日が傾いて間もない時刻。
地下にあるバー”紅蓮獄”のカウンター席に腰掛けていた御景は透明の杯を傾ける。
そのグラスの中で揺れる液体は不可解な色で染まり、気泡がプスプスと弾けていた。
「……相変わらず趣味が悪いな」
その声に振り向けば、くたびれたシャツと脱いだ上着を肩に引っ掛けている青年。
年齢の割に童顔だった表情には疲労が見え、眼鏡越しから見える目元の下にうっすらと隈が出来ていた。
「遅かったじゃないか、
誰か確認するとまたも自分のドリンクを飲み出した御景に対して、青年───
「アンタってあれか、この店しか知らないんじゃないのか? あ、いつもので」
「そう言いつつも、常連客アピールする上級テクニックとか笑えない」
「うるさい」
運び込まれてきたのはグラスには氷が入った茶色い液体。
夏影はそれを口内へと一気に流し込む。
喉を隆起させ、嚥下させると満足気に息を吐き出した。
「…………」
懐から煙草とライターを取り出す際に、御景の視線に気づいたようだ。
「どうした?」
「いやぁ、お前さんも大きくなったんだってな」
「……くだらねえ。 そういえば、最近メルティは元気か?」
その返答に顎を摩って言葉を濁らせる探偵。
「まあ、元気じゃないかな。 少なくともワイに向かっては相変わらずに」
「……そうか」
「気になる?」
今度は夏影が言葉を詰まらせた。
チビチビとお代わりしたグラスを飲む。
「まあ、あれだ。 こうして聞くと瀬内先生がアイツの父親とも取れるね」
「…………その計算だと、俺がガキの時にメルティを仕込んだことになるんだが?」
「なるほど! だから、母親は自らの性犯罪が表に出ない為にも父親を言えなかったわけだな!」
「…………」
互いが無言になる。
「……マジ?」
「んなわけないだろうが! それよりも用件も言え」
夏影の突っ込みに満足していた御景の表情に変化。
「今日受けた依頼で少々気になったことがあって」
「……またキナ臭いの受けたのか?」
「まあ、成り行き。 下手すれば、【
「……あのくだらない都市伝説がか?」
「そそ、そのくだらない矛盾したノット”イコール”マンの話だ」
そうか、と興味無さそうに装っているが青年の僅かに強張った表情筋が心情を物語っている。
「興味湧いたか、夏影?」
ウンザリしたような声音で返す。
「”好奇心は猫をも殺す”と教えたのはアンタだったろ」
「そうだったか? 悪いな。 最近記憶力が悪くなる一方で」
空になった杯をバーテンに掲げ、夏影の視線が水平に移動。
「その依頼……断れないのか?」
肩を竦めた探偵は苦笑い。
「なあ、お前の事務所────瀬内探偵事務所には何故職員が多いかわかるか?」
突然の質問に、青年の横顔に思考が巡る。
「爺ちゃん……先代に対しての信頼、恩義……とか?」
その回答に首を捻った御景はグラスを掲げた。
「それもあるだろうが、古参は嫌味な副局長に付いて行ったから……もっと単純だろ」
気泡の立つ中身を一気に飲み干し、御景は言い切った。
「お前の事務所は給料をキチンと支払い出来ているからだ」
「…………お前は出来ていないのか?」
困惑した夏影の声に自信たっぷりと答えた。
「自慢じゃないが、不定期だ」
「早く畳め! そんなクソ事務所」
「おいおい、ワイはともかく職員を路頭に迷わせるのはちょっと……」
鼻で笑う夏影は三杯目の酒杯を傾ける。
「そんなこと微塵も思ってない癖にな。 まあ……ジョッシュ君とメルティに関してはこちらで面倒見ないこともないが、他のは自分でなんとかするだろ」
「え、ワイは?」
「脳天ぶち抜くぞ」
ははは、と笑う御景の手が青年の頭を撫でる。
「……俺はもう
「オレからすればいつまでもガキみたいなもんだけどな」
夏影は手を払いのけて、カウンターに置いていた煙草を咥えて火を灯す。
吐き出した紫煙に言葉を絡ませた。
「うっせえ、師匠面すんな」
「はいはい、そうですね。 それにワイも断ろうにも前金貰ってるから無理なんだよね」
「そうかよ。 どうせアンタのことだ、普通に帰って来るんだろうな」
「そりゃあ、ワイにもやらないといけないことあるわけだしね。 それにこれからまた依頼主と会う予定と意外に多忙になってきたわけ」
吸い終った煙草を灰皿に押し付けて、夏影はグラスの残りを
「まあ、なんかあったら任せろ」
お代を置いてから御景が立ち上がる。
「期待している」
そう言って彼は店を後にした。