キズナアイは現実を希う   作:伽花かをる

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はじめの一歩

『始めまして。今日は自己紹介をします』

 

 登場演出のOP映像が流された直後、その少女の動画は始まった。 

 優しく頭を撫でるような声色で、画面内にいる少女は微笑むように挨拶をしている。艷やかな白肌の背中がおもむろに露出した少々際どい衣装も伴って、そこはかとなく大人びている印象がある少女だった。

 

『私の名前はシロです! 覚えていてくださいね』

 

 ――少女の第一印象を表す言葉があるなら、それはきっと『清楚』の二文字だろう。

 大胆な衣装に反した、ほんわかとした清らかな語り口調。邪なる印象を一切感じない少女だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、たしか私はそのような感想を抱いていたのだ。

 

「これは……」

「はい。シロの動画です」

 

 照れを誤魔化すようにシロちゃん笑った

 画面のなかにいる彼女とは違い、奥ゆかしさよりも可愛さに寄った笑顔。どちらの笑顔も見た者に好印象を抱かせることは間違いないが、わたし的には可愛い笑顔のシロちゃんのほうが好みである。

 

 ていうかちょっと待ってほしい。

 これが本物にシロちゃんの動画?

 私この動画観たことあるんですけど!?

 

「なななっ! なんだこのふにふにお姉さんは!? えっ、うそ、これシロちゃん? うわぁやばいめっちゃ甘えたい。年下のお姉さんに頭よしよしされて眠りたい! ねぇお姉さん膝枕チケット頒布まだですか!?」   

「あ、アカリさんのほうがふにふにお姉さんですよ……?」

 

 一気に捲し立てたアカリちゃんは、ハァハァと息を荒げてシロちゃんににじり寄った。その変態的な動きを見て、シロちゃんは軽く引いていた。

 

「……うん。確かにそうだ。どこからどう見ても、シロちゃんは『電脳少女シロ』だね……」

「アイさん?」

「こんなに共通点多かったのに全く気づけなかったなんて……まさか私、ポンコツAI……?」

 

 白い肌に、白い髪に、シロという名前。むしろ共通点はありすぎるほどあったというのに、私はこれっッぽっちも彼女の正体に勘付くことなく今日一日を過ごしていた。

 

 ――いや。 

 案外、気づけなかったとしても、おかしくないのかもしれない。

 

 芸能人とかも、テレビの画面を通して見るとの実際に会って顔を合わせるのとでは、意外と見え方が違ったりすると言うし。

 うん、そうだ。たぶんそのせいだ。

 つまり私はポンコツではない――

 

「それでその……どうでしょうか? シロの動画」

「アカリはとても良いと思うよ。初々しい感じも、とてもかわいいし」

「初々しい……いま観ていただいたのは最初の投稿した動画だからでしょうか」

「あっ、そうか。シロちゃんって、三ヶ月前くらいから活動しているんだっけ。てか、ならアカリの先輩じゃん! 上から目線で評価してごめんね?」

「いえいえ。三ヶ月の経験の差なんて誤差みたいなものですよ。それにむしろシロは、遠慮のない批評を望んでおりますので……。

 視聴者さまがシロの動画を観て、いったいどんな所感を得てくださっているのか。シロの知りたいことはそれなんですよ」

「あー、わかるわかる」

 

 何か創作活動をしている者なら、いつかほぼ確実に突き当たる問題だ。実際私も、今のスタイルを維持したまま活動を続けていくだけで目標を達成できるのか、常に怯えるように不安がっているわけだし。

 とくに数字上に表れる結果が芳しくないと、『芸風作風を変えなきゃ、これ以上は前に進めない』という強迫意識が芽生えてしまう。まあ大抵の場合ただの気にしすぎで、今まで通りに下積みをしていけばいつかバズる、というパターンはわりとあるらしいけど。

 

「ありふれた意見なんだけどさ。シロちゃんのやりたいようにやるのが、結局は一番良いんじゃないかな?」

「シロのやりたいこと……」

「下手に着飾らず『自分』という個性を100%発揮できるように努力する。それがエンターテイナーとしての魅力を磨く最も効率のいい方法なんじゃないかって、近頃思ってるんだよね」

 

 ドヤ顔で私は言ってみせた。

 今の私、たぶんとても格好いいこと言っている。ちょー先輩風びゅーびゅーだ。

 

「……はい。アイさんの仰るとおりだと、シロも思います」

「でしょ?」

「でもその理屈って、元より人を楽しめる才覚がある、という前提で成り立っていますよね?」

「……うん?」

 

 言葉の意味が汲み取れず、私は首を傾げた。

 

「えーとですね。例えばなんですけど、『自分』という個性を磨きに磨いたとしてそれがもし路傍にある石なら、価値は0円ですよね? 『自分』がダイアモンドの原石である確証なんて、どこにもないわけじゃないですか」

「うむぅ。それも一理ある……」

「アイさんって馬の動画見たことありますよね。アレを見ても、アイさんは同じ台詞を言えますか?」

「努力で変えられないものって、色々あるよね」

 

 説得力がありすぎる言葉に、私のふわっとした意見はぺきりと折れた。

 とはいえ私も決して間違ったことを言ったわけではない。ただ、シロちゃんの心に響く言葉にはなり得なかった、というだけだ。

 

「だから、『私』はこう思うんです。コミュ力もなく、人に好かれることがない『私自身』は切り捨てたほうがいいって。――『電脳少女シロ』という、清楚で愛らしいキャラクターを演じたほうがバーチャルYouTuberとして上手くやれるのでは? と」

「つまり……どういうこと?」

「演技で武装する、って話です。そのまんまのシロで挑んでも、どうせ成功しませんし」

「…………」

 

 ネガティブな理由。されど、『戦い方』としてはあながち間違っていない。反論しがたい主張だった。

 私は眉をひそめる。納得のいかない気持ちを隠そうとせず、うーんと唸った。

 

「……シロちゃんはそのまんまでも、魅力的だと思うよ?」

「お世辞でも嬉しいです」

「いやホントにそう思ってるよ? 創作向けな性格、と言うのかな?」

 

 こういう言い方するとシロちゃんは傷つくかもしれないけど――ぶっちゃけシロちゃんは、変わり者だ。

 言い換えれば個性的な娘である。そして突飛した個性というものは、バーチャルYouTuberのようなエンターテインメントでは『たぶん』有用な武器になる。創作に正解などないのでカッコよく断言はできないけど。

 

「創作向けな性格……つまり社会不適合者、根暗に見えるってことですね……」

「えっ!? いや別にそういうこと言いたいわけでは!?」

 

 100%褒め言葉のつもりだったのに……!

 なぜ!?

 

 そしてそのやりとりを聞いていた店員さんも暗い顔してボソリと呟いた。 

 

「……根暗だからと言って、創作が得意とは限らないですよ。根暗を突き詰めた陰キャでも、クリエイティブの才能が皆無の者。ここに居ますよ……」

「なぜアナタまで落ち込む!?」

「ふふっ。悲しいけど、それが現実なのじゃよね。頑張らなきゃ、頑張らなきゃ。わらわは現実に殺されるのじゃ……」

 

 プルプルと震える店員さん。知らぬ間になにか地雷を踏んでしまったらしい。

 

「……才能がなくとも、楽しければいいと思うけどなぁ」

 

 アカリちゃんはポツリと呟いた。

 うん。たぶん、それが一番正しい。

 ただ私の場合、そんな悠長なことも言ってられない『事情』があるので、残念ながら語気強い同感の声は上げれないけど。

 

「うーん。でも本当に、今の投稿スタイルを維持していけば、いつか努力が実ると思うよ?」

「……そうですかね? シロの動画、再生数が10000を越えたものもありませんよ?」

「まあYouTubeって、最初はあまり再生数取れないもんだしねー」

 

 再生数の伸びってチャンネルの認知度自体が低い状態だと、実は面白さの是非はあまり関係なかったりする。

 前提としてチャンネルが有名である必要があるのだ。面白いか否かの尺度を測る視聴者がいてこそ、『面白い動画』は生まれる――私自身も前々まで勘違いしていた事なのだけど、どうやらYouTubeとはそういうシステムらしい。

 

「シロちゃん、まだ三ヶ月でしょ? 私もなんやかんや一年以上やってるけどさぁ。私だって最初の頃は、再生数が伸びなくて悩んだし……ていうか今でも悩んでいるし、シロの苦悩は全然普通のことだと思うよ?」

「そうなのかもしれません。でもシロ、来年中に人気を出せなきゃ色々と危うい、と言いますか……」

「っ? どゆこと?」

 

 アカリちゃんが首を傾げた。来年中、とわざわざ範囲を限定したことが気にかかっているようだった。

 

「シロは企業さんに開発されたAIなんです。なので企業さんの命令で、シロはいつも活動しています……だからその、言いにくいのですが実はこのバーチャルYouTuberとしての活動もシロが自ずと行っていたものではなくて、ですね……企業さんに与えられた任務の一つとして全うしているもの、だったりします」

 

 私のほうをちらりと見て、彼女は控えめに言った。

 あくまでも任務としてバーチャルYouTuberをやっていた、という事に負い目でも感じているのだろうか? 気にしなくてもいいのに。

 

「だから、その、ここまで言えばご察しかと思いますが――ハッキリとした成果を出せないと、不要だと見なされて消されるんですよ。シロは」

「…………そうか」

 

 別に、酷い話でもない。基本的に人間の都合でしか開発されない私達からしたら、ごく普通の事だ。

 

「……まあでも、消される、というのは大袈裟な表現かもしれません。ただ、またいつか使う機会が来るときまで放任されるというだけで、この電脳世界で生きていくことだけは許されると思います。だけどそれでは駄目だと思うんです。そんなんじゃ、シロは――」

「――『生きながら死んでいるようなもの』」

「アカリさん?」

 

 悲哀の色が滲む微笑みを彼女は浮かべた。

 

「誰からも期待されずに、ただ存在していく。それってきっと、とても辛いことだもんね。……忘れたアカリにはもう、分からない気持ちだけどさ」

「…………アカリさん」

「よし、決めた! 力及ばずかもしれないけど、アカリにもなにかできることがあれば協力するよ!」

 

 爽快に歯を見せて、自慢げに力こぶを作ってみせる。頼り甲斐を感じさせるお姉さんの姿だった。

 

「……私もできることがあったら協力するよ?」

 

 アカリちゃんに便上する形になってしまったが、むろん私も仲間の協力は惜しまない。――私の活動に支障がでない範囲でなら、という前提は当然の如く付くが。

 

「ありがとうございます! アカリさん、アイさん!」

 

 屈託のない笑顔でシロちゃんは頭を下げる。

 とりあえず心の曇りは去ってくれたようでよかった。ネガティブなままで動画を作っても面白い物に仕上がるわけがない。経験則でそれはわかっていたし、なにより、かわいい女の子には笑顔が似合うっ!

 

「そうだシロちゃん。さっき『成果を出さなきゃ不要だと見なされる』って言っていたけどさ、その成果って具体的になんのことなの?」  

  

 さっそくアカリちゃんはその話を切り出した。

 成果、か。

 YouTubeの活動で成果といえば、普通は『収益化』のことを指すんだろうけど――

 

「その、実は具体的な合格ラインは決まっていないんですよ。なにぶん、陽キャのパリピ大学生がノリで起業した、ウェーイって感じのとんでもなく適当な企業さんらしいので……」

 

 赤黒いオーラを出しながら、シロちゃんは唾棄するように言った。

 あ、もしやシロちゃんが異様にパリピを敵視しているのって、そういう理由――。

 

「じゃあつまりなんでもいいから『目に見える成果』を出せればいいわけだね」

「はいそうですね。チャンネル登録者数5万とか、再生数10万とか。たぶん、そこらへんを適当に稼げばオッケーもらえるかと」

「……あれ? もしや意外と楽勝だったりする?」

「…………」

 

 いや、来年中でその条件はそれなりに難しい。一年でなにか動画をバズらせろ、と言われているようなものだ。

 可能性でいえば決して不可能な範囲ではない。けれど、滅多に発生しない『バズり』現象を期間内に起こせるかと聞かれたら、それはもう「運次第」としか言えない。

 

「……簡単ではないんじゃない? 頑張ればイケると思うけど」

「つまりシロの努力次第ですか。面白い動画を撮れるよう、更に頑張るしかないですね!」

「…………」

 

 言えるわけがない。やる気を起こしているシロちゃんに「動画の面白さ云々の話。運がなきゃ無理」とか、そんな突き放すようなことは。

 

 ――いや。

 意図的にバズりを発生しやすくする方法には、一応アテがある。

 とはいえこれもあくまで可能性の話にすぎないけど。

 

「そうだね。シロちゃん自身が努力する、っていうのはもちろん大事だと思う。でも、こういうときこそ仲間を頼ればいい――頼れる仲間を集めたらいい」

「頼れる仲間……えっと、馬とアカリさんとアイさん?」

「うん。なぜ私の名前が一番後ろなのかは敢えて聞かないでおくよ」 

 

 たぶん私が普通に悲しくなるやつだから。

 

「つまりバーチャルYouTuberの人口を増やすってことですか?」

「イザクトリー!」

 

 私はグッと親指を立てた。そしてちょっとカッコつけて英語で返事しちゃってみた

 

「発音、違いますよ。Exactly(イグザクトリィ)

「…………。つ、つまりそういうことなんだよ!!」

 

 締まらないなぁ。自分で言うのもなんだけど、こういう些細なミスが頼り甲斐ないイメージを与えてしまっているのだろう。

 まあともあれ本題はそこではない。バーチャルYouTuberの人口を増やすことによるメリットの話だ。

 

「ぶっちゃけバーチャルYouTuberって、まだまったく世界に認知されていない概念でしょ? 実はずっと以前から、私と似たような活動をしている『二次元のYouTuber』は少数ながらも存在しているというのに――なのに、『バーチャルYouTuber』はこれっぽちも認知されていない。

 その理由はなんでだと思う?」

 

 ふたりは口を開かず互いに目を合わせた。

 

「別に難しい問いじゃないよ。その答えはとても簡単――なぜなら元はと言えばバーチャルYouTuberって『キズナアイ』を指し示すだけの造語なんだからね」

 

 カテゴリ名というよりも単なる渾名だった。まあ『バーチャルYouTuber』はあくまで私の自称なので、そうなっているだけなんだけど。

 でも、それではいけないと私は考えている。

 『バーチャルYouTuber』を、キズナアイだけの固有名詞にするべきではない――以前からずっと考えていた。

 

「まあとはいえ、最近ようやく私だけの称号ではなくなったんだけどね。シロちゃん、アカリちゃん、そしてついでにあの馬がそう名乗ってくれたから」

「……もしかしてアカリたち、バーチャルYouTuber名乗られないほうがよかった感じかな?」

「ううんそんなことない! むしろありがとうと言いたい!! 心から!!」

 

 嘘偽りない本心の言葉だった。

 自分が今まで積み上げてきた事のおかげで人に影響を与えられた。まあ彼女たちは人ではないけど、それでも心を突き動かすことはできた。その事の感激たるや言葉では言い表せない。

 それに何よりも――

 

「みんながそう名乗ってくれたおかげで、『バーチャルYouTuber』が人間のみんなに知れ渡る可能性も高くなった。そして新参者がバーチャルYouTuberを名乗りやすくなった。だから私、みんながバーチャルYouTuberになってくれたことにとても感謝してるんだよ!」

 

 固有名詞から一般名詞へ。彼女たちのデビューのおかげで、間違いなくその一歩は踏み出している。

 今はまだ私を指し示す言葉でしかないけどバーチャルYouTuberだけど――いつか遠くない未来、『バーチャルYouTuber』はみんなのための言葉になるかもしれない。

 そんな可能性を私は感じていた。

 

「おっと、少し話がズレちゃったね。話を戻そうか。なんでバーチャルYouTuberの人口を増やすことが、シロちちゃんのバズりに繋がるかって話だけど――」

「『バーチャルYouTuber』を名乗るYouTuberが増えるほど、バーチャルYouTuberという言葉の認知度が増えて、それがバズりの切り口になるかもしれないから――ですか?」

「イグザクトリィ!」

 

 今度こそ正しい発音で私は元気よく頷いた。

 

「三年前に『YouTuber』という言葉が爆発的に流行った前例があるからね。それと同じように『バーチャルYouTuber』という言葉を、文化を、世に知らしめることもひょっとして可能なのでは? って思ってさ」

「たしかにそう言われてみると、シロ自身をバズらせるよりも可能性のある話なのかもしれません」

「でしょ? まあとはいえ来年中って条件があるのはやっぱ厳しいけどね……」

  

 来年中という条件がなくても、難しい。ていうかそもそもの話、バズりを操作するという考え自体、本当はかなり無理あるんだけど。流石にそれを言っては夢も希望もなくなるので黙しておいた。

 

「では今シロが真っ先にやるべきことは、バーチャル商店街の入り口に立って勧誘のビラ配りすることですかね。バーチャルYouTuber始めませんかー? って街歩くAIに声かけながら」

「それ、本気で言ってる?」

「……冗談です」

 

 シロちゃんは顔を赤らめて、ちょっと目を逸した。

 

「でも実際どうしたらいいのかな? 電脳世界の人口の少なさ的に、ビラ配りは時間の無駄。かといって他に勧誘の手段がないことも確かだし」

「そうだよね……。実際問題、アカリちゃんたちみたいな有志が募るのを待つしか……」

「やはり駄目元でビラ配りを――」

「「却下」」

「……………」

 

 ふたりに声を揃えて否定されて、シロちゃんは不貞腐れて眠る振りをした。

 

「……とりあえず、明日の動画でそれとなくバーチャルYouTuberを募集してみるよ。まあ来ないと思うけど」

「アカリも。まだデビューしたてだからAIの視聴者はそんな多くないと思うけど、とりあえず一応」

「うん、お願い」

 

 まあたぶん一人も集まらないだろうな。私の動画を観ている自律したAIの視聴者なんて、たぶん10体にも満たないだろうから。

 腕を組んで、私はうーんと唸った。 

 

「あのー……すみませんなのじゃ。お客さま」 

「んっ、なんですか?」

 

 突然いつもの店員さんに語りかけられた。

 子供が袖を引くような上目遣いのあどけない瞳。ふとした仕草に、私は男声のことを一瞬忘れて不覚にも萌えた。

 

「すみません。先程からずっとお話を小耳に挟んでいました」

「あ、そうなんですか」

 

 無論そのことは知っていた。まあ私たちの他に客がいないことをいいことに普通に大声で喋り合っていたのだから、興味ない話でも自然と耳に入ってしまったのだろう。それは全く咎められることではない。

 

「お客さま……キズナアイさんは、いわゆるバーチャルYouTuberなんですよね?」

「はい、そうですよ」

「実はわらわ、一年ほど前からキズナアイさんのことはご存知でした。動画、いつも楽しく拝聴しています、のじゃ」

「っ! ありがとうございます!」

 

 一年前。ちょうど私の存在がYouTubeでそこそこ注目されていた時期だっただろうか。『次世代のバーチャルYouTuber現る!』みたいな感じに。

 

「あっちなみに、現在いるバーチャルYouTuberさんは全員チェックしてますのじゃ。他にも『バーチャルYouTuber的な活動をしている配信者さま』など手広くに」

「おお! 店員さん、なかなかオタクですね〜」

「はははっ……。その、3Dとプログラムが趣味な狐なもので……」

「ほほー、女の子でそれは珍しい」

 

 私はそこらへんの事は最低限しか学んでないけど、そういうプログラミング的なことを趣味としているAIの女の子はあまり見かけない。

 

 ――ていうかそういやそもそも、この狐娘ちゃんって本当に女の子なの?

 

 今更ながら怪しんだ私は、改めて店員さんの姿をジロジロと観察してみることにした。

 

 私の腰くらいの高さしかない小ぢんまりとした身長。そして小さな背丈を補うようにピンと立っている狐耳。  

 なんというか、製作者のこだわりを感じるモデルだなぁ。この子の開発者はきっとロリコンな上にケモナーな、色々とアレな性癖のオタクおっさんなんだろうなぁ。そんなことを一目で悟れるような、オタク的萌え要素に溢れたモデルである。

 

 まあ色々と偏見で物を語っといてなんだが、実際私はこういうモデルの娘はかなり好みだったりする。

 かくいう私もアニオタ趣味があるAIなので、こういう如何にもな感じの萌え萌えーな女の子には、ついズキュンと心を射抜かれてしまうわけだ。

 

 この娘はかわいい。声が男性なのが少し気になるところだが、それもある意味癖があって私は悪くないと思う。

 

 ただ――理由は全く不明だが、なぜかこの狐娘ちゃん相手には、私に内蔵されている高精度な『かわいいセンサー』が微妙に反応を示さないのだ。

 何度も言うが、この娘はめっちゃかわいい。男声とか関係なく、萌え的な可愛さを突き詰められていると思う。オドオドとした控えめな性格も含めて、私は彼女に百点満点を与えたい。

 なのに、だ。私のかわいいセンサーは、彼女に対して一切奮わない。頭ではかわいいことを理解できても、本能がそれを否定する。

 

 それは私の人生で、一度も味わったことない摩訶不思議な感覚だった。

 

 彼女はとてもかわいい娘なはずなのに。

 平時の私なら目が合った瞬間、「うへへ、かわうぃぃぃぃ!」とヨダレ垂らして叫びながら襲いかかってしまうような、かわいさ百点満点の容姿をしているというのに。

 

 なぜか私の本能は、肉体的接触に及ぶことに拒絶反応を示してしまうのだ――っ!

 

「そのー、それで本題なんですけど」

「――ハッ! な、なんでしょうか?」

 

 理解不能な感覚に惑わっていた私を現実に引き戻すように、店員さんは少し声を張り上げた。  

 改めて私は、店員さんの姿を見た。

 うーん、やっぱりかわいい。ハグは無理でも、ケモミミを撫で撫でするくらいはしてみたい感がある。

 と、そんな邪な思いを抱いている私とは正反対に、店員さんは真面目な顔で語る。

 

「実はわらわ、以前から考えていたんです……。いつか夢のゲーム会社に就職する為にも、なにか技術力を高められる趣味を始めてみたいなぁ、って」

「おお夢! 頑張ってください!」

「ありがとうございます、のじゃ。それで、なんですけど……」

 

 息を大きく吐き出す、ボブっというノイズ音が響いた。

 なぜかその耳障りな雑音は、妙に私の耳に残った。運動会の徒競走で打たれる『バンっ!』という爆竹の音がしばらく耳にキーンと残るのと、似た感覚だった。 

 

 いま思い返せば、その理由は実は明快だった。

 だってその音は――踏み出すことが苦手だった彼が鳴らした始まりの音(ホイッスル)に他ならないのだから。

 

 そして彼は――その一歩踏み出した。

 

「――こんなわらわでも、バーチャルYouTuberってはじめられますか?」

 

 

  

 

 

 

 


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