ガラリと空いた電車に揺られて、俺はため息を吐いた。
代わり映えのない和かな田園風景を窓で眺めながら俺は売店で買った酒を呷る。
当初の予定から二転三転と変わり、俺は暇を持て遊んでいた。
急遽入った仕事に加えて、事務所の奴らもメルティを除いて用があるらしく、ならばと愛しい娘を誘おうと思えば、局長と助手二人に駄目と言われたので俺は寂しく遠出の依頼へと足を運んだが……。
「入れ違いで仕事が終わるってありかよ」
いざ、現場へ到着してみれば、既に依頼は完了しており、無駄足になったのだ。
先方の好意で僅かにだが謝礼は入ったが、二、三日泊まり込み覚悟の依頼を日帰りするのももったいないという気持ちもあり、俺は少しぶらつくことにした。
メルティのことは心配だが、瀬内の奴がついているなら安心も出来るし、ここ数年こういう風景をのんびり眺める機会なんてなかったから、悪くないと俺は一人納得させる。
「そういや、あの住職の嬢ちゃんは少し行った先に祭りがあるとか言ってたな」
元々の依頼主たる相手はまだ若そうな尼さんで、寺を田舎に身寄りのない子供なんかを預かる施設として開いていた。
今回の依頼はなんでも寺の保全やら何やらの人手として要請されたみたいだが、探偵事務所にそういうのを回すのは筋違いと……おっと話が逸れちまった。
とにかく、謝礼を渡すついでとそういう耳寄りな情報も貰った俺は有り難くそこへ向かうのである。
「しかし、こんな田舎でもあの宗教の名前を見ることになるなんてな」
寺の信仰は物教であった。
御仏の道とは違う教えを説く集団。
そこで思い出したのは一人の人物。
蓮が描かれたジャージを着た男───間計 トキ。
会った回数は数えるくらいだが、悪いやつではない。
むしろ、あの街ではマシとも言える存在である。
「関わりたくねえのは違いねえけどよ」
俺はそこでまた酒瓶を傾ける。
「あのぉ、すいませぇん」
声のする方向を見れば、全身をコートで包み、目深く被るハンチング帽と口を覆うマスク。 人相は見えないが声質からして男と推測。
まだ夏だというのに異常なほどに露出を許さない恰好はまさしく不審者である。
「……なんだ?」
俺は悟られないように得物へと指を伸ばしていく。
「いえいえぇ、ただ良ければお迎えの席に座っても? と思いましてぇ」
コイツを視線から外さないように少し辺りを見渡す。
「わざわざここに座る意味はねえだろ、こんだけ空いてるのによ」
俺の言葉を聞いて、ふむと考えるように顎に手を添える。
……ご丁寧に手袋も填めている。
「大した意味はございません、私も暇、貴方も暇……ならばお互いに有意義な時間にしたいと思っただけですぅ」
「そうか、なら他所へ行きな」
俺は奴を無視して、摘みで買ったスナックを口に放り込んだ。
「そうですかぁ、なら失礼しますぅ」
奴は堂々と目の前に座る。
真っ直ぐこっちへ向けてくる視線を感じながら、俺は酒へ手を伸ばす。
「貴方、ベネットさんですよね? トレジャーハンターの」
「だったら、どうした?」
顏は見えないが奴が笑っているのは分かった。
「いえいえぇ、同じく隠された秘密や謎へ興味を持つ者として他人事は思えなくてですねぇ! 私、こういうものでして」
そう取り出されたのは、一枚の名刺。
俺はその文字の羅列を読んだ。
【奇喜快怪愉鬱出版
なんとも嘘臭い名前である。
片手で受け取るのを拒否するも、如愚侘は特に気にした様子なく仕舞う
「別に詐欺など働く気もありませんので信じるかはどうかはお任せしますぅ」
ケラケラと喉を震わせている奴の眉間に鉛玉を撃ち込みたいが、俺は問いかけた。
「それでその出版社の人間がどうしてこんな田舎に来たんだ?」
「仕事ですよぉ、それもお金にはならないやつのぉ」
「……そのくせ、随分と楽しそうだな」
「ええ、まぁ、古い知人と会えるというのもありますが、楽しいイベントがあるのでぇ」
そうか、と適当に返して俺は会話を切る。
「あー、そういえば祭りもありますねぇ、この先にあるイエダ村には」
一人喋る如愚侘。
「まあ、祭りと言ってもおめでたいものではありませんしねぇ。 むしろ、殆どが自己満足の現れですしぃ」
「大抵の祭りってのは感謝とか祀るってことから来てるからな、地方なら多少血生臭いことあっても不思議じゃねえさ」
「流石、ならそういう伝統に関しても多少は理解はあると?」
変に食いついて来たが俺は自身の意見は述べておくことにした。
「理解というよりは、完全な否定はしねえよ。 俺は残されたもんで仮説や考察して、その遺物の価値なんかを見出したりするだけだ。 過去があるから今があるそれだけだ」
その答えを聞いて、納得したような気配。
「実に面白いですねぇ。 あの人が選んだのもわかる気がします」
「あ?」
「最後に、一つ。 祭りを見るなら止めませんが、五体満足で帰りたいなら早急に帰ることをお勧めします?」
「理由は?」
そこで視界が暗くなる。
どうやら、トンネルを通過しているらしい。
ものの数秒間暗転した後に、また陽が差し込むと……如愚侘は消えていた。
「…………」
俺は目を細めて、酒瓶のラベルを読んでから窓際のテーブルに置いた。
「やっぱり、安酒は駄目だな……うん、変な酔い方しちまう」
窓の景色を眺めながらそう呟いた。