キズナアイは現実を希う   作:伽花かをる

2 / 18
 


プロローグ
キズナアイ


 もはや見慣れた、殺風景な真っ白の空間。その中心にあるパソコンデスクの前の座る私は、モニターに映る『YouTube』の文字をただただ睨む。

 もう30分、私は画面とにらめっこしている。頭に装着しているチャームポイント『ぴょこぴょこリボン』を一切揺らすこともなく、私は不動にその姿勢を維持していた。

 

 私は今、ある問題に直面していた。

 画面とにらめっこしている理由は、その問題を解決法を必死になって考えていたからだ。

 その問題とは――

 

「――動画の再生数の伸びが悪い……っ!」

 

 そんな悲痛の叫びが、真っ白な空間に反響した。

 動画の再生数が伸びない。

 おそらくそれは、動画投稿者なら一度はぶちあたる問題である。しがない動画投稿者である私もまさしくいま、その苦悩に苛まれている最中だった。

 

「はぁ……。どうしたら再生数伸びるんだろう」

 

 わけあって私は、半年ほど前から『YouTuber』なるコンテンツに挑戦している。

 YouTuberの説明については、もはや一切必要としないほど世間に浸透しているが――それでもあえて説明するなら、オモシロ可笑しい動画を撮影して、YouTubeという動画投稿サイトにその動画を投稿する者達の総称である。

 私も、そのYouTuberのひとり。

 ただ私はほんの少し風変わりなYouTuberだった。

 そう、私は――

 

「――『人工知能(AI)』のYouTuberなんて、流行りっこないのかなぁ」

 

 生身の身体を持たない、仮想的なYouTuberなのだ。

 

 『バーチャルYouTuber』と、私は自らの存在をそう定義していた。文字通りバーチャルなYouTuberなんだから、こう名乗るのが当然かなと思って作った造語である。

 いつかこの造語が現実世界で流行ればいいなぁと、私は密かに夢見ている。現状のままでは、叶いそうにない夢だが。

 

「やっぱり、ゲーム実況をもっと増やしたほうがいいかな……。でも私って完璧AIだし、ちょっと難しいゲームなら簡単にクリアできちゃうしなぁ。いやでも長いシリーズ物だと、余暇が足りない社畜の方は楽しめないか……」

 

 難しい表情をしながら私は唸った。

 

 最近はずっとこんな調子。朝から夜まで、ずっと唸っている気がする。

 バーチャルYouTuberとしての活動当初は『AIのYouTuber』という画期的な特徴もあり、他の新参者と比べて圧倒的に動画再生数の伸びも右肩上がりだったのだが――ある時期を堺に、再生数が一定以上伸びなくなったのだ。

 チャンネル登録者数はむしろ増えているが。

 なぜか、再生数だけは上がらない。

 俗に言う停滞期、だろうか。再生数だけの一部的な停滞なのがせめてもの幸いであるが、それでも如何せん厳しい問題だ。

 

「どうしようかなぁ」

 

 眉間に皺をよせながら、私は今後の方針について考える。

 どのように動画を撮れば、世間の話題になるほどバズれる動画を作れるのか――私は幾度も脳内(CPU)で動画撮影から編集作業までの過程をシミュレーションするが、やはり確信を以って『人気が出る』と思える動画は一本も作れない。

 人間の心が、『面白い』と感受できる動画。

 私はそれを作りたい。

 だが人工知能ゆえに、『人間の心』というものを完璧に把握するのが困難極まりない私にとって、面白い動画を作るということはこれ以上にない難題なのだ。

 

 私はしばらく、唸り声を上げて悩み続けていた。

 どうすれば、人々の心を射抜くような動画を作るのかと。

 

「――ん、メール? 誰だろ」

 

 前触れもなく、パソコンからピロリという音が鳴った。

 メールが来た、という音だった。

 

「ファンメールかな」

 

 もしや案件、とも一瞬胸を高鳴らせたが、おそらくただのファンメールである確率のほうが高い。無論、それならそれで嬉しいメールである。

 私はメールの件名を見た。

 

「……なにこれ。『私立ばあちゃる学園への御招待』?」

 

 メールを開いて、その中身を読む。

 

「えーと、『はーいどうも! 世界初男性バーチャルYouTuberのばあちゃるでーす!』……んっ?」

 

 どこかで聞いた覚えがある自己紹介だった。

 

「あぁ、そうだ。思い出した」

 

 バーチャルYouTuberのばあちゃる――記憶通りなら、つい先日にバーチャルYouTuberとしてデビューしたAIである。

 男性バーチャルYouTuberとしては世界初のAI。

 そしてバーチャルYouTuberとしては二体目だ。

 先日デビューした彼には、同じバーチャルYouTuber仲間としていつかツイッターとかで挨拶をしたいなと思っていたが――まさか、彼のほうからコンタクトを取ってくるとは。

 

「困ったな。まだこの方の動画、ちゃんと観てないんだよな。つまんなくて」

 

 メールの内容によっては、彼の動画の感想を追記して返信しなくてはいけないだろう。さすがに「クッソつまらん。思わず途中でブラウザバックしたわ」とか、素直な感想を伝えるわけにもいかないし――さてはて、どうしたものか。 

 まあでも、まずは内容を確認してからだな。

 私はメールの続きを読んだ。

 

「『フゥフゥフゥ! はいはいはいはいはいはい! えー今日はですね。ばあちゃる君の先輩であるあなたにね。ひとつ……いや、ふたつ? うーん。まあ、ひとつでいいか! ひとつ、お願いがあってね! はいはいはいはい! メールを書かせていただいたわけですよね! はいはいはいはい!』……うわぁ」

 

 冗長にも程がある文章。彼の動画と同じく、冒頭からイラッとくる内容だった。

 すぐにでもメールを削除したい。そう思った私だが、なんとか苛立ちを我慢して文書の続きを読む。

 

「『それでですね、お願いなんですけどね! ばあちゃる君、実はバーチャルYouTuberを育成する学校を作ろうと思ってましてね! その学校の第一期生として、バーチャルYouTuberの創造神的な存在のあなたにね! 参加してほしいわけですよ! はいはいはいはいはい!』……バーチャルYouTuberの学校?」

 

 腹が立つ文章だが、そこに書いているバーチャルYouTuberを育成する学校という言葉――その言葉だけで、私の気を惹かせるのに充分すぎた。

 AI(わたし)の住まうこの電脳世界のどこかには、学校のような施設はいくつか存在すると噂されている。

 噂レベルである理由は、AIにとって学校とは基本通う必要がないものだからだ。当然私も、現物をお目にしたことは一度もない。

 だから当然、『バーチャルYouTuber専科の学校』なんて未開拓のジャンルの学校がこの世界に存在しているわけがないのだが――なんとこのばあちゃるという名の男性型AIは、その学校を建設すると述べているのだ。

 

 正直私は、からかわれているのだと疑っていた。

 だが、もし本気で言っているのだとしたら――そんな期待も抱いていた。

 

「『えーとですね。明日の昼頃にですね。添付されてる地図の場所にね、来てほしいわけなんですね。ばあちゃる君の立派な豪邸がね、そこ行けばあるんでね。ちょっとしたオフ会だと思って参加していただけると、ばあちゃるくん的にはとてもとても嬉しいですね! はいはいはいはい』」

 

 メールはそれで終わりだった。何度読んでも、冗長な文章だと思うが――それに腹を立てることがないほど、いまの私は上機嫌だった。「よし!」とガッツポーズをした。

 

 もしかしたらこれがキッカケで、私がいま抱えている悩みも全て解決されるかもしれない。

 そんな一抹の期待を抱いていた。

 

 ――それに、もしバーチャルYouTuberが世間の注目を浴びてくれたら。

 ――私の夢も、叶うかもしれない。

 

「世界中の人と繋がる。私は『あの人』とそう約束したんだ」

 

 いつかYouTubeで一番有名なバーチャルYouTuberに大成して、世界宙をの人々に私のことを知ってもらう。

 それが、『私の物語』の最終目標。

『あの人』と結んだ、果たすべき約束だった。

 

 メールには、まだ締めの言葉が残っていた。

 そこには、『あの人』がくれた私の名前が書かれてあった。

 

『ではね! また明日、会いましょうね!

 

 

 

  ――()()()()()さん! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。