ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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 夜が更けだし、人々の歩みが様々な路に着く頃。

 地下にあるバー『紅蓮獄』のカウンター席に腰を下ろした男の顔には包帯が巻かれ、左腕はギプスで留められており、その衣服の下からも包帯が覗いていた。

 男が注文するとバーテンは複雑な表情で見つめ返す。

 しかし、何かを振り切るように頷くと、冷蔵庫から取り出したいくつかの瓶の栓を捻り、各種液体を注ぎ混ぜていった。

 完璧な動作で、バーテンは頼まれた珍妙な飲み物を差し出してくる。

 ガラスの表面には、早くも水滴が生まれていた。

 冷えた液体を杯の中で傾けながら、視線は酒樽の上に設置された画面に向ける。

 内容は昨晩の入谷区で起こった落盤事故についてだ。

 口内の傷に染みた痛みを我慢しつつ、怪我の男──御景はカウンターへ空になった杯を掲げる。

「ねえ、ちょっと──」

 御景は視線を水平移動させると、少し紫ががった髪を頭頂で束ね、白いドレスにも似た格好をした一人の少女が立っていた。

「お隣、構わないかしら?」

 御景は辺りを見渡し、もう一度少女へ戻す。

「席……ここくらいしか空いていないのよ」

 確かに、時間帯的に店が混みだす頃でもあった。

「ええ、どうぞ」

 御景は右手で隣の席を促す。

 ありがとう、そう言って彼女は席へ着いた。

「いつものお願い出来る?」

 少女の言葉に頷いたバーテンが一度店の奥に引っ込むと再び戻ってくる。

「……よくここには来るのかい?」

 探偵の声音には感心しないという感情が込められているが少女は気にした様子はなく。

「ええ……といっても最近は無理だけれどね」

 そう言いながら、紫水晶色をした猫のような瞳が御景を捉える。

「ここは暴力愛好家の紳士たちがよく集まる場所とはご存知なのかね?」

 どこか教師ように説教臭く語るも少女は聞いていない。

 その関心が手元の杯に注がれていることに気付くと、御景は自分と少女の分をバーテンに頼んだ。

 二回目ともなると、あっという間に用意する辺り流石プロだなと感心しつつ、差し出されたドリンクを受けとる。

「なにかしら、これ」

 目の前に鎮座する薄紫の液体に、最もな意見。

「葡萄ジュースと牛乳の炭酸水割り……君のにはサクランボを添えて」

 探偵は中身を即答すると、再び自身の杯を傾けながらバーテンに視線を向ける。

 視線に気付いた男は肩を竦め、その無表情と思われた顔の口角が僅かに上がっていた。

 隣では両手でグラスを掴み、グイッと傾ける。

 少女は喉を隆起させ、液体を流し込むと杯をカウンターに置いた。

「まあまあ、ね」

「そそ、マズくなく美味過ぎずってのがいいんだよ」

「……おかしな人」

 クスリと少女が口元を抑え笑う。

 それを流し目で見ながら、また杯を傾け、御景は切り出した。

「そう言えば、ワイと最後にあったのは何時だったかな?」

「……さぁ、どうだったか……それって口説いているのかしら?」

 思わず吹き出しそうになるのを堪えると御景は訂正。

「……この間、病院ですれ違ったじゃないか? ほら、ドクターシスタゲットの」

 沈黙。 少女の横顔は思考する表情で、思い出すように言葉を吐き出す。

「あぁ……それはきっと双子の妹よ。 名前は『ミミアリ―・カベニ―』って言うの」

東洋の諺を思わせる名前に探偵も合わせる。

「じゃあ、君はきっと『メアリー・ショウジニ―』かな?」

「あら、それだと家名が違うわよ?」

 少女の指摘に探偵は笑いながら答えた。

「生き別れの兄弟なんて珍しくないさ。 それに名前だけが兄弟の証じゃないしね」

「……そうね。 あぁ、そういえば──」

 少女はグラスからサクランボを摘んだ。

「ドクター……シスタゲットさんだったかしら? あの人、亡くなったそうよ」

 口に一房の果実を放り込む。

「なんでも、治療した患者に殺されちゃったみたいよ……逃走への足が付かないようにね」

 口内で転がしながら、呑気に言う少女は隣の探偵を見た。

「……そうか」

 目立った反応は特にない。

 強いて言うなら、先程までより辺りの空気が冷たくなったことだろうか。

「覚悟はあったはずさ……」

 その言葉は少女に対してへの返答なのか……それとも誰でもない虚空へ消えるだけのものなのか……。

 御景の視線はグラスの中へ注がれていた。

 そう言っていると少女が頼んだ品が店の奥から現れる。

 それは白の陶器皿に鎮座し、熱々の湯気を立てた肉の塊だった。

 持ってきたバーテンの片手には銀のソースポット。

「当店自慢の特製ハンバーグでございます」

 バーでハンバーグとは……恐らく常連でもあまりお目に掛かれない裏メニューというものだろう。

「あら、相変わらず美味しそうね」

 待ってましたと言わんばかりと迎える少女の姿は今までで一番見た目相応の反応に思えた。

ソースポッドを傾けると、中から赤黒いソースがハンバーグを始め、白い皿を染めていく。

少女の手に握られたナイフとフォークが赤黒い海を切り裂き、肉の山を解体していくと、中から肉汁が溢れた。

一口だいに切り分けたハンバーグを頬張ると、満足したのか、その時だけにしか見せないような表情。

思わず綻んだ頬を片手で支えるのは、味わって咀嚼することに意思とは別の無意識的行動とも取れるだろう。

嚥下するまでのその一部始終はなんとも蠱惑的でバーテンや御景も奇妙な話……見入っていた。

二口、三口目と続き四口目に入ろうとした時、彼女は視線に気付いたのか、コホンと咳払い。

「人の食事を観察するなんて感心出来ないのだけれど?」

その言葉にバーテンは我に返ったかのように自らの作業に戻る。

御景は肩を竦めて、視線を手元の杯に落とした。

 

 

 

「それじゃあ、探偵さんドリンクご馳走様」

食事を終えた少女はそう言って店を後にすると、御景はまた一人カウンターでドリンクを飲んでいた。

彼がこのバーにいるのはとある人物との待ち合わせをしている為だった。

決して、相手は遅れている訳ではない。

探偵の仕事柄上早めに来ているのだ。

「いやぁ、お待たせぇ……? しましたぁ?」

またも隣から声が聞こえた。

「待ったのはワイの勝手だ、気にするな」

視線だけ隣へ向け、右手で合図。

声の主は全身から素肌の露出を避けている男性。

「それは助かりますよぉ、だって私はキッチリカッチリクッキリと時間は守ってますからねぇ」

席に着いた男の名は『如愚佗 手記狩』。

以前、事務所に怪人の記事を置いていった記者である。

「注文はですねぇ、私はぁ……そうですねぇ……彼と同じものをお願いしますかねぇ」

バーテンに注文すると僅かに表情がひきつった笑みで応える彼に同情に似た感情で御景もお代わりを頼んだ。

「それでぇ、お怪我はどうなされたんでぇ?」

「……事故っただけだ。 それで車は大破して、クライアントと友人から叱られた……それだけだ」

「……はぁ、それは災難でしたねぇ」

届いたドリンクを二人が受け取り、如愚佗が杯を掲げると、御景を見た。

「とりあえずぅ、乾杯でもどうですぅ?」

「……ああ」

カチンと互いのグラスを合わせ、打ち鳴らす。

中の液体を飲むと、如愚佗はうーんと、首を捻った。

「味はいいんですがぁ、炭酸はぁ……苦手なんですよねぇ」

「それは残念だな」

くくくと、意地の悪い笑みが御景の口から漏れた。

「ぁぁ、意地悪な人ですねぇ。……そういえば、貴方の新しい相方はお元気でぇ?」

「知らんな、少なくとも昨日今日は見てない」

御景は野良犬でも追い払うようにグラスを置いた右手を振るう。

「いやぁ、本日彼を二度ほど見かけたものですから、てっきりお仕事かと」

ん? と探偵は食らいつく。

「何時、何処でだ?」

「昼頃に大通り。 夕方に郊外近くで」

それを聞くと御景は深い溜め息のあとに、一気に杯の中を飲み干し、 引ったくるように荷物を取った。

「あれれぇ? お出かけですかぁ?」

財布からお代をカウンターに置いて、如愚佗に答える。

「悪いが話はまた今度だ」

その言葉のあとに探偵は店を出た。

 

 

 

「……悪い癖が出ないといいんですがね」

空になったグラスをバーテンに返すと、記者は珈琲を頼んでいた。

「お酒に溺れるにはまだ早いですし、私もまだ酔えないですしね」

誰に言っているかわからない言葉を溢すと、懐から手帳を取り出した。

手袋がはめられながらも器用に指先でページを捲ると、独特なデザインのペンで何かを書き殴る。

「次の取材は彼らでもいいかもですね……ぁあ」

コホンと、咳払い。

「いいかもですねぇ」

 

この街の夜はまだ更けそうであった。

 

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