古過ぎず、新し過ぎない。 加えて、少しの金を握らせれば面倒事でも目を瞑るような場所であるのが探偵が選んだポイントでもある。
受付に立つ強面の男に御景が部屋の番号を告げると、男はニッコリと満面の笑みを浮かべて、領収書の紙切れを渡してきた。
それは彼なりの営業スマイルであるとすぐに把握しても、元々の怖さが前面に出てきて逆効果で不気味さが増すだけであるが、それは結局乗り込んだエレベーターの扉が閉まるまでは、その笑みが御景に向けられたままであった。
「世の中って不公平だよな」
そう、探偵は狭い空間で一人呟いた。
そこは五階の一番北端の部屋で、非常階段やら逃走経路が取りやすい位置取りだ。
ドアをノックすれば直ぐに開閉される。
「あ、来て下さったんですね」
出迎えた少女は僅かに濡れた髪と肌をタオルで拭っていた。
「タイミングが悪かったかな」
「い、いえ、私も……その、せっかくだから綺麗にしておこうかな……なんて」
照れるようにモジモジと顔を俯かせるサイシャは震えていた。
「……とりあえず、中に入れてもらえるかな」
「は、はい……寒くなりましたものね」
御景が部屋に入ると、入浴で使ったと思われる洗髪剤や石鹸の甘い残り香が鼻孔を
「ごめんなさい! すぐに片付けますね!」
下着の上に軽く上着を羽織るような格好で室内を動き回る彼女を他所に、探偵は辺りを観察。
「あ、あんまりジロジロと見ないでくださいよぉ!」
キャリーケースに広げていた荷物を押し込めながら、少女は主張。
「すまない。 職業病みたいなものでね」
御景は近場の椅子に座り、懐からココアシガレットの箱を取り出して、一本口に咥えた。
そのまま、少女が片づけを終えるまでのんびりと砂糖菓子を齧っていく。
「それで、依頼に関しての手掛かり……私を狙っているモノの正体は分かったんですか?」
少女の瞳を受け止めた探偵が口を開く。
「まあ、普通の田舎から出てきた少女を付け狙いそうな奴らなら仮説というか候補ならいくらでもある。 怪しいカルト集団に、人間を捕まえては改造手術を施す奴ら、はたまた
サイシャの顔に悲痛な表情が浮かび上がる。
「そんな、それじゃあ……どうすれば」
彼女の様子を見て御景は溜息を吐く。
遠慮をした
普段の口調に戻して、サイシャの正体を告げる。
「それで、機械人形がワイにわざわざ何のようだ?」
「……気付いていたんですか?」
平坦な声音で少女が答える。
「しかし、私は一般少女の人格を完璧に模倣されてるはずだったのですが」
「お前は完璧すぎるんだよ」
御景は懐から領収書を取り出した。
折り畳まれた紙を広げ、署名の欄を見せる。
「どこの人間が、大きさも癖も一ミクロンすら変わらない文字を連続で書ける」
書類の末尾には、機械印刷されたように正確無比な【サイシャ=クロフスキー】の文字が並んでいた。
「表情も少し大仰過ぎるしな」
少女の表情には納得の色。
「完璧でも揺らぎを設定しても難しいようですね。 次からは改善に善処します」
サイシャの顔から、不自然な感情が消えた。
実は御景の発言は鎌を掛けたもので、情報屋に身元照会させて、引っかからないところを大雑把に予想しただけだがそれは言わないことにした。
「では、本題に入りますが私は命を狙われています」
否定をする必要もないので、相槌を打つ。
「まあ、そうだろうな。 それで、お前を狙う犯人とらやらの心当たりは本当にないのか?」
「ありません。 ですが、困ったことがあれば貴方を頼れと言われてました」
「誰にだ?」
御景の瞳に興味の火が灯る。
「Dr.シスタゲットです」
微妙な間が空いて探偵は言葉を紡ぐ。
「……ドクターは元気か?」
「はい、とても元気です」
「……そうか」
御景は再び、ココアシガレットを咥えた。