それが停滞であれ、休息であれ。
いずれ、オチツク場所があるのだから。
平日の午後。
ランチタイムも終わり人気も落ち着いた喫茶店『ラビッてゐ』にて、男が一人カップを傾けていた。
中身の珈琲は既に温くなっており、火傷の心配もないと香りを楽しみながら優雅に一口含む。
男は杯を置いて、羽織ったトレンチコートの襟を直す。
本来は休みとしてあるが、本日は急遽仕事の依頼が入ったのだ。
彼の仕事は”私立探偵”であり、この町『ツウィッタウン』ではいくつも同業者が事務所を並べていることで自然とその競争率が高い世界である。
まあ、最もこの男のもとに来る依頼が”普通”であった試しは無かったのだが……。
手元の携帯端末を見れば、予定の時刻よりもまだ早かった。
焦ることはないと自身に言い聞かせながら、再びカップを持ち上げ珈琲を一口飲み込む。
そして、視界の片隅でこちらを窺う店員の視線を無視。
珈琲一杯でずっと居座る客に対して、怪訝な表情。
男は見栄よりも金欠ということを自覚した現実的な選択をしていた。
「あの……先程電話した探偵事務所さんでよろしいでしょうか?」
声の方へ視線をずらせば、一人の少女が立っていた。
「ええ、貴女が依頼主であるならね」
その答えに満足したのか、彼女はそのまま目の前の席に座る。
「ええっと、ここに来てくださったということは依頼の件は───」
早口で言葉を紡ぎ出そうとした女の声を、男が片手で制す。
「その前に何か注文なんてどうですか?」
待っていましたとばかりに、ニコニコと笑う店員がやって来た。
「…………よく冷えた……お水を」
女性の答えに、笑顔を貼りつけたままウェイトレスは厨房に引っ込んだ。
それを確認した男が、苦笑いで話を再開させた。
「それでは折角ですし、簡単な自己紹介をしましょう。 私はミカベネ探偵事務所代表を務めている、御景です」
慣れた営業スマイルを浮かべて、そのまま相手に促せる。
「私はつい最近この町にやって来た、【サイシャ】と申します」
ぎこちない話し方は何か言いづらそうだった。
「それで依頼の件はどういった内容でしょうか? 通話では”助けてくれ”とありましたが」
「……」
無言の間はまるで御景が詰問しているようにも見える。
水を運んできた店員からは絶対零度の視線を受け流しながら、探偵はただ待った。
「……受けてくれるんですよね?」
その問いの意味を脳内で反復。
「……ええ、まあ、そのつもりでここには来ていますが」
「お、お金ならあります!」
「……ですから、依頼内容の方をですね──」
少女の目じりには涙が溜まっていた。
御景は溜息を漏らし、とにかく話を進めることに専念する。
「では、こうしましょう。 受ける前提でお話は聞きますが、こちらに不都合がないことをはっきりと確認するまではこちらも首を縦に振るわけにもいきません。 ですから、サイシャさんもお話してください」
あくまでも、下手で話を聞き出そうとする探偵。
彼の思いが伝わったのか少女は注文した水をがぶ飲みすると、ようやく話し出した。
「実は、私……命を狙われているんです」
経験上、ろくなことがないワードを聞いて前言撤回したくなった探偵であった。