稼働していた機械も止まり、照明も落ちた漆黒の世界に荒い呼吸音だけが聞こえる。
そう経たないうちに、光が再び工場内を照らした。
そこに広がった光景は壁にもたれ掛かる御景と、首とその下が分断されたラライアンの姿である。
探偵の左腕にはギプスが無くなり、代わりに腕輪のようなものと、ひしゃげた鉄杭が落ちていた。
左腕がだらりと力なく垂れ、荒い呼吸で肩を揺らしながら御景は天井を見つめていると気配が近づいてくるのが感じ取る。
反射的に右腕は銃を握ると、その気配へと銃口を向けていた。
「おいおい、ついにボケたのか? 俺だぜ?」
現れたのは自称トレジャーハンターの男……ベネットだ。
「……遅かったな」
「うるせぇ、俺だって戦ってたんだよ! だいたい、俺が気を利かして電源を落としてきたんだからな」
言われてみればベネットの顔は埃や泥で汚れて、衣服も所々破れたりしている。
「……はっ、そんな恰好でカメラの前を平然と通って来るもんだからな……てっきり化粧でもキメてるかと思ったよ」
御景がモニターを破壊した本当の理由は、この男が来訪したのを隠す為であった。
監視カメラを意識して避けて通るかと思いきや、その殆どを通って来た為に内心焦りまくったのはここだけの話である。
「へいへい、そうだな。 なんなら奴さんの血でもオイルでも塗ってくりゃよかったか?」
そこで軽口を叩いていたベネットの口が止まる。
その瞳には近場に倒れ、無残な刺客だったものが映り込んでいた。
「……お前がやったんだよな?」
ベネットの問いに御景は顎をしゃくり傍らに落ちていた鉄杭などを指す。
「あん? なんだよこれ」
「以前に……似たような奴と戦う機会があってな……それ対策として作ってた秘密兵器だ」
壁にもたれて立ち上がりながら御景は続けた。
「構造は単純で鉄杭を火薬で押し出す……早い話小型のパイルバンカーだよ……不意打ち狙う目にギプスで隠すってまでは良かったが、衝撃をモロに受けて左肩が外れたってとこだ」
そうかい、と深く追及する気はない様子のベネット。
「ところで、お困りの私立探偵様の肩を治す手助けをしてやろうと思うんだが……どうだ?」
「……お前に任せて平気か?」
「もちろんです、プロですから」
ベネットが御景の左肩の付け根などの位置を確認し、両手で掴む。
「行くぞ?」
「ちょっと、タンマ!? やっぱ、自分でやるわ!?」
探偵の怯えた声に中年男は無視。
「大丈夫だ、リラックスしろ。 5秒待つ……4……」
3。 と同時に一気に押し込まれた骨が鈍い音を立てる。
「─────────────っ!!??」
左肩を抑えながら、のたうち回る御景は声にならない絶叫を上げる。
「おう、それだけ動けるなら大丈夫そうだな」
「お前は、数字すら忘れたのか?」
「あ? 脱力時のほうが上手く嵌まるんだよ、もう行けんだろ?」
溜息のあとに御景は立ち上がり、左肩を旋回。
問題は無いようで、右手、左手と持っていた銃を交互に構え直して動作を確認。
「それじゃあ、行くか」
そう言ってベネットが差し出してきたのは、ラライアンの攻撃で吹き飛ばされた御景の荷物だ。
「こりゃどうも、トレジャーハンターよりワイの助手にならないか?」
「いいや、結構。 それよりお前が俺の手下になるんだな」
「クソ詰まらねえ冗談だな、センスないよお前」
「あぁん?」
何故か定番になりつつあるやり取りをしながら通路を進もうとした瞬間。
「待 た れ よ ! !」
工場内に響き渡るような大音量。
振り向けば、照明を逆光に高所に立つ人影。
そして、人影は二人の視線を確認すると。
「とう!」
と声を出して飛び降りた。
その人物は目深く羽根の付いた帽子を被り、古き西洋文化を彷彿させるような格好で見を包み、それには似合わない機械仕掛けの無骨なブーツを履いた”騎士”であった。
「我が名は爪先のサァ───ッ!!」
パン、と乾いた銃声は騎士の眉間を撃ち抜くと騎士は倒れる。
相手の名乗り途中で御景は躊躇いなく、引き金を引いていた。
「まあ、当然だな」
ベネットもプロだ。 明らかに敵の前で隙を見せて撃つなというのが可笑しいのだ。
「……ダァ……ナァァァンッ!!」
再び名乗りを上げて、跳ね起きるこの存在にはきっとそんなことは通じないだろうと二人は察した。
ベネットはある種の恐怖。
御景の方は明らかにゲンナリしていた。
「貴公らぁ! 名乗りの途中で攻撃するなど無礼だろ! 失礼だろ!! あんまりだろ!!!」
装飾を施した帽子には見事に穴が開き、露わになった中性的な顔の額は赤くなっていた。
痛かったのか、それともお気に入りの帽子がダメになったせいか若干涙目でもある。
「やっぱり、コイツらの頑強さは洒落にならんな……」
ベネットも銃を構えて戦闘態勢。
御景も荷物から愛用のショットガンを取り出す。
その様子を見て、サダナーンも流石に空気を察した。
「先程も言ったが、待たれよ。 私に貴公らと戦う意思はない」
「……関係ないな」
「ああ、俺たちは散々やられたんだからよぉ。 今更そんなこと信じられるかよ!」
ふむ、顎に手を当て何かを考える刺客を見て、二人は顔を見合わせる。
「しかし、ほぼ万全な私と満身創痍な貴公ら二人……どちらが優勢かは明白と思うが?」
挑発とも取れる言動だが、先程とは明らかに違う声音と雰囲気は事実を告げている者のものだ。
「そちらの探偵殿なら把握していると思われるがどうかな?」
「…………」
御景の眼光は今にも引き金を引こうとする勢いだ。
「……それじゃあよ、何が望みなんだ?」
それを遮るように御景の銃口を下げさせるベネット。
「話がわかる中年殿で助かる。 ボルカスをやっただけはあるな……。 私の願いはただ一つ……友であるラライアンの回収だけだ。 いや、テレビジョンで放送されていた勇者の変身ベルトと、JAPANESE、RYOKUTYAというものも所望する」
「おい、後ろの2つは消しとけ」
「そうか……残念だ」
本当に残念そうな声音だ。
御景は反射的に銃口を上げていたが、ベネットも同じく上げそうになっていたので責められないでいた。
「…………いいから早く、それを持って、消えろ」
「そうか! それは有り難い!!」
絞り出すような御景の言葉に嬉しそうに返事をするサダナーン。
早速とばかりに首と身体に分かれたラライアンへ近づく、騎士は運び方に悩んでいるようで、うんうん唸っていた。
何故かわからないがことの顛末が気になる二人はそれを見守る。
「─────これだ」
サダナーンが導き出した答えは、身体は右脚を掴んで引き摺り、首は髪を掴んで運ぶという……なんというか、こう……違うよなぁ? と二人は思った。
流石にベネットが呼び止めた。
「おい、待てよ」
「どうした、中年殿」
「それ友達なんだよな?」
「そうだが?」
「さっきから身体の方思いっきり床に擦ってるぞ?」
「そうだが?」
「え、何も感じないのか?」
「え、何を感じるのだ? 快感か?」
「え、いや、友達の身体引きずって傷だらけにしてて、罪悪感とか感じないのか?」
「いや、私はそういうの勉強不足で……それに少し急いでいるし、抱えたらさっきから溢れてる変な液で服汚れそうだし……」
「お前ら本当に友達だったのか!?」
「ほら、『友達はボール』と云うではないか。 つまり、ボールを引きずることに何を抵抗する必要があるのだ?」
「……あっ、そっかぁ!」
「それじゃあ、私は本当に急いでいるので」
それだけ言うとサダナーンは変わらず、ラライアンの身体を引き摺り、髪を引っ掴んで頭を運び出す。
何故か、白目向いて口から涎が垂らして放心するベネット。
その会話を聞いていて、正気度チェック入りそうな表情の御景はしばらくサダナーンを見送っていると。
急に騎士が何かを思い出したかのようにこちらへ帰って来た。
遂には引き摺るのも面倒になったのか身体は放置して、首だけブンブン振り回して走ってくる様はスプラッターホラーである。
「あー、一つ質問したかったのだがいいか?」
「……」
「……」
「貴公らは”押すな”と書かれた赤いボタンが暗闇で光っていたら押してしまうよな? 私は押したぞ! それだけだ」
回れ右で来た道を変える騎士の後姿は造形の整った肉体や、その顔などが揃えば確かに様になるが、髪が引き千切れんばかりに振り回して、凄い勢いで身体を引きずる姿が全てを台無しにしているような気がした二人組は……なにか引っかかっていた。
はっ! と我に返ったベネットが叫ぶ。
「質問答えてねえぇよ!?」
「そっちじゃねえよ!」
そう、もっとなにか重要なこと……。
その時、けたましい警告音とアナウンスが鳴り響く。
<施設内のスタッフに告げます。 自爆スイッチが正式に承認されました─────これは訓練ではありません─────繰り返します…………>
「あー、そうそうこんな感じ」
「押すなの赤いボタンなんて、これがベタだよなぁ……」
「…………」
「……………」
「逃げろぉオオオおお!!」
「おい、証拠とかそういうのはどうすんだ!?」
「命あっての物種だ!!」
「クソッタレめ!! 今度会ったら容赦しねえ! 野郎ぶっ殺してやるうぅううう!?」
怒声。
悲鳴。
とにかく叫んで、火が噴き、爆発する施設を走りまくる二人の運命はどうなるのか……。
「もう、廃工場なんてコリゴリだぁああああああ!!」
完……?