ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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 終わりと言ったな
 あれは、嘘だ。



 これは始まりに過ぎない。


ファイル、2-10

「おぉい、探偵さんよぉ」

 隣のベネットが脱力感に満ちた声で御景へ呼びかける。

「何だ、ワイは今忙しいんだ」

 ベッドに腰掛ける御景はペンを口に咥えながら、片手のクロスワードパズルを解いていた。

 残り二文字といったところで言葉が思いつかないのだ。

「なぁんで、俺たちってこんなところにいるんだったか?」

 暴れるせいか職員に麻酔を打ちこまれ思考が鈍くなった中年の問いに、御景は対応。

「あの後、ワイらはなんとか廃工場の外へ出ることには成功したが……まあ、事情聴取やら色々あって現在は検査入院と名目で拘束されているんだよ」

「あ? ポリ公にか?」

「ちげえよ、そもそも普通だったらワイら留置場で有罪判決待ちだよ。 おまけに滞納分の家賃も払えそうになくて、住む場所もなくなりそうだってのによ」

 それはそうだ。 廃工場とは私有地に不法侵入、加えて爆発事件が起こったのだ。

 荒れ果てた区画でも流石にお騒がせ過ぎる。

「…………じゃあ、誰が俺たちをここに縛り付けているんだ?」

「そりゃ、あれだ。 ロッ────」

 その時、ドアノックと共に。 まさに同時に人影が侵入してきた。

「はーい! 元気かい、僕だよロックカンパニーの現社長、狂咲……ジョージ!!」

 ハイテンションで叫ぶ彼を無視する御景と麻酔で意識が朦朧としているベネットの反応は皆無。

 そして、彼の後ろでわざとらしく咳払いをする女性の看護師。

「あ、ごめんなさい」

 しゅんと項垂れる定二に呆れたような溜息をして、彼女は別室へ向かってしまった。

 ドアが閉じると、肩を竦めてそれを誤魔化すように若社長はベッド近くのソファに腰掛ける。

「おいおい、大企業のトップがそんなことしてていいのか?」

 手元のクロスワードから視線を上げた御景の質問に、定二はキョトンとした表情を浮かべた。

 すぐさま、察して答えを紡ぐ。

「僕はこの町で誰よりも”変革”を求める自覚はあるけど、それでも自身に非がある場合は素直に謝るし、常識というかマナーは守るつもりだよ……ははは、少なくとも”人”相手にはさ」

 笑いながらも彼の目は笑っていない。

 御景はそれを生返事で返して再び手元へ視線を戻した。

「さっきの人は、なんというか……僕にとっては母親代わりのような人で……いや、君にはこの話をしてもしょうがないね」

「……早く本題へ移れ」

 すっぱり切り捨てるような発言の探偵に気にした様子なく、若き社長は続けた。

「君たちに課した仕事の進展、若しくは結果を聞きに来たんだよ」

 その言葉に御景は息を吐く。

 隣を見ればベネットは既に夢の世界に旅立って────いないと探偵は経験から判断。

 しかし、現在の状況を察すればこの中年を起こすだけ無駄だろうと判断し、御景は話し出した。

「まずは仕事の件で確認したいんだが、この報告が納得に行くものだった場合はどうなるんだ?」

 定二はうーん、と腕を組んで考える。

 そして、出た答えは────

「報酬は出そう。 そして、君たちの罪状も帳消しにするように取り入ろう」

 ただし───と一拍置いて、彼の口元が三日月に歪む。

「もし、満足いかないようなものだったら……わ か る よ ね?」

 対して、御景は涼しそうにそれを受け止める。

「そう脅かさないでくれるな、アンタだってわざわざ俺たちに監視を用意するくらいだ。 ワイらが……ワイが何かを掴んでるくらいは御見通しなんだろ?」

「ははは、何のことか僕わからないや!」

 白々しい定二はケラケラと笑う。

「まあいいさ。 ワイの情報を纏めると、だ」

 クロスワードパズルとペンを置くと、探偵は自身の集めた情報を脳内で繋ぎ合わせていく。

「アンタが探してるキャッツアイだが──────」

「狂気の」

「え?」

「”狂気”のキャッツアイ」

 間が開くと、探偵はコホンと咳払い。

「あー、”狂気”の! キャッツアイだが……違和感を感じたのは、ベネットやワイに気を取られてコレクションを盗まれたってところだ」

「それは最初に言ったように人員を割いていたからさ」

「いや、それは違うな。 あの派遣されていた警備員たちは銀行に所属された人員とは違い、本社から呼ばれている者だ。 少なくともあの襲撃が起こるまではいつもと同様で面子は変わっていなかった……職員に顔を覚えられる程度には……」

「OK。 それじゃあ、犯人の目星はついたのかい?」

「ああ。 恐らく、襲撃者と黒幕は別だろう」

「うんうん、それで?」

 頷きながら、顎を摩る定二に御景は話を続ける。

「それでまた疑問に思ったことなんだが、アンタがワイに見せたカメラの映像についてだ」

「あー、あれね。 上手く撮れていたようで助かったよ、他のは全部データ飛んでたみたいだし」

「そこだよ」

 ん? と首を傾げる若社長へ切り出す。

「あのカメラは映してる映像を随時本社に送信しているはずだ。 防犯も兼ねた監視カメラって感じでだな。 その記録された映像にアクセスできる人間も一握りのはず。 それなのに残っているのは僅か一台分の映像だけだったのかって」

 支店長のカメラへの怯え方で探偵はピンと来たのだ。

「……そりゃあ、相手に凄腕のハッカーがいるんだろうさ」

「それはいい。 ただ、ワイが言いたいのは何故そこまで出来るのにあの映像だけ残したかってことだ。 それもワザと実行犯を特定させるようにか?」

「黒幕は犯人像をこちらに植え付ける為に残したってことかい?」

 御景は黙って頷き、懐からココアシガレットを取り出す。

「……おーけー。 それじゃあ、黒幕は誰で、コレクションはどこにあるんだい?」

 探偵は咥えた砂糖菓子を噛み砕いて、嚥下。

「……お前だろ」

「え、なんのことだい?」

「犯人と、コレクションを所持しているのだよ」

 定二の目が見開かれるのを見て、御景は続ける。

「下手な芝居はやめろ。 そもそもだ……お前みたいな奴が”他人”に自分のものを任せるわけねえだろう」

「証拠はあるのかい?」

 無表情の問いに御景は落ち着いて答える。

「これはワイが信用する情報筋からだが……少し前にあの銀行から何かが運び出されたみたいだな」

「それじゃ証拠不十分じゃないかな?」

「そうだよな、それで他に何かないか嗅ぎまわって探してたんだが……何もなかったそうだ」

 フッと鼻で笑うと、定二はソファーに全身を預ける。

「それじゃあ、流石にね……なにもないってことで僕が疑われるんじゃ……」

「だからこそだろ」

 は? と声を漏らす若社長を無視して、御景は再びココアシガレットを口へ運ぶ。

「そもそも他の破損したカメラはあの時刻より前に録画が止まってたんだよ……強制的じゃなく、任意的な操作でだ。 驚くべきことにハッキングされた形跡もない真っ白。 それほどのアクセス権限持っている人物は少ないだろうし、聞けばあの銀行はお前が社長就任する前から管理任されたそうじゃないか……色々と小細工もしやすかっただろう?」

 そこまで言い終わると、それを聞かされた本人は今までの言葉を吟味するように瞼を閉じ、腕を組んでいた。

 どれくらいの間が開いたのだろう……。 静まった病室には空調の駆動音と、ベネットの鼾が響く。

 最初に沈黙を破ったのは定二の溜息だった。

「なるほどね! 確かに色々と荒が多かったのは認めざる得なかったね……うんうん、おおむねは合っているし、合格でいいよ」

 ニコニコと笑うのはいつも見せてくる軽い笑顔。

「それで襲撃者はお前が雇った役者か?」

「いや、それは本物」

 御景の軽い冗談を真顔で返られ、思わず拍子で砕けた駄菓子が気管に入る。

 盛大に咽る探偵を他所に定二は話を続けた。

「その日、そこを襲撃するって情報が入ったからゲームに利用しようと思ってね。 いやぁ、こっちもプロは用意してたんだけど、まさかこうもあっさりとは本当に困るよ」

 要は人の命を駒として利用したという告白。

 それも大した理由もなく。

「それじゃあ、君たちにご褒美として口座にいくらか振り込んでおくよ。 あ、それとは別にあの大家さんには滞納分の家賃は払っておいたからね……僕って太っ腹!」

 反応しようにもベネットは眠り、咳き込む御景はそれどころではない。

「そ・れ・と! 襲撃者の方は僕の方でケリは着けるつもりだからね。 ほら、泥塗られたままは終われないでしょ?」

 黒い笑みと笑っていない目を浮かべるが、それを話している相手が本格的にヤバいことに反応してあげて欲しい。

「ああ、そうだ! 君たちうちの専属探偵にでもならないかい? ロックカンパニーがスポンサーになって君たちに出資してあげるし、新しくて広い好条件な事務所だって用意するしさ! どうだい?」

 

 

 

 要約、『僕と契約しておもちゃになってよ!』

 

 

 探偵は自身の喉やら胸を殴りつけ、なんと破片を吐き出して事なきを得た。

「それで、どうするの?」

 お前は何を見ていたんだ? とばかりに睨みつけるも効果がないと判断した御景はその選択に答えることにした。

 そんなもの答えは決まっている。

 

 

 それは───────。

 

 

 

 

 

 

 

 第一部。 設立編 完 

 




 一体、何が始まるんです?



 大惨事 事務所活動編だ

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