忌々しいスピーカーを撃ち落とした後、御景は工場内を進んだ。
警戒は怠らず銃を片手で構えるが、音に集中しようとしても周りの駆動音がそれを阻害。
おまけにギプスで固定された左腕が不便で仕方ないのか、眉間には色んなものが重なってか皺が寄っている。
相手に動きがないことや、それどころか【人】の気配が相変わらず感じ取れずにいることに、探偵はうなじ辺りから焦燥感が伝わってくるのを感じた。
脳内で様々な仮定を描いてはそのロジックを埋めていくが、これといった納得のいくものはない。
思考の切り替えを行うと、廊下を天井からぶら下がる掲示板に案内が記されているのを見つけた。
その一つにはモニタールームとある。
背中の荷物を背負い直し、彼の足取りはそちらへ向けた。
現在は”モニタールーム”とプレートを掲げた鉄扉を前に御景は立っている。
歩いた距離はそうないはずだが、妙に息切れをしていた。
意を決したようにドアノブに手を掛けて捻る。
……何も問題なく、取っ手は回った。
それと同時に彼は足を使い、蹴りやぶるかのような勢いで室内へ侵入。
瞬時に正面へ銃口を向けると、その先には縦2つ、横6つの計12のモニターがあるが先程壊したカメラもその一つに繋がっていたようで一番右下の画面には砂嵐が映っていた。
その他には放送に使われそうな音声機器が置かれている。
そして、それらの前で無駄な装飾を彩った椅子に腰掛ける影。
「ズイブンと、モぉタついテいたようですねェ」
こちらを振り向くことなく発せられた男の音声は、何とも奇妙……というか音と発声がズレており、電子音が混ざっていた。
「おっト、シツれー」
そう言って咳払いの後に、もう一度声が掛かる。
「……ぁAアあー……随分とモタついていたようですね」
御景は銃口を向けたままで返事はしない。
「……すいませんね、何分直接発声するのは久々でして、呼吸と使い分けるのを忘れてしまいそうですよ」
「なら、そのまま窒息して死んでろ」
その時、ヒューヒューと何かノズルが詰まったような音が響いた。
探偵は一瞬だけ辺りに目線を巡らせてみると、目の前の椅子が僅かに揺れていることに気づく。
椅子に座るそれは不快な音を上げて、不気味に笑っていた。
パンと乾いた音が鳴ったのと、モニターの一つが壊れたのは同時だ。
「今鉛玉で死ぬか、話して死ぬか選べ」
御景の問いは理不尽だが、狂咲に行ったような冗談めいた口調などではなく真剣なものだ。
「……余裕のない旧人種ですね。 ここにエイリーンや”左腕”がいれば一曲くらいは披露出来たんですが残念です」
そう言ってこちらを向き直った人物は小柄な男で、椅子と同じく着飾られ一昔の西洋貴族の格好をし、口元から首元に掛けて、何かの機械が覆っていた。
「なんかのコスプレか?」
怪訝な表情と声音の御景に対して、機械を優しく撫でながら男は恍惚な表情で答えた。
「これは証ですよ……ミコルオム様に選定された使徒である、ね」
「あっそ」
2回続けて発砲。
男は微動だにしないまま、弾丸の軌跡は後ろのモニターを破壊する。
「……報告より怪我は治っているみたいですが……もしかして、銃の腕前は元々下手なんてことありませんよね?」
「だったら、試してみろ」
もう一度の発砲と同時に男は動いた。
御景が見えたのは口元を覆う機械が開いた所までで、次の瞬間には背中に襲撃が走ったかと思うと、視界が低くなりぺたりと床に座り込んだいうことがわかった。
何かにぶつかったのだ、とフラ付いた頭でそう理解した、その正体は自身が先程入って来た鉄製の扉だ。
「おやおや、また外れのようですね」
男の言う通り弾丸はまたモニターへ着弾していた。
口元は既に機械が覆っているが男の目元を見て、笑って───嗤っているのだと判断。
探偵はめげることなく、こちらに近づいてくる男の方向へ発砲する。
1発。一瞬、肩の痛みで狙いがぶれた。
2発。男のすぐ横を通り過ぎる。
3発。男の顔を霞めた。
最初のスピーカーへの銃撃もカウントして全弾を撃ち尽くした頃、男の表情は違う意味で歪んでいた。
「……もしかして、私って舐められいるのですか?」
近づいた男の額には青筋が浮き出ていた。
それはそうだろう、意気揚々と撃ってきた相手の攻撃はお粗末で全部外れているのだ。
せっかく、待ち構えていたのにこれでは肩透かしもいいところである。
「……これでは”右腕”のほうが余程楽しめたのでは…………いや、ここは私の持ち場でもあるのだし、使命を愉しむなど……いや、悦びがあるのも事実だが……」
一人ブツブツ呟く男に探偵は提案した。
「やっぱり、体調悪いから後日やり直しとか駄目?」
「却下です」
返答を言うが早いか座り込んだ御景の視界には男の靴裏が飛び込んできた。
慌てて身体を捻り、それを回避。
轟音。
男の踏み付けはあろうことか鉄扉を吹き飛ばし、通路に倒れる。
仮に今の一撃を避けなければ探偵の頭は無く、代わりに素敵な模様が彩っていただろう。
そこからの反応は素早く、御景モニタールームから飛び出した。
空の弾倉を投げ捨て、後ろを振り向くことなく、全速力で通路を走る。
しばらくしても、追ってくる気配は感じられないことに疑問を感じたが、走り続けた。
走っているうちに警報が工場内に響き渡り、そこで彼は足を止めた────否、止めざる負えなかったのだ。
出入口を繋ぐ通路はシャッターが下され、通れそうになかった。
そこで男がすぐに来なかったのか合点がつく。
追いかけないんじゃなく、追いかける必要がないからなのだと。
舌打ちの後にシャッターを蹴った。
それで少し落ち着きを取り戻したようで頭をバリバリと掻くと叫ぶように言い放つ。
「この歳で隠れ鬼ごっこをやる嵌めになるなんてな!」
誰かに言っているのか、自身に言い聞かせているのか。
少なくともそれでスイッチを切り替えたようだ。
拳銃の弾倉を詰めて、通路を引き返した。
計算外が多少あっても、あくまで仕事を全うするのが彼なりのプロと思っている。
果たして、どこまでが計算外なのかはきっと本人か神しか知らないのだろう。