俺は間計から教わった住所に足を運んだわけだが……
「んだよ、これ」
目の前に広がるのは巨大な長屋門。
その開け放たれた門には人々が往来し、列を作っている。
近くには旗が立てられ、御目代教と銘打っていた。
見覚えのある文字に手元の封筒を見ると、同様のものが記されている。
ここで間違いないようだな……。
俺は早速門を潜ろうと思っていたが。
「待たれよ、そこな南蛮の御仁」
呼び止めた声へ視線を向けると、背丈が小さめの爺さん……袈裟を着ている辺り坊主……いや、住職だろうか?
「儂はただの小間使いじゃよ」
俺の心を読んだかのような言葉。
「”目は口ほどに物を言う”……なぁに長生きしていると自然とわかるもんじゃよ」
掃いていた箒を立てかけて、俺に近づいてきた。
「大方、お館様に視てもらう為に来たのじゃろうが、今日の分は既に──ん?」
爺さんが何かを見つけたようで視線を追うと、俺の手元……茶封筒だ。
「お主、これをどこで?」
その言葉と共の後に、ぬぅと湿った気配。
夕日が近くなり、ここのところ晴天続きだったカラっとした空気が一変。
反射的にナイフへ手を掛けるが、身体が硬直。
見られている──この爺さん以外の誰か──トンでもねえ殺気──いや、呪術の類か!?
動く──否、静止──合。
脳内の電卓で必死に計算して出た結果が身体を支配。
石のように固まるも生理現象は止めれず、汗が噴き出す。
どうやら、爺さんは俺ほどでもなくても動けないらしい。
「───ッ!」
モゴモゴと爺さんの口元が動くが聞き取れないし、こんな時に読唇術に心ある馬鹿でもいればなぁ、なんてのは思わない。
「……爺。 何をやっているんだい?」
その声が聞こえるとフッと身体が軽くなる。
現れたのは和服装束を纏って、黒い長髪を一本結い、錫杖を持ったなんというかTHE・NIPPONって感じの男だ。(Japanではないのが重要)
「お、お館様! ご、ご無事で!?」
そう駆け寄る爺さんは息をぜぇぜぇと息を切らしている。
無理するとその恰好で棺桶入るぞと、内心毒づく俺も押し寄せてきた疲労感で足元がふら付いた。
「無事も何も……僕はいつも通りに過ごしていたけれど、何かあったのかい?」
「はっ……実は──」
身振り手振りで何かを話し、俺を指さす爺さん。
その話を聞いてか、男の顔がこちらを捉える……が。
そこで俺は初めて気づいたが男の両目は固く閉ざされていた。
「ふむ、なるほど……一先ず彼を中へお通ししてくれるかい?」
ははーっと、また俺の方に走ってきたが本当にコイツ大丈夫か?
「──おや、かた、様のご厚意……、その茶封筒を渡した者に感謝するのだ、ぞ」
……軽口を叩こうとしたが、俺は取りあえずそのままこの爺さんについて行くことにした。
そのまま案内されたのはお堂ような場所で、そこからは俺とさっきのお館様とやらの二人きりらしい。
「これは仕来りでの、仕方のないことじゃ」
爺さんは心配した様子なく、そのまま廊下を引返した。
「……俺が刺客とかだったどうすんだよ」
なんといか、厳かしいようで抜けているというか……。
まあ、俺としてはそっちの方が聞きやすいこともあるし、好都合か。
襖で仕切られていた室内にはお館……さっきの男が正座をして待っていた。
「来ましたか」
こちらを振り向くことなく、背中で声を掛けて来たことに内心驚きつつも、悟られぬように無言で、用意されていたであろう向かい合うように敷かれた座布団へ腰掛ける。
そうすると、くるりと向きを変え男が頭を下げ、挨拶。
「この度は御目代教本部へおいでいただきありがとうございます、僕は燐火 崇正と申します」
俺もつられて会釈と軽い自己紹介で返した。
「なんでも、ななば──いや、間計さんが”オンガエシ”で寄こすくらいだからね、僕も張り切って力になりますよ」
「オンガエシ?」
読みからすると恐らく、恩返しだろう。
「あれ、聞いてません?」
「ああ」
詳しい話なんて一つも聞かされちゃいねえからな。
その反応にうーん、うねるが。
「まあ、いいか。 なら、説明すればいいだけの話ですしね」
懐から男は何かを取り出す。
それは俺が持ってきた茶封筒……と似たもので、よく見れば記された文字も違う。
燐火が渡してきたものには『物教』と書かれていた。
「僕たちってとある組合……みたいなものに所属していましてね。 そこでお互いに御題なんかを出し合って攻略したりするんですが、そこで僕と間計さんは罰ゲームみたいのを実施してまして。 恩は恩で返すというか、貸し借りなしにするって意味で失敗した方にお願いを書いた茶封筒を渡して聞いてももらうってものなんだけど……それを貴方にわざわざ使ったってことなんですよね?」
”受けた恩は返すのが戒律でな”
なるほどな。
「それで、アンタはどんなことが出来るんだ? なんでも探し物が得意なんだって?」
これで少しは手掛かりが掴める……かもな。
ぶっちゃけると、そこまで信じても期待もしちゃいない。
だが、ここにやって来たのは紹介した間計の面子を立てるという意味もあるのだ。
「ええ、まあ、本来は違う使い方をしますが──」
そう言うと燐火の閉ざされていた右目がスッと開く。
その瞳をよく見ればガラス玉のように綺麗で虚ろ、じんわり淡く光る赤を灯している。
「さぁて、何が知りたいんですか?」
俺は────
目的を果たした俺は御目代教を後にする。
記憶が曖昧だが肝心な部分はしっかりと覚えていた。
時刻はすっかり夕暮れで足取りは急いでいる。
何故かは知らないが身体が無意識的にここから離れようとしている……そう思えた。