昼時の町は今日もランチを求める会社員や、の目的地に足を運ぶ。
この男もその一人だ。
黒を基調としたジャージを上下にその背中には、一輪の白い蓮の花がプリントされていた。
その歩調はどこか荒く、苛立ちが全身から滲み出ている。
男とすれ違う者はその表情や雰囲気に気圧され、路を開けた。
そうして、彼の歩みが止まったのは一件の店の前。
店の看板には、ひらがなで『らびってゐ』と記されていた。
男は扉を潜り、店内を見渡す。
内装は基本的なものだが、若干和風寄りで壁には屏風掛けられ、仕切りには竹垣が置いてあった。
「い、いらっしゃいませ!」
震えた声で応対するのは給仕の制服を着た少女。
年齢は恐らく、14~5歳といったくらいだろうか。
彼女は視線を逸らしそうになるのを必死に耐えているようだ。
その様子を見て男は纏う空気を霧散させると、内心舌打ち。
それは少女に対してではなく、自身に対するものだ。
昼時でもあったが丁度空いていたらしくすぐに席を案内される。
男はドカッと品のいい席に座ると、懐から煙草を取り出し一本口に咥えた。
すると、横から咳払い。
見ると、先程とは違う給仕の女性が二コニコした笑顔を浮かべ立っていた。
女性の指先を追えば、全席禁煙と書かれたプレート。
男は煙草をしまうのを確認すると給仕の仕事を開始された。
「それで……ご注文は?」
女性の胸元には『雉沼』と記されており、男はそれを見て込み上げた笑いを一度抑え、注文する。
「そうだなぁ、熱いコーヒーと……”ウサギ”だ」
女性は隠す気のない溜息のあとに注文の確認もせず、店の奥に消えた。
しばらくして戻って来た彼女は、ついて来いというジェスチャー。
黙ってそれに従う男は、女の後に続く。
案内されたのは二階の事務所で扉の前には『オーナー』と書かれたプレートがぶら下がっていた。
「それじゃ、アタシはこれで」
「おう、またな」
軽いやり取りをして女性が去るのを確認すると、男は紳士らしく扉をノックを──することなく、蹴破るような勢いで突撃。
入室と同時に正面の机ではなく、右から気配を察知すると同時に右腕を鞭のように振るう。
捉えたのは銃を構えた背広を着た人物の側頭部。
ジャージ男は当たる直前に寸止めで拳は静止。 同じく、背広男も銃口を向けている。
互いに殺傷圏であると威嚇。
「よう……こうして会うのは久々だな。 【因幡莱兎】」
切り出したのはジャージ男の言葉。
それに対して、皮肉交じりの言葉が紡がれる。
「はっ、旧交を温めるにしては随分と派手な歓迎だな『7th』」
警戒を解かないまま、話を続けるようだ。
「おいおい、堅苦しいのは無しにしようぜ……ここは会議室じゃねえんだ」
「お前は良いだろうな気楽そうで……何しに来た? 俺たちの失敗を笑いに来たのか?」
埒が明かないと7th……ウォッチマンは拳を下ろす。
「俺がそんなに暇そうに見えるのか?」
「見える」
即答に舌打ち。
「まあ、お前がそのままならそれでもいいが……あれだ。 そういうこともあるだろ」
「……慰めてるつもりか?」
肩を竦めてウォッチマンが近くのソファーに腰を下ろす。
「しかし、お前も良くやってるとは思うぜ? あの社長様と急遽交代したんだろ?」
いい加減毒気を抜かれたのか、銃をしまうと対面のソファーに腰掛ける。
「報告によれば、人……怪人違いだったんだろ?」
「それでも、仕留めるべきだった……」
両手を組んで、深刻そうに顔を歪ませる莱兎を見て、ウォッチマンは話題を変える。
「だが、予想外なのはあの爺さん……4thと燐火が仕留めそこなったってのがな」
「首なしは基本的に大型二輪での移動と聞く……逃げに徹すれば分はあるだろう」
その言葉に7thは異を唱えた。
「いや、燐火の野郎はそこらの自動車も追い抜けるぜ? 何回か組んだことあるが人間じゃねえぞあれ」
「そういえば、お前は殺されかけてるしな」
「…………それは関係ねえだろ」
そこで今度こそのノック音。
莱兎が応答すると珈琲と紅茶が運ばれてきた。
それを受けとると給仕のものも速やかに立ち去る。
「しかし、あの『雉』をよく雇ってくれたよ、感謝する」
器を傾けるとズズズと珈琲を啜る音。
「美味いな、これ」
「…………あ、ああ。 良いやつだからな。 本当に彼女は上手くやってくれている。 そういえばお前の所の弟子さん……乾さんだったか? 元気か?」
「あー、『犬』ねぇ……それが最近入って来た新人がやたらとセンスがあってな。 それに触発されてか修行付けてくれって煩いんだよ」
「なるほど……それで少しやつれてんのか?」
確かに普段より顔色は良くなさそうで、頬も少し痩けている。
「まあ、うちの基礎は『渇き』から始まるからな、何ならお前もやるか?」
「結構だ」
互いの近辺報告を終えると、そういえばとウォッチマンが話を切り出した。
「報告書では俺が【肥大する頭】をやったってあるが、あれ実は訂正するところがあってよ……途中邪魔が入った」
「なに?」
莱兎の表情が曇る。
「正確には、それのお蔭で助かったんだが……何分相性が悪い怪物だったぜ」
「……何故、会議の際にそれを言わなかった?」
「……【BIG5】」
その単語で莱兎は納得。
「なんかキナ臭くてな……敢えて黙っておいたわけだ。 大体タイミングがおかしいだろ」
その言葉に間が空いた。
無言の同意である。
「──ああ、我々の行動が読まれて……いや、それ以上に筒抜けな部分があったのは確かだ」
「それに俺たちみたいな新参はどうしてもやりづらい部分もあるんだよなぁ……で、これは提案だがよ、やっぱりお前が5番に──」
その言葉の続きを莱兎は制止させる。
「悪いが俺は今以上にあの集団とは関わりたくない、お前を引き入れた身としては勝手と思うがわかって欲しい」
「──了解した」
ウォッチマンはそういうと席から立ち上がった。
「このことを報告するかどうかはお前が決めろ。 んじゃ、これから待ち合わせもあるんでな、頑張れよ『ラビット=ビット』」
そう言って男は部屋を立ち去った。
「……軽く言ってくれる」
その独り言だけが部屋に響いた。
「御会計、3000円です」
「こ、珈琲一杯で……? ぼったくりやろ」
ニコニコとレジに立つ女性──雉沼は早く出せよと目で指示。
ウォッチマンはしぶしぶ財布から三枚の紙幣を抜き取ると、瞬く間にそれを引ったくられ、レジに吸い込まれていくのだった。
「またのご来店お待ちしてます!」
店を出る時に背中で聞いたお決まりの挨拶を流しつつ、渡されたレシートを確認するとキッチリ表示された料金。
どうやら、本当にいいものを使っているようだった。
「あーあ、これ見たらアイツ怒るだろうなぁ」
もう自棄になった言葉が昼間の喧騒さに呑まれていった。