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生い茂る草の"緑"と剥き出しの地面の"茶"に、"赤"が追加されるのを
視線を上げれば、空に舞うのは一本の腕。
噴出する血飛沫から漂う濃厚な鉄の香りを肺に採り入れながら、彼はふと思った。
なんで、自分はここにいるのだろう……。
それでもまだ彼の瞳は空を映していた。
時刻は昼過ぎ。
都市部から離れ、田園広がるのどかな田舎風景に佇む一件の武家屋敷。
屋敷はコの字型の形状で中庭に設けられた池には
その光景が見える縁側の廊下を歩く二人の人物。
和服装束を着込んで、瞼を閉ざしている青年、燐火崇正。
歩みと共に片手に握った杖を突く音が聞こえた。
隣にはその場において異質に映る白衣を纏い、頭にはシルクハットを、顔には
その二人が歩みを止め、襖を開ければ既にその場所を指定した本人が待っていた。
普段の車椅子ではなく、安楽椅子に腰掛ける老人、U=2。
その傍らには紫色の髪を結い上げた少女と、感情を顔から削ぎ落としたような東洋人が立っていた。
安楽椅子に座るU=2は旅館などで着るような浴衣姿で、両脇の二人は共に派手さのなく仕立てられたドレスとスーツを着ている。
老人の唇が僅かに動くと少女が耳を近づけた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます……と教祖様は仰られています」
少女がそう言った視線の先に映る二人は、長机を挟むように用意されていた座布団へ腰を下ろした。
帽子の位置を直すと、早速とばかりにマスター
「それで本日はどのような用件なのかね?」
仮面の内から聞こえたのは、肉声ではない変換された電子音。
「ええ、その前にとりあえずお茶でも如何でしょうか?」
少女の提案に燐火は緑茶。 マスター
注文を承った東洋人が立ち去り、話は進む。
「ええ、教祖様が仰るには……本格的に教団へ入信へはご興味ないか? とのことです」
U=2が教祖として管理している組織……夜母教団はツウィッタウンでも例を挙げる巨大組織であり、現在も勢力拡大中である。
そんな直球の勧誘にその場は沈黙。
「……僕は遠慮しておきます」
「右に同じく」
二人ともが誘いを断る。
その回答は予想の範囲らしく老人は反応を示さない。
「……理由をお聞かせ願いますか?」
耳打ちされた少女は老人の代わりに質問を行う。
その疑問にまず電子音が答えた。
「単純に価値観の相違だよ。 我輩は人を愛すが、君たちのやり方にはそれを感じられない」
「あら、そうでしょうか?」
「人身売買、麻薬取引、食人行為、児童の拉致監禁、非人道的な薬物投与、黒魔術……etc. まあ、これらはまだいいが我輩としては人体改造はいただけない。 それも機械を取り付けるなんて無粋なものはね」
人工的ながら、残念そうな声音が響く。
「……そう……ですか」
独り頷く、マスター
それを感じとったのか彼も答える。
「その前に……不躾なようで申し訳ないのですが、四番さんたち教団の目的とは一体何でしょうか?」
少女の顔は何も示さず、横に座る主人の答えを介するだけであった。
耳打ちで言葉を受け取り終わった少女は二人に向き直る。
「私たちの目的は────」
その言葉を遮るように襖が開かれる。
見れば、先程注文を取った男で、盆に載っているのは湯気の立っている湯呑と、グラスには薄紫色の液体が注がれており、中では気泡が揺れていた。
男は燐火の前に湯呑を置き、少女へグラスを手渡した。
そのドリンクを少女は老人へと飲ませていく。
「……なんだね、その珍妙な飲料物は?」
「葡萄ジュースと牛乳の炭酸割りです」
杯を傾けながら、弾ける気泡の音と彼女の声が重なった。
少女の回答に、マスター
時折、老人の
老人がドリンクを飲み終えたくらいだろうか。
男が何かを少女へ耳打ち。
それを聞いた少女はU=2へ何かを囁いた後、老人から何かを聞き取る。
「申し訳ないのですが、教祖様は少しお休みになられるということなので、席を外させていただきます」
「ああ、構わないさ。 むしろ、ご老体は敬うべきだ」
そう言ってマスターは机に肘をついて顎を組んだ両手の上に載せていた。
「ええ、構いませんよ」
燐火もそう言ってくなったお茶を啜った。
快く了解を得た後に男はU=2を抱える。
座っていたから分かりずらかったが、老人はその枯れ木のような身体を伸ばせば恐らく190cmはありそうな長身であった。
男たちは部屋を後にしたが……。
「君は……行かないのかね?」
少女は二人にはついて行かず部屋に残っていた。
「あら、お邪魔だったかしら?」
「まさか! それにこれは我輩の予想だが、ご老体からの
その言葉に少女の視線が鋭くなったような気がしたが、それも一瞬で霧散した気配の為に真相は不明。
「それで先程の崇正様への回答ですが……私たちの目的はいずれ来るであろう日の為です」
「それは……現在、貴方たちが行っていることと関わりがあるのですか?」
「いえ、別段そういう訳ではないでしょう」
少女の否定的な即答に燐火、マスター
「正確に言うと……そうですね。 大いなる意思が目覚める間の余興と言うべきかしらね」
「なるほど、目的はあれど君たちは肥大化した組織を管理しきれていない、そういうことか?」
「それは少し違うと思いますよ11番さん」
燐火は静かに意見を訂正。
「恐らく、本当に統率が出来ていないわけじゃない。 きっと、そこまで管理する必要性がないんだと思います」
「じゃあ、何かね……敢えて教団は放し飼いをしているとでもいうのかね」
「私たちもいつまでもそうする訳ではありません。 少なくとも”今”はこの状態でもいいのではと思っているのです」
その言葉を聞いたマスター
「我輩も大概と思うが、貴殿らと話すと疲れるな」
そう言って、右手の着地場所に落ち着いた仮面の嘴をなぞった。
「あら、自覚はあったのですね」
クスリと笑う少女は上品に口元を抑える。
「ふふふ、君が彼のお気に入りでなければ我輩も存分に解剖が出来るというのに残念だ」
顔は見えないが、隠しきれない感情の波を電子音で発声。
そんな二人の様子を見て、燐火は一人お茶を啜る。
今日も平和だな、と。
しばらく、とりとめもない雑談を行った。
そこでふと、マスター
「ところで、教祖殿は勧誘の為にこんな田舎へと我々を招待したのかね?」
電子音の問いに少女は首を傾げる。
その横顔には僅かに思考する表情が刻まれた。
「いえ、この辺りの村で祭りが行われるそうなので是非ご覧になってみては、とお誘いがありまして」
「ああ、それって確か【
燐火が答えると少女はコクリと頷く。
「なるほど、その誘いは非常にありがたいが、我輩の趣味ではないし、興味もない、くだらない。 と結論づけて謹んで辞退しよう」
「そうですか、教祖様には伝えておきます」
「ああ、そうしてくれたまえ」
これは互いに無駄な感情が入っていない直球の
興味がないものはない、と効率的なものだ。
一方で……。
「それで崇正様は如何なさいますか?」
少女の問いに彼は困ったように口を閉ざす。
行きたくない訳でもないが、必要性も無い。
興味がないわけでもないが、行きたい訳でもない。
行動を決める天秤が揺れ動いていた。
それにジッと見ている少女の視線を感じて尚更、唇が鈍くなり、舌が絡まる。
一瞬だけ振り切った
電子音の声が遮った。
「いいじゃない。 君とご老体も宗教絡みの付き合いがあるやもしれんのならば、見てくればいい。 それに9th、きっと君に見えないものが映るかもしれないぞ」
意味深めいた言葉を聞いて……というわけではないと思うが、燐火の中で答えは決まった。
「それじゃあ、お願いします」
彼の天秤は他人で揺れ動く。
「あぁ。 そうだったね」
所々、破れた自身の服に関してや目の前の状況を始めとした記憶などが一気に結合していくのがわかった。
視界は空から地を這う”それ”に
先程回収した得物に付着した血液がテラテラと木漏れ日に反射し、鈍い光沢を見せた。
得物は彼の立てた右人差し指で回っており、鋭い風切り音は静けさの中で確かにその存在を強調させる。
それは片手ほどの大きさをした円形で、真ん中に穴の開いた金属製の円盤外周には刃が付いており、俗に言う
彼は何かを口ずさむ。
決して上機嫌だからではない。 しかし、よくわからない旋律は鼻腔から排出される空気と共に構築されていった。
損失した右腕の出血が大地に尾を描き、砕けた両脚を引き摺り”それ”は必死に這いずる。
体格からして男だった。 しかし、明らかに人とは逸脱したそれは最早同情を必要とするものではない。
何より先に襲われた自分には正当防衛であるのだと、彼の中で合理性を構築。
追う側として走ることはないと、燐火の中で結論が出ていたが、知っているメロディーはもうすぐ終わると謎の焦りが生まれた。
追跡の途中で大地に突き刺さっていたもう一つの得物を回収。
細長い影は六角形の金棒で身の丈程あるそれを軽々しく左手で抜き、片手に持つ。
逃走を続けるそれに遂に辿り着いた時には旋律は終わっていた。
観念したのか燐火を見上げる者の顔には畏怖と、困惑。
「きき聞いてないい。 そそその目のことははは、ひひ瞳のことはははは!」
紡がれた言葉の羅列は発声が上手くいかず、音声は二重に割れたものが流れた。
「……」
その問いには答える必要はない、と珍しく彼の中で決定していた。
嫌に響いていた風切り音が止まる。
金属の輪は静止し、金棒が振り上げられ、鈍器の位置が頂点で止まると同時に振り下ろされた。
その一撃は吸い込まれるように頭部へと向かう。
直撃したそれは標的ごと大地を穿ち、クレーターを生み出した。
そして、粉々にひしゃげた”それ”を確認することなく、燐火はその場を後にする。
彼は一刻早く離れたかったかもしれない。 忘れたかったかもしれない。
見てしまった。 見えてしまった。
頭を潰す完全に無音の世界で燐火は”それ”の瞳を通して。
固く閉ざされた淡い青色を灯した自身の左目を。
再び、暗闇に覆われた世界を歩き出す彼の耳に独特ながら、規則正しい太鼓と鐘の音が聞こえてきた。
祭りが始まったのだ。