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城塞都市エ・ランテル──その都市にある冒険者組合の建物内1階の暖炉前の長椅子に、ある純白の鎧を着た男が座っていた。
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーのなかでも最強を誇る男──たっち・みー、である。
『コンプライアンス・ウィズ・ロー』
たっち・みーがユグドラシルのワールドチャンピオンになった際に選んだ装備である。全身を覆う鎧のおかげで、たっち・みーは異形種である事がバレていない。
たっち・みーの隣には、ブリタというアイアン級冒険者が座っている。
ブリタの外見は──
髪は赤毛、動きやすい長さに乱雑に切っていて、与える印象は鳥の巣。
顔立ちは悪くないが、目付きが鋭く、化粧は一切していない。
肌は日焼けしており、健康的な小麦色をしている。
筋肉が隆起し、手には剣だこがある。
女というよりも「戦士」という雰囲気。
装備は、武器が剣。
防具に帯鎧(バンデッド・アーマー)を着ている。
「まだ続いてるわね、
「そうですね。朝方到着して、冒険者組合にヴァンパイアの1件を報告してから、ずっとですからね。」
二人は、吹き抜けになっている二階の会議部屋を見つめている。そこから、ヴァンパイアに関して討論を行っている人達の声がするからだ。
現在、冒険者組合では、エ・ランテルで最高クラスであるミスリル級冒険者チームを集合させ、冒険者組合長の『プルトン・アインザック』と共に、盗賊団がアジトにしていた場所に出現したヴァンパイアに関する会議を行っていた。
プルトン・アインザック組合長が報告書を読んでいる。
組合長の外見は──
若くはないが屈強な体付きをしており、ひと目で歴戦の強者とわかる雰囲気を出している。
白いヒゲを生やし、白髪のアフロという見た目だ。
「午前中に、シルバーとゴールドの冒険者チームに、ヴァンパイアが出現した場所の調査を依頼したが、彼等の調べではヴァンパイアは発見できなかったそうだ。」
シャルティアが殺した盗賊団の人間は、既にナザリックに移送されている。発見できるはずがない。
「ただ、盗賊団のアジトには死体は無かったものの、大量の血痕が発見されている。
生還した者達というのが、たっちとブリタの冒険者チームの事である。しかし、ブリタのチームの仲間数名が、シャルティアが連れていた
何故こんな事態になったか。それは──盗賊団を全滅させ、ブレイン・アングラウスを捕縛した後の事であった。
たっちは、シャルティア達に死体とブレインをナザリックに運ぶよう指示を出し、盗賊団に捕まっていた女達を助け、入口まで運んでいた。その時、盗賊団の調査に来たブリタの冒険者チームと出会ったのだ。
「貴方、誰!?その女の人達は何!?」
ブリタのチームに、たっちは咄嗟に嘘をついた。
「私の名前はたっちと言います。旅をしている者です。野宿するために洞窟に入ったら、中に死体の山があって、奥を調べたら、この女性達を発見したので救助していたところです!手を貸して下さい!」
「それはいいけど…ここは盗賊団のアジトよ!?」
「それは捕まっていた、この女性達から聞きました。盗賊団の奴らに酷い仕打ちを受けてたらしいです。でも…少し前にヴァンパイアが攻めてきて、盗賊団達は皆殺しにされたらしいんですよ。」
「本当に!?なら仕方ない、手を貸すわ。アンタ達は、奥を調査して来て!」
「「「おう!」」」
そうやって何とか誤魔化したものの、奥を調べに行ったブリタの仲間数名が、死体運びが終わった事を報告しに来たシャルティアと
「貴方達は、捕まっていた女性達を連れて外へ!私が時間を稼ぎますから!」
「わ、わかったわ!」
「あら?これはどういう状況でありんすの?たっ──」
「ヴァンパイアめ!動くなよ!さあ早く逃げて!」
「だから、これはどういう──」
「シャラァァァップ!!(黙ってくれシャルティア!頼むから!)」
そうやってブリタチームを先に行かせ、後からシャルティアに事情を説明し、撤退させた。あとは、生き残ったブリタのチームと協力して、捕まっていた女性達を運びつつ、エ・ランテルに帰還した。
そのため、ブリタのチームが冒険者組合にヴァンパイアの事を報告、今に至るのだ。
「殺されたのはアイアンの冒険者だろ?ミスリル級の俺達なら、ヴァンパイア程度でギャーギャー騒いだりしないっつーの。」
「そう言うな、イグヴァルジ。生還者達の報告では、リーダーと思しき、恐ろしい見た目のヴァンパイアも居たそうだ。油断するべきではないと思うが?」
「死体が無くなっていたという事は、ヴァンパイアの根城が何処かに存在する可能性がある、という事ですかな?組合長。」
「可能性はある。目撃場所を中心に、周囲を探索する必要があるかもしれん。」
「エ・ランテルの共同墓地は?あそこにヴァンパイアが現れたという報告はありますか?」
「今のところはない。定期的に冒険者に依頼し、アンデッド狩りをさせているが、ヴァンパイアを目撃したという報告はきてない。防護壁の兵士達からも、ヴァンパイアの報告はない。」
組合長とミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』『天狼』『虹』のリーダー三人が、それぞれの意見を出し、今後の方針を練っている。
ブリタがたっちに尋ねる。
「アンタの知り合いが来るって話だったけど…まだ来ないの?」
「そろそろ来るはずなんですが…」
たっちがそう言った時、冒険者組合の扉が開き、全身フルプレートの竜騎士風の集団が入ってきた。
「あ!あれですよ。」
たっちが指さす。
「あれが…アンタの知り合いなの?」
ブリタは眉をひそめながら、入ってきた騎士集団を観察する。
先頭を歩くのは、全身黒いフルプレートの竜騎士鎧の人物。背中に黒いマントに黒い大剣を背負っている。首には、ドラゴンの顔を模したような形の銀色の勲章を下げている。顔がわからないが、目の部分が赤く光っているように見える。以前出会ったモモンという冒険者と比べると、あまり威圧感が感じられない。歴戦の戦士のような雰囲気を感じさせるものの、どこか油断できない気配を漂わせている。ただ、後ろに並んでいる竜騎士達より身長が低いせいか、子供のように見えてしまう。
黒の竜騎士の後から入ってきた竜騎士達は、全員の身長が高く、2㍍を超えているのは確実だった。
全員、顔を竜騎士ヘルムで隠しているが、体格の違いから男女が複数居ることがわかる。
まず、男性と思しき竜騎士達は、灰色、真紅、茶色、黄緑、青色が2名、紫の鎧を着た計7名。
女性と思しき竜騎士達は、水色、白と金が入り混じった色、緑、白、こげ茶色の鎧を着た計5名。
それぞれが背中や腰に、見たことも無い程の価値が高そうな剣や槍を装備している。
黒の竜騎士を足して、計13名の竜騎士の格好をした人物達が、ぞろぞろと入ってきた。アイアン級の冒険者であるブリタでも、今入ってきた全員から、『ただものでは無い雰囲気』がでているのがわかった。
冒険者組合の施設は、出入口から入ってすぐが、受付や依頼書が貼られた掲示板がある広い部屋である。依頼書が貼られた掲示板の前には、長椅子がいくつも並べられており、様々なランクの冒険者達が屯っている。掲示板の裏が階段になっており、吹き抜けの二階にある会議室へと続いている。二階に上がる階段の下に、受付が設置されている。
掲示板の前に屯している冒険者達が、異様にカラフルな竜騎士達に目をやる。
「何だよあれは…王国の兵士か?」
「冒険者ではないようだな。」
「御大層な鎧だな。金持ちのボンボンか何かか?」
見世物感覚で見物している冒険者達をよそに、黒の竜騎士が辺りを見渡す。そして、目的の人物を発見し、近づいていく。
だが──
歩いていた黒の竜騎士の動きがピタリと止まり、足元を見ている。ハゲ頭のアイアン級の冒険者が、短い足を精一杯伸ばし、黒の竜騎士の進路を妨害していた。
「あ!アイツ!また懲りずに『洗礼』なんかしちゃって…」
「どうしました?ブリタさん。」
「あの冒険者、前にも同じ事してぶん投げられてるのよ。えーと確か、モモンとか言う漆黒のフルプレートの人にアレやって、ぶん投げられたの。」
「ああ…。なるほど。」
あの冒険者、モモンさんにケンカ売ったのか。度胸があるのか、バカなのか…。
「『洗礼』というのは?」
「新参者に対して実力を測るためにやる、言わば挨拶みたいなものよ。」
「そういうのもあるんですね。」
「さぁて、あの竜騎士様はどうするのかしら?」
一方、黒の竜騎士は──まあ、正体はリュウノなのだが、自分の進路を妨害する冒険者に戸惑っていた。
「(何だコイツ!?これはあれか?ケンカを売られてるのか?でも、無理矢理退かすのもアレだし…)」
リュウノが戸惑っていると、灰色の竜騎士・ファフニールが前に出て、進路を妨害している冒険者に突っかかる。
「おい。足を退かせ、人間。我等の主人が歩けないだろ。」
「ああん?跨いで行けばいいだろ?これぐらい…」
ハゲ頭の冒険者は、足を退かす気がないらしい。
「貴様ぁ…!」
明らかにイラついた態度を見せるファフニールに、リュウノが咳払いをする。ファフニールが「失礼しました!主人。」と言いながら、小さくお辞儀をして下がる。
「(なるべく騒ぎにしたくないし、これぐらい跨げば良いだけだ。)」
冒険者の足を踏まないように、リュウノが高めに足を上げ跨いで通ろうとしたが──
「ぬぉっ!?とととっ!?」
ガッ!と、後ろの足を引っ掛けられ、バランスを崩し──
「あいたっ!」
ガシャン!と音をたてて転んでしまった。
周りにいる冒険者達から、クスクスと笑い声が上がる。
「あの黒騎士、コケやがったw」
「見掛け倒しかよw」
「御大層な鎧は飾りか?ww」
「今の声…女だったよな?」
「ああ。男かと思ったぜ。」
倒れたリュウノに、ナーガとリヴァイアサンが駆け寄る。
「主人!大丈夫ですか!?」
「お怪我は!?」
「だ、大丈夫だ!問題ない。」
リュウノは立ち上がりながら、足を引っ掛けたハゲ頭の冒険者をヘルム越しに睨む。
「(コイツ!わざとやりやがったなぁ!)」
「ああ〜…すまねぇアンタ。退かそうと思って足上げたら、アンタの足に当たっちまった。」
悪びれる様子もなく、足を引っ掛けた冒険者が言う。その態度に、竜王達が怒る。
「貴様ぁ!わざと主人の足を引っ掛けただろ!」
「コイツ、殺しましょう。」
「誰にケンカ売ったのか、わからせるべきだな。」
「主人に対する無礼、死で償え!」
今にもハゲ頭の冒険者を殺しそうな雰囲気を出す竜王達。それを見たリュウノは慌てて止めに入る。
「よせ!お前達。今のは私の不注意だったんだ。ソイツは悪くない。」
「しかし、主人!この人間は──」
「私の指示に従え!問題を起こすな!」
主人であるリュウノが強く命令する。それを見た冒険者達が、リュウノがどこかの貴族の令嬢のような偉い人物ではないか?という予想や、偉い役職に就いている人物の娘ではないか?という予想をし始める。
「申し訳ございません、我が主人。」
ファフニールが代表して謝る。流石の竜王達も、主人に命令された以上、従うしかない。スッキリしない面持ちでハゲ頭の冒険者の前を通り過ぎる。
「主人が優しい人で良かったな。」
「命拾いしたぞ…お前…。」
「次やったら殺すから。」
竜王達が捨て台詞を吐く。ハゲ頭の冒険者は、まるで気にせず椅子に座っていた。
ハゲ頭の冒険者とリュウノのやり取りを見ていたブリタが、やれやれと言わんばかりの表情でたっちに語りかける。
「あちゃー…あれは舐められたねぇ…」
「新参者の対応次第で扱いが変わるのですか?」
「多少はね。今の感じだと、あの黒騎士ちゃんが1人で居る時は、周りの冒険者達の態度がデカくなるだろうね。」
「なるほど…勉強になります。」
ブリタとたっちが話していたところに、リュウノが合流する。
「たっちさん!おまたせ!」
リュウノが片手を上げ、明るい声で駆け寄ってくる。それだけで、リュウノとたっちが親しい関係である事が伝わる。
「リュウノさん、わざわざ来てくれてありがとうございます。」
椅子から立ち上がり、たっちが会釈する。
「そりゃあ、ギルメ──ゴホン!─友達が困っているとなったら助けるのは当たり前だろ?」
「それ私の決めゼリフですよwww」
「良いだろ〜、私が使っても!で、そちらの方は?」
リュウノが椅子に座りながら、たっちの隣に座っていた人物について尋ねる。
「アイアン級冒険者のブリタと言います。」
「よろしく、ブリタさん。私はリュウノと言います。コッチは私の部下達です。」
竜王達がお辞儀する。竜王達は、リュウノを警護するかのように、周りを囲んでいる。その状況に、ブリタは戸惑いながらもお辞儀を返す。
「で、たっちさん。困った事って何?」
「はい。実は──」
たっちから事情を説明される。むろん、ブリタという冒険者がいるため、ナザリックに関係ある話の部分は省かれたが、リュウノは概ね理解できた。
「──なるほど。つまり、簡単に言えば、このヴァンパイア騒動を鎮めてほしい訳だ。」
「はい。できますか?リュウノさん。」
「ん〜…
「というと?」
「それは後で説明する。それより──」
そこで一旦言葉を切ると、リュウノはブリタの方を見る。
「ブリタさん、今日の夜はどうする予定で?」
「え?宿屋に一泊するつもりだけど…なんでそんな事聞くのよ。」
「ヴァンパイアの姿…見たんでしょ?」
「ええ。見たわよ。恐ろしい姿のヴァンパイアを…」
「それは逆に言えば、
「え!?本当なの、それ!」
途端に不安そうな表情になるブリタ。余程怖かったのだろう。
「ああ。だから宿屋は危険すぎる。今日の夜は、できる限り冒険者組合に居た方がまだ安全だぞ。ま、ヴァンパイアに襲われたいなら、宿屋でも構わないが。」
「そんなの嫌に決まってるでしょ!わ、わかったわよ!今日はココに大人しく居るわ。」
「よろしい。さて…できる限りのアドバイスはしたし!じゃあ、私は下見を兼ねた調査に行ってくるから。たっちさん、行こ!」
「ええ。」
リュウノとたっちが立ち上がる。
「では、ブリタさん。また後で。」
「ええ。アンタらも気をつけてね。」
ブリタと別れ、入口に向かって歩きだす。たっちとリュウノ、その後に竜王達が続いて歩く。
たっちがリュウノに話しかける。
「リュウノさんの鎧姿、久しぶりに見ましたよ。いつもは軍服姿ですから、なんか新鮮です。」
「滅多に着ないからねーこれ。銃が似合わないのと、頭がないせいか、『さまよう鎧』と勘違いされるんだよね。」
「あーwそんな事もありましたねー。初めてその姿でダンジョン探索してる時に、ばったり出会ったギルドメンバーにエネミーと勘違いされて神聖魔法かけられたりしてましたよねww」
「あー!あったあった!あれマジ酷かったよ。チャット打ってる間にどんどん攻撃され──でぇぇ!?」
突如、リュウノが何かに躓き、再びガシャン!と倒れる。周りに居た冒険者達がまたクスクスと笑い出す。
「見ろ!また
「二回も引っ掛かる奴、初めてみたぜw」
竜王達が慌ててリュウノに駆け寄る。
「主人!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ!いちいち駆け寄るな!それより──」
リュウノは起き上がり、足を引っ掛けた犯人を見る。あのハゲ頭の冒険者を。
「またお前かぁ…」
「貴様ぁ!また主人の足を!」
「アンタ、何様のつもりよ!?」
「主人に謝ってもらおうか!」
竜王達が口々に文句を言うが、ハゲ頭の冒険者は意に返さない。
「よそ見してるアンタらが悪いんだろ〜。これぐらい避けろよなぁ。まったく。足が折れたらどうすんだ?ああん?」
まったく悪びれる様子がないハゲ頭に、ついにリュウノの怒りが爆発する。
「おい。お前達…ちょっと下がれ…。」
鎧の隙間から、赤と黒のオーラを静かに噴き出しながらリュウノが言う。その瞬間周囲にいた冒険者達が、突然襲ってきた恐怖に震え出す。リュウノから発せられる圧倒的な殺意を感じ取ったからだ。
「ひっ!?なんだよありゃ…」
「なんかやべぇって!あれ!」
「あの黒騎士、もの凄くヤバイ奴なんじゃないか!?」
リュウノが一歩一歩、ハゲ頭の冒険者に近付いていく。
「ひぃぃぃ!」
ハゲ頭の冒険者は、リュウノの殺気に恐れをなし、椅子から転げ落ちながら後ずさりしている。
「まずい!主人がお怒りだ!」
「ああ…あの人間、終わったわね。」
「仕方ないさ。むしろ、主人はよく我慢した方かもしれん。」
竜王達が、リュウノが『怒りのオーラ』を発動した事を察し距離をとる。が、ただ一人、恐ろしい殺気を放つリュウノに立ち塞がる人物が居た。たっち・みーである。
「リュウノさん!落ち着いて!気持ちは分かりますが、殺しては駄目です!」
「わかってる!だから、どいて下さい。」
片手でたっちを押しのけながら、リュウノは近くにあった長椅子の端っこを掴むと、その長椅子を片手で悠々と持ち上げ、高々と掲げる。大人でも片手で持ち上げるのは無理そうな長椅子を余裕で持ち上げるリュウノ。その光景を見た冒険者達が驚きの声を上げる。
「おいテメェ。私が何故こんなに怒ってるか、わかるか?」
「ひぃ!?」
「わかるかってきいてんだよ!」
リュウノが、持ち上げていた長椅子を力強く床に叩きつけた。長椅子が激しい音を発しながらグチャグチャになり、破片が飛び散る。冒険者達から小さな悲鳴が上がる。
「ひゃぁぁぁ!?」
ハゲ頭の冒険者がより一層震え上がり、尻もちをつきながら後ずさりする。
「おい!何の騒ぎだ!」
二階に居た組合長やミスリル級の冒険者達が、上から下の様子を覗き込んでいる。
リュウノは懐からハンドガンを取り出すと、ハゲ頭の冒険者の足元ギリギリに向かって乱射する。
「私が怒っているのは、足を引っ掛けられたからじゃない!」
「ひぁぁ!許して!」
ハゲ頭の冒険者が、乱射されるハンドガンの弾にビビりながら後ずさりし、どんどん壁側に追い詰められる。
「皆の前で恥をかかされたからでもない!」
「ごめんなさい!すみませんでした!」
謝り続けるハゲ頭の冒険者がついに壁に到達する。
「仲間との楽しい
リュウノが、ハゲ頭の冒険者の頭スレスレの高さの壁に向かって拳を叩きつけた。凄まじい音と衝撃が建物全体を揺らす。その衝撃はあまりにも強く、冒険者組合の壁にとても大きなヒビ割れができていた。
その場にいた全ての人間が愕然とする中、ハゲ頭の冒険者だけが蹲り、ガクガク震えながら小声で謝罪していた。
「いいか?私はな、少し前まで声が出せず喋れなかったんだ!今は訳あって喋れるようになったから、仲間と直接会って会話するのは、私の数少ない幸せなんだよ!テメェはそれを邪魔したんだ!」
「ひぃ──あああああ──」
もはや、ハゲ頭の冒険者は悲鳴すら上げられず、ビクビクと震える事しかできなかった。
「ふん。雑魚が…」
もう興味がなくなったと言わんばかりの様子で振り返ったリュウノは、早歩きで受付に向かう。
「おい、受付の女!」
「ひっ!?な、何でしょうか…?」
明らかにビビっている受付嬢にリュウノは質問する。
「壊した長椅子と床と壁、修理代はだいたいいくらぐらいになる?」
「は、はい!えっと…概ねこれぐらいかと…」
受付嬢が金額を言うと、リュウノがゴソゴソと懐をまさぐる。すると、言われた金額の2倍の金貨が入った袋を取り出し、受付嬢に投げ渡す。
「アンタが言った金額の2倍入ってる。これだけあれば余裕だろ?」
「に、2倍ですか!?」
受付嬢が驚き、聞き返すが─
「何か問題でも?」
「いえ!な、何もごさいません!」
「よろしい。」
完全にリュウノに気圧され、それ以上何も言えなかった。
「たっちさん、早く外に行きましょう。こんな最低な場所、とっとと出ましょう。」
「え、ええ…。」
依然として『怒りのオーラ』を放つリュウノに、流石のたっちも素直に従う。リュウノ達が入口の近くまで来た時、階段の方から呼び止める人物が居た。
「待ちたまえ、君達。」
「誰ですか?貴方…。」
「わ、私はここの冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックと言う者だ。」
リュウノが放つ殺気に、必死に耐えながら名乗るアインザック。組合長としての立場上、引き下がる訳にはいかない!という気合いを感じさせる。
「何か御用でも?修理代なら、受付嬢に渡してますが?」
「いや…それはいいんだ。ただ、君達が何者か気になってね。先程の腕力といい、資金の潤沢さといい、よほど名のある方なのでは?」
アインザックは、謎の竜騎士達の素性を知りたかったのだ。
「そうですね…。貴方、竜人三人を連れた首無し騎士デュラハンはご存知ですか?」
「あ、ああ。知っている。王国戦士長と共に、この組合に訪れたとか。なんでも、王国の冒険者になる予定で、冒険者組合がどういう所なのか下見に来ていたと言う情報も入っているが…」
「なら話が早い。そのデュラハン達、今日アダマンタイトの冒険者になりましたよ。チーム名は『竜の宝』と言うらしいです。数日後には、王都から噂が流れてくるでしょう。」
「それは本当かね!?しかし、そのデュラハンと君達に何の関係があるのかね?」
「その前に、貴方の組合を荒らしてすみませんでした。少々イライラしていたもので…」
突然の謝罪に、アインザックは困惑する。
「それは別に構わんが──」
「ですが!」
アインザックの言葉を遮り、リュウノは続ける。
「ですがご安心を。今貴方達が抱えているヴァンパイア問題を解決したら、もう二度とこの組合には顔を出さないので。」
「それは…どうしてかね?」
リュウノは懐からアダマンタイトのプレートを取り出し、アインザックに見せる。
「それは!アダマンタイトのプレート!」
アインザックを含む周囲の冒険者達から驚きの声が上がる。
「あの黒騎士…アダマンタイト級の冒険者だったのか!」
「マジかよ…初めて見た…」
「どうりで凄い訳だ…」
全員が理解する。黒騎士が何故こんなに強いのか、恐ろしいのか。その理由がアダマンタイト級の冒険者というだけで納得できるのだ。
「まさか!君は、さっき言っていた──」
「では!アインザック組合長…私達はヴァンパイアについて調べに行くので、これで失礼します。」
アインザックの言葉を再び遮り、リュウノが一礼し、出入口に向かおうとするが、再びアインザックが呼び止める。
「待ちたまえ!ヴァンパイア問題を解決してくれるのはありがたいが、二度と顔を出さないという理由を教えてくれないか!?」
リュウノは、たっちと竜王達に外に出るように、手で合図する。そして、皆が外に出ていったのを確認すると、アインザックの方を向いた。
「ああ…それですか。簡単な理由ですよ。何故なら──」
「何故なら?」
リュウノはゆっくりと、ヘルムに手を伸ばす。ガチャッ!という音と同時にヘルムが持ち上がる。
「なっ!?」
頭のない鎧がヘルムを片手で持ち上げていた。
アインザックとその場にいた冒険者達が唖然とする中、首無し騎士は言った。
「
ヘルムを元の首に装着し、リュウノが入口の方を向く。
「では、失礼する。」
そう言い残し、立ち去った。
圧倒的な殺気が無くなり、周りにいた冒険者達が深く呼吸を繰り返す。あの黒騎士が放つ殺気のせいで、ずっと首を絞められているような感覚に囚われていたからだ。でも、その感覚からようやく解放された。しかし、誰も言葉を発しなかった。ただ一人を除いて。
「あれが…アダマンタイト級冒険者…いや、そうじゃない…あれは──」
アインザック組合長だけが不敵な笑みを浮かべ、リュウノが出ていった出入口を見ていた。
「あれは──英雄を超えた…恐ろしい何かだ…」
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「ああああああああぁぁぁ!!私のバカ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁー!!」
「リュウノさん…」
「主人よ…」
「ご主人様…」
「なんの為に変装したのよ私ぃ〜!ただでさえヴァンパイアというアンデッドの騒ぎが起きてるのに〜〜!もうダメだぁーー!絶対冒険者クビになるぅ〜!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!もうお終いだぁーー!」