正史ではありませんので、ご注意を。
校内探索が終了し、私たちは最初にいた1階の教室に再び集まることにした。
……えっ、屋上?
もちろん行かなかった。
なぜ、あの馬がいるとわかっている場所に、好きこのんで向かわなければならないのか――
私、アカリちゃん、シロちゃん。その三人のAIは、それぞれ適当な席に着席する。
唯一席に座らず、教壇の上に立って担任教面しているばあちゃるさんは、いつものように「はーいはいはいはい」と身体を揺らして声を張った。
「ではですね、今日はここいらで解散としますかね。はいはいはいはい」
「えっ? 入学式はやらないんですか?」
首を傾げてアカリちゃんは聞いた。
「はいはいはいはい。いやぁばあちゃる君もね、やりたいんですけどね。残念ながらまだ三人しかいない現状では難しいですからね。はいはいはいはい。学校の行事とかはね、ある程度の人が集まってからじゃないとできませんからね。はいはいはいはい」
「そうですか、残念。アカリ、学校っぽさを体験したかったんだけどなぁ」
ガックリと、アカリちゃんは項垂れた。
「はーいはいはいはい。あくまで『現時点では』という話ですからね。学園が賑わうまでの暫くの期間は、みなさんがご期待しているような『学校らしさ』はきっと提供できないと思いますが……はいはいはい。そこんとこはね、ご理解していただけたらとね思いますね」
「「「はーい」」」
「はいはいはいはい! ありがとうございますねー」
そればかりはどうしようもない事だ。私たちは不満を顔をせずに納得した。
ばあちゃるさんはフーと息を吐き出した。
そして多少の間を置いてから、
「はーいはいはいはい! ではみなさん、『お約束のやつ』いきますからねー。
起立! 気を付け! 礼!
――さようなら! はいはいはいはい!」
「「「さよならー」」」
と、そんな感じに。
とても学生らしい締め方で、私たちは解散した。
☆
「――あの、すみません。アイさん、ミライアカリさん」
ちょうど玄関の昇降口をくぐっていて外に出たとき、シロちゃんは若干おどおどしながら私たちにそう話しかけた。
私は笑顔で聞き返す。
「どうしたの? シロちゃん」
「その……もしご時間があれば、少しお茶でもいかがでしょうか?」
「お茶? 私はいいけど」
まさかシロちゃんが自ら率先してお茶のお誘いをするとは、ちょっと意外だった。
内向的な印象が強かったので、そういうお誘いは自分からはせず、しかし誘われたなら受けるタイプだと見ていたのだが。
シロちゃんの提案に、アカリちゃんも乗り気だった。
「いいね! じゃ、いつもアイちゃんと行っている喫茶店はどうかな?」
「うんいいね。そうしようか」
例のス○バはすでに何度も駄弁り場として活用していたこともあり、そこが一番『安定』の駄弁り場だという共通認識が私たちにはあった。
ふたりで目を合わせて、決定した気分になって頷き合う私たち。
そしてそんな私とアカリちゃんの姿を見て、シロちゃんは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい。シロ、行きたい場所がありまして……ごめんなさい」
「ううん、謝らなくても大丈夫だよ! むしろごめんね。勝手に決定っぽい雰囲気を出しちゃって!」
「いえ、ミライアカリさんが謝ることなんてなにも!」
「いやいや。そんなことはないよ」
「いえいえいえ。そんなことありません」
「いやいやいやいや――!」
と、そんな謝罪合戦と言うべきやり取りは『いや』が10回目に到達するほど続いた。
謝っていたはずが、まるで互いにふざけあっているような図になっている。それがとても面白かったのか、シロちゃんは頬を緩ませた。
「――キュイ」
そして笑顔が浮かび上がったと同時に、そんな耳に刺さるような高音が鳴り響いた。
いきなりの音波に、アカリちゃんは吃驚していた。
「い、今の音は」
「ご、ごめんなさい! ふたりでヘコヘコ謝っているのが、なんかおかしくって……。シロ、思わず笑っちゃって」
シロちゃんは薄い紅色を頬に浮かべた。
「へー、今の笑い声だったんだ! なんかかわいいね!」
「か、かわいい、ですか?」
「うん。なんかこう、海の生き物みたいで!」
「海の生き物……?」
「具体例を出すなら……イルカみたいな?」
「う、うーん? まあ、ありがとうございます」
複雑な表情で、渋々ながらもお礼を言ったシロちゃん。笑い声をイルカに例えられた事には、微妙に納得していないようだ。
「……遊んでないで、早く行こうよー」
ふたりきりで楽しげな会話をしていることがちょっと不満だった私は、子供っぽく頬を膨らませた。
「ごめんごめん。じゃ、行こうか」
「はい。ここから近い場所にあるので、シロに付いていってください」
「ちなみにシロちゃんはどこに行きたいの?」
何気ない感じに私は尋ねた。
「えっと、『学校帰りっぽい場所』、と言いますか。アイさんは、一度訪れたことがあるんですけど……」
「……?」
「まあ、すぐに着きますので。はい」
ちらりと一瞬アカリちゃんに視線を向けて、シロちゃんは覚束ない足取りで先陣を切った。
互いに目を見合わせて、私とアカリちゃん首を傾げる。どんな場所に連れていかれるのか気になるが、とりあえず私たちはシロちゃんの後を付いていくことにした。
☆
「いらっしゃいませー」
ピロンピロンという入店音と同時に、店員のそんな声が聞こえてきた。
以前にここを訪れたのは、三ヶ月前だったか。特に買い物の用もなかったので、あれっきり、ここに足を運ぶことはなかった。
「おー、コンビニ! こんな場所にあるとか珍しいね!」
アカリちゃんは以前の私と同じように、ウヒョーと目を輝かせた。軽やかな足取りで、店内を歩き回っている。
なるほど。
確かにコンビニは、学校帰りの寄り道のシミュレーションとして実に適している場所だ。学園モノの電子書籍でも、高校生が学校帰りにコンビニで買い食いする場面はよく見る。
まさに学校帰りっぽい場所である。
「さすが私のシロちゃん。ナイス采配」
お姉さんムーブを醸し出す私は、シロちゃんを褒めるため彼女の頭の方へと手を伸ばした。
だが、頭を撫で撫でするはずの私の手は、スカッと宙を切った。
……あれ? さっきまで、私の隣にいたはずなのに。
「のじゃさーん! 会いたかったのじゃー」
「しっ、ししししシロさん!?」
いつの間にかシロちゃんは、床の掃き掃除をしている狐娘の店員さんのほうへと全力突進していた。さながら獲物を発見した肉食獣のように、喜々とした笑顔を浮かべて。
逃げようと、踵を返す狐娘の店員さん。
逃さんと、シロちゃんはそんな店員さんを全身を使って拘束した。
「ギャァァ!! はは、離れ――!」
「えへへ。やっぱのじゃロリさんが一番かわいい……」
顔を真っ赤に染める店員さんは、シロちゃんの胸の中から逸早く離れようと必死に抵抗している。だがしかし、幼い容姿の店員には力もそれ相応にしか出せず、抵抗は儚く終わった。
「や、やめてシロさん! 身体を押し付けないで! 疼いちゃうから! わらわの中のおっさんが疼いちゃうから……っ!」
困惑ゆえか、店員さんは意味不明な台詞を叫び散らしていた。そんな店員さんに構わず、シロちゃんは一層強くギュと抱擁した。なぜか、生物の捕食現場を見ている気分になった。
「……えっと、これはいったいどういう状況?」
「あっ、ミライアカリさん」
店内を見回っていたアカリちゃんは、店員さんの悲鳴を聞いてビックリした様子で駆けつけた。
ニッコリとした笑顔を浮かべるシロちゃん。
「いま、のじゃロリさんからモフモフ成分を摂取している最中なんです!」
「モフモフ成分?」
「はい。摂取すると脳内にセロトニンが分泌されます。とても幸せな心地になれるんですよー」
「へー、そうなんだ! じゃあせっかくだし、アカリも幸せになっちゃおうかな!」
「ちょっ!?」
そしてアカリちゃんの悪ノリにより、店員さんはさらなる災難に見舞われる事となった。
いや、災難ではなくご褒美だろうか――なぜって、アカリちゃんの豊満なアレが、店員さんの頭にずっしりと乗っているからである。
アカリちゃんの悪ふざけは、まだまだ続いた。
「ほんとにモフモフしてる! あー気持ちいいー」
「は、はははははなれ……っ!」
「ていうか君、女の子なのに声が低いんだね。なんというか、女性経験のない男の人って感じの声で……うん、初々しくてとてもかわいいと思うよ!」
「か、かわいい?」
「ふふっ。お兄さん。こういうとこ、始めて?」
「えっ、いや、その……は、はい」
いかん、これはいかん。
アカリちゃんの豊満なボディと艷やかな声色が相乗して、見ているこちらまでもエロスな気分になってくる。
目を瞑って声だけ聞けば、完全にアレなお店だ。
なんて羨ま――じゃなくて、危険な状況だ。
「ゴホンゴホン! お、お嬢様がた!? 淑女たるもの、もっと慎みのある行動を心がけるべきではなくて!?」
「「あ、アイちゃん(さん)?」」
「いいから! ほらほら!」
このけしからん状況を逸早く打破するため、私は半ば強引にふたりを引き離した。
よほどモフモフが心地良かったのだろう。ふたりは「あー……」と残念そうな声を上げた。
「助かった……。のじゃ」
解放された店員さんは、ホッと溜息を吐いていた。
だがそうして安息している反面、店員さんはちょっぴり残念そうに顔を沈ませていた。
「ありがとうございました。お客さま」
「いえいえ。どういたしまして」
社交的な笑顔を浮かべて、私は当たり障りなくそう返した。
「そうだ。せめてものお礼なのですが、電脳コーヒーはいかがでしょうか? もちろんサービスですから安心ください、のじゃ」
「いいんですか? では貰います」
「のじゃさーん。シロのもおねがーい」
「はーい、アカリのもー」
「……お二人はもちろん、代金とりますからね?」
「「はーい」」
わちゃわちゃと騒いでいた先程がまるで嘘だったかのような切り替え。
そんな感じに、私達の初めての放課後ティータイムはようやく開幕したのである。
私達は、イートインスペースの四人席に座った。
店員さんが珈琲を淹れるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
「あ、そういえばふたりに、聞きたいことがあるんだけどさ」
無言の時間を作らず、先陣してアカリちゃんは会話の切り口を作った。
私とシロちゃんは、ふたり同時に首を傾げた。
「なに? アカリちゃん」
「教室に入ってすぐに、ふたりだけ職員室に連行されていたでしょ。あれ、何だったの?」
「あー。そういやアカリちゃんには話してなかったっけ。簡単に説明するとね――」
シロちゃんの顔色を伺いながら、念のため伏せるべき話だけ避けて、アカリちゃんに一連の出来事の説明した。
全てを聞いたアカリちゃんは、特に話の追求をすることもなく「へー」と呟いた。
「アカリの知らないところで、そんな事件が起きていたとはね……。もうシロちゃんったら、お姉さんにご迷惑かけちゃダメよ?」
「いやもうほんと、シロ猛省です。
……切腹も辞さない覚悟」
「死ぬのはもっと駄目だよ!?」
「ふふっ、うそです」
打てば響くようなアカリちゃんの反応が面白かったのか、シロちゃんは柔らかく微笑んだ。
その屈託のない笑顔を見るかぎり、彼女の警戒心はもうすでにかなり薄れているようだった。
さすがはアカリちゃんの人当たりの良さと言ったところか。ずっとニコニコと笑顔を浮かべて面白い相槌を打ってくれるから喋っていて心地良いのだ。あのコミュニケーション能力の高さは、私もぜひ見習いたかった。
気まずい時間が生まれることなく、談笑は一秒も途切れずに続いていった。
意外にも共通の話題に困ることもなかった。どうやらふたりともゲームやアニメが趣味らしく、その手の話題のおかげで場の雰囲気は充分に暖かくなった。
「お待たせいたしましたー、のじゃ」
と、良い感じに雑談が盛り上がってきたそのとき、店員さんはコーヒーカップを私達の目の前にコツンと置いた。
珈琲の湯気がゆるやかに立ち上る。珈琲特有の芳醇な香りが、嗅覚機能を穏やかに刺激する――ような気がした。
ぶっちゃけ匂いや味とかはよくわからなかった。
まあAIだからね。そこのところは仕方がない。
とはいえ嗜好品としての用途では愉しめないからといっても、一口も飲まないのは店員さんに失礼だ。
ほんの少しだけ私はコーヒーを口に注ぎ込んだ。
ふぅー……と、私はつい暖かい息を吐いてしまった。
なぜだか、とても落ち着いた気分になれた。きっとプラシーボ効果というやつだろう。よくわからないが、たぶんそんな感じだ。
どうやらシロちゃんもアカリちゃんも、ホッと落ち着けていたようだった。
「……さて。一息ついたところで、本談に入りましょうかね」
「本談?」
私はコツンとテーブルに珈琲カップを置いて、小さく首を傾げた。
「はい。実はお二人に、ぜひ観ていただきたい動画がありまして」
シロちゃんは仄かな羞恥が灯っていた曖昧な顔をして、スカートの内からスマホを取り出した。
そんなところのどこに仕舞うスペースがあったのか。無性に気になったが、そこは後々に聞くとして。
「この動画なのですが――」
YouTubeのアプリを起動させて、シロちゃんは私たちに画面が見えるよう配慮してスマホを立て掛けた。
そしてある動画のリンクへと飛び、覚束ない手つきで再生ボタンを押した。
北上双葉さん、もこ田めめめさん、夜桜たまさん、3D化おめでとうございます。