ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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ファイル番外:事務所

 コンクリートジャングルが広がる街中の昼下がりで古びたマンション、コーポ『たそがれ』。

 その一室で我らが私立探偵、御景は口元に咥えた砂糖菓子を前歯で削りながら、事務机に頬杖を付いて前方を眺めていた。

 その前の応接机に広げた用紙に齧りつくように何かを書き込んでは消している少女の姿が映り込み、傍にある応接用のソファーには中年の男が腰を落ち着けて雑誌を読んでいる……ように見せかけているが、その視線は少女を案じるようにチラチラと向けられてり、少女の筆が進む度に、小さくガッツポーズを決めているのは何ともシュールで、何なら雑誌も逆さまになっている。

 呆れつつ、御景は視線を別に向けた。

 型落ちの薄型テレビに繋がれているのは、年代物の機器であり、それから伸びたケーブルの先にある端末は二人の男女が握っている。

 画面には横長の広場を移動や攻撃を駆使し、縦横無尽に動き回るゴリラと、ミサイルやビームを撃つ強化スーツを着用している女が戦っていた。

 勝敗は相手を場外に出すか、落とすなりすればいいらしい。

 単純ながら、だからこそ接戦しているようで、本来は子供向けのはずのゲームで近年では大人も対象になりつつあるとか……。

「あははは! 今回も私の勝ちだな!」

「ほざけ、ソーゴー的には俺の勝ちだっての!」

 それを証明するように遊んでいる二人がいたからだ。

 

「先生、珈琲入りましたよ」

 視線を横にずらしてみると、その声の主、ジョッシュが持つ盆の上からカップを一つ差し出す。

「ああ、ありがとう」

 受け取る前に齧っていたココアシガレットを急いで噛み砕き、早速とばかりに珈琲を流し込む。

「そんなに慌てて飲まなくてもいいんじゃないですか?」

 その問いに御景は意外そうに返した。

「なんだ知らないのかジョッシュ、珈琲とココアシガレットを同時に口内に入れると爆発するんだぞ」

「はいはい、そうですねー。 じゃあ、先生の胃は何度爆発しているんですかね」

「そりゃあもう数えきれないくらいにはしてるな」

「……最近暇だからって脳細胞が死滅でもしてるんですかね」

 盆を事務机に置いて、近場の椅子を引いて座る彼に御景は問いかける。

「なあ、どっちが勝つと思う?」

 一瞬、首を傾げたがすぐに意図を理解したのか、何がです? という返しはなかった。

「選択キャラと、ソフトの世代が初期ということから、獣月さんと思いますけど……残機的に余裕っていうのと最近は真田さんも中々上手くなってきてると思いますし正直六分四分かな、と」

「そうか……ワイは真田が有利と思う」

 そう言いきった理由を聞こうとして、ジョッシュは言葉を止める。

 仮にも自分は探偵助手という立場……これは先生から与えられた試験なのでは? とそう行きついたのだった。

 顎に手を当てて思考に耽るジョッシュを他所に御景はまた珈琲を啜り、机の紙箱から砂糖菓子を一本咥えた。

「さぁて、そろそろかね」

 その呟きと共に試合に動きがあった。

 拮抗と思われた展開は強化スーツの女が溜め射撃がゴリラを撃ち抜いたことでその残機差を縮めたのである。

「所詮、テメェはモンキーなんだよミヤビぃ!」

 フッ飛ばした余韻を浸ることなく、再びチャージを始める獣月。

「ぐっ、確かに溜めパンチが避けられたのも、あとやられたのも痛いな」

 上空から降りて、点滅している無敵状態の間に腕を高速回転させるゴリラ。

「だが、数的有利には変わりない。 王道的な逆転劇は無いと断言させてもらうぞ!」

 ここで初めて御景は真田=ゴリラ、獣月=強化スーツ女だと知ることになる。

 顔には出さないようにしているが、思わず力が入ったようで、パキンと軽い音を立てて、ココアシガレットが割れた。

「ほう……」

 意味深な言葉と共に、手で口元を覆う御景を見て、皆はどう思うだろうか?

 少なくとも隣の助手には、ただ事には聞こえなかった。

 先程の真田のセリフと、彼が断言しきった根拠。

 そこにはどんな答えがあるのか……ジョッシュは再び思考を巡らせる。

 それを遮るように獣月は叫ぶ。

「そんなキャラでなぁ、勝てるわきゃねぇだろ!」

 猛攻に相応しく、攻撃を確実に当ててダメージを蓄積させてゴリラをフッ飛ばしていた。

「まだまだぁ!」

 だが、真田も負けじと技を駆使して、復帰してはカウンターで攻撃を当てていく。

 気付けば、御景は真田が復帰成功する度に、声が漏れそうになったのを苦く熱い珈琲で流し込む。

 対してジョッシュはあれでもない、これでもないという根拠の手掛かりを画面内や操作する様子から探そうとしていた。

 一見くだらない遊戯は蓋を開けてみれば、もう一つの闘いを生んでいたのだ。

 そうこうして戦いは佳境となり、獣月は残機──1、真田は残機──2と真田有利のまま進んだ。

 一進一退の攻防が続き、コントローラーを握る二人にも疲れが見え始めている。

 先程からはお互いにチャージ完了を示す光の点滅をしているが、牽制ばかりで放つ素振りはない。

 それはそうだろう、それを外せばやられるという他ならない。

 次動きを止めれば、射程圏内に入れば─────そう外野は考えるも当人たちは単純なものである。

 ただ勝ちたい────それだけなのだから。

「いい加減落ちろよぉ!」

 遂に痺れを切らしたのは獣月だった。

 放たれたビームキャノンはゴリラを捉えていた。

 普通ならそこで避けることを考えるだろう、だが真田は違う。

 逆に近づいた!

「な、なにぃ!?」

 直撃すればほぼ死ぬのが分かっているはずだ。

 それを何故……その答えはすぐに分かった。

 当たる直前にゴリラの周りに球体が包み込む。

 球体は限りなく小さくなるも、ゴリラは健在。

「あ、そっか、シールドかぁ~」

 呑気に呟いた獣月は自身が操作するキャラクターの眼前に迫るゴリラを見ていた。

 否、見ているしかなかったのだ。

 動かないのではなく、動けない。

 撃った直後の硬直時間を利用した見事なカウンターである。

 次の瞬間にはゴリラのストレートで場外に叩きだされる姿が映るだろうと、獣月だけでなく、外野もそう思っていた。

 だが、そうはならなかったのだ。

「私は思う」

 話しながら、操作する真田。

「拳というものは固めてばかりでは相手と分かり合えないと」

 その横顔は対戦者へ向けた敬意に溢れていた。

「だからこそ、人と分かり合うためにはまずその拳を開くことから始めるべきであると」

 その横顔に悪意など微塵もなかった。

「しかし。これは戦いだ勝敗を付けなけば終わることはない」

 真田は操作を終えて、コントローラーを手放した。

 そこにはゴリラが、獣月のキャラクターを持ち上げたまま、ステージ外から共に落ちていく映像が流れている。

「あ、あれは”黒い手”」

「し、知っているんですか先生!?」

「自身にかなりのダメージが溜まっている時や、相手の残機が残り1の時に、無理矢理有利な状況もしくは勝利へ持ち込むという禁じ手! まさか、会得しているとは……」

「そ、そうか、だから先生は真田さんが有利と言っていたんですね!」

「お、そうだな」

 液晶画面の向こうでは真田が使っていたゴリラがアップになって勝利を喜んでいる映像が流れていた。

「ふう、これが王道的な勝利というものか! あはははははは!!」

「いやぁ、お前余計にタチ悪ィぞ?」

 満足気な真田と、遠い目をしていた獣月の言葉が届いていたのか分からない。

「テメェら、さっきからうるせぇぞ! メルティが勉強に集中出来ねえだろうが!!」

 これ以降、事務所で対戦ゲームは控えられるようになったとか、なっていないとか

 

 

 時刻は過ぎて夕陽が差し込みだした頃。

「あ、そういえば先生! さっき郵便受け覗いたらハガキが届いてましたよ」

 手渡されたそれを見て、探偵は軽く身支度を済ませる。

「……ワイは今から出かけてくるから、お前も作業が一段落着いたら帰っていいぞ」

「また、ココアシガレットですか? それでしたら俺待っておきましょうか?」

 助手の気遣いに片手で制す。

「いや、今回のは少し遅めになりそうでな、ベネットとかにも連絡はしておくからいいぞ」

「はぁ……わかりました。 鍵はいつもの所に置いておけばいいですか?」

「ああ、頼む。 それじゃあ、お疲れ様。 そして、いってきますよっと」

 古びて嫌な金属音を立てる扉の開閉音に遮られて、ジョッシュの返事が聞こえたかどうかはともかくこれが事務所での日常でもある。

 

「挨拶は大事だよなぁ」

 薄暗くなった道を歩きながら、探偵は呟いた。

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