ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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ファイル1‐11

 夏の日差しはどこに行っても変わらない。

 そのことを私は改めて実感した。

 街と変わったのはビルやコンクリートジャングルから豊かな田園風景になったということと、人々や文明から生まれる喧騒はなく、遠くで鳴く蝉や上空を飛ぶ鳥の囀りである。

 既にそこそこ……小一時間は歩いているが中々に変わらない風景に嫌気がしてきたのは恐らく私のせいではないと思いたい。

 動きやすい服装ということでそれなりの軽装で来たわけだが、今ではわずかながそれを主張するように露出した肌から汗が浮き上がっては流れ落ちていくのがわかる。

 ゴロゴロと荷の入ったキャリーケースを運ぶもその足取りが徐々に重くなり、息も切れてきた。

 歪む視界は焼けたアスファルトと重なり、蜃気楼となっていく。

 歩道を進む中でぼんやりと言葉が浮かんだ。

「ナニ……やっているんだろう、か……わたしは」

 乾いて絡まる舌が

 徐々に足元がおぼつかずに、ふらつく。

 道路を挟んで対岸の歩道に人の気配。

 足音から察するにランニングでもしてるであろう人物を三人ほど確認。

 気のせいか、一名の足音が消失。

 それを気にせずに歩いていると、脳が揺れるような吐き気が襲い、思わず口を押さえる。

 寒気と共に嫌な汗が額から噴き出し、膝を付く。

 キャリーバックが倒れる音と、私が倒れ込んだの同時だったかもしれない。

 その正確な判定をするだけの余裕を残されていなかった。

 高熱のアスファルトが頬を焼いていく感覚と、閉ざされながらも相も変わらず肌を照らしているのはわかり、意識が遠のいていくのがわかる。

 どこかで私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 そんなわけないのに……。

 

 

 

 

 

 

▼△▼

 

 

 鬱蒼とした木々が立ち並ぶ森の中を歩くにはあまりには不釣り合いのスーツ姿が歩いていた。

 特に気にした様子も迷う気配もなく、するすると歩みを進め、まるで己の庭と言わんばかりと、軽い足取りが草木に覆われた地を踏みしめ、足跡を残していく。

 一見鼻唄でも奏でそうな勢いの歩みではあるが、それとは裏腹に男の表情に余裕は見られない。

 進むごとに額に汗が浮かんでいく、スーツ姿であの炎天下を涼し気に立っていた男とは同一人物とは思えない差であった。

 身体的から来るものではなく、精神的にくる発汗であり、自然と緊迫とした空気が漂い出す。

 男は傾斜を上り始めた時に、足元に違和感を感じた。

 乾いた何かを踏み砕くような音。

 視線の端には白い破片が散乱していた。

 それは形状からして骨ということを推測。 それも人骨で、細かく言うならば足の骨である。

「……ふっ」

 男は鼻で笑っていた。

 その中に少しばかりの安堵感すら感じられる不気味な笑みである。

 そのまましばらく傾斜を上ると、開けた場所に出た。 

 更に少し進めば、二本の大木が見え、その間に一本の注連縄が渡されており、その先をにはまだ道が続いているようである。

 だが、男の視線は違う場所に向けられており、その歩みもそちらへ向かう。

 開けた場所の端で申し訳ない程度に建てられた祠であり、雨露を凌ぐ屋根はあるも随分と昔のようで既にボロボロで辛うじてその役割を果たしているようであった。

 その祠も手入れをする者がいないのか、荒れているようで、閉ざされている戸に申し訳ない程度に札が数枚貼られているだけであったが何故か神秘性を帯びているように思えた。

 男はその前まで近づくと、作法通りの挨拶を行い、礼を終えるとそのまま右手を祠に近づけるもバチンと激しい音が辺りに響き渡る。

 見れば、アイザックの右手は大きく仰け反り、触れようとしていた人差し指の爪は弾け飛び、中指に至っては肉ごと削ぎ落ちていた。

 傷口を観察して、一つ深い息を吐いた。その瞬間───アイザックの右手は鋭い貫手となって祠を急襲。

 衝撃音と火花が散るような音が響き、水音が撒き散らされ、辺りに赤い花弁が咲き誇る。

 触れる寸前の所で、右手は何かに阻まれており、その防壁がアイザックの肉と血と骨を削っていた。

 だが、確実に勢いは弱まっていき、形を失いながら右手は距離を詰めていく。

 そうして、それは零になり、脂汗を浮かべた男の顔に笑みが刻まれた。

 祠に貼られた札に右手の傷口が触れ、それを滑らせると赤い線が走り抜け、元の文字が塗りつぶされていく。

 それが三枚目の札に差し掛かった頃、右手に掛かっていた負荷が消えた。

 倒れ込むように祠にもたれ掛かり、腐った木が折れる音と屋根が崩壊するのは同時である。

 辛うじて、身体を反らしてその崩壊に埋もれるのは防ぎ、左手で身体を支え、跳ぶことで体勢を戻した。

 次に映り込んできたのは、腐った木材による廃材の芸術品が生まれた瞬間でそこには神秘性の欠片も残ってはいるはずもない。

 少しだけがバツが悪そうに左手でポリポリと頬を掻くも、ついでとばかりに右手に視線を落とせば、親指を除いた指は欠損しており、グチャグチャとなった断面からは脈拍に合わせて鮮血が噴き出しているのが見えた。

「……唾でも付けば治るだろう」と明らかな現実逃避に近い言動を呟くと、懐からハンカチで傷口を覆って結ぶ。

 処置を終えると、元々祠があった場所に腰を落とし、アイザックは何かを探す。

 木材を退かしながら、男の口から音色が漏れた。 

 どこかの民謡のようで独特なリズムであり、どこか落ち着くことが出来るものである。

 しかし、それも不意に止んだ。

 廃材を退かし終えたそこには石造りの板があり、それが蓋であるということは察せられ、両手を隙間に挟めようとするも右手の負傷を思い出し、何を思ったのかハンカチを邪魔だと言わんばかりに無造作に外す。

 それは奇妙な光景であり、所謂奇術に近く、見る者が見れば奇蹟と云うのだろう。

 消失したはずの右手の指は──あった。 まるで何もなかったかのように存在し、彼はそれを当然のように使用し、当の本人は気にした様子もなく作業を続けている。

 そうして、退かされた蓋の中を見てみれば、厳重に封がされた長方形の桐箱が姿を見せた。

 アイザックはそれを丁寧に取り出すと、左脇に抱えて立ち上がる。

 その表情はどこか満足気でもあり、その場から離れ、次なる目的地へ向かう。

 その為には大木の間を通らなくてはならないでようで、一度その前で立ち止まり、息を吐いた。

 彼の中でまた一つ覚悟が決まったようで、歩み出した一歩は力強いものであった。

 だが、宙に渡された注連縄を潜ると、空気が一変。

 辺りの気配は粘り気のあるものに、自然の中で感じられた爽やかな空気は獣臭さを纏う臭気に変貌した。

 僅かにアイザックは咳き込むもすぐに呼吸を整える。

「だから、嫌いなんだよ、ここは」

 しかし、言葉とは裏腹に彼の口角は持ちあがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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