椅子に腰掛けて少女の顔を眺めながら、探偵は何本目かわからない砂糖菓子を噛み砕く。
「失礼ですが、短時間に糖分を摂取しすぎではありませんか?」
すっかり正体を現し、出会った頃とは違う冷静な声音で少女は話かけてくる。
「ほっとけ」
御景は気にした様子もなく、箱から次のココアシガレットを取り出す。
互いに会話もなく、室内は空調の音だけが嫌に耳に届き、光景としても砂糖菓子を食う男の姿を傍らで擬視する少女の姿とシュールなものでどこか気まずさすらある。
その沈黙を破ったのはサイシャであった。
「貴方の言動からはロックカンパニーに関して激しい敵意を感じますが、それ以外にも私のような存在がお嫌いなのでしょうか?」
「好きじゃないってだけだ、特にロックカンパニーなんて奴らはな」
即答で吐き捨てた言葉に、少女は相槌を打つ。
「なるほど。 ドクターもあまり快くは思っていなかったようですからお気持ちはお察しします」
「確かに”愛”やらを原動力に動いていたドクターならそうだろうさ……そんなのだから足元すくわれてるんだろうよ」
僅かに探偵の瞳はどこか遠くを映すもすぐに戻ってくる。
「それで……本当に心当たりはないんだな?」
「はい、貴方が突発的な記憶障害を発症していない限りはそう言っていますが」
探偵の中で先ほどのお色気やその煽り文句が原因なのではと思考が過るが言葉を飲み込んだ。
「私の言動に何か御不満でも?」
「…………なんでもないです」
指摘しても無駄だと判断して、本来の話題を切り出す。
「依頼としては護衛……と受けたが、それは敵の調査も含まれているのか?」
「いえ、私個人の判断では速やかにこの地を離れることが安全に繋がるとは考えましたが────」
「ドクターの言葉を優先したわけか」
サイシャが頷いてみせると、探偵はため息を漏らす。
それだけ信頼されていたのか、いいように利用されたのかどうか考えるか迷うところだが……もう選択肢は既に消えていることを察していた。
「出るぞ」
「問題発生ですか?」
「起こる前に移動するのが理想だ」
椅子から立ち上がり、手を引いて部屋を出ようとする御景をサイシャが制止。
「せめて荷物を纏めるまで待ってください」
「悠長なこと言うな、むしろそんな調子でなんで死ななかった!?」
御景は少女が荷物に駆け寄る間に、懐から拳銃を取り出す。
「わかりません、貴方へ辿り着くまで何度か襲われて警戒もしていましたが、それが急に気配を感じなくなりました」
「……前後の出来事としては何もなかったのか?」
サイシャは纏めた荷物を確認しながら答えた。
「貴方が言う
「……なら、余計に急ぐぞ」
扉を僅かに開けて、隙間から様子を伺う。
「問題はありません、少なくとも貴方と私しかこの階にはいません」
「……ああ、そうかい。 そりゃあ便利だな」
それでも警戒を解かずに慎重に御景は廊下へ出た。
確かに自分たちしかいないと確認すると、サイシャを促す。
「それで下へはどう向かうつもりなのですか?」
「……それは姫のお好きなように」
肩を竦めて答えた男の隣を通ってサイシャの足取りはエレベーターの方へ向かっていく。
その後を御景は追った。
一階からエレベーターが上がってくるのを待ちながら、二人の肩が並ぶ。
「それで……なんでさっきは誰もいないってわかったんだ?」
素朴な疑問を投げかけると、サイシャは淡々と答えた。
「赤外線視力ですよ、温度を感知して判断しました」
「そうか……それでそれの精度はどれくらいのものなんだ?」
御景が指し示したのは目の前にあるエレベーターの扉である。
「こういう鉄の扉を挟んでも視えるのか?」
「さあ、どうでしょうね」
ランプは3階を過ぎた。
「意外といい加減なんだな」
「こういう反応が人間らしさに該当すると判断したものですから」
4階を通り過ぎた。
「まあ、誰かがこれに乗っているのは確かでしょうね」
彼女の呟きと光の動きが止まったのは同時だった。
5階に着いたエレベーターの扉が開閉すると探偵は室内に向けて発砲。
弾丸は載せてきた男の脳天を貫き、後頭部にかけて脳漿をぶちまけた。
あっけなく死んだ男の手にはナイフが握られており、その強面の顔は先ほど見かけたフロントの男だと思い出した。
「それで……ワイは流石に脳味噌ぶちまけたエレベーターは遠慮したいところだけど」
「あら、そんな悠長なこと言ってよく生きてこれましたね」
言い返そうとしたがその代わりと御景は男の死体を移動させ、ちょうど出入り口を跨ぐように置いてから来た道を引き返す。
「少なくともこれであのエレベーターはあの死体を退かさないと動かないだろうよ」
「……やっぱり貴方の考えることはよくわからないわ」
冷静ながらも困惑した声音のサイシャに御景は切り捨てる。
「お前程度に理解できるようならこんな事してないよ」
その言葉をどう捉えたのか、一瞬少女の瞳に鋭さが宿るもすぐに霧散する。
「それよりも早くエスコートでもしてくださる?」
「……はいはい」
二人は非常階段を降りて、無事ホテルを抜け出したのだった。
そして、夜はどんどん更けていく……。