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◇エ・ランテル・夜◇
リ・エスティーゼ王国有数の巨大な城塞都市エ・ランテル。その日、都市の各地に設置されていた警鐘が鳴り響いた。都市に住む人々は、王国と敵対している国家による襲撃だと最初は予想した。
しかし、駆けつけた兵士達から、『西地区の墓地にアンデッドの大軍が現れた』と説明を聞いて、都市に住む人々は即座に避難を開始した。
相手が人間なら殺されずにすむ可能性もあるだろう。だが、相手がアンデッドなら確実に殺される未来しかないからだ。
兵士の避難指示に従い、人々は西地区から最も遠い東地区の避難所へと移動する。皆、不安な表情を浮かべているものの、人々は希望的観測を期待していた。
─事態が収束するまでの一時的な避難─
─冒険者や兵士達が解決してくれる─
─自分達は安全な場所で待てばいい─
誰もがそんな気持ちで居たであろう。
しかし──
人々の期待はあっさりと裏切られた。
大半の市民の避難が完了し、市民を守る為に配備された兵士達とカッパーとアイアンの冒険者達が警護していた避難所は、安全な場所から一転して最も危険な場所と化したからだ。
何故なら──
「申し訳ありませんが、ココは我々悪魔が包囲させていただきました。抵抗するものは容赦なく殺しますので…どうか大人しくしていて下さいね?」
悪魔の軍勢により、避難所は包囲された。
警護の兵士や冒険者達は、悪魔の放った『平伏したまえ』という言葉だけで一瞬で無力化された。
避難した人々は逃げる事も助けを呼ぶ事もできず、ただ従うしかなかった。人々は、悪魔を率いるリーダーらしき人物を見つめる。
自分を悪魔と語る人物は、仮面で顔を隠しているため表情は窺い知れない。
服装は南方で着用される服の一種であるスーツを身に纏っている。着用するスーツは遠くからでも仕立ての良さが分かり非常に高い技術で製作された物だと見てとれた。
腰の後ろから尻尾が出ている事が、その人物が人間ではない事を証明していた。
「私の名は…『ヤルダバオト』と言います。魔王と呼ばれた魔神によって作り出された悪魔でございます。以後お見知りおきを。」
ヤルダバオトは丁寧な一礼をすると、避難所にいた市民達に言った。
「では、手始めに女と子供を攫わせていただきますが…構いませんよね?」
─時は少し遡る─
「まさか、墓地にアンデッドが大量発生するなんて!」
「今までこんな事、なかったのにな…」
「まったくであ〜る。」
「とにかく、僕達も支度を整えて、墓地に向かいましょう!」
エ・ランテルに帰還したチーム『漆黒の剣』は、冒険者組合に来ていた。住民に避難指示を出していた兵士から、エ・ランテルで起きている異常事態について教えてもらったからだ。
冒険者組合に到着した『漆黒の剣』は、同伴していたモモンチームと一緒に組合の受付嬢から『対アンデッド対策』に関する説明と指示を受け、墓地へと向かう準備をしていた。
現在、エ・ランテルの冒険者達のほとんどが出撃しており、カッパーとアイアンのクラスの冒険者は後方支援、それ以上のクラスは墓地でアンデッドの迎撃を行うよう指示が出されていた。
「帰ってくるなりアンデッド騒動とは…。」
「穏やかじゃないっスね…。」
「まぁ、私達は後方支援組ですから、アンデッドはランクの高い冒険者の皆さんにお任せしましょう。」
「残念っす〜…暴れたかったのにな〜。ねー、ナーちゃん。」
「私達が出れば、すぐ終わってしまうもの。」
「皆さんお強いでござるからな〜。」
モモンチームはカッパーランクのため墓地に向かう事ができなかった。代わりに、ンフィーレアから、護衛の依頼を続行してもらえないかと頼まれている。
「すみません、モモンさん。私達、ここで一旦お別れです。あなた方にも来ていただけたら心強かったのですが、組合の指示では仕方ありませんから。」
「お構いなく。私達は、バレアレさんの護衛につく事になってますので。」
「そうですか。では、私達は墓地に行ってきます!」
「ええ。気をつけて行って下さい。またお会いできた時は、『十三英雄』の御伽噺の続きを聞かせて下さい。」
「はい!」
『漆黒の剣』のメンバーは冒険者組合を出て墓地へと出発した。それを見送ったモモン達は、ンフィーレアとの再会を喜んでいたリィジーの元に向かう。
モモン達が来た事を確認したンフィーレアは、リィジーにモモン達を紹介する。
「お主らが孫を護衛してくれたのか。すまないのぉ〜…オマケに、引き続き護衛をしてくれるとは。」
「はい。お孫さんにお願いされましたから。」
「お婆ちゃんがヴァンパイアに狙われる可能性があるらしいとの事で、僕の方からお願いしたんだよ。」
「安心して下さい。ヴァンパイア程度、私達の敵ではありませんから。」
モモンが自信たっぷりに言う。無論、モモン達がこんなに余裕な態度なのはヴァンパイア達の強さを事前に知っているからだ。
そんな自信たっぷりに答えるモモン達を見て、ンフィーレアはモモンの言葉に嘘偽りがないと確信している。
理由は、薬草採取の依頼での旅でモモン達の実力の高さを実際に確認できていたからだ。
旅の途中、ゴブリンとオーガの群れに遭遇した事があり、その時の戦闘は凄いものであった。
所持している二刀のグレートソードでオーガを次々と斬り倒したモモン。
神官でありながら、オーガを殴り飛ばしたルプ。
的確な射撃で近づくゴブリン達を狙撃したペロロン。
圧倒的な魔法でゴブリンやオーガを迎撃したウルベルとナーベ。
その戦いぶりは、とてもカッパーの冒険者とは呼べないものであり、ミスリル以上のランクの冒険者だと誰もが思ってしまう程であった。シルバーのランクの『漆黒の剣』ですら、頭が上がらなくなる程だったのだ。
「ですがモモンさん、本当に申し訳ありません。カルネ村から帰ってきたばかりなのに、引き続き護衛をお願いする事になってしまって。」
「いえいえ。元からそういう依頼でしたし。最後までお供しますよ。」
「本当ですか!ありがとうございます!モモンさん!」
ンフィーレアの顔が明るくなる。モモン達の実力の高さをしってるンフィーレアは、モモン達が護衛についてくれた事を心強く思っているのだろう。
「では、早速で悪いんじゃが、まずはワシ等と一緒に店に行って荷降ろしを手伝ってくれぬか?荷物を降ろした後、荷馬車にありったけのポーションを積んで墓地にまで運ぶ予定じゃ。戦いで傷ついた奴らを治療してやる必要があるかもしれんからのぉ。」
「わかりました。では行きましょうか、バレアレさん。道中、ヴァンパイアが襲って来たら返り討ちにしてあげますよ。」
「ふぉっふぉっふぉっ!それは頼もしいのぉ!」
この異世界には、たくさんの『御伽噺』が存在する。その中でも『十三英雄』の御伽噺は有名であり、多くの若者達が憧れる伝説となってもいる。
──『十三英雄』──
二百年ほど前に活躍した御伽噺で語られる英雄達である。
かつて、悪魔の王的存在「魔神」が配下の悪魔を引き連れ世界を滅ぼしかけた。魔神との戦いは種族の垣根を越えた戦いであったために数多くの人間以外の英雄が存在していた。最終的には十三英雄が天界から9体の女神を降臨させ滅ぼしたということになってはいる。(封印したとも言われている。)その戦いの傷跡が、今なお残る場所もある。
人間を重視する者達からすればあまり多種族が活躍したという英雄譚を流されたくなかったので、人間以外の英雄たちが英雄譚の中に名前が上がらなくなっている。そのため、本来は13人以上の英雄が居たとも噂されている。
十三英雄の最後は、『神竜』との戦いであり、相打ちとも敗北したといわれている。戻ってきた13英雄は黙して語らず、真相は闇の中となっている
その十三英雄の中でも、子供達に人気なのが『黒騎士』または『暗黒騎士』と呼ばれている英雄だ。『四大暗黒剣』の所持者で、『悪魔との混血児』と言われているが、英雄譚では故意に隠されたりしているので、謎が多い英雄でもある。
四大暗黒剣の名前は、邪剣・ヒューミリス、魔剣・キリネイラム、腐剣・コロクダバール、死剣スフィーズという。
『黒騎士』が人気の理由は色々あるのだが、王国有数のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーが四大暗黒剣の一つを所有している事による影響が1番デカい。御伽噺の英雄の武器が実際に存在する。それだけで、その英雄が実在したという証明になるのだから。なにより身近に感じるおかげで受け入れやすいというのもあるかもしれない。
そんな英雄の『御伽噺』に影響を受ける冒険者も少なからずいる。例えば──そう──とある四人組の冒険者チームもそうだった。
シルバー級冒険者チーム『漆黒の剣』は墓地へと急いでいた。
カルネ村から約1日かけて歩いて帰還したばかりであり、本来なら宿屋などで旅の疲れをとっているはずだった。
しかし、今は街中パニック状態であり、ゆったりできる状況ではない。
──『漆黒の剣』──
エ・ランテルを拠点に活動している、銀級冒険者チームのチーム名である。
チームの名前の由来は、13英雄の1人、『黒騎士』または『暗黒騎士』と呼ばれていた人物が持っていた4本の魔剣をメンバーのニニャが「欲しい」と言いだしたことで決まり、これをメンバー全員で持つことを夢見ている。
しかし、既に4本の内の2本が他の人によって見つかっており、彼等の夢が叶う可能性はほとんどなくなった。
1本目は『蒼の薔薇』のリーダーが。
そして──2本目の剣である『邪剣・ヒューミリス』は、ドラゴンとの戦いで得たと自慢していた女性が。
エ・ランテルに帰るまでの道中、一緒に行動していたモモンチームと会話しながら、『十三英雄』の御伽噺と、新たに見つかった『暗黒騎士』の2本目の剣と、それを所有していた人物『リュウノ』に関して色々話す機会があった。
モモンさんやペロロンさんはあまり話に乗ってこなかったが、ウルベルさんだけは興味津々であり、『暗黒騎士』が「悪魔との混血児である」と教えると、ものすごく嬉しそうだったのだ。
しかし、ウルベルという人物は、やたら細かい部分を気にする性格だったらしく──
「その暗黒騎士は悪魔の血が入っていたにもかかわらず、英雄側に味方したのですか?」
「魔神側は悪魔を従えていたのに、暗黒騎士が敵対する理由がわかりません。」
「暗黒騎士の剣が1箇所にまとめて保管されてないのも気になりますねぇ。」
など、『暗黒騎士』に関して細かく質問してきたり、疑問を投げかけたりしていた。
そんなウルベルさんと会話している中で、話の話題がリュウノさんの事になったとき、ウルベルさんが妙な事を言ったのだ。
「暗黒騎士の正体がリュウノさんだったらどうします?」
という質問だ。
最初は即座にありえないと否定した。
十三英雄の御伽噺は200年も前の話であり、それに対してリュウノという女性は18歳前後に見えた。年齢的に無理がある。
しかし、見た目の年齢は当てにならないとウルベルさんは言う。
「暗黒騎士の娘という可能性もあるのでは?悪魔の血が混ざっているのなら、エルフ族のように長寿の可能性もありますよ?」
今度は否定しにくかった。暗黒騎士が子孫を作る可能性をまったく考えていなかったからだ。それに、長寿という可能性は大きくありえる。
バハルス帝国には、200年以上生きてる大
「オリハルコン級の冒険者であり、ドラゴンを倒せる程の実力者であるリュウノさんが無名の冒険者というのも変です。昨日の夜、彼女は自慢気にいろいろ武勇伝を語っていましたが…よく考えればおかしな部分だらけです。あれだけの活躍を1人で行っておきながら、彼女はオリハルコン級止まりの冒険者です。アダマンタイト級冒険者なら納得できる武勇伝ではありますがね。召喚士としての才能もあるのに、矛盾する部分が多すぎると思いませんか?」
ウルベルさんの疑問、それに自分達も同意したくなる。リュウノという女性が何者なのかわからなくなってきたからだ。
「彼女は、国王陛下の直筆の書文と義援金をカルネ村に届けに来ましたが、そもそも冒険者に依頼するのも変では?国王陛下の顔を立てるのなら兵士に輸送させるはずです。無名のオリハルコン級冒険者に依頼する理由がわからないのですよ。」
深まる謎。リュウノという女性の正体は何なのか。チームのメンバーで予想し合っても答えは出ない。
だが、ウルベルさんは既に理解したと言わんばかりの表情をしている。
「ただ、逆に言うのであれば、彼女は国王陛下からそれだけの信頼を得ている人物とも言えます。そこで私は思いました。彼女は、暗黒騎士と王族の間にできた隠し子ではないかと!」
流石にその可能性は低いだろうと思った。
王族の血が混ざっているのなら、自分達では想像がつかない程の贅沢な生活をしてきているはずだ。そんな女性が、カルネ村の貧相な食事を美味しそうに食べる訳がない。
「そうですか…ありえないですか…」
自分の予想を否定されたのがショックだったのか、ウルベルさんが少しだけ落ち込んだ表情をしていた。
しかし、すぐに立ち直り、こう言ったのだ。
「まぁ、リュウノさんとはまた何処かですぐ会える気がします。その時、本人に直接聞くのが1番でしょう。」
何故すぐ再会できると思ったのかは謎だった。でも、ウルベルさんの言うとおり、また彼女に会えたら自分達からも質問してみよう。その時はそう思った。
まさか──
向かっていた墓地にて、彼女と再び再会できると誰が予想できただろうか。ましてや、彼女が黒い甲冑を見に纏い、『邪剣・ヒューミリス』を振り回しながらアンデッドの軍勢に果敢に切り込んで行く姿を見る事ができるなんて。
無論、最初は誰かわからなかった。防護壁の上から観戦していた冒険者達に尋ねると、皆が『リュウノ』という名前を出したのだ。しかも、その『リュウノ』という人物とその仲間達が、アンデッドの軍勢のほとんどを蹴散らしていき、集まった冒険者達のほとんどが無傷で済んでいるという状況まで教えられた。
その時、ウルベルが言っていた言葉を思いだしたニニャが仲間に質問する。
「暗黒騎士の正体がリュウノさんかもしれないって話、ホントだったらどうする?」
ニニャの言葉に、ペテルもルクルットもダインも返事を返す事ができなかった。
そして現在──リュウノ達は、二千ものアンデッドの軍勢のほとんどを倒し、残り百体程の
「オラァァ!」
黒騎士装備のリュウノが、騎兵の群れに正面から突撃して薙ぎ倒していく。その突進の速度は凄まじく、イノシシや馬、下手をすれば──人が手懐けられる陸上にて最速の馬──スレイプニールより速いと誰もが感じただろう。
騎兵の後ろに陣取っていた弓兵や魔法使い達がリュウノを攻撃するが、リュウノの足元から伸びた影がリュウノを覆いアンデッド達の攻撃を全て防ぐ。そのままリュウノがその軍勢に飛び込み切り払って一掃していく。
薙ぎ倒された騎兵達は起き上がる間もなく、リュウノの部下達にトドメを刺され倒れていく。
まさに圧勝と言うべき戦いであった。
「こんなものか。大体は掃除できたかな。」
墓地にいたアンデッド達の軍勢はほぼなくなり、後は散りじりになった生き残りのアンデッドがいるだけとなった。
「主人よ!残りは我等が片付けますゆえ、主人はゆっくりお休みを。」
竜王達が自分を気遣ってくれるのは、私が疲労を感じる肉体になっているからだろう。先に戦いを始めていたのは彼等のはずだが…せっかくの気遣いだ。甘えても良いだろう。
「ん…わかった。後は頼む。たっちさん、私達は休憩しよっか。」
「え…っと、良いんですか?」
「大丈夫だよ。」
墓地にいるアンデッド達は自分が召喚したものだ。襲撃のタイミングも自由にできる。なら、少しくらい間をあけても大丈夫だろう。
「手伝ってくれた冒険者の人達に、一応礼を言わないとね。」
「ほとんど私達で片付けてるんですが…」
衛兵から知らせを受けて駆けつけた冒険者達は、防護壁の上に陣取ってアンデッドの軍勢を迎撃する作戦をたてていたが、リュウノ達が墓地内でアンデッド軍勢を相手にしたため、彼等の所にまで到達できたアンデッドは少数という結果に終わっている。
組合長のプルトンとラケシルまで参戦したにもかかわらず、彼等の出番はほぼなく、リュウノ達の戦いを防護壁の上から眺めるだけとなってしまっていた。
「なら、恩着せがましい態度をとってもいいんじゃね?これからやってくる追加の軍勢はちょっとだけ強くしてるし。」
たっちと共に、防護壁に向かって歩く。そして、防護壁の上で防衛に専念していた冒険者達に向かって言う。
「皆さん、ご協力感謝する。おかげでアンデッドの処理がだいぶ楽になった。」
「何を言う、リュウノ君。君達が居なければ、我々だけでは防ぎきれなかったかもしれない。こちらからも礼を言わせてもらうよ!」
冒険者達を代表して、組合長であるプルトンが礼を言ってくる。
組合長がわざわざ礼を言うという事は、少しは私の評価が上がったか、信用してくれているという事だろう。
リュウノは近くにあった墓石に腰掛け、胴体と頭の装備を外し、竜人の姿を晒しながら一息つく。
「少し休憩したら、墓地の最奥にいるであろうズーラーノーンの奴らを捕まえに行きましょう。彼等の計画は、ほぼ防げたようなものでしょうから。」
「そ、そうだったな。ズーラーノーンが今回の件の首謀者だったな。」
アンデッドの軍勢を退治して安心していたのだろう。組合長は、元凶であるズーラーノーンの事を忘れていたようだ。
無理もないか…そう納得しながら休んでいると、防護壁の門が開く。
「おい、黒騎士女。」
「む?」
イグヴァジルを筆頭に、3つのミスリル冒険者チームが防護壁の門を潜り、リュウノの前にやってくる。相変わらずイグヴァジルはリュウノを睨みつけ、敵視するような姿勢をしているが、少しだけ申し訳なさそうな表情も混ざっている。
組合での出来事を知っている組合長達は、イグヴァジルがリュウノに近づくのを心配そうに眺めている。
イグヴァジルはリュウノの前に立つと、少し悔しそうにしながら頭を下げた。
「アンタが言ってた事…本当だったのに…疑ってすまなかった。」
謝られた。あれだけ疑いまくっていた人物が謝るという事は、冒険者達からの信用を得ていると判断してよいのだろう。
「別に。謝る必要はないよ。えーと…」
気さくに返事を返そうとして気づく。
「(コイツの名前なんだっけ?確認してなかったー!)」
そもそも組合長のプルトン以外と自己紹介をしていない。アンデッド出現の報告でも、組合長の隣に偉そうな人物が2人くらい座っていたが…片方は都市長という言葉が出たぐらいで名前を全く確認していなかった。
──後で確認しておこう──
そう考えながら、リュウノは尋ねる。
「そう言えば、アンタの名前を聞いてなかったな。私はリュウノ。いい加減、互いに名前で呼ぶようにしないか?黒騎士女とか言われるの、そろそろ嫌になってきたところだし。」
「そ、そうだな。俺の名はイグヴァジルだ。リュウノさん…その…あれだ…。」
イグヴァジルが何か言い難い事を言おうとしてるのが伝わるが、だいたい察しがつく。
「死ねとか言われた事は気にしてない。」
「───ッ!」
図星だったのだろう。イグヴァジルの顔が一瞬強張るが、リュウノの言葉の意味を知って、安堵する表情になる。最初は睨み顔だったイグヴァジルの表情が、今では申し訳ないという雰囲気に変わっている。
「酷い事言いまくったのに…責めないのか?アンタは…。」
「イグヴァジルさんが私達と一緒にエ・ランテルを救うために戦ってくれるって言うなら、責めないが?」
意外な返事に戸惑いを見せるイグヴァジルに、リュウノは笑いながら言う。
「もう既にアンタは謝った。なら、これ以上言う事はないさ。後は行動で示してくれればいい。それだけ。」
「そうか…わかった。じゃあ、俺達も手伝わせてくれ。アンタらの休憩が終わったら、一緒にズーラーノーンの奴らを捕まえに行く。それでも良いか?」
「ああ。構わないさ。なら、改めてよろしく、イグヴァジルさん。」
「ああ、よろしく。」
イグヴァジルと握手を交わす。
親睦を深める事ができて、内心安堵しているのは自分の方だ。人間にバケモノと言われるくらいなら耐えられるが、死ねとか言われるのは流石に不快にはなる。デュラハンの状態だとまた違う気持ちになるかもしれないが、今の自分はアンデッドではないのだ。
イグヴァジル達が立ち去るのを眺めていると、たっちさんが待っていたかのように話しかけてくる。
「リュウノさん…意外にあっさりしてますね。根に持たないのですか?」
傍に居たたっちが不思議そうに言う。それに対して、リュウノは暗く悲しそうな雰囲気の表情をする。
「言葉の重みは理解してる。私にはそれがわかる。言いたい事を直接伝えられない辛さを…私は知ってるから。だから、今まで行動で示してきた訳だし。」
喋る事ができない、謝罪の言葉が言えない。そんな時、自分はいつも相手に頭を下げて謝罪の意思を伝えてきた。イグヴァジルも1番最初に頭を下げて謝ったのだ。なら、これ以上責める事はできない。
「イグヴァジルさんが本当に謝る意思があるのなら、私達と一緒に戦ってくれるだけでいいんだよ。それだけで、私達の事を受け入れてくれているという意味になるからな。」
「ユグドラシルでも…そういう感じで?」
「どうかな。あっちとコッチじゃ、いろいろ条件が違うからな。その場その場で自分なりのやり方をやってるだけ。」
「そうですか。リュウノさんは凄いですね。羨ましく思いますよ。人間ではない姿で、人間達から受け入れてもらえるんですから。私は未だに正体を隠したままなのに…」
ギルドメンバーの中で唯一異形種の姿で活動しているのは未だに自分だけである。人間の姿になっておきながら、結局竜人という設定で人前で活動してしまっている。ギルドメンバーから許可を得ているものの、この先どうなっていくかは予想がつかない。
デュラハンの勝、人間のリュウノ、竜人のリュウノという三役を演じてしまった以上、上手く誤魔化していくしかない。
「たっちさんもその内、正体を明かしても大丈夫な時が来ると思うけどな。」
「そうでしょうか…昆虫系の異形種ですよ、私。リュウノさんより人の形をしていない種族ですよ?」
「アンデッドよりはマシだと思うけどな〜。人間を襲う存在ではないとアピールすれば──ん?」
たっちと会話している最中に、門のほうから走って来た人物達がいた。その人物達に、リュウノは見覚えがあった。
「リュウノさん!」
「げぇ!?漆黒の剣!」
カルネ村で出会った冒険者達だ。
「(まずい!漆黒の剣の皆には、人間の姿を知られているし、今の姿を見られるのもまずい!組合長達に私が人間だったという情報が伝わるのは、ややこしい事態を招く結果になりかねない!)」
慌てて鎧を着込む。竜人の姿を隠すつもりでやったが、もしかしたら見られていた可能性が高い。
「リュウノさん!リュウノさんですよね!?」
「や、やあ。ペテル君だっけ?カルネ村からエ・ランテルに帰ってきてたのか。」
「はい!リュウノさんの戦いぶり、防護壁の上からたっぷり見させていただきました。とても凄かったです!」
目を輝かせながら言うペテル。後ろにいるペテルの仲間達も同じような目をしている。
「そ、そう?あんまり大した事してないけどなぁ、私は。」
「よく言うよリュウノちゃん。流石、ドラゴンを倒すだけの実力者だ。惚れちゃいそうだったよ。」
「やだなぁ〜ルクルット君。そんなに褒めないでよ〜。」
「流石はオリハルコン級の冒険者…おや?リュウノ殿のプレートがアダマンタイトのプレートに…」
「ウソ、本当に!?あ!本当にアダマンタイトのプレートになってる!」
ダインがプレートの違いに気づいてしまい、漆黒の剣の皆がリュウノに殺到する。
──意外に目敏いな、コイツら!──
カルネ村の時との種族の違いやプレートの違い、格好の違いをどう説明しようか悩むリュウノに、さらに追い討ちがかかる。
「君達はリュウノ君と知り合いなのかね?」
「漆黒の剣、お前らリュウノさんを知ってるのか?」
漆黒の剣と顔見知りである組合長とイグヴァジルを筆頭にしたミスリル冒険者チーム達が集まってくる。
──組合長とイグヴァジルさん達まで来ちゃたよ!どうしよう…説明がさらに困難に!──
「主人よ、残党処理が終わりました。」
「ご主人様、次の指示をお願いします。」
──竜王達まで!くっそー!今それどころじゃないのに!───
「リュウノさん、カルネ村の時と、その…格好が違いますね。」
「リュウノちゃん、顔を見してくれよー。またリュウノちゃんの可愛い顔が見たいなー。」
「リュウノ殿、いつの間にアダマンタイト級冒険者になったのであ〜る?」
「リュウノさん、あの騎士達は?それに主人とかご主人様とか言われてますが…」
1番説明に困る部分ばかり気にしてくる漆黒の剣に、リュウノは焦りまくる。
「(くそ!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ますますややこしい事態になっていく!こうなったら、追加のアンデッド達を登場させるしかないか!?)」
モモンチームがバレアレ家親子と共に墓地を目指しているのは、ヴァンパイア達を通じて確認済みだ。できる事なら、モモンチームが到着してから計画の第2段階を開始したいのだ。
「えっとね…今はいろいろ事情があって…そのー、あのー…」
言葉を濁して誤魔化そうとした時だった。
「おやおやおや?黒騎士様、正体を明かさないのですか?」
少し離れた上空から、聞いた事がある声がした。見上げると、デミウルゴスが悪魔を思わせる仮面を付けて上空に居た。
「(デミウルゴス!?何故ココにいる?というか、悪魔のお前が人前に姿を現すのはまずいだろ!)」
リュウノは困惑する。デミウルゴスが現れた理由が全くわからないからだ。
たっちも困惑しており、リュウノに小声で確認をとってくる。
「何故デミウルゴスが居るんです!?」
「私が知るか!私も困ってる!」
デミウルゴスの登場なんぞ、計画の内にはない。
──まさか、ウルベルトさんの指示か?──
ありえるのはギルドメンバーの誰かがデミウルゴスに指示を出した可能性だ。なら、間違いなくウルベルトさんが第一候補に来る。
思考を張り巡らせていると、周りがざわざわと騒ぎ出した事に気づく。
「あれは何かね?リュウノ君の知り合いかね?」
「いえ…知りませんね。たっちさんは?」
「えっ!?いや、私も知りません!」
とりあえず、組合長にウソをつく。ここであれを仲間だと言うのは絶対やってはいけない流れだと感じたからだ。たっちにも理解できているあたり、そういう流れなのだろう。
周りにいる組合長や冒険者達も、突然現れた人物に困惑している。
「誰だ!お前は!?」
イグヴァジルが尋ねると、デミウルゴスが丁寧なお辞儀をする。
「私は悪魔でございます。名前をヤルダバオトと言います。今回のアンデッド騒動の黒幕…と、言っておきましょう。」
「何だと!?悪魔だって!?」
「黒幕とはどういう事だ!ズーラーノーンではないのか!?」
──ますますわからん!デミウルゴス、お前は何がしたいんだよ!?──
いろいろな事が起こりすぎて、状況を整理する事ができない。なら、向こうの狙いを探るしかない。
組合長や冒険者達を掻き分け、1番前に出てから悪魔に質問する。
「おい、悪魔。黒幕といったな?私の調査では、お前の存在は確認できなかった。ズーラーノーンとはどういう関係だ?説明してもらえるかな?」
最後の部分を強調させて言う。要は説明してくれと訴えかけたのだ。デミウルゴス──ヤルダバオトも理解したのか、ペラペラと喋りだす。
「ええ、構いませんよ。今回、ズーラーノーンとヴァンパイア達を組ませたのは私なのです。彼等を操り、この都市を我がモノにしようと企んだのですが…まさかアダマンタイト級冒険者がエ・ランテルにいるとは、思いもしませんでした。おかげで、私の計画が台無しでございます。」
──ふむ?悪役を買って出てくれている感じか?──
「それはすまなかったなぁ!私達のせいでお前の企みは無駄になった訳か。で?先程、私の正体をどうたらこうたら言っていたが、お前は何を知っている?」
「ハハハ!黒騎士様はとぼけるのがお得意のようですねぇ。流石、十三英雄の生き残り、自分の正体を隠すのが上手いようで!」
「リュウノさんが、十三英雄の生き残り!?」
漆黒の剣が驚いている。私も驚いている。
──何?十三英雄?生き残り?どうゆう事!?──
「十三英雄?私が?何故そう思う?」
「おやおや?違うと仰るのですか?なら、悪魔である私が説明してさしあげましょう。 貴女様は、十三英雄の一人である『暗黒騎士』では?その黒い甲冑、その黒い大剣はまさに『暗黒騎士』の装備でしょう。そして何より、その人間離れした身体能力!流石、悪魔との混血児!200年という時代を生きてなお衰えない肉体は素晴らしい!」
──はぁ!?なんで私が暗黒騎士になるんだよ!いろいろ無理があるだろ、デミウルゴスぅ!──
「私が暗黒騎士ぃ?というか、悪魔との混血児だと!?勘違いもいいとこだ。私は…その…竜人という種族なんだからな!」
竜人という種族を言った瞬間、漆黒の剣が驚いた声を出したのが聞こえた。人間ではなかったと理解したがゆえの驚きだろう。
「おや?悪魔との混血児ではないと?御伽噺でも、貴女は悪魔との混血児だと言われているのに?」
「そもそも私は暗黒騎士じゃない。勝手な思い込みはよしてもらおう。」
「ふむ…申し訳ありませんが、お姿を拝見しても?」
「ああ、構わんとも。そら、どうだ?」
鎧を全て脱ぎ、シャドウナイトと合体した竜人の姿を晒す。組合長達は1度見ているため驚かないが、漆黒の剣は目を丸くして驚愕している。
「リュウノさんが…人間じゃない!?」
「リュウノちゃん、背中から翼が…」
「驚いたのであ〜る!」
「竜人って、人の姿をしたドラゴンだって聞いた事が…」
──こんな形でばらすハメになるとは…ゴメンな、漆黒の剣の皆──
「どうだ、悪魔。納得したか?」
「ふむ、なるほど。そういう事ですか…」
ヤルダバオトはしばらく考え込むと、「わかりました!」と大きな声をだす。
「恐らくですが、暗黒騎士を悪魔との混血児だと勘違いした誰かが、御伽噺を作ったのでしょう。貴女が胴体と頭の鎧だけを脱いでる姿を見て、角と翼で悪魔だと思われたのでは?」
ヤルダバオトはどうあがいても私を暗黒騎士にしたいらしい。もしかして、私が暗黒騎士じゃないと困る流れなのか?
「ありえなくもないが…うーむ…」
試しに、胴体と頭以外の鎧を着用する。角と翼だけが見える姿になってみるが、これだけで悪魔と思われるだろうか?百歩譲ってサキュバスならありえなくもないが…
「人間と男とサキュバスの間にできた子供…とか言わないだろうな?ヤルダバオトよ。」
「御伽噺を作った人物がサキュバスを知っていれば、可能性はあります。」
「サキュバスねぇ…もしかして、あの姿が原因か?」
あえてデミウルゴスの策にのってみる事にする。
「あの姿とは?」
ヤルダバオトも興味津々に聞いてくる。
「私を悪魔と勘違いする可能性が1番高い姿だ。」
「その姿、すぐに見る事は可能ですか?私も勘違いしたままでは恥ずかしいので。」
「わかった。おい!お前、ちょっと来い!」
ウロボロスに向かって手招きする。リュウノが考える悪魔に近い姿は、ウロボロスと合体した姿だろうと判断したからだ。
「主人よ、お待たせしました。」
ウロボロスが近くに来た事を確認すると、リュウノはウロボロスの胸に手を当てながら、組合長達の方を向く。
「皆聞いてくれ。実は私、もう1つタレント能力があるんだ。」
思い切って、タレント能力2つ持ちというとんでもない設定をぶち込んでみる。
「何だって!?本当かね、リュウノ君!」
組合長達が、信じられないと言わんばかりに驚いている。
「ああ。1つは、鎧を着るとアンデッドになるというタレント能力。もう1つは──」一旦言葉を切り、一呼吸置いて「──他の竜人と合体できるタレント能力なんだ。」
「合体!?」
聞きなれない言葉だったのか、組合長達が首を傾げている。
「私の部下も竜人でして。私は部下達と合体する事で様々な姿と能力を使えるようになるんです。それを今からお見せしましょう。」
もうヤケクソに近いが、自分の能力を晒すだけなら自己責任で済む!
リュウノがウロボロスと合体を始めると、入れ替わるように、竜騎士姿のシャドウナイトが飛び出してくる。
「リュウノ様との合体…素晴らしい時間でした…」
「あの焦げ茶色の騎士、居ないと思ったら合体してたのか!?」
イグヴァジルが飛び出してきたシャドウナイトを見て、驚きの声を上げるが、それはすぐに違うもので塗りつぶされた。何故なら──
「これが…
──む?ウロボロスの影響か、一人称が…まあ、いいか。──
ウロボロスと合体したリュウノの姿は、シャドウナイトの時よりも禍々しい姿になっていた。
手足の色が紫色になり、褐色の肌は白人に近い色に変わっている。人間の部分と鱗の部分の境目には、血管のような赤い模様が現れている。
翼はドラゴンと言うよりコウモリに近い形になり、角の形もドラゴンと言うより悪魔に近い形に変形している。
なにより──
眼球が黒くなり、瞳の色が紫に変わっている。オマケに、体全体から紫色の禍々しいオーラが溢れ出ている。
どこからどうみても、サキュバスと悪魔の魔王を混ぜたような姿になっており、竜人ようには見えない。
「どうかな、ヤルダバオト。これが悪魔と勘違いされた原因かな?我自身、この姿をするのは久しぶりなのだが?」
リュウノ自身も内心、自分の体のあまりの変化に戸惑っている。だが、それっぽい演技をやり通す。
ヤルダバオトは、その姿を見るやいなや、片膝をつき忠義の姿勢をとる。
「ちょっ!?ヤルダバオト、どうした──」
「ぉぉお!その姿、まさしく悪魔の女王にふさわしい姿でございます!」
「何ぃ!?」
──女王だと?コイツは何を言って──
「リュウノ様にお願いがございます!私の主、魔王様の妻になって頂けませんか!」
「えっ?……えっ!?妻!?」
──デミウルゴスぅぅ!?お前は何を言ってるんだァァ!?──
「貴女様であれば、我が魔王様も妻として喜んで下さるかと!」
「か、勝手に決めるな!だいたい、お前の主人とやらは何処にいる!?そいつの意見も聞かず、勝手に結婚相手決めるのは、向こうも困──」
困るだろう!と、言うつもりだった。しかし、その言葉は、次に現れた人物によってかき消された。
「素晴らしい!私の妻にふさわしい女性を見つけるとは!流石が私の優秀な下僕です!」
「えっ!?」
「なっ!?」
もはや驚き以外の言葉が出なかった。目の前に現れた人物が予想外すぎて、私もたっちさんも驚愕するしかなかったのだから。
「あ、申し遅れました。私、ヤルダバオトの主、アレイン・オールドと言います。以後、お見知りおきを。」
ウルベルト・アレイン・オールドが、スーツにシルクハット、そしてマントを身につけたバフォメットの顔をした、悪魔の姿で現れたのだ。