通路を引き返すことになった御景だが内心は穏やかという訳でもないが、意外に冷静さを持っていた。
シャッターが閉じられるのも、詳細不明な敵が現れるのも予想は付いていたのだが……。
実は一つだけ誤算があり、しかもそれが吉と出るか、凶と出るかもわからない状況なのである。
と、まぁ頭を振って現状を把握することにしたが、後手に回ったことには変わりはない。
「ワイの計算だと、そろそろなんだが……」
「何がそろそろ何でしょうか?」
声は右隣。 機材の影から聞こえ、ぬっと人影が現れる。
「おいおい、見つけるの早いんじゃないか? せっかく小細工したのにさ」
その言葉を聞いて男の目には爛々と目を光らせていた。
「いやはや、外していたと思いきやモニター狙いで全弾で撃ち尽くすとは……騙されましたよ」
「まあ、ワイも考えなしには弾は使わねぇよ。 ただでさえ経営難でカツカツなんだから」
男の輝いていた瞳に変化。
「なるほど、あの子煩い馬鹿がしくじるわけだ……ふふふ、ここで私も失敗すれば奴と同類か……それ以下」
ブツブツと呟く男の瞳に徐々に光が失われていくのが見えた御景は危険を察知。
「使命の失敗は……百歩譲れるが、あ、ああああアイツと同類など、許せるわけない!! よって、殺す! 貴様を!!」
男の影が床を踏み割り跳躍。 それは人の脚力では考えられない高さまで達すると、壁を蹴って狙いを探偵へ定めて飛ぶ。
御景は銃も持ち上げるとするが、身体は反射的に回避へ専念。
後方へ跳ぶと同時に影が立っていた場所に衝突し、僅かなクレーターを生成。
「ワイがそこまでの殺意を向けられる心当たりなんて………………結構ある、ね」
「私個人は貴様に恨みはないが、これも使命。 そして、私自身の為だ」
クレーターの中心で話す男は、少しだけ哀れむような声音に聞こえた。
「それって、結構理不尽だけど仕方ない、人間だもの」
銃口を向けて、躊躇いなく発砲。 立て続けてに三回乾いた音が鳴り響き、全ての弾丸は男に被弾。
それぞれが額、喉、心臓と中心を狙ったが男が防いだのは、喉のみで他の二発は命中していた。
しかし、男は平然と立っているし、額の弾は逆に潰れているくらいで恐らく心臓に空いた穴も衣服だけで留まっているだろう。
それでも喉を……あの機械が位置する部位を守ったことに意味はあるのか、と思った御景の代わりに男が答えた。
「これは先程も言ったように我らが技神ミコルオム様から授かった証であると、即ちこれらは我が命より重く尊いものなのだ」
「そんな大切なもの身に着けて、露出させてる時点で馬鹿丸出しなんじゃないか?」
御景の言葉に明らかに不機嫌になった男は指を向けて、改めて宣言する。
「貴様に恨みがないと言ったが訂正する、私個人には貴様を殺す理由が出来た。 よってこの【喉笛のラライアン】が貴様を屠ろう」
その瞬間、ラライアンが疾走。
殴りかかって来た影を辛うじて御景は半身で避け、がら明きとなった頭部に零距離発砲。
命中はするも効果は薄いようで、御景は距離を置こうとするも再びラライアンが迫る。
今度は掴みかかってきた彼を御景は冷静に対処し、勢いを活かし彼を投げ飛ばした。
倒れたラライアンの顔には疑問の表情。
「なぜだ、貴様! 旧人種の探偵風情に後れを取る!?」
筋力や俊敏さ多くの要素で優っているはずの状況で仕留められないことを叫ぶ彼に御景は容赦なく発砲。
肩や足など部位を変えて、撃つ様はまるで実験をしているようだ。
その様子や現在の状況に僅かに恐怖を抱いたラライアンの耳からノイズ。
彼らのシステムで搭載されている通信端末によるものだ。
相手は……爪先の……出たくもないが、体感僅か数瞬で済むであろうということと、目の前の探偵が弾倉を入れ替えてるのを考慮して通信を許可。
どうした?
<ようやく、繋がったか! 着信拒否されているのではないかと心配したぞ!?>
……用件を述べろ
<ああ、そうであったな。 ボルカスがやられた>
…………。 それだけか?
<それだけ? とはいってもターゲットがまだ─────>
私は忙しい。 切るぞ
問答無用でラライアンは脳内通信を切ると、自身の置かれた状況を整理。
ボルカスがやられたこと、任務失敗をして処罰保留中の”爪先”から連絡が来たということは少なくとも自身にとっても好ましくない状況ということである。
下手をすれば、まだ仕留めきれていないことで上からの御咎めや下手をすれば降格すら有り得るのだ。
……もう手段は選べない。
弾倉の装填を終え、動かない標的への射撃を再開しようとした御景は、ゆらりと上がるラライアンの雰囲気が変わったことに気付いた。
「”喉笛”の限定解除」
その様子に呆気に取られた御景に危機感が走り、発砲はするも遅かった。
モニタールームで見た時同様にラライアンの喉を覆う機械が開閉したと思えば、先程とは比にならない衝撃が全身を襲おう。
どれほど飛ばされたかわからず、気付けば御景は床を転がっていた。
銃も同じく吹き飛ばされ、背中に背負っていた荷物も何処かへ無くなっている。
酷い耳鳴りと上手く動かない身体を必死に這いずり、銃の元へ向かいあと一歩の所で右腕を踏みつけられたのだ。
喉も開閉したラライアンの足は御景の腕を踏みつけながら、銃を拾い上げる。
耳鳴りで鈍くなった思考の中で、先程の衝撃と自身を縛っている力の正体に御景は気付いた。
音だ。
現在、不可視の力によって苦しめられている探偵には為す術がなく、その瞼を閉じるだけだった。
呆気ないものだと思うラライアンは銃口を御景の頭部へと向ける。
指で引き金を引くだけで決着がつくのだと、安堵した彼の表情を飾る笑みは残念なことに口がないため表現できないが、その瞳が物語っていた。
ラライアンは自身の中でカウントダウンを始めた。
3。 これが終わればボルカスの後始末をしよう。
2。 そして、雑用は爪先に当てよう。
1。 それで自身は相棒のエイリーンと舞台でも見に行こう。
0。 そこで異変が起こった。
辺りは闇で包まれ、機械も止まり無音の世界が訪れた。
普段なら、停電なのだと判断する思考は冷静ではなく、その為か一瞬だけ”喉笛”を維持する意識が途切れてしまったのだ。
その一瞬の間にラライアンの耳と目は何かを捉える。
暗闇で無音の世界で火花が散り、聞いたことも無いほどの爆音が聴覚器官を揺らがした。
それが彼の意識が途切れた瞬間である。