時には男は動いていた。

 ラビットは冷静に接近してくる男の動きを読み、発砲。

 今度の弾丸は男の肩を掠めるも対した傷にはならず、弾道を脳内で修正。

 肉薄した男が振るう銀光を避ける。

 それはどこから飛び出したかわからない湾曲した刃。

 半月のように反った片刃剣の軌跡が月の光に反射され、美しく舞った。

 刃が間近で風切り音を鳴らす中で、隙を見たラビットの銃撃が鳴り響かせる。

 ビルの死闘に少し遅れて地上でも愉快な殺陣(たて)が始まったのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 二条の刃が軌跡を描く魑祀(ちまつり)の斬撃を、狐面の男……オブライエンは冷静に返すもその手数は単純に二倍、それ以上にそれを放つ速度が跳ね上がっていく。

 常人ならば目で追うのにも限界を迎える領域の刃の応酬に対して、オブライエンは経験と技量でそれを退けさせることを可能にしていた。

 月光以外には光源がないとされた空間で光が灯しだされる。

 それは錯覚ではなく、文字通りに魑祀の持つ二振りの剣は淡い青の光を纏っていた。

 暗闇に残像を残すその軌跡は場違いとも思える美しさを魅せる。

 しかし、その美には死が欠かせずに二つの光は獲物を狩る肉食獣のようにオブライエンに襲い掛かっていた。

 振るわれる度にブォンと音を発する斬撃の嵐に、狐の面に傷が入るもその刃を掻い潜って放たれた刺突が魑祀の右脇腹を掠めた。

 鮮血を散らしながら後方へ跳んだ剣士へオブライエンは追撃はしない。

 (ひび)の入った仮面を気にしつつ、その呼吸は僅かに荒れていた。

 対して、魑祀もまた肩を激しく上下させて腹の傷を見て軽傷と判断したのか、すぐに構え直す。

「その両刀の青い光は飾りではないな。 恐らく、貴様の呼吸の乱れと深く関わりあるようだが?」

 冷静に分析した男の声がコンクリートの壁に反響する。

 魑祀の目には一瞬の驚愕と、警戒の色。

「それで? だったらどうする?」

「いや、剣筋は乱れてはいるが決して付け焼き刃というわけではない……しかし、謎だ。 貴様の師であるはずのあの(おうな)は二刀流でもなければ、双条流星剣(そうじょうりゅうせいけん)ともやらでもないはず……どこでその剣を学んだ?」

「知る必要ねえだろ……!」

 言葉を乗せた先程よりも一層と光を増した刃が振るわれる。

 だが、あくまで単純な軌道をオブライエンは同じく刃で受け流した。

 そこから再開された激しい金属音と火花と、時折飛び散る血糊が暗闇の世界を描く。

 幾度と重なり合う剣戟の中で、互いに何か限界を迎えつつあった。

 オブライエンは激しさを増した斬撃を掠めてスーツは所々破れ、、魑祀もまた受けた傷よりも荒れた呼吸が目立った。

「やはり、な」

 確信めいたオブライエンの言葉。

「貴様の、その剣の発光は身体機能の上昇を促すと共に、体内の熱量を奪う……長期戦には不向きな代物」

「……」

 その推理を黙って聞く魑祀を見て、男は続けた。

「だから、こそ、貴様は内心焦り剣が荒れている。 自身の手の内を晒しても仕留めきれないという事実。 どれほどのものを屠ったかは知らんが、一手早い判断であったな」

 オブライエンの刃が静かに動く、それは今までとはまた違うもので、言葉で表すなら……優雅というべきであろうか。

 魑祀はその様子を激しい呼吸音の中、注視する。

「それ故に、貴様には私なりの儀を通してみようと思った」

 その言葉と共に鮮血が舞い、鉄の匂いが充満する。

 魑祀は思わず目を見開いた。

 何故なら、対峙した男の構えた日本刀は流れるように自身の腹に吸い込まれていったのだから。

 背中からも刃を生やしたオブライエンはゆっくりと前に倒れていく。

 赤い海が構築されていく様を魑祀は呆然と見つめるしかなかった……。

 

 

 

 

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