私が規則正しく揺れる振動と音を感じて瞼を開けば、流れ去って行く田舎の田園風景が映る。
隣には男が座り、本を片手で開いて頬杖をついていた。
本を捲りながら、男は口を開く。
「おはよう、よく眠れたかね?」
「……そうですね、あまり良い気分ではありません」
私の口が勝手に告げる。
続ける言葉を見つけられずに、列車は揺れていた。
男は答えない。
私は独白を続けた。
「懐かしいようで、それでいて幸福感を感じることもない……言葉では形容しづらいものでした」
男は小さく欠伸をする。
そして、普段は見せてない素顔の唇を開いた。
「夢というのは君の中で、何かを感じたが故に見えたのであろう……悪夢なら現実ではなかったと安堵すればいい。 ただ、それだけだ」
その意見に否定も肯定も出来なかった。
それでも私はくだらない推測をやめられない。
「それにしても、君が……夢を、ねぇ」
どこが面白かったのか、彼は口元を抑え僅かに震えている。
私はそれを無視して、窓の外へと視線を戻した。
窓に映る不機嫌な自分と睨めっこしていると、肩を叩かれた。
そちらを向くのと、何かを口に押し込まれるのは同時で、私は抵抗する間もなくそれを受け入れるしかなかった。
「疲れた時は甘いものがいいというからね」
それは細く棒状の形をしており、口に広がるのは葡萄系の香りと、甘味料の甘さ。
突っ込まれたものを吐き出すのではなく、噛み砕いた。
ポリポリと砕いた砂糖菓子がいい音を響かせる。
「おいおい、それは限定品なんだ。 もう少し味わいたまえよ」
悪意はないが、宥める気はないと伝わる行為である。
男も自身の口にそれを咥えると、視線を本へと戻した。
「そういえば、私たちはどこへ向かっているのでしょうか?」
私の問いに男は少し間を空けて答える。
「……イエダ村。 特に何もない辺鄙な田舎さ」
「なら尚更、何故そこに」
「さぁ? 某は本当なら休日に入ってるので何とも……ブラック企業もビックリな休日出勤具合だよ」
「なら、断ればいいのでは?」
「それは負けた気がするから嫌なのだ」
本当にこの人の思考はよくわからない。
「真面目な話、某が断っても代理人がまともな奴がいないからだ」
口に咥えた砂糖菓子を噛み砕きながら、言葉を紡いでいく。
「何より、これ以上左手の阿保共に活動理由を与えたくない、機会があれば皆殺しにしてやるさ」
相変わらずの熱量である。
「それに君は今回抜擢されたのだから、少しは励みたまえよ……"右小指"殿」
そう言われると緊張感が増す。
「そもそも、貴方の
「それはそうだ、我々は同胞にあたるかもしれないが、同門に非ず、むしろ、外部よりも厄介な敵同士なのだよ。 だからこそ、こちらの教えを教える必要はない! あ。ここで派閥を乗り換えるなら特別に───」
「結構です」
話が長くなりそうなので即答で切り落とす。
「そうか、残念ではないが仕方ない」
私は何故かドッと疲れた体を席に沈めた。
そこで、ふと湧いた疑問を投げかける。
「どうして、今日はいつもと恰好が違うのですか?」
「それは、某の素晴らしい姿に恋をしたと───」
「違います」
「そうか。 答えは単純だ。 自由を愛する時代になろうと、決まりはある。 決まりがあるからこそ自由も成り立つのだ。 あの服装は某にとっては夜の装束なのだ。 昼間は別の顔をして過ごしていると言ってもいい」
また、そこで疑問が浮かぶ。
「なら、どちらが本当の貴方になるのですか? アイザック殿」
本を閉じ、溜息を一つ。
男は静かに語る。
「観測者の所感は、そのどちらを垣間見たかに過ぎないが、君のように某の表裏を知っている者の考えか……ふむ、それは面白い」
顎に手を当て、ブツブツと呟く姿は何とも言えない不気味さを放っている。
「これだけ言えるのは、それらの要素が集まり現在に行きついている。 つまり、人格を形成している以上は他人が知らないこと、自分では知りえないことそういうものがあるのだよ。 もちろん、君にもあるのだよクロフスキー殿」
ニコリと笑いかけくる顔を見て、私は──
「黙らないと顔面に拳を飛ばしますよ」
「おー、怖い恐い。
おどける様に言うと、彼は再び本へと視線を戻していく、本のタイトルはもう擦れて読むことは出来ないが、見えた文字から解析すると誰かの手記を記録したもののようだ。
ここだけの話、私には過去というものがない。
恐らく、あるのだろうが私はそれを知らないようだ。
彼が言った私が知らずに、他人が知っているというのはそこにあるのかもしれない。
しかし、私はそれを不思議と知りたいとは思わないのだ。
夜母教団で活動して、しばらく経つようで今では、
記憶はないが、何故か今に私は充実感を感じているのだ。
この列車が向かう先に何があるかはわからないが、使命を果たせるように務める。
それだけが今の私に出来ることではないだろうか。
そう言い聞かせていくと、夢のことはすっかりと抜け落ちていく。
相変わらず、読み耽っているアイザック殿を一瞥していると、通路向かいに座っている客が見えた。
黒髪の男性と、赤い長髪をした女性の二人組である。
男性のほうは30代でどこか疲れているように見え、女性の方は若く20代前半から10代後半と感じられた。
「ねぇねぇ、シーちゃん。 どして、あーしらはこんなド田舎に行ってんのさ?」
「……他の客に迷惑になる、静かにしろ」
何とも温度差のある二人で、恋仲という印象はないが、女性のほうは男性の腕に自らの腕を絡ませている。
「……」
「あれれ、いつも以上に無口になってんじゃん、なにそれきゃわわ!」
一方的なアプローチでどこからか舌打ちまで聞こえてきた。
「……あまり、ジロジロ見るものではないぞサイシャ殿」
視線はこちらに向けずに声だけでも、どこか不機嫌さを漂わせるアイザック殿。
……もしかして、嫉妬しているのだろうか?
などというくだらない思考していると、急に全てがどうでもよくなり、少し眠ることにする。
「おそらく、忙しくなる。 今のうちに休んでおくといい」
その言葉に従い、私は目を閉じた。