「はいはいはいはい。ではね、遅ばせながら校内探索を開始しましょうかね!」
「「「わー!」」」
教室の席に座る私達は、パチパチと纏まりない拍手をした。
ようやく、校内探索の時間である。私はこの時をずっと待望していた。憧れの学校とは、いったいどんなものなのかと、以前から興味津々だったのだ。自然と表情が笑顔の形になってしまう。
「はいはいはいはい。皆さんのその笑顔を見る限り、どうやら校内を見て回るのをとても楽しみにしていたようですね。はいはいはいはい。この『私立ばあちゃる学園』のデザインはすべてばあちゃるくんが担当しましたのでね、皆さん、ぜひとも期待してくださいねー」
「えっ。馬がデザインしたの?」
「はいはいはいはい。そうですよシロちゃーん。ばあちゃるくんね、すごい頑張りましたのでね。はいはいはいはい」
「うげぇ……」
自信満々に胸を張るばあちゃるさんとは対照的に、シロちゃんはとても嫌そうな顔をしていた。
「シロちゃん! アカリは大丈夫だと思うよ!」
不満気な様子を見せているシロちゃんの肩に手を置いてアカリちゃんはそう言った。
「だって、ばあちゃるさんが創ったんだからね。変な学校には絶対になってないよ。アカリが保証する」
「あ、アカリン……」
アカリちゃんは珍しくも、ばあちゃるさんに対して優しげな言葉をかけた。
どうやらこの前の事件のことは気にかけていないようだ。言葉から毒気が完全に抜けていた。
ニコリと微笑み、続けて言う。
「――だって、センス皆無のばあちゃるさんが創る学校だもん! たぶん、なんの面白みもない平々凡々の学校だと思うよ!」
「ウビバ!?」
前言撤回。まだ毒は含まれていた。
「ほら、シンプルイズベストって言葉があるでしょ? ばあちゃるさんと言えば、やっぱりつまらない動画だけど――むしろ今回の場合、ばあちゃるさんのその潜在的なつまらなさが、うまい具合に作用してくれてると思うんだよね」
「なるほど。馬とつまらないは使いよう、とはよく言ったものです。……ですが、わかりませんよ。この学校の名前からしてナンセンスですから。『私立ばあちゃる学園』とか、ほんとヒドイ名前ですよ」
「えぇ! し、シロちゃんもアカリンもヒドイですよー。はいはいはいはい」
ばあちゃるさんはしょんぼりと肩を落とした。
流石にちょっと可哀想に思えてきた。仕方ないから、私がちょっとだけフォローしてあげよう。
嘆息して、私は口を開いた。
「でも、かるく見た感じでは大丈夫そうだよ? 廊下と職員室とこの教室は、とくに変でもないしね。それに学校の外観だってそう悪いセンスはしてなかった」
「はいはいはいはい! キズナアイさんの言うとおりですよ。ばあちゃるくんは決してつまらなくないですからね。アカリンもシロちゃんも、ばあちゃるくんにヒドイ罵倒を浴びせたことをね、ちゃんと反省したほうがいいですからね!」
「……でもアカリちゃんたちの言うとおり、今まで見た場所って総じて動画のネタになる要素のない、平凡でクソつまらないクオリティのものだったよね!」
「「うん」」
「ウビバ!?」
フォローしていたつもりが、調子にのったばあちゃるさんの言動にイラッとして、つい手のひらを返しの批判的意見を述べてしまった。
ごめんばあちゃるさん。
やはり私は、可愛い女の子の味方に付いてるほうが性に合ってるようだ。
「はいはいはいはい。皆さん文句ばかり言ってますけどけ、皆さんはまだ学園の一部しか覗いていないことを忘れないでくださいね。他のところ、特に保健室はね、とてもとても工夫をこらしてデザインしましたのでね! はいはいはいはい。ばあちゃるくんオススメの一品ですからね。ぜひぜひ期待してくださいねー」
「……へー、保健室ですか。ちょうどいいです。ではアカリは、まず初めにそこに行きますね」
そう言って、アカリちゃんは教室から退室した。
アカリちゃんは保健室を見に行ったのか。じゃあせっかくだし、私もアカリちゃんの後に付いていこうかな。
そう思い、椅子から立ち上がろうとしたその時に――
「シロは、図書室で本を読む。もちろん、あるよね?」
「はいはいはいはい。もちろんですよシロちゃーん。しかもね、なんとですよなんとですよ! 私立ばあちゃる学園の図書室はね、蔵書数がめちゃくちゃ多いんですよね! はいはいはいはい。ぜひぜひ期待してくださいね!」
「ね"え"え"え"え"! めっちゃ、じゃあ何冊あるのかわからない! 具体的な数字言ってくれる馬?」
「えーと。確かですね……うーん」
「ハァ。もういいや。馬に聞いたのが間違いだった」
「も、申し訳ございませんですぅぅぅ!!」
呆れた様子で溜め息を吐いて、シロちゃんは教室から退室した。図書室に向かったみたいである。
私とばあちゃるさんだけが、教室に残っていた。
「――はいはいはいはい。みなさん、自由行動するということですね。はいはいはいはい。それではね、ばあちゃるくんも行きますねー」
「どこに行くんですか?」
馬の行く先に興味がわけではないが、何気なく尋ねてしまった。
「はいはいはいはい。いやぁばあちゃるくんね、そろそろ負荷が高くなってきましたのでね。屋上に行って、ちょっと休憩してきますね」
「あ、はい。ごゆっくり」
「はいはいはいはい。アイさんも焦らずね、ゆっくりと校内を回ってくださいね。はいはいはいはい」
そう言って、更にはばあちゃるさんまでもが教室から退室した。
教室のドアが閉められた途端、急に教室内は静かになった。寂しくもひとりポツンと、教室の真ん中で私は佇んでいた。
「……私はどこに行こうかな」
小さくそう独白した。
とはいえ。呟いてみたものの、実のところもう既に、どこに向かうか決めているのだ。
アカリちゃんは保健室に行き。
シロちゃんは図書室に行き。
ばあちゃるさんは屋上で休憩をしている。
考えるまでもない。
私が行くべき場所。それは――
→『保健室』
→『図書室』
→『屋上』