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「くそがぁ!」
リュウノが同じ言葉を繰り返しながら怒っていた。
離れた場所では、ブラック達と竜王達がビクビクしながらリュウノを見ていた。先程まで上機嫌だった主人が、拠点に帰ってくるなり不機嫌になり、ガスマスクを放り投げ、物にあたって怒りをあらわにしているからだ。
リュウノが怒っている原因は、『蒼の薔薇』に素顔を見られたから─ではない。リグリットという老婆がユグドラシルの関係者と知り合いだった─からでもない。単純に、マヌケを晒した自分自身に怒っていた。
竜王達と別れ、仲間だと思われないよう行動して拠点に帰る。たったそれだけの事を自分はできなかった。一時の感情で『蒼の薔薇』の皆と戯れた結果、素顔を見られ、ユグドラシルから来た人物だと知られてしまった。しかも、ユグドラシルから来た人物と関わりがある連中にだ。最悪と言ってもよい結果だった。もしこの場にアインズが居れば、アインズから罵声を浴びせられたかもしれない。
もう何度目だろうか。ナザリックの皆を危険に晒すような失態を犯したのは。リグリットから出たユグドラシルという言葉に、過剰に反応したのは本当に失態だった。あそこは聞き流し、「ユグドラシルとは何ですか?」と、知らないフリをして情報を聞き出すべきだったのだ。
「くそがぁぁぁぁぁ!」
怒りに任せて地面の砂金を蹴り上げる。その拍子に、舞った砂金が呼吸の邪魔をし、むせる。今の自分が人間である事を、これ程後悔した事はなかった。
「あーもう!こういう時、デュラハン状態なら冷静に考える事ができるのに!何故人間化している時に限ってプレイヤーと関係ある奴と出会うんだよ!」
アンデッド化している時は、怒りや興奮もすぐ冷める。落ち着いた思考で対応策を練られたはずなのだ。
「いや…元々私は囮役みたいなものだ。アンデッドの姿で注目を浴びれば、私達と同じように、この異世界に来たプレイヤー達の目にとまるのはわかっていた事だ!アインズ・ウール・ゴウンという組織の一員という情報も、ユグドラシルのプレイヤーなら理解できる情報だし。この私がユグドラシルから来た存在だとバレる事は、最初からわかっていた事だし!」
言い訳にも等しい事を言って、自分の失態をなかった事にしようとする。
「むしろ、他のプレイヤーが居ることがわかったんだし、ユグドラシルについて調べてる奴の名前がわかった分、得したと思うべきだな!」
他のプレイヤーに自分の情報が知られる事は大前提だった。むしろ、それをきっかけに、他のプレイヤーと接触するのが目的だったのだ。今回のリグリットとのやり取りで、他のプレイヤーに関する情報が得られたのは良かったと思うべきかもしれない。
そう思うと、少しではあるが苛立ちがおさまった。近くの宝の山に座り、落ち着いてから今後の対応策を練る。
「まずは、あの老婆だな。今からでも捕まえるか?いや、いっそ殺すか?」
他のプレイヤーの手がかりである人物を捕まえて尋問する。あるいは、こちらの情報が他のプレイヤーに渡る前に殺して口封じするか。
「無理だな。確実に疑われる。」
あの老婆に何かあれば、真っ先に疑われるだろう。下手をすれば、他のプレイヤーから怒りを買い、争う流れになる。何より自分達は冒険者だ。人間を襲えば、冒険者としての活動に問題が生じる。世界中の人間達を敵に回すのだけは避けたい。
「…やはり、ギルドメンバー全員に報告するのが先だな。私の独断で何かやってヘマしたらヤバいし。となると、まずは情報収集系魔法などに対する対策からだな。」
他のプレイヤーと関係ある人物と接触したのだ。なら、警戒を強めるのは当然である。どんな所で情報が漏れ出すかわからない。既に他のプレイヤーが、自分達の情報を盗み出そうとしている可能性もありえる。
「
呼び出したのは、
「ワイズマン達よ、これから私はギルドメンバーと
「「「はっ!我等一同、全身全霊で取り組みます!」」」
ワイズマン達が、情報収集系魔法を妨害する魔法を唱えていく。一通りの準備ができたのを確認すると、リュウノはブラック達と竜王達を呼ぶ。緊張した面持ちで近づいて来た彼等に、優しい口調で語りかける。
「さっきは取り乱して悪かった。」
主人の怒りが収まった事を確認できて安心したのか、ブラック達が少しほっとした表情になった。が、すぐに真面目な表情へと切り替わる。
「これから何があったのか、報告を兼ねた連絡をギルドメンバーとする。お前達も聞いておけ。」
「か、畏まりました。ご主人様。」
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「──という訳で、ブラック達はナザリックに帰還させる。代わりに竜王達を引き連れて、たっちさんのところに行くから。何か問題ある?」
ギルドメンバーに、授与式後に起きた事を話した。
リグリットという
負のエネルギーが原因で正体を見破られたのは、アインズが事前に気付いてリュウノに教えてあげていれば対策できたかもしれなかったという事で、ギルドメンバーから特にお咎めはなかった。
ユグドラシルを知る人物達を特定、あるいは存在を知る事ができた事はアインズに褒められたが、自分がユグドラシルから来た事がバレた事は叱られた。が、ウルベルトさんが「勝さんが目立つのは当然では?ユグドラシルのプレイヤーなら誰でもわかってしまうでしょう。」という、さり気ないフォローのおかげで、強く責められる事はなかった。
「リュウノさん、しばらくナザリックに避難した方が良いと思いますが?状況が状況ですし、無理して私のところに来る必要はありませんよ?」
たっちがリュウノの心配をするが──
「いや、行くよ。」
と、避難を拒否する。
「スレイン法国はともかく、ユグドラシルについて調べている奴とは敵対したわけではないし。向こうが私の事を知っていれば、まだ友好的な展開になれる可能性もあるかもしれないだろ?」
「(これでも自分は、ユグドラシル時代は他のプレイヤーと交流を盛んに行っていたプレイヤーの1人だ。PKの標的に選ばれない程、友好的に思われていたし!他の大勢のプレイヤー達から恨まれる程の悪名名高いギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーの中でも、唯一の例外みたいな存在だったし!全てのプレイヤーが敵になったと思い込む必要はない!)」
リュウノとしては、自分達と同じように異世界転移してきた他のプレイヤーと、友好的な関係を築く方が良いと思っている。しかし──
「リュウノさんだけなら友好的な関係になれるかもしれませんが、私達まで居ると知ったら、向こうは警戒すると思いますよ。スレイン法国のように、ワールドアイテムまで持ち出してリュウノさんを殺そうとするかもしれません。『敵対される事を前提』に行動するべきです!」
アインズを含むギルドメンバー達は、かなり用心を重ね、警戒の姿勢を示している。
「リュウノさん、スレイン法国の暗殺部隊がエ・ランテルに潜んでる可能性があります。軍服以外で変装した方が良いのでは?」
ウルベルトさんの心配はもっともだ。敵になりうる存在が増えた以上、趣味が中心の装備をしている場合ではないのかもしれない。
「軍服以外だと、私の最強装備『黒竜の騎士鎧』装備ぐらいしかまともな装備ないんだけど…私、鎧系の装備着ると、アレが発動しちゃうかもしれないんだよ。」
「あー…デュラハン種のパッシブスキル、『がらんどう』ですか?」
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がらんどう─『伽藍堂』とも呼ばれるパッシブスキル。体が透明になり、物理判定が消失するスキルである。ただし、装備している鎧や武器は透明にならない。また、透明といっても黒い霧のようなモヤがかかるので、まったく見えないという訳でもない。
元は、首無し騎士デュラハンの伝承の1つを再現する為に作られたスキルである。
伝承に載っているデュラハンの姿の1つが、
しかし、『片手に頭を持つ』という仕様が、プレイヤー側のシステム上では再現不可能だった。(※敵として出現するデュラハンは、頭を片手に持ってる種類が居ます。)
ユグドラシルでのメリット効果は、
①胴体部分の鎧が壊れない限り、肉体へのダメージを受けない。
という効果であり、防御力と耐久度の高い防具を付けている程恩恵が高い。
デメリット効果は、
①胴体部分の鎧が破壊されると、スキル『がらんどう』が解除される。
②スキル『がらんどう』が発動している時に、手足の鎧を破壊されると、武器やアイテムが持てない。足の判定も消える。(※移動は可能)
③神聖属性と光属性の武器や魔法のみ、スキル『がらんどう』が発動していても肉体にダメージを受ける。
④スキル『がらんどう』が発動している時は、頭装備が1〜2㌢程フワフワ浮く。
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「そう!でも、今の私は人間だよ?頭装備がフワフワ浮く仕様が異世界でどう変化しているのかさえ、まだ確認できてないんだよ?頭の無いデュラハンだった私は、頭装備が要らなかったからユグドラシルでも頭装備してなかったけど!もう一度言うよ?今の私は人間だよ?」
スキル『がらんどう』によって、肉体が消えるのはまだ良い。だが、人間になってしまっているリュウノにとって、頭がフワフワ浮くのは首が外れるのと同意である。下手をすれば、即死する可能性もある。
「良いじゃないですか。試してみる価値はありますよ。どんな風に仕様が変化してるか、Let's tryです。フフッwww」
「ウルベルトさん、絶対笑ってるでしょ!?他人事だとおもって!」
「未知を未知のまま放っておくのはいけませんよ?wwそれに、頭装備を装着しないとデュラハンだと1発でバレますよ?wぷっwwくくww」
「テメェ!笑ってんじゃねー!コッチは死ぬかもしれねーんだぞ!」
あの悪魔!絶対楽しんでるだろ!他人の不幸を喜びやがって!
「そう言いながら、既に鎧を着ているのでは?リュウノさん。」
「うっ…まあ、鎧までは着てみたよ。スキル『がらんどう』も発動して、体が透けて黒い霧のようなモヤに変化してるけど…まだヘルム(頭装備)は装着してない。」
「良し!被りましょう!リュウノさん。今のリュウノさんは人間ですから、死んでもレッドが蘇らせてくれますよ。www」
「軽い感じで言うんじゃねぇ!コッチは心臓バクバクしてるんだぞ!ぬぅ〜…レッド、私が死んだら復活魔法をお願いね。」
ブラック達がとても心配そうな目で見ている。
初死にが自分のスキルのせいになるかもしれないとは…。これで本当に死んだらバカ丸出しだ!
「良し!被るぞ…ヘルムを!」
勇気を振り絞り、覚悟を決める。
「リュウノさん、やっぱりやめた方が…」
アインズが心配する。
「うっ…でも、もしかしたら浮かないかもしれないし!」
「首が外れたら、リュウノさんが死んじゃうんッスよ!?」
「リュウノさん!やっぱりやめるべきです!」
「メッセージごしに、仲間が死ぬ声なんて聞きたくないですよぉ…」
他のギルドメンバーも心配してくる。
「なんで人が覚悟決めた後から止めにくるんだよ、お前ら!もういい!被るぞ!」
ヘルムを上にかかげ、装着の準備をする。
「行くぞぉ!そりゃあああああああああああああああああぁぁぁ!!」
絶叫しながらヘルムを首部分にガチョリ!とはめる。
「はめたぞヘルム!まだ両手で押さえてるけど!」
「良し!両手を離しましょう、リュウノさん!」
ウルベルトから容赦ない言葉が発せられる。
「うわぁー怖い!手を離したくない!」
「大丈夫です!リュウノさんならきっと!」
「何の根拠もない応援なんかいらねぇよ!」
ウルベルトさん、絶対首が外れる事期待してるだろ!
「あー!死にたくない!死にたくないよぉー!でも、もう装着しちゃったし…ゆっくりと手を──」
そろ〜と、手を離す。
「どうだ!?ブラック!私の頭、浮いてる?浮いてない?どお!?」
「大丈夫です!ご主人様。浮いてません!」
「マジ!?浮いてない?首とれてない?よっしゃぁぁセーフ!」
首が外れなかった。これは、自分が人間になってるせいなのか?よく分からんが、とにかく死ななくて良かった良かった!
「まだです!リュウノさん!お辞儀やジャンプで外れる可能性もありますよ?」
「怖い事言うんじゃねぇ!この悪魔!」
「確認は大事ですよぉ?さあ、早く!フフッww」
「ちくしょう!やってやらぁ!そい!ほい!おりゃぁぁ!」
お辞儀、ジャンプ、オマケの回転ジャンプをやってみた。
「よっしゃぁぁ!とれなかった!私の首は安泰だ!」
「チッ…つまらないですねぇ…首がポーンって外れるのを期待したんですが…」
「てめぇ!ぶん殴るぞ!コッチは涙目でやってんのに!」
「フフッwすみません、冗談ですよ〜。本気にしないで下さい、リュウノさん。」
「ウルベルトさん!冗談がすぎますよ!」
ウルベルトの悪ふざけをたっち・みーが注意し始める。
「なんです?たっちさん。貴方には関係ないでしょ。」
「関係あるなしの問題ではなく、仲間に対してそういう言い方はどうかと思いますが?」
「ちゃんと謝ったじゃないですか。なにか問題でも?」
「だいたいウルベルトさんは、いつもそうやって──」
「ちょ!ウルベルトさん!もうちょっと声を小さく!『漆黒の剣』の皆さんに聞かれますよ!」
「たっちさん!メッセージごしにケンカはダメッス!」
ギルドメンバーが二人のケンカを止めようとしている声が届く。
「はぁ〜…鎧装備を装着するのに、なんでこんなに緊張しなきゃいけないんだよ!まったく!汗ビッショリだよ…1回ヘルム脱ご…」
ギルドメンバー達のメッセージを無視して、ヘルムをとる。その瞬間──
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あぁぁぁ──!!」
また絶叫してしまった。
ギルドメンバー達が悲鳴にビックリして、会話がとまる。
「首がとれた!首がとれたぁぁー!死ぬぅー!」
「リュウノさん、どうしたんですか!?」
「ご主人様、どうなされたのです!?」
「ヘルムを取ろうとしたら、頭と一緒に首がとれたぁぁー!ほら見て、ブラック!頭が浮いてるでしょ!」
両手を離すと、頭がフワフワと浮いた状態で滞空している。
「ホントに浮いてます!」
「やっぱりー!しかも、浮いた頭がちゃんと体の動きに合わせて動いてくれるし!けど…うっ…頭がフワフワしてるせいで気持ち悪い…またくっつくかな?お!?くっついたぁー!良かったぁー!」
頭は着脱可能である事がわかった。ユリのように、チョーカーで止める必要はないようだ。
首がとれたのに死なないのは、体が『がらんどう』状態だからだろうか?謎だ…。
ギルドメンバー達の安堵の声が聞こえる。ウルベルトとたっちも、リュウノの悲鳴でケンカが止まったようだ。
「でも、どうやってヘルムを脱げば…」
「鎧を脱いで、『がらんどう』を解除すればよいのでは?」
「その手があったか!サンキューヘロヘロさん!」
言われた通りにすると、ヘルムを脱ぐ事ができた。これで、問題が解決し、安心してエ・ランテルに行く事ができる!
「良し!これで第三の変装姿ができた!アダマンタイトのプレートは外しておくか。…では!今からそっちに行くからな!たっちさん!」