ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿   作:ミ景

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ファイル番外:とある警官2

 俺は隣に立つ奇妙な男……アイザック=スタンスターンなる人物に思考を巡らせた。

 この人物こそが上司の言っていた相手なのかと。

 上手くストローで呑み切れなかったタピオカをどう処置しようか悩んでいるこの人物に対して失礼のないようにと釘を刺してきたのか……顔に出さないように徹する。

 そんな俺の視線に気づいたのか、アイザックは透明のカップを雲の隙間から洩れる月明かりに翳しながら話し出した。

「そんなに喉が渇いているならいります?」

「結構です」

 俺の即答を気にした様子はなく、続ける。

「こんな時間にパトロールとはお巡りさんも大変ですねぇ」

「……仕事ですので」

 少なくとも嘘ではない。

 上司からの命令である以上は、これも仕事ではあるのだ。

「あー、もういいか」

 そう言うとアイザックは透明のカップから視線を下す。

 俺の疑問符が脳で一往復する、一呼吸、瞬きの暗闇と同時に動く気配。

 気付けば、静止しているはずの落書きの六つの目たちがこちらを見据えるような錯覚と共に、こちらを覗き込んでいた。

 白い肌のように覆う包帯の向こうにあるはずの瞳がこちらを射殺さんとする威圧感が背筋を突き刺す。

「こちらも無駄な時間を取るつもりはありません。 要点だけを話すから、よく覚えておくように」

 それらの言葉はあくまで児童に語り掛けるように思えた。

 

 

 

【先に手を出したのは貴方たちだ。 我々は対価を刈り取る。 再調整を終えるまでは続く】

 

 

 正直、それが正確な言葉かは自信はない。

 しかし、先の文面は妙に頭にこびり付いた。

「長く抽象的で意味不明な元々のメッセージよりは幾分か噛み砕いたが、大丈夫かね?」

 威圧感を消してそう聞いて来た彼が先程と同一人物なのか疑わしく思えたが、俺は首を縦に振るうしか出来なかった。

「某もこんなのは電子メールなり、文通でもいいと思うんだがね、何せ教祖、さ・ま! やらの意向でね」

 肩を竦めてやれやれとジェスチャーするアイザック。

 少し落ち着いて来た俺は、言葉を絞り出す。

「貴方は何者なん……ですか?」

「先程も言ったが、アイザック=スタンスターンだ。 挨拶の大切さを語り、愛殺によって相殺(あいさつ)を行う全うな者だ」

「……」

 やはり、変質者には違いない。

「まあ、付け加えるなら教団の正当な想いを継ぐ右手の薬指の使徒だ」

「使徒?」

 聞き慣れない単語に思わずオウム返しになる。

「そう、夜母様に仕える使徒! その指先の使徒、もとい【指徒】として我らは活動しているのだ! そう全ては夜母様の為、ここ重要!」

 なんというか、触れてはいけないのだとは理解した。

「な、なるほど……それじゃあ、その夜母様の為にもこれからも挨拶を頑張ってください」

 そそくさとその場を後にしようとした瞬間に首に衝撃。

 ぐぇっ、と情けない声が漏れたのは後ろから襟首を掴まれたせいである。

「まあまあまあまあ、そう急がなくともいいではないですか、夜道は危険だ、送りますよ。 ついでに挨拶の大切さと夜母様についてもお話したいですし」

 とんでもない提案に俺の中で警報が鳴り響く。

「いえいえ、そんな大層なお方の時間を割くわけにもいきませんし、これからの仕事も残っていますし……」

「随分と真面目ですね。 いやぁ、真面目過ぎませんか? うちの連中にも見習わせたいものだ」

 襟首の圧迫感が消える。

「まあ、冗談はともかく帰るにしても色々と危険ですし、貴方を安全に返すのも某の仕事なんですよ」

「……え?」

「いやぁ、本来なら某じゃなく違う者が担当だったんですが、他に手が空いてないらしく、某が急遽呼ばれた次第で───まったくこれもかれも腐れ教祖とクチモトのせいだ」

 ぼそぼそと後半は何を言っているかわからないが、どうやら訳アリのようだ。

「危険って具体的には何が?」

 治安が良いとは言いきれないにしても、こうも物騒な言い方をされれば気になる。

「うーむ、例えるなら生きた災害、というかそれらを殺す者か」

 余計に混乱を招く返答にへの反応に困っている次の瞬間俺の世界が動いた。

 正確には俺が動いているということ、その原因が俺を投げ飛ばした姿勢で映るアイザックであると理解した。

 暴言を吐こうとした時、俺の目の前に赤の壁が現れる。

 アイザックが赤の暴風の中で黒い影になり、俺はそのまま熱風の勢いで後方へ吹き飛ばされた。

 アイザックがいた、正確には俺たちがいた場所を吹き抜けたのは赤い炎。

 吹き荒れたと思った時には、消失し、熱波が過ぎ去った夜の街が現れる。

 俺は放射される熱気に耐えた。

 放射の瞬間に口を開いていれば、気管から肺まで焼かれていたところだろう。

 アスファルトの大地ではまだ燃え盛る炎が赤い小鬼となって踊っていた。

 高熱の為、アスファルトの一部は黒いタール状になり、黒い海へと変貌し、人体が燃えて炭化した臭いと油臭が混ざったもので咽かえるように溢れ、残り火と月光が照らす世界には、陽炎が揺らめいていた。

 そんな揺らめく世界で響くのは、金属がアスファルトを叩く規則音。

 発生源は金属が踏み鳴らす歩行音。

 夜の陽炎から現れたのは、鮮やかな朱塗りの甲冑。

 全身を包む甲冑から見て、男にしては小柄である。

 ただ、異常に映るのはその肩に担いでいる物体で、柄から先端になるに連れて鋭く細長い円錐状となり、恐らく俺の身の丈を軽く超えるそれは本来ならば騎乗して扱うような巨槍であった。

 目の前に広がる世界はまさに創作物のような異質さで、吹き飛ばされた衝撃や、放たれている熱波が無ければきっと夢と思えるものである。

 むしろ、そうあってほしいと願っていた。

 俺の願いは虚しく甲冑の人物は語る。

「素敵な夜の炎は、楽しんでくれたかな?」

 そいつは、本当に楽しそうに語り掛けていた。

 

 

 

 

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