電車が目的の駅に停車したのは夕暮れ時である。
空調が利いていた車内から出ると、熱気と湿気に襲われ、同時に目の前に和な田園風景と、蝉の大合唱に出迎えられる。
駅を見渡してみると俺以外に降りた乗客は、二、三人程でその中には先程の自称記者の姿は見られなかった。
「……」
俺は頭を振って、思考を切り替えて駅から出た。
近くには駐車スペースがあり、そこには三台の車が停まっているのが見える。
駅を境に道は三つに分かれているが、一方はアスファルトで舗装された道が続いており、自動車が二台は通れそうな幅もあり、最近出来たかのような綺麗なものだ。
もう一つが地元民が使うような田畑に挟まれた歩道が続いている。
そして、最後の道は明らかに荒れており、辛うじて残っているような道で奥は山へと消えていた。
流石に夕暮れ時から山へ登るような馬鹿な真似はしないので除外して、俺は行先を決めて足先は歩道へ向けて歩き出す。
田舎特有の空気を感じながら俺は散歩を兼ねて、この道を選んだのはあるが、あわよくば地元民から話を聞き出せるだろうという考えだ。
鼻唄に合わせながら俺は歩いた。 歩いた。……歩いた。 …………歩いた。
俺はもう鼻唄を唄うことを止めていた。
人間との出会いがなく、俺は引き返すことを決めようと思っていた頃。
道端に地蔵様が三尊並んでいた。
雨風を凌ぐために建てられているであろう屋根はその機能を果たしているのか分からないくらいボロボロである。
俺の目を引いたのはそれ以外にも、その屋根の隣にある高さ四メートルほどありそうな樹木は黄色い花を咲かせていた。
何より問題なのはその下で木に寄りかかるように眠りこけている男がいることなのだ。
呑気な鼾が聞こえるのが妙にイライラさを加速させる。
日除け用の帽子や、汚れた腕カバーなんかの恰好に傍らに立て掛けられていた桑を見るに、この男は農作業をした後なのだろう。
しかし、通りすがりの俺が怒るのも変な話ではあるが……。
「おい、もう陽が沈むぞ。 起きろ」
肩を揺らして、声を掛ける。
気付けば俺は起こしていた。
「あ……あと五分」
定番の台詞を吐いた男。
「ちっ」
舌打ちして、男から離れる。 夏の暑さも手伝ってから、一瞬殺意が沸き上がってしまう。
ほって置いてもいいだろうが……このままだと何かあった時に俺の夢見も悪い。
「一発くらいは叩いてもいいか」
そう呟いた時だ。
頭上から殺気。
ほんの一瞬ではあったが長年染みついた経験が、身体を無意識に動かした。
横に跳んだ俺は真横から重い音が落ちるのを聞いた。
それは巨大な直刀……それが垂直に落下して、地面に深々しく突き刺さっている。
上へとゆっくり視線を向けると、そこには誰も、何もなく、夕暮れに染まる空を見ながら、背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。
俺の後ろから物音が聞こえ、そちらを見れば、欠伸と伸びをしている男の姿が映る。
「あー、起こしてくれたのアンタか?」
ボリボリと頬を掻いて、その問い掛けてきた男に適当に返事しつつ、俺は警戒してた。
「なあ、この地域じゃ雨の代わりに刃物でも降るのか?」
「さあな、どうせ降るなら金であってほしいものだが、何故だ?」
気だる気に立ち上がる男の気配。
「ああ、実はさっき───」
俺の視線は突き刺さっていた直刀に向けられていた、が。
消えていた。
跡形もなく、その痕跡も見られなかった。
「どうした、何か落ちているのか?」
俺の肩から覗き込むように男が俺の視線を追う。
「いや、何でもねえ」
俺はそれから逸らすように、男を見る。
「ワイの名前は……キノエだ。 起こしてくれ助かった」
左手を差し出しながら、そういう奴の顔と手を交互に見る。
一人称でワイというので、一瞬変な顔になったかもしれないが、そのまま流すように握手に応じた。
「俺はベネットだ」
「そうか、部熱湯さんか! よろしくな。 しかし、こんな田舎になんか用事でもあるのか?」
名前のイントネーションに違和感を覚えつつも、俺は質問に答える。
「ちょっとした観光でな、そういやここら辺で民宿とか宿泊施設はあるか?」
そこでキノエが何か考え込んだような表情をして、口を開いた。
「……悪いがこの近くにはないな、あるなら電車で駅一つ跨いだ所とかにはあったはずだ」
「そ、そうか……じゃあ、駅まで戻ることにするぜ」
「おいおい、もしかして知らないのか?」
何が? という前に答えはわかっている自分がいた。
「多分もう今日電車は来ないぜ」
「……」
「それにもうじき暗くなるしな、良かったら家に来るか?」
「い、いいのか?」
キノエが自身の胸をポンッと叩いて笑ってみせた。
「起こしてもらわなきゃ、散々な目に合っていただろうしな、これくらいお安い御用さ」
田舎の温かさを感じる瞬間でもある。
「ま、まあ、こういっちゃなんだが、口裏を合わせてくれると助かる」
その言葉でなんだか察しは付いた。
「カミさんにドヤされるのか?」
「いやぁ、そういうんじゃないが、まあ取りあえず頼んだぞ。 それじゃあ、帰り支度するから待っててくれ」
そう言ってキノエは近くの田畑に歩いて行った。
「一時はどうなるかと思ったが、一件落着ってところか?」
俺はひとまず近くの地蔵に手を合わせることにした。
これも何かのお導きかもしれないとな。
目を閉じていると、蝉の音が嫌に響いた。