ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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ファイル1‐7

 みすぼらしいトレンチコートを着た私立探偵が、キャリーバッグを持つ少女を連れている光景は何とも犯罪臭を漂わせているがこの夜の街では些細なことであった。

 大通りや繁華街ならまだしも、深夜に近い時間帯ではすっかり人気はない。

 点々と設置されている街灯もいくつかは電球が切れそうなのか、それとも設備不良なのか、チカチカと点滅を繰り返していた。

「移動手段が徒歩というのには理由があるのでしょうか?」

 疲れを感じたような素振りは見られない彼女の言葉。

「御不満か?」

「いえ、ただこのような環境と貴方の職種を踏まえると交通機関とは別に個人で扱う車輌を所持していても不思議ではないと考えられたので」

 御景は後ろからついてくる彼女を見ることなく答える。

「あるにはあるが、現在貸し出し中だ」

 彼の脳内では休暇中の事務所メンバーが過った。

「なるほど、局長の貴方は一人寂しく過ごしていると」

「知ってたか、今の流行りは無口で余計なことを喋らない女の子だ。 それにワイだって休暇中だったんだが?」

「……」

 言いつけを守ったのか、それとも会話する気も失せているのか返事は帰って来ない。

「まあ、一応依頼主だからな……文句が無ければこのままついて来てもらうが」

「…………」

 そこで初めて探偵は後ろを振り向く。

 そこに少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女(サイシャ)が目を覚まして、初めて見たのは金色の輪であった。

 それがこちらを覗き込んでいる瞳で、その人物の鼻息が掛かるほどの至近距離でもあるということに気付くのに少し時間を要したのも仕方がないことと思える。

「あら、おはよう……誰かさんの真似というわけでもないけど、挨拶は大事だよねん」

 生暖かい息遣いと、甘さを滲ませたような女の声音が耳元から離れていく。

 薄暗い室内を隔てる扉の隙間や覗き窓から洩れてくる光でその人物が像が浮かび上がる。

 全身的に黒を基調とした衣服、一本に結った髪を横に流していた。

 闇に溶け込むような身なりとは正反対に、比喩でなく鈍い金色に光る二つの瞳が異様である。

 そこで初めて自身が椅子に縛り付けられ、動けないことに気が付いた。

 身じろぐ度に金属音が軋む音が鳴り響く。

「ヤめといた方がいいわよん。 外しても碌なことにならないし」

 シルエットで表情は完全に読み取れなくとも、細くなった瞳から笑っているのだと把握。

「目的はなんですか?」

 単刀直入に切り出す。

 生憎、ドラマや創作物の人物のように咄嗟に冗句や皮肉を出せるような記憶は持ち合わせていなかった。

 少なくともこの状況を打破する為にも相手を知る必要があるとサイシャは判断。

 だが、結果はあっけない答えであった。

「さあ」

 それだけである。

「……」

 会話を持続させるための情報を記憶から引き出そうとするも、不適切なものと判断しては、検索し直すという処理が行われる。

 無言の静寂が続くと思われた時に、それは起こった。

「ぎゃああああああああ!!!」

 見るからに老朽化している扉は防音効果に欠けているらしく、男の叫び声が響き渡る、

 それは明らかに痛みに対してのものであると想像がつく。

 それを聞いて女は一つ溜息を吐いた後、軽く舌打ち。

「あの馬鹿、少しは我慢できんのか」

 先程までの雰囲気と打って変わって、冷たさに溢れた声である。

 女はサイシャに近づくと、手に持っていた布を彼女の顔に巻き付けた。

 目隠しされ、今度こそ闇で塗りつぶされた視界が広がる。

「私は行くけど、上に行ってはダメだからね……じゃないと、死ぬよ」

 耳元に囁かれた声に嘘はないと、分析で判断。

「それじゃあね」

 遠ざかる気配はそのまま離れ、重い鉄扉の開閉音が鳴り、規則正しい靴音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 サイシャは先程の警告を無視するか、このまま待つか迷った。

 少なくとも、このまま待てば先程の声の主と同じ運命をたどる可能性が比較的に高いと容易に想像は出来る。

 しかし、今の武装でここを突破するのは難しい。

 そうやって何度の思考を繰り返し、彼女は結論に達した。

 両腕に力を込めると、金属音に混ざって異音。

 少し緩め、次の瞬間に一気に負荷を掛け、それを破砕。

 自身を縛っていた鎖を解いたサイシャは椅子から立ち上がり、駆動部位に異常がないこと、薬物などによる肉体への影響等もないことを確認する。

 扉へと近づき、可能な限り赤外線視力や集音機能を集中させ、気配を探った。

「……」

 扉を僅かに開く。

 赤外線視力を止め、目視で誰もいないことを確認し、部屋を出る。

 左右に続く廊下には割れた窓ガラスや瓦礫が散乱しており。今こそ荒れているが以前はそれなりの場所であったのだろうと思える。

 窓の外を覗き込めば、向かいにも同じ通路らしきものが見え、階数を数えれば全五階立てで現在は四階に位置していた。

 また、この下には中庭らしきものが広がり、施設はそれを囲むように出来ているのだと把握。

 人工の灯りはないが、月光のお蔭で充分に光源は確保出来ていたのが幸いだろう。

 女が向かった方向が右側であったのを思い出し、サイシャは左へと向かった。

 足音を殺しながら慎重に進みながら、改めて現状を整理。

 御景の後に従っていたまでは覚えているが、そこで意識と記憶が欠落している。

 抵抗しなかったというより、する暇もなかった。

 しかし、その手段。 何よりも目的が不明である。

 導き出せるのは解決ではなく、新たな疑問だけであった。

 このような状況を俗に言う、”神隠し”というものではないかと判断。

 そうしていくうちに、突き当りの階段を発見。

 上と下へ続く階段を見比べるも、すぐに下へ向かう。

 先程の女の発言を信じたというよりも、彼女の言葉が嘘ではないと判断出来たならば、上へ行くという選択肢は消えた。

 下の階層には窓もないのか、深淵が広がるような闇が広がっている。

 赤外線視力を起動させようにも、そこで異変に気付いた。

 視界は切り替わらず、代わりにノイズが走るだけである。

 下の階層へ到達したものの、思った通りの闇だけが広がっており、進行は困難であった。

 再び、上へ戻ろうかと考えるもあの女が戻ってくる可能を考慮すればこのまま進むほうが良いと決断。

 視界がまともに確保できない現状で唯一の情報源は集中させた集音機能である。

 壁伝いに進む中で、近づいて来るものが居ないか警戒。

 しばらく、そうやって進んでいくうちに、奇妙な音を拾う。

 

 

 

  通りゃんせ 通りゃんせ

  

  ここはどこの 細道じゃ

 

  ──さまの 細道じゃ

 

 

 

 記憶では東洋に伝わる童謡の一部と照合は出来るが、問題はそれが肉声であったというもの。

 即ち、近くに誰かがいるということに他ならない。

 退くか進むか。 その判断に迷いが生まれた。

 

 

  行きはよいよい 帰りはこわい

 

  こわいながらも

 

  通りゃんせ 通りゃんせ

 

 

 

 集音機能を使うまでもなく、その声の主がどこにいるか判明した。

 その位置は彼女の真上であったからである。

 サイシャが暗闇の中で天井を見上げた瞬間と、再び意識が途切れるのは同時であった。

 

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